「どういう状況だよ……。」
真奥は眼前に広がる光景にただただ困惑を吐き捨てる。視線の先には、一人の少女。訪れた真奥に対し怯えの表情を見せる。一目見るや、その少女の全身を包むクラシックなメイド服はとりわけ異質に映った。奉仕の精神の現れながらも通常の飲食店の店員服と一線を画すその衣装は、日本の基準で言えばコスプレに近い。それを身に纏いこの地に存在すること、それ自体が異常な光景ではあった。
だが、真奥の心を乱したのはそれのみではなかった。温泉旅館に入った途端に目に付いたメイド服の少女――マリアは、手脚を縛られた状態でそこにいたのだ。
(罠にしか見えねえ……だが、どういう類の罠だ?)
非現実的な出来事の裏には何かの思惑を疑うのが定石だ。現代日本で男所帯の世話を焼いてきた和装美人が予想通りスパイであったように、メイド服の美少女が温泉旅館で縛られて助けを求めているなど現実離れも甚だしい。
だが、罠が疑わしくとも見捨てるという選択肢は真奥にはない。本当に助けを求めている可能性もゼロではないし、もし本人や第三者の思惑が潜んでいるのなら、その思惑を引きずり出して根源をとっちめるのが真奥の性分だ。
「た、助けてもらえませんか……?」
対して、罠も奥の手もなく、半ば終わりを悟ったような顔で真奥の顔色を伺うマリア。
気絶から目を覚ましてみれば、縛られた上で放置されていた。おそらくは襲撃に失敗した竜司や歩の仕業だろう。
そして間もなくして、Tシャツとパンツ姿の青年、真奥が訪れる。その姿にギョッとさせられるが、そんなことを気にしている場合ではない。もしも真奥が殺し合いに乗っていたら、自身の現状はまさに絶好の餌でしかない。最悪の場合、殺されるに留まらず慰みものとなる恐れすらある。この出会いが吉と出るか凶と出るか、確定するのは真奥の次の出方ひとつ。マリアが肩唾を飲んで見据える中、真奥はのそのそとマリアへと近づいていく。
次にマリアの身体へと伸びるであろうその手が、いかなる意図に基づくのか。覚悟を決めて、マリアは目を閉じた。
「その前に、何があったのか話しな。」
「……え?」
「お前を縛った奴が殺し合いに乗っているなら、今ごろお前は死んでるはずだ。現にそうなっていないのには理由があるはずだろ。」
(っ……! しまった、考えていませんでしたわっ……!)
真奥の警戒はもっともだ。マリアの現状は、ゲームに乗っていない西沢歩と坂本竜司の両名を殺そうとし、それに失敗したという奇怪な巡り合わせの果てにある。生殺与奪の権利を握られながらも存命している以上、自身が単に被害者でしかないと言いくるめるのはかなり無理がある現状にマリアは気付く。
「ええっと……。」
その天才的な頭脳をフル回転させ、刹那の時間、言い訳を思考するマリア。
冷静に、現状を分析する。竜司への襲撃に失敗し、気絶に至ったのは服を脱いで温泉に入っている最中だ。実際に今着ている服は歩から着せられたものであり、着衣の乱れも少なからず出ている。それならば、命ではなく身体目当ての変質者の犯行に仕立てあげてもいいだろう。
だが、問題は誰を犯人に仕立て上げるかということ。ここで適当な男の名を名簿から見繕って犯人として挙げてしまえば、真奥の知り合いを摘発してしまいかねない。その人物の言動や特徴について何も話せない以上、それは真奥の信頼を勝ち取る意味で最も避けたいことである。
しかし交友関係を全て把握しているわけではないとはいえ、真奥の知り合いでないと思われる人物なら何人か知っている。そう、マリアの知り合いたちだ。その殆どは女の子であるが――たった一人、男の子の知り合いがこの世界に呼ばれている。ああ、そうだ。綾崎ハヤテ――彼ならば行動を偽証しても真奥に不信感を持たれる可能性は低く、整合性も取りやすい。それに何といっても、彼には三千院家の女湯に突撃した前科もある。
真奥の信頼を勝ち取ることのみを考えるなら、ハヤテの名を出すのが最善。その思考に至った末に、マリアは語り始める。
