カナリヤは離陸準備を終えてアルフ博士の到着を待つばかりとなっていた。ムウシコスが遺跡のゲート付近に火力を集中させてグワッシュの通り抜ける道を作る。
コンテナを持ったグワッシュがゲートから出てきたのと時を同じくして、ゲイリーのドグッシュは弾薬を使い果たした。
ガーランド部隊は約半数を撃墜されて壊滅状態になっても撤退する気配を見せない。おそらく近いうちに援軍が来るであろう。
ネルネ機は先ごろのガーランド部隊の砲撃によって片足を失い、彼女が撃墜したガーランドのそばで孤立している。
ゲイリーがいくら援護砲撃を行っても無防備な姿勢のまま動こうとしなかったのである。
「何にせよ、わたくしに出来ることはもうございません」
ゲイリーは残念そうに首を振ってドグッシュを着艦させた。最善は尽くした。ネルネがこれからどうなろうと彼の評価に響くことはない。
ゲイリーがコックピットから降りたときにデイヴィッドのグワッシュも着艦して来た。左手に高周波スコップを持って右手にコンテナを抱えている。
グワッシュがコンテナを降ろすと、中から気密服姿の作業員たちが頼りない足取りで歩き出た。
彼らのヘルメットの内側には様々な食物の成れの果てがこびり付き、中には担架で運ばれる者もあった。
ゲイリーがグワッシュに駆け寄ろうとすると、突然グワッシュが腕を振り払って元来た道を引き返し始めた。作業員の静止も聞かずに再び発艦しようという様子である。
『もう離陸態勢に入っているのに救出すると言って聞かないんです!』
ゲイリーがCICに繋ぐとそんな答えが帰ってきた。
コンテナを持ったグワッシュがゲートから出てきたのと時を同じくして、ゲイリーのドグッシュは弾薬を使い果たした。
ガーランド部隊は約半数を撃墜されて壊滅状態になっても撤退する気配を見せない。おそらく近いうちに援軍が来るであろう。
ネルネ機は先ごろのガーランド部隊の砲撃によって片足を失い、彼女が撃墜したガーランドのそばで孤立している。
ゲイリーがいくら援護砲撃を行っても無防備な姿勢のまま動こうとしなかったのである。
「何にせよ、わたくしに出来ることはもうございません」
ゲイリーは残念そうに首を振ってドグッシュを着艦させた。最善は尽くした。ネルネがこれからどうなろうと彼の評価に響くことはない。
ゲイリーがコックピットから降りたときにデイヴィッドのグワッシュも着艦して来た。左手に高周波スコップを持って右手にコンテナを抱えている。
グワッシュがコンテナを降ろすと、中から気密服姿の作業員たちが頼りない足取りで歩き出た。
彼らのヘルメットの内側には様々な食物の成れの果てがこびり付き、中には担架で運ばれる者もあった。
ゲイリーがグワッシュに駆け寄ろうとすると、突然グワッシュが腕を振り払って元来た道を引き返し始めた。作業員の静止も聞かずに再び発艦しようという様子である。
『もう離陸態勢に入っているのに救出すると言って聞かないんです!』
ゲイリーがCICに繋ぐとそんな答えが帰ってきた。
馬鹿が一人取り残されたと思えば、それを拾いにもう一人の馬鹿が出てきた。只でさえ不愉快であったディックの気分が苛立ちへと変わる。
「何考えてやがんだ」
ガンダムに乗っておきながら、たかが火星のMSを四機も撃墜し損なった。甲板の上で防戦に徹していたとはいえ、不甲斐ない戦果である。
シミュレーションでは最適な動きをするはずの敵機が、何の意味もない行動をしたり、通信の不備から隊列を乱したりしている。
動きが正確ならコンピュータにも予測しやすいが、時おり素人かとも思われる挙動をするMSを相手にするのはむしろやりにくかった。
現在の撃墜スコアは、ディックが六機、ネルネ・ルネールネが一機、ゲイリー・ターレルが少なくとも二機以上を落としている。
そしてデイヴィッド・リマーは、カナリヤに到達できたということであるから、ディックが逃がしてしまった四機のガーランドを撃墜したに違いない。
この戦場で戦うMSの中で最も性能の低いグワッシュで、火星産の小器用なガーランドを仕留めたのである。ディックの気に入るはずもない。
『デイヴィッド・リマーは贖罪をしたくてたまらないそうだ。援護をしてやれ、ディック』
サブウインドウに映るアルフ博士はにやにや笑いを浮かべていた。普段の彼ならこのような場合は見捨てることを選択するはずである。
「クソ親父め……何がおかしい」
電力のほとんどがカナリヤの推進力にまわされているためロングレンジキャノンは使えない。
ディックは兵装モードを二挺のビームライフルに切り替えて、ロックオンカーソルをグワッシュから外した。
「何考えてやがんだ」
ガンダムに乗っておきながら、たかが火星のMSを四機も撃墜し損なった。甲板の上で防戦に徹していたとはいえ、不甲斐ない戦果である。
シミュレーションでは最適な動きをするはずの敵機が、何の意味もない行動をしたり、通信の不備から隊列を乱したりしている。
動きが正確ならコンピュータにも予測しやすいが、時おり素人かとも思われる挙動をするMSを相手にするのはむしろやりにくかった。
現在の撃墜スコアは、ディックが六機、ネルネ・ルネールネが一機、ゲイリー・ターレルが少なくとも二機以上を落としている。
そしてデイヴィッド・リマーは、カナリヤに到達できたということであるから、ディックが逃がしてしまった四機のガーランドを撃墜したに違いない。
この戦場で戦うMSの中で最も性能の低いグワッシュで、火星産の小器用なガーランドを仕留めたのである。ディックの気に入るはずもない。
『デイヴィッド・リマーは贖罪をしたくてたまらないそうだ。援護をしてやれ、ディック』
サブウインドウに映るアルフ博士はにやにや笑いを浮かべていた。普段の彼ならこのような場合は見捨てることを選択するはずである。
「クソ親父め……何がおかしい」
電力のほとんどがカナリヤの推進力にまわされているためロングレンジキャノンは使えない。
ディックは兵装モードを二挺のビームライフルに切り替えて、ロックオンカーソルをグワッシュから外した。
グワッシュは走る。アラートがめまぐるしく付いたり消えたりを繰り返して、別な警告も視界の端に入るが、デイヴィッドは気に留めない。
飛び立つカナリヤに帰るだけのエナジーが残っているかも確認しない。彼がネルネ・ルネールネを救出するために再出撃したのは、やけっぱちのような気持ちからであった。
罪悪感だとか、己への不信だとか、英雄的な行為へのあこがれだとか、理屈はいかようにでもこじつけられる。
それぞれない交ぜになって自身でも何を望んでいるのかわからない。助けに行く対象がネルネでなくても同じことをした。
フィリアや、ゲイリーやヴァニナといったカナリヤの乗組員、いけ好かないディックやアルフ博士、
たとえそれが人間でなく鰯の頭であったとしても、大義名分が立ちさえすれば高揚感にまかせて正義の味方の真似事をするに決まっている。
放たれた銃弾が掠ってグワッシュの肩部装甲を吹き飛ばす。遺跡の中で結構な無理をさせてきたのがもろくなっていたに違いない。
複数の方角から弾丸が飛んでくる。喧しくてかなわないアラートを切り、グワッシュを空中で一回転させながらバルカン砲を放つ。この距離での対人機銃はけん制にもならない。
