等間隔に並んだ机、教壇、黒板、少し目線を上に遣れば放送を流すスピーカー。
よくある構造の、傷みさえ除けばいたって普通の木造の教室。
窓から差す月明かりが本来なら誰もここにいるはずがない時間だと物語っている。
そんな空間に佇むふたりの中学生がいた。忍び込んだ不良ではなく、普通なようで普通じゃない、ちょっと普通な少年少女だ。

殺し合いをしろと言われたものの互いに殺意がないことを確認したふたりは、場所が場所だからか、ふとした拍子にひとつの問に当たっていた。



問.青い春に疑問を抱いたことはあるか?



「そんなのyesに決まってるじゃない」

エンドのE組。求められる学力に追いつけない落ちこぼれが集い、試験だろうと行事だろうと、常に笑いものにされるクラス。
教室は本校舎から遠く離れ、山の中にある劣悪な環境の校舎に用意される。
空調設備も整わず、女心よろしく天気が急変しようものなら、教室内であろうと複数ヵ所の雨漏りに悩まされることすらある。

「運動が得意なわけでもないのに、時間かけて山を登って、集中力の持続も難しいような環境で勉強して。
そんな私らももちろん、本校舎の奴らも私らを見て嗤って安心感を抱く日々を1年も続けるってさ。青春なんて甘酸っぱい言葉は似合わないでしょ」

勉学について行けなくなったのは、自業自得だと言われれば確かにそうだ。
しかしE組の中には、優秀な生徒が集まるA組に並ぶ成績を残せるだけの生徒も何人かいた。
家庭環境から校則違反のバイトをせざるを得なかった貧乏委員だったり、友人の勉強を見させられている内に自分のことに手が付かなくなってしまったイケメン女子だったり、得意分野に特化しすぎてしてしまった眼鏡少女だったり。

狭間綺羅々の疑問。
本来の力量差以上の、半ば無理やり作り出された劣等感や優越感に浸る日々は青春と言えるのか?
あまりにもあからさまな境遇差、差別に、すぐに抱くことも諦めた疑問ではあるけれど。

「僕も疑問を抱いてたよ」

持って生まれた超能力。
自分にとっては普通だけど世間一般には普通ではない力。
全くコントロールできないわけではない。が、食事中意図せずスプーンを曲げてしまったり、意識を失って弟をも怪我させてしまったり、学校を丸々ひとつ消し飛ばしたり、時に力が漏れ出してしまうこともある。
中々人に言えないその力について、師匠に相談したのはいつのことだったか。

「師匠の教えは為になったし、バイトとしてお金もくれるし、感謝してる。
それでも思うことがあった。これで本当にいいのかなって。今しかできないことがあるんじゃないかって」

例えば、勉学やスポーツに励んだり。
例えば、趣味や才能磨きに明け暮れたり。
例えば、憧れのあの子と甘酸っぱい恋模様を描いてみたり。

影山茂夫の疑問。
このまま霊とか相談所のアシスタントとして過ごしていていいのか? 今しかできないことがあるのではないか?

「ま、そんな疑問を抱くだけ無駄だったわね」
「疑問を抱いたところで、時間は進んでいった。その中で、変わることも変わらないこともあった」

どちらかが体重をかける足を左右入れ替えたのか、床が小さく音をたてた。
超生物の暗殺に日々励みつつ、A組と試験結果で勝負をしたり。
自分以外の超能力者との出会いが増え、“爪”の企てに弟ともども巻き込まれたり。
あまりにもサツバツとしすぎた出来事たちは疑問に思うまでもない、青春なんてものではないだろう。
少なくとも、普通の、という言葉が頭に付くようなそれではない。
けれど。

「クラスいち腐れてたグループだったのにさ。みんなで家庭科満点取って、先生に一泡吹かせてやるくらいには殺る気になってみたり」
「人に言われたのがきっかけではあるけど、自分の意思を大事にしようって決めて。ビリビリの原稿用紙を拾い集めたり」

非日常的な日常の中で、少し変わった自分がいた。

「青春なんて言葉が似合わない私らだけどさ。もうちょっと学生生活送るくらいはしたいじゃない?」

月明かりだけを照明とした真っ暗なオンボロ校舎の教室で、綺羅々はニヤリと笑った。
ウェーブがかった黒髪に彩られつつ深く影が刻まれたその顔をガン見する茂夫に、薄笑みのまま面白そうに言う。

「あんた今、魔女みたいって思わなかった?」
「えっ!? 言ってない!!!」
「思ったのね」

くすくす、という可愛らしいものではなく、クックック……と喉を詰まらせたような笑い方をするのも殊更魔女のようだと、茂夫は思った。

「いいじゃないの、闇が似合う魔女。この暗闇の中、存在を隠して移動できるのよ」
「……確かに、殺し合いたくない人には理想的だね。凄いなぁ」
「あんたも素質ありそうだけど」
「ま、魔女の……!?」
「あんた男でしょ」