「実は……私を縛ったのは私の知り合いだったのですわ。」
話すまでに多少の時間を要したことも、嘘を考える時間ではなく知り合いを告発することへの躊躇いであると言い訳できる。虚構を騙る土台は整っていた。
「それは……複雑だな。で、それは誰なんだ?」
悲しそうな顔を演じながら、マリアはその名を提示する。
「――西沢歩。普通の女の子です。」
真奥はペラペラと名簿を捲り、間もなくして、この子か、と顔写真をマリアに突き付けた。マリアは無言で頷く。
ナギを生還させる、それがマリアの願いだ。だけど、ハヤテはナギに人生を救われた恩義がある。雇用契約に基づく主従関係やねじれた恋愛関係を抜きにしても、ハヤテはナギを見捨てない。仮にナギが死んでハヤテが優勝したとしても、ハヤテはナギの蘇生を願うだろう。つまりここでハヤテの悪評を流すことは、ハヤテの生還率の低下、さしあたってはナギの生還の可否に直接関わってくる。多少、自分が不利な位置に立ったとしても、ここで語る嘘の物語は、決して彼を貶めるものであってはならないのだ。
「おそらくあちらの料理に、睡眠薬を盛られたのだと思いますわ。かねてより仲良くしていた西沢さんだったから信頼して食べて……私の記憶はそこで途切れました。」
縛られた後ろ手で、何とか料理を指さすマリア。歩に食べてもらう予定だったその料理には致死性の毒を盛っているが、当然それは隠さなくてはならない。
実際は竜司の使った魔法によって気絶させられ、そのまま拘束を受けたマリア。しかしマリアの説明では、体格差のない少女に拘束を受けていることになる。それならば、それを許す程度の昏倒の原因を何かに見出すことは必須である。そこに竜司の絡む風呂場での出来事は絡められないために、実際に食べてはならない料理の内容を睡眠薬入りであると偽った。
「そして気付けば縛られた上で、支給品を全部奪われていました。……おそらくですが、仮にもお友達でしたもの。西沢さんは……私に直接手を下す覚悟まではなかったのだと思いますわ。」
歩がマリアに手心を加えたことに一切の偽りはない。仮に真奥が自分の預かり知らぬところでの歩の知り合いだったとしても、歩の行動として殊更不自然に映ることはないだろう。
また、竜司の存在は隠しておくことにした。歩が殺し合いに乗っていることを語る上で、歩に同行者がいるという事実は不都合でしかない。歩の名を出した際に名簿から歩の顔を探していた辺り、真奥はここに来る前に二人と接触したわけでもないようだ。それならば、真奥は真実を知り得ない。竜司のことは話さない方がいいだろう。
(……なるほどな。確かに筋は通っちゃいる。)
真奥もまた、考えていた。マリアの話を嘘だと断定できる根拠がない。だが、全て真実だと盲信するほど単純でもない。
ひとつ気になるとすれば、旅館内から感じた魔力の残滓。何かしらの魔法戦闘がこの旅館内で行われたことは分かるが――しかしその主はマリアではない。だとすれば、マリアと歩の訪問前に戦闘があったと見るべきか。
マリアの話には、魔法を扱う余地がない。料理を食べている途中に催眠魔法を受けて眠り、それを睡眠薬と勘違いしたという可能性も、魔力の残滓のある場所が温泉内であることから否定できる。
(分からねえ、ひとまずは保留だな。)
浮かんだ疑問は保留し、しかしもう一点、ツッコミを入れずにはいられない箇所がある。
「……ところで、何でメイド服なんだ?」
「……何か問題でもありまして?」
「え?ㅤああ、いや、別にいいならいいんだけどさ。」
「というか下着姿の貴方に服装をどうこう言われたくありませんわ。」
結局、真奥の疑問に対しマリアから飛んできたのは正論のみ。
「まあいっか。とりあえずこのロープはほどいてやるよ。」
「あら……ありがとうございます♡」
腹黒さを隠した微笑みと共に答えるマリア。その眼前へと真奥は平手を突き出し、制止のポーズをとる。