この分では無駄死にであるが、デイヴィッドにはネルネを拾ってカナリヤへ戻れるという確信があった。無論、ある種の狂信者のそれと同じ性質のものである。
飛び立つカナリヤに帰るだけのエナジーが残っているかも確認しない。彼がネルネ・ルネールネを救出するために再出撃したのは、やけっぱちのような気持ちからであった。
罪悪感だとか、己への不信だとか、英雄的な行為へのあこがれだとか、理屈はいかようにでもこじつけられる。
それぞれない交ぜになって自身でも何を望んでいるのかわからない。助けに行く対象がネルネでなくても同じことをした。
フィリアや、ゲイリーやヴァニナといったカナリヤの乗組員、いけ好かないディックやアルフ博士、
たとえそれが人間でなく鰯の頭であったとしても、大義名分が立ちさえすれば高揚感にまかせて正義の味方の真似事をするに決まっている。
放たれた銃弾が掠ってグワッシュの肩部装甲を吹き飛ばす。遺跡の中で結構な無理をさせてきたのがもろくなっていたに違いない。
複数の方角から弾丸が飛んでくる。喧しくてかなわないアラートを切り、グワッシュを空中で一回転させながらバルカン砲を放つ。この距離での対人機銃はけん制にもならない。
この分では無駄死にであるが、デイヴィッドにはネルネを拾ってカナリヤへ戻れるという確信があった。無論、ある種の狂信者のそれと同じ性質のものである。
ネルネ機に駆け寄ったころには、敵の砲撃はほとんど届かなくなっていた。遠くにちらほらビーム光が見えることからムウシコスの援護であるということがわかる。
「おい、生きてるか馬鹿女。死んでるなら死んでるって言え」
デイヴィッドはグワッシュにドグッシュを背負わせると接触回線を繋いだ。画面のネルネは膝を抱えて震えている。
『わ、私、こ、怖くなって……そしたらあし、足を……』
「パイロットが今さらPTSDか? 初めて人をお殺しになった? だったら童貞卒業おめでとう」
ネルネの経歴はフィリアの権限で閲覧して知っていた。デイヴィッドやゲイリーと違って民間出身である。大方、茫然自失して無防備になったところを狙われたのであろう。
デイヴィッドの罵声を聞いて、ネルネは涙ぐんだ目を向ける。
『せせ、接触回線で、き、き、き聞こえた』
「火星人の断末魔生中継をか。自分のじゃなくて良かったな」
『だだって、私、しら、しらなかった』
「ああそうかい。人生相談ならベッドの上で聞いてやるから今はケツまくって逃げるんだよ」
不意に、後頭部のあたりに妙な引きつりが生じる。デイヴィッドは反射神経の命ずるまま背後に向けてスコップを投擲した。
「おい、生きてるか馬鹿女。死んでるなら死んでるって言え」
デイヴィッドはグワッシュにドグッシュを背負わせると接触回線を繋いだ。画面のネルネは膝を抱えて震えている。
『わ、私、こ、怖くなって……そしたらあし、足を……』
「パイロットが今さらPTSDか? 初めて人をお殺しになった? だったら童貞卒業おめでとう」
ネルネの経歴はフィリアの権限で閲覧して知っていた。デイヴィッドやゲイリーと違って民間出身である。大方、茫然自失して無防備になったところを狙われたのであろう。
デイヴィッドの罵声を聞いて、ネルネは涙ぐんだ目を向ける。
『せせ、接触回線で、き、き、き聞こえた』
「火星人の断末魔生中継をか。自分のじゃなくて良かったな」
『だだって、私、しら、しらなかった』
「ああそうかい。人生相談ならベッドの上で聞いてやるから今はケツまくって逃げるんだよ」
不意に、後頭部のあたりに妙な引きつりが生じる。デイヴィッドは反射神経の命ずるまま背後に向けてスコップを投擲した。
極冠遺跡周辺では無線通信も光通信も使えない。このような状況でのMS戦において、常に指揮を執って戦おうとしてはかえって戦術の幅を狭めることになる。
個々人の判断に任せ、訓練通りの連携を行わせたほうが効果的である。損傷して手持ちの火気を失った指揮官機が前に出れば、むしろ足手まといになる。
赤毛の男はそのような意味のことを考えて、追撃戦には積極的に参加せず断崖に身を隠していた。
敵の『ガンダム』の砲撃は厄介である。相当な命中精度のあるビームを惜しみなく撃ってくる。機体の能力だけならガンダムマルスに匹敵するかもしれない。
肩に背負った大火力・長射程の大型ビーム砲は言わずもがな、かなりの連射性能を持つ二挺のビームライフルも油断できない。
苦労して敵母艦に取り付いても、最新兵器と思われる有線式オールレンジ攻撃兵装によって蹴散らされる。
数十分後には、テレウスの姉妹艦『プロクネ』とMAS-69『プロテラ』の部隊が援軍として到着するが、敵母艦は既に離陸態勢に入っている。
北極冠は制圧できても肝心のガンダムを逃がしてしまうことになり、ガンダムの持つシステム起動コードが無くては、コンパニヤの約束の地――ドーム・オデュッセイア――も単なる宗教上の偶像に過ぎない。
「神はおらずとも、せめて大佐とマルスがおいでであったなら……」
赤毛の男は嘆息した。腑抜けた民間企業相手の戦闘で戦略的な敗北を喫するという以上の失態はない。敵MSが情報より多かったことは弁解にも値しない。
事前の情報ではガンダムの護衛機は試作量産MS二機のみであった。少なくとも一機は遺跡で救出活動を行うはずであるから、護衛機が二機とも防衛に参加するのは数が合わないことになる。
しかしもう一機存在したとしても、数の上での戦力比は十対一である。古代の共産主義国家じゃあるまいし、これで負けてはデハドスでの評価も地に堕ちる。
けれども、赤毛の男にとって何よりの気がかりは、ベイト大佐の期待に応えられないことであった。スペースノイドである赤毛の男は、コンパニヤの経典などよりも宇宙連邦軍時代の上官に対して信仰を持っていた。
個々人の判断に任せ、訓練通りの連携を行わせたほうが効果的である。損傷して手持ちの火気を失った指揮官機が前に出れば、むしろ足手まといになる。
赤毛の男はそのような意味のことを考えて、追撃戦には積極的に参加せず断崖に身を隠していた。
敵の『ガンダム』の砲撃は厄介である。相当な命中精度のあるビームを惜しみなく撃ってくる。機体の能力だけならガンダムマルスに匹敵するかもしれない。
肩に背負った大火力・長射程の大型ビーム砲は言わずもがな、かなりの連射性能を持つ二挺のビームライフルも油断できない。
苦労して敵母艦に取り付いても、最新兵器と思われる有線式オールレンジ攻撃兵装によって蹴散らされる。
数十分後には、テレウスの姉妹艦『プロクネ』とMAS-69『プロテラ』の部隊が援軍として到着するが、敵母艦は既に離陸態勢に入っている。
北極冠は制圧できても肝心のガンダムを逃がしてしまうことになり、ガンダムの持つシステム起動コードが無くては、コンパニヤの約束の地――ドーム・オデュッセイア――も単なる宗教上の偶像に過ぎない。
「神はおらずとも、せめて大佐とマルスがおいでであったなら……」
赤毛の男は嘆息した。腑抜けた民間企業相手の戦闘で戦略的な敗北を喫するという以上の失態はない。敵MSが情報より多かったことは弁解にも値しない。
