指揮・統御・管理――――軍隊の指揮官においては、そんな要訣がある。

 何かさせること。
 何かしたいと思わせること。
 何かするための土台を整えること。

 概ね、そんな話だ。

 統御なくして指揮は十全足り得ず――。
 管理なくして統御は千々に乱れ始め――。
 指揮なくして管理はその意義を成し得ない――。

 そういう話だ。

 さて……。
 これは軍隊ではない。戦車道とは軍事の一側面を抽出し、精製し、純化したもの。
 だが、この場に於いて言うなら――――ここは――――。
 ある意味で戦車道と同じく、軍事の一側面を強調し成り立った舞台。

 即ちは、死。
 道理はない。意義もない。合理もない。
 不必要な死。不十分な戦意。不可思議な殺意――――純化と言えば聞こえがいいが、要するに無秩序で無頓着で無意味な争いの場である。
 故に単純に――ここでの交戦規定はただ一つ。
 即ちは――「生き残る」。

 戦車道とこの殲滅戦は、それぞれが一側面ずつを切り取ったものであるが故に交わることは決してない。

 だが――。
 果たしてそれを為さねばならぬ参加者の素質というのは、分離したものなのだろうか。


 ◇ ◆ ◇


 何故、と問いかけたら誰か彼女に答えてくれるだろうか?

 何故、自分は――福田はこんな場に連れてこられてしまったのか。

 朝焼けの内にあっても、工場の周辺というのは暗い。
 スチームパイプが古城の茨めいて群れをなし、迷路が如くその身を曲げる。
 赤いバルブハンドルは、さながら鉄の茨についた一輪の花と言ったところか。
 陸地より一足先に暖まった海風が押し寄せ、蒲鉾型の工場施設内の天井近くに備えられた窓ガラスを震わせる。
 思わず、ひいっと声を上げて福田はその腕の自動小銃を抱き締めた。

 誰かが見張っているのではないか。
 誰かが咎めているのではないか。
 誰かが睨んでいるのではないか――――小刻みな振動は蛍光灯の如く脳内で目映い点滅を上げる。
 ひい、と口から漏らした。
 手には冷えきった銃が――温度を吸いながら暖まり始め、それが接着剤のように感じる。

 戦車道――戦車に触れていれば判る。
 独特の重み。
 人命は地球より重いと言うが、だからこそ命を奪う兵器というのは余計に重いのだ。見た目も、香りも、その音も。
 同じだ。
 この手にあるものからは同じものを感じて――だから余計に福田の神経を苛んだ。判っているだろうなと沈黙の声の痙攣。

 現実感。
 現実感がミキサーにかけられていた。無限軌道の如く回り続ける。

 表――――こんな事が許される筈がない。有り得る訳がない。何が起きた。これはなんだ。
 裏――――人が吹き飛んだ。自分たちは集められた。こんな大がかりなことが意味もなく行われる理由があるか。
 表、裏、裏、表、表、表――混ざる。
 表と裏以外――人が死んだ。話したことがある人。本当に死んだのか。死んだとは一体何を意味する。何故自分が。自分たちが。
 混ざる――余計に注ぎ込まれる。渦を作る。整理できない。

 結論=オーバーフロー。とりあえず一体全体何が何やら判らない。判っているから余計に判らない。


 ごちゃごちゃの頭の中、身体は平常を取り戻そうとしている。
 ひきつって小刻みになった息とは裏腹に弾倉を外す。
 戦車の弾よりも小さくて、似ている独特の丸みを帯びた円錐形。
 指で一つずつ外す。カチン、カチンと鳴る。思った以上にコツが必要そうな突っかかり。

 ――――規則は守る為にあるのよ!

 カチン、カチン、カチン、カチン……。

 ――――皆さんには、殲滅戦に参加して頂く事となりました。

 カチン、カチン、カチン、カチン……。

 ――――こうなったら突撃あるのみ!

 カチン、カチン、カチン、カチン……。

 ――――恐れながら申し上げます!

 カチン、カチン、カチン、カチン……。

 ――――戦車を使った複雑なルールなどない。

 カチン、カチン、カチン、カチン……。

 ――――命令は規則と一緒よ!

 カチン、カチン、カチン、カチン……。

 ――――即ち、好む好まざる、望む望まざるなど関係ない。殺し合わざるを得ないのですよ、貴女方は。

 カチン、カチン、カチン、カチン……。

 ――――突撃しましょう!

