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レクイエムは誰がために(前編) ◆92mXel1qC6



人間とは、儚き生き物だ。
そうは思わぬか、空蝉よ。
かの者達は常に身の程をわきまえぬ願いを抱く。
時には、我らが業の真似までして、生命の進化を促し、新たな命までも創造する。
されど。
人間達に与えられた力も時間も、我らからすれば実に小さく、実に短い。
それでも。
それでも汝は人を信じると言うのだろうな。
我が子ども達を愛しているように。
汝は子ども達を信じている。

それもまた、よかろう。
汝は我、我は汝。
我には理解できぬ想いであれど、汝の感情は我の願いに他ならず。
我の願いもまた、汝の想いと形は違えど同じものなのだから。

ああ、なればこそ、子ども達よ。
今を生きる人間達よ。
死しても尚抗う霊体達よ。
子ども達によって生み出された孫たちよ。
応えてみせよ、空蝉の想いに。
叶えてみせよ、我が願いを。
果たすがいい、原初の契約を。
さあ、今一度、汝らに言おう。




「――生きてみせろ」





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



倒壊音が立て続けに背後より響く中、シルファ達は必死の思いで逃げていた。
追ってくる者もいない以上、逃げるという言葉を使うのはおかしいかもしれない。
あの時、あの場では、妥当な判断であった以上、戦術的撤退と呼んでも差し支えないかもしれない。
それでも、シルファからすれば、これは紛れも無い逃亡だった。
人間を護ると誓ったはずの身でありながら、人間に助けられ、あろうことかその恩人をおいて逃げた、ただの逃亡だった。

あの後。
立華奏、岡崎朋也両名が、いや、正しくは、立華奏が駆けつけてくれたこともあり、戦況は一変した。
音無と二人がかりをして圧倒された女傑、カルラを相手に奏は一人で互角以上に戦いを推し進めた。
それほどまでに、立華奏は強かった。
人ならぬメイドロボの身で言うのもおかしな話だが、否、人の叡智に作られたメイドロボだからこそ言える。

立華奏は人智を超えた存在だった。

無から有を創造するハンドソニック。
条理をねじ曲げるディストーション。
世界より身を浮かすディレイ。

垣間見たのは少女の手札のほんの一部だけだったが、それでも、シルファは断言できる。
如何なメイドロボにもあのような芸当はできないと。
その超越した能力を使いこなす立華奏は、こと戦闘面においては、自分はおろか、姉のミルファ、イルファすら追随を許さない存在だと。
分かっている、分かっているのだ。

「おい、良かったのかよ、あんた! あいつ、あんたの知り合いだったんだろ!? あーっと……」
「音無、音無結弦だ。奏から俺のことは聞いていないのか?」
「あいつ、あんま自分のこと話してくれなかったからさ。それに何だかよく分からねえことも言い出すし」
「……よく分からない、か。それでも、あいつの強さは分かってるだろ」
「まあ、な」
「なら、そういうことだ。あいつは絶対に、あのカルラってのには負けないさ」

音無の言葉は何も希望的観測に沿うものではない。
そのこともシルファには十分に分かっている。
カルラが全てを貫く矛だとすれば、奏は全てを弾く盾だ。
そう言い現せば、矛盾という故事のように結果は相討ちだが、カルラも奏も人間だ。
誰かに使われるのではなく、自ら動く、人間だ。
そしてその動くという要素にこそ、奏がカルラに負けないと言い切れる秘訣がある。

速さだ。

こと速さにおいて、奏はカルラを遥かに上回っているのだ。
それは、もし奏が身の危機に瀕しても、逃げの一手を打てば、確実に逃げ切れるということを意味する。
常人ならば、カルラに背を向けるなど自殺行為にすぎないが、奏なら、逃げ切れるまでの数発は、ガードスキルで凌ぎきれる。
そう判断したからこそ、奏のことをよく知る音無はもとより、不満を感じている朋也も、こうして逃げを選択したのだ。

ああ、だから。
だから。
今この身が切り裂かれん程に軋みを上げているのは、奏のことが心配だからじゃない。
護ると誓ったはずの人間に助けられ、あろうことか置いて来た我が身の不甲斐なさを恥じてのことだけではない。
要らないと、邪魔だと。
言外に訴えられたことが答えているのだ。

