「あさはかなり……」 ◆LxH6hCs9JU
突然だが、十波由真の今日を振り返ってみたいと思う。
朝、いやそれが本当に朝だったのかどうかは定かではないし、日の高さを見るにたぶん昼なのだろうが、とにかく朝。
目覚めると、天使の羽を生やしたオッサンがいた。ああいや、オッサンと称すのは失礼かもしれない。
しかしあの渋い声は若者に出せるものではない、という意味ではオッサンだ。顔は美青年なのだが、ボイスイメージはオッサンだ。
もちろんそのオッサンとは由真の父親でもなければやたらガタイのいいおじいちゃんでもなく、幼い頃夢に描いた王子様とも違う。
そもそも天使の羽ってどうなのよ。コスプレってやつ? なんか、イタイっていうか、コワイっていうか、へんじんっ。
初見一発で、由真はそのオッサンに恐怖を抱いた。この恐怖の度合いは、最初は小さくかわいいものだったのだ。
そう、たとえば学校から家に帰ってとりあえずテレビをつけ、ちょうど放送していた通り魔のニュースを見て「世の中ぶっそーだなー」と思うくらいの恐怖だった。
それが一転して、「げっ! これうちの近所じゃん!」というくらいにまで跳ね上がったのは、オッサンの口から『殺し合い』という単語が出た瞬間。
オッサンはその渋い声で淡々と遊戯の説明を語っていったりするものだから、あーこれはドッキリとかじゃないんだな、と本能で自覚できてしまった。
だって、あの人
ルール説明のときまったくつっかえなかった。読み上げソフトみたいにスラスラだった。記者会見に臨む政治家に見習わせたいくらい。
それでもって実際になんか人がぱーんってなってどばーってなったときにはもうなんかああこれはマジなんだなと、そして由真は腹をくくった。
十波由真。ちなみに、本名は長瀬由真。「十波」は祖母の苗字で、「あいつ」に名乗ったのはこちらだった。ほんの小話。
将来の夢はかわいいお嫁さん。本当のところは模索中。ダニエルになりたかった。今はどうなんだろう? やりたいことが見つかりません。
自分でも宙ぶらりんだとは思っているし、だからといってまだまだ恋愛も青春も謳歌したい年頃。花の女子高生様だ。
こんな自分がこんなワケのわからない状況で死んでいいはずなんてない。これは自惚れとかではない、世界と運命への主張。
ただ……いつもみたいに『流されるがまま』じゃダメだ。絶対にダメだ。痛い目を見る。
それだけはわかった。それだけはわかったから、がんばってみよう。指針も方針も掴めず、由真はそれだけを徹底することにした。
誰かがああしなさいって言ったからああするんじゃなく、自分がこうしようって思ったからこうする。うん。それだ。
若いうちの苦労は買ってでもしろというが、そんなものは即刻返品だ。生き残ってやる。生き残ってやるぞ。
以上、そんなことつらつら脳内で考えながら、十波由真は山奥、一軒の古びた山小屋へと足を踏み入れていった――
◇ ◇ ◇
「お近づきの印にどうぞ。ヒトデです」
なにか役に立つものがあるんじゃないか、もしくは隠れ家にでもできるんじゃないだろうか。そう思って足を踏み入れたのだ、この山小屋には。
しかし、山小屋の中には先客がいた。見た目自分よりも幼い感じの、女の子が。由真はドキリとした。「生き残ってやるぞ!」がいきなり「しぬ!」になった。
本当に、それくらいびっくりした。でも今は落ち着いた。一言二言交わして、女の子は自分に危害を加えるような人間ではないと悟ったからだ。
「……なに、これ。星?」
座布団みたいな気の利いたものは置いていなかったので、木張りの床に正座して向かい合う。山小屋の中は酷く狭い。小屋というより物置だ。
由真は女の子から手渡された五角形のそれ――木を彫刻刀かなにかで削って星型にしたもの、としか形容できないものを、しげしげと眺める。
「なにを言ってるんですか。どこからどう見てもヒトデです。それもとってもかわいいヒトデです」
「でも、ほら……ヒトデって、海にいるやつでしょ? これ、木じゃん。全然ナマっぽくないし」
「人を見た目で判断するのはよくないと、偉い人は言いました。ヒトデを見た目で判断するのもよくないと、風子は思います」
