初めてその目を見た日のことは、今も確かに覚えている。
きっと私は彼女のことが、ずっと、嫌いだったのだろう。
◆
黒森峰女学園。
熊本県を母校とする、高校戦車道最高の名門。
最強最古と語り継がれた、日本戦車道の大家・西住流戦車道の息づくお膝元。
鋼の隊を率いて立つ、西住まほの横顔を見た時、私は未だ何者でもなかった。
撃てば必中、守りは固く、進む姿は乱れ無し――黒き虎の王として、悠然と立つその姿を、私はただ一人の兵士として見ていた。
同じ高校二年生。生まれた年は同じながらも、あまりに離れた高みの姿。
そのまほの視線を初めて見た時、何者でもなかった
ダージリンが、初めて抱いた感想は、羨望ではなく軽蔑だった。
(ああ――なんて)
なんてつまらない目をして、彼女は戦車を駆るのだろう、と。
その時は何者でもなかったとしても、既に結果を出していた私は、将来をある程度見込まれていた。
王の二つ名を授かった私は、いずれ聖グロリアーナの全軍を率いる、女王となることを期待されていた。
なればこそ、その日目にしたまほの姿は、きっと一年後の自分が、等しくなぞることになる姿だ。
そしてその姿こそは、決してなぞってはなるまいと、私は固く誓っていた。
東の聖グロリアーナと、南の黒森峰女学園。
遠く離れた二つの艦には、しかし二つの共通点がある。
一つは数多の才人を輩した、戦車道屈指の名門校であること。
そしてもう一つは、その実態が、大人の思惑によって形作られた、窮屈な箱庭に過ぎないということだ。
長く続いた伝統は、両校を強く鍛えこそした。
されど重ねた歴史と莫大な投資は、それ故に多くの妄執の念を、鉄の箱へと宿らせてしまった。
行き過ぎた期待によって課せられる義務。伝統に笠着る亡霊の思惑。
それこそが将来の
ダージリンを、固く縛るであろう柵であり。
今の両校の隊長達に、暗くのしかかっているはずの重荷であった。
(何もかも、彼女は諦めたのか)
そしてそれを踏まえた上での、西住まほの眼差しはどうだ。
あの無感動に敵を屠る、冷たい視線の色はどうだ。
冷厳、冷徹。ならばよかろう。容赦をしない非情さであるなら、勝利を貪る熱ともなろう。
しかし私はあの目に対して、何の色も見出だせなかった。
無色透明、茫洋とすら言える、あの無感動の正体は――義務だ。
勝つことこそが、務めだから。個人の欲求とは関係なしに、当然にこなさねばならないのだから。
義務なればこそ戦うのだと。それだけでしかないのだと。
己の意志の発露を諦め、我欲ではなく義務のためにと、そう物語っているのがあの目だ。
誰彼も容赦なく一蹴しながら、その実蹴飛ばした石くれのことなど、何一つ気にも留めていない目だ。
同じ時代に生を受け、戦車に乗ることを選んだ者の、全ての尊敬をその身に集めた、王者の目であるにもかかわらずだ。
(そんなものは戦車道じゃない)
だから私は否定した。
西住流なぞ糞食らえだと、心の中で唾を吐いた。
だって誰も見ていないなら、戦う相手は誰だっていい。
憎みも恐れも慈しみすらも、そこに見出さないのであれば、そんな戦いに敬意などない。
礼節を重んじる乙女のたしなみ――あくまでもそれを題目とするのが、戦車道の在り方のはずだ。
それを諦めた彼女の様は、背負うべきノブレス・オブリージュを、自ら破り捨てた腑抜けの様だ。
そんな程度のつまらない女が、高校戦車道のトッププレイヤーとして、君臨していることが堪えられなかった。
真っ当な結果でなかったとはいえ、彼女が王位を手放した時、ざまあ見ろという暗い愉悦が、胸に僅かでもこみ上げたのは確かだ。
その時の
ダージリンにとって、西住まほは、そういう女だった。
「故きを温め新しくを知る。私達の日本にも、そういう素晴らしい言葉があるわ。だから
ダージリン。貴方はそれを目指しなさい」
先人は私にそう言った。
先代の隊長はそう言い残して、私に聖グロリアーナを託した。
私はその言葉を指針として、今日までひたすらに駆け抜けてきた。
柵を、一つでも壊してやろう。くだらないプライドを一つずつ剥ぎ取り、底にある本当の誇りを掬おう。