何度でも言おう。
シルファ達は逃げている。
奏の助力で優勢に立ったはずのカルラから、逃げている。
何故か。
普通に考えれば、奏と協力して立ち向かうべきではないか。
いくら奏が相性もあり優位に立てているとはいえ、カルラが強敵なことには変わらない。
ならばこそ、微力ながらも、助太刀すべきだ。
特にシルファはメイドロボだ。
人を助けることが本業だ。
元がロボサッカー用に設計されていたこともあって、ただでさえ高性能なメイドロボの中でも、運動能力は群を抜いている。
経験不足故にイルファほどではないが、それでも、カルラと紛いなりにも打ち合えた位だ。
援護の一つや二つはできるはずだ。
シルファ自身、そう思っていた。
思っていたのに。

紛い物は紛い物で。
想像は幻想だった。

繰り広げられる英雄同士の戦いを前にして、シルファは打ちのめされた。
カルラにどれだけ手を抜かれていたのか、思い知らされた。
援護?
冗談ではない。
手助けどころか、余波から身を守るだけで精一杯で、それさえも出来なかった。
メイドロボの本業である、人間を護ること以前に、自分の身さえ、自分で守れなかったのだ。
シルファは恐怖と共に思い出す、彼女達が逃亡に踏み切った時の光景を。
絶大な防御技能と急加速力を誇る奏に対し、カルラは広範囲に大威力の攻撃を成すことで対処しようとしたのだ。
カルラが選んだ手段は、大質量攻撃。
具体的に言えば、ビル崩し。
持ち前の怪力で振り回した電柱による打撃と、トドメの一撃とばかりにビルを駆け上がって叩きこんだ蹴りで、奏に向かってビルの上層部を崩し落としたのだ。
だがそれさえも、奏にとっては対処可能な範囲だったらしい。
現に彼女は証明してみせた。
あまりの出来事に絶句して硬直していたシルファ達を、落下してくるコンクリートの塊から救うことによって。

あの時の自分は一体何をしていたのだろうか。
本来ならば、メイドロボである自分が、動くことも叶わない葉留佳達を護らなければならなかったのに。
咄嗟のことで動けず、護るはずの人間に救われて。
そして、そして。

『逃げて。私一人じゃ、護り切れない。あの人は、あなた達を庇いながら戦える相手じゃない』

邪魔だと、不要だと、言外に告げられたのだ。

それはシルファの被害妄想かもしれない。
奏は一言も、そんなことは口にはしなかった。
けれども、だけれども。
人を護ることを生業としているメイドロボを前に、天使の如き少女は言ったのだ。
私一人では、と。
シルファは、奏に護られる側ではなく、護る側の者だとは捉えられなかったのだ。

(私はメイドロボなのに。護るろころか、足を引っ張って。
 護られて。……やっぱり私はらメイドロボなのれすか?
 欠陥品なのれすか? 要らないのれすか?)

そのことが、呪いのようにシルファを蝕んでいく。
今でこそ、イルファの差金による河野貴明という主人を得たことで、シルファはある程度、メイドロボとしての自信と自覚を得た。
しかし、少女は元来、人と接するのが苦手という、メイドロボとして致命的な弱点を持っていた。
転じて、それ以外の能力には問題ないにも関わらず、シルファは自分ことをダメなメイドロボだとしてコンプレックスを持っていたくらいだ。
そのコンプレックスが、ここに来て、再び鎌首をもたげ出す。
いくら克服してきたとはいえ、生誕以来ずっと抱えてきた悩みは、そうそう完全に消え去るものではない。

加えて、追い打ちをかけるように、朋也が、音無へと問いかけてしまう。

「あー、なんだ。ところでだ、音無。お前、なんだかかなり奏のことに詳しいみたいだけどさ。
 ちょっと聞きにくいことなんだが、奏はその、電波ちゃんかなにかなのか?」

朋也からすれば、奏を置いて逃げたことへの負い目をごまかそうという思いもあったのだろう。
或いは、信じたくない言葉だったからこそ、早く事の真偽を知りたかったのか。
だがそれは、苦しむシルファに止めをさして余りある、問いかけだった。

「俺達が既に死んでるって」

は?

