本来ならば、結末はもっとシンプルだった。
明智吾郎持ち前の『カリスマトーク』で警戒心を解かれていた遊佐恵美。そんな彼女の心臓に向けて放たれる、明智の影『ロビンフッド』の矢。気付いた時にはすでに回避も迎撃も間に合わず、その身を貫かれる――但し、それは遊佐が『聖剣の勇者』であったならばの話。
現在、遊佐の身体と融合しているはずの『進化聖剣・片翼(ベターハーフ)』は体内から失われていた。彼女がその手にしているのは聖剣ではなく、鷺ノ宮家に伝わる宝具『木刀・正宗』。その名の通り、所詮は木製の武器。聖剣と比べ、戦闘面において劣る箇所は数え切れない。
しかし木刀・正宗が有する、持ち主の動体視力を限界まで引き上げるチカラこそが、一瞬の判断力が試される先の局面で恵美の命を繋いだ。それが聖剣で無かったからこそ、遊佐は今ここに立っているのだ。
それならば、聖剣の勇者はもう死んだのだ。ここに立つのは勇者エミリアではない。ただの一剣士、遊佐恵美である。
仲間、聖職者、天使、そして――探偵。聞こえのいいものに、幾度となく彼女は裏切られ続けてきた。根付いた他者への不信はもはや拭うことが出来ず、明智の一件により確信した。この、人の醜さを凝縮したかのごとき世界で、誰かとの共闘を求められるのは気が重い。いつ裏切られるかの緊張――戦いへの不安以外を背負わなくてはならないなんて。人間のドロドロした思惑の渦に巻き込まれるなんて、もう真っ平だ。
もはや自分のためだけに戦えばいい。それが勇者にあるまじき考えだと言うならば、勇者の称号なんて、いらない。決意――というよりも、むしろ吹っ切れたとでもいう方が的確だろうか。それでも新たな心持ちで、遊佐は明智と対峙する。
一方の明智。先の一撃は確かに、『聖剣の勇者』を貫いた。しかしそれは、『遊佐恵美』を殺し切ることはできなかった。
それならば、明智もすでに敗北が決定したに等しい。尋問室に響く一発の銃声――相手を騙し切り、己の勝利を確信した上で放ったその一撃を以て、しかし相手の命は奪えなかった。その過程を辿った明智に待つのは、敗北と、その先の死でしかない。
そして今。心の怪盗団のリーダー、雨宮蓮ことジョーカーに騙され、殺し切ることができなかった明智がここでも遊佐を仕留め損なった。この世界でジョーカーと決着をつけることを望む明智が、遊佐を生かして帰すわけにはいかなかった。遊佐を逃がしてしまえば、ジョーカーまでもを仕留めきれない気がしてならないのだ。
言うなればそれは、ただの験担ぎ。くだらないと一蹴するのは簡単だ。しかし例えオカルトの類であろうとも、心の隅に僅かにも残る傷は看過できるものでもない。遊佐を殺すことはそもそもの目的である殺し合いの優勝とも、一切反しない。
明智もまた、どこか吹っ切れたような気分で遊佐と対峙する。
この時、互いに互いを負かしているという奇怪な状況が繰り広げられていた。たった一本の木刀により、完全な勝利と言うに値するものを両者ともに失っていた。己の糧となるものを挫かれた二人に、もはや『正義』と呼ばれる信念は存在していなかった。
それでも、己の正義を証明したいのなら。それを否定する者を。棄却せんと主張する者を。ただ、力でねじ伏せればいい。
正義は勝者に有り――この上なく月並みな答えを、正義を冠する二人は叩き出したのである。
明智は何も変わらずそこにいた。暗い夜の色に紛れることもせず、うっすらと浮かび上がる赤い仮面と、白く彩られた怪盗服。何もかもが先の明智と同じものだ。
