遺跡が息を吹き返して以来、周辺の磁気が強まってレーダーは利かなくなっていた。辺りは暗く、吹雪も勢いを増して、ドグッシュが通信用ケーブルを引きずって歩いている。
周辺の警戒よりもあちこちの岩にケーブルを絡ませず歩くほうに気をとられる。そんな状況でゲイリー・ターレルが異変に気付けたのは僥倖であった。
遠い空中に何か光るものが見えた気がした。メインカメラに張り付いた雪を払って最大望遠で確認してみると、やはり何かがちらちら明滅している。
しかも複数で、下へ下へとかなりの速度で下がって行く。ゲイリーは唾を飲み込んだ。下半身にぞっとした感覚が走る。
「敵襲、でしょうか」
ゲイリーはカナリヤへ信号を送ると、すぐさまケーブルをパージしてドグッシュを走らせた。移動してきた地形は全て頭に入っている。
ドグッシュは手ごろな場所にある小高い丘の影に身を隠した。
周辺の警戒よりもあちこちの岩にケーブルを絡ませず歩くほうに気をとられる。そんな状況でゲイリー・ターレルが異変に気付けたのは僥倖であった。
遠い空中に何か光るものが見えた気がした。メインカメラに張り付いた雪を払って最大望遠で確認してみると、やはり何かがちらちら明滅している。
しかも複数で、下へ下へとかなりの速度で下がって行く。ゲイリーは唾を飲み込んだ。下半身にぞっとした感覚が走る。
「敵襲、でしょうか」
ゲイリーはカナリヤへ信号を送ると、すぐさまケーブルをパージしてドグッシュを走らせた。移動してきた地形は全て頭に入っている。
ドグッシュは手ごろな場所にある小高い丘の影に身を隠した。
少女は眠り続けていた。モニターの数値は全て正常を示しているが、少女自身はあるかないかの微かな息をしているばかりで、傍目からは死人と大して変わりない。
彼女が琥珀色の瞳を見せたのは三日前に冷凍睡眠カプセルを運び出したときの一度きりであった。
呼びかけてみようにも、何せ四百年もの時を経た人間である。手違いがあるかもわからない。
フィリアの調査したところによれば、冷凍睡眠カプセルは正常に稼動していて、いかなる原理によるものか四百年間分もの膨大なエナジーはあの白い機体から供給されていたらしかった。
それにもかかわらず、今、格納庫で調査を進めている白い機体には残留エナジーの反応がない。抜け殻である。
「だからさ、デイヴ」
「あれは塩漬けの原始人みたいなもんだろ? 俺はとっつかまって食われたくない」
「ねえ、君はあのとき何か感じたんでしょう? 磁場に特異な乱れが出たし、君の様子もなんだかおかしかった」
「閉所恐怖症なもんでね。そういったオカルトは専門家の火星人どもにやらせろよ。そもそも俺の仕事じゃない」
フィリアは頬杖を付いてため息した。向かいに腰掛けるデイヴィッドは黙々とかけそばをすすり、フィリアと目を合わせない。
医務室で眠るあの少女とデイヴィッドを接触させてみろという命令が下されたのであるが、デイヴィッド当人は頑なに拒み続け、被雇用者の人権を主張するばかりであった。
カナリヤの食堂は閑散としている。研究員やメカニックはほとんど遺跡へ出払っていてコックたちも差し入れの食事を届けるのに忙しく、皿洗いの音さえ聞こえない。
フィリアはといえば、ただでさえ短い睡眠時間を削ってデイヴィッドの休憩時間に合わせたのであった。
「なんでいやなのさ」
「仕事を怠けるのに理由がいるかい?」
「ふざけないで」
語調を強めると、デイヴィッドはフィリアを横目で見返した。目つきは鋭いが、口の端からそばをぶら下げているので間の抜けた感が強い。
しばしにらみ合いが続いて、デイヴィッドがわざと音を立てて蕎麦をすすり上げる。顔にかかった汁飛沫をフィリアが袖で拭ったとき、艦内中にブザーの音が響き渡った。
つい先ほどまでメロドラマを流していたモニターには警告の文字が表示され、乗組員たちが廊下を慌しく駆けて行く。
彼女が琥珀色の瞳を見せたのは三日前に冷凍睡眠カプセルを運び出したときの一度きりであった。
呼びかけてみようにも、何せ四百年もの時を経た人間である。手違いがあるかもわからない。
フィリアの調査したところによれば、冷凍睡眠カプセルは正常に稼動していて、いかなる原理によるものか四百年間分もの膨大なエナジーはあの白い機体から供給されていたらしかった。
それにもかかわらず、今、格納庫で調査を進めている白い機体には残留エナジーの反応がない。抜け殻である。
「だからさ、デイヴ」
「あれは塩漬けの原始人みたいなもんだろ? 俺はとっつかまって食われたくない」
「ねえ、君はあのとき何か感じたんでしょう? 磁場に特異な乱れが出たし、君の様子もなんだかおかしかった」
「閉所恐怖症なもんでね。そういったオカルトは専門家の火星人どもにやらせろよ。そもそも俺の仕事じゃない」
フィリアは頬杖を付いてため息した。向かいに腰掛けるデイヴィッドは黙々とかけそばをすすり、フィリアと目を合わせない。
医務室で眠るあの少女とデイヴィッドを接触させてみろという命令が下されたのであるが、デイヴィッド当人は頑なに拒み続け、被雇用者の人権を主張するばかりであった。
カナリヤの食堂は閑散としている。研究員やメカニックはほとんど遺跡へ出払っていてコックたちも差し入れの食事を届けるのに忙しく、皿洗いの音さえ聞こえない。
フィリアはといえば、ただでさえ短い睡眠時間を削ってデイヴィッドの休憩時間に合わせたのであった。
「なんでいやなのさ」
「仕事を怠けるのに理由がいるかい?」
「ふざけないで」
語調を強めると、デイヴィッドはフィリアを横目で見返した。目つきは鋭いが、口の端からそばをぶら下げているので間の抜けた感が強い。
しばしにらみ合いが続いて、デイヴィッドがわざと音を立てて蕎麦をすすり上げる。顔にかかった汁飛沫をフィリアが袖で拭ったとき、艦内中にブザーの音が響き渡った。
つい先ほどまでメロドラマを流していたモニターには警告の文字が表示され、乗組員たちが廊下を慌しく駆けて行く。
『敵機の数は不明。哨戒に出ていた機体はルネールネ機とターレル機の二機。警報はターレル機からです。ムウシコスは既に甲板にて防衛体制に入りました。リマー機は遺跡最奥部へ急行し、作業員の収容を行ってください』
