――試合まであと1日と迫った頃、
次の日に試合を控えている鏡星のグラウンドはいつになく静まり返っていた。
夏も近いこの季節、強豪野球部の練習の音も無く不気味な雰囲気を出しているのは異例の事だった。
無理も無い……明日行われる戦いは全てが異例なのだ。
「はこみんとの試合は明日だからな……」
「ああ……ただ緊張するって言うより何か嫌な空気が漂っているんだよなぁ……」
別に練習したくなくて練習していないのではない、
ただ明日の試合に疑問が多いのだ。
監督が入院で不在の中、
山塚広樹が急に持ってきた試合。
それはかつてこのチームに伝説的な影響を与えた
弾箱壬の率いるチームとの試合である。
部員たちからしてみれば2年前に共に戦って甲子園優勝を制した仲間であり彼に憧れて入学してきた者も居ただろう。
しかしあまりにも突発的、“3日後に試合を組んできた”といきなり山塚に言われたチームメイトたちは呆然。
主将になった瞬間“実力を武器に自分を主張する男”に変わってしまった彼、
誰かと比較されるのが嫌で仕方なく、常日頃“弾箱壬”の名を語る後輩に対し厳しく当たったりする男だ。
何故こんな男がキャプテンになったかと思われているが、努力は誰にも負けないし彼を否定できるものがこの中にはいないのだ――
心の中では山塚なんかを信頼してはいないし、寧ろ箱壬を知っている者は誰一人として彼を良いとは思っていないだろう。
「今回の試合――アイツは何でこんな時期に組んだんだろうな」
「まぁ……自分の力を見せしめたいって所だろ? だけどいくらアイツでも相手ははこみんだぞ?」
そこへ恐らく同年代だろうと思われる一人の選手が現れて口を挟む。
「それぐらいにしておけ……あの野郎に聞かれたらたまったもんじゃねぇ」
「今丘……、お前はこのまま山塚の言い成りになって最後の夏を迎えていいのかよ!」
突如現れた褐色の男、彼は唯一山塚と対等に話す事が出来るこのチームの副主将“今丘勇次(いまおか ゆうじ)”
二年前、入部し初めての上級生と対決する紅白戦。
例年だったら1年の完敗だといわれている紅白戦でマスクを被り一番最初に弾箱壬とバッテリーを組み
勝利へと導いた男である。
1年前は公式戦で起用される事は無かった彼だがそんな彼も今ではチームの正捕手、
嫌いではあるが山塚とバッテリーを組みチームも安泰だと自分に言い聞かせていた……
そんな時に飛び込んできたのは自分の中で神格化された至高の投手“弾箱壬”との対決話。
変になっていく心は彼の平常心を奪う。
“あいつに会ったら何を言おう”とか“箱壬に何か頼みたい事”とかそんな浮かれた気分では居られない。
ましては大会で活躍するはずの山塚が大会前最後に行うであろう調整試合だ、山塚をリードする捕手として全力を尽くさなくてはならない。
彼の中はこれからの戦いの事のほうが重要であることは間違いないだろう。
例え弾箱壬が相手であろうと、それは関係の無い事。
山塚を勝たせなくては役割を果たす事ができないのだ。
彼は不信感を募らせ愚痴る仲間を見て……苦しそうに言う。
「遅かれ早かれ、俺達は後3ヶ月もしないうちに引退だ、
もう後ろなんざ見る暇なんてねぇだろ……」
「だけども……」
「だけどじゃねぇ!!……悔しいが、山塚が居れば甲子園優勝も出来る、
だが山塚が居なかったら俺たちは非力なんだ……それだけだ」
そういいながら、今丘は黙ってその場を立ち去って行った――
誰一人本心を打ちまける事が出来ない仲間達を残して――
所変わって
鏡星高校地下倉庫――
山塚は人目を憚るようにたくさんの食べ物を持ってとある地下倉庫の中に入っていく。
本来なら極限られた教員しかやって来れないような場所に彼は無断で侵入。
そしてその倉庫を鍵を勝手に作り出入りしているのだ。
山塚がドアを開けるとそこには二人の子供が壁に寄りかかりながらつまらなさそうにゲームをしている姿があった。
山塚はその二人に凄くやさしく声をかけた。
「ごめんね、夕御飯の時間遅れてね」
二人はゲームの電源を消しそれを充電器の方まで持って行く、
別に緊張した気持ちでもなんでもなく、そこにはただ単純に子供としての姿があった。
「きにしないでもいいよ……」
「それよりおそとであそびたいよー」
山塚に話しかけている二人の子供、彼らは間違いなく誘拐された“成瀬優雨”と“楠明灯”であった。
しかし誘拐されたような怯えの状態とは彼らは無縁の状態、それどころかゲームをして退屈を凌いでいる状況だ。
これは一体どういうことなのだろうか。
「まだ――外には出せないよ
でも安心して、必ず――明日には開放するから」
「はこみんがまけてもかっても?」
「そうだよ……明日が終わったらもう僕らが会う事は永遠に無いだろうね」
山塚は心の底から笑顔だった。
何故誘拐した子に対して心から笑みを浮かべる事が出来るのであろうか。
これから待つ未来がどんなに暗いものなのか――まるで分かっていないかのように。
『明日……俺の全てが決まるんだ――
もう後が無い、俺には最後に絶対に手に入れたいものがある
箱壬よ――俺は必ず貴様を倒し手に入れてみせる』
何かに縛られたかの様な山塚の覚悟――
それに気づく者は……誰もいない
最終更新:2010年02月10日 12:43