Green Paradise 【母家】
居間112
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匿名ユーザー
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112.源
ミクロな世界の中では、存在することそのものが周囲に大きな影響を与える事を実感するであろう。 今回は量子論の、お話しを少々♪ 別に専門的な難しい話しじゃないけどねぇ(笑)
物質の構成因子である、分子や原子の名前は、大昔(中には最近&現在の子もいるかな?)に学校で習って、その名前を知ってるかな。 この辺りまでは、少し大きなモノなら、電子顕微鏡等で、人の目で【見る】事が可能な世界でもある。 が、原子を構成する陽子・中性子・電子の域まで砕くと、これはまた至難の技。 さらにそれらを構成する、クォークだのニュートリノだのの域になると、【見る】事が、完全に不可能になってくる。 そもそも、人がモノを【見る】と言うのは、どうゆう事なんだろうね。
多くの生物は、「光」に代表される波を利用して、自己と他者の区別をしている。 人に代表される哺乳類なら、物体に反射してくる「光」を目で受け取り、脳の中で「見る」と言う動作を認識している。 そして、光もまた粒子のひとつである。 いや、専門的に言えば、波の性質と粒子の性質を伴なった、質量の無いエネルギーと言うのが正しい見解だろうが、ひとまず今回は棚上げしておくね♪ そしてここからが問題なんだけど、その「光」を当てて、より小さいものを見ようとすると、どうなるだろうか?
球に例えると、皆にも判りやすくなるかな? 重たくて大きい鉄球に卓球のピンポン球を当てたところで、まぁ、さして鉄球の方には影響がないよね。 ではこれが、風船だったら?勢いがあれば、壊す事も可能であるくらい影響が大きく反映される。 鉄球にしても、一度二度くらいなら、影響無しと判断されても均しいだろうが、これが何万回・何億回繰り返されたら、おそらくは何かしらの変化をもたらすであろう事は、想像ができるかな? 極々小さいものを見ようとすれば、対象物へ【見る】と言う行為そのものが影響を与え、正確に対象物を認識する事が困難になる。 これが、量子の世界の常識なんだよねぇ。(興味のある人は、ぜひ、専門書を読んでほしい♪)
ところで、我々が日常的にモノを【見】、人と触れ合い社会を形成しているこの中でも、似たような事柄がないだろうか? 人は皆、望む望まぬに関わらず、社会を構成員である以上、他者に何かしらの影響を与えているのではないか? 人によって、善だったり悪であったり、喜びであったり憂いであったり、その結果がもたらす感情は様々だとも思うが、では、改めて問おう。
ミクロな世界の中では、存在することそのものが周囲に大きな影響を与える。 それはマクロ的な存在である、宇宙の成り立ちの始めでもあり、今も尚、普遍的に続く流れなんじゃないかな?
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文責:南 徹