Green Paradise 【母家】
プラスorマイナス003
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匿名ユーザー
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りょう@紀州犬
ポスペ以来の御無沙汰ですが、お元気ですか? また変わった形での関わり方で困惑気味ですが、お手柔らかにお願いいたします m( _ _ )m>発案者殿
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とても難しい問題ですね。 どちらが良いか?と問われると、正直なところ答えに詰まります。 楽観的に物事を捉え、積木を積み上げ続けるのは体力も精神力も必要とされますが、悲観的な感情に流されるのは、端から見れば哀れに映っても、気がつかずにいる当事者はそれで幸せなのではないでしょうか? 他人の同情と都合の良い同意を求め、受け入れられないと知れば、尚も強い慰めを求める事で現実から逃避していくのでしょうね。 多くの現代(日本)人がそうであると思いますが、違いますか?
出会いの始まりは、個性と本質を見極める為、普通の人間は営業用の仮面を被っています。 会う回数が増える度に、一緒に過ごす時間が長くなる毎に、本音の部分が少しずつ露呈していくのが人付き合いのパターンでしょうが、裸の心の触れ合いは自己を傷つけ、非自己を苛みます。 それでも人間同士を惹きつけて止まないものが、愛情であったり、あるいは根源を探求せんとする好奇心であったりもします。
山を登る事や、茨の道を進む事は、重力に逆らい障害物を取り除くエネルギーを消耗する働きです。 崖を落ちるのは本当に一瞬の事で、成すがままに任せていれば簡単に到達できる快楽です。 水の流れるまま委ねていれば、いずれはどこかへ辿り着きます。 自らの意志も無く、虚ろな目を露にし腹を隠す気力もなく、死んだ魚が流される様相が目に浮かびます。 死んでいると言う自覚が無ければ、当事者にとっては、それも安らぎでしょう。 とても美味しそうな魚には見えませんが(笑)
楽な道を選べば自ずと単一的な方向へ流れるのは、自然の摂理でしょうね。 しかし生命は進化の筋道で海から陸へのし上がり、大樹を大空に広げ、空を羽ばたき、常に重力に逆らう試練を乗り越えてきたでしょう。 《生き生きとしている》良い日本語だと思いますが、前へ突き進む人間がより魅力的に見えるのは、生命の根源を実戦し成り立たせるからでしょうか? それが眩しくとも疎ましく感じるとすれば、既に心の目が死んでいる証拠でしょうね。
俺はどちら側の人間でしょうか? どちらでも良いと思いますが、願わくば《生きて》いたいと望みます。