星空が綺麗な夜の山を男女で下る。それはまさに、青春の1ページと言わんばかりの絵面で。殺し合いなどを命じられていなければ、きっと何ものにも変えがたい思い出となっていたに違いない。
その男の側、影山茂夫はふと思った。霊幻師匠の、後に松茸狩りに変わるツチノコ狩りに動員されたり。心霊スポットに出向き、悪霊でもない良い霊を除霊することになったり。正直なところ山にはあまりいい思い出がない。だけど、前者は後で食べさせてもらえた松茸が美味しかった。後者は、見方を変えれば職業意識の高い霊幻師匠が仕事より自分の気持ちを優先してくれた貴重な体験だったとも思う。
非日常の要素――殺し合いなどという不安など、胸の奥に一欠片も存在しない、ただ流れていくだけの日常。たったそれだけでも、幾分かは幸せなことだったんじゃないか、と。
「……ってことを……ハァ……思ったんだけど……ゼエ……どうかな……。」
浮かんだ考えを、たどたどしくもアウトプットする。
「それ、ネガティブなのかポジティブなのか分からないわね。でも、一理あるわ。」
そして女の側、狭間綺羅々も同じく考える。E組として毎日登らされて、嫌というほど憎んで呪ってきた山だけれど、こうして殺し合わされるという奇怪な環境で再びこの地に降り立ってみれば、何だかんだ、暗殺教室という要素を抜きにしてもこの地への感情はそれらばかりでもないのだとも思える。現状、茂夫とともにこの校舎を離れることにどこかもの寂しさを覚えている自分がいるのだ。
(腐っても母校とでもいうのかしら。くだらないわね。)
そんな感覚を一瞥、吐き捨てる。どこで泳ぐかではなく、どう泳ぐか――暗殺教室で教わってきたその答えを肯定するにしても、それでもE組の校舎は環境としては泳ぎたくないことこの上ないものだった。殺せんせーが来ていなければ、何も得られず、ただ劣等感だけを植え付けられる1年を過ごしていただろう。だから、感謝すべきは殺せんせーであり、この土地ではない。そう思っていたけれど、どうも感情というものはそう単純化できるものでもないようだ。
「っていうか……」
綺羅々はチラリと背後に目をやる。
「ハァ……ハァ……ゼエ……ゼエ……」
「……あんた、本当に運動はからっきしなのね。」
息も絶え絶えになりながらも、茂夫は綺羅々の後ろを何とか着いて来ていた。さすがに見ていられなくなって、綺羅々は歩く速度を半分程度まで落とす。
「一応……肉改で……ハァ……鍛えては……ゼエ……いる……はずなんだけれど……」
「肉塊……?」
豊富なボキャブラリーを有する綺羅々の辞書を以てしても理解が追いつかない単語について尋ねると、『肉体改造部』と、これまた辞書にないことばが返ってくる。さらに、『"脳感電波部"と部室をシェアしている』などという追撃までもが備えられた。
「……よく分からないけど、つまるところそういう部活なのね?」
「……ゼヒュー……ゼヒュー……うん…………」
歩く速度を落としても、会話よりも呼吸の方が多くなってしまっている茂夫。その姿に多少の危機感と、結構な罪悪感を覚えた綺羅々は提案する。
「まあいいわ。水場まではまだあるけど、少し休みましょ。」
「う、うん……」
その提案に、渡りに船とばかりに乗る茂夫。他者との接触のリスクを減らすため、脇道に逸れて座り込んだ。
そして、訪れる静寂。厳密には、茂夫の息切れの声のみが漏れる。とりわけ話題もなく、両者ともに沈黙を苦とする性格でもない。
綺羅々から見ての茂夫は、普段つるんでいる寺坂グループとは少し違うタイプの男子であるし、茂夫にすればタイプに関係なくほぼ初対面の女子でたる地点で緊張する。必然的な到来から、その静寂は数分間にもわたり、休憩を終えて再び歩き始めるまで続いた。それも、「そろそろ行きましょ」「うん。」というこの上なく事務的な会話である。
(これは良くないわね。)
立ち上がり、茂夫に合わせた速度で歩きながら綺羅々は思う。確かにディスコミュニケーションのまま過ごすのも苦痛ではなく、悪いばかりではないのだが、何せここは殺伐とした殺し合いの世界だ。ちょっとした連携の行き違いが、容易に死を招く。そして、連携の鍵となるのは何か。もちろん、構成員の基礎体力でもあるだろうし、少なからず運もあるのだろう。しかし、欠かせないのは相手への理解だ。日常を共にし、コミュニケーションを交わしてきた積み重ねがあるからこそ、理解を元にした連携をとる事ができる。これまで幾度となく窮地に陥ってきたE組がそれを潜り抜けてこれたのは相互理解があったからに他ならない。
「……ねえ。」
そして、コミュニケーションの大切さについての理解を有しているのが自分であるならば、会話のとっかかりも自分からであるべきなのだろう。
(私にこんな気を遣わせるなんて……呪うわよ、姫神。)
内心でどこか舌打ちする綺羅々。しかし理由はどうであれ、会話の糸口を探し出すその様相はまさに、恋する男女の描く青春模様のそれのよう。
