772 名前:コンプレックス・バトル1投稿日:2008/02/29(金) 22:05:54 ID:??? 
 何かが起こるような気はしていた。
 珍しく朝食に変態たちは乱入してこなかったし、ギンガナムさんはキラの朝食を奪ったとたんに腹を
下したし、キラとシンがそれを見て「兄者!」「弟よ!」なんてやってたし、ヒイロは自爆しなかったし、
ドモン兄さんは壁を壊さなかったし、バーニィさんがクリスさんと一緒にスポーツカーで出勤してたし、
ファもフォウもロザミィも曲がり角で鉢合わせしたのに普通にしてたし、ジェリドとカクリコンが
言い争いしてたし、オデロがエリシャにコナかけて普通に相手されてたし、シーブックはアーサーを
ミンチにしなかったし、シャクティちゃんの電波は妙に大人しかったし、カツはMS演習で珍しく俺の
指示に従ったし、ヨーツンヘイム社の製品は空中分解を起こさなかったし……ああもう言い出せばきりがない。
 とにかく、そんな妙な日だった。俺がそいつに会ったのは。


 そいつは町外れでジンの整備をしていた。水色の髪を揺らして、ボーイッシュな服装してた。
片手にスパナ持って、ボード持ったキッドと何か打ち合わせしてた。
「おいキッド、何してるんだ?」
 俺が声をかけたのは、水色の髪のヤツが女だと思ったからだ。それも俺のセンサーに引っかかる、
とびっきりの美女。男として、そんな女に声をかけないのは失礼だろ? まずはキッドに軽く紹介して
もらって、その後お近づきに……そう思ったんだ。
 でもそいつが振り向いたとき、俺は自分の浅はかさを呪った。
 顔を見ても、最初は女かと思ったさ。綺麗な顔してるんだ、そいつは。キラもシンもコーディネイターで
女みた……いや、小奇麗な顔してるけど、そいつはあいつら以上だった。絶世って言ってもいいんじゃ
ないかってほどに。右目に傷があったけど、それもチャームポイントになってる。
「見りゃ分かるだろ、カミーユ。整備だよ整備」
 キッドがぼやいてたが、俺はそんなの聞いてなかった。男を女と見間違えるなんて、俺もまだまだ
アムロ兄さんの域にはほど遠いらしい。ただヤツの顔をまじまじと見るしかなかったんだ。
「……なんだよ。俺の顔に何かついてるか?」
 そいつはいきなり不機嫌になった。チクチクとした嫌な感じがした。まあそうだよな……今なら俺が
何をしてたのか分かる。
「別に」
 何だ、男か。そのセリフを俺は喉元で飲み込んだ。


773 名前:コンプレックス・バトル2投稿日:2008/02/29(金) 22:08:07 ID:??? 
 イライジャ=キール。それがそいつの名前だった。
 普通の、男の名前だ。そう言ったら、イライジャは眉を寄せた。隣でボードにペンを走らせてたキッドは、
納得した顔してたけど。
「男の名前で悪いかよ」
「そんなこと言ってないだろ」
 やっぱりイライジャは不機嫌だった。顔は綺麗でも、チクチク刺してくる心の感じは好きになれない。
ったく、男ってのはこれだから嫌なんだ。
 俺はきびすを返した。早々にさよならして、エマ先生のところに転がり込んで癒してもらおうと思った。
なのにそいつは、声をかけてきて。
「待てよ。カミーユってお前、カミーユ=ビダンか? ガンダム兄弟の」
「そうだよ。それが何か?」
 顔だけで振り向いて、不機嫌に言ってやった。イライジャは、そりゃもう必死な顔してた。テスト直前で
ヤマ張ってる奴みたいに。
「だったら相手に不足はない。一戦俺とやってくれ」
 俺はぽっかり口を開けた。いきなり何言ってるんだコイツは。
「悪いけど、俺はこれから寂しがってる女の人を慰めなきゃならないから」
「頼むよ。一戦だけでいいから」
 それからどういう経緯で俺が頷いたのか、生憎だけど覚えてない。
 何がしかの紆余曲折の末に、俺はゼータを持ち出して、町外れでイライジャのジンとやりあうことになった。