事前の情報ではガンダムの護衛機は試作量産MS二機のみであった。少なくとも一機は遺跡で救出活動を行うはずであるから、護衛機が二機とも防衛に参加するのは数が合わないことになる。
しかしもう一機存在したとしても、数の上での戦力比は十対一である。古代の共産主義国家じゃあるまいし、これで負けてはデハドスでの評価も地に堕ちる。
けれども、赤毛の男にとって何よりの気がかりは、ベイト大佐の期待に応えられないことであった。スペースノイドである赤毛の男は、コンパニヤの経典などよりも宇宙連邦軍時代の上官に対して信仰を持っていた。
こうなったらせめて首の一つでも持って帰らねば気が済まない。雪原で孤立している赤い敵MSに、とどめを刺そうと赤毛の男が考えるのは必然であった。
移動は天然の塹壕のおかげでガンダムのセンサーには察知されない。相当な遠回りであるが、カタナ型高周波ブレードのみという心もとない装備で防御不可能のビーム光に身をさらすよりはいい。
計算した座標にたどり着くと、ガーランドは崖を這い登ってちょこんと頭を出した。カメラが捉えたのは二機のMSの姿である。
片足を失った赤いMSを背負って、国防色のグワッシュが走っている。どうも仲間を助けに来た様子である。
赤毛の男が見逃す道理はなかった。汝の敵を愛せという教えのままに、戦場の美談を敵軍にくれてやるほどコンパニヤに染まり切るつもりはない。
ガーランドはスラスターを吹かして空中に飛び上がる。一機は大企業特有の不具合で動けないかも知れない試作MSで、もう一機は動いているが、所詮はグワッシュである。ガーランドの敵ではない。
一粒で二度美味しいとはこのことである。
赤毛の男は口の端を吊り上げた。大した距離ではなく、数瞬後には太刀の間合いに入る。
しかし、ガーランドが抜刀するべく柄に手をかけると、不意にグワッシュの腕が動いて何かが飛んで来た。
スコップであった。グワッシュのメインカメラは前方を向いたままで、スコップの先端はガーランドの破損した右肩、したがって胴体内部の機械部品が剥き出しになっている箇所に突き刺さった。
装甲は役目を果たさず、幾種ものエラーの表記が全天周囲モニターを埋め尽くした。
数秒するとパイロット保護システムが働いて、白い泡をコックピット内部に噴射する。瞬時に硬化する泡なので赤毛の男は身動きが取れない。
過剰ともいえるほどの拘束が済むと、ようやく炸薬が爆発してコックピットブロックが外に放り出された。
移動は天然の塹壕のおかげでガンダムのセンサーには察知されない。相当な遠回りであるが、カタナ型高周波ブレードのみという心もとない装備で防御不可能のビーム光に身をさらすよりはいい。
計算した座標にたどり着くと、ガーランドは崖を這い登ってちょこんと頭を出した。カメラが捉えたのは二機のMSの姿である。
片足を失った赤いMSを背負って、国防色のグワッシュが走っている。どうも仲間を助けに来た様子である。
赤毛の男が見逃す道理はなかった。汝の敵を愛せという教えのままに、戦場の美談を敵軍にくれてやるほどコンパニヤに染まり切るつもりはない。
ガーランドはスラスターを吹かして空中に飛び上がる。一機は大企業特有の不具合で動けないかも知れない試作MSで、もう一機は動いているが、所詮はグワッシュである。ガーランドの敵ではない。
一粒で二度美味しいとはこのことである。
赤毛の男は口の端を吊り上げた。大した距離ではなく、数瞬後には太刀の間合いに入る。
しかし、ガーランドが抜刀するべく柄に手をかけると、不意にグワッシュの腕が動いて何かが飛んで来た。
スコップであった。グワッシュのメインカメラは前方を向いたままで、スコップの先端はガーランドの破損した右肩、したがって胴体内部の機械部品が剥き出しになっている箇所に突き刺さった。
装甲は役目を果たさず、幾種ものエラーの表記が全天周囲モニターを埋め尽くした。
数秒するとパイロット保護システムが働いて、白い泡をコックピット内部に噴射する。瞬時に硬化する泡なので赤毛の男は身動きが取れない。
過剰ともいえるほどの拘束が済むと、ようやく炸薬が爆発してコックピットブロックが外に放り出された。
カナリヤが離陸するのが見えた。
「左巻き女、推進系は生きてるか」
『ねえ、なんで、なんでみんな戦いなんかするんだ? 撃ちたくないのに、撃たせないでほしいのに……』
ネルネは先ほどからずっとこのような具合で、ある種のヒステリーに陥って自問自答を繰り返していた。相手をするデイヴィッドには堪忍袋の緒を繋ぐ暇もない。
「ノータリンお嬢様は勝手に哲学を並べるがいい。俺たちは飛びさえすりゃいいんだ。思春期のくせして操縦桿も扱けんのか。それとも何だ、豚娘。火星人どもにアブダクションされたいか」
しぶしぶという感じでドグッシュがスラスターを吹かす。途端に強烈な加速がグワッシュの姿勢を崩し、あわや手を離してすっぽ抜けるところであった。
しがみついて空中での姿勢制御を行い、二機の推進方向をカナリヤの進路と交差するように整える。
グワッシュに残ったエナジーと推進剤は心もとなく、ドグッシュの推進力に頼れるとしても、しだいに高度を上げつつあるカナリヤに届くかはおぼつかない。
カナリヤの黄色い船体が光の尾を引いて灰色の空を横切って行く。当然であるが高度を下げる様子はない。
対空砲の弾丸が機体の横を掠めてデイヴィッドとネルネの神経をすり減らす。エナジーが無くなって落ちるか対空砲に撃ち落とされるか、どうにかこうにか着艦できるかのどれかである。
「こっちはエナジー切れだ!」
メインカメラと生命維持装置を除いてグワッシュの全ての機能が停止する。上昇速度も格段に下がった。
「わ、私も!」
数秒してネルネの悲鳴も響いてきた。万事休すである。カナリヤがゆったりと上空を横切り、巨大な船体も小さくなり始める。
吹雪に煽られて機体が揺れる。墜落は免れない。カメラに張り付いていた雪が散って、空から舞い降りてくる雪の群に合流する。
デイヴィッドが舌打ちした刹那である。忌々しい灰色の空を切り裂いて向かってくるものがあった。
「左巻き女、推進系は生きてるか」
『ねえ、なんで、なんでみんな戦いなんかするんだ? 撃ちたくないのに、撃たせないでほしいのに……』
ネルネは先ほどからずっとこのような具合で、ある種のヒステリーに陥って自問自答を繰り返していた。相手をするデイヴィッドには堪忍袋の緒を繋ぐ暇もない。
「ノータリンお嬢様は勝手に哲学を並べるがいい。俺たちは飛びさえすりゃいいんだ。思春期のくせして操縦桿も扱けんのか。それとも何だ、豚娘。火星人どもにアブダクションされたいか」
しぶしぶという感じでドグッシュがスラスターを吹かす。途端に強烈な加速がグワッシュの姿勢を崩し、あわや手を離してすっぽ抜けるところであった。
しがみついて空中での姿勢制御を行い、二機の推進方向をカナリヤの進路と交差するように整える。
グワッシュに残ったエナジーと推進剤は心もとなく、ドグッシュの推進力に頼れるとしても、しだいに高度を上げつつあるカナリヤに届くかはおぼつかない。
カナリヤの黄色い船体が光の尾を引いて灰色の空を横切って行く。当然であるが高度を下げる様子はない。