片や、恵美の姿は大きく変貌を見せていた。日本在住のOL、遊佐恵美としての姿から、勇者エミリア本来の姿へのシフト。赤みがかった髪は今や見られず、蒼銀の髪が闇を彩っている。
精神的に、肉体的に、それぞれがそれぞれの『本性』を現した。両者ともに、それを見せて無事に済ませる腹積もりなど毛頭ない。
「ペルソナッ!」
声と同時に再び顕現したロビンフッドの矢が山なりに遊佐を捉え、降り注ぐ。
「天光駿靴っ!」
足の裏に聖法気を溜め込み、一気に解き放つ。本来であれば目視すら困難な遊佐の瞬足も、魔力の媒体となる破邪の衣無しには不完全。遊佐の人智を超えた速度の加速に驚いたように目を見開くも――しかしそれを逃がすことは無い。
「天光飛刃っ!」
「……甘いっ!」
背後を位置取った遊佐が放つは鋭敏な斬撃の塊。しかしその動きにいち早く反応を見せた明智は振り向きざまに呪怨を纏った刀を薙いで一陣の風となったそれを弾く。鈍い音が響き、斬撃が散開する。
「甘いのは……そっちよ!」
「なっ……!」
その直後。遊佐は、散開した斬撃の本来の軌道をなぞるように、空を蹴って接近する。明智の持つ刀と違い、木刀・正宗は切れ味というものを持たない。外観も完全に一般的な木刀のそれであり、パレスによる認知の殺傷力の付与も、かなり弱いものとなっている。認知世界の特質を知らない遊佐だが、互いの業物で鍔迫り合うことは不可能だという認識に一切の誤りはない。懐に潜り込めるタイミングは限られている。
刀を振ってから、再び体勢が整うまでの僅かな隙――しかし遊佐には充分すぎる。身体構造が人間と根本的に異なる悪魔の、さらに僅かな隙を縫って屠ってきた遊佐。『悪魔殺し』の異名を持つだけの実力は、人間に対しても上等な脅威である。
そこから振るうのは、斬れ味を持たない木刀・正宗ではなく。聖剣は没収できてもこれだけは奪えない、最も遊佐に馴染んだ古来よりの武器――拳。
「空突閃っ!」
素手とはいえ、聖法気の込められたそれは凶器と呼んでも差し支えない。かつて共闘した新島真(クイーン)の如きその気迫から、まともに受けてはならぬと感じ取る明智。ステップで後退しつつ刀を持っていない右腕でガードする。衝撃を相応に緩和したはずが、それでもなお痺れが残る。生命活動を担う臓器にまともに受ければ致命傷は避けられないだろう。明智が左手の刀を身体の前に踊らせ、防御と牽制を同時に行う。それを受け、遊佐は空突連弾への接続を断念して下がる。
そうして形成された両者の間隔は――遊佐にとっては聖法気を用いた数々の剣技を操るのに最適な射程だ。明智の刀の射程よりは遠く、ロビンフッドが弓矢を引く挙動を見せようものなら即座に接近し、斬り伏せる。二者択一のどちらにも対応できるよう木刀・正宗を前方に構え――対する明智は遊佐の想定できない新たなカードを切った。
『――メガトンレイド』
遊佐の頭上に顕現したロビンフッドが、遊佐に空襲を仕掛ける。これまで弓矢による攻撃しか仕掛けてこなかったロビンフッドの、唐突な直接攻撃。不意をつかれ、回避の選択が間に合わず。
「――天衝光牙っ!」
消去法的に相殺を試みる。黄金色に煌めく雷光を宿した刃が振り抜かれた木刀・正宗の描いた軌道を彩り、ロビンフッドの腕と真っ向からぶつかり合う。
咄嗟の反撃で殺し切れなかった衝撃が遊佐へと、そしてその下の大地にまで降り注ぐ。巻き起こった砂煙が遊佐の辺り一面を包み込み――そして1秒も経たぬまま、大地の粒子は空気に紛れて流れていく。しかしそのほんの僅かな間、砂塵によって明智の全貌は巧みに隠されており――やはりまた、木刀・正宗によって研ぎ澄まされた五感の内の聴覚が、遊佐に『カチャリ』という仄かな金属音を通告する。
