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かつて、光の中にいた ◆Sick/MS5Jw




暗い洞窟だった。
湿った岩肌を垂れ落ちる雫が時折小さな水音を立てる他には音もなく、
這い回る小虫の気配だけが微かに揺らぐ澱んだ空気が、闇に溶けている。

「―――好きな人がいるんです」
「そうか」

闇の中から、声がした。
声は二つ、少女と男。

「ずっと、一緒にいたんです」
「そうか」

静かな声だった。
薄明かりもない暗がりに沈んでいくような、声。

「楽しそうに笑う人なんです」
「そうか」

静謐の中にあってなお幽かな少女の言葉に、応える男の声もまた、
どこまでも沈み込むように、重い。

「いつも、みんなの真ん中にいるんです」
「そうか」

それは、明けぬ夜に温もりを思うように、遠く。
降る雪の、差し出した掌に溶けるように、儚い。

「たくさんのことを教えてくれるんです」
「そうか」

少女の声に、闇が降る。
男の応えに、降り積もる。

「だけど、くだらない嘘も、よくつくんです」
「そうか」

含まれたのは、小さな笑み。
投げられた小石に水面のさざめくように、闇に波紋が拡がって、

「いつも、助けてくれたんです」
「そうか」

そうしてすぐに、沈んで消えた。
あとには何も、残らない。

「優しい、人なんです」
「そうか」

無尽の漠野に、積み上げた石の、崩れるように。

「大好きな、人です」
「そうか」

響いた声の、澱みに溶けて、消えるように。

「ずっと、一緒にいたいです」
「そうか」

闇に命の、潰えるように。

「ずっと、ずっと」
「……」

何も、何も、残らない。

「そいつの、名前は」
「恭ちゃ……香月、恭介」

ただ一つの、名前を除いて。

「覚えておく」
「……」

ただ一つの、想いを遺して。

「……すぐに、終わる」
「……、……っ!」

声が、震えた。
静謐が、崩れた。
限界だった。
圧し潰した恐怖が、ねじ伏せた怯懦が、少女の奥底から迫り上がり、
その全身を冒していた。
瘧のように震える身体を掻き抱いた少女の、爪が腕に食い込んで、
痛みが口を開かせて、

「さよなら、恭ちゃ……、」

その名を、呼ぶと同時。
銃弾が、少女の生を終わらせた。


◆◆◆


響いた銃声が、洞窟の中に反響して消えるまで、暫くの時間を要した。
やがて、それが完全に消える頃、闇に小さな光が灯った。
男の点けた懐中電灯だった。

片手に銃を下げたままの男が、懐中電灯で照らされた小さな光の輪の中で何かを探している。
少女の骸の傍らに置かれた荷物のようだった。
足先で乱暴にそれを蹴倒し、中身をまさぐる。
ペットボトルや、携帯食料や、コンパスや筆記用具が散らばり出てくる中で、硬い音がした。
男が、光の輪を向ける。
少女に支給された、それは道具のようだった。
プラスチック製の薄く四角い何かが、光を反射して煌めいていた。
一枚のCDケースだった。
赤と黒を基調にした毒々しいイラストと文字に彩られた、市販の音楽CD。
闇の中、ピンスポットのような小さな光の輪の中に浮かび上がったそのジャケットに
刻まれたアーティストの名は、

 ―――Yusuke Yoshino

瞬間、光が消え、同時に銃声が響いていた。
続けてもう一発、二発。

「……バカにしやがる」

取り落とした懐中電灯がかろうじて照らす、砕け散ったCDの欠片を踏み躙って、
男が小さく声を漏らす。

「本当に、バカにして……っ!」

漏らした声は、いつしか激昂に変わっていた。
手で顔を覆い、瞳を覆って闇に包まれながら、芳野祐介は自らの過去を踏み砕いている。


 【時間:1日目午後2時ごろ】
 【場所:D-7 鍾乳洞】

芳野祐介
 【持ち物:ベレッタM92(残弾11/15) 水・食料一日分】
 【状況:健康】

折原明乃
 【状況:死亡】



036:小さなブリリアント 時系列順 041:やったねすばるちゃん!!声が届いたよ!
036:小さなブリリアント 投下順 038:翔る鳥
GAME START 芳野祐介 070:ただ、幸せな、笑顔
折原明乃 死亡


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最終更新:2011年09月03日 10:17