 結論から言うと、俺は勝った。
 イライジャもよくやったと思う。でもいかんせん動きは読みやすいし、反応も遅い、というか硬い。
緊張でもしてるのか、自然な感じじゃないんだ。まだジンをものにしてない、免許だけのペーパードライバー。
そんな感じを受けた。
 だから、奴がサーペントテールの現役MSパイロットだと聞いたときは、心底驚いた。
 サーペントテールだぞ? あの怪盗キンケドゥともやりあったという、業界屈指の実力を持つ警備会社。
リーダーの叢雲劾は相当の凄腕だって聞いてるし……。
 そこに所属してる、主力パイロットがこんな腕? 俺は信じられなかった。
「嘘だろ?」
「本当だよ。……でも、弱いだろ。俺」
 自嘲気味に、イライジャは言った。
 どっちもMSを降りて、それぞれの愛機にもたれかかってた。俺は昼の残りのスポーツドリンクを
口に含んでて、イライジャは自分のヘルメットを両手に抱えて弄くってた。
「劾にもよくアドバイスもらってるんだけどさ。どうにもモノにならないんだ。ジャンク屋の世話になる
ばっかりで」
「向いてないんじゃないのか?」
 今から考えれば、よくもまああんなズケズケと物が言えたもんだ。
「それか練習不足か。歴戦とはとても思えない動きだぞ。操縦法覚えて三日か四日のぺーぺーでも、
まだ動くぜ。カツ以下だ」
 実のところ、カツの操縦はそう下手なものじゃない。俺達の学校には何故かトップレベルのMS操縦者が
集まってるだけで、全国模試で見たらカツは十分上位に入る。でも俺から見れば、やっぱり無駄は多いし
話は聞かないし……いや、その日は珍しく俺の指示に従って、ちゃんと相手のリックディアス落としてたけどさ。


774 名前:コンプレックス・バトル3投稿日:2008/02/29(金) 22:10:09 ID:??? 
「そのカツって奴は知らないけど、……ぺーぺーより下って本当か?」
 イライジャは露骨に落ち込んでた。俺もさすがに言い過ぎたかと思った。もう嫌なチクチクはなくなってたし。
「いや、それは言い過ぎたよ。まあ……MSに乗って一週間くらいってところかな」
「十分ぺーぺーだろ……」
「そうか?」
「そうだよ。ってか、一週間じゃMSを歩かせることだって難しいだろ」
「過小評価しすぎだ。二週間あればガンダム単機でドム十二機相手にしても無傷で立ち回れるんだぜ?
一週間でもそれなりには……」
「ちょ、喩えが極端すぎるだろ! なんだよその化け物みたいな戦果は!」
 まあ……考えてみれば、ガンダムに乗ったアムロ兄さんを基準にするのが間違ってるんだよな。
俺だって兄さんに比べられるのは何となく悔しいし。
 でも俺たち兄弟はほとんどそんなレベルだ。俺もシーブックもそんなもんだし、ロランだってロクに
訓練してないくせに最凶のホワイトドールを自分の手足のように動かしやがる。まともに訓練期間が
あったのってシロー兄さんとドモン兄さん、それにコウ兄さんくらいじゃ……あと誰かいたかな?
ヒイロはいつの間にかああなってたし、キラやシンはそういう調整されてるだけだし……。
「そういやお前、コーディネイターじゃないのかよ?」
「ン…… ああ、そうだけど……」
 妙に歯切れが悪かった。もやもやした黒い霞みたいな心を感じた。
「俺、戦闘とかの調整は受けてないから。調整されたの、外見だけなんだ」
 それを聞いた途端、俺はこいつの反応の理由を分かった気がした。
 美しすぎる外見へのコンプレックス。
 ひょっとしたらこいつも、『女みたいだ』って言われたことあるのかもしれない。それで、中身を
必死に磨いて……でもそれが追いついてない。
 俺はスポーツドリンクのストローから口を離した。
「じゃ、もう一戦やるか?」
 イライジャは驚いたみたいだった。
「そりゃあ助かるけど……お前、用事あるんじゃなかったのかよ?」
「そっちは別にいつでもいいよ」
 大体エマ先生にアポ取ってるわけでもなかったし、マクダニエルのバイトも入ってなかったしな。


