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激闘は憎しみ深く

エルラン中将は自分の指揮する第4軍団の戦線後方約10km地点に、旗艦であるビッグ・トレー級地上戦艦マルケッティアを鎮座させ、作戦開始からの二日間、自室からほとんど出ていなかった。
彼の元には総司令官レビル将軍の元から「早急に進撃するように」との命令が届いていたが、彼はこれを黙殺していた。
当初は核攻撃を受ける危険があるという理由で進撃の先延ばしをはかっていたが、ことここに及んではそれも無理な言い訳に思われた。彼は自分の計画を実行に移すことを躊躇していた。
その計画とは、連邦軍を裏切り、連邦の最高機密とともにジオンに寝返るというものだった。彼はこの計画のために長い間地道な努力を重ねてきた。
少しずつ連邦軍の情報を漏らすことでジオンの信頼を得た彼は、さらに高度な最高機密とともに公国軍にくみすることで、ジオンにおける高い地位を勝ち取ろうとしていたのである。
ジオンは彼のもたらす情報を高く評価し、彼の持ちかけた計画を受け入れていた。その証拠に、彼の第4軍団の正面には公国軍がほとんど配備されていなかったのである。
マ・クベ司令はエルランが裏切ることを前提に兵力を配置し、その結果第4軍団の前面はがら空きとなっていたのだ。
後は情報とともにジオンの戦線後方に飛ぶだけであった。しかしエルランは迷っていた。果たしてジオンが本当に自分を優遇してくれるだろうか。そして何より、ジオンはこの戦争に勝利するのであろうか。
これまでの彼の経験からすれば、ジオンが連邦を圧倒することは自明の理といえた。だがここ最近の戦況は極めて複雑だ。現にこのオデッサの戦いも、最終的にどちらが勝利するのか未だにわからない。
エルランはそのせいで決断を下せずにいたのだった。もう1日、いや、もう半日だけ様子を見て判断しよう。彼は内心にそう決定し、新たな報告を待った。

戦いは夜通し散発的に発生し、連邦とジオン双方の兵士を緊張させ眠らせなかった。月明かり以外に光源のないこの荒野において、兵士達は見えない敵兵に怯えなければならなかった。いつ敵が夜襲を仕掛けてくるかわからなかったからだ。
特に経験豊富な公国軍は夜間戦闘をも得意としていた。夜間にはろくに訓練もしていない連邦軍にとってジオンの夜襲はもっとも恐るべき脅威であった。彼らは照明弾を次から次へと打ち上げ、暗い戦場の様子をどうにか把握しようとしていた。
だがゆらゆらと揺れながら落下してくる照明弾は、時にタコツボに身を隠している連邦軍部隊を照らし出した。すると公国軍がその格好の目標めがけて砲撃を加えてくるのだ。
地獄のような何時間かが過ぎ、ようやく太陽が顔を出した。連邦軍兵士はもう味方の照明弾に脅えなくてよくなった。結果的にジオンは夜襲を仕掛けて来なかった。作戦3日目、11月9日の夜明けである。
戦線は夜中よりも静かになっていた。連邦軍は第三次攻勢にでる準備を終えていなかったのである。補給部隊が最前線の戦闘部隊に全力で物資を運んでいたちょうどその頃、アムロ・レイとセイラ・マスの二人は新兵器の慣らし運転を行っていた。
二人は偶然にも敵艦から平然と発進してくる一機の連邦軍の連絡機を発見した。不審に思った二人はその連絡機を追跡した。連絡機は戦線を飛び越え、第4軍団の旗艦であるマルケッティアに着艦した。
ますます怪しく感じた二人はその後に続き、アムロはエルラン中将のもとへと乗り込んで行った。

あずにゃん艦長は、ムスカ大佐と共にマルケッティアへ向かっていた。
未だに前進命令を出さないエルラン中将に業を煮やしたムスカ大佐は、まさしく最前線にいるブラックハウスの戦闘記録を持ってくるようあずにゃんに命じ、戦闘団長自ら直談判に乗り出したのである。
あずにゃんはムスカという男を見直していた。彼は単なる駆け引きだけで出世してきた訳ではなかったようだ。時にはこうして自ら行動を起こして実績を上げてきたらしい。
あるいは勲章目当ての直談判かもしれないが、それにしてもこの行動は評価できる。
だが、あずにゃんはムスカの真意に気づいていなかった。彼はマルケッティアにいる部下からある報告を受け取っていた。「エルランは間もなく逮捕されるであろう」との報告だった。ムスカは即座に動いた。
あずにゃんをゴリアテに召喚した彼はそのままマルケッティアに向かった。彼はエルラン逮捕の瞬間に居合わせることで、第4軍団の指揮権を手中に収めようとしていたのだった。
彼とあずにゃんがマルケッティアに到着しエルラン中将の部屋の前まで来たとき、部屋の中から大きな叫び声が聞こえてきた。

「あなたみたいな人のおかげで何十人となく無駄死にしていった人がいるんです!!わかりますか!?あなたみたいな人のおかげで!!」

それはエルランの裏切らを知り怒り浸透に発したアムロの怒号であった。ムスカは思わずニヤリと微笑んだ。自分は最良のタイミングで到着したらしい。
エルランの身柄はレビル将軍の命を受けていた士官によって逮捕され、即座に連行された。あずにゃんは再び前線に舞い戻っていく若い少年パイロットを目にしていた。

