初めてその目を見た日のことは、今も確かに覚えている。
 きっと私は彼女のことが、ずっと、嫌いだったのだろう。


 黒森峰女学園。
 熊本県を母校とする、高校戦車道最高の名門。
 最強最古と語り継がれた、日本戦車道の大家・西住流戦車道の息づくお膝元。
 鋼の隊を率いて立つ、西住まほの横顔を見た時、私は未だ何者でもなかった。
 撃てば必中、守りは固く、進む姿は乱れ無し――黒き虎の王として、悠然と立つその姿を、私はただ一人の兵士として見ていた。
 同じ高校二年生。生まれた年は同じながらも、あまりに離れた高みの姿。
 そのまほの視線を初めて見た時、何者でもなかったダージリンが、初めて抱いた感想は、羨望ではなく軽蔑だった。

(ああ――なんて)

 なんてつまらない目をして、彼女は戦車を駆るのだろう、と。

 その時は何者でもなかったとしても、既に結果を出していた私は、将来をある程度見込まれていた。
 王の二つ名を授かった私は、いずれ聖グロリアーナの全軍を率いる、女王となることを期待されていた。
 なればこそ、その日目にしたまほの姿は、きっと一年後の自分が、等しくなぞることになる姿だ。
 そしてその姿こそは、決してなぞってはなるまいと、私は固く誓っていた。

 東の聖グロリアーナと、南の黒森峰女学園。
 遠く離れた二つの艦には、しかし二つの共通点がある。
 一つは数多の才人を輩した、戦車道屈指の名門校であること。
 そしてもう一つは、その実態が、大人の思惑によって形作られた、窮屈な箱庭に過ぎないということだ。
 長く続いた伝統は、両校を強く鍛えこそした。
 されど重ねた歴史と莫大な投資は、それ故に多くの妄執の念を、鉄の箱へと宿らせてしまった。
 行き過ぎた期待によって課せられる義務。伝統に笠着る亡霊の思惑。
 それこそが将来のダージリンを、固く縛るであろう柵であり。
 今の両校の隊長達に、暗くのしかかっているはずの重荷であった。

(何もかも、彼女は諦めたのか)

 そしてそれを踏まえた上での、西住まほの眼差しはどうだ。
 あの無感動に敵を屠る、冷たい視線の色はどうだ。
 冷厳、冷徹。ならばよかろう。容赦をしない非情さであるなら、勝利を貪る熱ともなろう。
 しかし私はあの目に対して、何の色も見出だせなかった。
 無色透明、茫洋とすら言える、あの無感動の正体は――義務だ。
 勝つことこそが、務めだから。個人の欲求とは関係なしに、当然にこなさねばならないのだから。
 義務なればこそ戦うのだと。それだけでしかないのだと。
 己の意志の発露を諦め、我欲ではなく義務のためにと、そう物語っているのがあの目だ。
 誰彼も容赦なく一蹴しながら、その実蹴飛ばした石くれのことなど、何一つ気にも留めていない目だ。
 同じ時代に生を受け、戦車に乗ることを選んだ者の、全ての尊敬をその身に集めた、王者の目であるにもかかわらずだ。

(そんなものは戦車道じゃない)

 だから私は否定した。
 西住流なぞ糞食らえだと、心の中で唾を吐いた。
 だって誰も見ていないなら、戦う相手は誰だっていい。
 憎みも恐れも慈しみすらも、そこに見出さないのであれば、そんな戦いに敬意などない。
 礼節を重んじる乙女のたしなみ――あくまでもそれを題目とするのが、戦車道の在り方のはずだ。
 それを諦めた彼女の様は、背負うべきノブレス・オブリージュを、自ら破り捨てた腑抜けの様だ。
 そんな程度のつまらない女が、高校戦車道のトッププレイヤーとして、君臨していることが堪えられなかった。
 真っ当な結果でなかったとはいえ、彼女が王位を手放した時、ざまあ見ろという暗い愉悦が、胸に僅かでもこみ上げたのは確かだ。
 その時のダージリンにとって、西住まほは、そういう女だった。