じゃああんたは見た目以外のどこでこれを「とってもかわいいヒトデ」と判断したんだ。
そんな疑問を瞳に塗りたくって、視線として放つ。ジト目で睨んでいるとも言う。
ちなみに、今日の由真は眼鏡をつけていない。が、コンタクトはきちんと装着している。あれがないと活動できない。
「えっと……風子ちゃん、だっけ? 小学何年生?」
「風子もう高校生です。小学生なんかじゃありません」
「うそっ!? え!? あなた高校生だったの!?」
「そうです。近所でも極めて高校生らしい高校生だと評判です」
その風評はいかがなものだろう。なにはともあれこの女の子、名前は伊吹風子。見た目は小学生のように幼いが、歳は由真とそう変わらないらしい。
確かに、言われてみれば彼女の着ている制服は小学校のものとは思えないデザインだし、脚を覆う黒のストッキングは大人ぶった女子高生の象徴とも言える。
では、いったいどこに小学生疑惑を生み出す要因があったのか……由真が思うに、ポイントは三つ。
長い髪を結うのに使われているバカみたいにでかいリボンと、サイズが合っていないのか余りまくっている袖口、それになんといっても容姿だ。
「とりあえず、高校生にもなってそのリボンはないと思う」
「初対面の人にいきなりファッションセンスを貶されました! 最悪です!」
自分でも失礼な言動だったとは思うが、口からぽろっとこぼれてしまったのだから仕様がない。由真は謝らなかった。
謝るどころか、さらに眼光を鋭くして相手を威圧する。流されてはいけない。心がけるようにして、由真は言った。
「っていうか、なんでヒトデ……? こんな状況なのに……もしかして、ふざけてるの?」
「さっき言いました。これはお近づきの印です。風子、あなたとは仲良くしておくべきだとビビッと感じました」
電波でも受信しているのか、この子は。
「あなたも聞いてたでしょ? なんか……殺せってさ。遊んでる場合じゃ、ないじゃん」
「そ、そそそ、それはもしかして、遠回しな風子殺害予告でしょうか……? 早まらないでください。檻の中のごはんはとても冷たいと聞きます」
「あたしなんか捕まってる!?」
「でも安心してください。あなたがきちんと自分の罪を認め、刑務をまっとうするというのであれば、月一くらいで面会に行くのもやぶさかじゃありません」
「あれ? あなたが被害者なんだから、面会もなにもないんじゃないの?」
「やっぱり風子を殺すつもりですか!?」
「違うって言ってんでしょーが!」
思わず怒鳴ってしまった由真だったが、すぐにハッと我に返る。
流されてはダメだ。今は切羽詰った状況。殺せとか殺されろとか言われている状況なんだ。
そっと首元をなでる。冷たい首輪の感触がした。これ一発で、すぐ現実に引き戻された。これは、バーチャルじゃなくリアルなんだと。
状況も境遇も、同じ。十波由真と伊吹風子は、対等。そのはずなのに……なのに、目の前の彼女は変わっている。逆境をマイペースで突き進むタイプの変人だ。
「まったく、おかしなことを言わないでほしいものです。風子には全部まるっとお見通しなんですからね」
「……あんたにあたしのなにがわかるっていうのよ」
「わかります。あなたも、このヒトデの魅力にいざなわれた一人なのでしょう?」
風子はビシッ!と両手に持った木彫りのヒトデを突き出してくる。木彫りのヒトデ。うん、木彫りのヒトデだ。それ以上でもそれ以下でもない。
だから由真は、正直に答えた。
「いや全然」
「最悪です!」
目が「><」こんな感じになって、風子は大きくのけぞった。なんなんだろうこの子。とりあえずこの子の辞書に「緊張感」の三文字はない。
そこでふと、由真は風子の発言にある引っ掛かりを覚えた。
「……うん? ちょっと待って。あなた『も』って、どういうこと?」
「あなたで二人目です。風子、ここに九人集まるまで待とうかと思ってます」
後半の部分はスルーして、前半の部分に着目してみる。
あなたで二人目。つまり由真が二人目。二人目ということはつまり、一人目もいるということ。
そしてその一人目というのは、文脈を辿るに決して風子自身のことを指しているわけではないのだろう。となると。
