僕、潮田渚はナイフを片手に建物の陰に腰かけていた。
僕、いや、僕たちE組のクラスメイトはこれでもそれなりの修羅場を経験してきた。
そもそもの学校の差別意識のヒドイ体制。犯罪慣れした不良高校生達。本物の殺し屋と狂気に満たされた元軍人。
先生たちの助力があってこそだが、何れもどうにか乗り越えてきた
けれど、殺し合いというのはさすがに初めてだ。

当然、冷静じゃいられないので、ひとまず腰を落ち着けて頭の中を整理することにした。

わかることから纏めよう。
まず、僕の知り合いは四人。

〇赤羽業〇茅野カエデ〇狭間綺羅々〇烏間惟臣

この四人の中で、思考が平常であると想定した上で殺し合いに賛同しないと言えるのも四人。
皆、殺せんせーを殺すための殺し屋であるのは事実だ。
けれど、だからといって他人を殺せと言われてハイ承知しました、と行動に移すタイプの人たちでもない。
烏間先生はドがつくほどの生真面目な職業軍人で、地球の存亡がかかっている僕たちの暗殺指導においても僕らが学生であることを最大限に尊重してくれる。
恐らく、この殺し合いにおいても犠牲者なしでのゲームの頓挫を狙っているだろう。
狭間さんは趣味が暗目なだけの普通の生徒だし、茅野は性格もそうだが、そもそも弱くて単身での殺しなんてとてもできやしない。
一番の危険要素である業君は、むしろあの主催の言いなりになるのを嫌い、殺し合いを壊すことであの男への嫌がらせをしようとするだろう。

次いで、この殺し合いを終える条件。

ひとつは、言いなりになって他の参加者を全員殺すこと。
もうひとつは、首輪を外して主催を制圧してゲームを打ち切らせること。

両者ともリスクはある。

仮に言いなりになって優勝したとしよう。
だが、優勝の褒美であるどんな願いも叶える権利を、主催が素直に渡すかは怪しい。
いざ願いを叶えるという段階に至って約束を反故にされれば、優勝者はただ自分の味方になり得る者を消した愚者になってしまう。

後者は、一番理想的だが、そもそも主催の監視下において意向にそぐわない時点で危ない橋を渡っている。
仮に参加者全員が結託し、主催に対する反乱を企てているとしよう。果たして主催の立場から見て、それは意味のある状況だろうか。
否。わざわざ数十人も集めた殺し合いでそんな流れになれば、如何な手段を用いてでも殺し合わせる、あるいは価値なしと判断して早々に首輪を爆破するはずだ。
それを防ぐためには、参加者が殺し合いをする意思があることを主催に伝え続けるその裏で殺し合い破壊の作戦を練らなければならない。
...そんなことが可能なのだろうか。
顔見知りである僕たちE組だけならいざ知らず、赤の他人まで互いに信用しきって命を預けることが。
少なくとも、犠牲者0のゲーム打開は不可能だろう。

外部勢力によるゲームの妨害は除外した。
それは、いまこの時点で首輪が解除されていないことからだ。
殺せんせーは決して生徒を見捨てない。
どこかのこじんまりとした研究施設ならいざ知らず、少なくとも島1島ぶんの規模で行われるゲームだ。
マッハ20で世界中を動き回れる殺せんせーが見つけられないはずがない。
また、殺せんせーは精密機器にも通じている。
先生が僕たち生徒が殺し合うのを黙ってみているはずがない以上、主催への殴り込みよりも早くこの首輪を外しているはずだ。
それがないということは、殺せんせーではこの殺し合いを止めることができないのを意味する。外部勢力の介入も期待できないということだ。


