ゴッサムシティ、麻薬取締局二階―――――トイレ内にて。
洗面台の前に一人の男が立つ。
彼は用を足した手を洗い、ハンカチで拭い、鏡の前で身嗜みを整える。
そのまま男は、懐より薬物のケースを取り出した。
「―――――♪」
荘厳なオーケストラの鼻歌と共に、パチリとケースの蓋が開けられる。
取り出されたカプセル錠は、迷わず男の口へと放り込まれる。
ゴクリ、とそれは咽頭の奥底を通っていき。
口腔で分泌された唾液と共に、食道を流され。
そして、ゆっくりと胃の中へと溶け落ちる。
「ふ、あぁァ――――――――ぁ――――――――――――」
コキコキと首の骨を何度も鳴らし、まるで天を仰ぐかのように男は顔を上げ両腕を広げる。
脳髄と神経に、迸るような炎が灯る。
清々しい程の昂揚感が精神を満たし始める。
「――――――あァ――――――ふゥッ――――――――――………………………」
吐息混じりの震えた声が、乾いた唇より漏れ出る。
“クスリ”による興奮と昂揚が男の全身を駆け巡る。
これだから、この快楽は止められない。
感情の昂りにその身を委ねた後、かくりと首を落とすように俯く。
そのまま男はふぅと一息を付いた後、鏡を見上げて口の両端を釣り上げる。
どこか不気味な笑みを浮かべ、何事もなかったかのようにトイレを後にしようとした。
「また“常備薬”かよ、スタン」
その瞬間、トイレへと入ってきた別の男が話し掛けてくる。
聞き覚えのある声に、男は―――――スタンスフィールドは僅かに目を細めてそちらを向く。
視界に入ったのは同じオフィスの同僚だ。
洗面台の前から動こうとしていたスタンスフィールドはその足を止める。
「お前か。そりゃあ常備薬は日課として、か……欠かせないものだからな!」
「解ってるけど、程々にしとけよ。バレたらお前の立場も危ないんじゃないか」
「どうせ上も下もドブのような悪党しかいないだろう?」
違いねえ、と同僚は苦笑いを零す。
彼らは麻薬取締局の職員、つまりは麻薬捜査官だ。
麻薬を取り締まる者が“クスリ”を楽しむ等、言語道断の極みだろう。
しかし、同僚は軽い忠告をするのみ。
それ以上は口出ししないし、さも当たり前のように見過ごす。
何故なら、この程度の『裏』はそう珍しいものではないからだ。
ゴッサムシティは悪徳と衆愚の街である。
建前で塗り固められた社会の裏側は堕落を極めている。
官僚や警官が汚職に手を染めることでさえ、そう珍しくはない。
秩序を守る者が裏で闇社会との繋がりを持つ。
正義の執行者が悪徳の所業に手を染める。
それさえも、『よくある話』でしかない。
麻薬捜査官が“クスリ”に手を出すことなど、衆愚の街では日常の範疇でしかないのだ。
「ところで、聞いたかスタン」
「聞いたって何の話だ」
「ほら、あのファミリーの件だよ」
「生憎だが、思い当たる節が多すぎる」
「ほら、俺達の取引先のシマで何人か行方不明になってただろ?
昨日になってまたもう一人消えちまったらしいぜ」
同僚の言葉に、スタンは思い出したように大げさな素振りを取る。
同僚が持ち出したのは麻薬売買の取引先のマフィアの話だ。
スタンスフィールドと彼はいわゆる『汚職仲間』である。
彼らはマフィアの麻薬ビジネスに一枚噛み、不当な利益を得ているのだ。
そんな彼らが取引をしているマフィアのシマで、相次いで行方不明事件が発生しているという。
その被害は民間人だけに留まらず、取引先の構成員達にも及んでいるらしい。
「またか。身勝手な人間サマに神が天罰でも与えてるんじゃないのか?」
「この世に天罰があるんだったら、俺達なんかとっくに消し炭だろ」
そんな下らない冗談を口にし、二人は苦笑を浮かべる。
神の天罰と言うものがあるとすれば、真っ先にそれを下されるのは自分達のような人間だろう。
麻薬を取り締まる法の番人でありながら、麻薬売買に関わっているのだから。
「で、最初にいなくなったファミリーのチンピラは先日ようやく見つかったそうだ」
「そいつは生きていたのか?」
「いいや、ミンチにでもされたみてえな酷い有様だったとよ」
同僚の話によれば、発見された死体は人としての原型を留めていなかったという。
まるで人智を超えた化物に全身を引き裂かれたかのような。
そんな凄惨極まりない状態で、死体はドブに捨てられていたとのことだ。
「奴らと関わってる俺達もいつか目を付けられちまうかもな。お前も気をつけろよ、悪徳刑事殿」
「ご忠告感謝致します、汚職刑事殿」
そんな冗談じみた忠告を口にする同僚を尻目に、スタンスフィールドはトイレを後にする。
どこか思い当たる節があるような表情を僅かに浮かべ、彼は足早に廊下を進む。
そのまま彼は、誰もいない休憩所へと足を踏み入れた。
「行方不明事件ね。近頃は物騒なものだ!