数多の欲望怨念に覆われ、隠されてしまったその初志こそを、私はこの手に握って進もう。
聖グロリアーナを勝たせるのでなく、あくまで他ならぬ私自身と、その同胞達こそが勝ち抜くために。
勝利を掴む喜びを――己自身の喜びこそを、噛み締め楽しんでいくために。
(だから私は、戦い続けた)
ダージリンは戦い続けた。
時に密かに、時に派手に。学園の柵にメスを入れて、己のチームこそを築いていった。
その後姿にこそ賛同し、共に勝利を勝ち取ろうと、ついてきた者達が大勢いたのは、何物にも代えがたい幸運だった。
糞のような過去こそを崩し、真に尊ぶべき志を受け継ぎ、それを未来へと繋いでいく。
そうして戦い続けていけば、より良い結末に行き着けると思った。
そうでなかった西住まほの、あの憎らしい鉄面皮すらも、打ち破れるだろうと思っていた。
ああ、そうだ。そうなのだ。
聖グロリアーナの暗黒の過去と、対峙してきた私の道は、きっと彼女の背中こそを、追いかける戦いでもあったのだ。
悲願の初優勝を勝ち取るためには、どうしても黒森峰が邪魔だ。
憎らしいが、いつの時代でも、黒森峰こそが最強の敵だ。
忌々しい西住の戦車道こそ、己が最後にぶち当たり、飛び越えねばならない鉄壁なのだ。
(私こそが、彼女に勝つ)
頂点にはこの
ダージリンこそが座す。
温故知新の四文字を抱え、真に過去と未来を見据えた、この
ダージリンこそが天を掴む。
決勝戦にたどり着くのは、己でなければならないのだ。
愚劣な西住の奴隷などより、遥かに輝きを魅せる妹とこそ、優勝を競うとも約束したのだ。
戦車道そのものの競技人口も減り、退廃が漂いつつあるこの世界に、我らこそが嵐を起こすためにと。
なればこそ、私は己を磨いた。
幾重にも対策を張り巡らせ、幾重にも情報を漁り続けた。
お世辞にも高いとは言えない勝率を、少しでも十割に近づけるために、入念に準備を重ね続けた。
全ては、彼女を倒すため。
同じ時代に生まれた者が、等しく憧れたあの女の背中を、この私こそが追い抜くためにだ。
あの黒鉄の虎の王を、今度こそこの手で殺すために。
忌々しくも憎らしい、あの西住まほという女を、この手で叩き潰すために!
(――だけど、違った)
しかし、真に対峙した日。
全国大会準決勝で、遂に迎えた対決の様は、想像とはあまりにかけ離れていた。
全戦力を犠牲にしながら、私は戦場を駆け抜けた。一点突破によるフラッグ車の撃破――それこそが唯一の勝ち筋だった。
だからこそ、逃げてもよかったのだ。彼女は私に付き合うことなく、安全確実な勝利のために、身を隠そうとしてもよかったはずだ。
(けれど)
しかし、そこに彼女はいた。
ティーガーⅠの物々しい巨体は、堂々と私を待ち構えていた。
西住まほは一歩も退かず、私の決闘を受け入れたのだ。勝利を義務とするだけならば、無視していいはずのその土俵に、敢えて乗ることを選んだのだ。
それは、自負でも傲慢でもない。そんな言葉で語れるほどの、生易しい勝負はそこにはなかった。
力と技と、己の誇りと――命の一欠片すらせめぎ合う様は、壮絶の二文字に尽きる死闘であった。
余人には計り知る術すらもない、あの濃密な時間の中で、私が垣間見たものは――敬意だ。
この
ダージリンの心意気を受け止め、その上で凌駕し制してやろうと、そう物語ったのがあの虎の牙だ。
鉄の衝撃が伝えたものは、装甲からもまざまざと滲み出る、西住まほの矜持であり。
それを示すに値すると、愚直なほどに語ってみせる、彼女なりの敬意であった。
(何も知らなかったのは私の方だ)
礼節は、確かにそこにあった。
その目は、確かに私を見ていた。
何も見ていないとばかり思っていた、彼女の冷たい双眸は、見るものを焼き殺すほどの熱を持って、確かに私を見据えていたのだ。
後ろ姿を追い、横顔を憎み。遂に決着の瞬間まで、真正面から向き合うことなく。
彼女の本物の視線というものを、知らずに決めてかかっていたのは、この私の方だったのだ。
(ああ。だから――)
だからこそ、私は。
その視線を向けられたからこそ、あの日戦いに臨んだ私は。