どの道を選ぶにせよ、僕たち参加者が自分の手で生を掴まねばならない。
ならば、僕はどうするべきか。

脳裏に浮かぶのは、殺せんせーのこと。
殺し合いに連れてこられた四人のこと。
クラスの皆のこと。
両親のこと。

それらを閉じ込めるように眼前に迫った両の掌。

死神が放った、両掌による最高のクラップスタナー。

僕はあれを彼からの『甘い』というメッセージだと受け取った。
当然だ。
僕らはあくまでも先生を殺すための即席の殺し屋であるのに対して、彼ら『殺し屋』はそれを長年生業にして生き残ってきた人たちだ。
技術も殺人の経験も修羅場を潜った数も段違い。僕らが勝利を収めることが出来た殺し屋たちも、彼らにとって不利な状況で人数差もあり、そもそも僕らを殺す気のないという悪条件で戦ったから不覚を取っただけだ。
実際に僕らと彼ら、どちらが殺し屋として相応しいかといえば間違いなく彼らだ。

そんな彼らですら殺せない先生を、僕らは本当に殺せるのだろうか?
殺人を経験したこともない、且つ自分の命の保証のされている殺し屋に、人外である先生を殺すことができるのだろうか?
仮に先生を殺せる機会があったとしても、それが自分達の仕業ではなく誰かの遺した成果だった場合、僕らはそれで暗殺が成功したと言えるのだろうか?

...僕は恐ろしいことを考えつつある。
このゲームは、僕らが先生を殺せる殺し屋になる為の練習台になるんじゃないかと。

わかってる。
この殺し合いでの殺人は、僕らが教わる暗殺から外れたものだということは。
それに殺し屋たちにも彼らなりのルールがある。
『私情に囚われない』『報酬に目が眩みリスクを顧みない仕事をしない』『必要な時に必要な数だけ殺す』。
恐らく、彼らがこの殺し合いに巻き込まれても早々に乗ることはせず、状況を見てから考える。だから彼らは『殺し屋』なんだ。

でも、その領域にまで達していない僕はそれでいいのか?
人を殺したこともない奴に先生を殺すことが出来ると本気で思うのか?

不安と葛藤が胸中を渦巻いても、時が止まる訳じゃない。

コツ、コツ、コツ、と靴が地面をたたく音がした。

誰かが向かってきている。
警戒心が薄い、というわけじゃない。時々立ち止まったり、なるべく音が鳴らないようにしようと努めているのは伺える。
ただ、烏間先生やE組ならもっと足音を殺せてる。たぶん、近づいているのは彼らじゃない。

つまりは巻き込まれた赤の他人。


ドク、ドク、と心臓が激しく波打ち始める。
僕はこれから遭遇する人をどうするつもりなのか。それすら決めあぐねている中で接しなければならない。
手から変な汗が滲み出る。

荒ぶりかける呼吸を抑え、僕は努めて一般人らしい挙動をしつつ、来訪者と対面した。

「ち、近づかないで」

僕は震える声でナイフを前方に突き出しながら、来訪者―――金髪のお姉さんを牽制した。
お姉さんはギョッとした表情で立ち止まり、僕の言葉通りにそれ以上は近づかなかった。

「え、えっと、その、あなたは私を殺すつもりなの?」

お姉さんは動揺しつつも、僕に優しい声音で問いかけた。
僕も、それに対していまの気持ちをそのまま伝える。

「ご、ごめんなさい。殺し合いなんてするつもりはありません。でも、あなたが信用できるかは別の話なので」
「...それなら大丈夫。私も殺し合いなんて反対よ。あんな人の言いなりなんてならない」

お姉さんは、僕から目を離さずにザックを足元に下ろして両手を挙げた。
顔色を伺うが、恐怖はしていても、頑張ってこちらからの信用を得ようとしている。そこに敵意や害意のような危険な色は見えない。
死神のように殺意を甘言で隠すような人もいるが、それができるのは限られた殺し屋だけだ。
少なくとも、この人はそうは見えない。感情の波がハッキリしている。

