「殺し合い、ねぇ……。」
比較的平和な日本での引きこもり生活が長いとはいえ、その言葉の意味するところを理解できないほど漆原半蔵の感覚は鈍っていない。
とりわけエンテ・イスラでは地位を巡っての、あるいは生存競争としての殺し合いなど珍しくないどころか茶飯事であったし、過去に見ず知らずの人間を巻き込んでの大規模なテロ事件を起こそうとした漆原にとって見知らぬ誰かが死ぬことに関してはどうでもいいとすら思う。
同じく巻き込まれている元の世界からの知り合いについても執着が深いわけではない。
真奥と芦屋との日本での暮らしにある種の居心地の良さを感じているのは確かであるが、天使の長い生という尺度で見れば所属したことのある共同体の中のひとつに過ぎない。
エミリアと鈴乃に至っては最近何かと交流こそあるが、そもそも元々が敵対勢力だ。
つまるところ、倫理的な観点から見れば漆原が殺し合いに乗るのを躊躇する理由は無い。
生き残る権利を得られるのがたった一人であるならば真奥とも芦屋とも利害関係は対立する。理詰めで考えていけば、積極的に優勝を狙っていくのが漆原にとって良い選択であるのは明白である。
「―――はぁ、馬鹿らしい。」
しかしそんな合理的選択は、気だるそうに吐き捨てられた一言でバッサリ棄却された。
魔力の大半を失った自分がいくら殺しに回っても真奥やエミリアのいるこの殺し合いには勝てないと思っている?まあ、それは否定しない。
悪魔のくせに日本では遵法精神の塊のような生き方を貫いている真奥に充てられて、多少は殺しに抵抗を覚えるようになったと?うん、それも否定はしない。
「まったく、あの姫神って奴もやってくれるよね。」
だが漆原の本当の思惑はそれらと少しズレた着地点にある。
何せ漆原はその身をもって知っているのだ。エンテ・イスラの二大勢力のトップ、その両方を敵に回した輩たちの末路を。
「よりによって佐々木千穂の命を奪ったんだ。魔王と勇者の両方を完全に敵に回しての全面戦争待ったナシだ。もうアイツに勝ち目は無いよ。」
佐々木千穂はあたかもエミリアと真奥の仲立人のような立ち位置にいたため、これまでもターゲットになる機会はあった。
かく言う自分も彼女を人質として利用したし、サリエルに至っては彼女をエンテ・イスラに連れ去ろうとまでした。その結果、両者とも真奥とエミリアの連携に敗れている。
要するに漆原は、姫神に従って殺しに手を染めるよりは勇者と魔王の共闘の側に着いた方が総合的に勝算があると考えたに過ぎない。
それが漆原半蔵こと堕天使ルシフェルが殺し合いに乗らない判断を下した理由である。
「と、付く勢力は決まったわけだけど……さて、何をしたものかね?」
問題はこれからの漆原の方針だ。目的から逆算するなら真奥や芦屋と合流するのがベストなのだろうが、如何せん彼らの居場所が分からないことには方針の立てようが無い。
それならば話は簡単。どの方角へ動いても真奥や芦屋と合流できる確率は大して変わらない。だったら移動して労力を使うだけ無駄だ―――思い至るが早いか、その場にごろりと寝っ転がる。
一見するとインドアここに極まれりな漆原の怠慢にも見えるこの行動。しかし流石の漆原もこの状況で無意味に怠惰を貪るほどのニート根性を持ち合わせているわけではない。
このパレスという空間にはエンテ・イスラのように空気中にある程度の魔力が満ちている。その吸収に集中して効率良く摂取し、いずれ訪れるであろう姫神との戦いに備えて少しでも多くの魔力を蓄えているのである。
「―――随分と余裕なものだね。」
そんな漆原に、真正面から一人の男が話しかける。身だしなみにルーズそうなボサボサの金髪頭でありながら、それでいてどこかチャラい陽キャ地味た振る舞いも併せ持ったような男。
確かに漆原の事情を知らない者からすれば、その行為は慢心にしか映らないのもまた無理のない話なのだろう。
「不意打ちすることだってできたはずだ。正面切って来るなんて、そっちこそ余裕のつもり?」
「あっはっは、不意打ちも何も戦う気がないからね。僕は花沢輝気。良かったら少し話さないかい?」
面倒な奴に絡まれたと、漆原はため息をついた。
一方花沢は両手を広げ、己の無害をアピールしている。ここで一戦交えるのはもっと面倒だし、情報を集めるためにも対話自体は有意義なのだろう。
とはいえ、さすがにこの現状では対話など論外だ。
「悪いけどさぁ。」
―――ザンッ!