戦車のキューポラから身を乗り出し、敬礼を見せた西住まほに、戦って敗れたあの日の私は――
◆
「……! ……ッ、……!!」
がんがんと、壁を蹴る音が伝わる。
凄まじい剣幕を声に宿した、アンツィオの副隊長の怒号が聞こえる。
すすり泣きすら混ざった声は、きっと喪われた戦友の名を、飽きることもせず叫んでいるのだ。
そしてそれを確信ではなく、推測でしか語れないのが、今の
ダージリンの有様だった。
聡明を売りにしている彼女が、しかし今は見る影もなく、隣の部屋で呆然としていた。
最初の定時放送が聞こえたのは、今から数分前のことだ。
ダージリンとペパロニは、そこで予想だにしない名前を聞いた。
あれほど長々と言葉を重ねて、別離を恐れたペパロニの戦友。
そして
ダージリンが心密かに、喪うものかと決めた戦友。
そうした者達の名前が、チームを組んだその数分後に、あっさりと呼ばれてしまったのだ。
その瞬間の自分たちの顔は、多分この世のどの道化より、間抜けに呆けていたことだろう。
『しばらく、独りにさせてちょうだい』
どういう流れでそう言ったのか、今となっては覚えていない。
しかしその身勝手な言葉を、ペパロニはすんなりと受け入れた。
互いに混乱していた中で、今は互いに吐くものを吐き、頭を冷やす必要があった。
そうした瞬間というものは、
ダージリンにとってもペパロニにとっても、他人には見られたくないものだったのだ。
「……何となく、分かった気がするわ」
ぽつり――と、椅子に腰掛けた
ダージリンが呟く。
壁一つ隔てた別室の、激情の渦とは対照的に、消え入るような声でささやく。
彼女が思い返したものは、数時間前に見た幻だ。
当のカルパッチョと戦い、死を覚悟するまで追い詰められた、その時にこそ垣間見た夢だ。
何もかも諦めた己を、励ますために現れた者は、他でもない西住まほだった。
親友と呼べる
アッサムでも、次代を託したオレンジペコでもなく、どうしてかあの宿敵こそが、己を地獄より引き上げたのだ。
『自分の道を行け。何よりも大切だと思うものを、その手で守り通すために』
あれは、幻ではなかった。
非科学的なオカルトではある。それでも、そう思わずにはいられなかった。
きっとあの時西住まほは、既に体を砕かれていた。
生ある肉を失って、命を落としたその魂が、最後に通りすがったのが、あの水族館だったのだ。
死して亡霊となりながらも、天に召される最後の時を、彼女はこの
ダージリンのために使い、命を救ってくれていたのだ。
(そして、きっとそれすらも、私だけのためじゃない)
そして名簿を持つ今なればこそ、彼女の意図も見えてくる。
己を励ましたことなど、当初の目的ではなかったはずだ。たまたま死にかけていたからこそ、助けに入っただけだったはずだ。
こちらの事情など知らぬ彼女が、最初に抱いた志など、たった一つしか思いつかない。
最期の命を振り絞ってまで、叶えんとした望みなど、心当たりは一つしかない。
『そしてどうか――彼女達のことも、どうか守ってやってほしい』
本当に言いたかったのは、きっと、そういう言葉だったはずなのだ。
「託そうとしたのね。仲間のこと……みほさんのことを」
赤星小梅。
逸見エリカ。
そして実妹――
西住みほ。
一つは喪われてしまったが、送られた学生名簿の中には、彼女らの名前が確かにあった。
ひょっとしたら彼女たちが、巻き込まれているかもしれないと、きっとそこまでは予想していたのだ。
なればこそ、まほは死してなお走った。五体が腐り果てたとしても、なおも捨てずにはいられないと、望み一つを抱えて走った。
そして辿り着いた場所で、彼女は
ダージリンに託そうとしたのだ。
私が守れなかったものを、どうかその手で守ってほしいと。
未来を託すべき後輩たちと、一番大切な妹の命を、どうかその力で救ってほしいと。
孤高の王者たるまほの背中に、たった一人だけ追いすがってくれた、最大最強のライバルこそを信じて。
「不器用で……勝手な人だわ。貴方は」
そして、あそこまでたどり着きながらも、遂にまほはそう言わなかった。