それもそうか、とポンと手を打つ。
素質ありそうというのは魔女ではなく、存在を隠すということについて言っていたのかと納得する。
あんたちょっとズレてるわね、と可笑しそうに言われた。

「話が逸れたわね。今までの生活には戻りたいわ。でも、殺し合いに乗って自分1人で帰っていくのもなんか違うのよね」
「そうだね。律だって師匠だってここにいるみたいだし……僕の日常は、僕ひとりじゃ成り立たない」
「私もよ。クラスメイトも先生もいる。いなくなったらしっくり来ないわ。それに、殺意ってのはこんな形で持たされるべきものじゃないでしょ」

普段使っている対先生ナイフの代わりに、チョークをくるんと回転させる。
何も持ってない茂夫は指の動きだけを真似してみた。

「大きな力は、決して人に向けたらいけないんだ。あの姫神って人にも、それを教えてあげないと」
「違いないわね。私ら中学生でも教わったことだわ。“手入れ”してやらないとね」
「うん。中学生でも、力を持たない人でも、分かることだもんね。そんなことも分からないのは恥ずかしいよって、言ってあげなきゃ」

学童保育施設わかばパークの園長である松方に全治2週間の怪我を負わせたフリーランニング事件に、綺羅々は関与していない。
しかし、連帯責任と言ってクラス全員でボランティアに励むことになり、子どもたちにじゃれつかれつつ最初はボヤいていた。
そんな関わり方をしていったわかばパークで知ったのは、松方は修繕する余裕すらない施設で子どもたちの為に最も多くの仕事をこなしていたということ、そして、そんな彼を入院させてしまうのは言ってしまえば大黒柱を折るにも等しいということ。
自分も教わった暗殺の為の力。それを向ける先を間違うとどうなるか、関与してなかったからこそ共に知るべきだったのだろう。
ボランティア期間を終え、教わった力は人を守る為以外に使わないという結論に反対する生徒は、綺羅々のみならず誰もいなかった。

茂夫は師匠である霊幻新隆から、超能力を使えるからと自分が特別だと思ってはいけないこと、包丁と同じで力を人に向けてはいけないことを教わった。
しかし、初めて出会った自分以外の超能力者、花沢輝気は敵意を以て力を茂夫に向けてきた。
首を絞められても尚、彼に自ら超能力を向けることはしなかった……が、結果的に意識を失い制御できなくなってしまった力は大きなうねりとなり、ひとつの学校を丸ごと消し飛ばしてしまった。
力を向けられる恐怖も、力をぶつけてしまう恐怖も、茂夫は知っている。

自らの力と真剣に向き合ったことがあるからこそ、ふたりは強く思う。
姫神のこの力の使い方は、決して許されることじゃない。

「姫神って人だけじゃない。言われるままに殺し合いをしようって人がいたなら、その人にも。そんなことはダメだよって……あの時の花沢くんみたいに、聞いてくれないかもしれないけど……」
「ま、そういう奴らがいるなら正当防衛くらいはさせてもらいましょ」
「正当防衛……」
「どうしたの」
「また相手の髪の毛を刈り取って服を剥ぎ取ってプライドへし折って友達なくさせて通ってる学校を破壊しちゃわないように気を付けようと思って……」
「どうやったら正当防衛でそこまでできるの」
「話せば長くなるけど……」
「じゃあ話さなくてもいいわ。それよりも、これからのことを確認しましょ」
「あ、うん」

まずはそれぞれの知り合いを把握しておこうと、名簿を捲っていく。
綺羅々の知り合いが4人、茂夫の知り合いが3人。
人数が少ない茂夫から、情報の共有をすることになった。

「この子が律、僕の弟。とっても優秀で、頭も良いし運動も得意なんだ。
こっちは花沢輝気くん。最初は……喧嘩?したけど、拐われた律を助けるのを手伝ってくれたし、悪い人ではないよ。
こっちが師匠……あっ、霊幻新隆師匠。僕に力の使い方を教えてくれた人」
「弟もいるのね……なら、そこを優先して探したい?」
「うん、そうだね。大切な家族だから」
「了解。私の知り合いはまずこの赤羽業。中二半。こっちは茅野カエデ。甘いものが好きな子。
これは烏間先生。強面だけど良い人よ。それから潮田渚。これでも男子」
「男の子だったんだ」
「みんな同じクラスよ。烏間先生は特に合流できたら頼りになると思う」
「烏間先生……分かった」

