「あっ! はこみんじゃねーか!」
「お、本当だ」
俺たちがグラウンドに入ってから早々、入り口付近で柔軟体操をしていた厳つい顔の男が話しかけてきた。
それにつられたようにもう一人反応する茶髪の男、この二人とは何度も会ったことがあり互いに知った顔であった。
荒っぽい口調で俺を呼んだ厳つい顔の男は
武藤英一(むとう えいいち)さん。
28という年齢でこのシルバーシアーズでは一番センター、高校を卒業しメジャーリーグへと挑戦しかなりの成績を上げたもののファンに好かれず一年程前に帰国し、現在は国内プロ野球入りに挑戦するための期間を過ごしているようだ。
高校からメジャーに渡ると日本に入ってから三年間は挑戦できなくなる為、現在こそこのシルバーシアーズにいるものの、その実力は格別、
天才選手揃うシルバーシアーズの中でも一番の選手だと思われるだろう。
一方、もう片方の茶髪の男の名前は
幸村宗次郎(ゆきむら そうじろう)さん、強肩強打で過去甲子園優勝へと導いた天才選手の一人。
同じ外野の武藤さんが凄すぎるので影こそ薄いが今でも肩の強さと長打率だけなら武藤さんより強いだろう。
このシルバーシアーズでは六番ライトとしてスタメン入りを果たしており、その実力はプロに匹敵する程と言われている。
まあそんな二人なのだが、俺は普通に接することができた。
「おうおう! ひっさし振りだなぁおい!」
「久しぶりじゃないでしょ……、武藤さんも幸村さんも娘さんを毎日幼稚園まで送ってますし――
バスが出てるんだから任せてくれてもいいと思いますよ?」
「バーロー! うちの娘を他人の運転するバスなんかに任せてられるか!」
「そうだよ! はこみん先生、
俺だって娘を想う気持ちは誰よりも強いんだ! 別にいいだろう?」
「俺は幸村より娘を愛してるぜ!」
「何を!俺の方が!」
話を省略すると、この人たちは俺のバイト先の幼稚園に自分の愛娘が通っており、
その子を幼稚園まで毎日送っているのでよく顔を知っているのである。
たまに俺が幼稚園の隅で投げているとやって来ては俺に対し話しかけてきたりする。
俺はそんな二人を人生の先輩として密かに尊敬している、まあほんのちょこっとだけどね。
「あら?はこみんじゃない~」
「お、梓さん」
先ほどの二人に時間をとってしまい、たっちゃんらは既に練習へと入っているというのに俺はまた声をかけられてしまう。
声を掛けて来たのはこのシルバーシアーズの設立当初から居る唯一の女性選手、
今井梓(いまい あずさ)さん。
広い守備範囲と小技が得意な選手で高校時代、現シルバーシアーズのレギュラーとしてショートを守る斉藤重三(さいとう しげぞう)さんと共に甲子園史上最強の二遊間として注目された事のある選手である。
また堅いのは守備だけではなく、どこに住んでいるかやどんな男性が好みかなどは一切口にしないそっちの方面でも堅いとたっちゃんが言ってた。
ま、俺は年上には興味ないけどね。
「しっかし、ようやくはこみんもこのチームに入る決意が固まったか~」
「いやいや俺は入らないですよ」
「私は絶対入団してくると思ってたのよ」
(だめだ……人の話聞いてねぇ)
俺はそんな事を思いながら適当に梓さんの話を聞かされているととある男が話を断ち切るかのように俺に話しかけてくれた。
「おい箱壬、さっきからお前らの連れらしき奴らが呼んでるぞ」
「あっ……吉川さん」
「あ~ごめんねはこみん、じゃあ私も練習に戻るわ~」
吉川さんの威圧感や重圧感のせいか、梓さんはその場からそそくさと去ってしまう。
ふぅ~、助かったぁ~流石主砲の吉川さんなだけある。
この男の方は昔プロ野球で3年連続30本を放ったこともある凄腕の選手
吉川敏喜(よしかわ としき)さん。
左足の故障から突然の引退を迫られたものの今でもプロで20本以上は打つと言われるほどの力を持っていてシルバーシアーズでも不動の四番を任されている。
その独特な威圧感のせいで近寄りがたいって人も居るけど――俺はただいい人だと思うんだけどなぁ。
「ありがとう! 吉川さん」
「いやいや、それより浦田の連れのあの中学生の少女――あいつはタダモンじゃないぞ」
「え?」
急に吉川さんがあの少女、
南千晴の方を指差して口にした言葉に俺は反応する。
続けて吉川さんは千晴ちゃんの方を見つめたまま俺に聞こえるようにボソリと呟いた。
「中学生の癖に俺や幸村を簡単に打ち取ってきやがった、
武藤は初球を見事に運んだが――二回目の勝負では“あの球”で……」
「ど……どんな投球だったんですか?」
「自分で調べろ、しかし浦田の奴はあんな大器を育てるつもりなのか」
「……」
俺はふと吉川さんと共に千晴ちゃんの方を見る。
――あの少女が吉川さんを簡単に打ち取った?そして天才の武藤さんも?
俺にはそれが信じられなかった。
それはもちろん彼らが10割打てる打者でない以上は仕方の無いことだとは思う。
しかし、アンダーから160を投げる選手から打ってしまう人がこうもその実力を認めているのが信じられなかったのだ。
俺はバットを持った
彼女の投球を打席で感じて確かめたかった
俺はすぐに千晴ちゃんに声を掛けた
「待たせたな、さぁ勝負してくれ」
そしてこの日、俺は天才を越えた投球の片鱗を味わった――
最終更新:2010年02月10日 03:08