「な、何をいってるのれすか、岡崎さん。私達が、既に死んれ、る?」
「そうだよな、死んでるなんてんなわけねえよな。
 そりゃあんな不思議な力を使えたら、中二病になっちまうのもしかたねえけどな。
 はは、ははは。……おい、頼むよ、なんとかいってくれよ、なあ!」

始めは茶化すように、おちゃらけているような表情で、問いかけていた朋也の顔が、無言の音無を前に、徐々に焦りを帯びていく。
そして、僅かの沈黙を経て、音無は答えたのだ。
シルファには許容できないその答えを。

「……少なくとも、俺とその仲間達は、な」

知られてしまった以上、下手に隠していても悪い想像や憶測を呼ぶだけかと。
音無は自分が知るかぎりの全てを話してくれた。
自分が事故に巻き込まれ、既に死んだ人間であること。
記憶を失い死んだ世界へと紛れ込んだこと。
その世界と、その世界へと来る人間達のルールについて。
全部、全部、話してくれた。
あくまでも、この殺し合いに呼ばれるまではの話で、この殺し合いに参加させられている今の自分達や、他のみんながどうかは分からないと前置きはしていたけれど。

説明はつく。
ついてしまう。
覚えもないのに、突然にあのホールにいたことも。
ディーや奏、カルラといった人を超えた者が存在することも。
ここが死後の世界ならば。
自分達が死者ならば。
……自分達が?
一つの可能性に気付き、シルファが青ざめる。
そうだ、自分“達”だ。
名簿には、シルファだけでなく、ご主人様である貴明や、姉妹であるイルファ、ミルファ。
創造主である珊瑚とその姉達も記載されていた。
それは、つまり。

「ちょっと待って欲しいのれす。今の話からすれば、この名簿に載ってる人はみんなもう既に」
「……否定も肯定も俺にはしきれない」

言葉を濁す、音無。

「っ、嘘だろ……。そんなのって、ありかよ。けど、古河がここにいるってそういうことなのか?
 身体の弱いあいつなら……。それでおっさんたちも後を追って。
 けど、いくら何でも、おかしいだろ、俺の知り合い全員って!? そんなわけ、ねえよな……」

朋也は必死に自分を納得させようとしているが、そんなわけが有りうるのがシルファなのだ。
彼女の創造主、姫百合珊瑚は来栖川エレクトロニクスの新型メイドロボの設計も行っている程の天才だ。
無論、それ相応どころではない財産も所持している。
その頭脳にしろ、財産にしろ、悪意を持つ者達に命を狙われてもおかしくないのだ。
そしてもし、これが、その結果だったのなら。
この殺し合いに、姫百合姉妹と、彼女専属のメイドロボ、そしてご主人様と、ご主人様専属のメイドロボ二体、全てが参加させられているということは。
珊瑚も、琥珀も、貴明も、死んでいるかもしれないということは。

(……私は、マモレナカッタ? ご主人様も、イルイルも、ミルミルも、珊瑚様も、全部、全部マモレナカッタ?)

がらりがらりと、何かが崩れる音がシルファの中で反響していく。
崩れ行くはレーゾンデートル。
人を護るという存在意義の元に成り立つ、メイドロボとしての自分自身。
嘘だと言いたい。
朋也のように否定したい。
でも、だけど。
直前まで、彼女の心を蝕んでいた呪いが、シルファに前向きな思考を許してくれなかった。
どころか、再発したコンプレックスと、誰も護れなかったというレーゾンデートルの崩壊が、螺旋を描き、悪循環を産んでいく。
ありもしないはずの悪夢が脳裏へと描かれていく。

(私が欠陥品らったから? 私が、イルイル達の足を引っ張ったから? それでご主人様が。巻き込まれて、ああ。

「ああ、い、い、いや、嫌、いっ」

遂に、悪夢が現実へと漏れで、悲鳴を型作りかけてしまう。

「お、おい、しっかりしろ! まだお前達までそうだと決まったわけじゃ!」

音無が咄嗟にシルファの肩を掴み、正気へと戻させようとする。
けれど、もう遅い。ここまで来れば後は叫ぶしかないだろという寸前で。

「あいやー、困ったなー。そっかそっか、はるちん死んじゃってたのかー」

シルファの悲鳴は場違いな調子の声で寸断された。
声の主はこれまでシルファに肩を貸されるままだった葉留佳だった。

「はる、はる?」

思わず、葉留佳の方を振り向いたシルファは、ぞっとした。
先ほどまでシルファが抱いていた恐慌、それを全て飲み干してしまうかの如く。
笑みのような何かを浮かべる葉留佳の瞳には。一切の光が宿っていなかったのだから。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