「故きを温め新しくを知る。私達の日本にも、そういう素晴らしい言葉があるわ。だからダージリン。貴方はそれを目指しなさい」

 先人は私にそう言った。
 先代の隊長はそう言い残して、私に聖グロリアーナを託した。
 私はその言葉を指針として、今日までひたすらに駆け抜けてきた。
 柵を、一つでも壊してやろう。くだらないプライドを一つずつ剥ぎ取り、底にある本当の誇りを掬おう。
 数多の欲望怨念に覆われ、隠されてしまったその初志こそを、私はこの手に握って進もう。
 聖グロリアーナを勝たせるのでなく、あくまで他ならぬ私自身と、その同胞達こそが勝ち抜くために。
 勝利を掴む喜びを――己自身の喜びこそを、噛み締め楽しんでいくために。

(だから私は、戦い続けた)

 ダージリンは戦い続けた。
 時に密かに、時に派手に。学園の柵にメスを入れて、己のチームこそを築いていった。
 その後姿にこそ賛同し、共に勝利を勝ち取ろうと、ついてきた者達が大勢いたのは、何物にも代えがたい幸運だった。
 糞のような過去こそを崩し、真に尊ぶべき志を受け継ぎ、それを未来へと繋いでいく。
 そうして戦い続けていけば、より良い結末に行き着けると思った。
 そうでなかった西住まほの、あの憎らしい鉄面皮すらも、打ち破れるだろうと思っていた。

 ああ、そうだ。そうなのだ。
 聖グロリアーナの暗黒の過去と、対峙してきた私の道は、きっと彼女の背中こそを、追いかける戦いでもあったのだ。
 悲願の初優勝を勝ち取るためには、どうしても黒森峰が邪魔だ。
 憎らしいが、いつの時代でも、黒森峰こそが最強の敵だ。
 忌々しい西住の戦車道こそ、己が最後にぶち当たり、飛び越えねばならない鉄壁なのだ。

(私こそが、彼女に勝つ)

 頂点にはこのダージリンこそが座す。
 温故知新の四文字を抱え、真に過去と未来を見据えた、このダージリンこそが天を掴む。
 決勝戦にたどり着くのは、己でなければならないのだ。
 愚劣な西住の奴隷などより、遥かに輝きを魅せる妹とこそ、優勝を競うとも約束したのだ。
 戦車道そのものの競技人口も減り、退廃が漂いつつあるこの世界に、我らこそが嵐を起こすためにと。

 なればこそ、私は己を磨いた。
 幾重にも対策を張り巡らせ、幾重にも情報を漁り続けた。
 お世辞にも高いとは言えない勝率を、少しでも十割に近づけるために、入念に準備を重ね続けた。
 全ては、彼女を倒すため。
 同じ時代に生まれた者が、等しく憧れたあの女の背中を、この私こそが追い抜くためにだ。
 あの黒鉄の虎の王を、今度こそこの手で殺すために。
 忌々しくも憎らしい、あの西住まほという女を、この手で叩き潰すために!

(――だけど、違った)

 しかし、真に対峙した日。
 全国大会準決勝で、遂に迎えた対決の様は、想像とはあまりにかけ離れていた。
 全戦力を犠牲にしながら、私は戦場を駆け抜けた。一点突破によるフラッグ車の撃破――それこそが唯一の勝ち筋だった。
 だからこそ、逃げてもよかったのだ。彼女は私に付き合うことなく、安全確実な勝利のために、身を隠そうとしてもよかったはずだ。

(けれど)

 しかし、そこに彼女はいた。
 ティーガーⅠの物々しい巨体は、堂々と私を待ち構えていた。
 西住まほは一歩も退かず、私の決闘を受け入れたのだ。勝利を義務とするだけならば、無視していいはずのその土俵に、敢えて乗ることを選んだのだ。
 それは、自負でも傲慢でもない。そんな言葉で語れるほどの、生易しい勝負はそこにはなかった。
 力と技と、己の誇りと――命の一欠片すらせめぎ合う様は、壮絶の二文字に尽きる死闘であった。
 余人には計り知る術すらもない、あの濃密な時間の中で、私が垣間見たものは――敬意だ。
 このダージリンの心意気を受け止め、その上で凌駕し制してやろうと、そう物語ったのがあの虎の牙だ。
 鉄の衝撃が伝えたものは、装甲からもまざまざと滲み出る、西住まほの矜持であり。
 それを示すに値すると、愚直なほどに語ってみせる、彼女なりの敬意であった。

(何も知らなかったのは私の方だ)

 礼節は、確かにそこにあった。
 その目は、確かに私を見ていた。
 何も見ていないとばかり思っていた、彼女の冷たい双眸は、見るものを焼き殺すほどの熱を持って、確かに私を見据えていたのだ。
 後ろ姿を追い、横顔を憎み。遂に決着の瞬間まで、真正面から向き合うことなく。
 彼女の本物の視線というものを、知らずに決めてかかっていたのは、この私の方だったのだ。