お前もそう思わないか?親愛なる同志殿」
そして、スタンスフィールドが陽気な態度で言葉を投げ掛ける。
スタンスフィールドの視線の先は、誰もいない空間―――――誰も座っていない椅子。
しかしその直後、休憩室の椅子に座っていた『巨躯の男』が実体化する。
黒尽くめの服装。左目を覆う眼帯。“鯨”を思わせる巨体。
そして、その片手に握り締めた一冊の本。
彼こそがスタンスフィールドが手にしたシャブティを媒体に召還された従者、アサシンのサーヴァント。
「嵐の前の静けさは素敵だと思わないか!?」
昂揚の混ざった声で、スタンスフィールドは己の従者に語り掛ける。
偽りのゴッサムシティで開催されし聖杯戦争。
麻薬捜査官、
ノーマン・スタンスフィールドはその参加者―――――マスターだった。
「ここではそう珍しくもない」
「ま、それもそうだがな。それでも何か引っ掛かるものがある!
あのファミリーはこの街の重鎮だ、そこいらの鉄砲玉がそう気軽に手を出せる連中じゃない」
アサシンの冷静な一言に対し、スタンスフィールドは大袈裟な手振りと共に捲し立てる。
有力マフィアのシマで発生した連続行方不明事件。
うち一名の構成員が死体となって発見されたという。
スタンスフィールドは汚職刑事だ。
しかし、それと同時に刑事として有能な男だった。
故に彼はこの事件に何か引っ掛かるものを覚える。
有力マフィアの構成員を含んだ不可解な連続失踪。
うち一人が遺体となって発見されたことから、恐らく他の失踪者も殺されている可能性が高い。
だとしたら、誰の仕業なのか。
マフィアや民間人を無差別に誘拐殺人した所で、悪党共に利があるとは思えない。
恐らくは、聖杯戦争が絡んだ事件か。
近辺に巣食うサーヴァントによる魂喰い。
あるいは、マスターと思わしき者を対象にした無差別な狩り。
可能性は色々とあるが、今はまだ情報が少ない。
この件に関しては追々調査する必要があるだろう。
「それにしても、聖杯戦争ね。
奇跡の願望器、聖杯。古今東西の英雄様の具現、サーヴァント。
まるでイカレた宗教家の与太話だ」
聖杯戦争が事件に関与する可能性を考え、スタンスフィールドはふとそんなことを呟く。
奇跡の願望器である聖杯を巡る争い。
古今東西の英雄を召還し、殺し合わせる戦争。
さながらゲームやコミックの物語、あるいは宗教家の妄言か。
想像だにしなかった未知の世界に対し、苦笑いを浮かべながらごちる。
「だが、奇跡は実在する」
「だろうね。記憶が正しければ、俺はあの時消し飛んだ筈なんだからな」
きっぱりとそう断言するアサシン。
スタンスフィールドは過去を追憶するように呟く。
彼は、死んだ筈の男だった。
己を追い詰めようとした一人の殺し屋と少女を仕留めんとし。
機動隊を動員して二人を追い詰め。
そして殺し屋と対面し、最期の最期で自爆に巻き込まれ。
スタンスフィールドは、命を落としたはずだった。
だが、彼はこうしてゴッサムに召還された。
いつの間にか手にしていたシャブティを媒体に、彼は聖杯戦争へのチケットを獲得した。
疑問は幾つもあるし、こんな御伽話じみた話が本当にあるとは思っても見なかった。
死に際の夢ではないかと疑っていたこともあったが、すぐにこれが現実だと確信した。
己のサーヴァントと出会い、聖杯戦争の記憶を飲み込み、自分が今『生きている』ことを確実に認識したのだ。
「マスターの願いは、生き残ることか」
「今はそういうことで――――――頼むよ、“自殺屋”」
スタンスフィールドは、不敵な笑みを浮かべながら己の従者に対し呟く。
聖杯に託す願いは、ここから生き残ること。
一度落とした命を再び獲得することだ。
その為に彼は一切の手段を選ばない。
どんな手を使ってでも、あらゆる立場を駆使して勝つ。
それが彼の望みだった。