 カシ、カシ、カシ、カシ、カシ、カシ……。


 ここまで都合三十発。
 なるほど、そうか、突撃とはこの為だったのか。
 混乱していても前に進める。だから、戦車の空気に慣れない未経験者でも何かできる。複雑さは必要ない。
 この弾倉は三十発。
 一定の戦果は出る。踞って何もできないよりはいい。なるほど妥当だったのだ。
 伝統になる前はそんな理由だったに違いない。
 きっといつかは今日の日の偽装だって、意味を忘れられて伝統になるかもしれない。なるほど。そんな理由だった。

 そうか、とボヤけた心の中で、手と脳は手当たり次第に目の前の問題を解こうとしていた。

 弾を入れ直す。
 手こずったが底板を指で押しながら――いや、薬莢で押し下げながら入れるといい。
 意外にちゃんと入らない。後部に隙間が空いてしまう。
 これは空けたままでいいのか、それとも詰めた方がいいのか。
 十発まで指で詰めて、どうにもやっぱり気になって、それから人が吹き飛ばされて死んだ事を思い出して、弾をやっぱり全部外して詰め直す。

 今度は綺麗に。綺麗に並べる。
 どうなんだろうか。自分はどうするべきか。自分は一年生だ。頼りになる人はまだいるだろう。
 いや、強豪校でもないのに。潔く散るしかできない。潔く散る伝統だ。だったら他にも有力な学校が選ばれる――――ではない。これは戦車戦でないと言っていた。
 規則。何が規則? 口答えは規則違反? やはり規則は守る為にある?
 また、弾を取り出す。指の熱で徐々に暖かい。突撃は? 突撃するのか? 何に? 誰の為?
 誰の為といえば、誰がいるのだろうか? 西隊長は? 玉田は? 細見は? 先輩方は? いやそうでなくて――弾がチャリチャリと鳴る。

 頭が良く回らない。心は目を向けられない。
 唇が膨れて、こめかみに心臓があるような焦燥。
 身体は冷たいのに、顔だけはやけに痺れて乾いている。
 反復的な動作を何度も行って、福田の心は徐々に落ち着いてくる――――考えることは相変わらず手一杯と叫ぶ。
 目と指先だけが、なら仕方ないかとまた簡単な問題を探し始めた。

 目の前にはライフル――で良いのだろうか、この場合は。
 骨董品めいた木製のボディ、ストック。曲がったフォルム。
 切り替え軸部。簡単に動くかと思っていたが、思ったよりは意識が必要。
 カチッ、カチッ、カチッ……元の位置に。
 握把を動かそうとしてみる――銃把と一体になっている。自然に握れば、銃床は肩に当たるだろうか。

 思ったほど、重くはなかった。
 砲弾に比べれば、という感じだ。履帯は遥かに重い。それに比べたら、である。
 なんてことはない。
 いくら車長でも、然りとて装填手とは関係ないかと言えば別だ。
 始めたばかりなら皆触る。意味も判らなくても触る。段々解ってくる――今と同じ。

 昔の事が酷く遠く感じる。忘却の大河の向こう岸にいるように――思い出すのが億劫で、手は答えを求めた。
 そうかと、銃を握る。
 戦車に比べたらなんてことはない。重さがあると言ったが、あれは嘘のようだ。
 皆が騒がしかったのは覚えているし、あの音も覚えている――本当に? 冗談ではなかったのか? 確かだった?

 自信がない。この重さを考えると、ひょっとしたらと思う。
 幾度か突っかかりつつ弾倉を籠めると途端に重さが増した気がする――本当に?
 しっくりこない。弾倉を外す。入れ直す。弾倉を外す。入れ直す。これでいい――本当に?
 試しに肩に当てて構えてみて、引き金に指をかけてみる。

 重い――のだろうか。思ったよりも固い。詰まっている風に思う。何かが。『本当に?』と問いかけるような重さ。
 『本当に?』――一体何が? 窓が震えている。向けてみる。下ろす。構え続けるのは難しい。じっと響く重さだ。
 全部が全部、一斉に『本当に?』と問いかけるような質量。
 持ち上げた左手の震え。引き金の固さ――本当に?
 水滴が集まって震えるように、強張りながらも引かれていく引き金が限界を迎えた。

