ずっと一人だった。一人で生まれ、一人で目覚め、そして一人で生きてきた。

 私は両親を知らない。苗字も、真に授かった名前も、誕生日すらも知らない。

『マリア』

 それが私に与えられた仮の名前。教会の聖母像の前で拾われたからそう名付けられたらしい。

 名前自体に不満があったわけではない。しかし、それは己が出生の特異性の象徴にも思えてどこか好きにはなれなかった。

 捨てられていた私を育ててくださった三千院帝おじいさまも、結局はフリギアの碑文の解読という目的の下で幼児の学習能力の効率性に目をつけ、英才教育を施すに丁度いい子供を探していただけ。感謝の気持ちは当然ありますけど、白にも黒にも染まり得る多感な幼少期を十を超える多種多様な言語の取得に費やしたのはそれはもう辛い日々でしたし、やはり心の底から親だと思うことはできませんでした。

 無理やり詰め込まれた英智を見込まれ、帝おじいさまの孫娘、三千院ナギお嬢さまの家庭教師に専任された時にはすでに理解していました。私は拾われ、生かされた恩を返すために三千院家に生涯尽くして生きていくのだと。

 私は私のために生きていない。その見返りとしてどれだけ金銭的に恵まれていたとしても、それはきっと限りなく無価値な人生というものなんでしょうね。

『マリア、というのか。』

 けれどもそんな私に大切な人ができた。

『この私の母親役なのだ。聖母の名とはこの上なく丁度良い名前ではないか。うむ、気に入ったぞ、マリア。』

 己の特異性の象徴だった名前が、スっとその意味するところを変えたように思えた。ワガママでぐうたらで、どうしようもないナマケモノのお嬢様だけど、たったそれだけで彼女は私の生にひとつの、そして永遠の価値を与えてくれたような気がした。

『私はもう一人で勉強できるくらいには賢くなった。もう家庭教師なんて必要ない。だからさ、マリア。私のメイドをやらないか?』

 だから……ええ、本当に嬉しかったんですよ。貴方が私を家庭教師以外で必要としてくれてるって思えた時は、まるで本当の家族になれたみたいで……。

 そうして三千院家のメイドとして、新たな日々が始まりました。
 姫神くんが執事だった頃も大概でしたけど、ハヤテくんがやって来てからは本当に大変でしたよ。
 ナギの誤解から始まった奇妙な関係には悩まされますし、ハヤテくんの持ち前の不幸体質でハプニングは続々やって来ますし……まったく、散らかったお屋敷は誰が片付けてたと思ってるんでしょうかね?

 言いたいことはほんっとにたくさんありますよ。そりゃもう、星の数ほど。
 でも、その中から、特に選りすぐりのたったひとつを挙げるのなら―――楽しかった。大切な人たちに囲まれて過ごす時間がこんなにも楽しいものだなんて知らなかった。ハヤテくんが来てからというもの、ナギが少しずつ外に出るようになって交友関係も広がって、いつの間にか大切な人は増えていった。

 だから、つい望んでしまった。本当に大事な人の、叶うはずのない大切な願いを叶えたいと。

 でもそれにはきっと2年くらいは必要でしょうね。ナギがいちばん大切な願いを掴み取る―――私たちがお嬢様と執事とメイドではなく、本当の家族になれる時まで。

 だったらその2年間、とにかく私は私のために生きてみよう。

 思い立つが早いか、私は世界を知る旅に出た。お金は余るほどあるし、言語の壁なんて私には無いも同然。世界と私を唯一結び付けるパスポートを手に取って、三千院家を後にした。



―――そのはずだったのに。

 気付けば私は見知らぬ世界に立っていた。どうやら殺し合いなるものに巻き込まれたらしい。2年間は会わないと思っていたハヤテくんもナギも巻き込まれていて、二度と会わないと思っていた姫神くんが首謀者のようだ。

 「うーん、分かりませんわ。姫神くんは一体何をしようとしているのかしら?」

 姫神葵。あまり詳しくは知らないが、かつて帝おじいさまの持つ何かに手を出してナギの執事をクビになったという噂は聞いたことがある。
 おじいさま絡みというだけでもそれが危険な代物であることは容易に想像がつく。そんな危険な何かを狙っていた彼が殺し合いを宣言したとなれば、これは悪戯でも何でもなく本当の殺し合いなのだろう。

 だとすれば、優勝者に与えられるどんな願いでも叶える権利とやらだって真実である可能性も高い。あまりにも現実離れしすぎている死者の蘇生とて、帝おじいさまが死んだナギの母親、三千院紫子様と出会う術を探すのに莫大な財を投げ打っていたことを考えれば一笑に付すことはできない。

 「私の願い、ですか……。」

 一先ず姫神くんの言葉を真実であると仮定して、尖らせた口元に人差し指を充てたまま思案する。

 そういえば、いつかハヤテくんと将来の夢について話しましたっけ。確かあの時私が語ったのは―――そうそう、ナギがきちんとした大人になることでしたね。このまま順調にいけばその夢もしっかり叶いそうだったのに、あろうことかナギやハヤテくんと殺し合わなくちゃならないなんて……。

 それから5分間ほど考えて、ようやく結論に至った。

 ハヤテくんと主従関係を超えた関係になりたい、それはナギの大切な願い。
 そんなナギの願いを叶えたい、それが私の唯一の願い。

 私を突き動かす核は、三千院家を出た時から何にも変わっていないというシンプルな結論。

 正攻法で運動神経が皆無のナギがこの殺し合いに勝ち抜けるとは思えない。この地点で彼女の願いが叶う確率は0だ。

 でも私が勝ち抜ける確率なら0ではない。ナギを殺しかねない人たちを先に皆殺しにしてナギを優勝させる。極わずかな可能性を差し出してやれば、修学旅行レベル5でこの私すら打ち負かした今のナギなら、きっとそれを掴めると信じているから。

 ナギはハヤテくんを生き返らせるのでしょう。あの負けず嫌いのナギのことですから、姫神くんから与えられる願いなんていらないだとか、そういう別の選択をするかもしれません。その時はハヤテくんは天国から、そして私は地獄から見届けますわ。その選択肢とて、ナギが死んでは取れないのですから。

 欲しいものなんてひとつとして無いけれど。だけどそれでも、どうしても失いたくない大切なものがある。
 そのためなら、手段なんて選んでいられませんの。


【B-6/平野/一日目 深夜】

【マリア@ハヤテのごとく!】
[状態]:健康
[装備]:チェーンソー@現実
[道具]:基本支給品 不明支給品(0~2)
[思考・状況]
基本行動方針:三千院ナギ@ハヤテのごとく!を優勝させる。
1.姫神くん、一体何が目的なの?

※メイドを辞めて三千院家を出ていった直後からの参戦です。

【支給品紹介】

【チェーンソー@現実】
マリアに支給された武器。使用人の少ない三千院家の庭の手入れはマリアも行っていたので、ある程度使い慣れているかもしれない。

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マリア 031:温泉は殺し合いでは戦場。油断すると死ぬ
最終更新:2021年01月07日 10:51