ただ、御許で、永遠に、咲き誇って ◆auiI.USnCE
――――何時までも、何時までも、何時までも、お傍に。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ユイちゃんっ! ユイちゃんっ!」
紅い紅い夕焼けが、少女達を照らしている。
けれど、一人の少女はやすらかそうに目を閉じたまま、永遠に開かれる事はなかった。
幾ら呼びかけても、返事は返ってくることは決して無く。
鮮やかな薄紅色の髪を、それよりも鮮やかな真紅の血の色で染め上げながら、
――ユイという少女は死んでいた。
けれども、ユイを抱えている少女は未だに呼びかけを止めはしない。
薬師である彼女――エルルゥはユイが恐らく死んでいる事をもう理解していた。
理解はしていたが、認めたくなかった。
あれだけ、明るかった子が、あれだけ、自分の意志を見せてくれた子が
自分の大切な仲間に、家族に殺されたなんて、信じたくなかった。
ユイを殺してしまった女性――トウカはそのエルルゥの様子を、静かに、感情を殺しながら、見つめていた。
そのトウカの手には、くすんだ紅を塗り替えるように新しい真紅の血がついている木刀が握られている。
後悔は無いとトウカは心の中で言葉をただ繰り返す。
だから、あのまま逃げなかった。
エルルゥを、仲間を、殺すために。
なのに、心のざわつきが一向に収まらない。むしろ酷くなっていくばかりだ。
自分が殺した少女の言葉が心に突き刺さったまま、抜ける様子が無い。
けれど、それをトウカは表に出す訳にはいかない。
このまま、忠尽くすべき聖上の為に殺すだけ。
たとえそれが、仲間でも変わらない、そのはずだ。
「――どうして、どうしてですか?」
なのに、エルルゥの眼差しがどうしてこんなに心を貫くのだろう。
どうしてと純粋な目で問われると言葉が紡げない。
口がぱくぱくと息を求めるように動くだけだった。
「優しい、優しい、いい子だったのに」
本当に哀しそうなエルルゥの表情を見て、トウカは目をふせてしまう。
言い訳なんて、出来る訳が無い。する訳が無い。
言葉を発する事も無く、ただ立ち尽くすだけだ。
「お嫁さん……ですって。トウカさん。私とトウカさん、二人に資格あるって事……言ってくれたんですよ」
エルルゥは亡くなった少女の頭を静かに撫でながら、優しげに語る。
今、ここで早くエルルゥを殺してしまえばいいのに。
それをトウカには行う事が出来ない。
金縛りがあったように、その場で立ちすくんでいる。
「トウカさんもハクオロさんの事、大好きなんですよね? ねえトウカさん……止めましょうよ、こんな哀しい事」
その言葉は、祝福のようで、また呪詛のようでもあって。
まるで、母親の優しい温かい言葉のようで。
トウカの心にしみいって来る。
「この子言ってましたよ……笑って、喜んでって……お嫁になるって事は……幸せになるって事だって……だから、トウカさんもいいんですよ」
お嫁さん、と言う言葉にトウカは苦しくなっていく。
救いの言葉を慈悲深い目をしながら伝えてくるエルルゥを、信じたくなってしまう。
殺そうと言う気持ちが、薄くなってしまう。
「一緒に……皆と一緒に、幸せになっていいんですよ……だから、こんな事止めましょう……きっとこの子も許してくれるはずです」
エルルゥは儚げに微笑んで、トウカに心からの言葉を伝える。
慈母のような眼差しが、真っ直ぐにトウカを射抜いて。
木刀を持っている指が震えて、言う事が聞かなくなってきて。
心が揺さ振られて、堪らなくなってくる。
そして、手に持っていた木刀が、するりと抜け落ちようとした瞬間、
――――さて、定刻となった。
流れ始める、モノ。
誰かの死を告げる、無慈悲な放送が、静かに聞こえだした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あぁ……ああああ……あぁ!」
沈む夕陽と共に、空に響くすすり泣きの声。
トウカは沈痛な表情で、泣いているエルルゥを見つめている。
呼ばれた三つの名前。
ウルトリィ、ユズハ、そしてアルルゥ。
大切な仲間であり、家族である大切な仲間達。
トウカにとっても、衝撃であり、それは胸が張り裂けるくらい哀しい事だった。
特にユズハやアルルゥはか弱い子供なのだから、きっと抵抗できずに無残に殺されただろう。
けれど、いずれ自分で殺す存在であると思っていた、思おうとしていた。
だから、哀しくても、大丈夫だと言える。
でも、彼女は、エルルゥは。
「……アルルゥ……アルルゥ……」
肩を抱いて、涙を流して、哀しんでいるこの少女にとって。
アルルゥという存在は唯一無二の、とても大切な妹なのだから。
エルルゥは姉として、時として母のように厳しくも優しくアルルゥを見守っていた。
そんな、アルルゥが死んでしまった。
そのエルルゥの哀しみを、トウカが理解できるのだろうか。
出来る訳がない、その哀しみを語る事なんて、出来る訳がない。
「いや…………いやぁ…………アルルゥ……アルルゥ」
エルルゥはそのまま両手で顔を覆い、慟哭を止める気配がない。
これが慈母のようなエルルゥなのだろうか。
今は違う、ただ一人の妹を失った小さな女の子でしかない。
トウカは何か言葉をかけようとして、そして思いとどまってしまう。
かける言葉なんて、見つからない。
余計な同情は彼女を苦しめるだけだ。
じゃあ、自分はどうすればいい?
