気に入らない。

 大山猛ことファフニールはそう思った。
明日に迫ったライブの予定を強引にキャンセルさせられたことも、守っていた財宝を半ば強制的に放置させられていることも、劣等種たる人間の余興などにドラゴンが付き合わされていることも、何もかもが腹立たしい。

「やあ、ファフ君。」

「……!?」

 そして何よりも気に入らなかったのは、この男、滝谷真に背後を取られたことだった。

「……滝谷、か。」

「あれ? 珍しいでヤンスねー。ファフ君が僕に気づいていないなんて。」

「……フン。」

 現在地が木々に囲まれた森の中とはいえ、それは普段の感覚ではまず有り得ないことだ。滝谷が自分に気づいたのは偶然だろうが、自分は近くにいる人間の気配など特に何もせずとも魔力で感知できるはず。

(……! まさか……!)

 嫌な予感が脳裏を過ぎり、ファフニールはドラゴンの姿へと変わるために全身に力を込める。

(元の姿に……戻れないだと?)

 嫌な予感は的中したようだ。
 この忌々しい首輪の力なのか、ドラゴンの姿に戻ることができなくなっている。さらに人間形態で扱える魔力も抑えられているようだ。滝谷の気配すら、意識しないと察知できないほどに。

「……殺す。」

 思考がそこに至ると共に、姫神への殺意がふつふつと湧いてきた。自分が生きたいように生きるのがドラゴンの誇り。人間ごときが自由を奪った上でドラゴンの力を抑制するとは、この上ないドラゴンへの侮辱だ。奴は財宝の次に侵犯してはならない領域に土足で立ち入ったのだ。その罪、その身をもって思い知らせてやろうではないか。

 と、怒りに燃えるファフニールと対極的に、滝谷が口を開いた。

「それにしてもラッキーだったでヤンス。」

「何だと?」

「数いる参加者の中からこうして真っ先にファフ君と出会えたわけだし。」

 相も変わらず"外面"を捨てたぐるぐるのメガネを装着して軽口を叩く滝谷の様子を見ていると、現状に反して今までの日常の中にいる時のように思えた。だからこそ、苛立ちも湧いてきた。

「滝谷。ひとつお前は忘れているようだ。」

「どうしたでヤンス?」

 滝谷は顔にクエスチョンマークを浮かべる。ドラゴンを前にした人間の反応として見れば、本来それは異常でしかないものなのだ。

 人間がドラゴンと対峙した時、その人間は一目散に逃げ出すのが普通だ。そのドラゴンが混沌勢であれば逃げても追い詰められて殺される。調和勢か傍観勢であれば何事もなく終わる。

 稀に相応の技量や魔法を身につけてドラゴンを討伐しにかかる人間もいる。貧弱なドラゴンなら狩られることもあるかもしれないが、少なくともファフニールはそんな人間を数多く返り討ちにしてきた。

 だが間違っても、ドラゴンを前にして安堵する者はこれまでにいなかったのである。

「俺がドラゴン……それも破壊を生業とする混沌勢のドラゴンだということをだ。」

 自分やトール共が周りにいたことで、これまでの滝谷は物理的な危機とは比較的無縁でいられたはずだ。小林の元には終焉帝が訪れたというが、滝谷にはそのようなイベントは起こっていない。だからこその危機感というものが乖離してしまっているのだろう。この俺でさえ戸惑っているこの状況下で、俺がいれば大丈夫だろうとでも思っているのか。気に入らん。実に気に入らん。

「滝谷。お前は……」

 その言葉が、最後まで紡がれることはなかった。ふと意識を集中したファフニールが、滝谷の背後の木の裏から人間の気配を感じたからだ。

「……どけ! 滝谷!」

「えっ!?」

 その気配の動きに気づくや否や、ファフニールは滝谷の身体を払い除けた。ドスンと尻もちをつく滝谷の前に躍り出たファフニールは滝谷の背後より迫ってきた襲撃者に対してその身を晒すこととなった。

――ザクリッ。

 襲撃者のナイフがファフニールの左腕に刺さる。しかし仮にもドラゴン、その程度の痛みで悶えることはない。極めて冷静に反撃に出るが、敵はさらに冷静だった。刺さったナイフを即座に引き抜きバックステップでファフニールの反撃を回避する。

(小柄のようだな……女か?)

(まさかあのタイミングで気付かれるなんて……!)

