(奇怪な催しに巻き込まれたものだ。まさか、殺し合いとは。)

 電灯の消えた真っ暗な部屋の中で、岩永琴子は目を覚ました。

 辺りを伺ったところ、先ほどの40人ほどいた会場とは異なり誰もいないようだ。人のいる様子も、妖怪の類の気配も無かった。

 荒療治となると面倒であるし、人がいないのはひとまず良しとしよう。しかし辺りに2~3匹くらい居てもおかしくない妖怪が、『唐突に建物内に転送されてきた』という異常な挙動を見せた自分のもとに1匹たりともやって来ないのは些か妙だ。
特にこの建物は、普通の建物より霊の類を呼び寄せかねない内装をしている。

("霊とか相談所"ですか。部屋の主に何かしら霊に携わる力があるのか、それともただの霊感商法かはまだ判断できませんが……。)

 現状把握の一環として、地図にある施設名と部屋の中から見つかった情報を照らし合わせて自身の現在地を特定。どうやら殺し合いの舞台の中でもかなり端の方にいるようだ。
それにしても怪異たちの知恵の神、もとい相談屋たる自分をこのような名の建物に送り込むとは、主催者も皮肉なことをしてくれる。

 また、持ち物も改めたところ、いつものステッキが没収されていることに気付く。ひとまずその代わりとなりそうなものはあったうえ、義眼や義足が没収されていたというわけでもないため、ひとまず行動に支障はきたさないだろう。

 閑話休題。

 言われた通り殺し合うという選択肢は真っ先に排除した。そもそも、主催者の目的がただ殺し合わせて愉しむことでないのは明白なのだ。
参加者名簿を信頼するのであれば、九郎先輩もこの殺し合いに呼ばれている。ただそれだけで、この殺し合いはもはや出来レースと化した。人魚の肉を食べた九郎先輩は決して死ぬことがない。正確にはいかに死のうとも蘇るのだ。
"最後の一人になるまで殺し合う"というルールの最後の一人はもう決まっているも同然だ。

 そしてかの"鋼人七瀬"までもがこの世界に顕現している。その要素が加えられたことによってこの殺し合いはもはや茶番と化した。鋼人七瀬もまた、九郎先輩とは別の意味で不死身だ。人間の想像力によって生きるかの怪物は、外部から物理的に消滅させることはできない。ネットの海を介して大衆に根付いた想像力自体に干渉することでようやく消し去れた存在だ。準備できる物にも限りのあるこの世界ではそれを再現することすら困難だろう。つまり九郎先輩も合わせ、二体の不死者がこの場にいる。"最後の一人になるまで殺し合う"というルールはもはや機能しない。

(鋼人七瀬がいる地点で間違いなく六花さんが絡んでいると見ていいだろう。しかし、何が目的なのか。)

 不死者を混じえての殺し合い。そのまま受け取るのならそれ以外への処刑宣告だ。もちろんそこには自分も含まれる。
だが殺すことが目的ならば今すぐにでも首輪の爆弾を起動でもすれば良いではないか。
それをしないとなれば殺すことではなく、殺し合わせること自体に意味があるのだと考えるのが筋である。

 それならばその意味は―――それを考えるには情報が少なすぎる。
姫神という男は誰なのか。金髪の男に告げられた『心の怪盗団』とは何なのか。不明な点を挙げていくと数え切れない。

 ここまででやるべき事はハッキリしていた。今までの事件と同じく、可能な限りの情報収集である。しかしそれは決してこれまでと同じようにこなせるものではない。殺し合いをさせられている現状、不用意な他者との接触はリスクが高いからだ。

(さて、どうしたものか。)




――コンコン。

 その時、静かな部屋に心地良い打音が響き渡った。

 咄嗟に奥の部屋に飛び込んで台の下に隠れる岩永。それはこの部屋の持ち主、霊幻新隆が客にマッサージを施す際に使っていた台である。

「お嬢様~!いらっしゃいますか?」

 ノックの主の声が聞こえた。内容から察するに、人探しをしているようだ。

(探し人を保護したいのは間違いないでしょう。問題はそれ以外の人物に対してどう振る舞うか、ですが。)

 不意打ちをしてくる相手よりは対処しやすいものの、やはり少なからずリスクはある。
しかし同時に考える。来訪を隠さない相手という、比較的危険度の小さい相手を逃すのなら、九郎先輩や紗季さんくらいしか接触を許容できる相手はいなくなる。

(まずは話を聞いてみましょうか。いざという時の交渉材料もあることですし。)