――――彼女を殺す?
これ以上、哀しまないように。
これ以上、苦しませないように。
それが、最善であり、最良なのだろうか。
いや、忠義を果たす為にやるべき事だろう。
元々、そのつもり、そのつもりなのだから。
けれど、けれども
(――――そんな事……できるものかっ!)
そんな事、できやしないかった。
武士を名乗る資格が無いとしても。
もう、血塗れた手だとしても。
家族を失って哀しんでいる彼女を。
共に過ごした家族である彼女を。
彼女に自分が与える事が出来る事が殺す事なんて、思いたくない、考えたくもない。
じゃあ、どうすればいい?
殺さず見逃すこと?
何か言葉をかけて慰める事?
こんなトウカが彼女に出来る事は……
「ねぇ……………………トウカさん」
虚ろな目で、エルルゥが此方を見つめてくる。
そして、
「――――私を殺してください」
結局、トウカにとって、エルルゥに出来る事は、殺すことでしかなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…………エル……ルゥ殿……?……ふざけた事を言わないで……くだされ」
何故、何故なのだろう。
不思議なぐらい喉が渇いて、言葉が上手く出せない。
今、目の前に居るエルルゥが言った願いを嘘だと言って欲しい。
「ふざけた事じゃないです……トウカさん。お願いです」
けれど、彼女は嘘だと言わなかった。
殺して欲しいという残酷じみた懇願を真実だと言った。
それでも、トウカは信じたくなかった。
「嫌でございまする……そんな願い……あんまりでございましょう」
あんまり、あんまりだ。
聖母のような慈しみと優しさを持った彼女が。
妹の死で、自らの死を選ぶというのだとしたら。
哀しすぎる、哀しすぎる事だろう。
「エルルゥ殿……貴方は言っていたではないか……お嫁さんだって……幸せになれるって……言っていたのではないのですか!」
エルルゥは言っていた。
笑って、祝福されて。
それがお嫁さんだと。
優しさに満ちた笑顔で。
自分を止めようとしていた。
そうだ、エルルゥはお嫁さんになると言ってたではないか。
エルルゥには、幸せになる権利があるって。
「だからエルルゥ殿にも――――」
トウカはその事を言葉にしようとして。
「――――でも、トウカさんは殺すのでしょう? ハクオロさんの為に」
言葉が、紡げなかった。
金縛りにあったように、虚ろな目をしているエルルゥに釘付けになってしまう。
背負ってる罪を突きつけられてように、エルルゥの言葉は鋭くトウカの心を抉っていく。
これが、報いの一つか。
大切な人を護る為に、無垢な人を殺した報いの一つだ。
トウカは無垢な人を殺した、その事実が、結果としてエルルゥの命すら奪おうとしている。
「で、ですが……エルルゥ殿には聖上が……慕っている聖上がいらっしゃるではないですか!」
そうだ、エルルゥには慕っている聖上、ハクオロがいる。
エルルゥが心底惚れていて、慕っているあの聖上が。
聖上がいるのに、エルルゥが死を選ぶなんて……
「――――知ってますか? 私がハクオロさんを慕っているのは、『アルルゥを救う』為に、契約で作られた感情でしかないんですよ?」
けれどエルルゥは冷たく、哀しい『真実』を伝える。
嘘だとトウカは叫びたかった。そんな哀しい事あってはいけないのに。
なのに、エルルゥの表情から、嘘ではないことを察してしまう。
信じたくない、信じたくなかった。
奥方に相応しい彼女が、そんな事を、言うなんて……
考えたくない、信じたくない、思いたくもない。
だからトウカは、
「作られた感情だとしても――――エルルゥ殿、貴方が聖上に見せていた感情はそれ以上のモノだ!」
エルルゥを否定する。
作られた感情だとしても、それが偽りから出来たとしても、
「ユイ殿に語ったエルルゥ殿の聖上への想いは……本当の温かい想いだった……そうであろう……?」
幸せそうに語ったあの想いは、何よりも温かいものではないか。
何よりも可憐で、綺麗で、輝いていた宝石のような想いではないか。
それこそが、エルルゥの作られた感情を超えた『本当の想い』だったと言えるだろう。
