「あなた達は……?」
唐突に開かれた屋上の扉。
雪子と千早の目の前に、二人の来訪者が現れる。
悪意とか敵意とか、そういった類の感覚ではない。
ただ分かるのは、この人たちは自分たちの時間を壊してしまう人たちだということ。
「私たちは殺し合いに乗るつもりなんてないわ。ただ最後の瞬間まで、彼女の歌を聴いていたいだけ。」
雪子の言葉を聞いて、チェレンとクラウドは現実逃避の仮説が一番近かったことが分かる。
「悪いけどさ、お姉さん。ここはそういう世界じゃないんだ。優勝を目指す僕らにとって、お姉さんを見逃すメリットが無い。」
そう言いながらチェレンはポケットからモンスターボールを取り出し、開閉スイッチに手をかける。
それは、戦いが始まる合図であった。
「リザル、やれ」
床の埃を掃除させるかのように、リザルにこの上なく簡潔な命令のみを与えて動かす。
命令を受けたリザルの槍が、千早の前に立ち塞がる雪子に迫る。
「ペルソナ!」
チェレンはこの時まで、雪子も千早も自分と同じように戦闘能力が無いと思っていた。
いや、チェレンだけではなくクラウドも同じだ。
雪子たちはこんな場所で歌を歌い続けるという、現実逃避じみた行動を取っていたため、戦いというものに慣れていないのだと想像していたのだ。
そのため、本来ならリザル1匹で片付くのだと考えていた。
「来て、アマテラス!」
だが、千早はともかく雪子にはペルソナの力がある。
それも、悠とのかかわり合いの中で雪子のペルソナはコノハナサクヤからアマテラスに進化していた。
雪子の頭上に瞬時に現れたアマテラスは、リザルの槍撃を正面から弾き返す。
「なっ…!」
予想外の反撃にチェレンは動揺する。
その隙に、雪子はアマテラスを動かしてリザルに追撃の一太刀を浴びせんと迫る。
チェレンはリザルをモンスターボールに戻そうとするも、間に合うタイミングではない。
しかしそこにクラウドが割って入る。
リザルへの斬撃は届かず、クラウドのグランドリオンに押し返される。
(これは…支給モンスターか?)
突然現れたアマテラスに対し、クラウドは誤った想像を働かせる。
そしてそのままクラウドは、アマテラスの懐へと潜り込む。
アマテラスの巨体。さらには太刀というミドルレンジ向きの得物。それらを統合すると、近距離の方が攻撃を避けやすいと判断したのだ。
近距離からアマテラスに向けてブレイバーを放つ。
しかしそれは悪手であった。
アマテラスの姿が瞬時に消える。
クラウドはアマテラスを倒すべき敵だと考えていた。
アマテラスはタロットカードの中の存在に過ぎず、実質的にその力を操っているのは雪子である。支給モンスターとは異なり、雪子が思い浮かべた行動を終えたら消えるのだ。
ターゲットの誤り。
空を切ったクラウドの剣は大地を叩きつけるに留まった。
こうして隙の生まれたクラウドを炎が襲い掛かる。
アマテラスは雪子の背後に再び現れており、クラウドの僅かな隙を突いてアギダインを放っていた。
(これは……!?)
セフィロスの使うファイガ──あるいはそれ以上の火力の炎に包まれ、クラウドは即座に離れる。
(無闇に近付くのは危険、か……。それなら…)
本来なら、魔法を使う相手には魔法を使わせる暇も与えず接近戦に持ち込むべきなのだろう。
だが、ミドルレンジを薙ぎ払うアマテラスの太刀の射程はなかなか接近戦に持ち込ませてくれない。
アギダインの射程範囲外へと下がったクラウドは、グランドリオンを頭上に構え、ぐるりと振り回す。
「星よ────」
(あれは……何をしているの?)
その動きの意味が分からず、無闇に近付かずに警戒する雪子。いつでもアマテラスを再び顕現できるようにタロットカードを出現させる。
「──降り注げッ!」
そのままクラウドは、剣の回転を止めてその場で振り下ろす。
次の瞬間、星々の六連撃──メテオレインが雪子へと降り注ぐ。
しかしアギダインの射程外まで離れていたため、技の発動から命中までにインターバルがある。
雪子は降り注ぐ星をマハラギオンで全て焼き払う余裕があった。
ただしその隙を突いて再び、クラウドが迫る。
今度はアギダインを放つ時間も無く、雪子はアマテラスの太刀で応戦する。
ギィンと金属音が鳴り響き、アマテラスの太刀とグランドリオンがつば競り合った。
(攻撃が重い……だけど……勝てる!)