対空砲の弾丸が機体の横を掠めてデイヴィッドとネルネの神経をすり減らす。エナジーが無くなって落ちるか対空砲に撃ち落とされるか、どうにかこうにか着艦できるかのどれかである。
「こっちはエナジー切れだ!」
メインカメラと生命維持装置を除いてグワッシュの全ての機能が停止する。上昇速度も格段に下がった。
「わ、私も!」
数秒してネルネの悲鳴も響いてきた。万事休すである。カナリヤがゆったりと上空を横切り、巨大な船体も小さくなり始める。
吹雪に煽られて機体が揺れる。墜落は免れない。カメラに張り付いていた雪が散って、空から舞い降りてくる雪の群に合流する。
デイヴィッドが舌打ちした刹那である。忌々しい灰色の空を切り裂いて向かってくるものがあった。
フィリアは憤懣遣る方ない思いであった。デイヴィッドは身勝手である。敵に囲まれてカナリヤが飛び立つ寸前であるというのに、フィリアの言う事を聞かずに出て行った。
帰れる見込みは少ない。そこへ踏み出すのは、むざむざ死地にとびこむようなものである。
案の定、グワッシュが着地して走り出すや否や、ガーランドはここぞとばかりに集中砲火を浴びせて、デイヴィッドのためにフィリアが夜なべして仕上げた追加装甲を砕いて行く。
回避ルートも何もないめくらめっぽうの機動と、ムウシコスの援護射撃で辛うじて助かっているに過ぎない。
フィリアは気が気でないのを通り越して、もはや骨髄に徹し、思わずぼそりと呟いた。
「デイヴはいつも勝手だ」
昔からそうである。フィリアの問いを口先でごまかして、肝心なところは何もかも一人で抱え込む。連邦軍を辞めたときでさえ何一つ相談してくれず、気付けば除隊していた。
「自分勝手だ」
会えなかった二年間のうちにデイヴィッドは変わった。フィリアの知らないところで、勝手に変わっていた。
人当たりの仕方や犬儒的な言動は以前と変わりないけれど、根本のところがフィリアのデイヴと異なっている。
連邦軍時代のデイヴィッドは部下と打ち解けるそぶりを見せながら、いざ戦場に出れば容赦なく切り捨てていた。
足手まといになった部下を撃ち、慈悲死を与えたといって微笑むことはあれども、自ら危険を顧みず仲間を助けに行く人間ではなかった。
彼の後見人である上官と利用価値のあるフィリアの二人は例外であったが、そうかといって人と物との区別をつけない人種の一人であることに変わりなかった。
「なんで」
フィリアにとって何よりも腹立たしいのは、デイヴィッドがネルネ・ルネールネを助けに向かったことである。
後見人の上官のように援助をしたでも、フィリアのように長らく付き合ったわけでもない。たかが数日ばかり仲間ごっこをしたに過ぎないそこらの小娘に、あの『微笑みデイヴ』が執着するとは思われない。
そういえば極冠に来るまで、あの女はしきりにデイヴィッドの部屋を訪ねていた。まさかとは思うが二人の関係が妙な事情に立ち入りそうな気配になっているのかもしれない。
フィリアは即座にその可能性を否定した。ありえない。デイヴィッドの嗜好を知り尽くしているが故の断定である。しかし疑念は増すばかりで、フィリアは覚えず歯を硬く食いしばった。
帰れる見込みは少ない。そこへ踏み出すのは、むざむざ死地にとびこむようなものである。
案の定、グワッシュが着地して走り出すや否や、ガーランドはここぞとばかりに集中砲火を浴びせて、デイヴィッドのためにフィリアが夜なべして仕上げた追加装甲を砕いて行く。
回避ルートも何もないめくらめっぽうの機動と、ムウシコスの援護射撃で辛うじて助かっているに過ぎない。
フィリアは気が気でないのを通り越して、もはや骨髄に徹し、思わずぼそりと呟いた。
「デイヴはいつも勝手だ」
昔からそうである。フィリアの問いを口先でごまかして、肝心なところは何もかも一人で抱え込む。連邦軍を辞めたときでさえ何一つ相談してくれず、気付けば除隊していた。
「自分勝手だ」
会えなかった二年間のうちにデイヴィッドは変わった。フィリアの知らないところで、勝手に変わっていた。
人当たりの仕方や犬儒的な言動は以前と変わりないけれど、根本のところがフィリアのデイヴと異なっている。
連邦軍時代のデイヴィッドは部下と打ち解けるそぶりを見せながら、いざ戦場に出れば容赦なく切り捨てていた。
足手まといになった部下を撃ち、慈悲死を与えたといって微笑むことはあれども、自ら危険を顧みず仲間を助けに行く人間ではなかった。
彼の後見人である上官と利用価値のあるフィリアの二人は例外であったが、そうかといって人と物との区別をつけない人種の一人であることに変わりなかった。
「なんで」
フィリアにとって何よりも腹立たしいのは、デイヴィッドがネルネ・ルネールネを助けに向かったことである。
後見人の上官のように援助をしたでも、フィリアのように長らく付き合ったわけでもない。たかが数日ばかり仲間ごっこをしたに過ぎないそこらの小娘に、あの『微笑みデイヴ』が執着するとは思われない。
そういえば極冠に来るまで、あの女はしきりにデイヴィッドの部屋を訪ねていた。まさかとは思うが二人の関係が妙な事情に立ち入りそうな気配になっているのかもしれない。
フィリアは即座にその可能性を否定した。ありえない。デイヴィッドの嗜好を知り尽くしているが故の断定である。しかし疑念は増すばかりで、フィリアは覚えず歯を硬く食いしばった。
そうして、個人的な感情に頭のはたらきを占めつくされていたフィリアは、アルフ博士がいつの間にか横に立っていて感嘆の声を漏らしたのに気が付かなかった。
「シュード。リマーは何をやった」
「ふぇ?」
「死角から接近するガーランドを感知し、即座にスコップを投擲して命中させる。彼奴は背中に目が付いているとでもいうのか」
「はぁ……第六感というものでしょうか」
とりあえず話を合わせてはみたが、ぼんやりしていたことを悟られれば当てこすりを言われるに違いない。
カナリヤは高度を上げつつあり、グワッシュとドグッシュは抱き合って空を飛んでいる。先ごろああは思ったものの、やはりフィリアはデイヴィッドに見切りをつけることは出来なかった。
そわそわと気持ちが落ち着かず、携帯端末で上昇距離の計算をしたり、帰ってきたデイヴィッドにかける罵り文句を考えたりした。所詮は皮算用であるが、こちらからは何と遣りようもない。
これ以上カナリヤの上昇速度を下げれば追い縋って来るガーランドの射程に入ってしまうし、またその冒険がフィリアの望むところであるにしても、他の乗組員が承知するはずがない。
フィリアに出来るのは、祈ることのみであった。祈るといっても、マーズノイドでないフィリアは祈るべき神仏を持たず、運命や魂といったあやふやな観念に向けて己の願望をぶちまけるに過ぎない。
大半のスペースノイドは、祈るという行為について食前食後の挨拶程度の観念しか持ち合わせないのである。
グワッシュのスラスター光が消え、フィリアは息を呑んだ。そうして自分を勇気付ける間もなく、ドグッシュの光も消える。
赤いくせに役に立たない女である、とフィリアが思ったかもわからない。けれども二機が落下運動を開始する直前、フィリアは咄嗟の思いつきで通信回線を開いて、
「ディック・オメコスキー、キュイエールを!」と叫んだ。
「シュード。リマーは何をやった」