 結果、岩永は来訪者を迎え入れることを選んだ。




 女の子と見間違えてしまうほど綺麗な青髪に反し、格式張った黒い執事服を身にまとった少年、綾崎ハヤテ。今しがたたどり着いた扉を前に、彼が真っ先に取った行動は"ノック"であった。

 突然の入室でお嬢様を驚かせてしまうことも、うっかり女の子の着替えを覗いてしまうことも、この行動ひとつでバッチリ避けられる。ヒナギクさん曰く、ノックは人類最大の発明だそうだ。

「お嬢様~!ㅤいらっしゃいますか?」

 ノックに加えて話しかける。
 もしも中に積極的に殺し合う者がいれば、自分の来訪を堂々と告げる行いはかなりリスキーなのかもしれない。しかしハヤテにとってそれはどうでもよかった。

 虎に、ロボットに、悪霊に。執事として数多くの危険と戦ってきたハヤテ。彼の日常に死は何故か隣り合わせだった。
その中で並大抵の相手なら襲われようと何とかなる程度の頑丈さは備えているつもりだ。それこそ異世界の魔王とかドラゴンとか、そういうのでも出てこない限りそう簡単に死ぬハヤテではない。

 しかしお嬢様――三千院ナギは違う。
ちっちゃくて運動音痴で、怠けたい動きたくないを地で貫く怠惰の極地、ダメニートだ。
こんな殺し合いの中に放り込まれればいつ殺されてしまうか分かったものではない。

 だからお嬢様は外敵から身を隠していると思う。というより、あの負けず嫌いのお嬢様でもこんな状況下ではそう振舞っていると思いたいというのが本音か。
しかしそれに対して自分も身を隠しながら行動しては、お互いがお互いから隠れていることとなり、お嬢様とニアミスする可能性が高い。
だから危険は承知で、自分の居場所を発信していた。

 逆に言えば、危険を甘受してでもお嬢様を守りたかった。

 両親に1億5000万円の借金を押し付けられ、ヤクザに追われ、そして海外に売られそうになったあの日。
ヤケになってお嬢様を誘拐しようとしたのに、お嬢様はそれを許すどころか借金の肩代わり、さらには執事として雇うことまでしてくれた。
誰かに優しさを向けてもらったのはいつぶりだっただろうか。本当に辛い時に、手を差し伸べてくれる人がいることの温かさをあの時に知った。

 今の自分があるのはお嬢様のおかげだ。
だからこそ。その恩に、その優しさに、報いるために。何があってもお嬢様を守り抜くと誓ったんだ。
たとえ、この命にかえても。

 そんなハヤテの献身ともいえる行いが、この状況下で結果的に実を結ぶこととなった。

 きいと音を立て、ノックを受けたドアが客人を迎え入れるように開く。
何ということはない、中の者がハヤテの来訪に応じただけの話だ。しかしハヤテには、中の者の意思に従って扉が勝手に開いたかのように思えた。

「はじめまして。」

 電気のついていない真っ暗な部屋ながら、ベレー帽の下から覗く栗色の髪と紫色に光る両の眼が、可憐ながらに幼さの残る顔つきを引き立てていた。そして彼女は、落ち着いたトーンで静かに己の名を告げた。

 その静謐な様子がハヤテには――


「岩永琴子と申します。」


――まるで、神様のように見えたという。

 その静謐な雰囲気に飲まれ、ハヤテは圧倒されていた。暫しの後、我に返ったハヤテが口を開く。

「……あっ!ㅤ三千院家の執事をしています、綾崎ハヤテです。えーと、殺し合えなんて言われていますけど……どうします?」

 どこかぎこちなく、ハヤテが尋ねる。しかしそれを聞くこと自体、ハヤテが殺し合いに積極的ではない証拠だ。

「私としては荒事は避けていただけると助かるのですが。」

「まあそうですよね。でも、いいんですか?」

「主催者に逆らうことは問題ありません。私のことを知った上で殺し合いに参加させたのなら、私が反抗することくらい向こうも分かりきっているはずですから。」

「うーん、そういうものなんでしょうか……。」

 釈然としない点こそあるが、ひとまず殺し合わないのならそれで良い、とハヤテは半ば強引に受け入れた。

 一方の岩永は、九郎先輩の不死体質から殺し合いがそもそも成立していないという内容は伏せていた。突然そんなことを言われても信じられないだろうし、最悪の場合は行動を共にするのも危うい奇人とさえ見なされかねない。