「ヴァニナ嬢、あんたがオペレートか?」
『正規の人員は遺跡へ出払っていますのであくまで代理です。それと気安く名前を呼ばないで』
「失敬」
ハンガーの移動が終わり、発進体制が整えられる。三日前に遺跡に浸入したときと違い、通信と電力供給を兼ねたケーブルはつながっていない。
「デイヴィッド・リマー。グワッシュ出るぞ」
グワッシュは両手にコンテナを抱えて、鈍重な音を不恰好に響かせて走り出した。
「ヴァニナ嬢、あんたがオペレートか?」
『正規の人員は遺跡へ出払っていますのであくまで代理です。それと気安く名前を呼ばないで』
「失敬」
ハンガーの移動が終わり、発進体制が整えられる。三日前に遺跡に浸入したときと違い、通信と電力供給を兼ねたケーブルはつながっていない。
「デイヴィッド・リマー。グワッシュ出るぞ」
グワッシュは両手にコンテナを抱えて、鈍重な音を不恰好に響かせて走り出した。
風が強く、レーダーの乱れもあってガーランド部隊は目標地点からだいぶ離れたところに着地せざるを得なかった。
赤毛の男が乗る黒いガーランドの近辺には、十機ほどガーランドの姿が認められ、光通信で互いに状況を知らせあっている。
電撃作戦である。悠長に部隊の合流を企てる余地はない。赤毛の男率いるガーランド部隊は、軽装備で機動性の高い二機を先頭にして進軍を開始した。
敵母艦と遺跡の明かりから、ちょうど影になる位置に巨大な断崖があった。塹壕の役割も果たせるであろう。
ガーランド部隊は順々にその断崖の下へ取り付き、赤毛の男のガーランドも断崖へと足を進めた。
雪上よりも遺跡施設内での機動性を重視した装備なので、ガーランドといえどもその足取りはおぼつかない。
断崖まで十歩ほどの位置にくると、深雪に足を取られて歩みを止めた。それと同時に、ガーランドの右肩が爆発した。
赤毛の男が乗る黒いガーランドの近辺には、十機ほどガーランドの姿が認められ、光通信で互いに状況を知らせあっている。
電撃作戦である。悠長に部隊の合流を企てる余地はない。赤毛の男率いるガーランド部隊は、軽装備で機動性の高い二機を先頭にして進軍を開始した。
敵母艦と遺跡の明かりから、ちょうど影になる位置に巨大な断崖があった。塹壕の役割も果たせるであろう。
ガーランド部隊は順々にその断崖の下へ取り付き、赤毛の男のガーランドも断崖へと足を進めた。
雪上よりも遺跡施設内での機動性を重視した装備なので、ガーランドといえどもその足取りはおぼつかない。
断崖まで十歩ほどの位置にくると、深雪に足を取られて歩みを止めた。それと同時に、ガーランドの右肩が爆発した。
ゲイリーは待った。コンピュータの情報処理能力を最大にして、光学センサーが七機の機影を捉え、彼のドグッシュよりカナリヤに近い座標へ敵部隊が踏み込んでも待ち続けた。
あと数百メートルほど敵機が進めば一網打尽も無理ではない地点に入る。そんなときである。雪上であるというのに黒い塗装をした機体が視界に入った。
他の敵機の塗装は白く、黒いのは一機のみである。あれは隊長機か、もしくは別の系統の機体か、それとも単なる目立ちたがりか、ゲイリーは見開いた目玉をぎょろつかせた。
黒いのが隊長機であるなら撃墜すれば敵部隊は浮き足立つ。下半身にしびれが広がった。しかし今撃ってしまえば、断崖の下の敵機どもが散開する猶予を与えてしまう。
ゲイリーは唇の端を小さくゆがめた。どうも下半身が落ち着かなくて、自然と貧乏ゆすりが出てしまう。撃つか待つか、数秒間の思考の後に彼が選んだのは前者であった。数十秒後の悦楽よりも、一瞬後の快感を選んだのである。
絶頂の予感に胸が躍る。ドグッシュの指が大口径スナイパーライフルの引き金を絞った。
緩みかけた膀胱がすぼまり、鼻に脂汗がにじみ出て眼鏡がずり落ちる。コックピットのある胴体を狙った一撃は、右肩を破壊したに過ぎなかった。
黒い機体はすぐさま蛇行した機動をとり、残りの敵機もゲイリーの居る方角に当たりをつけて銃弾をばら撒く。
ゲイリーの狙撃は失敗したのであった。
「まあ、陽動にはなるでしょう」
とこぼして自分を慰めてはみたが、胸の高ぶりもなりを潜めてしまった。雪上のホバー移動は快適で、ゲイリーのドグッシュは弾幕を浴びることなく新たな狙撃位置に到達する。
今はもはや、相手に自分のいることを気付かれていた。いまさら敵機を撃墜しても得るのは出涸らしのようなものである。
ゲイリーは嘆息を吐くと、断崖を越えるべく飛び上がった敵機があったので、着地に合わせてその敵機の胴体を撃ち抜いた。
「……ふぅ」
脱出装置の働く様子がないのを見て取るとゲイリーの股間にじんわりとした温かみが生じた。無論、パイロットスーツは人間の生理に対応している。
「温うございますね」
そうは言いながらも、ゲイリーの顔は心底幸福そうに緩みきっていた。
あと数百メートルほど敵機が進めば一網打尽も無理ではない地点に入る。そんなときである。雪上であるというのに黒い塗装をした機体が視界に入った。
他の敵機の塗装は白く、黒いのは一機のみである。あれは隊長機か、もしくは別の系統の機体か、それとも単なる目立ちたがりか、ゲイリーは見開いた目玉をぎょろつかせた。
黒いのが隊長機であるなら撃墜すれば敵部隊は浮き足立つ。下半身にしびれが広がった。しかし今撃ってしまえば、断崖の下の敵機どもが散開する猶予を与えてしまう。
ゲイリーは唇の端を小さくゆがめた。どうも下半身が落ち着かなくて、自然と貧乏ゆすりが出てしまう。撃つか待つか、数秒間の思考の後に彼が選んだのは前者であった。数十秒後の悦楽よりも、一瞬後の快感を選んだのである。
絶頂の予感に胸が躍る。ドグッシュの指が大口径スナイパーライフルの引き金を絞った。
緩みかけた膀胱がすぼまり、鼻に脂汗がにじみ出て眼鏡がずり落ちる。コックピットのある胴体を狙った一撃は、右肩を破壊したに過ぎなかった。
黒い機体はすぐさま蛇行した機動をとり、残りの敵機もゲイリーの居る方角に当たりをつけて銃弾をばら撒く。
ゲイリーの狙撃は失敗したのであった。
「まあ、陽動にはなるでしょう」