(ああ。だから――)

 だからこそ、私は。
 その視線を向けられたからこそ、あの日戦いに臨んだ私は。
 戦車のキューポラから身を乗り出し、敬礼を見せた西住まほに、戦って敗れたあの日の私は――


「……! ……ッ、……!!」

 がんがんと、壁を蹴る音が伝わる。
 凄まじい剣幕を声に宿した、アンツィオの副隊長の怒号が聞こえる。
 すすり泣きすら混ざった声は、きっと喪われた戦友の名を、飽きることもせず叫んでいるのだ。
 そしてそれを確信ではなく、推測でしか語れないのが、今のダージリンの有様だった。
 聡明を売りにしている彼女が、しかし今は見る影もなく、隣の部屋で呆然としていた。

『――カルパッチョ、カチューシャ、西住まほ、赤星小梅――』

 最初の定時放送が聞こえたのは、今から数分前のことだ。
 ダージリンとペパロニは、そこで予想だにしない名前を聞いた。
 あれほど長々と言葉を重ねて、別離を恐れたペパロニの戦友。
 そしてダージリンが心密かに、喪うものかと決めた戦友。
 そうした者達の名前が、チームを組んだその数分後に、あっさりと呼ばれてしまったのだ。
 その瞬間の自分たちの顔は、多分この世のどの道化より、間抜けに呆けていたことだろう。

『しばらく、独りにさせてちょうだい』

 どういう流れでそう言ったのか、今となっては覚えていない。
 しかしその身勝手な言葉を、ペパロニはすんなりと受け入れた。
 互いに混乱していた中で、今は互いに吐くものを吐き、頭を冷やす必要があった。
 そうした瞬間というものは、ダージリンにとってもペパロニにとっても、他人には見られたくないものだったのだ。

「……何となく、分かった気がするわ」

 ぽつり――と、椅子に腰掛けたダージリンが呟く。
 壁一つ隔てた別室の、激情の渦とは対照的に、消え入るような声でささやく。
 彼女が思い返したものは、数時間前に見た幻だ。
 当のカルパッチョと戦い、死を覚悟するまで追い詰められた、その時にこそ垣間見た夢だ。
 何もかも諦めた己を、励ますために現れた者は、他でもない西住まほだった。
 親友と呼べるアッサムでも、次代を託したオレンジペコでもなく、どうしてかあの宿敵こそが、己を地獄より引き上げたのだ。

『自分の道を行け。何よりも大切だと思うものを、その手で守り通すために』

 あれは、幻ではなかった。
 非科学的なオカルトではある。それでも、そう思わずにはいられなかった。
 きっとあの時西住まほは、既に体を砕かれていた。
 生ある肉を失って、命を落としたその魂が、最後に通りすがったのが、あの水族館だったのだ。
 死して亡霊となりながらも、天に召される最後の時を、彼女はこのダージリンのために使い、命を救ってくれていたのだ。

(そして、きっとそれすらも、私だけのためじゃない)

 そして名簿を持つ今なればこそ、彼女の意図も見えてくる。
 己を励ましたことなど、当初の目的ではなかったはずだ。たまたま死にかけていたからこそ、助けに入っただけだったはずだ。
 こちらの事情など知らぬ彼女が、最初に抱いた志など、たった一つしか思いつかない。
 最期の命を振り絞ってまで、叶えんとした望みなど、心当たりは一つしかない。

『そしてどうか――彼女達のことも、どうか守ってやってほしい』

 本当に言いたかったのは、きっと、そういう言葉だったはずなのだ。

「託そうとしたのね。仲間のこと……みほさんのことを」

 赤星小梅。
 逸見エリカ
 そして実妹――西住みほ
 一つは喪われてしまったが、送られた学生名簿の中には、彼女らの名前が確かにあった。
 ひょっとしたら彼女たちが、巻き込まれているかもしれないと、きっとそこまでは予想していたのだ。
 なればこそ、まほは死してなお走った。五体が腐り果てたとしても、なおも捨てずにはいられないと、望み一つを抱えて走った。
 そして辿り着いた場所で、彼女はダージリンに託そうとしたのだ。
 私が守れなかったものを、どうかその手で守ってほしいと。
 未来を託すべき後輩たちと、一番大切な妹の命を、どうかその力で救ってほしいと。
 孤高の王者たるまほの背中に、たった一人だけ追いすがってくれた、最大最強のライバルこそを信じて。