「彼がアムロ・レイ…」

まだほんの子供だった。彼がジオンのMS乗りを震え上がらせたというパイロットなのか。あずにゃんはにわかには信じられなかった。

ムスカはマルケッティア艦橋の戦闘司令室に来ていた。いま司令室は突如として始まった公国軍の局地的反撃の情報が入り乱れ、指揮官の不在も相まって、予想もしなかった混乱状態に陥っていた。
ムスカは何も言わず司令官用コンソールにつくと、送話器を取り上げ第4軍団の全部隊に無線を繋いだ。

「私はムスカ大佐だ。エルラン中将はスパイ容疑により逮捕された。緊急事態につき、私が臨時に指揮をとる。敵の反撃は北の方の補給所を狙っている。視界に捉えたところを撃破しろ。砲弾をたっぷりお見舞いしてやれ。補給物資を傷つけるな!!」

第4軍団の各地で指示を待っていた部隊は突然の攻撃命令に半ば跳び上がるようにして喜んだ。第4軍団に配属された各種長距離砲が砲身を上げ、一斉に砲門を開いた。
第4軍団の兵士達はここぞとばかりに突進を開始し、反撃に出ていた公国軍の小部隊を瞬時に蹴散らした。兵卒から将官にいたるまで、ムスカが指揮権を掌握したことに疑問を呈するものはいなかった。
今や第4軍団全体が一丸となって戦闘にのめり込んでいた。ブラックハウス戦闘団にも前進が命じられた。ムスカはあずにゃんに戦闘団の指揮をとるよう命じ、ブラックハウスに送り返した。

第3軍団の戦区では、すでに消耗していた筈の部隊が突如総進撃を開始した第4軍団に遅れをとらじと再び前進を開始していた。だが第4軍団の進撃スピードは尋常ならざるものであった。
彼らの前面には有力な防衛ラインは形成されていなかったのである。ムスカ大佐は第4軍団に無制限の進撃を許可し、2日間待ちぼうけを強いられた兵士達は被弾を恐れず猛進していった。
わずかに配置されていた公国軍部隊は絶望的な抗戦を始めた。マゼラ・アイン空挺戦車の小隊が突撃してくるGMに懸命に砲火を浴びせる。一機のGMが被弾し体勢を崩したが、僚機はやられた味方に構わずマシンガンを乱射する。
被弾した戦車は紙細工のようにペシャリと潰れ、炎上した。戦線にそって掘られた歩兵用の塹壕では、MSに対して何らの抵抗手段もない公国軍歩兵がGMに押し潰されていた。必死で逃げた何人かの歩兵に61式が無慈悲な砲弾を叩き込む。
ほんの少数配備されていたザクは勝機がないとみるやコックピットを開き、パイロットが両手を上げて降りてきた。だが連邦軍の大部分の兵士は捕虜を取ろうとはしなかった。
GMのパイロットは自然な仕草でザクに弾丸を撃ち込むと、何事もなかったかのように前進を再開

ブラックハウス戦闘団は他の部隊に比べればややゆっくりとしたスピードで前進していた。
これは戦闘団長たるあずにゃんが合流するのを待っていたためであるが、そのために彼らは先に進撃していった部隊の破壊の爪痕をまざまざと見せつけられる羽目になった。穴だらけになって倒れたザク。5分前まで戦車だったスクラップ。
折れ曲がった砲身が不気味に虚空を指している大砲。そして、原形がなんだったのかわからないほど損傷した死体とどす黒い血だまり。もはやそこに人間だった形跡はまったく残っていない。地面はあらぬ色に染まっている。
その光景は人に根源的な嫌悪の念を抱かせた。見てはいけない、そんな考えがすぐに浮かんだ。艦橋CICからそれを見てしまったアーク少尉は、思わず気分が悪くなった。手のひらで口を抑え、込み上げてくるものを必死にこらえた。

「地球の戦争というものは、醜い…。」

操舵手のジョーンズが突然呟いた。普段はめったに言葉を発しない彼の一言は艦橋にいる全員の胸に重くのしかかった。確かに戦争は醜い。だがその戦争に身を投じている自分は果たして美しいのだろうか。
代々軍人の家系に生まれた京大尉ですら、軍人としての自らの存在に疑問を投げかずにはいられなかった。彼女は今まで故郷である地球を守るために戦ってきた。そのつもりだった。
だが、守るために戦うとは、こういうことなのか?その最初から矛盾している信念は、こんなにも残酷な悲劇を招くのか?

