これは、鏡星高校野球部がグラウンドに来る直前の事。
皆がユニフォームに着替えている準備時間、トイレへと向かった野球部員の一人の悲鳴から始まった。
「おいっ……何だよぉ、この血の量――」
「床に血液が……」
試合前、控え室で着替えていた選手数名が何やらトイレに集まっていた、
理由は校舎脇の外トイレ、そこに人間の血と思われる液体が男子トイレの洗面台の下辺りに溜まっていたのだ。
嫌がらせ――にしてはリアル、そしてどす黒く中心が固まりかけているその液体からは悪臭すら漂っている。
「多分血液――しかし血液っぽいのがあるのはここだけだ……」
「誰かがここに血液を捨てた?吐いた? しかし何のために――」
「と、とにかくだ、ここは後で警察とかに任せればいい!」
あちこちでいろんな意見が出たものの、一体あの血液が何故あのような場所にあるかは誰にも分からなかった。
(クソッ……こんな大事な試合を前に山塚のヤローはどこにいっちまったんだ!)
血液騒動が起きた後、今丘はその現場から少し離れた所に居た。
部内が混乱しているというのにキャプテンである山塚がいないのだ。
(まさかだとは思うが山塚があの血を?)
この時、今丘はまさか――とは思っていたがあの血液は山塚の物ではなかろうか?と推測をしていた。
いや、そんな予兆は前から何回か目撃している、ここ1年は突然咳き込んだり急に転んだりとどこか調子がおかしい気がしていたのだ、当人は平気そうな顔をしていたのだが……
(ん?山塚だ……)
暫く今丘が歩いていると彼の前方の木陰にユニフォーム姿の山塚と白衣の男が話をしているのを確認できた。
白衣の男に今丘は面識はなく、構内関係者という訳でも無さそうだ。
しかし白衣の男と話しているのだ――もしかしたら山塚は、と思うと自然と彼らの会話に耳を傾けていた。
木陰の向こうで今丘が聞いている中、白衣の男は山塚に語りかける。
「残念だが……君の体は限界に達し体中に裂傷ができ始めている
おそらく君の寿命はもって1日、試合をする力が残っているとすればあと数時間程だろう」
(!?)
白衣の男の発言を聞いた今丘はゾッとする、
人の命が、他人とはいえ常に身近にいた存在が後少しで消えるという事。
それをはっきりと断言する白衣の男に対し何か恐ろしさを感じ取ってしまったのか。
山塚は分かっていたかのようにため息をつくと白衣の男に話す。
「そうか長嶺さん……ついに強化心臓が切れるのですか、
しかし未だ俺は死ねない、奴を超え世界一になるその瞬間が来るまでは!」
「自分の命と引き換えにか?例えその男を倒したとしてもお前はもうすぐ消える
得られる物だと皆無に等しい物ではないか?」
「いえ……、一度でも華を咲かせず人生を終わることなんて嫌です!
私は……奴を倒す事で自らの努力を証明できるのです!」
山塚はそう語ると自分の想いを長嶺という白衣の男にぶつける。
「悔しいが……俺は俺の目の前で完璧な投球を見せてくれた箱壬を認めてしまっていた、
あいつは世界一の投手の器だと、奴に敵うもの者は居ないと……才能が違いすぎた
奴に敵うために今まで以上の努力もした!しかし俺の限界は来てしまったのだ!
いつしかそれが私の心に憎悪を生みだしてしまった、そして俺は貴方と出会った……
長嶺さんの強化心臓と肉体変性組織のお蔭で俺の力は劇的に増加した、
体に合わなくて寿命は縮んでしまったが例えここでくたばろうとも後悔はしない、
このまま生き続けても俺の咲かせた華は枯れてしまうのだからな!」
その言葉を聞いた今丘、この瞬間に山塚の本性を知ってしまう。
向上心が高く自分の才能は無限だの何だの言っていた山塚、しかし彼も本当の心は弱く他の力を借りていたのだ。
限界を見たくない――天才に立ち向かう自分でいる為に、理由はともあれ彼は戦う事をあきらめていなかったのだ。
長嶺はその山塚の言葉を理解しているかのように話す。
「……箱壬が消えてから君のストレスは仲間に向かっていた、
しかしそれにより人に嫌われたくないと思えば思うほどストレスは増えてゆき加速する、皮肉なものだ
確かに、このまま生き続けようと君は友好関係もろくに作れず生きてゆくだろう――」
「ああ……、俺は全力の箱壬を倒し奴を見下し頂点に立とう!
天才は努力に勝てるという事を証明するために!」
「そうか……私は止めはしない、
せいぜい頑張りたまえ……」
白衣の男は山塚の方を去り今丘の方へと歩き始める、
途中木陰に隠れていた今丘に気付くと山塚の方を振り向きながら少し寂しそうな目を見せつつ語る。
「聞かれてしまったようだな、山塚」
「!?」
山塚は今丘に気付くと驚きながら今丘の姿を見る、
山塚の足元には床に飛び散った際についたと思われる血の飛沫が掛かっていた。
長嶺は山塚と向かい合う今丘に対しボソリと呟きながらその場を去る。
「あいつ、まっすぐでいい奴じゃないか――」
こうして、ゆっくりとその場を去った長嶺を除き、
この場には今丘と山塚の二人が――切り出しにくそうな顔を浮かべながら互いに立ち伏せていた。
その後、今丘と山塚が何を語ったかは確かではない、
山塚の謝罪、山塚の真意、山塚の願い……どれも霞のようにぼんやりと今丘の耳に入っていく。
これが死ぬ者の存在という事なのだろうか?
ただ一つ思ったことは、目の前にいる一人の人間の夢をかなえてあげたいという事であった。
――そして試合。
試合前の整列、今丘はかつての仲間箱壬が相手となることに不思議な気持ちが芽生えつつ、
箱壬に対しまるで何かを願うかのような目で見つめていた。
(――あいつの夢を、叶えさせてあげてくれっ!!)
そして試合は――始まった。
最終更新:2010年04月07日 12:16