(斬撃同士では互角…いや、少し押されている…?)
単純な力比べでは、僅かに雪子の方に分配が上がっていた。
「行け、リザル!」
だがクラウドたちは戦える者が2体いる。
クラウドがアマテラスの太刀を抑えている間、リザルの攻撃への対抗手段は手薄になるだろうと考えた。
モンスターボールから再び出てきたリザルは、クラウドとアマテラスの横を通り抜け雪子本体を狙いに行く。リザルフォス種特有のスピードで、槍の射程圏内に雪子を一瞬で捉えた。
リザルをアマテラスで対処しようとすればクラウドが斬る。
クラウドをアマテラスで止めたままにすればリザルが刺す。
そんな状況が現在作られている。
「無駄よ」
しかしそれは、クラウドにもチェレンにも予想外の結果に終わる。
ひとつ。接近スピードこそ雪子の計算外だったが、攻撃の瞬間にリザルフォスは減速するということ。
そのため雪子は、アマテラスを使わずともリザルの槍撃を躱すことが出来た。
だがそのままリザルを放置すれば、何度も槍を振るわれてクラウドとの応戦への集中力が切れてしまうだろう。
ただしここでもうひとつの要因がクラウドたちの誤算となる。雪子は普段、シャドウと戦う際に扇を用いて戦っていたこと。
扇は剣や槍とは違って、射程がほとんどゼロに等しい武器である。
また、バットなどと比べて重量もないため、鈍器として扱うにもその威力は腕の力そのものへの依存が大きい。
そんな武器を用いて日頃から戦闘をしている雪子は──簡潔に言うと素手であっても最低限は戦えるのである。
「ギャギャ!?」
リザルに最低限の集中力しか払わず、クラウドとのつば競り合いをしながら、雪子はリザルをぶん殴った。
さらに、僅かながらも雪子が有利を取っていたクラウドとのつば競り合いにも決着がつく。
リザルという障害を跳ね除けた雪子はそのまま押し勝ち、振り払われたクラウドは飛ばされてチェレンと衝突して両者ともに倒れる。
さて、この状況。
雪子の目の前には、殴り飛ばされ隙だらけのリザルが一匹のみ。しかも今度はクラウドとチェレンの邪魔も入らない。
その隙を見逃す雪子では無かった。
雪子の眼前に顕現したアマテラスの太刀が、即座にリザルの身体を横に両断する。
「グ……ギャア………」
両断されたリザルの身体は地面へと力なく倒れ込み、そのまま黒いモヤとなって消え去った。
クラウドとチェレンが立ち上がった時には、既にリザルは絶命していた。
リザルを殺した雪子は、再びクラウドとチェレンの方へとアマテラスの太刀を向ける。
「まだやるつもり?言っておくけど、あなたたちが立ち向かって来ないのなら私は手出しはしないわ。」
武力による抑止力。それが雪子が選んだ手段である。
自分たちに手を出してくれば、それ相応の報いを受けてもらうという、単純明快な脅迫。
天城屋旅館に付きまとってきたレポーター達も、脅迫材料こそ武力でこそないものの同じ理屈で撃退した。
自分の守りたい領域を侵す者に対しては、その手段こそ違えど雪子の取る対応は同じである。
「もうやめて!」
そんな時、後方から叫び声が聞こえた。
「お願い……雪子さん……これ以上戦ってたら……本当に死んじゃう……!」
それは雪子が戦うことでずっと守られている、千早の言葉であった。
「大丈夫。私は負けないから」
「私のために雪子さんが苦しむなんて間違っています……。それだけ強ければあなただけ逃げられるじゃないですか……」
「ううん。」
雪子は首を横に振る。
「守りたいものがあるから、私は強くなれる……それだけよ。」
(これ以上戦っていたら……死ぬ……?)