「ふぇ?」
「死角から接近するガーランドを感知し、即座にスコップを投擲して命中させる。彼奴は背中に目が付いているとでもいうのか」
「はぁ……第六感というものでしょうか」
とりあえず話を合わせてはみたが、ぼんやりしていたことを悟られれば当てこすりを言われるに違いない。
カナリヤは高度を上げつつあり、グワッシュとドグッシュは抱き合って空を飛んでいる。先ごろああは思ったものの、やはりフィリアはデイヴィッドに見切りをつけることは出来なかった。
そわそわと気持ちが落ち着かず、携帯端末で上昇距離の計算をしたり、帰ってきたデイヴィッドにかける罵り文句を考えたりした。所詮は皮算用であるが、こちらからは何と遣りようもない。
これ以上カナリヤの上昇速度を下げれば追い縋って来るガーランドの射程に入ってしまうし、またその冒険がフィリアの望むところであるにしても、他の乗組員が承知するはずがない。
フィリアに出来るのは、祈ることのみであった。祈るといっても、マーズノイドでないフィリアは祈るべき神仏を持たず、運命や魂といったあやふやな観念に向けて己の願望をぶちまけるに過ぎない。
大半のスペースノイドは、祈るという行為について食前食後の挨拶程度の観念しか持ち合わせないのである。
グワッシュのスラスター光が消え、フィリアは息を呑んだ。そうして自分を勇気付ける間もなく、ドグッシュの光も消える。
赤いくせに役に立たない女である、とフィリアが思ったかもわからない。けれども二機が落下運動を開始する直前、フィリアは咄嗟の思いつきで通信回線を開いて、
「ディック・オメコスキー、キュイエールを!」と叫んだ。
遠隔誘導端末を用いた多角攻撃兵装の構想は以前からあった。最初に試作されたのは無線式リニア砲台である。
しかし無線操作は電子戦機によるハッキングやジャミングを受ける可能性があることが判明し、実戦投入されることはなかった。
簡易的なAIを搭載するにしても、無人兵器であるという解釈でブラックテクノロジー規制法に触れてしまう。
そのうえ、弾薬が実体弾であるが故に端末自体が大型化せざるを得なく、要となる運動性と機動性にも問題があった。
研究者たちは諦めずに試行錯誤を繰り返し、半ばむきになって様々な種類のオールレンジ攻撃兵装を試作した。
可能な限り軽量化した有線式ガンポッドや、先端に姿勢制御バーニアを配置した伸縮式プラズマロッド、
いっそMS並みに大型化して機動性と攻撃力を確保し、通常のMSの演算能力では運用できないので戦艦の装備として開発した機動砲台など、
幾種類もの高コストで怪しげな試作品を完璧の状態に仕上げて、研究者たちは揚々と連邦軍高官のところへ売り込みに行った。連邦軍高官は鷹揚に答えた。
「そんな高価な兵器をわざわざ使うよりMSの頭数増やしたほうが早いだろ、常識的に考えて」
研究者たちは軍人の心の冷淡さを思うにつけ、寝床に入ってから涙をこぼした。
それ以来、MS武装開発の恥部として捨て置かれていたオールレンジ攻撃兵装の構想は、火星開発公社のガンダム開発で再び日の目を見ることになる。
攻撃手段は実体弾からビーム砲になり、推進機構は軽量な羽状可変スラスターを用いることにより重力下での十分以上な機動性能を確保した。
月のマザーコンピュータに匹敵するガンダムムウシコスの処理能力ならば、複雑な姿勢制御の演算も問題ない。
問題があるとすれば、コストに見合う効果が得られるか疑わしいことくらいである。
運の良し悪しは定かではないが、ムウシコス開発を指揮するアルフ・スメッグ博士は日ごろの振る舞いとは裏腹に、兵器開発においては実際的な効果より精神的な満足を優先する性質を持っていた。
基礎設計を任された助手のフィリア・シュードが幾度となく思いとどまるよう説得を試みたが、一度やると決めたことは撤回しなかった。
平たい推進装置が扇状に広がり、中心から細長い円筒形のビーム砲が突き出ている。その外観から『キュイエール(匙)』と名づけられた兵器は、このような事情で完成したのである。
しかし無線操作は電子戦機によるハッキングやジャミングを受ける可能性があることが判明し、実戦投入されることはなかった。
簡易的なAIを搭載するにしても、無人兵器であるという解釈でブラックテクノロジー規制法に触れてしまう。
そのうえ、弾薬が実体弾であるが故に端末自体が大型化せざるを得なく、要となる運動性と機動性にも問題があった。
研究者たちは諦めずに試行錯誤を繰り返し、半ばむきになって様々な種類のオールレンジ攻撃兵装を試作した。
可能な限り軽量化した有線式ガンポッドや、先端に姿勢制御バーニアを配置した伸縮式プラズマロッド、
いっそMS並みに大型化して機動性と攻撃力を確保し、通常のMSの演算能力では運用できないので戦艦の装備として開発した機動砲台など、
幾種類もの高コストで怪しげな試作品を完璧の状態に仕上げて、研究者たちは揚々と連邦軍高官のところへ売り込みに行った。連邦軍高官は鷹揚に答えた。
「そんな高価な兵器をわざわざ使うよりMSの頭数増やしたほうが早いだろ、常識的に考えて」
研究者たちは軍人の心の冷淡さを思うにつけ、寝床に入ってから涙をこぼした。
それ以来、MS武装開発の恥部として捨て置かれていたオールレンジ攻撃兵装の構想は、火星開発公社のガンダム開発で再び日の目を見ることになる。
攻撃手段は実体弾からビーム砲になり、推進機構は軽量な羽状可変スラスターを用いることにより重力下での十分以上な機動性能を確保した。
月のマザーコンピュータに匹敵するガンダムムウシコスの処理能力ならば、複雑な姿勢制御の演算も問題ない。
問題があるとすれば、コストに見合う効果が得られるか疑わしいことくらいである。
運の良し悪しは定かではないが、ムウシコス開発を指揮するアルフ・スメッグ博士は日ごろの振る舞いとは裏腹に、兵器開発においては実際的な効果より精神的な満足を優先する性質を持っていた。
基礎設計を任された助手のフィリア・シュードが幾度となく思いとどまるよう説得を試みたが、一度やると決めたことは撤回しなかった。
平たい推進装置が扇状に広がり、中心から細長い円筒形のビーム砲が突き出ている。その外観から『キュイエール(匙)』と名づけられた兵器は、このような事情で完成したのである。
ディックは伊達でも木偶の坊でもない。己の実力でガンダムパイロットの座を勝ち取ったことを自負している。
女もどきの主任が叫んだことは即座に理解できるし、いくら凄まじい形相をしていても女性的な色気を失わない見目良さに呆れ返る余裕さえある。
一基あたりMS数機分もする高価な武装を、こんなことに用いろと一切の迷い無しに言う人間が正気とは思われない。
ディックはデイヴィッドとフィリアの仲を本気で疑わしく感じ始めながら、キュイエールの安全装置を外した。
「獅子身中の虫か城孤社鼠か、気の振れた味方ほど恐ろしいものは無いってか。お前までキの字になってはくれるなよ」
キュイエール、と叫ぶが、無論、起動するのにわざわざ掛け声を出す必要はない。せめてもの憂さ晴らしである。
両膝と両肩に位置する四基のキュイエールが外れ、一瞬ばかり宙に浮いたと思えば、一点に向かって同時に加速する。