妹と後輩を頼むなどとは、遂に口には出せなかったのだ。
弱り果てた
ダージリンには、きっとどうしても言えなかったから。
傷つき憔悴していた己に、そんな身勝手まで背負わせることが、どうしても咎められたから。
だからこそ、彼女は最期まで黙した。己の願いには蓋をして、この身を立たせることだけを選んだ。
あるいは再起した
ダージリンが、望みを叶えてくれるかもと。
不純ではあっても、そんなささやかなら、願ってもバチは当たるまいと信じて。
(どうしても、言いたかったでしょうに)
西住みほのことを思うと、どうしても思い出されることがある。
ダージリンは過去に一度、あの鉄面皮の西住まほが、僅か取り乱した様を見たことがあった。
正確には電話でのやり取りだったが、あれは大洗女子学園が、廃校の窮地に立たされた時のことだ。
珍しく、まほは焦っていた。ポセイドン作戦を進行するため、根回しをしていた
ダージリンに対して、まほはすぐにでも動くと言った。
些細な変化でしかなかっただろう。しかしそれでも、
ダージリンは、僅かでも早口になった彼女の調子を、今までに耳にしたことはなかった。
なればこそと、思うのだ。
きっと妹のことは、それだけ心配だったのだろうと。
だから本当はあの場でも、どうしても助けを請いたかったのだろうと。
「本当……勝手よ、貴方は……」
だのにどうして、言わなかったのだ。
ほんの一言で済む願いを、どうして口にできなかったのだ。
こんなことなど私でもなければ、伝わるはずもないだろうが。
助けてくれてありがとうと、無邪気に結果だけを受け止めて、それで終わってしまうことだろうが。
わなわなと、
ダージリンの肩が震える。
怒りとそれ以上の感情によって、声にすらも揺らぎが生じる。
常に周りのことばかり気にして、自分の身勝手には蓋ばかりして。不言実行を気取って進み、言いたかったことは何一つ言わない。
それで分かってもらえるなどと、僅かでも思っていたのであれば、むしろそんな過信こそが、何よりも身勝手であるとも知らず。
最期の最期まであの女は、そういう勝手を押し付けたのだ。
悟られなければ露と消えて、仮に悟られでもすれば、より大きな重しになるような願いを、この
ダージリンに押し付けて逝ったのだ。
呆れるほどに、勝手な女だ。
腹立たしいほどに、不器用な女だ。
こんな奴相手に真剣になり、死なせはしないと息巻いてみせて、結局こうして取りこぼした己は、きっとそれ以上に愚かで惨めだ。
椅子の上でうずくまるように、顔を傾けた
ダージリンの、その表情を伺える者は、今は、誰もいなかった。
◆
「……ひでぇ顔だな」
お互いに気持ちを落ち着かせようと、別々の部屋に分かれてから、恐らくは十分ほど経ったのち。
いくらか目元を赤くして、ようやく戻ってきた
ダージリンに対して、ペパロニが最初にかけたのが、その言葉だ。
「お互いにね」
否定はしない。鏡などは見ていないが、きっとそう見えたのは確かだ。
なればこそ
ダージリンはそれを受け止め、腫れぼったいペパロニの目元にも、お返しと言わんばかりに触れた。
散らかったホールの椅子の中で、まともに立っていたものを選んで、
ダージリンは腰掛ける。
ペパロニもまたそれに倣い、いくらか行儀の悪い動作で、どっかと向き合うように座り込んだ。
「……馬鹿みたいッスよね。べらべらとくっちゃべってなければ、助けられたかもしんねぇのに」
誰のことかは、問うまでもない。
救いたいという想いのままに、長々と身の上を語った相手を。
ペパロニが救いたかった者達の中で、死んでしまった者の名前を、
ダージリンは一人しか知らない。
第一回放送が流れる時を、行動の起点とすると決めたのは確かだ。
なればこそその後悔には、本来何の意味もない。問うならば悠長なおしゃべりではなく、作戦のミスを問うべきなのだ。
だとしても、どうしても思ってしまう。
勝手に盛り上がってしまったからこそ、空回りに過ぎなかったことばかりが、どうしても重くのしかかってしまう。
他ならぬ
ダージリンでもそうなのだ。だからこそ今のペパロニの想いは、嫌というほど理解させられた。