そんな雪子たちに対し、クラウドは疑問を持つ。
ここまでの戦いでは、自分たちは雪子に完全に不利を取っている。
たった今リザルという戦力を殺されており、さらに剣での力比べでも魔法での威力勝負でもクラウドは負けていた。
これだけ向こう側が有利な状況下である中で、千早の発言はやや不自然に思えた。
そしてもうひとつクラウドの気になったこと。
雪子の太刀の扱い方は、クラウドから見ればお世辞にも洗練されているとは言えなかったということだ。
魔法の威力から察するに、恐らく普段はエアリスのような後続支援型の戦闘スタイルを取っているはずだ。
だがそれにしては雪子は強すぎる。
曲がりかりにも星を救った英雄であるはずの自分と接近戦でも渡り合われている。
(こんなにも、俺は弱かったのか?)
後続支援を主とする者にも力負けするほど、自分の力が足りていないのだろうか。
だとするとこの世界に呼ばれている雪子の世界の人物の全員が自分に力で勝っている可能性すらある。
(俺は……70人の人間を殺さなくちゃならないんだ。それなのに……)
クラウドは自らのネガティブ感情を押し殺すように首を横に振った。
相手がどれだけ強かろうと、自分が今行うべきは目の前の相手を殺すことだ。
そのためには慎重に出方を伺わなくてはならない。
(待て、情報を整理しろ。あの怪物はあくまでもあの女の手足のようなもの。それなら……)
グランドリオンを握りしめ、破晄撃を放つ。
雪子がそれを躱せば千早に当たってしまう。
充分回避出来る距離ではあるが、アマテラスの太刀を用いてはじき返す。
(っ…!居ない…!?)
だがアマテラスの巨体を眼前に配置することで、雪子の視界の大部分が一時的に塞がれる。
その状態のまま敢えてアマテラスの正面に自らの身を置くことで、クラウドは雪子の視界の外へと消えた。
雪子は咄嗟にアマテラスを消し、視界を確保する。
その瞬間、飛び上がって急襲するクラウドの姿が顕わになる。
しかし前述の通り、雪子自身にもある程度の身体能力は宿っている。
雪子は身を捻ってクラウドの斬撃を避け、身体を両断されることだけは防ぐ。
「ッ……!」
それでも右腕を斬りつけられ、負傷してしまう。
声にならない声を上げ、痛みに悶える雪子。
しかし緊急回避で体勢を崩した雪子に追撃を加えようとするクラウドを、雪子が放った炎が包み込む。
その熱により追撃できずにクラウドは引き下がる。
咄嗟に唱えた、詠唱の短い下級スキルのアギの炎。
下級ながらも相当の威力を発揮するそれは、雪子が後方支援型であるというクラウドの予想が正しいことを示していた。
雪子の言葉からするとこちらから危害を加えようとしなければ攻撃はしてこないとのことではあったが、雪子が後衛であるということは先ほどのアギダインの炎よりもさらに遠距離攻撃の手段も持っているのかもしれない。
「チェレン、お前は離れていろ。」
雪子の攻撃の最大射程がどのくらいかは分からないため、チェレンに避難を呼びかける。
レオナールの死に様を考えると、雪子との戦いに集中している間にチェレンを後方に配置しておきたくないというのも少なからずある。
「チェレン?」
しかし、チェレンからの返事は聞こえない。
チェレンは戦慄していた。
ダメージを受けて弱っているわけでも、まだポケモンセンターに行くと回復できる瀕死状態でもなく、身体を両断されたことによる明らかなリザルの『死』。
それはパートナーを失った悲しみなどではなく、戦力を失ったことへの悔しさだった。
この世界で自分が生き残れる確率が。さらに言えば、クラウドが自分と組んでいた理由のひとつが、一気に奪われてしまった。
『──俺も邪魔になればアンタを殺す。』
これは数時間前にクラウドに言われた言葉。
リザルという戦力を失った自分は、積極的にクラウドに切り捨てられかねない。
どこかで更なる戦力を手に入れないと、この世界でチェレンが生き残るのは絶望的だ。
(落ち着け……僕はまだ生きている……。まだやり直せるんだ……。とりあえず今は、クラウドの役に立つんだ。そうすればこの戦いが終わった後にもクラウドに殺されることはないだろう。)
話が頭に入っていない様子のチェレンを下がらせることを諦めたクラウドは、再び破晄撃を撃ち出す。