775 名前:コンプレックス・バトル4投稿日:2008/02/29(金) 22:13:50 ID:??? 
 それから何回やりあったかは覚えてない。気がついたら町外れの瓦礫は増えてて、イライジャのジンにも
傷が増えてた。ちなみにゼータは無傷。いつの間にか夕方になってて、イライジャのジンもオレンジ色に
染まってた。多分俺のゼータもオレンジになってただろう。
 足元じゃジャンク屋の連中が集まって、やんややんや喝采してた。多分キッドが呼んだんだろう。
ダリーさんとかロウとかゲモンとかデュオ、もちろんガロードにジュドーまで……そうだ、あいつら
即席で賭けやってやがった。後で修正してやらなきゃ。
 そういやダリーさんがチェリーさんじゃない女の人連れてたけど、誰だったんだろ? 俺達の模擬戦
見ながら「しんじぁうぞぉ」なんてバカっぽいしゃべり方してたけど。

「はあ……。やっぱり強いな、お前」
「そっちだって、段々動きよくなってるじゃないか」
「本当か?」
「硬さが取れてきてるんだよ。お前肩肘張って操縦してただろ?」
「そんなつもりは……いや、そういう癖がついてたのかな……。サンキュー、カミーユ」

 家に帰ったときはもう夜だった。
 何か知らないけど、色んな奴に俺とイライジャの模擬戦は見られてたらしい。まずシロー兄さんから
事情を聞かれたし、ジン系に因縁のあるらしいキラとシンも興味津々って感じだった。
 相手がサーペントテールの奴だって教えたら、更にシーブックまで食いついてきた。あいつの会話の
ツボは未だによく分からない。
 再戦の約束をした、と言ったら、まあ兄弟の驚くこと。
「お前が男友達とねぇ……」
「明日コロニーが降ったりしてな」
 ……俺ってそんなに男と遊んでるイメージないのかな? 一応トーレスとは仲いいし、カツとも……いや、
あいつは出来の悪い後輩だな……。
 とりあえずコロニー落下発言したシンは即座に修正した。涙目になって文句言ってたが自業自得だ。


776 名前:コンプレックス・バトル5投稿日:2008/02/29(金) 22:16:24 ID:??? 
 それから、放課後にイライジャと模擬戦やるのが俺の日課になった。
 もちろんバイトの日は避けた。部活は「病欠します!」って言ったのにぶん殴られて無理矢理引きずって
いかれた。ファやフォウやロザミィや(中略)とのデートは泣く泣く断った。
「言い出したのはカミーユなのに」って散々言われたが……だって同じようなコンプレックス持った奴がいたら、
応援したくなるだろ?
 シミュレーターじゃなくて本物のMSを使うんで、やっぱり場所は町外れになった。ジャンク屋の連中は
大抵近くで待機してる。
「サーペントテールのメカニックはどうしたんだよ」
「あいつらに言えるわけないだろ!? それに仮にもプロがアマに練習付き合ってもらってるって知れたら
商売あがったりだ」
 努力してるのを恥ずかしがることはないと思ったが、俺は黙ってた。俺が奴の立場なら絶対に言わない。
感情と理性は別だ。