 それぞれが思わぬ状況に現状の把握を急がされる。

 襲撃者、茅野カエデは殺せんせーでもない、ただの人間(茅野視点)相手に奇襲を失敗したことに戸惑っていた。しかし初撃が失敗すること自体は常日頃からの想定の範囲内。勝負を分けるのは2撃目以降であると彼女はすでに学んでいた。

 考えるが先か、右手にナイフを握って地を蹴り、再びファフニールに向けて飛び込む。対するファフニールは長い脚による回し蹴りで応戦する。ナイフのダメージを考えるに、肉体を人間に制限されている分、その生命力もドラゴンのそれに比べ弱まっているようだ。普段であれば避ける必要のない斬撃に対しても範囲攻撃を駆使して受けない立ち回りをしなくてはならない現状に腹が立つ。しかし制限を受けてもドラゴンの豪脚。辺りを薙ぎ払うファフニールの脚は風切り音を鳴らし、土埃をも巻き上げた。

 烏間先生にも劣らない威力の蹴りを瞬時に繰り出したファフニールの身体能力を認めた茅野は単純な突撃を諦め、フリーランニングの要領で滝谷への奇襲の際に隠れていた木の上に素早く登る。

(ここで機を待てば……)

 木々の合間を縫っての戦いなど、普通の人間が体験するものではない。しかし茅野はクラスが分裂した時の暗殺サバイバルゲームで一度、経験している。その後、草木で込み入った戦場内での立ち回りの復習も欠かしていない。森の中は、今や茅野の独壇場だ。

 しかし茅野の企みは予測外の事態によって崩れることとなった。その次の瞬間、大きな衝撃とともに木の上にスタンバイしていたはずの茅野の身体が空中へと放り出されたのである。

(!? 何が……!)

 答えはすぐに分かった。ファフニールが木を思い切り蹴りつけた衝撃で振り落とされたのだ。しかし理屈は追い付いても、そんな力業は烏間先生にだって出来やしない。相手にしているのが規格外の化け物であることに、ようやく茅野の把握が追いついた。

 さすがに動揺しつつも最小限の衝撃に収まるよう着地する。そんな中でも右手に持ったナイフと、左手に持った"あるもの"だけは離さぬようにしっかりと握っていた。

(来るっ……!)

 着地の衝撃ですぐには動けない茅野に向けてファフニールが迫る。そして呪いを込めたファフニールの拳が真っ直ぐに茅野に伸びる。ドラゴンの逆鱗に触れた人間の末路を示すように、その拳は茅野の心臓を貫く――


「エクボッ!」

「おう。」


――そうなるはずであった。

「なにっ!?」

 次の瞬間、茅野の左手の"あるもの"――ゴーストカプセルから現れた緑色の異物が茅野の身体へと吸い込まれていく。
それに伴い茅野の顔付きが変わったと認識すると同時に、呪いの力に満ちたファフニールの左腕が宙を舞った。

 ファフニールの拳の軌道を読み切っているかのように、側面からナイフの刃が割り込んだのだ。人間には不可能な腕の動きと速度のカウンターにより、茅野の心臓を貫くはずだった拳はファフニールの拳の速度や初撃で入れていた切り込みも相まって、茅野に届く前に切断されることとなったのである。

 ただの人間に腕を切断されたことへの困惑から、隙を晒すファフニール。それを機と茅野は右手のナイフでファフニールの頭部を狙いにかかる。

「……! 馬鹿な……ッ!」

 ファフニールが茅野の動きに気付いた時にはすでに茅野はナイフを頭へと振り下ろし始めていた。本来、ファフニールに反射神経というものは必要ない。回避などに集中せずともドラゴンの圧倒的な力があれば戦には勝てるからだ。

 だが、今のファフニールは首輪によってドラゴンとしての力の多くを奪われている。ちょうど滝谷にゲームで勝てないように、相手と同じ土俵に立った時、ファフニールの反射神経の鈍さは弱点となる。

「ファフ君!」

 しかし、この局面で動ける人物がたった1人だけいた。無数のゲームを極めることにより鍛えられた彼特有の反射神経と分析能力で、暗殺者とドラゴンの移動する戦場であっても彼なりに素早く対応できていたのだ。真っ直ぐにファフニールへと向かう茅野の横から体当たりをくらわせ、ナイフの軌道を逸らす。滝谷はナイフでの反撃を警戒して飛び退き、行き場を失ったナイフはファフニールの肩を掠めるに終わった。

 そして対する茅野。これまでの経験上、ターゲットにはナイフなど当たらないのが大前提だ。よろけた姿勢を戻し、次の一撃に備え――ターゲットへと視線を移すと同時、追撃を断念した。