「一人目って、どこ」
「そこにいるじゃありませんか」
風子は、山小屋の隅を指さして言った。
陽の光が当たらず、影になっているそこには、注意深く目を凝らしてみると確かに人影らしきものがある。
人影――ではない。人だ。完璧なまでに人だ。どうして今まで気づかなかったのだろう。女の子だ。女の子が腕を組んで立っている。
由真が見ていることに気づくと、その腕組みをする女の子は微かに唇を動かし言った。
「あさはかなり……」
カーン! とどこからともなく効果音のようなものが聞こえてきたが、おそらく幻聴だろうと由真は深くは考えなかった。
それよりも、今は目の前の彼女だ。風子ではなく、「あさはかなり」と呟いたほうの彼女。由真よりも先にここを訪れたらしい一人目。
髪は長く、しかし風子のようにバカでかいリボンなどつけていない。容姿は大人びていて、風子のような子供っぽさは微塵も感じられない。
身につけている衣服は学生服だが、装飾品がまた独特で、手には手甲、足には足甲、首からは長すぎるマフラー……いや襟巻が、足元まで伸びている。
おかげで首輪が隠れてしまっていて、由真はちょっとだけ「いいな」と思ってしまった。だって、この首輪はあまり人の目に触れさせたいものではなかったから。
「……忍者?」
ぽつりと、由真は口に出していた。少女に対する第一印象。忍者のような装飾品を身につけ、傲岸不遜に腕組みし、「あさはかなり」と口にする少女。
これはもう、忍者だろう。女性の忍者だからくノ一か。あまりそういうのには詳しくないが、まあ、そういうコスプレなんだろうな、と由真は解釈した。
よく見てみると、彼女の履くスカートにはスリットが入っていた。結構深い。ふとももがチラチラ。忍者っぽい装飾品だけでなく、着衣自体も改造制服のようだ。
すごい。徹底してる。ほへー、と感嘆の声をこぼして、由真はそこでようやく自我を取り戻した。
「って、そうじゃなくてぇ! ねえ、アナタ。なんかおかしな格好してるけど、いったい何者よ!?」
仮装少女と仮想少女。この緊迫した状況下に対して二種類の変人。どう考えても普通じゃない。
この二人、ひょっとしたら結託して自分を謀るつもりじゃないだろうか。由真は警戒心たっぷりに身を強ばらせるが、
「あさはかなり……!」
カーン! とまたしてもどこかから効果音のようなものが聞こえてきた。
それにしても、「あさはかなり」。まるで由真の考えを否定するかのような言葉ではないだろうか。
上手く説明することはできないが、なんというか、彼女の言葉には表現しがたい凄みがある。
由真が知らず知らずのうちにたじろいでいると、風子のほうから紹介が入った。
「彼女は椎名さんというそうです。風子のヒトデを快く受け取ってくれました。とてもいい人です」
椎名。それが上の名前か下の名前かはわからなかったが、案外普通だった。
いや、名前などどうでもいい。問題は、この椎名という少女がどこまで本気なのか、だ。
彼女には風子のようなある種のバカっぽさがない。だから安心できないし、警戒心も生まれる。要するに、怖いのだ。
「いい人かどうかは、あたしが決める……っ」
警戒心には敵意が付随するものだ。語気強く放たれた由真の言葉に、椎名はヒュっ、と軽く腕を振った。
椎名の胸のあたりからなにか小さなものが飛び出し、放物線を描いてトンっ、由真の目の前に落ちた。
なんだろう、と覗いてみると……それは、星型の刃物だった。星型の刃物が、木の床に突き刺さっている。
椎名の忍者みたいな格好。そしてこの特徴的な形の刃物。連想するものは一つしかなく、もはや言葉にするまでもない。
風子にもそれはわかっているのか、「フッフッフ」と意味深な笑いを発し、そして自信満々に言う。
「ヒトデですね」
「手裏剣じゃん!」
こんな見るからに鉄っぽいヒトデは初めて見た。いやヒトデではない。手裏剣だ。星型の手裏剣。
五方手裏剣というやつだ。
しかし風子にはそれが理解できないのかそれとも納得できないのかどっちかはわからないが、とにかく不満げな表情を浮かべている。
床に刺さった五方手裏剣をひょいっと拾い、愛でるように手でなでる。しかもすげーいい笑顔で。