その音を、遊佐はかつて直に聞いている。魔術の発達していない日本において、背徳者オルバが調達した科学の結晶――拳銃。
その正体の模索が完了すると同時の判断だった。
「天衝嵐牙っ!」
木刀・正宗を一振り。同時、ニヤリと醜悪に笑う明智の手元から、鋭く響く爆発音。しかし放たれた銃弾は、撃ち出された銀色に煌めく風の刃によってその軌道を大きく逸らして虚空に消える。さらに相殺し切れない暴風が明智を襲う。しかし呪怨の篭った刀の一振りで防がれ、その実体を散らしていく。天衝嵐牙を防ぐのに刀を使い、さらには拳銃の存在まで確認した今、遊佐に接近を躊躇う理由は無い。聖法気の放出と共に空を蹴り、再び明智へと接近する。
(これまで見抜くのか。)
素直に、明智は感心していた。目くらましを受けた状態で拳銃の存在に気付けた遊佐の洞察力も然ることながら、銃撃を前にそれを防げる手段までもをペルソナ使いでもない人間が持っていたことに。
「掛かったね。」
感心とともに――幾重にも張った罠の、最後の一手を解き放つ。
『ムドオン』
遊佐の到達点に、黒く染まった魔力の粒子が張り巡らされる。俊敏に空を翔ける遊佐はそれを目視しても停止することはできず、その中に愚直に突っ込んでいく。粒子は遊佐目掛けて集合していき、呪殺を特性とする結界を形成し始める。その範囲に入るや否や、ぞわりと背筋に走る悪寒。その魔力を、決して直接受けてはならない類のものであると遊佐の本能は察知した。
「天光……氷舞っ!!」
明智へと振り下ろされるはずだった木刀・正宗はその向かう先を変更し、遊佐に迫る呪怨に向けて翳される。魔力を凝固させる性質を持つ氷壁がムドオンを堰き止め、その場に繋ぎ止める。ターゲットに届かなかった呪怨はその形を保てずに間もなく消失する。しかしその一連の動作は全て、明智の射程内で行われており――明智が返しの斬撃を見舞うには充分すぎる隙であった。
「――うぐぅっ!!」
刀による一閃。それは元の材質こそプラスチックだが、パレスで殺傷力を付与されるまでもなく、元の持ち主の呪いによって本物以上の斬れ味を宿された刀。遊佐の身体を横薙ぎに裂き、撒き散らされた鮮血が辺りを赤く染め上げた。
血液を失ったことで、揺れる視界と共に意識が薄れる。意識の消失までもは許さず踏みとどまるも、やはり次の行動までのタイムラグは生まれる。そこに追撃を加えんと、明智は薙いだ刀を翻し、刺突を繰り出す。
しかし幾千の悪魔を屠ってきた遊佐。その身に傷を負ったことなど、もはや数え切れない。一度の不覚を取ったとて、その先を許す遊佐ではない。
「くっ……光爆衝波っ!」
「なっ!?」
武器ではなく、遊佐の身体が媒介する即座の聖法気の放出。波のごとく打ち寄せる聖法気の圧が明智を押し返し、刃が遊佐の心臓を刈り取ることはない。一方、明智が至近距離から受けた聖法気も、ロビンフッドをその身に宿すことで得た聖なる力への耐性によって、致命傷にはなり得ない。しかし、軽減してもなお身体を芯から突き刺すかの如き痛みの大きさが、遊佐が名乗った勇者という称号が決して誇張などではないことを十二分に証明していた。
「はは、そんな芸当もできるとは恐れ入ったよ。異世界の勇者……本当に興味深い。」
明智の有する、未知なるものへの好奇心。それは本来、初代探偵王子のキャラに倣って演じた『嘘』である。『恨み』に絡み取られた心の奥底では、復讐以外のあらゆるものに対して無関心でいた。少なくとも、そのつもりだった。