「キンケドゥ=ナウ、知ってるか?」
 MSの中で休憩してる間、話の間を持つためか、あいつは切り出してきた。
「怪盗名乗ってるコソドロ、だろ。うちの兄貴が追いかけてる。予告状が出るたびに今度こそ逮捕だって
息巻いて、高級食材買い込んでさ……結局食えないで冷凍庫の肥やしになるだけで」
「ああ、シロー=アマダ警部ね。俺も何回か会った。今時珍しく熱血だよな、あの人」
 ディスプレイの奥で、イライジャはしたり顔してた。兄さん、職場でどういう顔してるんだか……。
まさかあっちでまで「最後に勝つのは勇気ある者だ!」なんて叫んでないだろうな?
「一回『あなたは正義か?』って聞いてみたら『当たり前だ!!』って即答されて」
 そっちかよ。そのうちEz-8にキャプテン並みの人工知能搭載して出撃時に桜吹雪散らしても俺は
驚かないぞ、兄さん。
「でもあの人も負けが込んでてさ。俺達に応援頼んで来たことがあって」
「へえ」
 自分から折れるなんて、随分思い切ったことしたもんだ。
「それじゃ、お前もキンケドゥとやりあったのか」
「ン…… ああ……」
「それでお前が足止め任されたのに、相手にもされず逃げられた、と」
「な、何でそこまで分かるんだよ!」
「……え?」
 そのときの俺は、鳩が豆鉄砲食らったような顔をしてた、らしい。後からイライジャに言われた。
 時々俺は、自分の力が強すぎることを自覚する。言葉にされてないことを聞き取ったり、悪意を重みとして
感じたり、自分でもわけの分からないことを口走ったり。
 直観ってのは便利なようで全然使えない。他人に説明出来ないんだからな。そのときだって、どうして
イライジャが言ってないことまで分かっちまったのか、説明出来なかった。ただニュータイプの能力としか
言い様がなかった。
 嫌いな言葉なんだけどな。ニュータイプを超能力者みたいに言ってる感じがして。


777 名前:コンプレックス・バトル6投稿日:2008/02/29(金) 22:18:54 ID:??? 
 そのうち、キンケドゥから新たな予告状が出た。
 シロー兄さんは燃えてたけど、それはこっちだって同じだ。いつどこで出るか、シロー兄さんはあっさり
教えてくれた。
「友達には教えるなよ」
 そう釘は刺された。サーペントテールに応援を頼むつもりはないらしい。けど、俺はそんな口封じを
気にするつもりはこれっぽっちもなかった。シロー兄さんはこういうところで甘い。人を信じすぎる。
まあ、そうじゃなきゃ兄さんじゃないんだけど。
 時間は三日後の深夜0時、場所は恒例のラインフォード邸。あの変態もいい加減警備を見直せばいいのに……。

「あと三日、か。カミーユ、それまで頼むぜ」
「分かってる。ここまで来たら最後まで付き合うさ」
 バイトも部活も入ってたけど、全部休みを入れた。ヘンケン店長には後でカミナリ落とされるだろうし、
バックレた空手部じゃ後でリンチが待ち受けてるんだろう。でもそのときは俺にとっては、イライジャを
鍛え上げることが最優先だった。
 外見に見合った中身を身につける。外見だけの人形にはなりたくない。そういうの、俺にとっちゃ
他人事じゃないんだ。
 大分模擬戦を重ねて、イライジャも大分動けるようになったと思う。硬さは大分取れてきたし、
集中も続くようになってきた。
 でも俺は一つ気になった。
「俺とばっかりやってたら、俺の癖が移っちまうんじゃないか?」
「う……だけどキンケドゥってニュータイプだからさ」
「はぁ!?」
「いや、はっきりとは分からないんだけど、撃つ前に全部読まれてる気がするんだ」
 なるほどね。俺は納得した。なんでこいつが、叢雲劾じゃなくて俺に相手を頼んでるのか。叢雲劾は
コーディネイターだけど、ニュータイプじゃない。オールドタイプがニュータイプ相手に戦うにはコツが
いる、らしい。そう授業で教わった。まあ全部直観的に分かる人間と、理屈を追って分かる人間とじゃ、
反射速度も違うだろうしなぁ……。
 何にせよ、俺が声をかけられたのは、それなりの理由があったってことだ。
「でも俺だけじゃ、戦い方が偏っちまうぜ。ちょっと待ってろ」
 返事は待たなかった。俺はコクピットを開いて、地上のジュドーとガロードに声をかけた。
「お前ら、見てるだけじゃつまらないだろ!? 相手してやれよ! 俺は少し休むから!」


