聞いてない。これはさすがに聞いてない。

 確かに、移動手段として自転車を提示したのはこの私だ。
『取引』と称し、綾崎ハヤテにそれを提供する代わりに後部座席に乗せてもらうよう取り計らったのも、間違いなく私だ。この結末は概ね私の予測の通りに訪れたものである。

 なればこそ、この現状も甘んじて受け入れるべきなのか。或いは、これを予測できなかった私に非があるというのか。答えはどちらも否、だ。こんなのとても看過出来ないし、そして私は悪くない。

「何ですかこのスピードは!」

 真っ青になりながら、岩永琴子は声高に主張した。しかしその声も、デュラハン号が奏でる風切り音にかき消されてハヤテには届かない。ただし岩永が何かを発言したことだけはわかったようで、ハヤテはブレーキに手をかけてその場に制止した。キキキキキィと甲高い音を鳴り響かせながら急停止するデュラハン号と共に、岩永もまた自分の心臓が停止したかのように思えた。

「どうかしました?」

「どうかしているのはお前だ。」

 語調を荒くして咎める岩永。運転中に人格が歪む者は稀にいるが、運転してもらっている側の人格が歪まされるとはいかなる了見か。

「人を乗せてあのスピードで突っ走る奴があるか!」

「ええと……ほら、狙撃とかされたら嫌じゃないですか。」

「振り落とされて死んだら同じことです!」

 ハヤテとしては、一刻も早くナギを探したいところ。反面、探し人が不死身であるため自分の身の安全の確保が最優先の岩永。自転車、デュラハン号を提供する代わりに自分の保護を申し出ることで、反目する両者の目的は、しかし両立出来るはずだった。それなのに、自転車であるがゆえに危険に晒されるとはまさかの落とし穴だった。しかしそれは岩永の落ち度などではなく、スポーツカーさえもぶっちぎって突き進むハヤテの自転車操縦技術が規格外なのだ。

「ちゃんと掴まってたら大丈夫ですってば。」

 その言葉に、ようやく冷静さを取り戻した岩永はため息混じりに反論する。

「そもそも私としては、好きでもない殿方に身体を預けるのも不服でして。やむを得ないとはいえ、密着度は考えてください。」

「それなら大丈夫です。僕、子供はそういう目で見ないので!」

 しかしながら、藪をつついて蛇を出すことについて、ハヤテは天才的だった。

「誰が子供かっ!」

 怒りに燃え上がった岩永を前に、ハヤテはスミマセンを連呼することしかできなかった。

 結局ハヤテはデリカシー無しの烙印を押され、ハヤテの漕ぐデュラハン号の速度は岩永に配慮されたものとなる。

(本当はお嬢様を探すために飛ばしたいところだけど……)

 一刻も早くナギを見つけなくてはならないこの状況下、あえてスピードを落とさなくてはならない状況にハヤテはもどかしさを覚える。しかし、スピードを落としたとはいえ徒歩よりは格段に速い。岩永に支給されたデュラハン号を使わせてもらっているだけ時間短縮になっているのは間違いないのだ。

 かくして、何だかんだ押しに弱く巻き込まれ体質なハヤテが折れることによって取引は岩永の当初の想定通り、履行されることとなった。

「それにしても、人並外れた脚力ですね。」

 それから数分後。もう一度走行を始めたデュラハン号でハヤテの背に捕まりながら、岩永が口を開く。

「貴方の名前の通り、疾風(はやて)の如きスピードとでも言いましょうか。」

「親も、そう願っていたみたいですよ。」

「親、ですか?」

 スピードを願う親、という言葉の咀嚼が間に合わず、岩永は尋ねる。

「僕の名前の由来です。借金取りから疾風の如く逃げられるように……って。」

「……それは、難儀なものですね。」

「まあ、去年のクリスマスに子供に1億5000万の借金を押し付けて逃げた親ですから。」

 ハヤテは、アッサリとした――されど、どこか苦々しさを含んだ笑みを浮かべた。位置的に岩永には見えなかったが、それでも声のトーンからそれは痛々しいほどに伝わってきた。

「心中お察し致します。」

「いえ。むしろ感謝してるのもあるんですよ。どうしようもない親でしたけれど、そのおかげで、今の僕には居場所があるんです。」

「居場所……察するに、それがあなたの言う"お嬢様"というわけですか。」

「はい。親に売られ、借金取りに追われ、どうしようもなかったあの日。それでも助けてくれた人がいたんですよ。」

 そして、ハヤテは語る。誘拐しようとしていたにもかかわらず借金を肩代わりしてくれた上に、執事として雇ってまでくれたお嬢様についての大まかなエピソードを。

 それを聞き終えた岩永は、ハヤテの焦燥に合点がいったように思えた。いくら執事だからといって、このような無法の地では雇用主のことより自分のことを優先してもおかしくはない。だが、雇用主が恩人であり、心から大切な人であるならば、そのスタンスにも理解できると言うものだ。