「これが戦争…。」

京は思わずそう漏らしていた。立派な大義や理想など、この光景の前にはたちの悪い冗談としか思えなかった。

第4軍団の進撃スピードは進撃が進むにつれ加速していった。戦線の崩壊を知った公国軍は各方面で撤退を開始し、マ・クベ司令は早くもオデッサの放棄を決定していた。
彼は黒い三連星が乗ってきたザンジバル級巡洋艦で早々に宇宙へ上がることにした。その時間を稼ぐため、彼は屈指の精鋭である黒の騎士団ツィマッド社特務隊に崩壊した戦線を支えるよう命令した。
両部隊はできる限り最前線に留まり、掘削した資源とマ・クベ司令が宇宙へと脱出した時点でダモクレスへと帰還し、地球からの離脱をはかることとなった。彼らは宇宙へ退却する部隊のしんがりを務めることになったのだった。
だが彼らの戦いに臨む姿勢は極めて積極的であった。彼らが防備する戦域は連邦軍第4軍団の進路に当たっていた。前日に戦ったあの黒い木馬の部隊に遭遇する可能性は高い。
そうなれば黒いガンダムや、他の強力なMSと再び剣を交わすことになるだろう。ゼロにせよグラハムにせよ、あの黒いガンダムとの決着は地上にいるうちにつけたいと思っていた。大切な部下を傷つけ、死に至らしめたあの敵機は許せない。
ゼロとグラハムは綿密な打ち合わせを始めた。すでにあの敵が一筋縄ではいかないことはわかっている。今こそ戦略が重要なときだ。二人は資源の採掘が行われていた坑道地帯を防衛の拠点に選んだ。
その地帯にはMSがギリギリ通れるサイズの坑道がクモの巣状に広がっており、地下を移動することで地上にいる敵を翻弄することができそうだった。ましてKMFの大きさならば、さらに細かい坑道に入ることも可能だった。
ゼロとグラハムは部隊の初期配置を完了すると、整備が終わったばかりのそれぞれの愛機に乗り込んだ。ダモクレスは公国軍の最終拠点に後置され、部隊の帰還を待つ。その最終拠点ではいま採掘された資源の打ち上げ準備が行われていた。
この大量の物資を全て打ち上げるには少なくとも半日はかかりそうだった。黒の騎士団と特務隊はその間必ず前線を死守しなければならない。戦いは熾烈を極めるだろう。部隊が無事に帰れるかもわからない。
それでも彼らはガンダムを討つことができればそれでいいと思っていた。
今日の戦いは今次大戦のミリタリーバランスを一変させるだろう。きらびやかに着飾った高級将校たちはこの戦いを単なる数字上の増減と見なすかもしれない。
だがその数字一つ一つには、血塗られた死闘と、散っていった者たちの怨念とが渦巻いているのだ。

† † † † †

オレ達は前進の途中、重症を負って地面に横たわっているジオン兵を発見した。彼は右腕と両足を失っており、虫の息で倒れていたのだが、とにかく生きていた。黒猫が真っ先に機体から降り、ジオン兵の元へ駆け寄った。
オレはブラックハウスへ衛生兵を呼びに行った。アベ軍医が自ら名乗りでて、彼をBlackCat の手のひらに乗せてジオン兵の元へ戻った。黒猫が兵士の左手を握って「もう少しだ、頑張って!」と励ましていた。
その回りでシンのヤラナイカと乃人の WhiteCatが警戒に当たっている。オレは機体を降りてアベと共に兵士に駆け寄った。アベはさっそく応急処置を始めたが、オレが見たところでは出血が多すぎて助かりそうになかった。
黒猫はどこからかタバコを取り出すと、自分の口にくわえて火をつけ、それからジオン兵に吸わせてやった。彼はそれで少し落ち着いたらしく、かすれる声で「ありがとう」と言った。
ジオンなまりがひどくてよく聞き取れなかったが、彼の表情がすべてを物語っていた。彼は左手でポケットを探ると、チョコレートの包みを取り出し、黒猫に差し出した。

「連邦のお嬢さんに……」

彼はやっとそれだけの言葉を絞りだした。黒猫がチョコレートを受け取ると、彼の腕はパタリと地面に落ちた。アベが黙って首を振った。彼は死んだ。黒猫は自分の手に残されたチョコレートの包みを見つめていた。

「これ、食べられないよ…」

チョコレートの包みは血で真っ赤に染まっていた。

オレはブラックハウスにアベを送り届け、再び前進を開始した。黒猫の様子が気になった。ここは戦場だ。感傷に流されれば、次には自分がやられてしまう。戦場とはそんな無慈悲な地獄なのだ。
その時、ブラックハウスの甲板上で警戒に当たっている魔理沙のマスタースパークから通信が入った。

「1時の方向で何か動いた!資源採掘用の大きな坑道のあるあたり!!」
「確認するぞ。乃人、オレと一緒に来てくれ。黒猫とシンはここで警戒を。」

オレは各パイロットにそう告げ、BlackCatを足早に歩かせた。乃人のWhiteCatが後に続く。坑道の入口が地面にぽっかりと開いているのが見えた。
坑道は50mほどの深さまで垂直に掘られていて、そこから水平方向にたくさんのトンネルが始まっていた。オレはBlackCatを坑道の入口の淵に立たせ、下を覗き込んだ。
既に日は高く昇っていて底まではっきりと明るく見えたが異常はないように思われた。魔理沙の見間違いか?
そう思った次の瞬間、見たことのある紅い機体がトンネルから飛び出した。輻射波動砲を装備したあの機体だ。情報によると公国軍ではMSではなくKMFと呼ばれている兵器らしい。
紅いKMFは上を見上げBlackCatの姿を認めると、こちらに向かってグレネードランチャーを撃ってきた。オレはBlackCatの機体を軽く後退させ、これをかわした。再び坑道を覗き込むと、紅いKMFはトンネルに引き返していた。

「追撃しましょう!」

乃人が言った。

「待て、どう考えても変だ。今までオレ達を散々苦しめたあの機体にしては攻撃があっさりしすぎてる。罠だという気がしないか?」

「だとしてもBlackCatとWhiteCatなら敵を返り討ちにできますよ!今すぐ追撃しましょう!」
「…よしわかった。やってみよう。ブラックハウスへ、オレ達は坑道を降りる。上手くすれば敵のKMFを撃破できるかもしれない。トンネル内部では通信はできないと思うが、20分ほどで戻る。そこで待っていてくれ。」
「こちら艦長です。了解しました。気をつけてください。」
「よし、行くぞ。」

オレは乃人を伴い坑道に飛び降りた。着地の瞬間バーニアを吹かして衝撃をやわらげる。MSが通れるサイズのものから人ひとりがやっと入れるようなものまで、大小様々なトンネルがいろんな方向に向かってのびている。
トンネル内の照明は少なく、奥がどうなっているかはわからない。オレはとりあえず紅いKMFが姿を消したトンネルに入っていった。薄暗いトンネルの中には敵機の姿はない。どこに隠れた?