しかし模倣は次第に現実になっていたようで。今や、遊佐の魅せる未知の力に対して興味を示さずにはいられない。認知の異世界を知った数年前のあの時のごとき興奮が、今再び胸にこみ上げている。御伽噺の中でしかなかった勇者や魔王といった存在が実在しているのだ。
しかし、その興奮を冷ますように。その勇者本人はたった一言、吐き捨てた。
「勇者なんてどうだっていい。」
聖十字大陸エンテ・イスラ。闘争と侵略を生業とする魔王サタンの侵攻は、圧倒的な力を以て人間と神の勢力を絶望に追い込んだ。生き残った僅かな間を統率する最後の希望として立ち上がったのが、勇者エミリア・ユスティーナである。
人類の勝利、世界の奪還――正義の執行であろうとも、精神的成熟を終えていない彼女が背負い込むにはあまりにも重すぎた。
人々の期待が重圧として胸を締め付けることもあった。武功を挙げたかった者に疎まれることも少なくなかった。そんな彼女だが、燎原の火の如く魔王軍を駆逐し、遂には魔王をもエンテ・イスラから退けた。
誰かの命を救えた時、嬉しかったのは当然で。人々からの賞賛も挫けそうな時に立ち上がらせてくれた要因のひとつではあることも否定しない。けれど、その根幹にあったのは――彼女が、剣を取り戦えた理由は、魔王たちによって葬られた父の面影と、復讐のために魔王を倒すという願い、ただそれだけだった。それだけで、よかった。
「私が戦うのは私のため。それ以上でも、それ以下でもないわ。」
だからこそ。エンテ・イスラの救世主としての実績も、彼女の出自も、捨て去っても構わない。彼女の背負う正義は、人々の望みであり彼女の望みではない。彼女が進むのは、ただ復讐のため。紛れもなく、己のため。勇者の称号など、彼女にとってはどうだっていいと吐き捨てられるだけの欺瞞でしかない。
「私は!!ㅤ父さんを殺したアイツらを……この手で断罪したい……それだけよ!!」
これまでのどの言葉よりも感情的な一言だった。感情のコントロールが難しくなるという、木刀・正宗によって得られる力の副作用も少なからず影響しているのだろう。
しかしその言葉が――どれだけ明智の現状を否定するものだったのかも、彼女には知り得ない。
「……当たり前、だよな。」
次の瞬間には、仮面でも隠しきれないドス黒い殺意が剥き出しになる。
「『望まれない子』の気持ちなんて、皆に望まれる勇者サマには分からないだろうさ。」
復讐しか残っていない――その一点において、明智と遊佐に違いは無い。たったひとつ、違いを挙げるならその出自のみだ。しかしそれすらも、遊佐はどうだっていいと吐き捨てた。明智より特段恵まれていながらも。正義と個人的な復讐が同じ方向を向いていながらも。その価値に気付きもしない。
「せめて生まれることを望まれてさえいれば――俺は、それだけで良かった。良かったんだよ。」
明智とて、恵まれた出自を望んでいたわけじゃない。だけど、せめて平凡でさえ、あったなら――
心中渦巻く激情とともに再び、向き直る。両者ともに言いたいことは全てぶつけた。後に待つのは衝突のみ。そして次の一撃で決着がつくと、どちらも確信する――否、次の一撃で決めてやる。
結構な量の血液を失い、ふらふらになりながらも。遊佐は全身の聖法気を集中させ、敵を見据える。今はただ、コイツを斬ればいい。その先を見通しながら勝てる相手ではないのだから――
「――天光駿靴。」
これまでのどの瞬間よりも速く、遊佐は明智の前方上空へ翔ける。そこから繰り出すは、敵の撃破のための瞬間火力に特化した剣技。
「届け――天光……炎斬ッ!!!」