躱せば千早に当たるであろうそれを、雪子はアギで相殺する。
(何か僕にも、できることは──)
チェレンはその様子を、心を澄まして観察していた。
そしてトウヤに勝つために様々な知識を吸収し続けたチェレンだったからこそ、気付く。
雪子がまともに受けた攻撃は、右腕に一発だけであるはず。
しかしその割には、雪子はかなり疲弊している。
それも、たった今破晄撃を撃ち落としたその動作ひとつでも、命が削られているように見えるほどだ。
チェレンにはその雪子の状態を説明することが出来る道具に覚えがあった。
「クラウド、分かったよ。あの人が強い理由。」
「何だと?」
「『いのちのたま』だ。」
その言葉が聞こえた瞬間、雪子と千早の顔色が変わる。
それはチェレンの指摘が正しいということをハッキリ表していた。2人とも、この道具のことを知っている人物がいるとは思わなかったようだ。
「何だ、それは」
「簡単に言えば強力な技が出せるようになる道具さ──但し、自分の命を削るのと引き換えにね。」
そう。
千枝のように物理スキルを使わない雪子のペルソナ能力では身体への負荷はかからない。
そして後続支援型の雪子にクラウドを負かすほどの力があるはずがない。
そもそも、この世界に招かれた参加者の中でもトップクラスの実力者の部類に入るクラウドと1VS1で対決して互角以上に渡り合えるはずがないのだ。
「あんなもの使ってたら、70人の殺し合いに勝つ前に自分の命が尽きるに決まってる。あのお姉さん、バカなのか?」
「………。」
クラウドは何も言わなかった。
自分の命を削りながらも決して逃げない雪子の姿の裏に、自分とは異なる形の強固たる決意を感じ取ってしまったから。
守りたいものがあるから強くなれる──雪子は先ほどそう言っていた。
それは精神論でも何でもなかったのだ。
戦う時に自分が生き残るのを前提としなくてはならないクラウドには、いのちのたまのような道具を使うことはできない。
雪子は、自分の戦闘スタイルが一人で戦うのに向いていないのは分かっていた。
それでも、千早を守りたい。
それでも、あの歌を守りたい。
だから雪子は、支給品の中にあったいのちのたまを使うことにした。
本当に守りたい時に、守りたいものを守れるように。
だが命を捨てるつもりなんてさらさらないはずだった。
可能であれば早期決着。
それが不可能であっても、回復スキルを挟みながら戦う。
そうすればいのちのたまの反動も無いに等しいと考えていたのだ。
だが、そのどちらも不可能であった。
最初のアギダインで勝負を決めることが出来ず、さらにはクラウドが遠距離攻撃を使い始めたこともあり勝負は長引いた。
また、時々回復スキルを使ってはみたのだが──雪子も知らなかった事実がそれを邪魔した。
【この世界では回復スキルが大幅に制限されている。】
元の世界では結構な重症を負っていてもディアラハンを唱えればたちまち健康状態まで回復出来ていたのだが、主催者たちはそのような戦術を良しとしなかった。
回復効果は、元の世界のおよそ10%ほど。
しかも重ねがけをすればするほど遅効性のものとなるため、大きな怪我を負うと回復スキルを10回使える魔力があったとしても動けるようになるまでに時間を要する。
「このまま距離を取って攻撃し続けていれば、向こうは勝手に防いで勝手に倒れてくれる。この戦いは僕たちの勝ちだ。」
千早がいるから雪子は回避が出来ないということを利用し、千早を人質に取るような形での戦術を提唱するチェレン。
確かにクラウドにとっても、その通りに戦っていれば間違いなく勝てる戦いだ。
だが──
「おい、クラウド!何を………」
クラウドはチェレンを無視して雪子の方へと走る。そしてグランドリオンを振りかざし、雪子に斬り掛かる。
「アマテラス、来て──」
「駄目、雪子さ……ううん、雪子。逃げて…!」
まともに応戦できる距離へと向かってきたクラウドを相手に、雪子はアマテラスの太刀を構える。
クラウドの剣技とアマテラスの太刀がぶつかり合う。
それだけの所作でもいのちのたまは容赦なく雪子の命を削っていく。
いのちのたまでクラウドを太刀で圧倒するだけの力を得ている雪子である。