「勘違いすんな、俺はまだお前を完全には信用しちゃいねえ。例えばお前が歩って子を殺そうとして返り討ちにあった可能性だって残ってるからな。」
マリアは内心どきりとし、反論する。
「わ、私はそんなこと――」
「おっと、気を悪くしたならすまない。ただ、善人ヅラして他人を騙そうとする奴ってのはいるからな。もしお前がそういう奴だった時のために釘は刺しておきたかっただけだ。」
「……でも、私が言うのも何ですが……それなら最初から助けない方がいいんじゃありません?」
「別に俺は、仮にお前が誰かを殺していたとしても見捨てるつもりはねえよ。」
「……え?」
ここまでの心理戦がすべて茶番と化すひと言を、真奥は紡いだ。茫然とするマリアをよそ目に真奥は続ける。その声が少し震えていることに、マリアは気付く。
「……そもそも俺は、他人の悪を裁けるような奴じゃねえ。そう言えるくらいにはたくさんの命を犠牲にしてきたんだ。こんな悪趣味な催しに呼ばれるのも仕方ないんだろうよ。」
エンテ・イスラにおける人間と悪魔の戦争。その中で悪魔の頭領格だった真奥――魔王サタンの判断により犠牲となった者は数え切れない。魔界の民を死地へと送り込み、人間も悪魔も、多くの命を失わせた。
不要な戦いだったとは言わない。魔界の存続のためには侵攻以外に道などなかった。だが、共同体を築き集団の中に生きる人間という生物を理解せぬままに判断を下し、そのせいで失われた命があること、それもまた事実。
「だから俺は……もう無駄に命を散らしたくないんだ。お前が例えどんな奴だろうと助けるし……そんで姫神はぶっ倒す!」
姫神に殺し合いを命じられた時、真奥はふと思った。自分は姫神と同じなのではないか。エンテ・イスラに送り込んだ魔界の民も、侵略を受けた人間たちも、きっと自分に『殺し合い』を命じられたに等しかったのではないか――
そんな想いはすぐに吹き飛んだ――少女の首とともに。まるで舞台装置を起動させるかのごとく消された命。姫神に一切の躊躇は感じられなかった。
確かに自分は悪党だ。己が野望を貫き通すために他人を踏みにじることすら厭わぬ邪悪だ。だけど、関係のない人物をも巻き込みながら、心も痛めないほど腐ってはいない。奪った命と向き合うこともしない姫神とは根本的に悪のあり方が違う。
「……さて、こんなもんか?」
「ふぅ……ありがとうございます。」
そして、間もなくマリアの拘束は解かれた。
しかし、喜んでもいられない。誰も死なせず殺し合いからの脱出に臨む真奥の掲げる理想は、確かにマリアの願いとも反しない。自分もナギもハヤテも、他の知り合いの皆も、誰も死なずに帰れるのならそれに越したことはないだろう。だが、所詮それは理想に過ぎない。脱出の宛もなく、やはり最後の一人になるまで殺し合わなくてはならなくなる可能性の方が十全に高い現状は何も変わっていない。むしろ、姫神の執事としての采配の良さを知るマリアだからこそ、脱出の余地は無いとすら思っている。
仮に自分が危険人物であっても助けると断言した真奥。それは、自分のみならずナギを殺しかねない思想の人物まで助けるということ。それは決してマリアの決意とは相容れない信念。
(この方も殺さなくてはなりませんが……しかし、手段がありませんわね。)
凶器となり得るものは歩と竜司に没収されている上、唯一殺傷力のある毒入りの料理も睡眠薬入りであると説明している。仮に説明しておらずとも、そもそも真奥が自分を警戒している以上食べさせるのは難しいだろう。
(料理といえば……)
思い出したようにマリアは先ほど自分が作った料理の方に向き直る。致死毒の混入したあの料理を放置するわけにはいかない。
普通に考えて、殺し合いの世界に放置された料理を食べる者はいない。だが、作ったのは三千院家でも振舞ったことがある盛り付けの料理だ。その料理の作り手が誰だか分かる人は存在する。そう、絶対に死なれるわけにはいかないハヤテとナギは、あの料理を自分が作ったと理解し、そして信頼の上で口にする可能性があるのだ。
