「All right let's go!」 ◆LxH6hCs9JU
天上学園――そこは、生徒総数二千人を超える全寮制の学校である。
そしてその学園は楽園であるがゆえに、死後の世界でもあった。
『死んだ世界戦線』と呼ばれる少年少女たちがいた。
彼らたちは皆、現世で未練ある死を体験し、天上学園に送られた者たちである。
曰く――その学園で未練を晴らせ、青春を謳歌し速やかに成仏しろ、と。
それはいるかどうかもわからない神の意思であり、少年少女たちの意向を無視した暴虐でもあった。
少年少女たちは抗った。ふざけんな。そんな簡単に成仏なんてしてやるもんか。
いつまでも死にきらず、天上学園に居座り続ける少年少女たちに対し、神は天使を遣わした。
天使は少年少女たちを襲い、半ば強制的にその存在を成仏――つまり、消去していく。
ますますふざけんな。そんな運命には従わない。死んでたまるか!
――そうして集まったのが『死んだ世界戦線』なのである。
「Rebels against the god」
ここに一人、死んだ世界戦線のメンバーたる男がいる。
名前をTK。偽名か、それともイニシャルか、どちらにせよ本名は誰も知らない。
赤いバンダナを額に巻き、目元まで隠した特徴的な容貌。金髪は染めているのか地毛なのか、そもそも国籍すら不明。
ブレザータイプの学生服を上着として羽織っているが、その下はネクタイつきのワイシャツではなく普通のTシャツ。
耳にはピアス。首からはシルバーのつもりなのか、なぜか一組の手錠を提げていたりと、見た目からして不可解な点が多い。
ストリートファッションに身を包んだ外国かぶれのヤンキー、といえば多少は聞こえはいいかもしれないが、彼は戦線メンバーの中でも極めて謎な存在だ。
そんなTKが、この殺し合いという状況下でどう動くか――
それは戦線のリーダーであるゆり、戦線の中で特に彼と親しい松下、その他の誰にも予測することは不可能だろう。
極めてFreedom。極めてMysterious。極めてDifferent。それが戦線におけるTKの立ち位置であり役割だ。
ただ一点、共通する信念があるとすれば――それは「死んでたまるか!」という絶対の意思。
既に死んだ身の上であるTKにとって、死とは昼休みに流れるSoundのごとく安いものである。
しかし、これが命をかけたSurvival gameであるというのであれば、やはり死んでやるわけにはいかない。
想いは他の戦線メンバーとて同じだろう。ならば起こすべき行動のカタチは決まっている。
「All right let's go!」
TKにとって、戦線メンバー以外の人間はNPC(ノンプレイヤーキャラ)であり、狙い撃つべきTargetでしかない。
ゲームを企てた者があんな、白い羽を生やした天使の親玉――神みたいな存在であるのなら、なおのこと。
戦線メンバー以外の人間は人間ではなく、天使。あの生徒会長と同等に討つべきenemy。
彼はTKとして動き、死んだ世界戦線のTKとして行動を起こす。
自らを犠牲にギルドへの道を切り開いたあのときのように、TeamとFriendsのため障害を葬る牙となるのだ。
◇ ◇ ◇
鬱蒼とした山中の森を、間の抜けた悲鳴と共に駆け抜ける一人の少女がいた。
半べそをかきながら、必死に、追いすがる謎の人物との距離を開けるためひた走る。
「ひ、ひえ~」
傍目から見れば緊張感に欠けるが、本人にとってはれっきとした恐怖の表れである涙声。
木々が生い茂る山の中を、懸命に突き進む。彼女の名前は、神北小毬という。
学校指定のブラウスの上からやや大きめなセーターを着ており、腰元からはチェックのスカートが覗く。
髪型はショートボブ。左右を二本の赤いリボンで結っており、走るたびにそれが揺れた。
顔は汗だくで、両の瞳は混乱と動揺のあまりぐるぐる回っている。ドタバタという音が聞こえてきそうな走り方だった。
「Ah~…………Ah~…………Ahaaaaaaaaaa~…………」
走る小毬の後方から、甲高い声が響いてくる。
それを耳で捉えるや、小毬の身はビクっと震え、駆ける速度をさらに速めた。
とはいえ、彼女はそれほど足が速いわけではない。体力だって自慢にはできないくらい弱っちい。
追いすがる者が何者か、それを考えれば、訪れる結末を予想することもまた容易かった。