何故喧嘩に疑問符が付くのか、中二半とは何なのか、などの気になる点はあるものの、深くは気にしないことにして紹介された人を記憶していく。
山に建つ校舎とはいえ目立つだろうと電気は点けていないため、少々見えにくいが大きな問題にはならなかった。強いて言えば、烏間惟臣の写真が通常よりいかつい顔に見えたくらいだ。
次に支給品の確認。茂夫が取り出した銃を見て、綺羅々はあら、と呟く。

「対先生BB弾じゃない」
「たい、せんせい……?」
「簡単に言えば特殊な細胞を破壊する為のBB弾よ」
「物騒だね」
「でも人体に害はないのよ。まあ足止めくらいには使えるでしょ」
「そっか。なら一応手に持っておくよ」

害がないなら安心と、軽量の銃を御守りのように大切に握りしめる。
それが本来とは違う殺傷力を持ったものとはつゆ知らず。
綺羅々もまた、よく知ったものだからと試し撃ちなどは奨めず、変化に気付くことはなかった。

「あれ、狭間さんチョーク持っていくの?」

ザックを漁るその手に先程回していたチョークが握られていることに気付き、茂夫は首を傾げる。

「まあね。紙では難しいところにメッセージとか残せるかもしれないし、1本砕いて粉にしちゃえば、目くらましにも使えそうじゃない」
「なるほど。じゃあ僕も持っておこうかな」

黒板に置かれていたチョークを2本ずつ拝借する。
これまでの学生生活ではしたことのない行為に、どこか不思議な気持ちを覚えた。





支給品などの確認作業を終え、ふたりは窓から景色を眺めていた。
休み時間に空を眺めるようなゆったりとしたものではなく、山道を登ってくる者がいるかどうかの確認の為だ。
夜中の山の視界は良くないが、少なくとも視認できる距離には人影はないように思える。

最後に決めたのは、これからの動きだ。
綺羅々のよく知るこの校舎で息を潜めるという選択肢もあるだろう。
しかし、授業ではなく殺し合いゲームに巻き込まれたこの状況で、いつ誰に襲われるかも分からないのに消耗してまで登ってくる者はあまりいないと思われる。
また、地図を見ると今いるこの校舎はほぼ北端に配置されているためため、ここを知るE組関係者が訪れることあったとしても、動き始めた瞬間にすれ違うということはなさそうだ。
茂夫が弟と共に巻き込まれていることもあり、ふたりは山を下り知り合いたちを探すことに決めた。

「それじゃ、下山と行きましょうか。念の為、森の中を通りましょ。授業で駆け回ることもあるから、案内してあげるわ」
「ありがとう」
「ところであんた、体力は?」
「…………」

投げ掛けられたふたつめの問に、茂夫はぴしりと固まった。
殺し合いという明らかに普通じゃない状況や、出会った相手が殺意を持った者ではなくて安心したこと、様々なことが重なって基本的な考えがすっぽ抜けていたことに気付く。
肉体改造部に所属し毎日ランニングに明け暮れてはいるが、それでも茂夫の体力および運動神経はクラスどころか学校全体で見ても下から数えた方が早いほど。
下手したら死活問題になりうる。
真顔で大量の汗をだらだらと流し始めた茂夫を見て、綺羅々は笑うでもなくため息を吐くでもなく、ただ小さな声で言った。

「……じゃあ途中で水場通るわね。私も体力ある方じゃないし」





夜中の校舎のボーイ・ミーツ・ガール。
きっと今ここでしかできなかった出会い。
そんな若者たちが校舎を後にして進む先は、希望に溢れた未来ではなく、殺し合いというサツバツとした世界。
青春と呼ぶには、やはり何もかもが程遠い。



【A-4/椚ヶ丘中学校別校舎・E組教室/一日目 深夜】

【狭間綺羅々@暗殺教室】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:基本支給品 不明支給品1~3(本人確認済) チョーク2本(現地調達)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いには乗らない。正当防衛くらいはする。
一.殺せんせーだったら姫神って奴にも手入れするんでしょうね。
二.無理しないルート通ってあげないと。

※わかばパークでのボランティア以降の参戦です。

【影山茂夫@モブサイコ100】
[状態]:健康
[装備]:対先生BB弾@暗殺教室
[道具]:基本支給品 不明支給品0~2(本人確認済) チョーク2本(現地調達)
[思考・状況]
基本行動方針:力を人に向けてはいけないと姫神に教えたい。
一.大きな力は人に向けたらいけないのに……。
二.下山まで体力持つかな……。

※エミと過ごした1週間以降の参戦です。


【支給品紹介】

【対先生BB弾@暗殺教室】
対先生ナイフと同じく、本来は持っていない殺傷力を有する。馴染みのあるものだっため、狭間綺羅々は性能に変化があるとは思いもしなかったようだ。

Back← 009 →Next
008:仮面の裏で 時系列順 010:幸せの言霊
投下順
狭間綺羅々 025:泡沫の青春模様
影山茂夫
最終更新:2020年08月27日 17:30