逃げるでもなく隠れるでもなく、少女は一本の刀を手にそこに立っていた。

(邂逅を恐れているわけではないみたいだけど……)

 強引に殺し合いに巻き込まれた状況には到底そぐわぬその有り様に、桜川九郎は訝しげに目を細める。

(ああ、それは僕にも言えることか。)

 何にせよ、殺し合いを命じられている中でも冷静に話ができるのならそれに越したことはない。無害をアピールしながら正面から歩いていく。

「……つまらんな。」

 そして、少女は一言呟く。

「烏間という男も、久しぶりに出会ったナギも、モルガナとかいう猫も。未だ私を殺そうとする者とは一人も出会えていない。それに続いて、お前もか。」

 面白くなさそうに、少女――初柴ヒスイは刀を抜く。同時に、刀より流れ込む魔力が想像を絶する苦痛をもたらす。対面する九郎もそれに気付かぬほどに、ヒスイは苦しみを表に出さない。気付くのは、その刀にべっとりと染み付いた血の跡のみ。

「……君は、その出会ってきた人たちをどうしたんだ?」

 答えは想像がつく。刀の血の意味が分からない九郎ではない。だが、それでも一片の希望に縋り、聞かなくてはならない。

「一人は殺したよ。残りは……おそらくは生きているだろうが。」

 ナギを見逃したことを、どことなく自嘲気味に笑うヒスイ。しかし殺しへの躊躇いも、後悔も、その語り方からは感じ取れない。むしろ戦いそのものを楽しんでいるかのような語り口だ。

 九郎の目から見ても、ヒスイは倫理観のタガが外れていた。説得することも、おそらくは難しいだろう。

 刃を手にした殺人鬼を前にした状況であっても、九郎の心臓は平静時と変わらない拍子を刻んでいた。この殺し合いの世界で不死能力にいかなる制約が掛かっているかも分からないままだというのに、自分が死ぬというイメージがまったく湧いてこない。安易には死ねないと理解していながらも、死への恐怖という本能は俄然、喪失したままだ。

(……いや、本来はこっちが正しいのか……? 少なくともこの子は普通じゃないのだろうけど。)

 先ほど出会った鷺ノ宮伊澄という子にも、実際に自分は一度殺された。人魚とくだんの混じり物として彼女から見た自分が異形であったという特異な事情こそあれ、この世界に人が人を殺すのは珍しくもないということか。思えば、首輪で命を握られているのだから、主催者の言いなりになっても何らおかしくはないのだろう。

「それで……僕も殺すのかい?」

 ヒスイを試すように問い掛けた。彼女が優勝目当てならば、その答えは分かっている。

「――馬鹿を言うなよ。時間の無駄だ。」

 しかし返ってきたのは、そんな九郎の予測と真逆の答えだった。

 殺し合いに乗っていない者も殺したと語ったヒスイ。しかしその殺意の矛先は、九郎には向いていない。その矛盾に、九郎は首を傾げる。

「賭け事は、財が有限であればこそ成立する。ベットに値する命をお前は持っていないだろう?」

 風ひとつない空間に、ざあと音が聞こえた気がした。ヒスイの答えに、心がざわつかずにいられなかった。

「君は何故、僕の体質のことを知っている? もしかして――」

 ヒスイが出会ったと語った者たちの名に、岩永や紗季さんの名は無かった。仮に出会っていたとしても、ヒスイのような危険思想の持ち主に易々と自分の情報を流す二人ではない。だとすれば、心当たりはただ一人。桜川家の事情を知っており、この殺し合いの裏にいると確信を持っている人物――

「――悪いけど、こちらは君を逃がすわけにはいかなくなったようだ。」

 彼女に桜川六花との交流があるのだとしたら、この殺し合いの打破にも繋がる情報を持っているかもしれない。簡単に口を割る人物でないのはここまでのやり取りでもわかる。それでも、ヒスイには聞きたいことが山ほどある。

「はっ! 枯れたネズミだと思っていたが、いい顔をするじゃないか!」

 六花から、九郎の体質のことなどヒスイは聞かされていない。それでも、ヒスイの洞察力を持ってすればその体が人間のそれとまったく異なることとて理解は容易い。そこに一切の理屈などない。ただ、運命がヒスイを選んでいるかのごとく、正の結果が先行するのみ。

(そんなにもあの女のことが憎いのか。もしくは――まあ、どうでもいいか。)

 しかし九郎がヒスイに見出した六花との繋がりにも、何ら誤りはない。ヒスイから情報を引き出すことが可能であるならば、この殺し合いの裏側に接近できることも十全に正しい。