「不器用で……勝手な人だわ。貴方は」

 そして、あそこまでたどり着きながらも、遂にまほはそう言わなかった。
 妹と後輩を頼むなどとは、遂に口には出せなかったのだ。
 弱り果てたダージリンには、きっとどうしても言えなかったから。
 傷つき憔悴していた己に、そんな身勝手まで背負わせることが、どうしても咎められたから。
 だからこそ、彼女は最期まで黙した。己の願いには蓋をして、この身を立たせることだけを選んだ。
 あるいは再起したダージリンが、望みを叶えてくれるかもと。
 不純ではあっても、そんなささやかなら、願ってもバチは当たるまいと信じて。

(どうしても、言いたかったでしょうに)

 西住みほのことを思うと、どうしても思い出されることがある。
 ダージリンは過去に一度、あの鉄面皮の西住まほが、僅か取り乱した様を見たことがあった。
 正確には電話でのやり取りだったが、あれは大洗女子学園が、廃校の窮地に立たされた時のことだ。
 珍しく、まほは焦っていた。ポセイドン作戦を進行するため、根回しをしていたダージリンに対して、まほはすぐにでも動くと言った。
 些細な変化でしかなかっただろう。しかしそれでも、ダージリンは、僅かでも早口になった彼女の調子を、今までに耳にしたことはなかった。
 なればこそと、思うのだ。
 きっと妹のことは、それだけ心配だったのだろうと。
 だから本当はあの場でも、どうしても助けを請いたかったのだろうと。

「本当……勝手よ、貴方は……」

 だのにどうして、言わなかったのだ。
 ほんの一言で済む願いを、どうして口にできなかったのだ。
 こんなことなど私でもなければ、伝わるはずもないだろうが。
 助けてくれてありがとうと、無邪気に結果だけを受け止めて、それで終わってしまうことだろうが。
 わなわなと、ダージリンの肩が震える。
 怒りとそれ以上の感情によって、声にすらも揺らぎが生じる。
 常に周りのことばかり気にして、自分の身勝手には蓋ばかりして。不言実行を気取って進み、言いたかったことは何一つ言わない。
 それで分かってもらえるなどと、僅かでも思っていたのであれば、むしろそんな過信こそが、何よりも身勝手であるとも知らず。
 最期の最期まであの女は、そういう勝手を押し付けたのだ。
 悟られなければ露と消えて、仮に悟られでもすれば、より大きな重しになるような願いを、このダージリンに押し付けて逝ったのだ。
 呆れるほどに、勝手な女だ。
 腹立たしいほどに、不器用な女だ。
 こんな奴相手に真剣になり、死なせはしないと息巻いてみせて、結局こうして取りこぼした己は、きっとそれ以上に愚かで惨めだ。
 椅子の上でうずくまるように、顔を傾けたダージリンの、その表情を伺える者は、今は、誰もいなかった。


「……ひでぇ顔だな」

 お互いに気持ちを落ち着かせようと、別々の部屋に分かれてから、恐らくは十分ほど経ったのち。
 いくらか目元を赤くして、ようやく戻ってきたダージリンに対して、ペパロニが最初にかけたのが、その言葉だ。

「お互いにね」

 否定はしない。鏡などは見ていないが、きっとそう見えたのは確かだ。
 なればこそダージリンはそれを受け止め、腫れぼったいペパロニの目元にも、お返しと言わんばかりに触れた。
 散らかったホールの椅子の中で、まともに立っていたものを選んで、ダージリンは腰掛ける。
 ペパロニもまたそれに倣い、いくらか行儀の悪い動作で、どっかと向き合うように座り込んだ。

「……馬鹿みたいッスよね。べらべらとくっちゃべってなければ、助けられたかもしんねぇのに」

 誰のことかは、問うまでもない。
 救いたいという想いのままに、長々と身の上を語った相手を。
 ペパロニが救いたかった者達の中で、死んでしまった者の名前を、ダージリンは一人しか知らない。
 第一回放送が流れる時を、行動の起点とすると決めたのは確かだ。
 なればこそその後悔には、本来何の意味もない。問うならば悠長なおしゃべりではなく、作戦のミスを問うべきなのだ。
 だとしても、どうしても思ってしまう。
 勝手に盛り上がってしまったからこそ、空回りに過ぎなかったことばかりが、どうしても重くのしかかってしまう。
 他ならぬダージリンでもそうなのだ。だからこそ今のペパロニの想いは、嫌というほど理解させられた。