アマテラスの斬撃は所々クラウドの身体にダメージを負わせる。
しかしクラウドの剣の技術も相まって、全く致命傷には至らない。
次第に反動で視界すらぼやけていく雪子。
それに対応するかのように動きが鈍くなっていくアマテラスを、クラウドは容赦なく押し込んでいく。
そしてクラウドはクライムハザードでアマテラスの太刀を飛ばす。
アマテラスの手元を離れた瞬間にその太刀は消失した。
距離を詰めたクラウド相手にはアギダインを唱える時間もない。
もう何もクラウドを止めるものはなかった。
「………すまない。」
雪子が最後に聞いたクラウドの言葉は、そして雪子が最後に見たクラウドの表情は、勝ち残る決意の裏腹に、その代償に奪う命の重さを噛み締めているように見えた。
「千早ちゃん………ごめんね………」
「雪子……嫌だ……そんな………」
クラウドの一閃が、雪子の華奢な身体を引き裂いた。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
「あそこでリスクを背負うなんて、合理的じゃないね。」
「かもしれないな……それでも、ああすべきだと思ったんだ。」
倒れ伏した雪子に縋り付いて泣いている千早を横目に、チェレンはクラウドと話す。
(騎士道精神とやらか?僕には理解できないね。……まあ、するつもりもないけど。)
そんなことよりも、チェレンにはまだやらなくてはならないことがあった。
いのちのたまの情報は、結果論であるがクラウドの役には立たなかったと言える。
ここで戦力を補充出来なかったら、クラウドに邪魔になると認定されて殺されるかもしれないのだ。
「とにかく疲れただろう、クラウド。あっちのお姉さんは僕に任せてよ。」
そう言うとチェレンは、レオナールの命を奪った青銅の槍を手に取って千早を指さす。
もちろん、チェレンが自ら手を下しに行くのはクラウドを労るためではなく千早の支給品の所有権を主張するためである。
「いや、いい。」
だがクラウドは、チェレンの申し出を断った。
「俺たちは強敵を1人殺して充分な戦果を挙げた。それでいいだろう。」
クラウドが思い出していたのは、昔の自分だった。
他人への関心が薄く、何に対しても興味が持てなかった自分────クラウドはこの世界で、そんな過去の自分をやり直したいのだ。
ここで『千早を命にかえても守る』という雪子の決意を踏み躙った先に、クラウドの望むやり直しは無いように感じてしまった。
それは殺し合いの世界では致命的となる感情なのかもしれないという自覚はあるが、クラウドの意識は既に殺し合いを終えてやり直した先にも向かっている。
「……正直、少し失望したよ。クラウド、君は情に流され過ぎじゃないかい。」
だがそんな事情、チェレンからすれば知ったことではない。
「……そうかもしれないな。お前がどうしても行くのなら止めはしない。」
耳の痛い指摘だった。
クラウドとしては、千早を殺すチェレンを止めることはできない。
千早を生かそうと殺そうと、自分が雪子を殺した事実は変わらない。
ここで善人のように振る舞うこと自体がそもそも傲慢であるとさえ言える。
自分の方へと向かってくる足音を聞いた千早はチェレンの方へと向き直った。
「あなたが……私を殺してくれるんですか?」
千早の心境は、もはや投げやりであった。
雪子に自分の歌を覚えていてもらうこと。それだけが如月千早の生きた証となるはずであったというのに、それは永遠に閉ざされてしまった。
「ああ、僕は殺すよ。みんな殺してやり直すんだ。アイツに──トウヤに負けた過去を──やり直すんだよッ!」
リザルに任せるのではなく、自分の手で人を殺すことへの罪悪感。
それを振り切るように叫びを上げながら、チェレンはリザルの持っていた青銅の槍を振り上げる。
最後の時を確信し、千早はそっと空を見上げた。
「──勝てないよ。」
「……え?」
しかし、その槍は千早を貫くことはなかった。
「──やり直したってあなたは勝てない。」
「雪子!」
信じられない光景に、千早は目を疑った。
雪子が立ち上がり、アマテラスの身体でチェレンの槍を受け止めていた。