抱き合ったグワッシュとドグッシュの直前に来ると、それぞれ明後日の方角へ急転回し、目標の二機のぐるりで鋭角の軌道を繰り返す。
羽状スラスターがAMBACで推進方向を小刻みに変え、スラスター光が幾重にも交差する。
キュイエールとムウシコスを繋ぐワイヤーが複雑に絡み合って、MS二機分の重みに軋んだ。
女もどきの主任が叫んだことは即座に理解できるし、いくら凄まじい形相をしていても女性的な色気を失わない見目良さに呆れ返る余裕さえある。
一基あたりMS数機分もする高価な武装を、こんなことに用いろと一切の迷い無しに言う人間が正気とは思われない。
ディックはデイヴィッドとフィリアの仲を本気で疑わしく感じ始めながら、キュイエールの安全装置を外した。
「獅子身中の虫か城孤社鼠か、気の振れた味方ほど恐ろしいものは無いってか。お前までキの字になってはくれるなよ」
キュイエール、と叫ぶが、無論、起動するのにわざわざ掛け声を出す必要はない。せめてもの憂さ晴らしである。
両膝と両肩に位置する四基のキュイエールが外れ、一瞬ばかり宙に浮いたと思えば、一点に向かって同時に加速する。
抱き合ったグワッシュとドグッシュの直前に来ると、それぞれ明後日の方角へ急転回し、目標の二機のぐるりで鋭角の軌道を繰り返す。
羽状スラスターがAMBACで推進方向を小刻みに変え、スラスター光が幾重にも交差する。
キュイエールとムウシコスを繋ぐワイヤーが複雑に絡み合って、MS二機分の重みに軋んだ。
少女が目覚めたのはグワッシュの再出撃より暫く前、カナリヤの乗組員が離陸準備で忙しく働いているころである。
まず目に映ったのは染みのある天井であった。白亜の真ん中にぽつねんと灰色の霞が浮かんでいた。
じっと見つめると、染みがだんだん歪んで人の形をとり、手足を振って踊り出した。
少し経って、灰色の人間は踊るのに飽きたのか、なにやら苦しそうに胸をかきむしり始めた。
大きく開いた顎がさらに開いて、頭の端まで真っ二つに裂けた。裏返った中身が全身にあふれ出し、手足を取り込んで、もはや人の形を留めていられなくなった。
それでもなお悶え続けて、むき出した咽喉の穴からヒュウヒュウと何かを訴えようとしていた。
少女は目を瞑った。声が聞こえた。次々と聞こえる声が互いを打ち消し合って、彼が何を伝えようとしているのか少女にはわからなかった。
少女は目を開けて上体を起こすと、腕や胸に何かのコードが張られているのに気付いたけれど、かまわずに寝台から降りた。
シーツがずり落ち、あらわになった肌が外気に触れてひんやりとした。
筋が引きつって定まらない足を進めると、僅かな抵抗と共にコードの取れる音が聞こえた。
少女は再び目を瞑った。彼の温もりが感じられた。少女は彼のところへ行くために、壁を伝って歩き始めた。
まず目に映ったのは染みのある天井であった。白亜の真ん中にぽつねんと灰色の霞が浮かんでいた。
じっと見つめると、染みがだんだん歪んで人の形をとり、手足を振って踊り出した。
少し経って、灰色の人間は踊るのに飽きたのか、なにやら苦しそうに胸をかきむしり始めた。
大きく開いた顎がさらに開いて、頭の端まで真っ二つに裂けた。裏返った中身が全身にあふれ出し、手足を取り込んで、もはや人の形を留めていられなくなった。
それでもなお悶え続けて、むき出した咽喉の穴からヒュウヒュウと何かを訴えようとしていた。
少女は目を瞑った。声が聞こえた。次々と聞こえる声が互いを打ち消し合って、彼が何を伝えようとしているのか少女にはわからなかった。
少女は目を開けて上体を起こすと、腕や胸に何かのコードが張られているのに気付いたけれど、かまわずに寝台から降りた。
シーツがずり落ち、あらわになった肌が外気に触れてひんやりとした。
筋が引きつって定まらない足を進めると、僅かな抵抗と共にコードの取れる音が聞こえた。
少女は再び目を瞑った。彼の温もりが感じられた。少女は彼のところへ行くために、壁を伝って歩き始めた。
デイヴィッドがネルネの頭に拳骨を振り下ろす。鈍い音がして、デイヴィッドが腕を押さえて蹲る。口を軽く開けてか細い声を出すことで、のた打ち回るのを堪えようという腹である。
ネルネの被ったヘルメットには傷一つない。フィリアが格納庫に着いてまず目にしたのはこのような光景であった。
「馬鹿ですね」
「うん、馬鹿だね」
フィリアはゲイリーの言葉に相槌を打った。全力疾走で荒くなった息を整えながら、胸を撫で下ろした。
「ほんと、よかった」
平たい胸の内に、もどかしい疼きを伴った温かみが生じる。
「ええ、どうなることやらと思いましたよ」
戦闘行為による高揚で代謝が上がったせいか、ゲイリーの顔は艶出ししたように光を帯びていた。加えてなぜか下だけジャージである。芳香剤のどぎつい臭いも漂って来る。
デイヴィッドから修正を受けたネルネはというと、けろりとしてヘルメットを外し、心配そうにデイヴィッドの背中をさすっている。
ネルネの慰めにデイヴィッドは「うっせ」と返すばかりであるが、それが虚勢であることは目尻の涙で露見している。ゲイリーが意味ありげな目配せをした。
「なんですかゲイリーさん」
その声の調子に難点のあるのが自分にも気が付いた。要因の一つに妬みがあったのは否めない。ゲイリーは微笑みを深めて、たったいま思い出したように、
「そういえば、遺跡におられた方々ですが」
「知ってますよ」
デイヴィッドが救出したのは半数である。残りの半数がどうなったかは、デイヴィッドに報告をまとめてもらわねばいけなかった。
フィリアとしては、非常に気の進まない仕事である。迂闊な訊き方をすればフィリアの心象を害しかねない。
フィリアが声をかけあぐねていると、先にデイヴィッドに話しかける者があった。
「余計な仕事増やしてくれたな。ええ? 三八野郎」
ディックであった。キュイエールのワイヤーを傷めたことは、相当な経済的損失であるのに加えてカナリヤの戦力の低下でもある。
作戦外のMSの損耗はパイロットに責任が行くと規約で決まっているので、あのとき指示を出したフィリアとしては決まりが悪い。
ディックは腕組みをし、人差し指で二の腕を叩き始めた。デイヴィッドとネルネを興味深げに見比べると、鼻笑いを漏らして顎をやや上に向けた。
こうすることで、身長が勝っていなくとも見下ろすことが出来るのである。
「ほんっとによお、無様だよなあ。覚悟がないのに、弱いのにのこのこ出て行くから、植民地土産ごときにああもやられちまって……」
ネルネがいきり立った。胸に下げていた髪の尻尾を払い、拳を前に出して、形の良い唇を引きつらせた。
けれどもネルネが怒鳴ろうとした折も折、デイヴィッドの手が背後に回って髪をぐいと引っ張った。
「何をするデイヴィッド!」
デイヴィッドは答えず、魚釣りでいう合わせの要領でネルネの尻尾を引き続ける。あうあうとネルネが声を上げて、ぐったりしてしまうとようやく手を離した。
ネルネが素早く気力を取り戻してどやし付けようとするが、デイヴィッドはそれを手で制し、つかつかとディックに歩み寄った。そのままディックの横に立って肩に手を置いた。
「おいおい、今度はDラン殿が何か言うのか」
