Green Paradise 【母家】
死009
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匿名ユーザー
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南先生
これはよく、ここの管理人である裕羅ともする話しなのだが、多くの現代人(これは日本人に限った事ではない)は、肉親や恋人などの死に、過剰反応し過ぎなんじゃないか?ってね。 そりゃぁ俺もね、家族や苦渋を舐め合った友人に先立たれるのは、とても悲しいし、辛い。 誰をも失いたくない気持ちは持ってる。 だからって、じゃぁなんでも生かしておきたいの、結果、人間社会のもたらしたものはなんだ?ってね。
歪んでしまった人間の社会、どこを見まわしても、子供の数より子孫を残す役目を終えた所謂老人の方が多いなんて動物、他にいやしないって事を忘れてない? 誤解はして欲しくないんだけど、古い人達の経験がもたらす知恵と構想は、大いに役に立つものだとも思っているからね。 それこそ次の世代に繋いで欲しい、素晴らしい知識には違いないだろうしね。(ただ漫然と歳だけ食らってるような生ける屍を除く)
身近な死を上げるとすれば、俺にとって今までもっとも多く触れてきた死は、毎日の食事?いや、呼吸かな?
最近ではブームも去ったのかあまり耳にしなくなった菜食主義。 これもね、俺には人間へ憤りを覚える不思議な言葉だよ。 今まで何人もの、菜食主義者の心の病に触れてきたが、どれも説得力に欠ける主張だったよねぇ。 殺される時に悲鳴を上げるから、肉を食べないのか? では唯一食す植物達、これらは生きていないものなのか? だとしたら、それこそ人間の勝手なエゴイズムでしかないんじゃないか。 食卓に用意されたものを、全て残さず好き嫌いせずに食べる人間の方が、遥かにご立派だと俺は思うが、違うかな?
呼吸一つにしたって、空中を漂う微生物を除去し、土の上を歩く毎に何億と言う生きている者達を踏み潰し、俺達は生きているのだと言うことを、感じて欲しい。 また、俺にとっては藤田の死そのものも、大きな成長を遂げる為の食事であったに違いないだろうね。 ん?なんで?って、彼が先に逝ってなければ、俺は既にこの世にないモノだったのかもしれないからさ。