紅蓮に煌めく閃熱が、夜空を紅く染め上げる。木刀・正宗が横薙ぎに振るわれると、勢いのままに対象に向けて解き放たれる。
「ブチ殺せ……ロビン……フッドオオォ!」
「なっ……」
――そんな遊佐の『速度』も『威力』も嘲笑うかの如く。
感情をぶちまけるように、血が滲むほどに強く握り込んだ拳でアルカナを叩きつけた。
「なに、よ……これ……!」
趣味とするダーツやビリヤード等で鍛えられた明智の空間把握力から繰り出される、徹底的に研ぎ澄まされた精度と練度から成る幾つものスキル――それら一切を忘れ去ったかのように。繊細さの対極を示すように荒々しく、物量に任せた呪怨の魔力。
『――マハエイガオン』
禍々しさに満ちた常闇が、天光炎斬の閃熱も、遊佐本人も、包み込んでいく。周辺一帯を呑み込む広域への無差別攻撃を前にしては、遊佐の速度も意味を成さなかった。
「私、は……」
元よりかなりの量の血液を失っていた遊佐は、攻撃の質の根本的な変化への戸惑いや、その圧倒的な威力に対して迎撃も適わない。為す術なく呑み込まれ、そして、その意識を落としていく。
――仮に、彼女が未だ聖剣の勇者であったならば。『進化聖剣・片翼(ベターハーフ)』によって最大限に高められた天光炎斬はマハエイガオンもを逆に喰らい、明智を焼き尽くしていたかもしれない。
遊佐の持つ武器が木刀・正宗であるからこそ始まった戦いは、遊佐の持つ武器が木刀・正宗であるからこそ終わった。これが彼女が勇者であることを捨てた故の結末であるのなら――或いは、下らない正義のなれの果てとでも、称されるべきものなのかもしれない。
■
「この殺し合いには、伊澄さんの知り合いも呼ばれてるんだよね?」
鷺ノ宮伊澄を先導しつつ、小林は尋ねる。親友の三千院ナギを初め、6人の知り合いが名簿に確認できた伊澄はそう答える。
「……嫌な質問かもしれないけどさ。この殺し合いに乗ってそうな人って、いる?」
「……一人、だけ。」
俯きながら、伊澄は答えた。その複雑そうな表情に、少し申し訳なくなる。一回り年下女の子に、知り合いを悪く言わせるなんて酷な話題だ。だけど、現状を正しく知るには避けては通れない道でもある。
「初柴ヒスイ。最近は会っていませんが……幼馴染の一人です。」
「……幼馴染、か。」
現在、古い知り合いとの繋がりがほとんど無い己の身に複雑な思いを馳せながら、小林は続く伊澄の話に耳を傾ける。
「ヒスイは……負けず嫌いでした。」
「負けず……嫌い……?」
簡潔に纏められた。簡潔すぎて、シリアスな流れに入っていけないくらいに。
「まあ……負けず嫌いといえばナギやワタル君や咲夜も……幼馴染は私以外全員負けず嫌いなんですけど……」
(しまらないな。)
心内でため息をつく小林。ちなみに、本人は決して認めないが伊澄も相当な負けず嫌いである。
「でも……ヒスイは違うんです。何というか……ええと……」
上手く言葉にできない伊澄。
「……なるほどね。分かった、気をつけとく。」
しかし、顔を覚えようとヒスイの顔を名簿で確認した小林は、大まかに合点がいった。その目元に――刀傷だろうか、とにかく日常生活ではまず形成されないであろう類の傷跡が大きく主張している。伊澄の疑念と合わせても、真っ当な生き方をしてこなかったことは想像がつく。
「嫌なもんだよね。知り合いを疑わないといけないなんて。」
「ええ、本当に……。」
そして、そんな話をしている時のことだった。
「!!ㅤ……ねえ、あれ……!」
見るからに禍々しい、黒く輝く魔力が遠くの空で弾けるのを、小林は見た。
(あの感じ……もしかしてファフッさん……?)