とこぼして自分を慰めてはみたが、胸の高ぶりもなりを潜めてしまった。雪上のホバー移動は快適で、ゲイリーのドグッシュは弾幕を浴びることなく新たな狙撃位置に到達する。
今はもはや、相手に自分のいることを気付かれていた。いまさら敵機を撃墜しても得るのは出涸らしのようなものである。
ゲイリーは嘆息を吐くと、断崖を越えるべく飛び上がった敵機があったので、着地に合わせてその敵機の胴体を撃ち抜いた。
「……ふぅ」
脱出装置の働く様子がないのを見て取るとゲイリーの股間にじんわりとした温かみが生じた。無論、パイロットスーツは人間の生理に対応している。
「温うございますね」
そうは言いながらも、ゲイリーの顔は心底幸福そうに緩みきっていた。
カナリヤから警報が発せられると、ネルネ・ルネールネは即座にケーブルをパージした。いつどこから敵機が襲い掛かってくるかわからないので、機動を鈍らせるケーブルは邪魔以外の何者でもない。
地表から吹き上がる雪と降ってくる雪とが混ざり合って視界を遮り、カナリヤと遺跡の位置は薄ぼんやりした明かりでしか見分けられなかった。
光通信も正常に機能しないであろう。つまり指示も受けられない。ネルネ・ルネールネが失策に気付いたのは、地べたに放り出されたケーブルを雪が覆い隠してしまってからである。
「……どうしよ」
カナリヤへ戻ろうか安全なところへ隠れようか、ネルネはとりあえずドグッシュの足を止めて、辺りを見回してみた。
「まずっ――」
敵機がいた。二機いた。しかもネルネが気付くと同時に撃ってきた。ホバーが雪を吹き上げる。
ドグッシュは方向転換を瞬時に終えると、スラスターの加速で雪上を滑って行く。
敵機は振り切れない。機動性能はドグッシュが上であるけれども、射線から逃れたと思えば別の敵機が現れ、それでまた進行方向を変えれば先ほどの二機が先回りしている。
進む先は断崖で、行き止まりである。ネルネのドグッシュは徐々にそこへと誘導されて行った。
振向きざまにライフルの弾をばら撒いてはみるが、ろくに狙いも付けないでは虚空に撃つのと変わりなく、せめて弾幕を張ろうにも敵は反撃の暇を与えるほど親切でない。
アラートがけたたましく鳴り、激しい振動が続けざまにネルネを襲った。
「グレネード?」
天地がひっくり返ったと思うと爆炎がカメラを覆い、白い地面と灰色の空がめまぐるしく入れ代わりを繰り返す。ドグッシュは慣性の法則に従って雪の斜面を転がり落ちた。
「……にげなきゃ」
辛うじて意識を失うのを免れたネルネは遠いカナリヤの明かりを見つめた。出し抜けにアラートが鳴る。
「にげなきゃ!」
弾丸の雨がドグッシュのスラスター光に降り注ぎ、白い大地を削り取る。ネルネには背後を見る勇気がない。
とにもかくにも逃げなければいけない。カナリヤと遺跡を敵から守るという考えはネルネの頭から消し飛んでいた。
地表から吹き上がる雪と降ってくる雪とが混ざり合って視界を遮り、カナリヤと遺跡の位置は薄ぼんやりした明かりでしか見分けられなかった。
光通信も正常に機能しないであろう。つまり指示も受けられない。ネルネ・ルネールネが失策に気付いたのは、地べたに放り出されたケーブルを雪が覆い隠してしまってからである。
「……どうしよ」
カナリヤへ戻ろうか安全なところへ隠れようか、ネルネはとりあえずドグッシュの足を止めて、辺りを見回してみた。
「まずっ――」
敵機がいた。二機いた。しかもネルネが気付くと同時に撃ってきた。ホバーが雪を吹き上げる。
ドグッシュは方向転換を瞬時に終えると、スラスターの加速で雪上を滑って行く。
敵機は振り切れない。機動性能はドグッシュが上であるけれども、射線から逃れたと思えば別の敵機が現れ、それでまた進行方向を変えれば先ほどの二機が先回りしている。
進む先は断崖で、行き止まりである。ネルネのドグッシュは徐々にそこへと誘導されて行った。
振向きざまにライフルの弾をばら撒いてはみるが、ろくに狙いも付けないでは虚空に撃つのと変わりなく、せめて弾幕を張ろうにも敵は反撃の暇を与えるほど親切でない。
アラートがけたたましく鳴り、激しい振動が続けざまにネルネを襲った。
「グレネード?」
天地がひっくり返ったと思うと爆炎がカメラを覆い、白い地面と灰色の空がめまぐるしく入れ代わりを繰り返す。ドグッシュは慣性の法則に従って雪の斜面を転がり落ちた。
「……にげなきゃ」
辛うじて意識を失うのを免れたネルネは遠いカナリヤの明かりを見つめた。出し抜けにアラートが鳴る。
「にげなきゃ!」
弾丸の雨がドグッシュのスラスター光に降り注ぎ、白い大地を削り取る。ネルネには背後を見る勇気がない。
とにもかくにも逃げなければいけない。カナリヤと遺跡を敵から守るという考えはネルネの頭から消し飛んでいた。
ドグッシュが蛇行しながらカナリヤへ向かってくる。時折、申し訳程度にライフルを撃つが追随する四機の敵機は意に介した様子もなく、隊列を乱すこともない。
「敵機は……ガーランドか。火星人だな」
逃げ惑うドグッシュをムウシコスの高性能カメラで眺めて、ディックは愉快そうに呟いた。サブウインドウの三次元マップに四機のガーランドが表示され、四つのロックオンカーソルがめまぐるしく動いている。
「いい火星人は死んだ火星人だけさ。なんたって有機肥料になるものな」
折り畳まれていたロングレンジビームキャノンの砲身が展開される。コンソールに表示されるエナジー供給率が70%を超え、ムウシコスは右肩の巨大な砲身を担ぎ直した。
分かたれた砲身の間にプラズマが発生する。
「だからさァ、スコア稼がせてもらうぜ!」
マルチロックオン完了と同時に、真紅の光芒が放たれた。
「敵機は……ガーランドか。火星人だな」
逃げ惑うドグッシュをムウシコスの高性能カメラで眺めて、ディックは愉快そうに呟いた。サブウインドウの三次元マップに四機のガーランドが表示され、四つのロックオンカーソルがめまぐるしく動いている。
「いい火星人は死んだ火星人だけさ。なんたって有機肥料になるものな」
折り畳まれていたロングレンジビームキャノンの砲身が展開される。コンソールに表示されるエナジー供給率が70%を超え、ムウシコスは右肩の巨大な砲身を担ぎ直した。
分かたれた砲身の間にプラズマが発生する。