「人間風情が……!」

 ビキビキと音を立てながら、ファフニールの頭部が、怒りと共にドス黒い異形へと変わっていく。殺せんせーが本気で怒った時にも似たプレッシャーに加えて、自分に向けられた本気の殺意。それを見た茅野は本能的な危機感を覚えずにはいられなかった。

(ここは……撤退かな。)

 それを決めるや否やくるりと向きを変え一目散にその場を去った。ふと後ろを振り返ると、一瞬前に自分のいた空間に喰らいつくファフニールの姿。もう一瞬、逃げるのが遅れていたならばあの深淵の中に呑み込まれていただろう。

 ファフニールは逃げる茅野を追おうとする。しかし人間の身体であることが災いし、思うように脚が動かせない。小柄さを活かし木々を伝って逃げる茅野に追い付けないことは考えるまでもなかった。

「……チッ。小娘め……次は殺す。」

 やはり何もかもが気に入らない。

 茅野の逃げた先を見つめながら、改めてファフニールはそう思った。




 ファフニールが追ってこないことを確認した茅野は、一息つきながら木陰に腰を下ろす。此方は特に痛手を負うことなく相手の左腕を切り落とせたという結果だけを見れば、一撃離脱戦法を十二分に押し付けられたと見るべきか。

「それにしても……あんな怪物もいるんだね。殺せんせーほどのスピードは無いみたいだったけど、本当に殺せるのかな。」

 茅野が口を開く。辺りに参加者はいないのだが、それは独り言ではない。茅野は支給品として配られた緑色の怪物、エクボに向けて話しかけていた。

「知るかよ。俺はお前の命令に従うことしかできねえからな。」

 エクボは乗り移った相手の潜在能力を解放することができる。先の戦いでファフニールの腕を切断する芸当ができたのも、ここ一番でエクボの肉体操作に身を委ねたからだ。
 エクボは茅野の身体を用いても、持つ武器の技術や細かい身のこなしを真似ることはできない。しかし筋力や瞬発力といった単純な身体能力に至ってはエクボが乗り移っている時の方が上だ。

 普段ならエクボは相手の精神ごと乗っ取ることが出来るのだが、このパレスという空間の性質か、精神への干渉ができなくなっている。宿主が出て行けと念じれば即座に追い出されるほど、エクボの力は弱まっていた。

「それにしても茅野。お前の身体、どうなってやがんだ?」

 不意に、エクボが尋ねる。

「な、なに? 私の……び、Bカップの身体がどうかした?」

「いや、そういう話じゃなくてだな……普通人間の身体ってのは無意識に筋力を制限してんだよ。お前もそこは例外じゃねえ。でもお前は、意識的に一部の筋肉を使わなくしていたフシが見える。」

「……そっか。やっぱりそういうの残ってるんだね。」

 どこか悲しげな顔で、茅野は呟いた。触手に蝕まれながら復讐だけを糧に生きてきた辛い暗殺の日々。この身体から触手が抜け切っているわけではないと突き付けられれば、やはり嫌でも思い出してしまう。

 本当に殺せんせーがお姉ちゃんの仇なのか、どこか疑問を抱いていながらも、心の底ではその気持ちを懸命に抑え込んでいた。もしも殺せんせーが仇じゃなかったら、私の復讐の日々が全て空っぽになってしまうから。

 だけど、それを否定してくれた人がいた。まっすぐな殺意で、心の穴を温かく満たしてくれた人がいた。

 そして彼も、姫神とかいうシロみたいな奴に突然突きつけられたこの殺し合いに招かれている。つまり命の危険に晒されているということ。

 私は思った。もし、彼が死んでしまったら。もし、この手で彼を殺してしまったら。その時こそ私は本当に空っぽになってしまうと。

 でも彼はきっと人を殺さない。この1年で命の重みと誰よりも向き合ってきた人だと知っているから。でも、ここが本当に殺し合いの世界ならば、殺さないのならば殺されるしか未来はない。

――だったら、彼を優勝させるしかない。

 私がその結論に至るまで、時間はかからなかった。

 彼以外を皆殺しにして私も死ぬ。彼が望んでいるかどうかなんて関係ない。

 死ぬことへの不安も恐怖ももちろんあるけれど、空っぽな自分を見てしまったあの時の気持ちに比べたら全く怖くないって、自信を持って言える。

「そうと決まったら一直線……だよね。」

「あ? どうした?」

「ううん、何でもない。行くよ、エクボ。」

 自分を殺して他人のために。それが今は亡き姉の突き進んだ道であることに、茅野は気付いていなかった。

【C-2/森/一日目 深夜】

【茅野カエデ@暗殺教室】
[状態]:健康
[装備]:マリアの包丁@ハヤテのごとく!
[道具]:基本支給品、ゴーストカプセル(エクボ)@モブサイコ100 不明支給品0~1(本人確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:潮田渚@暗殺教室を優勝させる
一.空っぽには、なりたくない