(睡眠薬は咄嗟のでまかせでしたが……料理を処分する口実ができただけ悪くない嘘だったかも。)
毒入りの料理と、カモフラージュに用意した普通の料理の両方をごみ箱に流し込む。その手際の良さに真奥はマリアの様子を訝しげな目で見るが、特にそれ以上の詮索は無かった。
「とりあえずお前はその歩って奴以外はこの旅館で見てないってことでいいんだな?」
「ええ。私がここに来たのはゲーム開始から数時間後ですので、それ以前は分かりませんが……。」
真奥は小さくため息をつく。竜司と出会える手がかりがようやく見つかったと思ったところでの
ニアミスだ。
彼は明確に、姫神への反逆を示した人物だ。姫神打倒に力を貸してくれる可能性が高い。だが――真奥は知っている。自分のせいで失われた命というものが、呪いのようにまとわりつくものであると。
何らかの形でケジメをつけなくては、その呪いは終わらない。それができるのは、きっと死んだあの子と最も深く関わってきた自分しかいないだろうから。
だから、竜司と出会ったらぶん殴る。これで手打ちだ、と言えるように。彼が、失われた命と前向きに向き合えるように。そして共に、ちーちゃんの真の仇である姫神を倒すために。
(エミリア。お前も死ぬんじゃねえぞ。俺はまだ、お前に斬られちゃいねえんだからさ。)
その祈りは、届かない。間もなく、彼はそれを思い知ることとなる。
「そんじゃ、これ以上この旅館を探しても意味は無さそうだな。行くとするか。」
「そうですわね。行くアテはあるんですか?」
「いや、特にねえけど……できれば人が集まる中心部の方がいいな。」
「でしたら、見滝原中学校なんていかがです? 学校となれば設備も充実しているでしょうし、ここのような辺境に比べれば人も集まりやすいのでは。」
人が集まるために中央に向かうのであれば、負け犬公園が筆頭候補だ。だが、そこはナギとハヤテが出会った場所。思い出の地として、二人が目指していてもおかしくない。二人ともこんな殺し合いに乗るような性格ではないから、きっと自分の行いに反対する。そうなれば、殺人のために動きにくくなるのは間違いない。
あえて別の目的地を設定し、真奥や他の参加者を殺せる隙を伺うとしよう。今はまだ警戒されていて武器もない状況だが、気を待てばチャンスは必ず訪れる。
(私は裏で人数を減らしますので……ハヤテくん、どうかナギをお願いしますね。)
「そうだな……よし!ㅤとりあえず見滝原中学校ってとこに向かうとするか!」
「あの……いい加減服を着ませんか?」
【B-5/温泉/一日目 早朝】
※マリアが作った料理はゴミ箱の中に捨てられました。
【マリア@ハヤテのごとく!】
[状態]:負傷(小)
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:三千院ナギ@ハヤテのごとく!を優勝させる。
一.真奥に着いていき、殺せる機会を待つ。
二.姫神くん、一体何が目的なの?
※メイドを辞めて三千院家を出ていった直後からの参戦です。
【真奥貞夫@はたらく魔王さま】
[状態]:健康 右ほほ腫れ
[装備]:Tシャツにパンツ
[道具]:基本支給品、不明支給品1~3(本人確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:姫神にケジメをとらせる
一.見滝原中学校に向かう。
二.マリアを警戒(基本的に信じるが、鵜呑みにはしない程度)。
三.パレスについて知っている参加者を探す。ついでに服を調達するか…
四.坂本に会ったら、一発殴る
※参戦時期はサリエリ戦後からアラス・ラムスに出会う前
※会場内で、魔力を吸収できることに気づきました。
空間転移…同一エリア内のみの移動 エリア間移動(A6→A1)などはできない。
ゲート…開くことができるが、会場内の何処かに繋がるのみ。
魔力結界…使用できない。
催眠魔術…精神が弱っている場合のみ効果が効く。
最終更新:2021年07月30日 01:18