(九郎先輩も、これくらい私を躍起になって探してくれていればいいのですが。)

 不意に生まれた考えを振り払う。この辺りについて考え始めるとろくな思考にならないだろうからだ。

「まあいいでしょう。もう少し、スピードを上げても構いませんよ。」

「本当ですか?ㅤ助かります!」

 そのお許しが出るや否や、ペダルを踏み込んでぐんと加速するハヤテ。突然の譲歩の理由は、お嬢様への熱意が伝わったからだろうか。

「あなたのためではありませんよ。」

 ハヤテに生まれたそんな考えを、岩永はツンデレっぽく否定した。

「昔から、人の恋路を邪魔するものにはとんだ報いがあると言うじゃあないですか。」

 岩永のような理性的な人物が語るには、何とも言い訳がましい答え。しかしそれは素直になれないなどの事情ではなく、れっきとした岩永の本心だった。

 けれど、その本心の在り処よりも、無視できない単語がハヤテにはあった。

「ありがたいですけど……でも恋路とは違いますよ。僕はお嬢様の執事ですから。」

「おや、違いましたか。今の話を聞くにてっきりそういうことなのだと思いましたが。」

「まさか。それにお嬢様はまだ13歳ですよ?ㅤ先ほども言った通り、子供は恋愛対象として見たりはしませんよ。」

 そうですか、と岩永は冷めた態度で返す。そして、考える。ハヤテの話を聞いた限り、ハヤテ側の感情がどうであれナギの側は恋愛感情で動いていたのではないか。1億5000万となると、仮にも岩永家の令嬢である自分にとっても結構な額だ。幾ら規格外の大金持ちといえど、なんの感情も向けぬ相手に払えるものなのだろうか。

 そうすると、ハヤテを巡る人間関係は面倒なものになっていそうなものだが、そこに確証もなければ、仮に真実であってもそれを突き付ける意味は無い。だからこそ、岩永は何も言わなかった。ボタンのかけ違いを直すのは、殺し合いを終えてからにしてもらうとしよう。

「とにかく、地図によると間もなく『純喫茶ルブラン』というところに着くみたいですよ。寄ってみますか?」

 ハヤテと岩永は、ひとまず目的地を『負け犬公園』に定めていた。ハヤテとナギが初めて出会った場所であり、黙示的な待ち合わせにはこの上ない場所であるからだ。だからこそ、負け犬公園以外の場所は寄り道となる側面が大きい。

「はい。お嬢様がいるかもしれません。」

 しかし、ひきこもりがちで体力の無い彼女。途中でどこかで休んでいたり、出るに出られなくなっていたりする可能性も充分ある。地図に載っている施設くらいは調べる時間を割いてもいいかもしれない。

 二人は、純喫茶ルブランをひとまずの目的地に定めることを決定した。




 一方その頃。純喫茶ルブランにいち早くたどり着いていた者がいた。新島真――怪盗団のためにその手を汚すことを決意した怪盗団のブレインだ。すでに一人をその手で殺害しており、そのザックの中には二人分の支給品を有している。

 人を殺した今、もはや元の日常には完全には戻れないと分かっていながらも、純喫茶ルブランを訪れる、たったそれだけで日常に戻ったかのような気分になった。その風景が、現実のものと全く差異が見つからなかったからだ。しかし全身に纏った怪盗団の格好が、これが非日常であることをこの上なく訴えかけてくる。

(まだ、誰も来ていないみたいね。)

 真は迷わず階段を登っていく。怪盗団のリーダー、雨宮蓮の居候先であるルブランの2階の屋根裏部屋は、今や怪盗団のアジトである。皆で集まって脱出のための作戦会議を開くとしたら、地図に載っている範囲ではここしか有り得ないだろう。しかし偶然自分だけがルブランに近い位置に転送されていたのか、まだ誰も集まってはいないようだ。しかし遠からず、皆は集まってくると思う。その時までになるべく、支給品や食料は他の参加者を殺してでも貯めておきたいところだ。生き残ってほしいのは、怪盗団だけなのだから。

 そして、支給品はまだしも食料は時間が経つにつれてそれぞれの参加者が消費していく。真のスタンス上、動くのならば早いに越したことはないのである。

 しかしここで、もう1つの問題が出てくる。先ほど殺した少年、影山律の支給品を持っている理由だけならばまだ誤魔化せる。メメントスを徘徊する死神、刈り取るものと律が戦っていたのは事実であるし、刈り取るものに殺された律の支給品を貰ってきたと言えば疑う者もおそらくはおらず、刈り取るものと遭遇するであろう他の人物との情報交換においても矛盾は起こるまい。だが、何人分もの余分な支給品を自分が持っていて、それを怪盗団の仲間に提示する時、一体何と説明するのか。偶然その死に立ち会った、というには不自然が過ぎる程度の人数は殺すつもりでいるのだ。

