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第五話 千晴ちゃん

 ――あれから数日が経過した
土曜日、俺はふと目が覚めた瞬間に体を起こし着替え始める。

 久し振りに着る野球のユニフォーム、
本格的にユニフォームを着た練習なんて1年ぶりだろうか、俺はそう考えながらズボンのベルトを締める。
 すると2段ベットの上からまだ寝足りなく不満そうな少女の声が聞こえてくる。

「~んん……はこみんどっか行くのぉ~?」

 あ~、起こしちゃったか……気をつけてたんだけどなぁ
時刻は朝の5時、由姫ちゃんが不機嫌なのも無理はない。
 しかし俺も普通ならこんな時間に出かけることはないので、
その着替えている様子を見た由姫ちゃんは俺に問いかけてきたのだ。

「野球するなら連れてってよぉ……」
「いいけど起きれんのか?」

 未だ布団の中で呟くようにしか言えない由姫ちゃんに俺は逆に聞いてみる、
しかし由姫ちゃんには起きる気配もなく、ただ一言だけ呟くとそのまま枕へと顔を埋めた。

「ムリ……ムニャムニャ」

 ……まあ、連れてったらなんか迷惑掛けそうだしなあ、
俺はそのまま着替えを済まし、高校時代の道具を詰めたカバンを背負いおにぎりを片手に外に出た。
 まだ新春の朝の空は暗く、凍てつく寒さが体に沁みた――






 俺がユニフォームを着た理由
それはもちろん野球をするためだが、野球をするにも普段の俺ならユニフォームは着ない。
しかし、今日の俺はちょっと真剣だった。

 今週の月曜日、俺はたっちゃんにとある少女を紹介された。
南千晴と呼ばれるその少女の投球内容、それは俺が唯一夏の大会で“勝つ”ことができなかったあの“浦田達也”を思わせるような、そんな内容なのである。

 何よりたっちゃんが、その少女は当時の自分より圧倒的な実力を持つ投手と話しているのだ、素晴らしい選手だという事が窺える。
そんな少女が今日、たっちゃんの弟子として会うことができるのだ。
俺がどんなに磨いても手に入れることのできなかった浦田達也の“完全制球”に近いものを持つ少女、その実力を知りたくて俺はうずうずしていた。
 そしてたっちゃんが認めたその実力――果たしてどんな子なのだろうか、
河川敷の道を軽くランニングしながら集合場所へと向かう。

 家を出てから二十分、目的地にたどり着きそこには既にたっちゃんらしき人影がアンダーシャツ姿で熱心に素振りをしている姿があった。

「お~い! たっちゃ~ん!」

 俺が早朝から近所迷惑になりそうな声を出しながらたっちゃんの方へと駆けていくとたっちゃんは近づいてくる俺に対してかき消されない程度の声で話しかけてきた。

「ああ、すまん――千晴ちゃん入院して来れなくなっちゃったんだ」
「えええええええええええ!?」

 いきなりのたっちゃんの発言に驚き、思いっきり河川敷の坂を下っていた俺はその勢いを抑えきれずそのまま転倒、凄まじい勢いで川まで転がってしまった。

「おい!大丈夫か~」

 川に落ちた俺へ駆け寄ってきたたっちゃんが声をかけてくる。
四月の初めの川は容赦なく――俺の感覚を痺れさせた。










 その後、ずぶ濡れのまま俺はたっちゃんの提案で急遽南千晴のお見舞いをする事となった。
やってきたのは北風総合病院、ちょっと遠かったがずぶ濡れを気にせず俺たち二人はやってきた。
 何でも、倒れた理由は過労による物らしい、
家事の合間にやってきていたらしくたっちゃん自体も彼女はあまり体は強くないという。

 ――俺は何故だか、少し申し訳ない気持ちになった。

「お~い、千晴ちゃ~ん?入るぞ~」

 ――たっちゃんがとある病室の前でノックを鳴らしドアノブを回す、
そして扉を開けた先にあったのはベットに腰掛けるように座るパジャマ姿の少女であった。

「あら? 今日もいらしたのですか?」
「人を暇人みたいに言うなよぉ」

 今日も――という事は昨日もお見舞いに来てたのか、たっちゃん。
たっちゃんはその少女“南千晴”に向かって明るく声を掛ける。

「それよりもさ、あんまし無茶すんなよ~
 野球好きなのは分かるけどさ」
「ええ、ちょっと今回は反省してますよ~、てへへ……」

 見た感じで言えば女子中学生のように見え、
とても見た目からはとても高校時代のたっちゃんのようなオーラは感じ取れない。
 まあそれだけたっちゃんが凄い投手であったという事なのであろうが――

「ところで……そちらの方は何故にびしょ濡れなんですか?」

 うるせーやい!元はといえばあんたが入院したからこうなったんじゃないか!
……と怒る気持ちをぐっと抑えながら俺はやさ~しく声を掛けた。

「初めまして、俺の名前は弾箱壬だ
 濡れてる理由はちょっとした理由で川に落ちた、以上」
「あっ……あの“神の左腕”の――?」

 俺が事故紹介……いあ、自己紹介をすると千晴ちゃんは思い出したかのように目を見開いてこちらを見る、
“神の左腕”か――確かに今の俺に勝る左腕はアマチュア界に、あるいはプロにも居ないかもしれない。

 ただ一人、浦田達也を除いて。

「コイツお前が入院したって言ったら叫びながら川に落ちたんだぜ」
「言うなー!! うわ~ん」
「くすくす」






※病院では皆さん静かにしましょう



最終更新:2010年02月10日 02:35