「ああ。ありがとうな、ディック。正直助かった」
「はぁ?」
ディックが間の抜けた顔をした。思いもよらない言葉である。デイヴィッドは返答を待たずに立って行く。
「頼りにさせて頂くぜ、ガンダムパイロット殿……それとネルネ、さっさとシャワー浴びたほうがいいぞ」
去り際の言葉にネルネの顔が先ほどと違う意味合いで赤くなった。
フィリアがデイヴィッドの後を追うことに思い当ったのは、ネルネが顔を覆って駆け出した後であった。
ネルネの被ったヘルメットには傷一つない。フィリアが格納庫に着いてまず目にしたのはこのような光景であった。
「馬鹿ですね」
「うん、馬鹿だね」
フィリアはゲイリーの言葉に相槌を打った。全力疾走で荒くなった息を整えながら、胸を撫で下ろした。
「ほんと、よかった」
平たい胸の内に、もどかしい疼きを伴った温かみが生じる。
「ええ、どうなることやらと思いましたよ」
戦闘行為による高揚で代謝が上がったせいか、ゲイリーの顔は艶出ししたように光を帯びていた。加えてなぜか下だけジャージである。芳香剤のどぎつい臭いも漂って来る。
デイヴィッドから修正を受けたネルネはというと、けろりとしてヘルメットを外し、心配そうにデイヴィッドの背中をさすっている。
ネルネの慰めにデイヴィッドは「うっせ」と返すばかりであるが、それが虚勢であることは目尻の涙で露見している。ゲイリーが意味ありげな目配せをした。
「なんですかゲイリーさん」
その声の調子に難点のあるのが自分にも気が付いた。要因の一つに妬みがあったのは否めない。ゲイリーは微笑みを深めて、たったいま思い出したように、
「そういえば、遺跡におられた方々ですが」
「知ってますよ」
デイヴィッドが救出したのは半数である。残りの半数がどうなったかは、デイヴィッドに報告をまとめてもらわねばいけなかった。
フィリアとしては、非常に気の進まない仕事である。迂闊な訊き方をすればフィリアの心象を害しかねない。
フィリアが声をかけあぐねていると、先にデイヴィッドに話しかける者があった。
「余計な仕事増やしてくれたな。ええ? 三八野郎」
ディックであった。キュイエールのワイヤーを傷めたことは、相当な経済的損失であるのに加えてカナリヤの戦力の低下でもある。
作戦外のMSの損耗はパイロットに責任が行くと規約で決まっているので、あのとき指示を出したフィリアとしては決まりが悪い。
ディックは腕組みをし、人差し指で二の腕を叩き始めた。デイヴィッドとネルネを興味深げに見比べると、鼻笑いを漏らして顎をやや上に向けた。
こうすることで、身長が勝っていなくとも見下ろすことが出来るのである。
「ほんっとによお、無様だよなあ。覚悟がないのに、弱いのにのこのこ出て行くから、植民地土産ごときにああもやられちまって……」
ネルネがいきり立った。胸に下げていた髪の尻尾を払い、拳を前に出して、形の良い唇を引きつらせた。
けれどもネルネが怒鳴ろうとした折も折、デイヴィッドの手が背後に回って髪をぐいと引っ張った。
「何をするデイヴィッド!」
デイヴィッドは答えず、魚釣りでいう合わせの要領でネルネの尻尾を引き続ける。あうあうとネルネが声を上げて、ぐったりしてしまうとようやく手を離した。
ネルネが素早く気力を取り戻してどやし付けようとするが、デイヴィッドはそれを手で制し、つかつかとディックに歩み寄った。そのままディックの横に立って肩に手を置いた。
「おいおい、今度はDラン殿が何か言うのか」
「ああ。ありがとうな、ディック。正直助かった」
「はぁ?」
ディックが間の抜けた顔をした。思いもよらない言葉である。デイヴィッドは返答を待たずに立って行く。
「頼りにさせて頂くぜ、ガンダムパイロット殿……それとネルネ、さっさとシャワー浴びたほうがいいぞ」
去り際の言葉にネルネの顔が先ほどと違う意味合いで赤くなった。
フィリアがデイヴィッドの後を追うことに思い当ったのは、ネルネが顔を覆って駆け出した後であった。
どうも妙な気分である。戦いは終わったというのに、気が騒いで落ち着かない。久方ぶりの実戦で幾度も死ねるような目に遭い、もろもろの事情で結構な負い目も作った。
けれどもそれを原因にこのような気分に落ち込むとは思われない。軍に居たころでさえ、この類の後遺症に悩まされたことはない。
意識が宿酔のようにぼやけている。脈がどくどくと慌しく鳴って大量の血液を送り出しているくせに、頭の中はぞっとするほど冷え切っている。
足を進めようとすると一拍遅れて肉体が反応し、ちぐはぐな歩みになってしまう。血の巡りが失せて全身が痺れているような具合である。
体調は歩くごとに悪化して行く。口の中では嘔吐感もなしに途方もない量の唾液が分泌され、視点は小刻みに揺れて定まらない。
通路の突き当りまで何歩の距離であるかも測れず、手を持ち上げてみれば、指が二十本あるように感じられる。
知覚の恒常性が失われているのである。時間の感覚も一定しない。つい今しがた連邦軍の除隊式を済ませたばかりとも、ガーランドのコックピットの中身を刺し潰したのが遠い昔であるとも思われる。
デイヴィッドはびっこを引いて歩いた。彼は先ほどまで自室に戻ろうと考えていたのであるが、このような状態であったから、己がどこへ行こうとしているのかさえわからなくなっていた。
彼は彼の意識に残る僅かな表象を足がかりに歩みを続けた。壁に手を着かないのは、壁があると知らないからである。
己の意思というものが消え失せているために、現在の彼は機械と変わりない。頭に浮かぶ命令を即座に実行するばかりである。
その命令というのも、後の彼自身の解釈によれば、外部から送られたものであった。
けれどもそれを原因にこのような気分に落ち込むとは思われない。軍に居たころでさえ、この類の後遺症に悩まされたことはない。
意識が宿酔のようにぼやけている。脈がどくどくと慌しく鳴って大量の血液を送り出しているくせに、頭の中はぞっとするほど冷え切っている。
足を進めようとすると一拍遅れて肉体が反応し、ちぐはぐな歩みになってしまう。血の巡りが失せて全身が痺れているような具合である。
体調は歩くごとに悪化して行く。口の中では嘔吐感もなしに途方もない量の唾液が分泌され、視点は小刻みに揺れて定まらない。
通路の突き当りまで何歩の距離であるかも測れず、手を持ち上げてみれば、指が二十本あるように感じられる。
知覚の恒常性が失われているのである。時間の感覚も一定しない。つい今しがた連邦軍の除隊式を済ませたばかりとも、ガーランドのコックピットの中身を刺し潰したのが遠い昔であるとも思われる。
デイヴィッドはびっこを引いて歩いた。彼は先ほどまで自室に戻ろうと考えていたのであるが、このような状態であったから、己がどこへ行こうとしているのかさえわからなくなっていた。
彼は彼の意識に残る僅かな表象を足がかりに歩みを続けた。壁に手を着かないのは、壁があると知らないからである。
己の意思というものが消え失せているために、現在の彼は機械と変わりない。頭に浮かぶ命令を即座に実行するばかりである。
その命令というのも、後の彼自身の解釈によれば、外部から送られたものであった。