 撃鉄――撃針――激震。

「ひぃぃいっ」

 手が求めていた答えが与えられた。壁から破片と埃が吹き出した。
 どうにも本物で、これは本当らしかった。

 渦巻いていた心の栓が解き放たれた。波を打って渦が溢れ出す。
 この銃が本物だということは、つまりは頭が吹き飛んだあの音も本物であり、要するに殲滅戦というのも本当だ。
 殲滅戦――チーム同士ではない、総当たりの潰し合い――いや、チームがあるとは言っていた気がする。

 誰かと組む? 誰か――いや、そういえば知波単の皆はいるのか? いるとしたら何人? 
 全員いたら全員で? いや、無理だ。というと誰かと?
 自分の車輌の隊員が居たら車長として――いや、組めるチームが三人では足りないのでは? 誰か余る?
 果たして自分と組んでくれるか? 別の人を頼るんじゃないか? 自分も入れて貰う? 入れてくれるのか?
 いや、そもそも殲滅戦――本当にやるのか?

 身近な人で置き換えてみる? 先輩殿はやるか? やるよりは異を唱える――唱えて規則を破る?
 どうなるかはもう示された。それでも? やりそう――やるかもしれない。
 となると自分も一緒に? 連帯責任? いや、そうではなくて。
 どうする……突撃する? 突撃してどうなる? 何の為に? そうではなくて自分は――ではなく。

 自己保身。悲しみ。戸惑い。心配。方針。連帯感。規則。今後――綯い混ぜになった混乱が、福田を襲う。
 そんな中、また頭は感情を手放して問題を求め始めていた。
 片手でセレクターレバーを切り替える。安易に求められる因果関係。
 他の人ならどうするとか、他の人はきっとこうするとか、他に誰がいるのだろうとか、他に人はいるのかとか。
 感情を疑問と理屈で切りはなそうとする福田の思考に、

「――勝手に撃ったのはあなた?」

 工場の扉が扉が押し開かされて、新たな命題が訪れた。

「ち、近付かないで下さい!」

「へえ……カチューシャに武器を向けるなんて、いい度胸してるじゃない」

 カチューシャ――大学選抜との戦いで轡を並べたプラウダの隊長というのはどうにも、
少なくとも福田から見れば落ち着き――というより彼女なりの普段を取り戻しているようであった。
 彼女は無事に自分の頭の混乱から立ち直ったのか、慣れているのか、それともなしに動き出したのかはともかくとして……。
 少なくとも何を自分ならどうすると、結論を疑っていないからこうして福田の前に身を乗り出したのであろう。

 ということなら――。
 彼女はこの殲滅戦に対して、何かを結論付けたということだ。
 他人と顔を合わせれば、福田もようやく自分というものが形になってくるような気がした。
 そう、つまりは怖いのだ。
 上級生に意見を出すときに全身の勇気を振り絞って漸く口を開いたときと同じか――それ以上に。
 つまり、ここで堂々と振る舞えないのが彼女の彼女たる由縁であり、己を取り戻すことと平常を取り戻すことはまた別の域にある話だった。
 恐怖を押し退けるように腰だめにした銃を突き出せば、カチューシャの目は余計に細まり、それが福田に余計な恐怖となって握把を握らせた。

 余談であるが、人というのは他人が感情を露にすればするほど客観に立ち戻ろうとする生物だ。
 福田のそんな態度というのは、少なからず状況に動揺していたカチューシャの冷静さを取り戻させていく。
 或いはそれが指揮官の素質なのかは、さておいて……。

「ち、近付かないで下さい! ち、近付いたら撃つであります!」

「……生意気よ。私に命令するなんて」

 福田の眼前数メートルのカチューシャの手には、小さな手に見合わぬ大型拳銃。
 福田の胸が小刻みに収縮する。呼吸が浅い。妙に小さなところが目についた。
 福田が手に持つ小銃と同じく、切り替え軸が三つに及ぶ。つまりは同じような機能があって――同じように弾が出るということ。

 直感が告げる危険。
 一秒後には、己が殺されていてもおかしくない高慢さ。
 あまりにも危険な爆弾。何を引き金に、その拳銃から弾が放たれるか判らない。
 きっと大方の殺人というのは――そこに煮え立った殺意や絞り出された害意がないなら、こうやって起きるのだろう。