(その時は……"彼"に被ってもらうのも悪くないかもしれないわ。)

 名簿によると、この殺し合いには明智吾郎も参加している。彼ならば殺し合いに積極的であってもおかしくはないし、その認識は怪盗団内で共有できる。明智に襲われたところを返り討ちにしたら、これだけの人数分の支給品を持っていた、というシナリオはなかなかに都合がいいのかもしれない。何より、明智を殺したならばもう1つ特典がある。元の世界に戻ってから、蓮が命の危険を冒してまであの作戦を決行する必要が無くなるではないか。

 そのためには、明智は殺さなくてはならない。彼が彼自身の罪を怪盗団に被せようとしていたように、今度は私の罪を彼に被ってもらおうじゃないか。

(……私の罪、か。)

 怪盗団は悪人しか狙わない、そしてターゲットは全会一致というのが大原則だ。そのどちらのルールにも当てはまらない自分の行いは、怪盗団の活動でもない、ただの自己本位的な殺人である。もちろんパレスの中での出来事だから、法によって裁かれることも無い。

(もし私の行いが彼らにバレたなら、次に"改心"させられるのはこの私かもしれないわね。)

 かつて対立し、会心に至らせた金城潤矢も、心の底は自分の地位を守りたいだけの男だった。そんな彼と今の自分、いったい何が違うというのか。



――チリンチリン。

 その時、階下から扉が開いた時に鳴る鈴の音が聞こえてきた。

 怪盗団の誰かか、と思ったがすぐにそれとは違う声も聞こえてくる。

「お嬢様ー!ㅤいらっしゃいませんかー?」

 こっそりと覗いてみると、顔は見えないが人影は二人分見受けられた。その言葉の内容や、二人で行動しているところから見ても、殺し合いに乗っていないことは分かる。

 最終的には死んでもらうが、とりあえずは情報交換をしてからでも遅くはないだろう。

「……残念だけど、ここには私しかいないわ。」

 真はこの場で不意打ちをせず、堂々と出ていくことに決めた。

 そもそも相手の実力は未知数だ。ペルソナがあるとはいえ、1対2で勝てる相手かは分からない。

 そして、パレスで作られた認知の建物とはいえ、怪盗団のアジト――自分の、たったひとつの居場所であるルブランを血で汚すことへの躊躇いも少なからずあったのだろう。

【E-5/純喫茶ルブラン/一日目 黎明】

【綾崎ハヤテ@ハヤテのごとく!】
[状態]:健康
[装備]:デュラハン号@はたらく魔王さま!
[道具]:基本支給品 不明支給品1~3
[思考・状況]
基本行動方針:お嬢様を守る
一.たとえ、この命にかえても。
二.負け犬公園へ向かう道中、純喫茶ルブランに立ち寄る

※ナギとの誤解が解ける前からの参戦です。

【新島真@ペルソナ5】
[状態]:健康
[装備]:アーザードの聖法衣@小林さんちのメイドラゴン
[道具]:基本支給品×2 不明支給品(0~3) 影山律の不明支給品(0~1) さやかのバット@魔法少女まどか☆マギカ マグロバーガー@はたらく魔王さま!×2
[思考・状況]
基本行動方針:心の怪盗団のメンバー以外を殺し、心の怪盗団の脱出の役に立つ。
1.双葉……頼んだわよ……。
2.明智を見つけたら、殺して自分の罪を被ってもらおう。

※ニイジマ・パレス攻略途中からの参戦です。

【岩永琴子@虚構推理】
[状態]:健康 義眼/義足装着
[装備]:怪盗紳士ステッキ@ペルソナ5
[道具]:基本支給品 不明支給品0~1(本人確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:秩序に反する殺し合いを許容しない
一.不死者を交えての殺し合いの意味は?
二.九郎先輩と合流したい。
三.負け犬公園へ向かう道中、純喫茶ルブランに立ち寄る。

※綾崎ハヤテと三千院ナギの関係について大体を聞きました。

※鋼人七瀬を消し去った後からの参戦です。

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024:牝豹と竜 時系列順 025:泡沫の青春模様
022:魔王、A-6に立つ 投下順 024:牝豹と竜
015:Who's That Knocking at My Door? 綾崎ハヤテ 042:岩永琴子の華麗なる推理
008:仮面の裏で 新島真
015:Who's That Knocking at My Door? 岩永琴子
最終更新:2021年07月18日 13:59