「馬鹿を見るのはこれからよ。そして、それが嫌だと言うなら、すぐにでも動かなければならない」
賽は投げてしまったのだから、と。
意図して選んだわけではないが、イタリアの格言を引き合いに出して、それでも
ダージリンは冷静に諭す。
既に作戦は動いてしまった。合流地点を示す暗号は、放送に乗せてしまったのだ。
であれば当然、アンチョビは動く。オレンジペコ達も動くだろう。この場に残った生き残り達は、自分達を信じて行動を起こす。
その時自分達がその場にいなくて、結果裏切ってしまったのであれば、それこそが本物の愚行というものだ。
まず支障にはならないだろうが、六時間というタイムリミットもある。
合流先に指定した場所が、禁止エリアになるよりも先に、約束を果たさなければならないのだ。
「思ったよりも、余裕ッスね。大事な聖グロのお仲間達が、揃って生きてくれてたから?」
「逆よ。多分私は焦っている。何せチームの仲間達が、こんなにも巻き込まれていたのだから」
正直に言ってしまったこと自体が、焦りの証明にもなっているのだろう。
やや棘のある言葉に対して、
ダージリンは素直にそう返した。
オレンジペコ、
ダージリン。そして目の前の少女に、似たところのあるローズヒップ。
聖グロリアーナの仲間達は、存外大勢巻き込まれていた。
全員生き延びてこそいたものの、これで合流すべき人間の数は、四人にまで膨れ上がってしまった。
ペパロニが探すアンチョビと、自身が探すべき三人の同志。
彼女らが生きていた事実よりも、それほどに多くを背負っているという事実が、今は
ダージリンを焦らせている。
「それにね。お友達を亡くしたことなら、私だってそれは同じ」
加えて、亡くした命の重みもある。
読み上げられた十四の中には、あの
カチューシャの名前もあった。
ダージリンにとっては珍しい、純粋に友人と呼べる他校の生徒だ。
多くを見殺しにしたことは堪える。そしてその中で一層、彼女の死こそが特に堪える。
結局彼女がどう戦ったのか、遂に知ることは叶わなかった。
ひょっとしたら根拠のない自信で、勇敢に己を立たせたのかもしれない。あるいは心細さに負けて、わんわんと泣いて逝ったのかもしれない。
そしてそのどちらだったとしても、
ダージリンには堪え難い悲劇だ。
勇気を踏みにじられたとしても、涙を拭ってもらえなかったとしても――それは非業の死に様として、深く胸に突き刺さるのだ。
「ついでに言えば、もう一人――ひっぱたいてやりたかった人にも、先に逝かれてしまったのよ」
もう一人、浮かんだ者の名前は、もはや語るまでもなかった。
結局そんな相手のことが、最初に気にかかったというのも、薄情な話ではあったかもしれない。
おかげで
カチューシャが死んだことも、一瞬遅れて気付くことになった。
天国というものが本当にあるなら、きっと彼女はいつもの調子で、「何よそれ!」とキレていたことだろう。
それでも、堪えてしまったのだ。
意地にかけても死なせはしないと、そう息巻いてしまっただけに、殊更心を揺るがされたのだ。
「……そっすか」
意外にも、ペパロニからの返事には、実感の色がこもっていた。
先に語った聖グロリアーナのことでも、
カチューシャの死のことでもなく。
恐らくは一番最後に挙げた、彼女の死のことに対して、目の前のペパロニは共感したのだ。
「分かるの?」
「飯とタバコと、まぁ喧嘩のことなら」
無縁ってほどではないからと、ペパロニは
ダージリンの言葉に反した。
戦車道のことくらいは、分かってほしかったのだけれどとは、敢えて口には出さなかった。
理解しがたいであろう己の念を、実感をもって受け止めて、納得してくれたことこそを、
ダージリンは感謝したのだ。
「もう少ししたら、ここを出ましょう。大きな嵐が来る前に」
なればこそ、簡潔に話を進める。ペパロニもまたそれに応じる。
文科省役人のあの放送は、随分と手ひどい劇薬だった。
チームを組めていない人間を、晒し上げ殺人鬼に仕立て上げた。
その上禁止エリアまで設けて、近場の人間達の焦燥を煽った。