「変なことを言わないでください。こんなにかわいいヒトデなのに」
「か、かわいいって……あたし、あんたの美的センスが理解できない」
「それはかわいそうです。これはヒトデの中でもなかなかの……いたっ!? チクってしました! このヒトデ、風子の指を噛みました!」
「噛んだんじゃなくて刺さったんでしょーが!」
「あさはかなり……」
人差し指を咥え、口を窄ませる風子。手裏剣は椎名に返された。なにがしたかったんだこの子は。
由真が頭を抱えていると、風子はまたもや不敵に笑む。そうして取り出したのは、またもや木彫りのヒトデだ。
「鞄の中には、全部で九つのヒトデが入っていました。十波さん、これがどういう意味かわかりますか?」
「お子さまはそれで遊んでなさいってことじゃないの?」
「酷いぶじょくを受けました! 風子、子供じゃありません!」
ぷんすかぷんすかと怒る風子を、由真ははいはいと宥めた。
仕切りなおし。風子は大いにもったいぶった態度でヒトデを示し――語る。
「風子に齎された九つのヒトデ……これはつまり、九人の仲間を集めて野球チームを作れという神様のお告げです!」
……はあ。由真はそんな返ししかできなかった。興奮も一気に冷める。ツッコミ疲れたわけではない。
「なんで野球……? ひょっとして、野球好きなの?」
「いえ、特には。ただ風子知ってます。九人集まってやるスポーツといえば、野球です。サッカーは十一人必要です」
「そりゃそうでしょうね」
「考えてもみてください。各人がヒトデを持った九人の野球チームと、十一人のサッカーチーム。十波さんだったらどっちの仲間になりたいですか?」
「別にどっちの仲間にも入りたくないけど!」
「それは一番ダメな回答です! 選んだ時点で十波さんの運命は決まってしまったようなものです! とても残念な結果が訪れました!」
スポーツが嫌いというわけではなかったが、だからといって好きというわけでもないし、そもそもチームに入る意味がわからない。
いや、意味がわからないのは風子の言動そのものだ。彼女の言うことの八割が意味不明だ。野球チームという発想はどこから生まれたのか、まずそこからお聞きしたい。
「十波さんの言うとおり、風子たちは殺し合いをしろと言われました。でも、風子は毎日が冷たいごはんなんて嫌です」
「殺される心配より刑務所に入る心配かっ」
「ですので、もっと平和的な解決方法を考えてみようと思いまして。鞄の中に入っていたヒトデを見て、ピンときました」
「あ、なんかわかったような気がする」
「野球です……! チームを作って、野球で決着をつけるんです。これなら死傷者は出ません。爽やかに汗をかいてゲームセットです!」
「わかりたくなかった……」
由真は頭を抱えた。とりあえず、悪い子ではないのだろう。いや、悪いといえば悪い。悪いというか緩い。主に上のほうが。
まだ状況が掴みきれていない由真でさえ、彼女の思想は危ないと断言できる。「その気」な人間に出会えば、一発でアウトだ。
生き残ってやる。数十分前の決意を思えばこんなことに手間をかけている場合ではないが、それでも危険は危険、放っておけない。
せめて馬鹿げたことはやめるよう説得だけでもしておこうと、由真は風子の語るプランに常識という名の反論を持って立ち向かった。
十波由真と伊吹風子。お互い、山小屋の中で正座。いたって真面目な正面問答。あーだこーだ。
……と、すっかり風子のペースに流され、自分らしい行動というものを忘れてしまっている由真だった。
あんなに流されるがままでいるのはやめようと心がけたのに。タイミングを見計らうように、そこでカーン!と効果音が鳴った。
「あさはかなり……!」
【時間:1日目午後1時00分ごろ】
【場所:C-6 古びた山小屋】
十波由真
【持ち物:不明支給品、木彫りのヒトデ(1個)、水・食料一日分】
【状況:健康】
伊吹風子
【持ち物:木彫りのヒトデ(7個)、水・食料一日分】
【状況:健康】
椎名
【持ち物:五方手裏剣、木彫りのヒトデ(1個)、水・食料一日分】
【状況:健康】
最終更新:2011年08月30日 18:24