「Fooooooooooooooahahheaaaaaaaaaaaaaaa――」
生い茂る木々の群集を、縫うように『飛んで』来る後方の何者か。彼の足は地についてはおらず、彼の身は宙を支配している。
されど翼があるわけではない。彼の手は一本の蔦を握っていた。木から伸びる蔦、ときに枝を、彼は取っかえ引っかえ掴み移る。
まるでジャングルの王者ターザンを思わせる、野生児的な咆哮だった。小毬はもうなにがなんだかわからなくて、ただ逃げるだけしかできなかった。
「――aaaaaahahheaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
咆哮がやみ、彼の握る蔦が大きく揺れた。しなる樹の枝、前を譲る大樹。走る小毬の前方に、空から男が飛来する。
学生だった。一目でそうとわかるブレザーの制服を着ていた。そしてバンダナだ。大きなバンダナで目元を隠している。
そう――この『彼』こそが、戦線メンバーの中で最もFreedomで最もMysteriousで最もDifferentな男。自称TKである。
TKは小毬の行く手を塞ぎ、手首を軽やかにスナップさせてから彼女への言葉を放った。
「Hey,yo! Don't stop dancing!」
「ふえ~!?」
いきなり英語で喋られた。いや、これくらいの英語ならなにを言っているかはわかるが、肝心の意味がまったく理解できない。
踊りをやめるなと言われても、小毬は別に踊っていたつもりもないわけで、なんだかTKの身体が小刻みに揺れているのが気になる。
「あ、リズムを取っているんですね」
唐突に閃いて、突然理解した。きっと彼はファンキーな人なんだ。そうなんだ。
TKは確かにファンキーな人物であった。対して、小毬はどちらかというとファンシーな女の子だった。
Characterこそ正反対な二人だったが、小毬はノリがいい女の子でもある。TKの取る軽快なリズムに、自然と同調し始めていた。
「Your destiny is exhausted here」
「よーちぇけらっちょー?」
「Will invite you to the heaven……」
「しゃかしゃかへい?」
「Determine it!」
「おーいえー♪」
「Wonderful!」
「わんだほー♪」
ビシィ!
関節が奏でる音。TKの右腕は天を、左腕は地を、右足は空、左足は彼方を向き、Performanceは終わった。楽しかった。
……あ。風で木の葉が揺れる音が聞こえる。小鳥のさえずりのようなものも。そういえば、この森って猛獣とか出ないかな。小毬は心配になった。
「Do not joke! ナンデヤネン!」
「ふえっ!? ご、ごめんなさはぁい……」
不意に怒鳴られて、小毬はまた涙目になる。
そうだ、自分は追われていたのだった。この目的不明のバンダナ男に。
そして今、TKの目的――小毬を追い回していた理由が明らかになる。彼が、武器を取り出したのだ。
右手に装着し、枝木の隙間から漏れる陽光に照らされてキラリと光るその武器は、ヤンキー御用達、似合いすぎている鋼鉄のメリケンサックだ。
ナイフや銃に比べたら全然平和的な道具。なのに小毬はそれがどうしようもなく怖いものに思えて、ぺたん、とその場に尻餅をついてしまう。
「You are my enemy……」
エネミー。敵という意。さっきはリズムが軽快で全然そんな感じはしなかったが、TKの発言は終始物騒なものだった。
おまえの運命はここで尽きる。天国にいざなってやろう。覚悟はいいか。ラップ調で問い詰める。小毬はもちろん頷かない。
今はただ、TKから放たれるむき出しの敵意に怯え、身を竦ませている。どうしよう。そんな呟きを落とす現場に、
「突然すまない。これはいったいどういう状況なんだ」
第三の人物が現れた。
ちょうど小毬とTKの間、どちら側ともつかない位置に、いつの間にか一人の少女が立っている。
風になびく長い髪。それをまとめるヘアバンド。スラリと伸びる綺麗な脚。見惚れるような姿勢。清楚な顔立ち。
歳は小毬やTKと同じくらいだろう。彼女も学生服を着ていて、そのデザインはやはり小毬やTKとも微妙に違っている。
きれい……それでいてかっこいい。小毬は感嘆のあまり、「ほへ~」と場違いに間の抜けた声を出してしまった。