778 名前:コンプレックス・バトル7投稿日:2008/02/29(金) 22:24:49 ID:??? 
 そこからの展開は早かった。
 ジュドーが友達に電話かけまくって、プルプルズやエルやビーチャやルー、彼女を追ってきたグレミー、
それを監視してたらしいキャラ、ジュドーが連絡してきたと知って駆けつけてきたハマーン先生に、それを
追って来たマシュマーさん、引きずられてきたゴットン……町外れは一気に賑やかになった。
 ガロードも負けじとティファを電波で呼び出して、それを察知したカリスが飛んできて、どこから
聞きつけたのか変態兄弟までやってきて。ヘンケン店長、バイトがいきなりいなくなって青筋立ててた
だろうな……。
 ダリーさんは何か知らないけど無茶苦茶面白がって、モノトーンハウスから自作のガンダムもどき
持ち出すし。あんたいつの間にニュータイプになったんだよ。加えてたまたま出張してきてたらしい
イリアがニュータイプの双子連れてくるし。イヌみたいにわんわん吠えるあの子は何なんだ。というか
あの子ら節操なさすぎ。普通のジン相手にピクセルはヤバイだろ。少しは手加減しろよ。

なんかすごいことになってるな……」
 通信を入れてきたのはシーブックだった。騒ぎを聞きつけて、F91で飛んできたらしい。
「お前、カロッゾパンのバイトはどうしたんだよ」
「今日は休みさ。お前こそマクダニエルはどうしたんだ」
「……今日は休みだよ」
「自主的な?」
「うるさい」
 俺は口を尖らせた。ロランほどじゃないけど、こいつも結構やかましいところがある。
「イライジャ、もつのか?」
 シーブックが苦笑いしながら聞いてくる。俺は肩をすくめた。
「まさかこんな大騒ぎになるとは思わなかったからなぁ」
 目の前のディスプレイには、キュベレイのファンネル相手にテンパったジンがビームライフル乱射してる
光景が映ってる。慌てるのは分かるが、一々相手にしてたらキリがないんだけどな、特にキュベレイのは。
「キンケドゥ対策なんだろ? なんでオールレンジ攻撃が出てくるんだ?」
「もうあいつら目的忘れてる。遊んでるよ、あれは」
 これで本当にイライジャの特訓になるのか、俺には分からなかった。ま、俺だけを相手にしてるよりは
マシだ……と思いたい。
『いーくーぞー…… ガンダムパーンチ!』
『なんだそりゃあぁぁぁ!?』
 安心しろイライジャ、それは俺達全員の心の叫びだ。というかダリーさんノリすぎです自重して下さい。

 三日間、そんな調子だった。ジャンク屋のつながりを舐めてた俺もバカだったが、イライジャもイライジャで
律儀に全員相手しようとして……。最終日にジンがぶっ壊れたときは本気で冷や汗かいたぞ。肝心の本番に
出られなきゃ、今までの特訓の意味がない。ロウが「バッチリ直してやるぜ!」って息巻いて、本当にバッチリ
直してたが。
 ロウ=ギュール、あいつ腕はいいんだよなぁ。後は妙な改造癖を抑えてくれれば言うことないんだが。
以前俺のゼータをZグスタフにしやがった恨みは今でも忘れられない。