 銃。殺人を容易にさせる要素。
 ただ止まって欲しいとか、遠くに行って欲しいとか、判りやすい何かにすがりたくてそれがそこにあるとき。
 引き金を引いたら、動きを止める事ができるなら。
 強烈な振動と音声が人の注意を反らし気概を削ぐと我が身で体感していたのなら。

 冷静に考えれば判るはずなのに――。
 顔面に飛んできた雀蜂を振り払うように、振りかぶられた腕から頭を守ろうとするように、暴漢に対して腕で押し返そうとするように。
 福田は、引き金を思いきり引き絞っていた。

 幸いというなら、幸いだった。
 先ほど、福田も一発は打てた。
 ただ撃つというのは実のところそれほど難しくない。
 オーバーでも何でもなく、肩に引き付けた小銃程度では誰かに押される程度の衝撃しかこない。

 が、連続となると訓練が必要だ。
 ましてや引き金を絞り続けて撃ち続けるなんていうのは福田の体格で、おまけに全くの備えなくして行うことなど不可能であったのだ。
 無様な腰だめ。
 弾丸が飛び出す以前の火薬の撃発で、身体が揺らいだ。
 恐怖ですがるように小銃を身体で抱え込もうとした右手は、
 体軸よりも後ろ側に銃身を固定し引き絞る――梃子の原理で銃口は泳ぐ。

 しっかりと握り締めた左手は、ただ握り締めることに熱中しすぎて反動に追従する。
 反発に従って身体が外に開かれた。
 小刻みなジャブを叩き込まれる風に――抑えんとする左の握力も、重心の安定も損なわれる。
 瞬く間に銃身が跳ね上がる。
 映画のやられ役がそうするみたいに明後日の方向に飛び上がる銃と、加速度放物線的に飛び石していく弾痕が天井を目指す。
 一方の福田は情けなく尻餅をついてしまって、完全に見下ろされる形になってしまった。
 或いはカチューシャが福田よりも大きければ、
 上に逸れる照準が彼女を苛んだかもしれないが――――ご法度の身長と体躯の話をするなら、カチューシャは誰よりも小さい(周りが無駄に大きいとある人は言う)のだ。

 そして――そう、この状況というのは。
 恐怖と焦燥は福田を無防備へと追いやるものにしかならなかった。

「そんなの当たらないわよ、カチューシャには」

 小さく酷薄な笑みと共に、示される絶対的なカチューシャの優位。

「ひっ」

 拳銃が、福田の頭部に指向される。
 倒れた自分。尻餅をついた自分。
 対してその相手は未だ十全に、失着や問題が起こらなければ容易く己を致死せん位置取り。
 これには――これでは、流石にもう――……。
 理解が及ぶ前だった。混乱が収まる前だった。押し上げられる恐慌に急かされた果てだった。

 瞼を固く閉じて身を震わせる福田の耳に、唐突な声が届いた。

「……どう見ても、私の勝ちね」

「は、はいっ!?」

 思わずすっとんきょうな声が出た。
 何事もなく撃ち殺される――そう思ったから。
 それとも彼女は、殺す前の人間と会話するのが趣味だというのか?
 そんな迂闊で、残酷な?

「カチューシャは今、撃とうと思ったら撃てた。その意味が判る?」

「え、えっと……ええ……」

 ちらりと、銃口を見る。それはまだ福田を捉えていた。

「お、恐れながら……その……」

「何よ」

「弾を使うまでもないから、自害しろと言うのでは……」

「はぁ?」

 上がった不機嫌そうな声に、福田は心底怯えた。
 迂闊なことを口にすれば、数瞬後には物言わぬ死体に変わっているかもしれない。

 手汗が滲み、歯の根が合わない。
 喉がひりついて舌と唇が空回る。
 何度も喉を鳴らすも、出そうとした言葉は奥ゆかしく顔を出したのちに引っ込んでしまう。
 そんな福田を見かねたのか、ややあってカチューシャが口を開いた。