芳野祐介は春原芽衣にとってのヒーローだった。
熱く、強く、激しく歌われる夢と希望は、辛い時や苦しい時に、再び立ち上がる勇気を与えてくれた。
少女にとっては頼れる兄であった春原陽平が夢を捨て堕落してからは、より一層、芳野祐介の歌を心の拠り所とした。
幼き少女とて知っていた。
芳野祐介もまた、禁忌を犯し、夢破れて失墜した人間だということくらいは。
兄以上に荒れ、兄以上に壊れ、光り輝く舞台から追放されたということも。
知っていて尚、少女は、男の歌を心の支えとし続けた。
思い出の中に残る在りし日の兄の姿が、尚変わらず、少女の心を守ってくれていたように。
記憶媒介の中に残された男の歌は、いつまでも変わることなく、少女の背を押してくれた。
春原芽衣はそうやって、二人の男にずっと、ずっと、ずっと、守られて生きてきた。
守られていたからこそ、幼き心は、生きる苦しみにも負けずに真っ直ぐに生きてこられた。

なのに。

兄は、もういない。
芽衣が泣いていれば絶対に助けに来てくれた兄は。
少女が涙を流すよりも速く、この世から去っていた。
助けてと嘆いても助けに来てくれないはずだ。
兄は既に死んでいたのだから。
もしかすると、兄のほうこそが、妹に助けを求めていたかもしれなかった。
死の間際に、彼女の名前を呼んでいたのかもしれなかった。

ならば、これは罰なのか。
助けを求めるばかりで、兄を助けようとしなかった自分への罰なのか。
兄が後ろ指を刺された時に、すぐに助けに行かなかった罰なのか。
そのきっかけになった暴動事件を起こすほどに兄が追い詰められていたことに気付かなかった罰なのか。
……これが罰だというのなら、余りにも酷すぎるではないか。

呆然としたままだった芽衣は、いつしか男に腕一本で首から抱え上げられていた。
首筋に感じるのは研がれた鉄の冷たさ。
大人顔負けレベルに料理も嗜んでいる少女は、それが何かを知っていた。
誰に何をされているのか理解してしまった。

春原芽衣は、憧れの芳野祐介に包丁を突きつけられている

芳野、さん……

カタリ、カタリ、カチリ。
男の名を呼んだはずの口は、自らの意思に歯をかち鳴らし意味を成さない音を立てる。

「動くな」

言われるまでもない。
言われるまでもなく、動けない。
どれほど年齢の割にはしっかり者だとはいえ、芽衣はまだ中学生の少女なのだ。
刃物を突きつけられて、怖くないはずがない。

いや、それ以前に。
春原芽衣はこの現実を受け入れられず、未だ愕然としたままだった。

殺し合いなどという非現実に巻き込まれ。
凄惨な陵辱現場を目の当たりにし。
二度も眼前で人を殺され。
自分を守ってくれた人と、自分を絶対に助けに来てくれると期待してしまっていた兄の死を知らされ。
追い詰められていた芽衣にとって芳野祐介は最後の希望の砦だったのだ。

その彼が、あろうことか。
自身から兄を奪い、絶望の底に突き落とした人達と同じ“人殺し”だということを、信じられようはずがなかった。
信じたくなかった。
たとえしかと彼が人を殺す光景を我が目に焼き付けてしまっていたとしても。
心が受け入れられるはずがないのだ。

だからだろうか。
少女は泣くでもなく喚くでもなく、この期に及んでただ、自らを害そうとする男の歌が無性に聞きたくなった。
こんな時だからこそ、絶望の中で喘ぐ少女は、希望に満ちた男の歌が聞きたくなった。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「やーやー、参った参った。本当に参ったヨー。
 メイドロボなんていうロマンな存在をこのはるちんが知らないなんてと思っておりましたが、そりゃあ天国産じゃあ知るわけもなく」