779 名前:コンプレックス・バトル8投稿日:2008/02/29(金) 22:27:43 ID:??? 
 予告当日11時。
 どうせ突破されても盗まれるのはロランに送りつけられる宝石なんだし、いつもの俺なら特に関心は
なかったはずだ。冷凍庫の松坂牛が食えないのは少し残念だけど、それもいつものことだったし。
 でも今回は違う。俺は夜中にこっそり家を出て、ラインフォード邸に行った。ゼータは使わないから、徒歩だ。
 確かに警察は、サーペントテールへの応援は頼んでいないようだった。ラインフォード邸にいるのは
陸ガン部隊だけだ。
 でも傍に、瓦礫に扮装してるMSがあった。もうここ数日で見慣れたフォルムだ。俺はちょっとコクピット
までよじ登って、ノックをした。

「よ、イライジャ」
「カミーユ! お前、なんでここに」
「気になってさ。緊張してるか?」
「そりゃあ……。こんなの劾達には言ってないし、これでまた取り逃がしたら警察からのクレームは
前回の比じゃないし……」

 装甲越しの会話だから、イライジャの表情は分からなかった。でもガチガチに緊張してるのは分かる。
これで本当にプロかよ……そう思ったけど、考えてみれば硬くなってもおかしくない。これはサーペントテール
にも警察にも言ってない、イライジャの私闘だ。言ってみれば暴走なんだ。戦果が上がろうと、取り逃がそうと。
 自分の感情のままに突っ走ってきたけど、いざとなって自分が何をやろうとしてるのか自覚しちまったわけか。

「じゃあここで引き下がって、お前、納得できるのか?」
「く……」
「自信持てよ。そんなんじゃ勝てるものも勝てないぜ」

 これでまた硬い操縦してたら、目も当てられない。キンケドゥの戦いを生で見たことはないけど、
ニュータイプだというなら、少なくとも止まれば即落とされる。


 0時になった。同時に、ビーコンが鳴るのがかすかに聞こえた。
「じゃあな! お前には俺達がついてること、忘れるなよ!」
 俺はそう言って、MSの胸部装甲から滑り降りると、走ってその場を離れた。MS戦闘に巻き込まれたら
ミンチになっても文句は言えない。
 街角で夜空を見上げれば、ちょうど月をバックに、白と黒、二機のガンダムがプリティでキュアキュアな
ポーズを取ってるのが見えた。
 ……俺の中のキンケドゥのイメージが音を立てて崩れたが、まあそれはいい。


780 名前:コンプレックス・バトル9投稿日:2008/02/29(金) 22:32:14 ID:??? 
 地上からじゃよく見えない。俺は廃ビルに入って、屋上まで上った。ちょうど白ガンダムから人影が
飛び降りるのが見えた。そのまま白と黒が離脱する。オートパイロットか?
 陸ガンの一斉掃射も二機のガンダムのマントに弾かれる。
『撃ち方やめ! 室内戦に移行する!』
 シロー兄さんの声だ。逃げ出した奴らより、屋敷に侵入した奴を捕らえようとしてるんだろう。
 チャンスだ。
 あいつもそう思ったんだろう、瓦礫が動いて、中から見慣れたジンが姿を現す。一直線に逃げていく
白と黒のガンダムに立ちはだかり、ビームサーベルを抜いた。
『止まれぇっ! ここから先は!』
 セリフを言い終える暇はなかった。黒ガンダムがビームザンバーを右手に起動させる。付き合ってる暇は
ないってことか!