「気をつけてくださいナガモン先輩。敵は一機だけじゃない気がします。」

乃人が後方を警戒しながら言う。確かにその通りだ。いよいよ待ち伏せの可能性が高い。

「初弾から直撃を喰らわなければガンダムならやれる。小さいトンネルに注意しろ。KMFなら隠れられる。ただしむやみに発砲するなよ。落盤して生き埋めは嫌だからな。」
「了解です。」

オレ達はトンネル内を進み始めた。いたるところに作業用の車輌や機材が放棄されている。スクラップ同然のそれらに敵が隠れていたら、と思うとぞっとする。だが、1kmほど進んでも敵は現れない。想像以上に長いトンネルだった。
オレ達はトンネルの交差点に来ていた。探索開始からすでに10分がたっている。そろそろ戻るか…?
その時、横合いのトンネルから突然ヒートサーベルがBlackCatめがけて繰り出された。BlackCatは持っていたライフルを貫かれ、間一髪でこれをかわした。刹那、戦闘機に似たあのMSが飛び出してきた。

「またお前か!厄介な奴!!」

オレはそう叫び、ビームサーベルを抜いた。敵は後ろにもいた。やはり同型のMSが一機、WhiteCatとの交戦に入っていた。挟まれた…!
だがオレには後ろを気にしている余裕はなかった。常にバーニアで浮遊している敵は高速で前進と後退を繰り返し、執拗に一撃離脱の攻撃を図っていた。オレは敵の攻撃を受け流し、反撃に移る。
だがその時には敵機はバックしていてオレのサーベルは空振りを繰り返すだけだ。

「逃げるな!」

オレはバーニアをふかし、敵機に肉迫する。サーベルを真っ直ぐに突き出し、そのまま突撃する。サーベルが敵機を貫くかと思われたその瞬間、敵の姿が突然消えた。今度は間一髪で横合いのトンネルに逃げられたのだ。
BlackCatはそのトンネルを通り過ぎ、ようやく停止する。直ちに振り返るが、敵機は目前に迫っていた。やられる…!!
敵のヒートサーベルがうち振られ、BlackCatの最大の武器、アームストロング砲が叩き斬られた。凄まじい衝撃。 BlackCatの股間が小爆発を起こした。機体は一瞬制御を失い、敵機の更なる一撃を受けた。今度は左腕を持っていかれた。
落下した腕のパーツが爆発し、トンネル内は煙に包まれる。オレはこの隙に機体をトンネルの奥へと後退させた。乃人との距離が開いてしまうが、やむを得ない。この時オレは初めて、 BlackCatが負けるかもしれないと感じていた。

† † † † †

ナガモンがグラハムを相手に苦戦を強いられていた頃、乃人もまたフラッグと激しい戦いを繰り広げていた。敵のパイロットは勇敢であり、時には捨て身の突撃を仕掛けてきた。乃人はその度に攻撃を回避し、果敢に反撃していた。
いま、敵は再びの突撃を掛けてきた。WhiteCatは真っ向からこれを受け止める。フラッグのヒートナイフとWhiteCatのビームサーベルが激しくぶつかり、ヒートナイフが弾け飛んだ。

「もらったぁ!!」

無防備になったフラッグに乃人が斬りかかろうとしたその瞬間、WhiteCatはバランスを崩し、地面に倒れこんだ。乃人は何が起こったかとっさに理解できなかった。モニターは右脚の異常を知らせていた。
WhiteCatの右脚は、膝の下から粉々に砕け散っていた。乃人はようやく状況を理解した。MSの機体を粉砕する兵器、輻射波動砲だ。乃人が機体の上半身を起こすと、目の前に二機のKMFが立っていた。
そのうちの一機、斬月は刀身の大きな日本刀をWhiteCatに向け、もう一機の紅いKMF、紅蓮弐式は右腕の輻射波動砲を構えていた。そしてその後ろには先ほどまで戦っていたフラッグが控えている。

「降伏しなさい!さもないとその機体、バラバラにするわ!」

紅蓮弐式からの通信が入ってきた。乃人と同じく、女性パイロットの声だ。状況は絶対絶命。だが、乃人は答えを迷わなかった。

「誰が降伏なんてッ!!」

乃人はビームサーベルを振り上げた。だが斬月が即座にWhiteCatの腕を切り落とした。乃人は構わず機体を無理矢理起こし、正面突破を図った。だがそれを見逃すカレンではない。

「脚を壊せばッ!!」

紅蓮弐式は自分の機体程もあるWhiteCatの左脚を粉砕した。しかし乃人は冷静だった。彼女は瞬時に機体の下半身をパージし、上半身すなわちシロネコだけでフラッグに体当たりした。
不意をつかれたフラッグを押し倒したシロネコは、一気に坑道の出口へと飛び去った。ナガモンのことが気がかりだが、今の機体ではどうしようもない。早く増援を呼ばなくては。