「馬鹿を見るのはこれからよ。そして、それが嫌だと言うなら、すぐにでも動かなければならない」

 賽は投げてしまったのだから、と。
 意図して選んだわけではないが、イタリアの格言を引き合いに出して、それでもダージリンは冷静に諭す。
 既に作戦は動いてしまった。合流地点を示す暗号は、放送に乗せてしまったのだ。
 であれば当然、アンチョビは動く。オレンジペコ達も動くだろう。この場に残った生き残り達は、自分達を信じて行動を起こす。
 その時自分達がその場にいなくて、結果裏切ってしまったのであれば、それこそが本物の愚行というものだ。
 まず支障にはならないだろうが、六時間というタイムリミットもある。
 合流先に指定した場所が、禁止エリアになるよりも先に、約束を果たさなければならないのだ。

「思ったよりも、余裕ッスね。大事な聖グロのお仲間達が、揃って生きてくれてたから?」
「逆よ。多分私は焦っている。何せチームの仲間達が、こんなにも巻き込まれていたのだから」

 正直に言ってしまったこと自体が、焦りの証明にもなっているのだろう。
 やや棘のある言葉に対して、ダージリンは素直にそう返した。
 オレンジペコ、ダージリン。そして目の前の少女に、似たところのあるローズヒップ。
 聖グロリアーナの仲間達は、存外大勢巻き込まれていた。
 全員生き延びてこそいたものの、これで合流すべき人間の数は、四人にまで膨れ上がってしまった。
 ペパロニが探すアンチョビと、自身が探すべき三人の同志。
 彼女らが生きていた事実よりも、それほどに多くを背負っているという事実が、今はダージリンを焦らせている。

「それにね。お友達を亡くしたことなら、私だってそれは同じ」

 加えて、亡くした命の重みもある。
 読み上げられた十四の中には、あのカチューシャの名前もあった。
 ダージリンにとっては珍しい、純粋に友人と呼べる他校の生徒だ。
 多くを見殺しにしたことは堪える。そしてその中で一層、彼女の死こそが特に堪える。
 結局彼女がどう戦ったのか、遂に知ることは叶わなかった。
 ひょっとしたら根拠のない自信で、勇敢に己を立たせたのかもしれない。あるいは心細さに負けて、わんわんと泣いて逝ったのかもしれない。
 そしてそのどちらだったとしても、ダージリンには堪え難い悲劇だ。
 勇気を踏みにじられたとしても、涙を拭ってもらえなかったとしても――それは非業の死に様として、深く胸に突き刺さるのだ。

「ついでに言えば、もう一人――ひっぱたいてやりたかった人にも、先に逝かれてしまったのよ」

 もう一人、浮かんだ者の名前は、もはや語るまでもなかった。
 結局そんな相手のことが、最初に気にかかったというのも、薄情な話ではあったかもしれない。
 おかげでカチューシャが死んだことも、一瞬遅れて気付くことになった。
 天国というものが本当にあるなら、きっと彼女はいつもの調子で、「何よそれ!」とキレていたことだろう。
 それでも、堪えてしまったのだ。
 意地にかけても死なせはしないと、そう息巻いてしまっただけに、殊更心を揺るがされたのだ。

「……そっすか」

 意外にも、ペパロニからの返事には、実感の色がこもっていた。
 先に語った聖グロリアーナのことでも、カチューシャの死のことでもなく。
 恐らくは一番最後に挙げた、彼女の死のことに対して、目の前のペパロニは共感したのだ。

「分かるの?」
「飯とタバコと、まぁ喧嘩のことなら」

 無縁ってほどではないからと、ペパロニはダージリンの言葉に反した。
 戦車道のことくらいは、分かってほしかったのだけれどとは、敢えて口には出さなかった。
 理解しがたいであろう己の念を、実感をもって受け止めて、納得してくれたことこそを、ダージリンは感謝したのだ。