いのちのたまの反動を受け続けても、クラウドの斬撃を受けてもなお、雪子は立ち上がっている。
千早を守ろう──そう決めた時、雪子はよりいっそう戦いへの決意を固めた。
その決意が、死ぬほどの傷を負っても耐え抜き、この局面で雪子の足を動かした。
「黙れ……僕は……僕はアイツに勝つんだ!」
勝てない──雪子のその一言で、チェレンは過去の自分を思い返す。
何度トウヤに挑んでも、向こうは涼しい顔で自分のポケモンを打ち負かしていく。必死に指示をして、戦局を分析し続ける自分とは裏腹に、トウヤはどこか退屈そうな表情すら見せた。
思い出すたびにどうしようもなく自分が滑稽に映る。どれだけ強さを求めても届かない壁がそこにはあった。
そんなの、認めない。
負け続ける自分なんて、自分じゃない。
雪子にはそんなチェレンの苦しみが理解出来た。
自分の心の弱さ──シャドウを認めることが出来なかったかつての自分。
だけど、そのままじゃ勝てるはずがない。
自分自身を受け入れられる強い心が力へと変わる。まずは自分の弱さを認めないと前になんて進めない。
それがマヨナカテレビを巡る一連の事件で、自称特別捜査隊の仲間たちと一緒に見つけた答えだ。
自分のシャドウを受け入れられたのは、助けに来てくれた鳴上くんたちや、自分の弱さを打ち明けてくれた千枝のおかげだ。その時のように、チェレンにかけたい言葉はたくさんあった。手を差し伸べたいという気持ちも少なからずあった。
だけどもう、残された時間は長くはないみたい。
「続きは"向こう"で話しましょう。」
「な、何を…………うわあああああああああああああああ!!!!」
マハラギダイン──これが本当に雪子の最後の力。
クラウドは分からないけれど、チェレンはこのままだと間違いなく千早を殺す。
彼女を守るためには、ここでチェレンを殺しておかなくてはならない。
チェレンの身体を、雪子の決意の現れとも言える灼熱の炎が包み込む。
(僕は………やり直すんだ………そしてあの頃に──)
身体を焼き尽くす業火の中、チェレンはさっきよりもさらに遠い記憶を思い出していた。
あれは、アララギ博士からポケモンを貰って旅立つ、前日の話────
『ねえねえ!トウヤ!チェレン!明日からやっと、ポケモントレーナーになれるんだよね!』
『ああ、そうだな。』
幼なじみのベルが話題を振って、トウヤがそれに同調する。
いつもの光景だ。
何度も何度も繰り返してきた、いつものやり取り。
『いっぱいポケモンバトルしようね!そしていっぱい競争とかしちゃって、お互いに高め合うの!もうわくわくしちゃうよね!』
『絶対に負けないぜ、チェレンにもベルにも。』
だけど僕は、こんなやり取りが大好きだったんだ。
だから旅立つのが不安でもあった。
こんな日常が消えてしまうことが、怖かったんだ。
『でもやっぱり僕は思うんだ。明日から皆旅立って、会えることも少なくなるかもしれないけど──』
ああ、そうだ。
すっかり忘れていたよ。
僕の、本当の望みは───またこうやって、三人で仲良く語り合いたかっただけだったんだ。
「僕……は……」
チェレンの身体が燃え尽きる寸前に見たうたかたの夢。
仮にやり直せていたとしたら、その夢は叶っていたのであろうか。それを知る者はもはや誰もいない。
「千早ちゃん…」
雪子は千早の名前を呼ぶ。
次の瞬間、糸が切れたかのようにその場に倒れ込んだ。
「雪子!しっかりしてよ…ねえ……!」
「信じてる…から…。」
「っ……!」
いのちのたまは、雪子の命の最後の灯火を消し去った。
それでもその死に顔は生前にも負けず劣らず凛々しく、美しいものであった。
「──どうして」
「どうして、私なんかを守るんですか……」
どことなく幸せそうな顔で死んでいる雪子に問いかける。
但し、それは二度と帰ってこない。
「どうせ長くない命…それなら、あなたのために死にたかったのに……」
「アンタが本気で死を望むのなら──」
その時、背後から声が聞こえた。
「──贈ろうか?」
振り向くと、クラウドがグランドリオンを千早に突き付けて立っていた。
どす黒く濁ったその刃先は、千早の苦しみも全て吸い取ってくれるような気がした。
(この刃を受け入れたら……この苦しみも消えるの……?)