突如として花沢の身体から漆原による魔力の刃が生える。
「対話するならせめて本体が出て来てくれないかな。」
すると花沢の身体はふにゃりと歪んで綺麗さっぱり消え去った。自分たちが扱っている魔力とは異なる力のようだが、先ほどまでの花沢が生身の人間でないのは明らかだった。
「驚いたよ。見破られたこともだけど、まさか分身が瞬殺されるとはね。」
背後から花沢の声が聴こえる。今度こそは正真正銘花沢輝気本体のようだ。
「これは"幽体術"っていって、精神体の分身を作る能力なんだ。本体より性能は劣るとはいえ、それでも並のエスパーには負けないはずなんだけどね。」
「はいはい、それで用事は?」
塩対応で返す漆原だが、内心は結構驚いている。先ほどまでの作り物っぽさしかなかった花沢と違い、対面した花沢本体の気配は人間と微塵も変わらないからだ。つまり、魔力というものをまったく宿していない。しかしそんな人間が魔法地味た能力を使っていた。『エスパー』という聞き慣れない単語からも推測するに、どうやらこの殺し合いに参加している人間は普通の人間とは違うようだ。
「簡単な話だ。君も殺し合いに乗っていないんだろう?それなら徒党を組むべきだと思わないかい?」
……ひとまず戦闘になる気配は無くて助かった。勝てる勝てないはともかく、無駄な消耗はしたくない。
「やだね。僕は人間と組むつもりは毛頭ないよ。」
「毛頭……!?」
「いや、驚くところズレてるだろ。」
「えっ、ズレて……!?」
アレ、割と常識人っぽく見えたのは気のせいか?っていうか何で不自然なほど頭押さえてんだよコイツ。
とはいえ花沢の提案が合理的なのは分かる。殺し合いに乗った参加者は利害関係的に共闘する相手を見付けにくいのだから、殺し合いに乗らない側が群れれば人数的に優位だ。
だが漆原は基本的に人間を信用していない。人間は悪魔のような力こそ無いが、その分持ち前の頭脳で他者を貶める。
特に今回の花沢のように、ぐいぐいと主張をしてくるタイプの人間は信用ならない。一度勢いに呑まれて承諾してしまうと、いつかの悪徳訪問販売よろしく骨の髄までしゃぶり尽くされる。
花沢もどうせ、僕をボディーガードとしてこき使い下ろしといて人数が減ってきた頃合を見計らって背中からブスリといく算段に違いない。
「そもそも、騙されるリスクに目を瞑ってでもわざわざ協力を持ちかけないといけないほどアンタが弱いようには見えないけどね。」
もし花沢の狙いが想像通りであれば向こうもこの局面で無駄に消耗するのは避けたいはず。簡単には騙せないと思われる程度に賢く振る舞うのを見せれば折れるだろうと、そう思っての切り返しであった。
「いいや、僕なんて凡人さ。強いだなんて口が裂けても言えっこない。生まれ持っての格が違う奴ってさ、この世には居るもんなんだよ。」
「……へえ。」
しかしその答えは、漆原の関心を誘った。
その言葉は口から出まかせで出てくるものではない。本当に格の違う相手に真っ向から打ち負かされ、自分の慢心を心から思い知らされた奴だけが言える台詞だ。
(もしかしたら、コイツも僕と一緒なのかな。)
かつて真奥に負け、悪魔としての格の違いを思い知らされた漆原はふとそう思った。
人間ごときに対してそう思えたのは、或いは真奥たちと共に過ごした人間社会の中で人々の心に少なからず触れたからかもしれない。
「分かった、いいよ。」
「え?」
ここまでの流れに反して唐突にぶつけられた許諾の言葉に戸惑う花沢。
「僕は殺し合いに乗らないんじゃない。勝ち馬に乗っかりたいんだよ。で、アンタもそんな馬を知ってそうだ。」
だが、両者間の妙なエンパシーは漆原だけでなく花沢も感じ取ったようだ。花沢の戸惑いの色はすぐに消え去り、代わりに手のひらが差し出された。
「ああ、とっておきの勝ち馬さ。殺し合いに乗ることを選ぶのが馬鹿みたいに思えるくらいには、ね。」
握手を交わしながら、漆原は理解する。
ああ。やっぱりコイツも、絶対的な信頼と同時に避けようのない畏怖を覚える相手がいるのだ、と。
『勝ち馬』を語るその手は、無意識下だろうが……小刻みに震えていたのだから。
【D-2/岩場/一日目 深夜】
【漆原半蔵@はたらく魔王さま!】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:基本支給品 不明支給品(1~3)
[思考・状況]
基本行動方針:勝ち馬に乗っかる。
一.真奥と遊佐を怒らせちゃって……姫神、知らないからね。
二.ひとまず花沢に同行する。
※サリエルを追い払った時期より後からの参戦です。
【花沢輝気@モブサイコ100】
[状態]:健康
[装備]:金字塔のジャケット@ペルソナ5
[道具]:基本支給品 不明支給品(0~2)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いには乗らない。
一.同志を集めよう。
二.影山茂夫への尊敬と、無意識な恐怖。
※『爪』の第7支部壊滅後からの参戦です。桜威に刈られた後のカツラを装着してますが、支給品ではなく服装扱いです。
【支給品紹介】
【金字塔のジャケット@ペルソナ5】
花沢輝気に支給されたジャケット。防御力が高い上にHPが30UPする。
最終更新:2021年03月09日 12:16