ロリバカバスターズ! ◆Ok1sMSayUQ
「待ってろ姉ちゃん、今すぐあたしが駆けつけてやるからな!」
勇んだ掛け声と共に、森の中を疾駆するのは綾之部珠美である。
彼女の服装は二の腕が完全に露出している夏用のワンピースにサンダルだ。
はっきり言って、大胆に行動するのには向いていない格好だった。
斜面を走ればサンダルが脱げるし、踏ん張りも利かない。
珠美は何度かこけた。小さな体が土に塗れた。
それだけではなく、髪も土くれがついた。
ショートヘアの珠美は髪の汚れなど気にするような性質ではなかったが、こりゃ姉ちゃんは大変だなと想像していた。
姉の可憐は義理の姉だ。どこか遠い親戚から貰われ、育てられてきた。
その出自が関係して、可憐は必要以上に良家の淑女としてふるまうことが多かった。
本当はやりたいことがたくさんあって、自由を欲しがる年頃であるはずなのに。
だからせめて自分が理解者であり、いい妹でいてあげたいと思っていた。
姉のピンチにすぐ駆けつけられる妹でありたいと思っていた。
あたしが守る。守って、少しでも負担を軽くしてやるんだ。
女の子がいつまでも肩肘張れるわけなんてないんだから。
それが珠美の決意であった。
が、決意に行動がついてこなかった。
走れども走れども森を抜けられず、同じような場所をうろうろと回るばかり。
決して方向音痴ではないことは自覚しているはずなのに、全然抜けられないのだ。
「お、おっかしいぞこの森! なんじゃこれは! 迷いの森か、森なのか!?」
ひとり突っ込んでみるも、反応はなかった。
そこでふと珠美は思い出した。地図とコンパスの存在を。
後になって思い出すのは珠美の悪い癖だった。行動が先走り過ぎているともいう。
とりあえず方角を確認した。地図を見た。が、結局自分がどこにいるのか分からなかった。適当に走っていたせいだった。
後悔先に立たず。
「むむ」
「むむむぅ」
「なるようになれっ!」
乱暴に地図とコンパスをしまって、また珠美は走り始めた。
ヤケクソだった。それがまた悪い癖であることに気付いたのは、息切れしてへたり込んだ後のことである。
* * *
「ぜー、ぜー……くっそう、なんじゃいこの森はぁ」
ふらふらと珠美は歩く。走り過ぎて乳酸がたまりきり、足が重かった。
元よりスタミナのある方ではない。それは体の小ささが証明している。
小学生高学年から中学生ほどの身長でしかない珠美は、瞬発力こそあるものの持続性はないに等しかった。
そういうことに後々になってから気付くのも、子供っぽいと言われる所以だった。
一応、香月ちはやと同学年であり、香月恭介とはひとつ違いでしかないのだが。
「あー、姉ちゃん。あたしごめん、休むわ」
あっさり姉の捜索を諦める。
どうにもこうにも疲れきっていたのだ。
まあスキルはそれなりに高いはずなので、しばらくは無事だろうと勝手に解釈し、
木の幹に腰掛けて水でも飲もうかとデイパックを下ろしたとき、それは落ちてきた。
「ぬわーーーーーっ!」
「うわーーーーっ!?」
人が。
何やらマントのようなものを抱えて。
「グレイズっ!」
避けていた。直後、顔から人が突っ込んだ。顔が土に埋もれていた。
真っ先に思ったのは、犬神家だ、ということだった。
「おーーい……」
ピクリとも動かない物体に、恐る恐る声をかける。
身長が高いのだろう。突き出た手足は長い。羨ましいが、アホだった。
反応はなかった。数秒待って、珠美は結論を下した。
「死んだか……なんまんだぶなんまんだぶ」
「死んでねーよっ!」
「うひゃああああっ!」
顔がガバッと飛び出してきた。怖かった。スケキヨより。
だがよく見れば、それは男だった。顔が土まみれだったが、そこそこイケメンの男である。