ドラゴンの世界の魔法に詳しいわけでもないが、あの黒いエネルギーはファフニールが稀に醸し出す『呪い』の力に似ている。殺し合いを推奨する世界で放たれた魔力。その意味を、戦いに結びつけずにいられるほど小林は楽観的ではない。あの場所で、もしかしたらファフニールが戦っているかもしれない。襲われての迎撃……であると信じたいが、自分がファフニールについて滝谷ほどに理解していないことも自覚している。
そして、その地点へ向かおうと足を速め――
「あれは、危険です。」
――伊澄が、小林の腕を掴む。
「お分かりかもしれませんが……あれは、呪いです。人の世にあってはならぬもの。それも、男性の方を女装させるような弱い呪いではありません。」
(何その妙に具体的な例は)
空気を読んでツッコミは入れない小林。
「私が行きます。私なら呪いには多少、対抗できますから。」
「ううん。私も行く。」
先ほど桜川九郎を前にした時とは違い、即決だった。
「どうして……」
伊澄が尋ねる。その理由は明らかだった。殺し合いにファフニールが関わっているのではないかと、疑ってしまったからだ。ここにはドラゴンが――殺し合わせちゃいけない奴らがいて。彼らを止められるのは、曲がりなりにも、僅かであっても、同じ時を共有した自分だけかもしれないから。
そんな、入り組んだ感情を全て一言に集約して伊澄に伝える。
「私のエゴだ。」
「……分かりました。」
仮に正しく伝わってはいなくとも――本気の想いは伝わる。
「絶対に、私の前に出ないでくださいね。」
「うん、分かった。」
伊澄は、これから命を預けるには頼りなく見えるくらいか細い手に御札――は没収されているため、代わりに支給されたタロットカードを手にして進む。
――意気揚々と、逆方向に。
「……こっちだよ。」
「え?」
……うーん、大丈夫かなあ。
不安がいっそう増しながらも、2人は戦いの起こっている地へと向かう。
そして、歩き始めて間もなく――唐突に伊澄がピタリと歩みを止めた。
「……来ます。」
気配、というものを感じたか。タロットカードをその手に構え、闇の先を見据える伊澄。それからすぐ、小林もその相手の姿を視認する。荒々しい息遣いのまま、まるでゾンビのようにのそのそと近付いてくる。
そして、相手が伊澄の姿を確認した瞬間。
「――邪魔を……するなッ!」
それは問答無用とばかりに、斬りかかって来た。
「……!ㅤさせない!」
手持ちのタロットに霊力を込めて投げ付ける。敵がそれを真っ向から斬り付けると、霊力とぶつかり合い、バチバチと淡い火花を起こして弾き合う。
「なにあれ、木刀?」
そんな光景を見ながら、タロットカードほどではないにせよ敵が手にしたその武器があまりにも殺し合いのイメージにそぐわず、小林は疑問を抱く。
しかし、伊澄はその武器を見てより一層、顔を険しくした。
「あれは――木刀・正宗……!」
伊澄もよく知る、鷺ノ宮家の宝具。それが今、己に牙を剥いていたのだから。
■
――精神暴走。
巷を騒がす廃人化事件の実行者、明智吾郎が持つもう一つの能力。
「ぐ……う……」
「どうやら、終わりだね。」
明智のマハエイガオンを受けて倒れた遊佐。一方、無傷ではないものの意識はハッキリしている明智。
「……待てよ。」
生殺与奪はもはや握っており、襲い来る苛立ちのままに一突きにブチ殺しても良かったのだが――実行に移そうとするその直前、ふと興味が沸いた。人間の心より出でるシャドウに暴走へといざなう魔力を注ぎ込み、他人の心を暴走させたことは何度もある。しかし、生身の人間に試したことはない。スキル『暴走へのいざない』を、遊佐相手にかけてみたらどうなる?
