「ここが展望台か」

 遊佐恵美の精神を暴走させた明智吾郎は、その後エリア内にある展望台を訪れていた。
 外観は茶色い円筒状のタワーで、入口の自動ドアの上部には、いかにも観光施設らしい、カラフルな丸ゴシック体で書かれた『はざま展望台』という看板が掲げられている。
 高さは目測でマンションの二階程度。展望台の周辺はなだらかな傾斜が付いていることを含めて考えると、最上階は地上から十メートル弱。それだけの高さがあれば、周辺のエリアはほとんど見渡せるはずだ。

「待ち伏せや罠の類はなさそうかな」

 呟きながら、入口のまわりに参加者の痕跡がないかを確認し、中へと入る。
 温かみのある茶色を基調とした内装は、殺し合いとはまったく無縁な雰囲気で、明智は拍子抜けした。
 展望台は二階建てで、一階は休憩スペースとしてソファが数脚と観賞用の熱帯魚が泳いでいる水槽、そして自動販売機が置かれていた。
 入口の反対側にはエレベーターと階段があり、そこを上がると二階の展望スペースだ。
 室内はほとんどの壁がガラス張りで、全方位を見渡せる設計となっている。

「ご丁寧に、望遠鏡まで完備されているとはね」

 さらに東西南北に備え付けられた望遠鏡を用いることで、二つ隣のエリアまでも視野に入れることができた。
 草木や建造物などの障害がなければ、一方的に参加者を観察することも可能である。
 まさに人探しにはうってつけの施設だ。

「……まあ、僕には探し人はいないけど」

 是が非でも殺したい相手はいる。
 しかし、その相手をわざわざ探して出向くことはないと、明智は考えていた。
 心の怪盗団のリーダー、ジョーカーこと雨宮蓮とは、この殺し合いにおいても必ず邂逅することになる。
 理知的な探偵らしからぬ第六感めいた発想が、明智の脳内に生まれていた。




 ひとしきり展望台の内部を視察した明智は、再び二階へと戻ってきた。
 これといった収穫がなかった苛立ちは露ほども見せずに、明智は中央のソファに腰掛ける。その手には階下の自動販売機から拝借した、コーヒーのペットボトルが握られていた。
 派手な仮面を外し、くるくるとペットボトルの蓋を開けて中身を口に含む。毒物が混入されていないことは、水槽の熱帯魚で実証済みだ。おかげでクリアな水を幾分か濁らせてしまったが、これも安全のためなので仕方がない。
 一息つくと、壁に掛けられたアナログ時計を見る。

「ふむ……」

 放送まで残り三十分。明智はこの放送で得られる情報を重要視していた。
 もちろん、放送により基本的な方針――殺し合いで優勝するという決意――が変わるわけではない。
 考慮するべきなのは六時間で脱落した人数と、そこから推察される殺し合いに肯定的な参加者の人数だ。
 自らも殺し合いに肯定的な明智としては、それが多いほど都合が良い。

「さすがにゼロではないと思うけど……八人くらいはいて欲しいね」

 全参加者の約二割。それが明智の予想する脱落者の人数だ。
 そして、殺し合いに肯定的な参加者も、同じく二割かそれ以上いると明智は予想した。
 二割“以上”としたのは、明智自身のように優勝する意志はあれども、いまだ殺害には至らない参加者もいると考えたからだ。

「というより、いてくれないと困る」

 先の予想には、多分に明智の希望的観測が含まれている。
 単純な話、殺し合いに肯定的な参加者が少ないということは、殺し合いに否定的な参加者が多いことになる。
 優勝するためには全ての参加者を殺害する必要があり、それを一人で成し遂げられると空想するほど、明智はうぬぼれていない。
 ゆえに、明智は脱落者の多さに期待していた。

「まず間違いなく、心の怪盗団の偽善者どもは、殺し合いには乗らないだろうな。
 それにあの女の話では、エンテ・イスラとやらの関係者も殺し合いに乗ることはなさそうな口ぶりだった」

 顔写真つきの名簿を眺めながら、明智は苦々しく顔を歪めた。
 明智が危惧するのは、殺し合いに否定的な参加者たちが徒党を組むことだ。
 怪盗団のリーダーである雨宮蓮や、魔王サタンの人間体である真奥貞夫のような実力者が、主催者に対抗するグループを作り上げるために、仲間を増やそうと画策することは想像に難くない。
 そうなれば、単独で優勝を目指す明智は、必然的にそのグループと対立せざるを得ない。
 仲間のフリをして潜入した怪盗団のメンバーに引けを取るつもりは毛頭ないが、なにしろ異世界出身の参加者の実力は未知数なのである。遊佐に勝利したからといって、エンテ・イスラの関係者を過小評価するのは早計だ。同様の理由で、まだ素性の知らない参加者も軽視はできない。
 それゆえに、明智は遊佐に対して強者の数を減らしてくれることを期待していた。

「ん?」

 そのとき視界の端に捉えた、紅い光の奔流。
 思索を止めて、壁際に近づく。展望台からほど近い場所で、光の残滓が煌めいていた。
 遠くからでも凄まじい威力だとうかがえるその正体が、つい先程まで対峙していた相手の技だと思い当たり、明智は嗤いを抑えきれない。

「フフ……その調子だよ」

 堕ちた女勇者は、順調に暴れてくれているらしい。
 精神暴走がどこまで続くかは不明だが、せいぜい場を荒らしてくれることを祈るのみだ。

「さて、どうしたものかな」

 再びソファに腰掛けて、明智は顎に手を当てた。
 このまま展望台で待ち構えて、訪れた参加者を殺害するのも一つの手だ。しかし、それではいささか消極的といえる。
 心の怪盗団は明智からすれば烏合の衆だが、それでも徒党を組まれると厄介ではある。
 そして、時間が経てば経つほど、集団が大きくなる可能性は高まる。

「希望的観測を持つよりは、自ら行動あるべし……かな?」

 疑問形にしつつも、明智の心意は定まりつつあった。
 暴走した遊佐や、その他の積極的な参加者に期待するばかりでは始まらない。ひとまず展望台から離れて、参加者たちが徒党を組む前に見つけて叩く。できれば障害となる怪盗団のメンバーを優先的に潰しておきたい。
 おそらくメンバーからは明智の悪評が流されているだろうが、その程度は明智の頭脳を以てすればいくらでも誤魔化す自信がある。

「……それにしても」

 明智は名簿をザックへとしまい立ち上がると、中身を半分以上残したままのペットボトルを、手近なゴミ箱へと投げ入れた。
 ゴトンという鈍い音。ため息。そして、呟き。

「あそこのコーヒーには遠く及ばないね」


【E-3/展望台/一日目 早朝】
【明智吾郎@ペルソナ5】
[状態]:ダメージ(小)
[装備]:呪玩・刀@モブサイコ100 オルバ・メイヤーの拳銃(残弾数7)@はたらく魔王さま!
[道具]:基本支給品 不明支給品0〜1(本人確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに優勝する
一.雨宮蓮@ペルソナ5だけは今度こそこの手でブチ殺す。
二.少人数で動いている参加者を積極的に狙う。優先順位は怪盗団>その他。

※シドウ・パレス攻略中、獅童から邪魔者を消す命令を受けて雨宮蓮の生存に気付いた辺りからの参戦です。
※スキル『サマリカーム』には以下の制限がかかっています。
①『戦闘不能』を回復するスキルなので、死者の蘇生はできません。
②戦闘不能回復時のHPは、最大の1/4程度です。
③失った血液など、体力以外のものは戻りません。

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最終更新:2021年08月02日 21:51