 ようやく降って湧いた手がかり。未来決定能力が機能しておらずとも、必ず掴み取る。刀に対しても臆することなく、九郎はヒスイへと向かっていく。

「だが言っただろう、時間の無駄だと。お前に構っている暇はないんだよ!」

「ッ……!?」

 次の瞬間、九郎の身体は宙に浮いていた。

 ヒスイの背後に突如として顕現した異形――法仙夜空より高速で放たれた拳にその身を打たれ、吹き飛ばされていく。

 何が起こったのかすら理解が追いつかぬままに、九郎の身体は海へと落ちていった。

「ぶはっ!」

 水面から顔を出せば、港からそれを見下ろすヒスイと目が合った。

「王が未来を決定するのではない。」

 登り始めた朝日が後光となって、ヒスイの顔に刻まれた刀傷を照らし出した。干渉を許さず、そこに存在する絶対者。それはまさに、『王』と呼ぶに相応しい佇まいであった。

「勝利が約束されている者こそが王なのだ。お前も、桜川六花も、王の器には程遠い。」

「待っ――!」

 そして最後に、六花との関わりを仄めかしながら、ヒスイは背を向けて立ち去って行った。追おうにも、港と高低差のある海に落ちた以上、すぐには戻れない。

(くそ……ようやく、六花さんに続く手がかりを見つけたというのに……!)

 しばらくして、何とか港まで這い上がるも、その頃にはヒスイがどこに消えたか分からなくなっていた。とはいえ、ヒスイは人を殺す気だ。それならばきっと、これから向かう先は人の集まる中心部。少なくとも、岩永との合流を目指して向かっていた真倉坂市工事現場ではないだろう。

(岩永とも合流しなくてはならないが……むしろ積極的に殺し合いに乗る人物と出会いにくいであろう工事現場に向かっているなら安全か? それなら、僕が取るべき行動は……)

 仮に岩永にヒスイのことを伝えたとしたら、間違いなくヒスイを追うことになるだろう。そうなれば、ヒスイから彼女を守れる保証はない。現に今、自分はヒスイに触れることとて適わなかった。

(このまま単独で、あの子を追う!)

 九郎の目に、鈍い光が宿る。当てもなく殺し合いの世界をさまよっていたところに、突如として湧いた手がかり。それを掴む為ならば――きっと、この命を賭ける価値だって、あるだろうから。

【C-1/港/一日目 早朝】

【桜川九郎@虚構推理】
[状態]:健康 全身が濡れている
[装備]:無し
[道具]:基本支給品 不明支給品(0〜3)
[思考・状況]
基本行動方針:初柴ヒスイを追う。
1.桜川六花の企みを阻止する。
2.もしかして不老不死にも何か制限がかけられているのか?
※件の能力が封じ込められていることを自覚しました。
※不老不死にも何か制限がかけられているのではないかと考えています。

【C-2/草原/一日目ㅤ早朝】

【初柴ヒスイ@ハヤテのごとく!】
[状態]:健康
[装備]:サタンの宝剣@はたらく魔王さま!
[道具]:法仙夜空@ハヤテのごとく! 武見内科医院薬セット@ペルソナ5 基本支給品×2 不明支給品(0〜2個)、烏間惟臣の不明支給品(0〜3個)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに勝利する。
1.次の闘いへ向かう
2.王となるのは私だ。
3.本当に、願いで死者さえも甦らせることができるのなら―――
4.次に出会ったときナギと決着をつける…どちらかの死で。
5. 誰が相手でも躊躇しない
※原作51巻、ハヤテから王玉を奪った後からの参戦です。

【支給品紹介】
【サタンの宝剣@はたらく魔王さま!】
エミリアが砕いたサタンの角からつくられた魔剣。真奥貞夫を魔王サタンの姿に戻すほどの魔力を宿しており、手にした者にその魔力を供給する。鞘に収まっている間は魔力の供給は起こらないが、常人には鞘から抜くことすらままならない。

【法仙夜空@ハヤテのごとく!】
ヒスイに力を授けるために英霊となった法仙夜空。すでにヒスイと融合しているが、天王州アテネと融合したキング・ミダスの英霊と同じように不可逆的な破壊が可能だと考えられるため、状態を整理しやすいように道具欄に記載してある。その形状は上段に人間のような二本の腕、下段に骸のような二本の腕であり、現在は下段の右腕が粉砕された。残りは3本

【武見内科医院薬セット@ペルソナ5】
武見妙が扱う医薬品。効果は確かに効く。
内訳 ナオール錠50mg×2 ダメージ・疲労を(低)回復させる
   ナオール錠100mg×2 ダメージ・疲労を(中)回復させる
   全快点滴パック×1 ダメージ・疲労を全回復させる※参加者との戦闘中は使用不可

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044:考える葦 時系列順 046:Turning Points
投下順
037:この両手でつかめるもの 初柴ヒスイ 049:このちっぽけな世界で大いなる退屈を遊ぼう
桜川九郎 055:眠り姫を起こすのは
最終更新:2023年01月14日 22:33