「……まあ、無理だろうな。」
以前より、精神暴走を人間に直接作用させることは不可能であると明智は予想していた。心を暴走させるスキルがシャドウを介して人間に通用するのは、シャドウが人の心そのものであるからこそだ。それに対して人間の肉体は、心以外の要素が占める割合が大きすぎる。
「まあいいか。どうせダメ元だ。」
「ぐぁ……ぁ……」
最も脳に近い頭を掴み、魔力を流し込んでいく。本来であれば、明智の予測の通り。心に作用する能力は、身体には作用しない。流れ込む魔力に耐えられず、ショック死するのが関の山だろう。
しかしこの時の遊佐は、明智も意識していなかった要素として――木刀・正宗を手にしていた。感情のコントロールが効きにくくなる副作用により、心への働きかけがより強く、扇動されて――
「魔王サタン……ッ!ㅤよくも……私のお父さんを……!!」
「……これは驚いた。」
――結果、遊佐の持つ最も強い感情――魔王サタンへの『怒り』の感情が、暴走した。心の穢れを象徴するように、蒼銀の髪は灰色に濁っていき、目に灯した光はスっと消えていった。精神暴走を起こした者に見られる症状だ。
「アハハ……いいよ。お前の復讐、手伝ってやるよ。」
それを、利用しない手は無いと思った。遊佐の実力は先の戦いで証明済み。そんな遊佐が、怒りのままに、己の身を一切厭わず魔王サタンとやらに襲いかかったならば――
「せいぜい、厄介そうな魔王とやらと、ついでに他の参加者もをブチ殺して来てくれよ。」
――『サマリカーム』
明智のスキルにより、呪怨に侵食された遊佐の身体はみるみるうちに回復していく。ニイジマ・パレスで新島冴のシャドウが
ルールを制定したように、このパレスにも特有のルールが与えられているのだろうか。サマリカームの効きがいつもより悪く感じるが、それでも『戦闘不能』だった遊佐は立ち上がるまで回復し、そしてブツブツと『魔王』の二文字を呟きながら何処かへ立ち去っていく。
■
そして、現在。小林と伊澄の前に、暴走する怒りのままに魔王サタンを探し回る機械と化した遊佐が立ち塞がる。
「――殺す……魔王サタン……この手で……」
木刀・正宗によって始まった戦いは、木刀・正宗によって終わって――
「邪魔する奴も……全員、殺すっ!!」
――そして、木刀・正宗によって、次の戦いへと導かれていく。
【E-3/平原/一日目 黎明】
【明智吾郎@ペルソナ5】
[状態]:ダメージ(小)
[装備]:呪玩・刀@モブサイコ100 オルバ・メイヤーの拳銃(残弾数7)@はたらく魔王さま!
[道具]:基本支給品 不明支給品0~1(本人確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに優勝する
一.雨宮蓮@ペルソナ5だけは今度こそこの手でブチ殺す。
※シドウ・パレス攻略中、獅童から邪魔者を消す命令を受けて雨宮蓮の生存に気付いた辺りからの参戦です。
※スキル『サマリカーム』には以下の制限がかかっています。
①『戦闘不能』を回復するスキルなので、死者の蘇生はできません。
②戦闘不能回復時のHPは、最大の1/4程度です。
③失った血液など、体力以外のものは戻りません。
【D-3/平原/一日目 黎明】
【鷺ノ宮伊澄@ハヤテのごとく!】
[状態]:健康
[装備]:御船千早のタロットカード@ペルソナ5
[道具]:基本支給品 不明支給品(0~2)
[思考・状況]
基本行動方針:三千院ナギとの合流のため、負け犬公園に向かう
1.木刀・正宗を持った敵(遊佐)に対処する。
2.ナギに『向こう側』の世界を見せたくない。
【遊佐恵美@はたらく魔王さま!】
[状態]:精神暴走(攻↑ 防↓)、 ダメージ(中)
[装備]:木刀・正宗@ペルソナ5
[道具]:基本支給品 不明支給品0~2(本人確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:魔王サタンを殺す。邪魔する者も全員殺す。
一.この怒りの向くままに。
※木刀・正宗が奪われたり、破壊されたりした場合に精神暴走状態がどうなるのかは以降の書き手さんにお任せします。
【小林さん@小林さんちのメイドラゴン】
[状態]:健康
[装備]:対先生用ナイフ@暗殺教室
[道具]:基本支給品 不明支給品(0~2)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを止める
1.ひとまず伊澄さんと一緒に負け犬公園に向かおう
【支給品紹介】
【オルバ・メイヤーの拳銃】
明智に支給された拳銃。合計8発の弾が込められたオルバの拳銃。1発消費し、7発となっている。元が本物であるため、パレスの効果で戦闘ごとに装填されることはない。
【御船千早のタロットカード@ペルソナ5】
伊澄に支給されたタロットカード。御札の代わりに霊力を込めて使っている。現状、枚数は特に指定しない。
最終更新:2022年05月04日 07:56