恭介とどっちがカッコいいかな、そんなことを少し考えていると、フッ、と男が笑った。
「すまねえな、みっともないところを見せちまった」
「いや、今気取ってもアンタアホだぞ」
「うるさいやいっ! 忍者になりたかったんだよ!」
「うわ真性のアホがいるよ。かわいそうに、頭をやられたんだ……」
「酸素欠乏症でも強くも打ってねーよ! これを見ろ!」
男が布を差し出す。紺色の、大体2m弱四方の正方形だった。
風呂敷だろうか。何の変哲もない風呂敷。
ああ、そうかと珠美は手を打った。
「かわいそうに、幻覚を見てるんだ……」
「何の幻覚だよっ! 見て分からないのか、これは男のロマン、忍者セットだ!」
「はあ」
「あからさまに興味のない顔をするな……ほら、これだ」
ばらばらと、男がクナイやら小刀やら変な塗り薬っぽいものを取り出した。
触ってみると、いずれも本物である。
薬は傷薬らしかった。塗ればたちまち回復するというが、うそ臭い。媚薬と言われたほうがまだ信用できる。
「そしてこいつが、空飛ぶマントってわけだ」
自信満々に布を突き出される。
そういえば漫画で見たことがある。布の端を手足で持って、ふわふわ空を飛ぶアレである。
「バカなのかお前?」
「ロマンがあると言え。忍者セットだって言われてこれ渡されたら挑みたくなるだろ?」
「いや全然。つかできるはずない」
「幽雅に大空を舞い、鳥と一緒に空中の旅路。辿り着くは悪代官の根城」
「聞いてねー。真性のドアホだよこの人」
「ロ・マ・ンだ!」
「んなことできてたまるかアホンカス!」
「こいつ……チビっ子の癖して生意気な。お前くらいの年頃の少女はセーラームーンに憧れるだろ? そういうもんだ」
「たとえが古いなぁ……」
「俺だってそうさ。そうして俺は喜び勇んで木に登り、マントを持って大空をフライしたのさ」
「そんで?」
「……落ちた」
「あはははははははははは! ばーかばーか!」
「うるせえ! 風が吹かなかったんだ! 失敗くらい誰だってする! 失敗は成功の母だ!」
「いやあ、あたし久々に本物のバカに会った。うん、記念に写真撮りたいぞ。ほら笑えアホ」
「くっ、こんな年幅もいかぬ少女に慰められるとは……俺も地に落ちたもんだな……」
「地面に埋まってたもんな、うしし」
「くそ……」
本当に悔しそうにしている。
顔は格好いいし、口調も青年のものだ。
けれども、アホだった。致命的なアホな、少年の心の持ち主だった。
「っていうかさ、あたしんな年下じゃないんだけど」
「は? 小学生じゃないのか?」
「殺すぞ」
鳩尾を蹴っ飛ばした。
「ぐはっ! も、もうちょっと猶予があるだろっ!」
「あーごめんねぇ。ちょっとこのロリコンがあたしのことを小学生とかほざくもんでさ」
「ロリ……違う。断じて違うぞ、中学生しょうじぐほぉっ!」
鳩尾を蹴っ飛ばした。
「てんめぇ! なめとんのか!」
「い、言う前に蹴らないで欲しいんだが……」
「避けられるじゃん」
「ごもっとも……」
悶絶する男に、ふんと鼻息荒く珠美は見下した。
先程の疲れはどこへやらである。元気付けられたのか、小中学生扱いされたことがムカついたのか。
多分どっちもだろう。
「ってことはあれか、高校生か?」
「じゃなかったらなに? まさか幼稚園児とでもいうつもりなのかに? なのかに?」
「すんません十分高校生様です、はい」
「全く……これだからロリコンはいけねぇ」
「ロリコンじゃない。棗恭介だ」
「きょーすけ?」
「おう。きょーすけだ」
不思議なこともあるもんだと珠美は思った。
偶然か否か、香月恭介と同じ名前だった。
あっちはシスコンだが、こっちはロリコンか。
「今失礼なこと考えたろ」