「だからさァ、スコア稼がせてもらうぜ!」
マルチロックオン完了と同時に、真紅の光芒が放たれた。
なぎ払われたビーム光は手始めに二機のガーランドを蒸発させ、ドグッシュを撃とうと構えていたガーランドの上半身を抉り取り、最後に後方の岩場でミサイルの発射体勢を整えていたガーランドを岩ごと消滅させた。
赤い光が消えるのに遅れて水蒸気爆発が起こり、ドグッシュの背後に白煙の壁がそびえ立った。
衝撃波でドグッシュが膝を突く。ネルネは荒い息をしながら、カナリヤの甲板に立つムウシコスを打ち眺めた。
「あれが、ガンダムの力……」
圧倒的である。機動兵器どころではない。ネルネはムウシコスの機動性やら運動性やらの基本性能は知っていたが、搭載したビーム兵装の破壊力がこれほどのものであるとは思いもよらなかった。
ネルネはガンダムを頼もしく思うより、恐ろしくなった。もしあの砲口を自分に向けたら、もし自分が敵ごと巻き添えにあの光に包まれたら、そう考えると怖くてたまらなかった。
ネルネからしてみればディックという青年は傲慢な人間である。笑いながら味方を撃つことはあっても、仲間を殺すのに躊躇することはないであろう。
ネルネが震える膝を叩いたとき、ふとある男の顔が頭に浮かんだ。デイヴィッド・リマー、二年前にガンダムを撃墜したという噂がある男である。
赤い光が消えるのに遅れて水蒸気爆発が起こり、ドグッシュの背後に白煙の壁がそびえ立った。
衝撃波でドグッシュが膝を突く。ネルネは荒い息をしながら、カナリヤの甲板に立つムウシコスを打ち眺めた。
「あれが、ガンダムの力……」
圧倒的である。機動兵器どころではない。ネルネはムウシコスの機動性やら運動性やらの基本性能は知っていたが、搭載したビーム兵装の破壊力がこれほどのものであるとは思いもよらなかった。
ネルネはガンダムを頼もしく思うより、恐ろしくなった。もしあの砲口を自分に向けたら、もし自分が敵ごと巻き添えにあの光に包まれたら、そう考えると怖くてたまらなかった。
ネルネからしてみればディックという青年は傲慢な人間である。笑いながら味方を撃つことはあっても、仲間を殺すのに躊躇することはないであろう。
ネルネが震える膝を叩いたとき、ふとある男の顔が頭に浮かんだ。デイヴィッド・リマー、二年前にガンダムを撃墜したという噂がある男である。
デイヴィッドは苛立ちを募らせていた。作業員の大半がコンテナに乗り込みを済ませているのに、最重要人物であるアルフ・スメッグヘッドが作業を続けているのであった。
アルフ博士は遺跡の中枢ユニットに接続した端末をいじりながら、周りの研究員たちを怒鳴り散らしている。
「爺さん! まだなのかよ!」
もはや敬語も忘れている。学者の探求熱は結構であるが、時と場をわきまえてもらいたい。スピーカーの怒鳴り声に気密服姿の老人は中指を立てる仕草をした。下品である。
『カナリヤが敵部隊に包囲されました。ムウシコスとドグッシュ二機が応戦していますが遺跡ゲート付近は制圧されつつあります』
カナリヤとの通信を行う端末から芳しくない戦況がもたらされる。それでもアルフ博士は作業を止めない。
『たった今ガーランド三機が遺跡内部に――』
ヴァニナの声が途絶えた。おそらく浸入したガーランドによって通信ケーブルを切断されたのであろう。
「おい!」
アルフ博士は端末から数枚のディスクを抜き取ると、ようやく駆け出してコンテナに乗り込んだ。
『出せ』
接触回線で命令されるまでもなく、グワッシュは両手にコンテナを抱えて走り出した。コンテナの中には両方合わせて五十人弱の作業員が詰まっている。
体を固定し、耐衝撃機構もついているので多少荒っぽい動きをしても死にはしないであろうが、胃袋の中身は保障の範囲内ではない。
アルフ博士は遺跡の中枢ユニットに接続した端末をいじりながら、周りの研究員たちを怒鳴り散らしている。
「爺さん! まだなのかよ!」
もはや敬語も忘れている。学者の探求熱は結構であるが、時と場をわきまえてもらいたい。スピーカーの怒鳴り声に気密服姿の老人は中指を立てる仕草をした。下品である。
『カナリヤが敵部隊に包囲されました。ムウシコスとドグッシュ二機が応戦していますが遺跡ゲート付近は制圧されつつあります』
カナリヤとの通信を行う端末から芳しくない戦況がもたらされる。それでもアルフ博士は作業を止めない。
『たった今ガーランド三機が遺跡内部に――』
ヴァニナの声が途絶えた。おそらく浸入したガーランドによって通信ケーブルを切断されたのであろう。
「おい!」
アルフ博士は端末から数枚のディスクを抜き取ると、ようやく駆け出してコンテナに乗り込んだ。
『出せ』
接触回線で命令されるまでもなく、グワッシュは両手にコンテナを抱えて走り出した。コンテナの中には両方合わせて五十人弱の作業員が詰まっている。
体を固定し、耐衝撃機構もついているので多少荒っぽい動きをしても死にはしないであろうが、胃袋の中身は保障の範囲内ではない。
ゲイリー・ターレルは四機のガーランドを仕留めた。初めの一機、雪に足を取られて転んだ一機、敵部隊が狙撃兵にかまわず進軍を始めてからの一機、それからカナリヤ周辺でムウシコスが仕留め損ねた一機である。
戦況は既にカナリヤの防衛に変わり、敵機を撃墜するよりも近づけさせないことが重要視されている。
「勝つにせよ負けるにせよ、わたくしと致しましてはもう仕事納めといったところでしょうか」
有線ミサイルを放ち、ガーランドを回避行動に専念させて時間を稼ぐ。続けて弾幕を張ることで、突出しているネルネ機を援護する。
「もったいないですね」
弾薬を惜しみなく消費するこの作業はゲイリーの気に入らなかった。例の高揚感もなく、パイロットスーツの下半分の半端な湿り気が不愉快で仕方ない。
チャージを終えたムウシコスが極太のビームをなぎ払う。逃げ遅れた一機が撃墜された。カナリヤから電力を供給されてエナジー切れの心配がないとはいえ、大雑把な砲撃である。
「ガンダムパイロットといいますのは、戦いの楽しみというものを知っていらっしゃらない。まったくもって勿体ございません。……ふむ」