だが、地上に残った黒猫、シン、魔理沙、そしてブラックハウスにも、重大な危機が迫っていた。彼らはゼロに指揮されたフラッグ数機の襲撃を受けていたのだった。

「6番機、もう一度ザクモドキに攻撃をかけろ。4番と5番は黒い木馬の射撃専用機を攻撃!他は直援にまわれ!」

戦況を素早く分析し、ゼロが執拗な攻撃を仕掛けてくる。黒猫のブラックサンとシンのヤラナイカはブラックハウスから離れ、孤立しつつあった。黒猫はそれに気づき、どうにかブラックハウスに戻るようにシンに言う。

「このままじゃまずい!なんとかしてブラックハウスに近づくよ、シン!」
「そうしたいけど…!」

だが、シンはフラッグの正確な射撃の為に足止めをくっていた。攻撃を避けるために機動すれば、ブラックハウスは離れていくばかりだ。だがヤラナイカの装甲はガンダムほど頑丈ではない。
直撃をうけたが最後、ヤラナイカは二度と立ち上がれないだろう。格闘に特化したブラックサンとヤラナイカでは空中を自在に飛び回るフラッグには文字通り手も足もでない。
一方のブラックハウスは、甲板上のマスパと船に装備されたあらゆる火器を総動員し、フラッグ編隊の波状攻撃をどうにか退けていた。

「針路038に転針、ブラックサンとヤラナイカに接近します!」

艦橋ではあずにゃんの指揮が飛び、クルー達が全力でそれに答えていた。命令の履行が少しでも滞れば、ブラックハウスは沈むに違いない。フラッグの攻撃はそう感じさせるほどに強力だったのだ。

「左舷よりミサイル、来ます!」

カントーが叫び、あずにゃんがすかさず返す。

「上げ舵20!取り舵一杯!!」

操舵手のジョーンズが無言のまま力強く舵を回し、ブラックハウスの船体が急速に傾く。だが、絶妙な角度をつけて放たれたミサイル群は扇状に広がり、その全てを避けることは叶わなかった。
二機のミサイルが左舷底部を直撃し、艦橋を激しい震動が襲う。アークが自分の椅子から放り出され、躰を床に強く打ち付けた。

「大丈夫か!アーク少尉!!」

京がアークを助け起こし、再び管制用コンソールに座らせた。京はそのままあずにゃんの方を向くと言った。

「艦長、このままでは敵機相手に5分と持ちません!ブラックサンとヤラナイカを収容し、撤退するべきです!」
「BlackCatとWhiteCatを置いていくわけには行きません!ここで持ちこたえます!」
「しかしナガモン中尉の約束した20分はとっくに過ぎています!残念ながらナガモン、乃人両パイロットはMIAと認めざるをえません!」
「MIA?!」

MIA、戦闘中行方不明。それは事実上の戦死認定に他ならない。あずにゃんはそんなことを考えたくはなかった。
いや、京とて気持ちは同じだろう。それでも船を救うため、MIAの認定を持ち出したのだ。だが…

「ナガモンさんと乃人さんは生きています。」
「艦長!クルー全員に、死ねとおっしゃるつもりですか!!」

京も必死だった。こうして議論している間にも、船の回りにはフラッグからの攻撃が降り注いでいた。ナガモンと乃人が生きていてくれたら、もしそうであったらどれだけ嬉しいか。彼女とてそう信じたかった。
だが、確証のない可能性に賭けて船を危険に晒すわけにはいかない。彼女がMIA認定を進言したのも苦渋の選択だったのだ。しかし、あずにゃんの返事は変わらなかった。

「ナガモンさんと乃人さんは生きていますッ!!」

言葉は同じだが、あずにゃんの瞳には涙が浮かんでいた。危険は承知だ。それでも待つのだ。その瞳はそう強く訴えていた。

「…了解しました、艦長。」

京は引き下がった。こうなれば全力で生き残る。それだけだ。

「右舷より新たな熱源、ミサイル四基が急速接近!!」

カントーが再びの攻撃を告げる。今や艦橋の全員が一体となり、持てる力のすべてを出しきって船を守ろうとしていた。いや、艦橋のスタッフだけではない。ブラックハウスの全てのクルーが死力を尽くして戦っていた。
機関科のクルーはは焼き切れそうなエンジンを相手に必死の格闘を続けていた。砲手達は集中力のすべてを使って敵を狙った。整備兵達は艦内のあちこちを駆け回り、損傷した箇所の修繕に当たっていた。
だが、戦いは無慈悲だった。ジョーンズの懸命の操艦も虚しく、いま新たに一発のミサイルが右舷デッキを直撃した。フラッグが至近距離まで急降下してきて放ったミサイルだった。
魔理沙のマスタースパークがこのフラッグを撃破したが、ミサイルは船に深刻なダメージを与えていた。

ハルヒ技術中尉は妙な胸騒ぎを覚えていた。左舷の修理にあたっていた彼女は状況把握のためにキョンを右舷デッキに派遣していた。そしていま着弾したミサイルは、確証はないが右舷側に直撃したらしかった。
ハルヒは作業の手を止め、額の汗を拭った。キョンに限って巻き込まれたりはしないでしょう。そう自分に言い聞かせた。だが、この胸に渦巻く不快なわだかまりはなんなの?