三枝葉留佳は笑っていた。

「おまけにさっきのあの子は天使さんということですかー? 
 うっはー、すげえぜ、天国! 美少女、いっぱいじゃねえかあ! 
 あ、でも、あのケモミミ野郎は獄卒っぽいってことは、もしやここは賽の河原!?」

けたけたと、けらけらと、乾いた音を立て、笑っていた。

「親よりも早く死んだ子どもは罰を受けねえとだめってことですかい。つまりはその罰が殺し合いっつうわけですな。知ってますヨ、はるちん」

可能性にすぎない話を受け入れて。
自分は死んだのだと決めつけて。

「三枝、お前……」
「お、おい、どうしちまったんだよ、何いってんだよ!?」
「はるはる……?」

何かを理解したかのように目を細める音無の声も、突然の変容に呆然としている岡崎とシルファも無視して。

「極卒達は、な、なんと! 積み上がった石を崩しちまうとか。
 あれ、でもあの極卒さん、石どころか直接子ども達をぶっ殺そうとしてましたなー、こう、ぐしゃりと。
 いやあ、賽の河原っつうよりも、もはや地獄じゃないですかー」

あーまたですかと。
いつものことだよねと。
自嘲と諦めを含んだ声で笑っていた。

「……死んでからも地獄だなんて、素敵過ぎるじゃねえか、このやろがーっ!」

呪詛と憎悪を込めてワラッテイタ。

「だいたいなんですか、それは? 親より先に死んだから罰だあ? またですか、そうですか、またあいつらのせいかよ!
 その上名簿に載ってないってことは、あいつらは生きたままってことですか。子どもを生贄に捧げて逃げた親にはお似合いですなー」

生まれて間もない自分を見捨てて家を出ていった両親を。

「あ、でもでも。“あいつ”の名前が載ってるってことは、あいつも死んでるんだよね?」

自分から全てを奪った双子の姉妹を。

「……ざまあみろ。ほんといい気味! あははははは! えらそうにしていたくせに!
 あたしより長生きできないんじゃ世話あないよねー」

ただただただただ嘲笑っていた。
けたけたと。
ケラケラと。

「ね、そう思うでしょ、朋也くん?」
「な、何いってんだよ。なんでそこで俺に振るんだよ」
「さあ、なんでだろ。なんとなーっく、朋也くんなら分かってくれそうな気がして」

なんとなくはなんとなくなのだ。
理由なんてない。
理由なんて……理由?

ピタリと、葉留佳の狂笑が止む。
当たり前といえば当たり前過ぎる疑問に行き着いてしまったからだ。

「はて、なんでといえば、疑問が一つ。はるちん、なんで死んだんだろ?」

問うまでもなかった。

「……決まってるよね」

その問への答えこそ、葉留佳にとっては当たり前のものだった。

奪われてばかりの人生だった。
家族も、自信も、居場所も、存在価値も。
全部、全部、全部、三枝葉留佳は奪われ続けた。
過去の栄光に縋り、自分達の神を崇める愚かな血族。
彼らの傀儡たる姉妹により、葉留佳はずっと、ずっと、ずっと、奪われ続けた。
今回だってそうだ。
きっとそうなのだ、そうに違いない!

「私っからいつも何か奪うのは、あいつだもんね。あいつが、二木佳奈多があたしを殺したんだ」

二木佳奈多。
優秀な片割れ。
三枝葉留佳の比較対象。
全てが葉留佳より優ってるとされ、その結果、犯罪者の娘だというレッテルを一人、葉留佳に押し付けた、諸悪の元凶!

(あいつだ、あいつが殺ったんだ。全部あいつのせいなんだ。あたしは悪くない、あたしは悪くない!)

音無も言っていたではないか、死者の中には直前の記憶を失っている者もいると。
自分もそうなのだ。
ただ、忘れているだけなのだ。
だからこれは被害妄想なんかじゃない。
真実だ。
三枝葉留佳にとっては疑いようのない真実だ!

「そうだ、そうに決まってる。理樹くん達が死んでるのもそうなんだ」

三枝の家にいる時、葉留佳は学校に行くことさえも許してもらえなかった。
それが通学できるようになったのは、佳奈多が逃げた両親を探し出し、葉留佳を彼らに預け、三枝の家から追放したからだ。
別に感謝なんてしていなかった。
佳奈多にとっては単に三枝の面汚しである自分を追い出したかっただけなのだと葉留佳は踏んでいる。
ただ、それでも。
間違いなく、学校に行きだしてからの時間は幸せだった。
どこにも居場所がない家とは違い、学校には自分の居場所があったからだ。
リトルバスターズというありのままの自分を受け入れてくれる最高の仲間達さえできた。
楽しかった。
今までの人生の中で、初めて楽しいと感じられた。
楽しくてしょうがなかった。
なのに、なのに!