[備考]
バレンタイン後からの参戦です。


「だ、大丈夫でヤンスか? 腕が……」

「問題無い。いずれ再生する。」

 茅野の去った後、腕を失った自分を案ずる滝谷に、ファフニールは再び苛立たずにはいられなかった。あの時滝谷が割って入らなければ、自分が死んでいたかもしれないという事実がその苛立ちをさらに加速させる。人間に守られるドラゴンなど、愚の骨頂だ。

「それよりも、先の話の続きだ。お前はまだ分かっていないと見える。」

 その苛立ちをぶつけるように。或いは、その苛立ちを発散させるように。ファフニールは茅野の乱入でし損ねた話を続けた。

「俺が人間ごっこに興じてきたのは力を行使する理由が無かったからだ。混沌勢と調和勢は無意に衝突することもなく、神々も安易に手を出してくることはなかった。」

 目を覆うぐるぐるメガネのせいで滝谷の表情は読めない。ファフニールはため息混じりに続けた。

「だが、ここはどうだ? 力を行使せねば死ぬ世界。俺が人間ごっこを続ける理由が無い。それをお前は分かっているのか?」

「分かってるよ。」

 メガネを外しながら、滝谷はあっさりと返した。それを平然と言った滝谷に、ファフニールはどこか呆気に取られていた。

「ここが危険な世界だってことも、君が危険な竜だってこともね。全部、分かってる。」

「……ならいい。それならもう少しだけ、お前と小林が生き残れる手段を探してやる。」

 そう言うとファフ君は黙ってしまった。僕は一安心とばかりに露骨に息を吐き出した。

 ある程度一緒に過ごしてきて少なからず君のことは理解してきたつもりだ。ファフ君はまだ人間ごっこに身を投じてくれている。人間ごっこを辞めたと言うのなら、僕はすぐにでも殺されてなければおかしいからね。

 僕が隣にいることで、邪悪で凶暴なドラゴンが人間ごっこの続きをしてくれているのなら、それは最初に出会えてラッキーというものだ。そりゃあ僕だって死にたいわけではないもの。

 でも、僕の望みはただひとつだ。僕の大好きなコミュニティーはこんな企画なんかで崩れてほしくないのさ。ファフ君の手でトールちゃんやカンナちゃんが殺されるのも嫌だし、その逆もまた然りだ。

 皆で脱出するっていうのがどこまで可能かは分からないけれど、何となく、ドラゴンみんなが協力すれば何とかなるような気もしている。それくらい現実離れしているコミュニティーだもの。

 だから僕のやるべき事はただひとつ。この邪悪で凶暴なドラゴンに人間ごっこを続けてもらうこと。そのためにも、僕は死ぬわけにはいかないよね。

 とりあえず僕はファフ君と合流できたわけだ。でも、この世界でのコミュニティーの維持にはもうひとつ欠かせない要素がある。

 小林さん――トールちゃんやカンナちゃんが慕う彼女も、生き延びていてほしいものだね。

【C-2/小屋周辺/一日目 深夜】

【滝谷真@小林さんちのメイドラゴン】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品、不明支給品0~3(本人確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:好きなコミュニティーを維持する
一.ファフ君がドラゴンとして殺し合いに乗るのを防ぐためにも、まずは自分が死なない
二.小林さんの無事も祈る

[備考]
アニメ第6話と原作第54話(滝谷とファフニール)より後からの参戦です。

【大山猛(ファフニール)@小林さんちのメイドラゴン】
[状態]:左腕喪失
[装備]:
[道具]:基本支給品、不明支給品0~3(本人未確認)
[思考・状況]
基本行動方針:姫神を殺す。
一.ひとまずは滝谷を守りながら脱出の手段を探す。

[備考]
滝谷真と同時期からの参戦です。

【支給品紹介】
【マリアの包丁@ハヤテのごとく!】
茅野カエデに支給。マリアが愛用し、旅行先にまで持って行っていた包丁。素早く料理するために切れ味はピカイチ。今はファフニールの血で汚れている。

【ゴーストカプセル(エクボ)@モブサイコ100】
茅野カエデに支給された意思のある支給品。エクボは何かしらの強制力によって、このカプセルの持ち主に従わなくてはならない。(可能な独断行動の範囲や、持ち主の定義については後続の書き手に任せるが、少なくとも現状は茅野が持ち主である。)

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最終更新:2021年04月04日 19:39