Green Paradise 【母家】
プラスorマイナス006
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匿名ユーザー
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南@先生
なるほど、そうなのか。 最初に感じた違和感が「志向」で、誤字だと思っていた。 これは裕羅の故意?かとも思ったが、発題者の故意だったか。 なるほど、納得♪
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人によって捉え方が違う意味では、確かに各々の形成する環境やら経験が異なる意味で、良い指標となり得るだろう。 楽観的に物事を捉える人間は、大いに蚊帳の外的発想で、あまり深く考察を進める事はないだろうな(笑) 悲観的な人間にしろ、他人を責め自らを振り返る事もしない人間は、やはり思考の域には達しない(惑)
己が強いと過信する人間は、問題の対処に於ける適応力に欠ける事が多々ある。 小さな失敗を繰り返してきた経験者は、次に待ち受けるだろう困難に臆病になる。 動かなければ事態の落転はないから、より洞察力に磨きがかかるのもしかり。 失敗を知らない(もしくは感じない)人間は、その恐さをも知りようがないからこそ、未踏の1歩を踏み込めるのか。 だが、全ての楽天的人間がそうなのか? 大きな失敗を、取り返しのつかない損失を、受けてなおも、前に進めるとしたら。 それこそ生きる証でもあるんじゃないか?と、俺の経験は訴える。
人は自らの意志で生きるんでは無く、利己的遺伝子の意志ないし、人の間に生きると称される周囲の社会の中で《生かされて》いると感じたのは、HIVによる全身癌で藤田渉が他界して暫く経ってからだった。(口説いかもしれないけど、再確認) 許されるものなら、俺から分かれただろう全てのウイルスを、元の場所へと、何度、願ったかしれない。 これ以上、失うものは、もう何もない筈だと極限を見ても、それでも俺は生きていた。 食事を絶っても、薬を絶っても、そう簡単には死なせてもらえないらしい。 身体が、身体の一部である脳が、外界から俺を観察する他者が《生きろ》と訴える。
時に世界は攻撃的なまでに刺激的で、僅かな歪みが誤解を招き、切りつけてくる。 切られた筋肉が硬化するように、折られた骨が柔軟になるように、同じ場所への攻撃には強くなる。 生命の生命たる機能だな。 心についても同様の事が言えるかな?
単細胞生物から多細胞生物への進化の初期の状態を見聞きした事はあるだろうか? 現在主流となっている学説では、それは多くの試みがなされ、弱肉強食の淘汰の中で脊椎動物が生き残り、世界に溢れんばかりのヒトと言う種別を産み出したと言われてる。 かたや、画一的だと思われがちな単細胞生物も、大きな飛躍を遂げている。 レトロウイルスに代表されるHIVやインフルエンザなども、そのひとつ(ウイルスが生命と仮定しての話し)だが、無駄なものを一切排除し、転写RNAのみで子孫を増やす彼らは、些細な環境の変化にも対応し、生き残る為の方向として自らの形態を変える進化を、短時間の内に行う事が可能なんだよな。 彼らに心があるとは、到底想像は出来ないが、転写エラーとしか思えない、その小さな進化は、ヒトの憶測を大きく凌駕しているのも事実。 中には致命的な転写エラーを起こすものもあるだろう。 が、神の意志でも働いているかの様な見事さで、成功を勝ちとる個体があるからこそ、未だ克服はおろか解明すらできない物体なんだろう。
人間同士のコミュニケーションだって、その実態が科学的に明らかにされたわけではない。 全てを理解する事は、科学とヒトの頭脳の限界が行く手を阻むのだろうが・・・ 寄り添った関係とは言え、別の人生を送る他者との関わりは、場合によっては(+)に(-)に作用し、劇的とも思える進化を人々の間にもたらしているのかもしれないな。
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「どちらがいいか」か。 みんなには、どう見える? 俺自身の自己評価は「マイナス試行」かな? だって、こんなに否虐的な人間、俺は俺自身以外に知らないぞ。