「『蠱毒』って知ってるかしら?」
「ううん。知らない。」
会話の引き出しの少ない綺羅々がすぐにでも引っ張り出せるものといえば、やはり呪いであった。
「古代の中国で使われた呪術の方法よ。毒を持った虫を百匹ほど同じ容器に放り込むの。」
「えっ、そんなことしたら……」
「ええ、その通りよ。」
「虫がいっぱいで気持ち悪い……」
「前言撤回。その通りじゃなかったわ。」
やっぱズレてるわね、と綺羅々は可笑しそうに笑う。
「殺し合うのよ。理性のない虫だもの。そして、いちばん強い毒を持った虫が生き残る。」
まるでこの世界みたいじゃない?ㅤと、他人事のように綺羅々は呟いた。笑えないくらいに自分たちが直面していることではあるけれど、少なくともこうして見知らぬ男の子と、見慣れた景色で日常の延長を過ごしている現状を鑑みれば、やはり殺し合いなど他人事なのだ。
「でも私たちは虫と違う。こんな『容器』ごときで簡単に殺し合ったりしない。」
トントンと首輪を突っつきながら言った。虫ならば、容器に入れるだけで共食いを始めるかもしれない。人ならば、首輪という恐怖で脅せば、或いは乗る者もいるかもしれない。しかし、1年間を通じて『殺す』ということと向き合ってきたE組を従わせるには、あまりにもぬるい。
「そうだね。」
そして綺羅々が1年間、力の使い方と向き合ってきたと言うのであれば。
「首輪の爆発は確かに怖い。だけど、僕が超能力を使って誰かを殺して、今までの僕じゃなくなっちゃう方がもっと怖いよ。」
茂夫は、生まれてこの方、常に自分の力と向き合ってきたのだ。超能力――その言葉は比喩でも何でもない。殺せんせーのように超スピードで誤魔化しているでもなく、実際にものが浮き上がるのを見せて貰った。一般にファンタジーだと言われてきた超能力の存在に、驚くしかなくて。こいつが殺し合いに乗るような人間でなくてよかったと思わざるを得なかった。
「……超能力といえば。」
そんな回想を思い巡らせていると、唐突に疑問が浮かんできた。
「あんた、わざわざ走らなくても自分を浮かせて移動したりはできないの?」
「できなくはない、けど……」
茂夫は考え込むような仕草を見せる。
「自分を変えたいんだ。今まで超能力に頼ってきて、走るのとか遅いし……超能力でできないこともいっぱいあるから。」
「ふーん……」
答えになっているようで、なっていない。その矜恃はこんな非常事態にも適用すべきものなのか、上手く活用できれば超能力である程度は『何でも』することもできるのではないか、疑問は尽きない。だけどその目から、簡単に否定していい類のものではないことも分かる。
「つまり馬鹿なのね。」
「ひどい。」
表情は崩さぬままに、ショックを表現する茂夫。それを横目に、まさに魔女のように笑う綺羅々。
「でも、馬鹿は嫌いじゃないわよ。だって私たちの憧れる青春って、結局は馬鹿なことに集約されるものじゃない?」
「それ、似たようなことをトメさんも言ってた。」
「トメさんって誰よ。」
「脳感電波部の部長さん。いつも部室でお菓子食べてゲームしてる人なんだ。」
「……なんか、一緒にされたくはないわね。」
星空の下の語り合い。安易に恋愛模様とも言い難い、何かしらの感情が二人の中でそっと芽生える。それは絆か、それともまた別のものなのか、その答えはまだ分からない。分からなくとも、或いは十年も経ってみれば気付くのかもしれない。
――けれど。
破滅の時は、刻一刻と近付いてきている。
――定時放送。
いつかと同じように、家族の死を突きつけられることがすでに確定している。そして今度は偽装などではなく、確かな、不可逆的な死。
破滅を回避する何かを、この邂逅は生み出すことができるのか。それとも――
【モブ爆発まで3時間】
【A-4/水場付近/一日目 深夜】
【狭間綺羅々@暗殺教室】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:基本支給品 不明支給品1~3(本人確認済) チョーク2本(現地調達)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いには乗らない。正当防衛くらいはする。
一.殺せんせーだったら姫神って奴にも手入れするんでしょうね。
二.無理しないルート通ってあげないと。
※わかばパークでのボランティア以降の参戦です。
【影山茂夫@モブサイコ100】
[状態]:疲弊気味
[装備]:対先生BB弾@暗殺教室
[道具]:基本支給品 不明支給品0~2(本人確認済) チョーク2本(現地調達)
[思考・状況]
基本行動方針:力を人に向けてはいけないと姫神に教えたい。
一.大きな力は人に向けたらいけないのに……。
二.下山まで体力持つかな……。
※ショウによって偽装された遺体を見せられ、家族の生存を確認して以降の参戦です。
最終更新:2021年05月15日 03:56