ネルネ機が一機撃墜した。高周波ブレードを構えて敵機に突撃し、シールドを破壊されながらも胴体の中心に切っ先を突き刺したようである。
「おや」
敵機を戦闘不能にしたならすぐさま離れねばならない。爆発の危険があるし、動きを止めれば反撃で道連れにされる可能性もある。
けれどもネルネ機はブレードを構えたまま動かなくなってしまった。ゲイリーはネルネ機の様子を仔細に窺ってみたが、致命的な損傷は見受けられない。
「もしやわたくしと似たようなご趣味が」
それにしたって、危うい状況である。近くに居たガーランド数機もネルネ機の異常を見て取ったらしく、動かないネルネ機に群がり始めた。
戦況は既にカナリヤの防衛に変わり、敵機を撃墜するよりも近づけさせないことが重要視されている。
「勝つにせよ負けるにせよ、わたくしと致しましてはもう仕事納めといったところでしょうか」
有線ミサイルを放ち、ガーランドを回避行動に専念させて時間を稼ぐ。続けて弾幕を張ることで、突出しているネルネ機を援護する。
「もったいないですね」
弾薬を惜しみなく消費するこの作業はゲイリーの気に入らなかった。例の高揚感もなく、パイロットスーツの下半分の半端な湿り気が不愉快で仕方ない。
チャージを終えたムウシコスが極太のビームをなぎ払う。逃げ遅れた一機が撃墜された。カナリヤから電力を供給されてエナジー切れの心配がないとはいえ、大雑把な砲撃である。
「ガンダムパイロットといいますのは、戦いの楽しみというものを知っていらっしゃらない。まったくもって勿体ございません。……ふむ」
ネルネ機が一機撃墜した。高周波ブレードを構えて敵機に突撃し、シールドを破壊されながらも胴体の中心に切っ先を突き刺したようである。
「おや」
敵機を戦闘不能にしたならすぐさま離れねばならない。爆発の危険があるし、動きを止めれば反撃で道連れにされる可能性もある。
けれどもネルネ機はブレードを構えたまま動かなくなってしまった。ゲイリーはネルネ機の様子を仔細に窺ってみたが、致命的な損傷は見受けられない。
「もしやわたくしと似たようなご趣味が」
それにしたって、危うい状況である。近くに居たガーランド数機もネルネ機の異常を見て取ったらしく、動かないネルネ機に群がり始めた。
そのころデイヴィッドのグワッシュは建物の影に四つん這いになっていた。市街地に出た矢先、銃弾の歓待を受けたのである。
通路でなくて僥倖であったともいえる。市外地のように広い空間でなくては、こうして無様に逃げ回ることさえ出来なかった。
グワッシュの腹の下には、デイヴィッド曰く『文化財』のなれの果てが転がっている。頭の横には店らしき看板があり、モノアイを動かすと店内が見渡せた。
無論、惨憺たる様相を呈し、食肉であるか野菜であるか他の何ものかであるか判別の付かない物体が転がっている。自分もいつ仲間入りするかわからない。
『デイヴィッド・リマー』
接触回線から小うるさい老人の言葉が聞こえる。この状況になってから幾度も繰り返された内容で、デイヴィッドは返事をする気にもなれなかった。
『何度でも言うぞ。左手の、向こうのコンテナを捨てろ。両腕が塞がっていては武器は使えまい。応戦してここから脱出する。
貴様とてこんなところで死にたくはなかろうよ。下らんセンチメンタリズムとヒロイズムに囚われて目的達成の手段をえり好みするのは愚か者のやること、貴様は凡人であるが、愚か者ではないはずだ』
「俺は手段のために目的を選ぶタチなんでね」と強がってはみるものの、このままでは埒が明かない。
一度コンテナを放して戦うという手もあったが、報告によれば敵MSはガーランドである。グワッシュとの性能差からして、まともにやりあったら勝ち目がない。
逃げ切るしか手段がなく、その手段にしたって、一か八か、無謀にも出口まで突っ切るくらいしか思いつかなかった。
光学センサーが危険を感知してアラートを鳴らす。銃弾が付近の建物を削って行く。銃声が止むと、ドラム缶型をした銀色の塊がいくつか落ちてきてグワッシュの目の前に転がった。
通路でなくて僥倖であったともいえる。市外地のように広い空間でなくては、こうして無様に逃げ回ることさえ出来なかった。
グワッシュの腹の下には、デイヴィッド曰く『文化財』のなれの果てが転がっている。頭の横には店らしき看板があり、モノアイを動かすと店内が見渡せた。
無論、惨憺たる様相を呈し、食肉であるか野菜であるか他の何ものかであるか判別の付かない物体が転がっている。自分もいつ仲間入りするかわからない。
『デイヴィッド・リマー』
接触回線から小うるさい老人の言葉が聞こえる。この状況になってから幾度も繰り返された内容で、デイヴィッドは返事をする気にもなれなかった。
『何度でも言うぞ。左手の、向こうのコンテナを捨てろ。両腕が塞がっていては武器は使えまい。応戦してここから脱出する。
貴様とてこんなところで死にたくはなかろうよ。下らんセンチメンタリズムとヒロイズムに囚われて目的達成の手段をえり好みするのは愚か者のやること、貴様は凡人であるが、愚か者ではないはずだ』
「俺は手段のために目的を選ぶタチなんでね」と強がってはみるものの、このままでは埒が明かない。
一度コンテナを放して戦うという手もあったが、報告によれば敵MSはガーランドである。グワッシュとの性能差からして、まともにやりあったら勝ち目がない。
逃げ切るしか手段がなく、その手段にしたって、一か八か、無謀にも出口まで突っ切るくらいしか思いつかなかった。
光学センサーが危険を感知してアラートを鳴らす。銃弾が付近の建物を削って行く。銃声が止むと、ドラム缶型をした銀色の塊がいくつか落ちてきてグワッシュの目の前に転がった。
「畜生が!」
デイヴィッドはやむなく想定していた操作を行った。グワッシュが地を斜めに蹴って飛び上がるのと同時に足元が爆発し、爆風によって都市区画の天井に背を打ち付けられる。
落下運動に入る直前にスラスターを最大出力で吹かし、同時に腰部ハードポイントのフラッシュグレネードとスモークグレネードの接続を解除する。
着地点のビルにグワッシュが頭から突進し、ビルの外壁が轟音を立てて砕け、機体の各部に損傷があったのをサブウインドウが告げる。