眉間の奥で火花が散った。針を突き刺され、抉られるような痛みが走る。火花が立て続けに散った。脳みそに爆竹を挿して遊ばれる心地である。
デイヴィッドは見開いた目を血走らせながら、頭を両手で押さえて大口を開けた。
悲鳴は出ない。ヒュウヒュウという息が漏れるばかりである。デイヴィッドは喉をかきむしりながら転倒した。
己の意思はあやふやなくせに、死ぬるばかりの苦しみは、はっきりと感ぜられる。
眉間のみであった火花が数を増やし、眼球の裏、耳の奥、顎の下、と範囲を広げて行き、遂には視界にまで直接的に及び始めた。
通路の映像が凄まじい速度で点滅する。天井に並ぶ光源は役目を果たさない。
光と光が混ざり合って飽和する。赤、黄、緑、青、菫、橙、藍、それから喩えようもない色の光の帯が四方八方から伸びてきて、幾何学模様を形成したと思えば崩れ去る。
帯が止め処なく流入するために視覚が損なわれ、目を瞑ったときに見えるのと同種の暗闇に埋め尽くされる。
不意に、真紅の光芒が横切った。光芒が晴れると、無数の恒星の光に照らされた宇宙が眼前に広がっていた。
恒星が一斉に右へ動く。方向転換したのである。
新たに定まった視界には、灰色の惑星と、そこから生えた巨大な塔があった。そうして、それを背に白い機体と灰色の機体が戦っている。
交差する刹那に赤い光を閃かせ、離れたときにはどちらの機体も必ずどこかが欠けている。
決着は数合の後に訪れる。光の刃で互いの中心を貫いてどちらも機能を停止する。残ったのは、寄り添い合う残骸のみである。
「……ほんとうに、それでよかったの?」
彼女の声が聞こえた。デイヴィッドの答えは決まっている。
「ああ、それでいい。これで、いいんだ」
眼前いっぱいに灰色の星が広がった。
「ふざけんな!」
怨嗟の声が突き刺さる。怒りながら死んだ者、恐れながら死んだ者、気が付かぬまま死んだ者、死にかけて苦しんでいる者、人々のうつろう意思がデイヴィッドを取り囲み、咎を責め立てる。
その声によってデイヴィッドの意識は塗りつぶされ、再び暗闇と静寂に閉ざされた。
デイヴィッドは見開いた目を血走らせながら、頭を両手で押さえて大口を開けた。
悲鳴は出ない。ヒュウヒュウという息が漏れるばかりである。デイヴィッドは喉をかきむしりながら転倒した。
己の意思はあやふやなくせに、死ぬるばかりの苦しみは、はっきりと感ぜられる。
眉間のみであった火花が数を増やし、眼球の裏、耳の奥、顎の下、と範囲を広げて行き、遂には視界にまで直接的に及び始めた。
通路の映像が凄まじい速度で点滅する。天井に並ぶ光源は役目を果たさない。
光と光が混ざり合って飽和する。赤、黄、緑、青、菫、橙、藍、それから喩えようもない色の光の帯が四方八方から伸びてきて、幾何学模様を形成したと思えば崩れ去る。
帯が止め処なく流入するために視覚が損なわれ、目を瞑ったときに見えるのと同種の暗闇に埋め尽くされる。
不意に、真紅の光芒が横切った。光芒が晴れると、無数の恒星の光に照らされた宇宙が眼前に広がっていた。
恒星が一斉に右へ動く。方向転換したのである。
新たに定まった視界には、灰色の惑星と、そこから生えた巨大な塔があった。そうして、それを背に白い機体と灰色の機体が戦っている。
交差する刹那に赤い光を閃かせ、離れたときにはどちらの機体も必ずどこかが欠けている。
決着は数合の後に訪れる。光の刃で互いの中心を貫いてどちらも機能を停止する。残ったのは、寄り添い合う残骸のみである。
「……ほんとうに、それでよかったの?」
彼女の声が聞こえた。デイヴィッドの答えは決まっている。
「ああ、それでいい。これで、いいんだ」
眼前いっぱいに灰色の星が広がった。
「ふざけんな!」
怨嗟の声が突き刺さる。怒りながら死んだ者、恐れながら死んだ者、気が付かぬまま死んだ者、死にかけて苦しんでいる者、人々のうつろう意思がデイヴィッドを取り囲み、咎を責め立てる。
その声によってデイヴィッドの意識は塗りつぶされ、再び暗闇と静寂に閉ざされた。
暗闇の中に針先ほどの点が二つ浮かんだ。点はしだいに大きくなって行き、琥珀色をしていることがわかった。
点はさらに近づき、それが瞳であることが見分けられるまでになると、顔の輪郭がぼんやりと現れてくる。
その姿に見覚えのあることを認めるに至って、デイヴィッドの知覚する世界が本来の在り様を取り戻した。
デイヴィッドは大量の唾液を飲み込んで立ち上がった。
「おまえ……か」
少女は答えず、ふらふらとした足取りで近づいて来る。
「俺に何をした」
少女はデイヴィッドの体にもたれて目を瞑った。返答する意思がないかのようである。
「何なんだよ! お前は!」
少女は顔を上げたかと思うと、やはり真っ当な受け答えをせず、デイヴィッドの胸に顔を埋めた。
点はさらに近づき、それが瞳であることが見分けられるまでになると、顔の輪郭がぼんやりと現れてくる。
その姿に見覚えのあることを認めるに至って、デイヴィッドの知覚する世界が本来の在り様を取り戻した。
デイヴィッドは大量の唾液を飲み込んで立ち上がった。
「おまえ……か」
少女は答えず、ふらふらとした足取りで近づいて来る。
「俺に何をした」
少女はデイヴィッドの体にもたれて目を瞑った。返答する意思がないかのようである。
「何なんだよ! お前は!」
少女は顔を上げたかと思うと、やはり真っ当な受け答えをせず、デイヴィッドの胸に顔を埋めた。
フィリアは口をあんぐりと開けた。デイヴィッドを追って来て見れば、当の本人が通路の真ん中で例の少女に抱きつかれている。
デイヴィッドは殺気立った目を血走らせ、少女は身体検査のため生まれたままの姿である。事情を知らぬ者が見れば手が後ろに回るのは疑いない光景である。
「え、ちょ、まっ、いつの間に目覚め、デイヴ? いやそもそも犯罪? と、とにかく服、じゃなかった、警備へーい! 警備へーい!」
フィリアは二人の間に割って入ってデイヴィッドから少女を引き剥がした。デイヴィッドの視線を遮る位置に立ち、なるべく少女の体を見せないようにする。
相手がいくら小娘といっても、十四五の背格好であるからそれなりに成熟している。デイヴィッドにその方面の嗜好が無いとはいえ、目の毒であることは変わりない。
「セラピストを呼んでくれ」
「え、何?」
「心的外傷だよ糞ったれ!」
デイヴィッドはそう吐き捨てると手で額を覆い、事切れるように膝を突いた。
デイヴィッドは殺気立った目を血走らせ、少女は身体検査のため生まれたままの姿である。事情を知らぬ者が見れば手が後ろに回るのは疑いない光景である。
「え、ちょ、まっ、いつの間に目覚め、デイヴ? いやそもそも犯罪? と、とにかく服、じゃなかった、警備へーい! 警備へーい!」
フィリアは二人の間に割って入ってデイヴィッドから少女を引き剥がした。デイヴィッドの視線を遮る位置に立ち、なるべく少女の体を見せないようにする。
相手がいくら小娘といっても、十四五の背格好であるからそれなりに成熟している。デイヴィッドにその方面の嗜好が無いとはいえ、目の毒であることは変わりない。
「セラピストを呼んでくれ」
「え、何?」
「心的外傷だよ糞ったれ!」
デイヴィッドはそう吐き捨てると手で額を覆い、事切れるように膝を突いた。