「私から、すべてを奪うために、リトルバスターズのみんなを殺して、最後に笑いながらわたしの命を奪ったんだ」

今になって佳奈多は惜しくなったのだ。
気まぐれで与えたものが、予想以上に葉留佳を幸せにしてしまったことを妬んだのだ。
だから、全部奪うことにしたに違いない。
そう考えれば、リトルバスターズのメンバーが全員死んでいることにも説明がつくではないか。
腐っても、三枝家は地元の名士だ。
子どもの一人や二人、殺すことくらい容易いことだろう。

何よりも。
葉留佳が全てを失うことになったきっかけは。
佳奈多と比べられて育つことになった理由は。
異父重複受精だった自分達双子の父親が、犯罪者だったからではないか。
なら、ならば。犯罪者の娘ならば。人殺しくらいやすやすとできてもおかしくはない!

(はて? この理論だと、つまりはあいつが犯罪者の娘ということになるってことじゃあないですか。
 そうだよ、やっぱり私じゃなかったんだ! 悪くなかったんだ! 悪かったのはあいつだったんだ!)

ようやく掴んだ真実は、けれど、葉留佳にとって今更のものだった。
だって彼女達は死んだから。
二人揃って死んだから。

「それで自分まで死んじゃってるってことは、りきくんや恭介くんが刺し違えてくれたのかな?
 さすがりきくんです。偉い子偉い子なのですよ~」

嬉しいことのはずなのに、ぼろぼろと涙が零れ落ち始める。
何度でも言おう、いまさらなのだと。
自分が犯罪者の娘じゃないと分かったところで、奪われたものは戻ってこない。
どころか、巻き添えにしてしまったと思い込んでいるリトルバスターズのメンバー達が、代わる代わる葉留佳の脳裏に現れ彼女を苛んでいく。

おまえのせいでぼくたちはしんだって
ぜんぶおまえがわるいんだって
おまえなんかいらないって

(ごめんなさいごめんなさい巻き込んじゃってごめんなさい
 私のせいですごめんなさいごめんなさい全部私のせいですごめんなさい)

幻影の彼らにいくら謝れど、葉留佳の涙が神に許され酒に変わることはなかった。
真に望んでいたはずの人の輪にも、葉留佳はもう帰れない。
結局、三枝葉留佳は、どこまで行っても、死んでからでさえ、奪われ続ける宿命だったのだ。

「私、こんななら、こんななら――生まれてこなければよかった」
「……そうか、お前も、直井と同じで」
「へー、わたしみたいな人もその戦線の中にいたんだー。少佐、もう一つ証拠が増えましたぜ! やっぱりあいつがわたしを殺したんです!」

諦めと共に静かに呟く。
それを目ざとく聞きつけた音無は何か得心が言ったようだった。
どうでもいい。
自分と似た人間がいようが、そいつが今、どんな想いでこの地にいようが、そんなのはどうでもいい。
あれだけ求めていた居場所を失くしてしまった葉留佳に残されているのはただ一つ。

「あ、よくよく考えればチャンスじゃね、これ? 
 どうせ死んじゃってるけど、せっかくの機会だし。
 あいつより先に死んじゃうのも癪だし。今度はわたしがあいつから……」

消える事無き、半身への恨みだけだ。

「いいかげんにしろよ! 奪うとか、殺すとか! 
 偉いわけないだろが! 死ぬんだぞ、死んじまうんだぞ!? 
 偉いわけ無いだろが! 命を何だと思ってるんだ! それに、お前の命だって!」
「うるさい、離して!」

その恨みさえ、どうやら糞ったれな三枝の神さまは晴らさせてくれないみたいだ。
ぐらり、と葉留佳の身体が大きく傾く。
足を怪我し、一人で立てない身であるのに、肩を貸してくれているシルファのことを突き放す勢いで音無から逃れようとしたのだ。
葉留佳同様ありもしない罪に囚われ気力の削がれていたシルファは暴れる少女一人支えることもできず、突き飛ばされる。
それは同時に、葉留佳が支えを失うということで。
ぐしゃり、と。
少女は自らの流した涙で濡れたアスファルトの上に崩れ落ちた。