「整備士長、少し外すわ。ここは頼んだわよ。」

ハルヒは修理の陣頭指揮にあたるMKⅡにそう言い残し、右舷デッキへ向かった。残されたMKⅡ指示にますます力をいれた。

「あと5分で作業を終わらせるよ!整備班の底力を見せてみろ!!」

SOS 団の作業に活力が充填され、ブラックハウスの死んでいた機能が一部回復した。だが損傷は増え続ける一方だった。新たな砲弾がブラックハウスを襲い、船体は大きく揺さぶられる。
右舷デッキに向かっていたハルヒも体勢を崩し、廊下に転んでしまった。躰のあちこちが痛かったが、胸の不快感はますます大きくなるばかりだった。彼女が再び立ち上がった時、廊下の向こうから衛生兵が担架をはこんできた。
その担架にのせられていた兵士を見たとき、ハルヒは息をするのも忘れていた。運ばれているのは他ならぬキョンだったのだ。彼の作業着は血で真っ赤に染まっていた。
その光景はひどく非現実的で、ハルヒの思考能力を瞬時に奪ってしまっていた。

「嘘……」

ハルヒは担架が目の前を通り過ぎても動けなかった。どうしてキョンが?よりにもよって、どうしてキョンなの?
ハルヒはようやく担架を追い始めた。持ち前の運動神経のおかげで彼女はすぐに担架に追いつけた。だが、キョンの目を固く閉じられ、荒い息が傷の深さを物語っていた。ハルヒはキョンに掴みかかるようにして叫んだ。

「キョン!!しっかりしなさい!キョン!聞いてるの!返事をしなさいバカキョン!!」

担架を運ぶミチシタ衛生兵が慌ててそれを止める。

「乱暴にしないで!!出血がひどくなる!」

だがハルヒは聞く耳を持たなかった。彼女はなおも叫び続ける。

「キョン!私が返事しろって言ってるのよ!!キョン!キョン!」

担架はようやく医務室にたどり着いた。その入口に立った時、ハルヒはあまりの惨状に今度こそ絶句した。

いくつもある治療台には血まみれの負傷兵が横たわり、軍医のアベが歩き回りながら応急処置を施していた。そしてその足元には、治療を待つ無数の兵士達が血だまりの中に這いつくばっていた。
ある者は苦痛に泣き叫び、ある者は静かに祈り、ある者はすでにこと切れていた。想像を絶する地獄絵図だった。ハルヒの脚がわなわなと震え始めた。こんな所にキョンを置いておけない。
ハルヒは部屋の血だまりに担架をを下ろそうとするミチシタに言った。

「お願い、キョンは廊下に置いて。私が面倒を見るから。」
「そんな無茶な!今すぐ治療しないとやばいんですよ!」
「廊下でも応急処置くらいできるでしょ。後から軍医に来てもらうから。お願い。」

いつもとは違うハルヒの深刻な表情に、ミチシタがついに折れた。彼は薄暗い廊下にキョンを下ろすと、再び負傷者を探しにその場を後にした。ハルヒはキョンの枕元にしゃがみこむと、自分の膝の上にキョンの頭をのせた。

「今だけ特別なんだからね…」

ハルヒはそう言いながらキョンの頭を優しく撫でた。苦痛に歪んでいたキョンの表情が和らいだようだった。

艦橋では、未だに退こうとしないフラッグ編隊を相手に、クルー達の必死の戦いが続いていた。
船体のダメージレベルは20%を超え、推力は激減していた。
それでも持ちこたえていたのはあずにゃんの未来を読むような操艦と、それに全力で答えるクルー達の努力のたまものであった。
だが、限界が近づいていた。船の速度はフラッグに比べれば止まっているに等しく、次の攻撃は避けられそうもなかった。
奇跡が起こらない限りブラックハウスは沈む。
マスタースパークと艦載火器は全力で射撃を続け、フラッグをどうにか遠ざけようとしていた。だが、マスタースパークが新たな一撃を放ち、弾幕が途切れたほんの一瞬、一機のフラッグが急降下を開始した。
フラッグはあっと言う間に艦橋の正面まで降下し、MS形体に変形してライフルを構えた。艦橋のクルー達はその場に凍り付いた。ライフルの銃口は艦橋の窓にピタリと向けられ、日の光りを浴びて不気味に輝いていた。
クルー全員が次の瞬間自分がどうなるかを悟った。万事休す ―――!

だがフラッグが引き金を引くかと思われたその瞬間、その機体は何者かの強烈な体当たりを受けて大爆発を起こしていた。爆発の閃光が艦橋にも飛び込み、クルー達は一瞬目を背ける。
再び正面に視線を戻した時、火だるまになったシロネコが地面へと落下していった。フラッグに体当たりしたのは乃人のシロネコだった。シロネコはフラッグを粉砕した代償に、自らの機体にもかなりのダメージを受けていた。
地面に墜落したシロネコはそのまま荒地を転がり、土砂を跳ねあげてからようやく止まった。

「乃人!!」

魔理沙が叫び、マスタースパークがブラックハウスの甲板から飛び降りる。艦橋ではあずにゃんが未だに激しく脈打つ鼓動を感じながら、乃人を救う為の指令を飛ばしていた。

「砲火をたやさないで!今ので敵は怯んだはずです!!」

あずにゃんの言う通りだった。ゼロは無謀な特攻を掛けたシロネコに完全にあっけにとられていた。あの機体は坑道でグラハム達が仕留めるはずだった。それが地上へと戻ってきた。ということは…。