一拍遅れてフラッシュグレネードの爆音が聞こえ、デイヴィッドはグワッシュの操作を自動操縦に切り替えた。進路は既に複数用意してあった最適のものを入力してある。
抱きしめるように持っていたのが幸いして、コンテナに損傷がないことが接触回線からの様子でわかった。悲鳴か泣き声、さもなければ昼食の噴出す音で、作業員たちはいたって元気そうであった。
グレネードの効果が切れてメインカメラが生き返ったとき、グワッシュは三機のガーランドより出口に近い位置に到達していた。
グワッシュを発見したガーランド三機が追ってくるが、通路に入ってしまえば逃げる側が有利である。
フィリアの用意した試作型モーションセンサーグレネードが役立った。デイヴィッドは、その動体反応式の対MS爆弾を道すがら置き土産にいくつか転がしておいた。しばらく進むと爆音が響く。
「えげつない。大方、条約で禁止されるな」
『だが、相当な利益を上げるであろう』
「テロリスト相手に?」
安心から軽口を叩き合っていた折である。グワッシュは通路の角でガーランドと鉢合わせた。
立ち直ったのは同時であった。ガーランドが高周波ブレードを構えるが、両手がコンテナで塞がっているグワッシュは棒立ちである。
デイヴィッドはやむなく想定していた操作を行った。グワッシュが地を斜めに蹴って飛び上がるのと同時に足元が爆発し、爆風によって都市区画の天井に背を打ち付けられる。
落下運動に入る直前にスラスターを最大出力で吹かし、同時に腰部ハードポイントのフラッシュグレネードとスモークグレネードの接続を解除する。
着地点のビルにグワッシュが頭から突進し、ビルの外壁が轟音を立てて砕け、機体の各部に損傷があったのをサブウインドウが告げる。
一拍遅れてフラッシュグレネードの爆音が聞こえ、デイヴィッドはグワッシュの操作を自動操縦に切り替えた。進路は既に複数用意してあった最適のものを入力してある。
抱きしめるように持っていたのが幸いして、コンテナに損傷がないことが接触回線からの様子でわかった。悲鳴か泣き声、さもなければ昼食の噴出す音で、作業員たちはいたって元気そうであった。
グレネードの効果が切れてメインカメラが生き返ったとき、グワッシュは三機のガーランドより出口に近い位置に到達していた。
グワッシュを発見したガーランド三機が追ってくるが、通路に入ってしまえば逃げる側が有利である。
フィリアの用意した試作型モーションセンサーグレネードが役立った。デイヴィッドは、その動体反応式の対MS爆弾を道すがら置き土産にいくつか転がしておいた。しばらく進むと爆音が響く。
「えげつない。大方、条約で禁止されるな」
『だが、相当な利益を上げるであろう』
「テロリスト相手に?」
安心から軽口を叩き合っていた折である。グワッシュは通路の角でガーランドと鉢合わせた。
立ち直ったのは同時であった。ガーランドが高周波ブレードを構えるが、両手がコンテナで塞がっているグワッシュは棒立ちである。
デイヴィッドは数瞬後に己が死ぬことを理解した。ガーランドの動作はよどみなく、最小限の手間で最大限の効果を上げるに違いない。
振動する切っ先は寸分たがわずコックピットの己を狙っている。避けようにもグワッシュの鈍重な反応と運動性能では身を翻す間もなく突き刺さるであろう。
身を守るシールドも今は装備していない。片腕か何かを犠牲にして防いだとしても、次なる一撃がデイヴィッドの命を奪う。
したがってどうしようもない。デイヴィッドは時間の流れが止まっているかのように感じた。
過去に経験した出来事が次々と脳裏に過ぎり、それをぼんやり眺めながらどうでも良い感想を述べている自分が居る。
ああ、あのときこうすればよかった、もしこうだったなら今の自分はきっとああいう感じになれたろう、これまで戦場で殺してきた敵もこんなふうだったのか、といやに澄んだ思考が駆け巡る。
まだか、とデイヴィッドは思った。画面いっぱいに映し出されたガーランドは静止している。
デイヴィッドは己が認識していることが疑わしくなって頬を抓ってみようとした。体が動かない。そういえば呼吸さえしていない。息をするという行為自体、理解できないことのように思われた。
何時間経ったろう。何日かもしれない。もしかすると、何年も待っていたかもわからない。走馬灯を繰り返し眺めるのにも飽きた。
それどころか己がものを考えているのかさえ疑わしかった。
思う故に在るのか、知る故に在るのか、在る故に知るのか、在る故に思うのか、主観的・客観的観念論か、形而上学的・弁証法的唯物論か、こうしたばかばかしい想念が入れ代わり立ち代わり生じてデイヴィッドを困惑させる。
デイヴィッドはとにかく現実に戻りたかった。たとえその意識が一瞬しか続かなくともかまわないから正気に帰りたかった。
不意に、この遺跡で見た少女の姿が思い出された。ひとたび思い出されてしまうとデイヴィッドの望む望まざるにかかわりなく、エメラルド色の髪と琥珀色の瞳が眼前に浮かび上がった。
「薄気味悪い」
とデイヴィッドは吐き捨てた。無論、声が出るはずもない。
「消えろよ」
幻覚の少女はデイヴィッドをじっと見つめている。
「しつこいぞ。おい」
少女は左手を伸ばしてデイヴィッドの頬に触れた。
「なぜ出てくる。俺はお前なんか知らない。知りたくもない」
少女の髪が微かに揺れた。紳士的ではないが、デイヴィッドは少女を張り倒したくなった。残念ながら腕は動かない。
「くたばれ、化け物」
何の表情も示していなかった少女の顔に変化が現れる。少女は眼を伏せて、左手をデイヴィッドの頬から離した。
少女が俯いて眼を瞑ると、少女の足元から黄緑色をした光の粒子が広がり、見ればその光は少女の体を構成しているものらしく、光が宙に消え去って新たな光が生じるごとに少女の体も欠けて行く。
その有様を前にしてデイヴィッドもなけなしの良心に咎められ、もはや右肩から左わき腹にかけての断面の下が消え失せてしまった少女に向かって、柄にもない言葉をかけた。
「その……悪かったな」
少女はデイヴィッドを見て小さく微笑み、やはり雲散霧消した。
いよいよ幻覚を相手に会話するようになって己の情けなさに嘆いたのもつかの間であった。画面のガーランドは相変わらずポーズをとったままであるが、己の指先が微かに動いた心地がした。