「カチューシャが勝ったの。カチューシャは今撃てたのよ。判る?」

「は、はい……」

「あなた名前は?」

「ふ、福田です!」

「誰かと一緒?」

「い、いえ……」

 答えれば、ふむと頷くカチューシャ。

「なら丁度いいわね。カチューシャの部下にしてあげるわ」

「へ?」

「一度死んだと思って、これからはカチューシャの為に生きるのよ。勝手に死ぬことも許さないんだから」

「あ、あの……」

 福田は困惑した。
 あまりにも滅茶苦茶な物言いである。
 直ちに殺されず、あまつさえ敗者を味方に引き入れようとするあたり……ひょっとするとカチューシャのそれにはある種人道的な意味も含まれているのかもしれない。
 だが、紛れもなく暴君のものだ。
 弾除け、鉄砲玉や突撃要員として使われやしないだろうか。
 戦車道の試合ならいざ知らず――というか戦車道であっても――無意味な突撃というのは正直なところ……。
 ましてや、それがこの命のかかった殲滅戦なら……。

ノンナも、クラーラも、ミホーシャもそうよ。カチューシャの知り合いは全部カチューシャのもの。
 そう……だから、こんなところで勝手に死ぬなんて許さない。殲滅戦なんてカチューシャは認めないんだから」

「は、はぁ……」

 そんな福田の心根を知ってか知らずか、苦々しげに吐き捨てるカチューシャ。

 言っていることは過激――というよりかなり居丈高な態度ではあるものの……。
 真実として彼女は、この殲滅戦に反対しているのだろうか?
 だとすれば、心強いものであるが……。
 ならば、とふと浮かんだ疑問を口にしてみる。

「その……恐れながら……もし部下になるつもりはないと言ったら、どうなるのでしょうか?」

「へぇ……ないの?」

「いえ、あくまでも疑問に思っただけであります! はい!」

 そうして問いかけて福田は――後悔した。そして想像した。
 養豚場で丸々太った資本主義の豚を見るような冷たい瞳であった。
 まるで、可哀想だけど明日の朝には出荷されて刻んで刻んで刻まれてピロシキの具にでもなって食卓に並んでいるんだろうな、とでも言いたげな――。
 彼女は身近な人間の死を呑むほど冷徹な人間ではないが……。
 さりとて己に歯向かう人間にまで手を差し伸べるほど、善良な人間ではないのかもしれない。

 福田には、そう思えた。
 深刻そうに噛み合わぬ歯の震えを抑えようとしていたら、思考に割り込むような言葉。

「あら、手」

「え?」

「どれだけ握ってたの? ピロシキみたいになってるわ」

 言われて福田は指を見た。右手が小刻みに震えている。
 白く――白く血の気が失われた右手の指先。ワナワナと強張る。
 あれだけの衝撃を受けた身体は、迂闊に引き金など引くものではないと学習していた。
 しかしながら、人指し指以外は――――いや、人指し指も含めてその姿勢から動こうとはしない。
 どれだけ指を動かそうと試みても、突撃を繰り返す戦車の如く強情に、その隊型を維持し続けようとしていた。

 冗談ではなく。
 冗談ではなく動かないそれに、戸惑いの吐息と共に福田が必死に指令を送っていれば……。

「しょうがないわね……カチューシャが外してあげるわ」

「い、いえ! そんな申し訳ないであります!」

「いいのよ、カチューシャの部下なんだから。それともカチューシャに逆らうっていうの?」

 ぐ、と声を飲んだ。そう言われると、なんとも返せない威圧的な言葉。

 無茶苦茶――――無茶苦茶な人間だと思った。
 高慢で、傲慢。酷く我が儘な人間。
 どう返していいのかも判らない、これまでの戦車道では出会った事がないワンマンな人間――という奴だった。
 こう言ったら失礼かも知れないが――と福田は考えた。
 外見相応な(福田が言うのも五十歩百歩だが)我が儘や高慢さ。独裁的な態度。
 それに由来する、こうと言ったらこうする決定力――それが強豪校たる由縁なのか?と、
 やはり何とか何かしらで冷静を求めようとする思考が行き場を求める。

 リーダーとは、どんな素質なのだろうか。
 自分の手を解きほぐすカチューシャの金髪を見下ろしながら、福田は考えた。
 福田も仮にとはいえ、車長を努めている。
 だから――先輩方を見て、或いは自分なりに考えて、長を努めるということの意味合いを噛み砕こうとしていた。
 一番は――やはり従いたいと思うのは、優秀な相手だからなのではないだろうか。

 彼女は少ない経験で考える。
 自分にできないことをできる相手こそを凄いと心酔して従う――――それが基本なのだろうか。

「なにこれ……固いわね!」

 顔を真っ赤にしながら、それでも意外にも無理矢理ではない力で福田の指を外そうとするカチューシャ。
 元はと言えば、そのカチューシャを殺害しようとした――弾丸を放った小銃を握る指先であるというのに。
 居たたまれぬ罪悪感に思わず反らした目線――