「グラハムめ、しくじったか!全機、ダモクレスに帰還する!作戦は失敗だ!!」

ゼロの乗る蜃気楼が機体を翻し、戦域からの離脱を図る。生き残りのフラッグもあとに続くが、一機のフラッグが編隊から離れ、坑道の入口へと向かって行った。

「ダリル・ダッジ中尉!どこへ行くのだ!」

ゼロが目ざとくそれを見つけるが、ダリルの決意は固かった。

「隊長を置いては帰れない!先に行ってくれ!ダモクレスで会おう!!」

彼のフラッグはそのまま坑道に消えた。
ゼロはダモクレスへ向かいながら無線でカレンとトウドウを呼び出した。しかし、どちらともつながらない。

「くそっ!」

ゼロは蜃気楼の機体を再び反転させ、自らも坑道へと飛び込んで行った。これ以上KMFとパイロットを失う訳にはいかない。呼び戻さなければ。蜃気楼の機体が坑道に消えた。だが、さらにその後に続く機体があった。黒猫のブラックサンだった。

「待て黒猫中尉!お前は行くな!」

ブラックハウスの艦橋で京が叫ぶが、無駄だった。ブラックサンは坑道に飛び降りると、通信を断った。

「なんてこと…!」

† † † † †

オレはトンネル内で敵との鬼ごっこを続けていた。おそらく敵は全部で四機。
戦闘機型のMSが二機、うち一機は隊長機でパイロットの腕も秀逸。そしてKMFが二機。紅い奴と赤髪の奴だ。
一方オレのBlackCatはアームストロング砲を切り落とされ、左腕も失ってしまっている。乃人のWhiteCatがどうなったかもわからない。
状況は最悪だ。もし敵がBlackCatを挟撃してきたらなすすべはない。
オレは暗いトンネル内を駆け回っていた。どこかに別の出口があるはずだ。地上にでて増援を呼ぶしかない。だが、このトンネルの構造は予想以上に複雑だった。何度か行き当たりにもぶつかった。
地上の光が見えるのにトンネルの直径が足りないところもあった。だがオレは機体を捨てようなどとは考えなかった。
BlackCatを捨てるくらいなら死んだ方がマシだ。
そしてその「死」は確実にオレに迫ってきた。BlackCatのセンサーが接近してくる敵をキャッチした。戦闘機型だ。
やり過ごすわけにはいかないだろう。戦うしかない。オレはBlackCatをゆっくりと暗闇に動かした。
先に不意打ちできれば生き残る道はある。敵機はゆっくりと歩いてきた。やけにぎこちない歩き方だった。
本来は歩くようには設計されていないのかも知れない。
敵はこちらに気づかずそのまま接近してきて、その手に握られたライフルの銃口が BlackCatの鼻先をかすめていった。
今だ!BlackCatの頭部でバルカン砲が唸りを上げ、弾丸は敵機の頭部を粉砕した。これで目は潰した。あとはとどめだ。

「悪く思うな!」

トンガリコーンスラッシュが持ち上がり、敵機に振り下ろされる。
背中から斜めに引き裂かれた敵機はその場に崩れ落ち、上半身だけが爆発した。オレはすぐにBlackCatを移動させる。
さらにトンネルの奥へと逃げ込んで敵を待つのだ。今の爆発で残った敵がここに気づいた可能性は高い。オレはBlackCatを疾駆させた。
あまり乱暴な操縦はしたくないがそんなことは言っていられない。ブラックハウスに戻ったら整備班には怒られそうだが。

「ブラックハウスはどうなったかな…。」

急に不安になってきた。トンネルに入った敵が四機だけだとすれば、残りは地上にいるということになる。
敵には少なくともあと数機の戦闘機型がいるはずだ。それに指揮官機らしいKMFも。
ブラックハウスが襲撃されている可能性は高い。はやく地上にでなくては、オレもブラックハウスもやられてしまう。

前方に少し明るい場所が見えた。照明器具がしっかりしていて、どうやら地下の十字路になっているらしいかった。
まっすぐつっこもうとした瞬間、右側の道からKMFの二機が飛び出してきた。

「邪魔だどけぇッ!!」

オレは構わず強行突破すべく、紅い奴を蹴り飛ばそうとした。
だがその瞬間敵の右腕が繰り出された脚を掴むと、輻射波動砲がそれを粉砕していた。 BlackCatの巨体が十字路の中心に倒れ込む。
機体を起こす間もなく赤髪の日本刀が一閃し、BlackCatは右腕も切り落とされた。
バルカンを撃とうとした瞬間今度は頭部が輻射波動砲の餌食になり、BlackCatは戦う術を失った。
わずかに生き残った補助カメラがKMFを映し出す。

「降伏しろ。決着はついた。命を無駄にするな。」

赤髪のパイロットの声だった。オレに捕虜になれというのか?

「…ダメだ…ダメだ……!」

捕虜になることを想像しただけで躰が震え出す。息が苦しくなる。目の前が真っ暗になる。世界が音を失う。屈辱の記憶が蘇ってくる。
前に捕虜になった時の忌まわしく恐ろしい記憶。
何人もの男がオレを取り囲み、オレの躰を弄び、陵辱し、オレがボロボロになってもまだやめない。そんなのもう嫌だ。
捕虜になんかなりたくない。捕虜になんかなりたくない!だってあいつらは、オレの躰を…!