「聖上の傍に居るのは、エルルゥ殿……作られた感情を超えた『本当の想い』を持つ、貴方でなければならないはずだ」
だから、トウカは力強く、聖上の傍に居なければならないと言う。
これはもうエルルゥを殺すとか、そんな問題ではない。
心から、彼女に伝えたかった言葉だから。
その時、
初めて、エルルゥの虚ろの目に、感情が篭り、そして揺れた。
「――――もう」
そんなエルルゥの瞳から、雫がこぼれ始めて。
それは、哀しみを象徴する冷たい涙で。
「哀しみたくないんです……アルルゥが死んで、こんなにも、空っぽなのに、苦しいのに」
泣きながら、トウカに近づいてきて。
トウカは、そんなエルルゥを見ながら、動く事ができなくて。
「――――もし、ハクオロさんが死んだら、私は耐えられない」
ああ、この人は。
強い少女でもあって、とても脆くもあったのだ。
優しくも、慈しみのある少女は、こんなにも弱かったのだ。
「きっと、狂い泣くでしょう。哀しみと苦しみで、きっと、生きていくのが苦しいぐらい」
一歩、一歩、近づいてくる。
嫌だと、トウカは思う。
怖いと、トウカは思う。
これから、起こる事がとても、嫌で怖い。
「此処で、トウカさんと会えたのも、定めかもしれません」
ここで、トウカと出会わなければ。
まだ、彼女は生きていく事を選択したかもしれない。
だけど、トウカと出会ってしまった。
「私はハクオロさんが大好きです。頼りになるし、凄くかっこいいし、優しいし、傍に居ると、温かくなるぐらい……大好きです」
彼女は、可憐に笑って、想いを告白した。
きっとそれは、偽りの感情を超えた本当の想いなのだろう。
けれど、今はそれが、とても重い。
「けれど」
エルルゥは、トウカの目の前に立つ。
彼女は笑っていた。
自分は泣きそうになっていた。
「それは、トウカさんだって同じだから」
トウカの想い。
ハクオロに抱く想い。
それは、言われるまでもなく、エルルゥと一緒で。
だから、エルルゥは泣きながら、笑って、言葉を紡ぐ。
「トウカさん、お願いです。
私の分まで笑っていて。
私の分まで幸せになって。
私の代わりに、ハクオロさんの傍にいてあげてください。
それが、きっとハクオロさんの為になると信じています」
エルルゥは微笑んで、トウカの手を取る。
トウカが持っている木刀の先を細い首にあてて。
トウカは、静かに涙を流していた。
哀しすぎる、哀しすぎて。
「トウカさんはこれからも殺すのかもしれないけど……もし叶う事ができるのなら……」
エルルゥは、言葉を紡ぐ。
エルルゥの思いをトウカに受け渡すように。
子守唄を歌うように。
「――――何時までも、何時までも、何時までも、お傍に」
トウカがハクオロの傍に居ることを願った。
「嫌だ……止めて……くれ」
張り裂けそうになる心をトウカは必死に抑えて。
喘ぐように、言葉を紡ぎ。
目の前で死のうとする少女に、トウカは懇願するように。
「お願いだ……」
きっと、これからトウカはエルルゥの呪いにも似た願いを受けて、生きていかなければならない。
どんなに苦しくても、哀しくても、ハクオロの為に。
それは、いい。叶えて見せよう。
けれど、けれど。
こんなにも、ハクオロのことを想っている少女を、殺したくなかった。
こんなにも、優しくて、慈しみを持っていて、一途な少女を。
ただ、殺したくなかった。
「嫌だ……某に……某に殺させないでくれぇええええええええぇえぇえええぇぇええええぇええっ!!!」
エルルゥ
【状況:死亡】
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
紅い紅い夕陽を浴びるように。
死んだ少女の傍に花がひっそり咲いていた。
姉妹のように寄り添っているように見えるし。
夫婦のように寄り添っているようにも見てた。
少女がずっと願っていたように。
何時までも、何時までも、何時までも、傍で。
永遠に、永遠に、永遠に、花を咲かせていてた。
【時間:1日目午後6時半ごろ】
【場所:F-5】
トウカ
【持ち物:木刀、サクヤの支給品、
銀のフォーク、
UZI(残弾零)、予備マガジン*5、水・食料三日分】
【状況:健康】
最終更新:2015年03月28日 20:52