「ところで、人探しをしているご様子。察するに、先ほど仰っていた三千院という方でしょうか。」

「ええ。このような身なりなのですが、見かけていませんか?」

 ハヤテは名簿を差し出し、『三千院ナギ』という名の下に随分と無愛想な顔写真が載ったページを岩永に見せるが、まだハヤテ以外の参加者と出会っていない岩永はそれに目を通すまでもなく首を横に振る。

「そうですか、ありがとうございます。それでは……」

「いえ、待ってください。」

 早急にお嬢様の捜索に戻るために霊とか相談所を去ろうとするハヤテを、岩永はすかさず呼び止めた。

「折角の出会いです。ここは取引といこうじゃありませんか。」

「取引?」

 言うが早いか、岩永はザックにガバッと両手を突っ込む。
そして次の瞬間、ハヤテは珍妙な光景を目にすることとなった。せいぜい岩永の肩幅しかないザックから、成人男性が乗り込むほどのサイズの自転車が顔を出したのである。

「私にも探している人がいます。ですがその人は一人でもまず死なないと信頼しているので、特に急いではいません。むしろ私の安全確保の方が先です。
しかしあなたは私とは違って一刻も早く三千院さんを探したいはず。となればそれなりの移動手段が必要でしょう。その点、この自転車は大きすぎて私は乗れないのですが、あなたなら扱えます。
かといってこれをあなたに無償で譲るのは、先に述べた私の安全確保に反します。あなたが自転車を手に入れたことで本来あなたとぶつかるはずだった相手が私に回ってくるかもしれませんから。」

 岩永はこれから本題と言う代わりに、ポンと手を叩く。

「そこであなたがこれを運転し、私が後ろに乗り込む。それによりあなたは移動手段を、私は自分を保護してくれる相手を手に入れられる、というのはどうでしょうか。お互いにとって有益な取引だと思いますが。」

 ああ、と一言漏らし、さらに岩永は付け加える。

「もちろんあなたには力ずくでこれを奪うという選択肢もありますよ。二人乗りとなれば出せる速度にも限界がありますし、私を殺せば自転車だけでなくその他の支給品もあなたのものです。私はこの通りか弱いため、あなたに襲われれば殺されるのは避けられないでしょうね。
 しかしその場合、私は猫を噛む窮鼠の如く抵抗します。あなたの足に怪我を負わせる、もしくは自転車くらいは壊してみせます。それはあなたにとって―――」

「い、いえ!そんなことしませんから!」

 慌てて岩永の言葉を否定するハヤテ。
岩永の提案は明白にこの場の最適解であった。それはハヤテにのみならず、岩永自身にとっても。
特にハヤテは、元最速と呼ばれた自転車便。岩永を背に乗せる以上それほどの無茶な速度は出せずとも、自転車の扱いとなれば誰にも負けない自信はある。

「ですが僕、何かと不幸を呼び寄せちゃう体質なんですよ……。もぉホント、何かに取り憑かれてるんじゃないかってくらい。岩永さんがそれでも良ければ、是非ともそうしたいのですが……。」

「大丈夫ですよ。あなたは特に何にも取り憑かれていませんから。」

「え?」

 予想外の返事に戸惑うハヤテ。そんなハヤテをからかうように、岩永は『可憐』と言い表すのが相応しい、惹き込まれるような笑みを浮かべていた。
しかし、ハヤテは知らない。目的のためなら人の心も倫理も、不要なものと切り捨てる岩永琴子の信念。

「取引、成立ですね。」

 それは時に、『苛烈』とも評されることを。


【F-5/霊とか相談所/一日目 深夜】

【綾崎ハヤテ@ハヤテのごとく!】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品 不明支給品1~3
[思考・状況]
基本行動方針:お嬢様を守る
一.たとえ、この命にかえても。

【岩永琴子@虚構推理】
[状態]:健康 義眼/義足装着
[装備]:怪盗紳士ステッキ@ペルソナ5
[道具]:基本支給品 不明支給品0~1(本人確認済) デュラハン号@はたらく魔王さま!
[思考・状況]
基本行動方針:秩序に反する殺し合いを許容しない
一.不死者を交えての殺し合いの意味は?
二.九郎先輩と合流したい。

※鋼人七瀬を消し去った後からの参戦です。

【支給品紹介】

【怪盗紳士ステッキ@ペルソナ5】
岩永琴子に支給されたステッキ。これを用いて攻撃すると稀に何らかの状態異常付与の効果がある。

【デュラハン号@はたらく魔王さま!】
岩永琴子に支給されたボロい自転車。真奥貞夫の扱うサイズであるため、岩永が運転することはできない。


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最終更新:2022年04月25日 02:24