こうなれば殺戮はより加速する。焦りは判断力を奪い、不確定情報を容易に呑ませる。
何一つ断言されていない言葉を、そのまま真実と受け止めてしまい、恐怖する者も現れるだろう。
現実に死人が出ているんだ。だったら先に殺すしかない――そう考える人間の数が、一挙に増えてしまったとしても、全く意外なことではない。
故にこそ、予定を繰り上げる必要があった。
焦った判断だと自覚しながらも、そうせざるを得ない必要性にかられた。
なるべく早く方針を固める。何なら細かいことは道中で詰める。
そうして仲間達の元へと、一刻も早く駆けつけねばならない。
あのまほがそうしたように――と、どうしても思ってしまうのは、何とも業腹ではあったけれど。
(必ず守る)
それでも
ダージリンは、動きつづある事態に対して、少しでもまともに対応するべく、懸命に頭を口を回した。
この約束だけは、違えてはいけない。
まほの身勝手を許す気はないが、決して無視してはいけないと思った。
自分の戦車道を貫く。自分の守りたいものこそを守る。
そして彼女が伝えたかった――彼女の守りたかった命も守る。
誰でもない、己自身のプライドにこそ誓い、
ダージリンは次に取るべき一手を、迅速に探り続けたのだった。
◆
――ねぇ、まほさん。
貴方は気付いていたかしら。
きっと貴方のことだから、多分そこまで私のことを、深くは見ていなかったのかもしれないけれど。
昔のことよ。
私はね。初めて顔を見た時から――
――ずっと、貴方が嫌いだったのよ。
【一日目・日中 C-5/喫茶ブロンズ】
【☆ペパロニ@姐さん!ペパロニっスよ!15時にDのT型定規作戦っス!って言えって一緒にいるイギリスの偉い人が言ってましたよ!】
[状態]健康、自責と苛立ち
[装備]S&W M36、予備弾
[道具]基本支給品一式、スタングレネード×3、メッツァルーナ、ブリスカヴィカ(残弾32) 、包丁数本
乾燥パスタ三人分、トマト缶、粉チーズ、煙草(残り3本)、フライパン、フォーク三人分、スプーン三人分、マッチ
[思考・状況]
基本行動方針:巻き込まれたアンツィオの面子を生かす。
1:アンチョビと合流。積極的な殺しはしないつもり。
2:1の方針を邪魔をしない限りは他校に関しては基本的に干渉しない。もしも、攻撃をしてくるなら容赦はしない
3:
ダージリンと暫く行動するが、弾除けみたいなつもりでいく。仲間になったつもりもないので不利益があれば同行を終える。
4:集合時間に遅刻だけはしないようにがんばる。
5:カルパッチョを救えなかったことへの自責
【
ダージリン@姐さん!ペパロニっスよ!15時にDのT型定規作戦っス!って言えって一緒にいるイギリスの偉い人が言ってましたよ!】
[状態]背面に打撲(応急処置済)、若干の焦り
[装備]聖グロリアーナ女学院の制服、ワルサーPPK(4/6 予備弾倉【6発】)
[道具]基本支給品、M3戦闘ナイフ、生命権、後藤モヨ子の支給品、水族館の制服 水族館で調達したいくつかの物資
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを止める。
1:聖グロリアーナの生徒と
逸見エリカ、そして
西住みほを救う。まほとの約束だけは違えられない。
2:その他、
河嶋桃と
島田愛里寿を助けるために、町を探索する。
3:上記の他にも、できるだけ多くの参加者を救う(約束もあるので、ややアンチョビが優先)。戦って死ぬのは怖いが、仲間に死なれるよりはマシなはず。
4:ペパロニに同行。彼女の安全を確保しつつも、彼女の立場を最大限使い生存率を上げる。
5:猪突猛進であろうペパロニもいるし、家を出る前に基本方針だけは固めたい。細かな部分は、移動しながら調整してもいい。
6:18時に禁止エリアになってしまうので、集合時間には確実に間に合うようにする。
[備考]
後藤モヨ子の支給品の内、昭五式水筒、信号灯、スマートフォン、不明支給品(銃器)を獲得しています。
登場順
最終更新:2018年11月04日 12:40