アットウィキロゴ

第十五話 カーブ

「ねぇねぇ!戒君すごく絶好調じゃない!?」

 4回の表、1番打者を見逃し三振で打ち取った後2者連続で空振りに切って取った戒君をみて亜樹さんが俺に聞く。
たしかに今日の戒君の球は絶好調のようだ、緩急に変化量に変化の仕方……
全てが相手の裏をかくように投げ込まれており面白いほど奪三振を取れた。


 4回が終わり試合は0-2、もちろん2点取っているのは奈良少年野球育成機構であった。
本日絶好調の戒君はこの日3回表に8番打者から安打を打たれ9番をセカンドゲッツーに仕留めた以外は全て奪三振で切り抜けている。
現在この地点で奪三振数10、この記録は戒君の調子もあるがやはり三幅君のリードにも大きく影響されているだろう。

 三幅君はそういうセンス……勝負勘がずば抜けているのだ。
相手の動きを読み、思考を読みそれに対する策略を立てる、そんな奴である。

 さらに驚異の捕球能力、送球能力持っており捕手として必要なものはこの年で全て揃っているのだ。
打てて走れて守れて投げれる……そのセンスと存在感からか彼に投げる投手も安心できる。
彼にかなう捕手は全国の野球機構を探してもいないだろう、それほどまでに凄い選手なのだ。


 そして戒君は7回表まで投げる――
体力も減ってきたのか最初ほどのキレはないものの小野瀬のリード通り投げることができた。
後半は打ち取るピッチングへと変えたのか7回を終え奪三振数は12、
被安打数は2で四球は0、そして失点も0、中学1年とは思えない素晴らしいピッチングを見せていた。


「戒君よくやったわ~!」

 そう俺の横で7回表を終えた戒君に向って叫ぶ亜樹さん、
由姫ちゃんの姿を見にきたはずだったが、気づけば戒君の事ばっかり写真に撮っている。
 やはり由姫ちゃんはこの人に似てるのだと俺はこの時小さく笑いながら思っていた。



 そして7回裏、九番打者として打席に立つ戒君の代わりに代打が出される、
七回を無失点、ここらで体力の限界を感じた正津監督は代打を送ったのであった。
それでも戒君は七回を素晴らしい成績で抑えることができた、そこは評価したいところである。

「戒君これで交代?」
「そうですね、これで戒君の出番は終了です」

 俺は亜樹さんに交代制度の事を少し説明してあげる、
亜樹さんはテレビでも「途中交代させた投手を起用すればいいのに」と言っている程であるのだ。
 最近はルールも少しずつ覚えてきたようだがそれでも事あるごとに説明させられるのは俺なのである。


 その後、球場に響くバットの音――
ここ3回綺麗に抑えられていた相手投手に代打の選手が打ったようである、
ライト前ヒット……そして無死一塁という状況は追加点を取る絶好のチャンスであった。

 ここで正津監督は代走の指示を出す――
代走で起用された選手のアナウンスが聞こえてくる……
すると亜樹さんはさらに喜びながら立ち上がった。

「あっ、はこみん!うちの子出るよ!?」
「ですね、由姫ちゃん代走起用されましたね~」

 代打が塁に出て代走に出されたのは俊足の由姫ちゃん、
亜樹さんは早速写真を撮る、由姫ちゃんはそれに気づいていたのか俺達のいる方角にピースをして見せていた。
 おそらくこの回が終わったらセカンドの守備と交代するであろうと思われる。
 由姫ちゃんを代走に出すってことは……やっぱ進塁を狙ってるのかな。
 相手バッテリーは由姫ちゃんに対し警戒する、
しかし1回牽制した後、モーションを盗んだ由姫ちゃんはいきなり走り二塁へと突っ走る。

「あの子走ったけど!?」
「あれは盗塁といいます」

 この瞬間も亜樹さんが興奮している、俺は亜樹さんに面倒くさいながらも説明する。
 高めの速球で相手捕手としてはかなり送球に転じやすかっただろう、
しかしそれよりも早く――由姫ちゃんは二塁を踏んだ。
 小学生、それも女の子の足の速さとは思えないその走り、
日々の努力の結果だろうか、彼女の下半身は誰にも負けないぐらい鍛えられているのである。

「亜樹さん、由姫ちゃん盗塁成功しましたよ」
「すごいわ、あの子~」

 俺らに向かってVサインする由姫ちゃんを見ながら、
俺と亜樹さんは笑みを浮かべながら拍手をしてあげた。





 その後、勝利を決定付ける一打を放ったのは二番打者の三幅君。
由姫ちゃんが塁に居る状態、一死二塁の場面で三幅君はツーランホームランを放ち点差を4点にまで突き放した。
 その後、由姫ちゃんはセカンドの守備と交代、抑え投手が登板し立ち上がりの失投で一発を打たれてしまうもののその後は何事もなく抑え、
試合は4-1で奈良野球育成機構の勝利、亜樹さんもかなりご満悦のようだった。


 試合終了後、ミーティングを終えた由姫ちゃんは俺と亜樹さんが待っている駐車場へとユニフォーム姿で戻ってくる。

「はこみ~ん、ママ~、がんばったよ~」
「うんうん、がんばったわね~」

 由姫ちゃんが亜樹さんに抱きつきながら嬉しそうな笑顔を見せる、
俺もたまに試合後の由姫ちゃんに抱きつかれるけど何度土が服に付いた事か――
 幸い、本日は由姫ちゃんはユニフォームを土で汚すことは無かったためか無傷で済んだのだが。

「さあさ、本日はファミレスにでも行こう~」
「わーい!最近外食多い~!」

 亜樹さんと由姫ちゃんは笑顔で車へと乗り込んだ、
俺はそれについていく形で車に乗る。

 ……久しぶりだなぁ、亜樹さんと由姫ちゃんの二人で盛り上がるの。
俺たちの車はまた、勢い良く地下駐車場を飛び出していった。





 ――今日の試合、一番凄かったのは戒君でも由姫ちゃんでもなく、
二人の先輩、小野瀬三幅君が一番だったと俺は最後に言っておこう。
ま、亜樹さんにとっては地味だったんだろうけどね。



最終更新:2010年02月10日 11:42