「はは、あれですか。負け犬には地を這い蹲る姿がお似合いってえことですか。
 笑え、笑えよ、本家の連中みたいに。わたしを見下ろしてさ」

その痛々しい様に、誰もが言葉を失った。
何かを伝えようとした音無でさえ、一度強く唇を噛みしめると、視線を葉留佳から、倒れたシルファへと移す。

「シルファ、立てるか?」
「らいじょうぶ、なのれす……」
「そうか。だが三枝のことはしばらく俺達に任せろ。岡崎、もう片側を頼む」

シルファの無事を確認した音無は、今度は葉留佳の右側へとしゃがみ込み、肩を貸してきた。
ありったけの呪詛を出しきったからか大人しくなった葉留佳は、されるがままに、立ち上がろうとして。

気付く。
“左側”を任されたはずの朋也が、苦悩も顕に立ちすくみ、一向に葉留佳に“右肩”を貸そうとしないことに。

「岡崎、お前、まさか……」
「……っ、すまない、三枝、俺は、俺のっ」
「あーあー、いいんですよ、いいですよ」

何かに気付いた音無と、何かを伝えようとする朋也を遮り、再び葉留佳は乾ききった笑みを浮かべる。
そうして少女は言葉を吐いた。
それは、葉留佳にとっても、この場の誰にとっても、とびっきりの呪いの言葉だった。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


芳野祐介はかつて、光の中にいた
それは単に、多くのスポットライトやコンサートスティックに照らされていたということの比喩ではない。
愛を歌い、命を歌っていた祐介は、文字通り“光”だった。
絶望にくれる者達や、怠惰に沈む者達にとっては、生きる希望を与えてくれる“光”だった。
だが、当の祐介にとって、その“光”は強すぎた。
ある難病を抱えた子ども達の施設を訪れたことで、自分の歌がどれだけ多くの人の人生の支えとなっているのかを知ってしまった祐介は。
その重責に苦しみ、強すぎる自らの“光”に焼かれ出した。
それでも、祐介は歌を止めることができなかった。
彼が歌うのを止めてしまえば、あの子ども達のような多くの人間が、生きて行く希望を失ってしまう。
実際に一つ、彼が歌から離れようと休暇をとっていた時に事件が起きたこともあり、祐介は強迫観念に支配され、歌い続けた。
文字通り血反吐を吐く想いで支離滅裂な歌を歌い続け。
挙句の果てには歌を歌い続ける為に手を出した麻薬が元で歌えなくなり。
太陽に近づきすぎ、自らが太陽と化してしまったイカロスは、哀れ、羽を失い、地へと堕ちた。

けれども、それは、祐介にとっての救いだった。
彼を待ち続け、堕ちた心と身体を受け止めてくれた人が、地上にはいたからだ。
彼はようやっと、自分だけの“光”を見つけた。
それは昔彼を焦がし続けた“光”と比べて、本当に小さなものだったけれど。
祐介にとっては他の全ての“光”よりも大切な、ただ一つの灯火だった。

だから、だから。
この道を選んだことを、祐介は後悔していない。
護りたい“光”の為に、“闇”の道を行くことに、一切の躊躇はない。
神が何度も何度も皮肉な出会いを以てして問いかけてきても。
芳野祐介は揺らがない。

それがたとえ、自らが殺した少女の想い人を相手にしてでも。
在りし日の自分のファンで出会えてよかったと言ってくれた子どもを人質にとっても。

芳野祐介は揺るがなかった。
揺るがな、かった。
それを前にするまでは。
その瞳の奥に眠るものを垣間見る前は。

(くそっ! どこまで、どこまで俺を試すようなことをすれば、神様ってのは気がすむんだ!?)