「もう少ししたら、ここを出ましょう。大きな嵐が来る前に」

 なればこそ、簡潔に話を進める。ペパロニもまたそれに応じる。
 文科省役人のあの放送は、随分と手ひどい劇薬だった。
 チームを組めていない人間を、晒し上げ殺人鬼に仕立て上げた。
 その上禁止エリアまで設けて、近場の人間達の焦燥を煽った。
 こうなれば殺戮はより加速する。焦りは判断力を奪い、不確定情報を容易に呑ませる。
 何一つ断言されていない言葉を、そのまま真実と受け止めてしまい、恐怖する者も現れるだろう。
 現実に死人が出ているんだ。だったら先に殺すしかない――そう考える人間の数が、一挙に増えてしまったとしても、全く意外なことではない。
 故にこそ、予定を繰り上げる必要があった。
 焦った判断だと自覚しながらも、そうせざるを得ない必要性にかられた。
 なるべく早く方針を固める。何なら細かいことは道中で詰める。
 そうして仲間達の元へと、一刻も早く駆けつけねばならない。
 あのまほがそうしたように――と、どうしても思ってしまうのは、何とも業腹ではあったけれど。

(必ず守る)

 それでもダージリンは、動きつづある事態に対して、少しでもまともに対応するべく、懸命に頭を口を回した。
 この約束だけは、違えてはいけない。
 まほの身勝手を許す気はないが、決して無視してはいけないと思った。
 自分の戦車道を貫く。自分の守りたいものこそを守る。
 そして彼女が伝えたかった――彼女の守りたかった命も守る。
 誰でもない、己自身のプライドにこそ誓い、ダージリンは次に取るべき一手を、迅速に探り続けたのだった。






 ――ねぇ、まほさん。
 貴方は気付いていたかしら。
 きっと貴方のことだから、多分そこまで私のことを、深くは見ていなかったのかもしれないけれど。

 昔のことよ。
 私はね。初めて顔を見た時から――

 ――ずっと、貴方が嫌いだったのよ。





【一日目・日中 C-5/喫茶ブロンズ】

【☆ペパロニ@姐さん!ペパロニっスよ!15時にDのT型定規作戦っス!って言えって一緒にいるイギリスの偉い人が言ってましたよ!】
[状態]健康、自責と苛立ち
[装備]S&W M36、予備弾
[道具]基本支給品一式、スタングレネード×3、メッツァルーナ、ブリスカヴィカ(残弾32) 、包丁数本
 乾燥パスタ三人分、トマト缶、粉チーズ、煙草(残り3本)、フライパン、フォーク三人分、スプーン三人分、マッチ
[思考・状況]
基本行動方針:巻き込まれたアンツィオの面子を生かす。
1:アンチョビと合流。積極的な殺しはしないつもり。
2:1の方針を邪魔をしない限りは他校に関しては基本的に干渉しない。もしも、攻撃をしてくるなら容赦はしない
3:ダージリンと暫く行動するが、弾除けみたいなつもりでいく。仲間になったつもりもないので不利益があれば同行を終える。
4:集合時間に遅刻だけはしないようにがんばる。
5:カルパッチョを救えなかったことへの自責

ダージリン@姐さん!ペパロニっスよ!15時にDのT型定規作戦っス!って言えって一緒にいるイギリスの偉い人が言ってましたよ!】
[状態]背面に打撲(応急処置済)、若干の焦り
[装備]聖グロリアーナ女学院の制服、ワルサーPPK(4/6 予備弾倉【6発】)
[道具]基本支給品、M3戦闘ナイフ、生命権、後藤モヨ子の支給品、水族館の制服 水族館で調達したいくつかの物資
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを止める。
1:聖グロリアーナの生徒と逸見エリカ、そして西住みほを救う。まほとの約束だけは違えられない。
2:その他、河嶋桃島田愛里寿を助けるために、町を探索する。
3:上記の他にも、できるだけ多くの参加者を救う(約束もあるので、ややアンチョビが優先)。戦って死ぬのは怖いが、仲間に死なれるよりはマシなはず。
4:ペパロニに同行。彼女の安全を確保しつつも、彼女の立場を最大限使い生存率を上げる。
5:猪突猛進であろうペパロニもいるし、家を出る前に基本方針だけは固めたい。細かな部分は、移動しながら調整してもいい。
6:18時に禁止エリアになってしまうので、集合時間には確実に間に合うようにする。

[備考]
後藤モヨ子の支給品の内、昭五式水筒、信号灯、スマートフォン、不明支給品(銃器)を獲得しています。






登場順
Back Name Next
043:スパイスは紅茶の後で ペパロニ -
043:スパイスは紅茶の後で ダージリン -

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2018年11月04日 12:40