千早が鳥であるのなら、雪子は翼だった。
彼女ならあるいは、自分をこの暗い世界から飛び立たせてくれていたのかもしれない。
だけどもう彼女は死んでしまった。
もはや私は翼をもがれ生きてゆけない鳥。
それならばここで終わるのも、悪くないと思えた。
(──ううん、違う。)
だけどその時、不意に千早は思い出した。
優を失った悲しみにひとつの区切りをつけたあの思い出のライブ中、客席に見えた光景──優が自分の歌を聴いて、拍手を送ってくれている幻──それは例え生と死で分かたれた二人であっても、歌だけは生死の狭間さえも超えて届くのだと自分に訴えていたようだった。
人は死んだら歌えなくなる。
だから優の分も、雪子の分も生きて、彼らのために歌い続けなくてはならない。私の歌を好きだと言ってくれた彼らに、私の届けられる最高の歌を届けなくてはならない。
「私にはまだ、生きる理由があります。」
「……そうか、ならいい。」
クラウドはそう言うと、グランドリオンをその背にしまい込む。
そして雪子の死体の方へと歩いていき、その手のひらからいのちのたまを抜き取った。
「これは貰っていく。お前には無用の長物だ。」
最後にたったそれだけの言葉を残して、クラウドは屋上を後にした。
(もしかしてあの人……私を試したのな……)
雪子を殺したのはあの人だ。許す訳にはいかない。
だけど最後のあの人の行動についてはそう感じた。
そして千早は独り、八十神高等学校の屋上に取り残される。
まだ気持ちの整理はつかないけれど。
あなたを失った悲しみからすぐには立ち直れないけれど。
せめて前を向こう。
私は歌い続ける。
そのために、生き続ける。
【E-5/八十神高校・屋上/一日目 早朝】
【如月千早@THE IDOLM@STER】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(1~3個)
[思考・状況]
基本行動方針:生き残って、優や雪子のために歌い続ける。
1.気持ちの整理が付くまではこのまま屋上で歌う
※雪子の支給品(1~2個)が屋上に放置されています。
※チェレンの支給品、リザルの所持品は焼失しました。
八十神高等学校を後にし、クラウドは一人歩き出す。
(我ながら……らしくないことをしたな。)
結局、千早を殺せなかった。
それは雪子に対する一種の敬意だった。
そして敬意だけではない。
クラウドは雪子が羨ましいと思ってしまったのだ。
大切なものを守る者の強さ──今のクラウドにはそれが足りない。
いのちのたまを持ってきたのは、それを使うためではない。
これから自分が奪っていく60以上の命の重さを背負うため、そして雪子の命の重みを忘れないため。
□
蒼い鳥
もし幸せ
近くにあっても
あの空へ
私は飛ぶ
未来を信じて
□
そんな時、あの歌声が聴こえてきた。
クラウドは、彼女が守ったこの歌を心に留めていようと思った。
いつか本当に大切なものを守りたいと思った時、彼女の強さを思い出せるように。
□
あなたを忘れない
でもきのうには帰れない
□
【E-5/八十神高校付近/一日目 早朝】
【クラウド・ストライフ@FINAL FANTASY Ⅶ】
[状態]:HP1/5 脇腹、肩に裂傷 所々に火傷
[装備]:グランドリオン@クロノトリガー
[道具]:基本支給品、いのちのたま@ポケットモンスター ブラック・ホワイト その他不明支給品1~2
[思考・状況]
基本行動方針:エアリス以外の参加者全員を殺し、彼女を生き返らせる。
1.ティファ………
※参戦時期はエンディング後
※最初の会場でエアリスの姿を確認しました。
【リザル@ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド 死亡確認】
【チェレン@ポケットモンスター ブラック・ホワイト 死亡確認】
【天城雪子@ペルソナ4 死亡確認】
【残り63名】
【いのちのたま@ポケットモンスター ブラック・ホワイト】
雪子に支給されたポケモンの道具であり、現在はクラウドが持っている(装備はしていない)。原作基準では、持たせると使う技のダメージが1.3倍になるが、攻撃技を当てるたびにHPが1/10ずつ減るという効果がある。
「装備していると全体的に強くなるが、戦いの中で勝手にHPが減っていく効果を持つアクセサリー枠」くらいの感覚で構わない。
最終更新:2022年06月23日 13:23