デイヴィッドは呼吸を試してみた。やはりゆっくりと喉が開く感触がある。一旦意識してしまえば、神経の使い方を体が自然に思い出し、真っ当な五感も蘇り始める。
非常にゆっくりした反応が当然に思われ、感じ方がそれに合わせられて行く。
しかし、単純な思考だけは先ほどと変わりなく、もし世界の時間がこの早さで流れているのなら、己は凄まじい速度でものを考えていることになるであろう。
ガーランドもゆっくり動き始め、その動作そのものも、徐々に加速して行く。
振動する切っ先は寸分たがわずコックピットの己を狙っている。避けようにもグワッシュの鈍重な反応と運動性能では身を翻す間もなく突き刺さるであろう。
身を守るシールドも今は装備していない。片腕か何かを犠牲にして防いだとしても、次なる一撃がデイヴィッドの命を奪う。
したがってどうしようもない。デイヴィッドは時間の流れが止まっているかのように感じた。
過去に経験した出来事が次々と脳裏に過ぎり、それをぼんやり眺めながらどうでも良い感想を述べている自分が居る。
ああ、あのときこうすればよかった、もしこうだったなら今の自分はきっとああいう感じになれたろう、これまで戦場で殺してきた敵もこんなふうだったのか、といやに澄んだ思考が駆け巡る。
まだか、とデイヴィッドは思った。画面いっぱいに映し出されたガーランドは静止している。
デイヴィッドは己が認識していることが疑わしくなって頬を抓ってみようとした。体が動かない。そういえば呼吸さえしていない。息をするという行為自体、理解できないことのように思われた。
何時間経ったろう。何日かもしれない。もしかすると、何年も待っていたかもわからない。走馬灯を繰り返し眺めるのにも飽きた。
それどころか己がものを考えているのかさえ疑わしかった。
思う故に在るのか、知る故に在るのか、在る故に知るのか、在る故に思うのか、主観的・客観的観念論か、形而上学的・弁証法的唯物論か、こうしたばかばかしい想念が入れ代わり立ち代わり生じてデイヴィッドを困惑させる。
デイヴィッドはとにかく現実に戻りたかった。たとえその意識が一瞬しか続かなくともかまわないから正気に帰りたかった。
不意に、この遺跡で見た少女の姿が思い出された。ひとたび思い出されてしまうとデイヴィッドの望む望まざるにかかわりなく、エメラルド色の髪と琥珀色の瞳が眼前に浮かび上がった。
「薄気味悪い」
とデイヴィッドは吐き捨てた。無論、声が出るはずもない。
「消えろよ」
幻覚の少女はデイヴィッドをじっと見つめている。
「しつこいぞ。おい」
少女は左手を伸ばしてデイヴィッドの頬に触れた。
「なぜ出てくる。俺はお前なんか知らない。知りたくもない」
少女の髪が微かに揺れた。紳士的ではないが、デイヴィッドは少女を張り倒したくなった。残念ながら腕は動かない。
「くたばれ、化け物」
何の表情も示していなかった少女の顔に変化が現れる。少女は眼を伏せて、左手をデイヴィッドの頬から離した。
少女が俯いて眼を瞑ると、少女の足元から黄緑色をした光の粒子が広がり、見ればその光は少女の体を構成しているものらしく、光が宙に消え去って新たな光が生じるごとに少女の体も欠けて行く。
その有様を前にしてデイヴィッドもなけなしの良心に咎められ、もはや右肩から左わき腹にかけての断面の下が消え失せてしまった少女に向かって、柄にもない言葉をかけた。
「その……悪かったな」
少女はデイヴィッドを見て小さく微笑み、やはり雲散霧消した。
いよいよ幻覚を相手に会話するようになって己の情けなさに嘆いたのもつかの間であった。画面のガーランドは相変わらずポーズをとったままであるが、己の指先が微かに動いた心地がした。
デイヴィッドは呼吸を試してみた。やはりゆっくりと喉が開く感触がある。一旦意識してしまえば、神経の使い方を体が自然に思い出し、真っ当な五感も蘇り始める。
非常にゆっくりした反応が当然に思われ、感じ方がそれに合わせられて行く。
しかし、単純な思考だけは先ほどと変わりなく、もし世界の時間がこの早さで流れているのなら、己は凄まじい速度でものを考えていることになるであろう。
ガーランドもゆっくり動き始め、その動作そのものも、徐々に加速して行く。
認識する時間が正常に戻りつつあったと同時にデイヴィッド自身は別の異変を感じた。そう遠くない瞬間に死のうとしているのに、やけに落ち着いていた。
計器の数字やガーランドの動き、視界の中にあるものとそれが示す意味を直感できる。それどころか、ガーランドのパイロットの息遣いや、コンテナの無数の人々が恐れおののいている様子さえ感じ取れる。
デイヴィッドは試しに敵パイロットの顔を想像してみた。ヘルメットをかぶった男の顔が瞬時に頭に浮かぶ。
彼は口を軽くあけて、眼前のグワッシュを凝視している。片手は操縦桿を堅く握り、もう片手はコンソールパネルに伸びていて、つい先ほど兵装モードの切り替えを終えたことがわかる。
ブレードを突き出す滑らかな動作は彼にとっても会心の出来であるに違いない。しかしその一撃も失敗に終わるであろう。
計器の数字やガーランドの動き、視界の中にあるものとそれが示す意味を直感できる。それどころか、ガーランドのパイロットの息遣いや、コンテナの無数の人々が恐れおののいている様子さえ感じ取れる。
デイヴィッドは試しに敵パイロットの顔を想像してみた。ヘルメットをかぶった男の顔が瞬時に頭に浮かぶ。
彼は口を軽くあけて、眼前のグワッシュを凝視している。片手は操縦桿を堅く握り、もう片手はコンソールパネルに伸びていて、つい先ほど兵装モードの切り替えを終えたことがわかる。
ブレードを突き出す滑らかな動作は彼にとっても会心の出来であるに違いない。しかしその一撃も失敗に終わるであろう。
絶え間なく流れてくる思念が、デイヴィッド自身の行動原則を素通りして、得られた情報からデイヴィッドという固体が在り続けるための手段を取捨選択し、最適の手順を構成する。
脳髄から発せられたその命令は一切の誤差なく神経に伝達され、デイヴィッド自身が認知するより早く、彼の肉体によって実践される。