「あ」

 その先に福田が見つけたのは、入り口の真上。嵌め込み型の窓枠。
 吹き付ける海風にぐらついて、今にも落下せんとする窓のガラスだった。
 彼女の弾丸が抉ってしまった先――つまりは不始末。
 その下にいるのは、自分とカチューシャ。

「あ、危ないです! 危険です!」

 言うが早いか――――


 人は平等である。
 聞こえのよい聖職者の説法や人権家の演説などではなく、実態として人間は平等である。

 即ち――殺せば死ぬ。
 どんな人間も――どんな才能があろうと、どんな美貌があろうと、どんな資産があろうと、どんな経歴があろうと――――人は死ぬ。

 簡単に死ぬ。
 容赦なく死ぬ。
 塵芥のように死ぬ。
 最初に首を吹き飛ばされた犠牲者のように――それまでの人生を無意味に変えられて死ぬ。

 だというのに……。

「大丈夫よ」

 笑み。
 思わず息を呑む――解顔。
 動きを一瞬、止めてしまった。
 故にその笑みは死神の微笑みも然ることながらに、福田にとっては致命的なものになったのだろう。
 僅か一瞬。機を逃すには十分。

 そして、警告空しく窓枠は限界を迎え、己に溜め込んだ透明のガラス片を手放した。

「ひっ――――」

 咄嗟。
 指を外された小銃を浅ましく投げ出し、頭を押さえて福田は身を屈めた。
 しかし平然と――泰然と響く声。

「だから、大丈夫なんだから」

 カリスマ――その語源は「恵み」を意味する古代ギリシャ語。

 そう、カリスマ性とは。

 ――――精巧であることではない。
 ――――強靭であることではない。
 ――――頑健であることではない。

 そのどれとも違うのだ。

 矮躯? 傲慢? 癇癪? ……どれもマイナス足り得ない。
 そのいずれもが、カチューシャという少女のカリスマ性を損なうことを意味しない。

「そう――」

 果たして――。
 降り注いだガラス片は、カチューシャと福田を避ける風に地面に激突した。
 ただの一片たりとも、その更にその砕けて跳ねた欠片すらも二人を傷付けることはない。
 強烈な戦車砲の砲撃にあってなお、キューポラから身体を出し続けるように――彼女は身を縮めることすらなく、立ち続けた。

「こんなの、カチューシャにはなんともないわ」

 初めからこうなることを確信していたのか?
 それとも、彼女の狂信的な自負が偶然効を奏したに過ぎないのか?
 ……同じだ。どちらにしても、同じだ。

 福田は魅せられた。
 カチューシャは、身を庇った福田とは違う。
 このガラスの雨の内にあっても彼女は己の無事を確信し、そして目を閉じることすらなく仁王立ちでいた。
 それが証左。彼女の特別。
 神から何かを恵まれているとしか思えないほどの、自分達とは違うものを持つと思われるからこそのカリスマ性。

「ほら、カチューシャの言った通りでしょう?」

 降り注ぐガラスの中で身動ぎも、怯える事もせずに……。
 ただ直立して微笑む彼女の姿は――。
 腕を組んだカチューシャの金髪を、情けなく頭を抱えて見上げる福田にとっては――。
 控えめに言っても、神聖な空気の朝方の大聖堂に飾られた宗教画のように美しくて――――。
 きっと指導者というのは、こういう人間なのだろうと――確信させるには十分だった。

 きっとこの人なら。
 きっとこの人となら。
 きっとこの人と一緒にいたら――。
 不安を打ち消させるほどの、希望。彼女の自信を見ていれば、己すら誇っていいものと思える。そう信じさせてくれる。
 正しさを確信させてくれるからこそ、確たる安心を与えてくれるからこそのカリスマ性なのだ。

 そうなの、だろう。

「大丈夫。カチューシャと一緒なら安心なんだから」

「は、はい……」

 差し伸べられた手を掴めば、本当の本当に子供のような笑顔。
 ああ、これが彼女の持つ純粋無垢な優しさなのだろう。
 それだけで俄に確信させる――彼女は決して、己の部下を見捨てないと。使い潰すようなことはないのだと。
 それがなおのこと、カチューシャに従うことへの正当性を説くようであった。