「Oh! New challenger! 飛んで火に入る夏の虫……Coming at chance!」
小毬がなんの説明もできないでいるうちに、TKのほうが食ってかかっていった。
言動は相変わらずの意味不明さだが、独自のRhythmに合わせて相手を挑発する様は、第三者である彼女の顔を顰めさせるのに十分だった。
小毬とTKの声に誘われてやって来た彼女の名前は、坂上智代。
開始一時間ほどで凶悪な事件に巻き込まれたのだと察し、気持の整理をつけ、そして第一に遭遇した現場がここだった。
自身の首元に手を触れる。冷たく、無骨な感触。この首に嵌められた輪はすぐにでも外したいが、おとなしく飼い主に尾を降るつもりもない。
ならば、今は深くは考えない。自分のポリシーを貫き通すまで。智代にとっては、怯える少女と怪しげな男、どちらに味方するかという単純な話なのだった。
「……なるほど。事情はよくわからないが、加害者がそちらなのは確かなようだな。なら、私も正当防衛させてもらおう」
智代は小毬の身を隠すように立ち、TKと向かい合う。もちろん武器などない。鞄を一つ抱えただけの、素手だった。
「Oh……It Crazy……」
TKが口笛を一回、続けて口元だけで笑み、智代に殴りかかっていった。
彼の脳内では戦意を高揚させるためのBGMでも鳴り響いているのか、独特なステップを踏んで智代との距離を詰めていく。
風貌はStreetで幅を利かせるチンピラのようでもあるが、この動きは侮れるものではない。智代の顔が微か、強張った。
「Foooooooooooo――」
そして、お互いがお互いの間合いに入る。
TKは空に寄りかかるような姿勢のまま、身を翻しての裏拳を見舞おうとしている。
智代は腰を少しだけ落として、TKの目を見ていた。バンダナに隠された双眸――彼は目隠しで戦っているのか。
まさかそれが単なる格好付けであるとは思えない。彼は視覚に頼らない戦い方ができるのだろうか。考えている暇はない。脚が出た。
「――はァ!」
蹴り上げる。
智代の左脚が天を突き上げるように放たれ、TKの顎を砕いた。
裏拳の体勢は崩れ、宙を浮く――重力のままに落下する、その間隙。智代の追撃が入った。
「はああああああああああああああ!」
浮き上がったTKの胴体、その至る箇所に連続の上段蹴りを浴びせる。機関銃のごときキックの一斉掃射。
Hit! Hit!! Hit!!!――Combo! Combo!! Combo!!! 無限Combo!
そして――Finish!!!!!
ラストに放った後ろ回し蹴りに、TKの身体が吹き飛んだ。
落下という形で地面に激突し、そのまま山の斜面を転がり落ちていく。
あの勢いでは木にでもぶつからない限り、麓までまっさかさまだろう。それでも死ぬことはないと思うが。
「ふぅ……なんだったんだ、いったい?」
「あ、あの」
未だ状況を把握しきれないでいる智代に、上擦った声がかかる。
振り向くと、小毬は地べたに座ったまま智代を見上げていた。
そんな彼女に、智代は優しく微笑みかけ、手を差し伸べる。
「立てるか?」
「は、はい」
少し緊張した面持ちで、智代の手を取る小毬。
交わされた手と手の感触は温かく、無条件で安心できる類のものだった。
「私は坂上智代。よければ話がしたいのだが……」
「智代ちゃん……じゃあ、トモちゃんですね」
「と、トモちゃん!?」
にっこり。小毬の表情から完全に怯えが消えていく。
そしたらなんだか揺れ始めた。
全身、小刻みに。リズムを取っているようにも見える。
「私は、神北小毬です。助けてくれて、どうもありがと~。それとよろしくですね、トモちゃん♪」
いえー! とやけに楽しそうにバンザイする小毬ちゃん。
智代は唖然とする。
TKのノリがウツっていた。
【時間:1日目午後1時30分ごろ】
【場所:D-2 山中】
TK
【持ち物:メリケンサック、水・食料一日分】
【状況:転がり落ちるほどDamage、致命的なまでにBlunder】
神北小毬
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:健康】
坂上智代
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:健康】
最終更新:2011年08月30日 20:29