「そんなの嫌だああああ!!」

† † † † †

トウドウは、ナガモンの恐慌にかられた叫びを降伏の拒否と受け取った。あくまで死を選ぶというのか、このパイロットは。
トウドウは斬月の機体を踊らせ、BlackCatにとどめを刺しにかかった。斬月の機体が跳ね上がり、日本刀が下に向けられコックピットを狙う。

「これまでだ、ガンダム!」

† † † † †

赤髪の機体がジャンプして、その手に握られた日本刀がまっすぐこちらに向けられていた。オレは死を悟った。ここまでなのか?
こんな空も見えない場所でオレは死ぬのか。まだジオンに対する復讐は果たせていないのに。だけど、それもいいかも知れない。
所詮は血塗られた道だ。残虐な行為に走っているのはオレも奴らも同じなのだ。
オレは赤髪の日本刀がコックピットを貫くまでの数瞬で色々なことを考えた。ブラックハウスは大丈夫だろうか?
ほかのパイロットはどうなっただろう?みんなオレがいなくてもやっていけるかな?オレが死んだら誰か泣いてくれるかな?
すでにオレは泣いているな。目と鼻の先まで日本刀が迫り、オレは目を閉じた。不思議なこととに、オレにほほえむ少女の姿が浮かんだ。
それは黒猫だった。迎えにきたのだろうか。じゃあお前も死んでしまったのか?一人じゃなくて良かった。お前がいてくれて嬉しいよ。
オレが内心にそうつぶやくと、黒猫が笑顔のままで言った。

「助けにきたよ、ナガモン。」

その瞬間、強烈な爆発音がコックピットを襲った。衝撃は外からだった。オレは何が起きたのか理解できず、目を見開いた。
トンネルの薄明かりの中に、ブラックサンの右腕が、赤髪の機体を握りつぶすようにして目の前まで伸びてきていた。
実際には握りつぶしたのではなく、バイタルチャージで粉砕してしまったらしい。

「大丈夫してる?無茶してばっかのナガモン君♪」

黒猫が、本当に助けに来てくれたのだ。ブラックサンの真っ黒な機体が、オレには天使みたいに神聖なものに見えた。

† † † † †

カレンは息もできずにその場に凍り付いてしまっていた。たった今まで目の前にいたトウドウが、死んだ。
機体をバラバラにされて、断末魔も上げられずに。

「嘘…」

カレンの躰が震え始めた。あの「奇跡のトウドウ」が、いま自分の目の前で死んだ。怖い。怖い。怖い…!

「これが…、戦場で死ぬってことなの?」

たった今まで確実な勝利に向かっていた人間が、何もできない一瞬のうちにこの世を去る。これが戦死なのか?
戦いで死ぬということは、もっと激しい叫びや慟哭の中で起こることではないのか?
カレンは逃げることも忘れて自分の両肩を掴み、身を縮めるようにしてうち震えていた。だが、急につながった無線が彼女を正気に返らせた。

「カレン!すぐに退くぞ!!作戦は失敗した!ダモクレスに帰還する!!」

ゼロの声だった。我に返ったカレンは、自分の後方に接近してくる蜃気楼の姿を認めた。逃げなくては。
トウドウのことを考えている場合ではない。自分まで死んでしまう。それはなにより怖い。
紅蓮弐式が蜃気楼の元まで来ると、ゼロはカレンを地上へと誘った。彼の脳裏にトウドウの姿がよぎった。優秀な軍人だった。
不器用を絵に描いたような男で、自分にはどこまでも厳しく、任務を愚直なまでの正直さで全うしようとしていた。
もし黒の騎士団が無事宇宙に脱出できれば、それはトウドウのおかげに他ならない。

「貴様の死、決して無駄にはしないぞ、トウドウ!!」

二機のKMFは地上に飛び出し、全速力でダモクレスへと帰還していく。

そして、その後を追うようにして坑道から飛び出してきた機体があった。二機のフラッグ、グラハム・エーカーとダリル・ダッジの機体だった。
トンネル内でガンダムを見失ったグラハムはダリルと合流し、ゼロが退却を命じたことを聞いたのだった。
彼はそれでもなおトンネルの中でガンダムを探そうとしたが、ダリルがすでにオデッサの戦いに意味がないことを説明すると、彼もようやく退却に合意したのだった。
飛び去るフラッグの眼下には破壊された無数の兵器とすでに腐敗臭を発しつつある両軍の兵士の死体が点在していた。
この戦いで数多くの者が死に追いやられ、数多くの者が体の一部を奪われ、数多くの者が仲間を失った悲しみに涙を流した。
地上のミリタリーバランスを一変させようと実施されたこの作戦でも、繰り返される殺戮と絶望はほかのすべての戦いと変わるところがなかった。結果はいつも同じだった。ただ帰らぬ者の数が増えていく。それだけが違う点だった。

3日間に及んだオデッサ作戦は結果的に連邦軍の圧勝に終わった。だがジオンはマ・クベ司令ほか一部の部隊と、大量の採掘資源とを宇宙に上げることに成功していた。
宇宙へと脱出するザンジバルで、マ・クベ司令は不敵にほほえんでいた。

「戦いはこの一戦で終わりではないのだよ。考えてみよ、我々が送り届けた鉱物資源の量を。ジオンはあと十年は戦える。」

オデッサでの狂気に満ちた殺戮と絶望を経てなお、戦いは続いていく。

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最終更新:2010年10月26日 13:07
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