「……別にぃ?」
勘も鋭いらしい。
「そっちも名乗れよ。でなきゃヤマザルって呼ぶぞ」
「なぜに」
「俺をかわしたときといい、さっきの蹴りといい、サルみたいに素早かったからな」
「あっちのきょーすけと同レベルかぁ……」
「なんだって?」
「なんでもない。珠美。綾之部珠美だよ」
「綾小路?」
「っとにきょーすけと同レベルだなお前は……っ!」
鳩尾を蹴っ飛ばした。
が、ひょいとかわされた。
「何度も同じ手を食うか、バーカ」
「ちっ」
「で、誰だそのきょーすけってのは」
「友達だよ。よく映画とか見に行くの」
「なるほどな」
しれっとして、うんうんと頷く恭介。学習能力はアホな言動にも関わらず高いほうだ。
あっちの恭介と張り合わせたらどうなるんだろうと想像して、少し楽しくなった。
「でだ、珠美。お前はそんな泥んこになって何してたんだ?」
「姉ちゃん探してたんだよ」
顔が土まみれなのはお前もじゃないか、と内心で突っ込みつつ言う。
可憐という姉を探していると伝えたが、芳しい反応ではない。
それもそうかと思った。忍者セットで遊んで……いや、忍者を実践しようとしていたのだから。
「そうか。人探しは俺と同じだな」
「遊んでたんじゃないのかに?」
「空から探そうと思ったんだよ。考えなしにやってたわけじゃない」
なるほど、もっともな意見だった。
確かにそのほうが探しやすいかもしれない。
……発想と方法がバカそのものなのだが。
「きょーすけ、頭は悪くないんだね」
「当たり前だ。俺はいつだって本気さ」
ニカッと笑う。何の含みもない、少年の笑いだった。
そういえば、ここまでだって名前以外殆ど情報を明かしてない。
下手に漏らさないところを考えるに、それなりの警戒心も持っているようだ。
ひょっとするとこの男、意外と頼りになるのかもしれない。
同じ恭介という名前であることも、それを信じるのに一役買っていた。
「友達探して、どうしようとしてたの?」
だから、もうひとつだけ確かめるために珠美は聞いた。
もしも自分の考えていた通りの答えが返ってくるとしたら。
この男についてってみようと考えたからだった。
「決まってるさ。こんな馬鹿げた殺し合いから脱出する。友達犠牲にして生きてられるかよ」
思った通りの、答えだった。
だが、言葉には続きもあった。
「ま、正直なところ、本当は殺し合いに乗るって考えもあったんだよ」
「……」
「警戒するなよ。最初の話だ。でもな、生き残れるのは一人だって言うじゃないか。……だからさ、ダメだったんだよ」
一人は、選べなかった。最後に付け足した恭介の言葉尻には、冷酷になりきれない人間らしさがあった。
甘い部分を残している。しかし、それは言うべきではないなと珠美は思った。
言ってしまえば、可憐を一人にしてしまいそうな気がしてしまいそうだったからだ。
だから冗談交じりの言葉を珠美は返したのだった。
「二人生き残れるって言ってたら、乗ってたのかに?」
「そうかもな。はは、アダムとイヴ、どっちもなきゃ俺にはダメみたいなんだよ」
「我侭だにー」
「大切に思ってるって言ってくれよ」
苦笑する恭介。
だが、そのアダムとイヴの名は明かしてくれなかった。
それくらい大切なのだろうと珠美は確信する。
だからこそ、この男は信用していい、と。
珠美の勘が言っていたのだった。
【時間:1日目午後2時ごろ】
【場所:E-3】
棗恭介
【持ち物:忍者セット(マント、クナイ、小刀、傷薬)、水・食料一日分】
【状況:健康】
綾之部珠美
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:健康】
最終更新:2011年09月03日 10:17