時は加速する。ブレードの切っ先はやはりグワッシュのコックピットを目掛けて伸び、グワッシュはせめてもの悪あがきか、左腕を上げ始める。
デイヴィッドの感じる時の流れが正常に戻るころには、ガーランドのブレードが装甲を貫いていた。
振動する刃が装甲の内側にあるものを引き裂いて行く。しかしガーランドのセンサーが感知するのは、鉄のひしゃげる感触でも切れた配線が火花を発する熱でもない。
繊維と樹脂と硝子と僅かな合金、そして有機物をない交ぜにして引き裂いて行く手ごたえであった。
脳髄から発せられたその命令は一切の誤差なく神経に伝達され、デイヴィッド自身が認知するより早く、彼の肉体によって実践される。
時は加速する。ブレードの切っ先はやはりグワッシュのコックピットを目掛けて伸び、グワッシュはせめてもの悪あがきか、左腕を上げ始める。
デイヴィッドの感じる時の流れが正常に戻るころには、ガーランドのブレードが装甲を貫いていた。
振動する刃が装甲の内側にあるものを引き裂いて行く。しかしガーランドのセンサーが感知するのは、鉄のひしゃげる感触でも切れた配線が火花を発する熱でもない。
繊維と樹脂と硝子と僅かな合金、そして有機物をない交ぜにして引き裂いて行く手ごたえであった。
人を乗せたコンテナを盾にしたという事実にガーランドのパイロットが気付いたときには、既にグワッシュの蹴りがわき腹に食い込んでいた。
それなりの衝撃があったが、そもそも機体性能に差があり過ぎる。モーターからして規格が違う。
ガーランドは僅かによろめいたに過ぎなくて、体勢を立て直しながらブレードにまとわり付いたコンテナの残骸を振りほどくにはほんの僅かな時間があればよかった。
抜き払われたブレードの刃先から赤い霧が吹き散った。ガーランドのパイロットがグワッシュに注意を戻すと、グワッシュは空いた右腕に持った高周波スコップを振り下ろすところであった。
スコップで頭部を横殴りされ、その衝撃でガーランドのセンサーに一時的なエラーが生じる。
それなりの衝撃があったが、そもそも機体性能に差があり過ぎる。モーターからして規格が違う。
ガーランドは僅かによろめいたに過ぎなくて、体勢を立て直しながらブレードにまとわり付いたコンテナの残骸を振りほどくにはほんの僅かな時間があればよかった。
抜き払われたブレードの刃先から赤い霧が吹き散った。ガーランドのパイロットがグワッシュに注意を戻すと、グワッシュは空いた右腕に持った高周波スコップを振り下ろすところであった。
スコップで頭部を横殴りされ、その衝撃でガーランドのセンサーに一時的なエラーが生じる。
ガーランドが平衡感覚を失っている隙にグワッシュが足を払う。コンテナの残骸をこぼれた中身ごとスコップで掬って、仰向けに倒れているガーランドの頭部にぶちまける。
コンテナの裂け目から流れ出るものがメインカメラを覆い、センサーの切り替えに要する結構な長さの時間が稼げる。
グワッシュはスコップを逆手に持ち替えてガーランドの胴体に突き刺す。コックピット周りの装甲は厚く、グワッシュの片腕のみでは貫けない。
グワッシュは柄の先端の持ち手を握り、スコップの刃に足をかける。同時に高周波振動が開始され、グワッシュの重量と刃の振動とでガーランドの胴体を掘り進んで行く。
コンテナの裂け目から流れ出るものがメインカメラを覆い、センサーの切り替えに要する結構な長さの時間が稼げる。
グワッシュはスコップを逆手に持ち替えてガーランドの胴体に突き刺す。コックピット周りの装甲は厚く、グワッシュの片腕のみでは貫けない。
グワッシュは柄の先端の持ち手を握り、スコップの刃に足をかける。同時に高周波振動が開始され、グワッシュの重量と刃の振動とでガーランドの胴体を掘り進んで行く。
足にかかる抵抗がいやに軽くなり、再び元通り重くなると、
『リマー、デイヴィッド・リマー。何があった。貴様はまだ生きておるのか』
とアルフ博士の通信が入った。アルフ博士の顔は青ざめている。
「俺は何をした」
『何をしただと。こちらが訊きたい。敵襲があったのか』
「俺は何をした」
『リマー?』
「なあ、何をした」
デイヴィッドは湧き上がるものに耐えられず口元を押さえた。指の隙間から生ぬるい液体がこぼれる。
理解はしていた。光景も目に焼きついている。自分はガーランドと相対した瞬間からずっと茫然自失の状態にあったと言い訳しても、誰も信じてくれやしない。
無論、誰もというのは自分自身も含めてである。体が勝手に動いたとか夢遊病に似た精神状態にあったとか、思い当たる理由はいくらでも挙げられる。
しかしMSの操縦に関してあれほどまで熟達した覚えはないし、二度と出来る動作とも思われない。何よりもまず、自分は命惜しさに数十人の非戦闘員を生贄にしたのである。
『答えるんだ、リマー』
「右のコンテナを失いました……接触回線のログを聞けばわかります」
デイヴィッドは口の中のものを飲み込んで操縦桿を握った。おちおち感傷に浸っている余裕はない
『リマー、デイヴィッド・リマー。何があった。貴様はまだ生きておるのか』
とアルフ博士の通信が入った。アルフ博士の顔は青ざめている。
「俺は何をした」
『何をしただと。こちらが訊きたい。敵襲があったのか』
「俺は何をした」
『リマー?』
「なあ、何をした」
デイヴィッドは湧き上がるものに耐えられず口元を押さえた。指の隙間から生ぬるい液体がこぼれる。
理解はしていた。光景も目に焼きついている。自分はガーランドと相対した瞬間からずっと茫然自失の状態にあったと言い訳しても、誰も信じてくれやしない。
無論、誰もというのは自分自身も含めてである。体が勝手に動いたとか夢遊病に似た精神状態にあったとか、思い当たる理由はいくらでも挙げられる。
しかしMSの操縦に関してあれほどまで熟達した覚えはないし、二度と出来る動作とも思われない。何よりもまず、自分は命惜しさに数十人の非戦闘員を生贄にしたのである。
『答えるんだ、リマー』
「右のコンテナを失いました……接触回線のログを聞けばわかります」
デイヴィッドは口の中のものを飲み込んで操縦桿を握った。おちおち感傷に浸っている余裕はない