「いけーっ! イライジャーッ!!」

 気がついたら俺は叫んでいた。
 黒ガンダムのビームザンバーとジンのビームサーベルが交差した。ビームが衝突して、煩い音を立てた。
だけど拮抗したのは一瞬で、ザンバーの刃はサーベルの光を抜いてしまった!
 ガズッ!!
 始まって三秒も経ってない。訓練も何も関係なかった。ジンの頭部は斬り飛ばされて、ぽーんと月夜に
飛んでいってしまった。
 俺は叫んで――自分でもよく分からないことを叫んで、一気に廃ビルを駆け下りてった。走りながら、
でもイライジャのところに行って何をしたいのか、何を言いたいのか、全然分からなかった。
 とりあえず地上に降りて、さらに走った。どこをどう走ったんだかさっぱり思い出せない。ただイライジャの
執念を目指して走ったことだけが記憶にある。
 イライジャは動いていない。あいつの執念が燃えている。その近くに、別の思念があった。困惑している。

「イライジャ!」
「おう、カミーユ!」

 肉声の返事が聞こえた。
 俺が現場に到着したとき、そこには頭のないジンと、黒ガンダムがいた。白ガンダムはオートで走って
いるのだろう、もう遠くに行ってしまっていた。
 二機とも地面にへばりついていた。イライジャはジンのコクピットを開けて、生身をさらしたまま
操縦していた。
「捕まえたぞキンケドゥ……今度は絶対に逃がさない!!」
 鬼気迫る顔で、イライジャが吼えた。
 ジンは黒ガンダムの右腕と右足をまとめて、我が身ごと地面に押さえつけている。黒ガンダムは
うつ伏せでもがきながら、自由な左手でビームサーベルを抜いた。そこをイライジャはバルカンで
狙い撃って、サーベルそのものを破壊した。
 黒ガンダムが何も持たない左手でジンの拘束を外そうとする。けどイライジャはがっちりしがみついたまま
離れない。

「ダリエル=ガンズ&フロスト兄弟直伝、気合と根性のカニバサミタックルだ!
 いくらニュータイプでも、組み付いてしまえば素人と同じよ!」


781 名前:コンプレックス・バトル10投稿日:2008/02/29(金) 22:35:18 ID:??? 
 なるほど。
 なんとなく、イライジャが俺に負けっぱなしだった理由が分かった気がした。
 俺のゼータは基本的に遠距離仕様だし、俺の戦闘スタイルもそっちだ。逃げながら、距離を取りながら、
相手の動きを読んで撃つ。対して今回の黒ガンダムは、一直線に飛んできて、真っ向からジンを一蹴しようと
した。これはどっちかというと、ロランとかドモン兄さんのスタイルだ。
 こいつに合わせた訓練ばかりしてれば、そりゃあ俺やジュドー達にはコテンパンにのされるわけだ。結果的には、
あの嵐のような三日間がモノを言ったらしい。
 イライジャの目的はキンケドゥの『足止め』だから、別に撃墜しなくても構わない。このまま警察の到着を
待てば、イライジャのリベンジは果たされる。
 しかし……俺との訓練の意味、あったのかなぁ?

 そうこうしてるうちに、気配がこちらに近付いてくる。
「おいカミーユ、やばいんじゃないか?」
「そうだな。俺はこのへんで帰るよ」
「ああ。その……ありがとう」
「礼なんていいよ。またな、イライジャ」
 言った直後、俺は近くの建物に身を潜めた。こんな時間に出歩いてるのをシロー兄さんに見られたら、
またこってり絞られるに決まってる。
 陸ガン部隊の駆動音とライトと、大勢の人間の気配が迫ってくるのを尻目に、俺は逃げ出した。
闇から闇へ……って、これじゃキンケドゥと同じだな。
 とにかく俺は、その場を足早に離れた。
 見届けるものは見届けた。イライジャは後で暴走を咎められるだろうけど、あいつは自分の壁を乗り越えたんだ。
 気がついたら俺はにやにやしながら走ってた。……深夜でよかった。多分誰にも見られていない、はずだ。