「...僕の名前は潮田渚です」
「私の名前は巴マミ。少しお話しましょうか」

彼女の誘いを受けて、僕らは近くの教会に身を隠し、互いの身の内を話すことにした。
もちろん、殺せんせーのことはなるべく伏せながら。

その際に、僕が彼女と同学年だということに驚き、彼女もまた僕が男の子であるのに驚いたのは言うまでもない。






「っ!」

意識を取り戻すのと同時、慌てて首元に触れる。
ある。自分の首も、それを包む首輪も。

お菓子の魔女を拘束し、ティロ・フィナーレで撃ちぬいたその瞬間だった。
ヌイグルミの姿をした魔女から、巨大な黒の異形が飛び出し、私を食い殺さんと大口を開け、鋭い牙が私の眼前に迫り―――景色が変わった。
気が付けば妙な首輪を嵌められ、殺し合いをしろと言われて。
私が混乱している内に、流れるままに殺し合いが始まってしまった。
訳も分からぬままあたふたと慌て、ひとまず配られた名簿を見て声を失った。

知った名前が四つあった。
鹿目まどか、美樹さやか、暁美ほむら、佐倉杏子。

前者二人は魔法少女ではないけれど、私を信頼し共に行動してくれた子たち。
後者二人は魔法少女だけれど自分の利を軸に行動する人たちだ。

鹿目さんと美樹さんは逃げ延びれたのか、とホッとする反面、こんな形で彼女たちの安否を知りたくなかったと複雑な気持ちになる。
ただ、巻き込まれている以上、絶対に死なせるわけにはいかない。早く合流して守ってあげないと。

暁美さんは...よくわからない。自分の利で行動することから、この殺し合いにも賛同するのだろうか。
...けれど、いま思い返せば、彼女はお菓子の魔女を私との相性が悪いのも含めて知っているような口ぶりだった。
たとえば、そう、一度交戦して逃がしてしまった、あるいは逃げるまで追い立てられたかで。
実際、あのままでは私は数秒後に死んでいただろう。
だとすれば、あの忠告は本当に私を気遣ってくれたからだろうか。もしそうだとしたら、とても悪いことをしてしまった。
ひとまずは一人で彼女の思考を決めつけず、素直に謝り、彼女がどう動くか話を聞くべきだろう。

そして佐倉さん。
彼女とは魔女に対する戦い方のソリが合わなくなり別れ、最近は音信不通だったが、こうして殺し合いに巻き込まれているのを見るとやはり心配になってしまう。
彼女は自分の祈りに裏切られている。彼女からしてみれば、巻き込まれた一般人を守る義理はないだろう。
私の知る中では最も殺し合いを肯定する可能性が高い。ただ、そうじゃない可能性もある。
やはり彼女とも一度話し合っておきたい。そして、できればもう一度、かつてのように...

周囲を警戒しつつも、彼女たちのことを考えていたためか、潮田渚くんとは不意打ち気味に出会ってしまった。
とりあえず戦意はないようなので、私たちは近くの教会に身を潜め、互いの持つ情報を交換することにした。

魔法少女のことは伏せつつ、私たちは言葉を交わしていく。
その最中。
こんな状況なのに、不思議と安心できるような感覚を覚え始めた。
私の心がどうかしてしまったというのか。それとも、彼が...?


【D-4/教会/一日目 深夜】

【潮田渚@暗殺教室】
[状態]:健康
[装備]:鷹岡のナイフ@暗殺教室
[道具]:基本支給品 不明支給品(0~2)
[思考・状況]
基本行動方針:暗殺の経験を積む...?
0:マミと情報交換をする。
1:暗殺をするかどうかはまだ悩み中。

参戦時期は死神に敗北以降~茅野の正体を知る前までです。

【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品 不明支給品(1~3)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを止める。
0:渚と情報交換する。
1:まどか、さやかを保護する。杏子、ほむらとは一度話をする。
2:渚くんと会話をして安心している...?

参戦時期は魔女・シャルロッテに食われる直前です。


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潮田渚
最終更新:2020年07月19日 14:23