湧き上がる感情を必死に押しとどめ、表面上は冷静を保つ。
祐介には、一時の相棒であるカルラのような卓越した武力はない。
電気工を職にしている以上、一般男性よりは体力があることは確かだが。
それでも、凡人の範疇である以上、数や装備の利で軽く覆される程度の優位性だ。
愛する人のために、死ぬ訳にはいかない以上、祐介は打てる手は全て打つことを選んだ。
その為に、恭介が怒りに囚われ、視野が狭くなった隙をつき、人質を取るという非道な真似もした。

しかしそれは失敗だったのかもしれない。
或いは、自らを好いてくれたファンの想いを裏切った罰だろうか。
少女の首をフックし、掲げ上げ、銃を突きつけたその時。

「あ……」

僅かに響いた悲しげな女性の声。
それを追い、恭介の背に庇われるように立つ一人の少女と目を合わせた時、祐介は。

不覚にも、一瞬、小女以外の全てが、脳裏から消え去っていた。
それほどまでに、少女は、須磨寺雪緒が芳野祐介に与えた印象は、圧倒的だったのだ。

(なんて美しいのだろう)

少女を直視してあろうことか、祐介は第一にそう思った。
それ以外に雪緒のことを言い表すすべを祐介は知らなかった。
一線を退いたとはいえ、祐介は一つの時代を築き上げたアーティストだ。
その感受性は、恭介や木田姉妹のものとは段違いの良さだ。
故にこそ、ただ一目見ただけで、否、ほんの僅かといえど、雪緒が感情を揺らしてしまった声を聞いてしまったからこそ。
祐介は直感的に、少女の本質を悟ってしまった。

かつて、生きることを醜いこととし、醜いからこそ、美しいと感じたように。

(そして、なんて醜いんだ……)

祐介は雪緒を、雪緒を通して見た“死”の醜さを痛いほどに理解してしまった。

(さしずめ、彼女は死の天使といったところか?
 なら俺はどうなんだ? 三人もの罪なき人々を殺めてきた俺は……)

自分がこれまでにもたらし、これからももたらすであろうものの醜さを、理解してしまった。

芳野祐介はかつて光の中にいた。
今は闇の中にいる。
そして、そしてその果ては。
かつて“光”に焼かれたように。
今度は“闇”に溺れてしまうのではないか。

“光”と対を成す“闇”のおぞましさを知ってしまった祐介を、新たな恐怖が襲う。
人は堕ちる時はどこまでも落ち続けるのだということはこの身で十分思い知っている。
誰かの為に“無理して歌った”あの時のように。
たった一人の為に“無理して人を殺している”今もまた失敗してしまうのでは。

恐ろしかった。
ただただ恐ろしかった。
あの時はまだ良かった。
失うのは芳野祐介の全てでことが済んだ。
だが今回は違う。
失うのは、我が身全てですら引換にしても足りない程のものだ。
愛する者だ。

ああ、そうだ。
そうなのだ。

たとえ他の全てがあろうとも、一番大切な人がいなければ、何も無いのと同じだ。

ならば。
ならば。

迷うことなどない。
恐れるものなど何もない。
たった一つの灯火をこの胸に抱き、“闇”の底だろうとなんだろうと。
大切な人を護るために、どこまでも深く、深く、堕ちてやる。
死神にだってなってやる。

(俺は、“光”でも“闇”でもなく、俺の“愛”を信じる……ッ!)

永遠にも思えた思考の闇から回帰する。
どうやら思ったほど闇に囚われていた時間は長くはなかったらしい。
一度強く、雪緒を睨みつけた後に、恭介へと注意を戻したが、変わった様子は見られなかった。
だが、これ以上、人質をとった上で、何も要求しないのでは、こちらに何かがあったと悟られるかもしれない。
そう判断した祐介は、デイバックを投げてよこすよう命じつつ、同時に、まだ答えが返ってきていない問を再び恭介へと投げかけた。

「もう一度聞く。あの子の最後の様子を聞きたいか?」

答えは言葉よりも雄弁な形で返された。
命令に従い祐介に投げ渡されたデイパック。
それが突然、火の玉と化し祐介を襲った。




:[[]] 時系列順 134-2:レクイエムは誰がために(中編)
133:Sorrowless 投下順 134-2:レクイエムは誰がために(中編)
129-2:喝采すべき、英傑の唄(後編) 音無結弦 134-2:レクイエムは誰がために(中編)
三枝葉留佳
シルファ
岡崎朋也
立華奏
カルラ
芳野祐介
香月恭介
須磨寺雪緒
春原芽衣

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最終更新:2011年09月30日 20:15