 で、黒ガンダムのパイロットは無事逮捕出来て、俺達は松坂牛にありつけて、めでたしめでたし……
かというと、そうでもない。
 俺が帰った後、警察が黒ガンダムのコクピットをこじ開ける前に、白ガンダムが物凄い勢いで戻ってきて、
ジンの四肢を落として黒ガンダムを連れて行っちまったらしい。
 翌朝の新聞には「捨て身の逮捕劇」って一面に載って、イライジャは一躍有名人になった。サーペントテール
の名も上がってる。
 打撃を受けたのは警察で、「もう少し早く駆けつければ」とか、「一対一で組み伏せられたのを警察の部隊は
何をしている」とか、新聞でもワイドショーでも散々叩かれていた。シロー兄さんも物凄く落ち込んでて、
珍しく酒に手を出していた。
 そういうわけでシロー兄さんは二日酔い。折角の休日なのに寝ちまってる。起きたら多分、部外者の
イライジャに予告を教えたこと怒られるんだろう。
 でも俺には、その前に謝らなきゃならない人が何人もいる。
 俺はファとフォウとロザミィとレコアさんとサラとエマ先生とヘンケン店長と空手部の奴らを順繰りに回った。
 頭がとろけるかと思った。いっそミンチにしてくれと何度思ったか。


782 名前:コンプレックス・バトル11投稿日:2008/02/29(金) 23:01:19 ID:??? 
「そんな無理させてたのか……。すまん、悪かった」
「いいんだよ。俺が好きでやってたんだし」
 本当のことだ。コンプレックス持ちの努力は、俺にとっちゃ他人事じゃない。
 俺はイライジャと二人、土手に座っていた。今日はデートもバイトも部活も入ってない、本当にフリーの日だ。
 イライジャもあの後、叢雲劾を始めとするサーペントテールのメンバーに絞られたらしい。
「傭兵とかならいいけど、うちは警備会社だからさ」
「やっぱり勝手に動くのはダメ、か」
「しばらくジンも使用禁止にされちまったよ」
「無断出撃の上、酷くやられたからなぁ」
 笑いながら言ってやった。イライジャも笑った。
「リードの奴……あ、同僚のアル中オヤジなんだけど。目ン玉ひん剥いて、『何をしたらこんなに
ボロボロになるんだ!』だとさ。ただダルマにされたくらいじゃ内部配線がここまで酷くならないって」
「あはは、そりゃ連日模擬戦してたんだから疲労もたまるさ」
「そうそう。ジャンク屋の連中も目を放せば魔改造しやがるし」
「ファンネルとかピクセルとか変なところばかり狙いやがって」
「でもってガンダムファイトばりの接近戦だもんな!」
『あははははははは!』

 なんだかやたらとおかしくなって、俺達は川べりを転げ回った。
 草の匂いがした。こういうの、久々だった。
 しばらくして、笑いが収まったところで、俺はむっくり起き上がった。

「なあ、俺との訓練、役に立ったのか? キンケドゥの戦い方って俺と全然違うだろ」
「や、確かにそうだけどさ」
 イライジャも起き上がった。綺麗に整った顔や髪は、草や土がついて汚れていた。
「度胸はついたよ。それに癖がついてたとか、全然気付いてなかったし。これでも感謝してるんだぜ?」
「……そっか」

 もうすっかり夕方になってて、イライジャの顔も水色の髪もオレンジ色に染まっていた。俺の顔も青髪も、
同じようにオレンジになってただろう。
 あいつは晴れやかな顔してた。チクチクした感じも、黒いもやもやも全然なかった。

 そうして、俺はイライジャと別れた。もちろん再戦の約束をして。


 追記。
 帰る途中、町外れの方でF91とペズ・バタラが模擬戦やってたのが見えた。
 ペズ・バタラってことは、シーブックとトビアだろう。でも確か今日はあいつ、カロッゾパンの
バイトの日じゃなかったっけか?
 ちょうどいい、この間の仇だ。あいつが帰ってきたら、「バイトはどうした?」って聞いてやろう。


                       おわり



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イライジャ・キール カミーユ・ビダン 中編

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最終更新:2019年05月27日 18:13