聖杯の獲得という『依頼』。
アサシンは無言でそれを承諾する。
彼は、凄腕の殺し屋だった。
あらゆる依頼を遂行し、数々の人間を『自殺』させてきた。
“自殺屋”と呼ばれた男は、英霊となっても決して変わらない。
ただ依頼人から託された仕事を完遂させるだけだ。
【クラス】
アサシン
【真名】
鯨@魔王 JUVENILE REMIX
【ステータス】
筋力D 耐久E 敏捷E 魔力C 幸運C 宝具C
【属性】
中立・中庸
【クラス別スキル】
気配遮断:E+
サーヴァントとしての気配を絶つ。ある程度の隠密行動に適している。
他者から自身がサーヴァントであると察知されにくくなる。
【保有スキル】
正体秘匿:C
社会の闇に溶け込み、己の素性を隠す技能。
契約者以外のマスターはアサシンのステータスを視認することが出来ない。
ただし自らの宝具を解放した者に対しては一切効果を発揮しなくなる。
依頼遂行:B
人殺しを生業とする殺し屋としての逸話の具現。
『特定個人の殺害』を依頼された際、指定された標的に対して有利な補正が働く。
更に指定された標的を対象に宝具を発動した場合、判定が強化される。
補正の度合いは依頼者から与えられた『標的に関する情報量』に比例する。
話術:E+
標的を諭すように死へと追い込む技能。
言論によって対象の精神抵抗判定のファンブル率を上昇させる。
宝具と併用することでより効率的に「自殺」させることが出来る。
【宝具】
「自殺屋」
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1~10 最大捕捉:1~?
他者を自殺へと導く魔眼。
アサシンの両目を見た者の罪悪感と無力感を異常なまでに増幅させる。
この能力を受けた者は生きていることさえ苦痛に感じ、その場で自殺に追い込まれる。
精神干渉耐性によって軽減が可能だが、例え自殺を回避したとしても幻聴等の後遺症が残る場合がある。
普段は眼帯で左目を隠し、この宝具を封じている。
【Item】
『罪と罰』
アサシンが持ち込んできたもの。
ロシアの文豪ドストエフスキーの代表作。
アサシンの愛読書であり、彼が唯一読む本。
【人物背景】
左目に眼帯を付けた巨躯の殺し屋。
鯨という名前の由来はその大柄な体格から来ている。
「罪と罰」を愛読書とし、それ以外の小説は読んだことが無い。
己の両目を見た者を自殺させる能力を持ち、仕事の際には眼帯を外して能力を解き放つ。
その能力を駆使し、これまで数多くの標的を「自殺」させてきた。
【サーヴァントとしての願い】
マスターの依頼を遂行するのみ。
【方針】
マスターの指示が入り次第動き、標的を暗殺する。
サーヴァントとの直接戦闘は極力回避。
【マスター】
ノーマン・スタンスフィールド@レオン
【マスターとしての願い】
生き残る。
【Weapon】
回転式拳銃(S&W M629)
【能力・技能】
捜査官としての能力は優秀。
捜査官の立場を持つ裏で汚職に手を染める等、狡猾さも併せ持つ。
ゴッサムシティにおいても麻薬捜査官としての権限、そしてマフィアなど裏社会との繋がりを持つ。
【人物背景】
映画「レオン」に登場するニューヨークの麻薬捜査官。
その実態は麻薬取締局に所属しながら裏で麻薬密売組織を牛耳る汚職刑事。
麻薬捜査に見せかけてマチルダの家族を皆殺しにする等、冷酷かつ残忍な性格。
自らも麻薬に手を染めており、エキセントリックな行動が目立つ。
殺し屋であるレオンが自らの配下を殺したことに気付き、彼を少しずつ追い詰めていく。
作中終盤で満身創痍のレオンと対面するも、彼の手榴弾による自爆に巻き込まれ死亡した。
【方針】
とにかく勝ち残る。
捜査官としての立場を最大限に生かし、情報を掻き集める。
最終更新:2015年05月29日 22:25