「あ、あの……カチューシャ殿……これから自分たちはどうするのでありますか……?」

「行くに決まってるじゃない。カチューシャがいるからには、私のいないところで勝手なことはさせないわ」

「は、はい……」

「勝手に死ぬことは許さないし、勝手に戦うことも許さないわ。
 いい? あなたの命も、あなたが誰かを撃つのも全部カチューシャの責任よ。
 カチューシャのものなの。だからカチューシャの命令なしで勝手なことはしないで」

「は、はい!」

 いい返事だ、と言わんばかりにカチューシャは満足げに頷いた。
 頭を下げつつ、福田はふと考えた。
 彼女は――プラウダ高校の隊長というのは、初めからこんな人物だったのだろうか。
 戦車道を嗜むものとしてプラウダ高校の名は知っているし、噂についても同様だ。
 エキシビジョンで相手を向こうに戦いもすれば、大学選抜とも共に戦った仲である。
 しかし親しいかと言われたらまるで別の話であるし、戦場でも殆ど邂逅の余地はなかった。
 知る――というには彼女は未知数過ぎる。

 心は正直なところ、惹かれていた。それでも……。
 未だ恐る恐るといったように窺う福田へ、矮躯からの檄が飛ぶ。

「胸を張りなさい! カチューシャの部下になるからにはそれが必要よ!」

「は、はい! いえ、了解であります!」

 そんな不安は、杞憂なのかもしれない。
 思わず背筋をぴしゃんと伸ばしたところで――不意にカチューシャが不機嫌そうに眉を寄せた。

 何か、不興を買うことをしてしまったのだろうか。
 恐る恐ると覗き込む福田を前に、ぽつりと絞り出された言葉。

「……高いわね」

「へ?」

「カチューシャより高いなんて生意気よ! 背中を曲げなさい!」

「前言撤回であります!? 支離滅裂であります!?」

「いいから、カチューシャの言う通りにするのよ! これは命令なんだから!」

「理不尽ですぅぅぅ~~~~!?」

 ……やっぱり不安かもしれない。




【G-3・工場/一日目・朝】

【福田@フリー】
[状態]健康
[装備]軍服 M2 カービン(装弾数:19/30発 予備弾倉×3)不明支給品(ナイフ)
[道具]基本支給品一式 不明支給品(その他)
[思考・状況]
基本行動方針:不安を消すためになにかしら行動する
1:カチューシャと行動を共にする

【カチューシャ@フリー】
[状態]健康
[装備]軍服 APS (装弾数20/20:予備弾倉×3) 不明支給品(ナイフ)
[道具]基本支給品一式 不明支給品(その他)
[思考・状況]
基本行動方針:最大多数での生存を図る
1:まずはプラウダ生徒・みほあたりと合流したい
2:カチューシャの居ないところで勝手なことはさせない!


[武器解説]

  • M2 カービン
 全長900mm、重量2,490g。装弾数30発。
 .30カービン弾(7.62mm×33)を使用するアメリカ製の自動小銃。
 USM1カービンの改良銃。M1カービンでは廃されていたフルオート射撃機能を復活させたモデル。
 グリップとストックが一体化した形状をしており、自然に握れば銃床部を肩当てすることができる。
 元となった(形状に変化はない)M1カービンは小型軽量であり取り回しがしやすく、アメリカ軍での退役後にはアジア諸国に払い下げられ愛用された。
 また、太平洋戦争においては日本軍が鹵獲し使用していたというデータもあり、現在でも民間で未だ使用されるベストセラー。
 M8グレネードランチャー、銃剣の装着が可能。

  • アヴトマティーチェスキィ・ピストレット・ステーチキナ(APS)
 全長225mm、重量1220g。装弾数20+1発。
 9mmマカロフ弾(9×18mm)を使用するロシア製の大型拳銃。
 日本で通常呼ばれる名は、スチェッキン・マシンピストル。
 マシンピストルのその名の通り、セレクターレバーを切り替える事で拳銃ながら「フルオート射撃」が可能となる。
 無論のことながら自動小銃よりは軽く、銃身が短いAPSでフルオート射撃を行えば銃身が簡単に跳ね上がってしまい命中率は心許ないものとなる。
 ホルスターをそのまま握把後部に装着すればストックとして使用でき、安定性の増大を図れる。






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最終更新:2016年09月10日 16:43