ぽっかりと空いた空白があった。如何なる財物を得ようとも、万能の英智を駆使しようとも、決して埋まることの無かった心の空白。しかもそれは、内側から蟲が喰い破っていくかのごとく、年月の流れと共にじわじわと広がっていく実感があった。
ただ私はそれを、埋めたかった。ただ、それを埋められるのが何であるのか、分からなかった。
その一方で、私には力があった。望むものを、望んだように手に入れられるだけの力が。運命とやらさえ引き寄せるだけの、王の資質が。その空白を埋めること以外は、何であろうと実現は可能だった。
強欲に、されど貪欲に。望んだ数だけ世界は私の手の中に収束していく。まるで世界全てが最初から私であったかのように、パズルのピースが難なく型にはまっていく。私がひとつずつ、出来上がっていく。
だけど行方不明のピースが、たったひとつ。それはまだ、形すらも見えてこない。その空白がある限り、私という存在は決して完成しない。手に届く場所にあるのか、それすらも分からない。
だけど、私が本当に何もかもを手に入れられるのなら。私が本当に、願いを掴み取る力があるのなら――真に全てを手にした時、答えは必ずその中にあるだろうさ。
――その確信を軸に据えて、私はここに立っている。
自分という存在を完全なものにするがために。唯一、望むだけでは得られないものを得るために。
そして、その因果の先に――
「……適合した、か。」
今ここにまたひとつ、初柴ヒスイという名のパズルに、ピースが当て嵌められた。彼女がそれを求めていたなればこそ、この結果は必然的な到来だった。
その手に握っているのは、魔王の宝剣――手にする者に魔王の絶大なる魔力の一部を供給し続ける魔剣。魔力の受容体を持っていても許容量を超えやがて発狂に至るであろうその魔力を、あろうことかヒスイは、受容体すら無しに強引に取り込み続けた。そしてその結果――ヒスイの体内には確かに、魔力を受容し、はたまたコントロールをも担う器が、形成されたのである。
無尽蔵の精神力は、人間の肉体の限界すらも超克した。生まれ持っての素質より扱い得ぬ力をも、その身に宿したのだ。
そして、そのリミットさえ超越してしまったならば――
「ふむ、悪くない。」
軽く振り回した宝剣に、供給され受容した魔力を、試しとばかりに宿した。
ひと凪ぎ。
剣の軌道に沿って、朱い焔が煌めいた。
ふた凪ぎ。
残火に揺らめく空気が凝結し、急速にその温度を無くして凍り付く。
3、4、5……素振りのひとつひとつに、あらゆる属性のエンチャントが成されていく。それはエンテ・イスラに点在する多くの魔法剣士たちが、幾年もの修練の果てに漸く掴み取れるであろう絶技の数々。魔力――もとい、聖法気の受容体という基盤を同一にしたその瞬間から、ヒスイはその応用となりうる全てを手に入れていた。これこそが、巨額の富を築いた三千院帝をして驚異と言わしめた、初柴ヒスイの真骨頂。
「夜空を操る霊力とはまた違う。イメージを具現化するかの如き、万能の力。異世界にまで視野を広げれば、まだこのような力は眠っていたのだな。」
素晴らしい、と感嘆の声を漏らす一方で、心の空白は少しだけ広がったような気がした。三千院家の令嬢、ナギとその執事を殺すことが確定してもまだ、手に入れていないものがあるらしい。
「……それにしても。伊澄、お前が死んだか。」
霊力について想起したからか。先ほどの放送の余韻が、今さら襲ってきたようだ。
「残念だよ。私も鬼じゃあないんだ。せめてひと思いにお前を楽にしてやるくらいの情けはかけてやるつもりだったんだが……。」
光の巫女、鷺ノ宮伊澄の、人間として規格外の霊力。伝承の中で神性を得たキング・ミダスの娘、法仙夜空をしても苦戦を強いられた強敵として、彼女はこの戦いの中で立ち塞がるものだとばかり思っていた。それが、最初の放送を迎える前からこのざまだ。
落胆、とは少し違う。伊澄には、野心が決定的に足りないという認識は昔からあった。十二分に王を目指せるだけの才覚を持ちながら、現状に甘んじ、誰かから差し伸べられる手を待っている。殺し合いの世界でなくとも、心の在り方が根本的に王の器から遥か遠く。ましてや他者を蹴落とすこの世界では、遅かれ早かれ敗北を喫することはもはや確定していたに等しい。
だが伊澄が脱落した現状に感じる物寂しさをあえて言語化するならば――きっと、同化した夜空の追想といったところだろうか。伊澄を含むナギの執事との王玉を巡る戦いにおいて、姫神の乱入や夜空の英霊化などにより、結局夜空と伊澄の戦いの決着は付かずじまいだった。負けず嫌いな一面のある夜空としては、その再戦は望むところだったのだろう。それが、もはや二度と果たせなくなってしまった。二度と――鷺ノ宮伊澄に"勝利"することは、果たせなくなってしまった。
「……時間が惜しいな。綾崎ハヤテ、どうかお前は私に殺されるまで、死なないでくれよ?」
勝利は、疑いを差し込む余地もなく確信している。初柴ヒスイという少女が殺し合いに降り立った地点で、あらゆる運命はヒスイに味方をすると決まっている。求めるものは、それではない。
この胸に在る空白を。常に望むものを手に入れてきた私が、唯一手に入らない充足を。
【C-2/草原/一日目ㅤ朝】
【初柴ヒスイ@ハヤテのごとく!】
[状態]:健康
[装備]:サタンの宝剣@はたらく魔王さま!
[道具]:法仙夜空@ハヤテのごとく! 武見内科医院薬セット@ペルソナ5 基本支給品×2 不明支給品(0〜2個)、烏間惟臣の不明支給品(0〜3個)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに勝利する。
1.次の闘いへ向かう
2.王となるのは私だ。
3.本当に、願いで死者さえも甦らせることができるのなら―――
4.次に出会ったときナギと決着をつける…どちらかの死で。
5. 誰が相手でも躊躇しない
※原作51巻、ハヤテから王玉を奪った後からの参戦です。
※はたらく魔王さまにおける魔力・聖法気を身に付けました。
【支給品状態表】
【法仙夜空@ハヤテのごとく!】
ヒスイに力を授けるために英霊となった法仙夜空。すでにヒスイと融合している。上段に人間のような二本の腕、下段に骸のような二本の腕がある。現在は下段の右腕が粉砕されており、残りは三本。
【武見内科医院薬セット@ペルソナ5】
武見妙が扱う医薬品。効果は確かに効く。
内訳 ナオール錠50mg×2 ダメージ・疲労を(低)回復させる
ナオール錠100mg×2 ダメージ・疲労を(中)回復させる
全快点滴パック×1 ダメージ・疲労を全回復させる※参加者との戦闘中は使用不可
最終更新:2022年04月21日 04:46