Heaven's Link ! @ wiki
HL(1) 試し読み
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Heaven's Link ! 1 試し読み
「リセ、君に耳寄りな仕事がある」
オフィスビルの最上階、白で統一されたインテリアの並ぶ一室で、その男は突然リセにそう切り出した。二日前のことだ。
「耳寄り?」
「ああ。耳寄りだ」
彼は中年とは言い難いが、もう若すぎはしない三十歳前後の風貌をしている。
肩下までの長髪は黒々とし、サングラス越しに覗く切れ目の双眸は、鋭いブルーだった。
スーツは白。ネクタイは黒。
上から下まで、瞳さえ除けば限りなくモノクロに近い男である。
その背中からは、純白の翼が生えていた。天使族の血が流れている証拠である。
「我らがヘヴンズ・アソシエイションFブロック支部にとある司令が届いたんだが」
両手の指を組んでデスクに肘をつく彼は、それを口元に当てながらまっすぐリセを見つめていた。
丁度、『地球上における異種族の生存率論』というタイトルの本から引用文を探していたリセは、その男の視線にちらりとだけ振り向く。
「……司令? まさかそれは俺にですか?」
「君以外に誰か心当たりがあるのか?」
「いえ。俺しかいないのはわかってます」
リセはがらんとした室内を見渡した。
この部屋の壁やデスク、プランターまでが白一色でまとめられている。
生物といえば、リセと彼の上司であるクァンヴァント・ラーデFブロック支部長のみだ。
二人は唯一白以外の存在である。
尤もクァンヴァントの格好は、下手をすれば色白も手伝って背景に溶け込みそうだった。
プランターの中にある造花の緑のほうがいくらか目立っている。
「そうだ。このヘヴンズFブロック支部に、エージェントは君しかいない」
「繰り返さなくてもわかっています」
リセは『地球上における異種族の生存率論』を閉じた。
「Fブロックは天使族や悪魔族による犯罪が比較的多い地域ですから、エージェントやガーディアンは常に出回ってて部署に手が空いてる者はいなくなる―――ってのはもっぱら言い訳で、本当はただ単に人員不足なんですよね、うち」
「全くその通りだ」
「今述べた事で事実なのは、Fブロックは異種族の犯罪が比較的多いってトコくらいですね」
「――と、いうわけなのだ」
「何が――と、いうわけなのかはこの際黙ってるとして……『耳寄りな仕事』の内容を聞いてもいいですか? と言う前に、もう聞かされそうな状態ですけど」
クァンヴァントは、いつのまにかリセの手元にあった『地球上における異種族の生存率論』をその手に包み込んでいた。
リセと彼の座っているデスクは二メートル程離れている。
たかが二メートル、されど二メートル。移動するのが面倒だったのか、彼はまるで動かなかった。しかしリセの手にしていた本はクァンヴァントの元にある。
引き付け(アトラクト)と呼ばれる一種の能力(アビリティ)だ。
対象を空間移動させ、自分のもとへ引き寄せることができる。
それまで本のハードカバーをいじりながら話半分に聞いていたリセの意識を集中させたかったのだろう。引き寄せた本を自分のデスクに置くと、クァンヴァントはまた肘をついて、先ほどと同じ格好をしながら静かに話し始めた。
「ヘヴンズ本部に、一般からのタレコミがあったらしい」
「はあ」
「お抱えの情報屋からということで、信憑性も高い」
「それで?」
「以前から本部が危惧していた、天使族と悪魔族の血が四分の一ずつ流れている混血児の存在が明確になったそうだ」
リセは、クァンヴァントの言葉を反芻した。
「天使族と悪魔族の血が四分の一ずつ流れている混血児?」
「そうだ」
「……二分の一ずつ、なら……そういう種族も存在してるのは知ってますけど」
「早い話が……天使族と地球人の混血児と、悪魔族と地球人の混血児との間に生まれた子供だ。実は今までも存在の確認は取れていた。ただ、ここにきて彼らの存在を危惧する者が増えた」
「危惧する? 何故ですか?」
「混血だからだ」
クァンヴァントは目を細めたようだった。
「審判の日から――つまり、地球人と異種族の共存が始まってから六十年以上が経つ。今やただの混血児など驚くべき存在ではない。そうだな?」
リセは頷いた。
自らこそがその代表たる存在だ。
天使族と地球人との混血。もしくは、悪魔族と地球人との混血。俗に二種混血と呼ばれるが、この地球上でそのような生まれの人間は珍しくない。
「過去、二種族間の混血にも問題はあったがそう大したものではなかった。しかし今回のケースは話が別だ」
「三種族での混血には、問題が?」
「さあ、あるかないかは、これからだが」
クァンヴァントが、『地球上における異種族の生存率論』を掲げた。
瞬間、本が浮いた。かと思えば猛スピードでリセに迫る。二度目のアトラクトだ。
胸元に飛んできたそれに激突されそうなのを間一髪で受け止め、その衝撃でリセは咽た。
「地球人にはなく、天使族や悪魔族……異種族の血を生まれ持つ者だけの特別な能力(アビリティ)。その初歩中の初歩がコレだ。何の対処もできない一般人には、それだけでも脅威だろうな」
「何が言いたいんですか?」
リセの文句に、クァンヴァントは椅子から立ち上がった。
オフィスの巨大なガラスの窓を背にし、床へ影を落とす。
「天使族の遺伝子、悪魔族の遺伝子、そして地球人の遺伝子。三種混血の彼らはその三つを備え持つ。未知なる存在だ」
「……ですね」
まだ咽ながら、リセはそう相槌を打った。
「ただでさえ一般人を不安にさせるこの能力だ。二種混血である君でもアトラクト以上のものを楽々と扱える。それが三種になれば、遺伝子変異でそれ以上の能力を得ているかもしれない」
「……理論はわかりますけど」
「我々は彼らを見つけ、監視しなければならないだろう。彼らが凶悪犯罪を起こさないとは限らない。反対に、理不尽な危機に陥れられるという可能性もあるからだ」
「……どうせまた建前なんですね」
「そうだな……保護というより、優先したいのは捕獲だ」
「ヘルズは何か言ってます? 三種の混血児なんですから、悪魔族も関係してきますよね。俺達ヘヴンズだけが手をだせば、管轄の不当独占で反論されると思いますけど」
「今のところ、この件に関してヘルズからの意見書は提出されていない」
「ヘヴンズが先んじたってわけですか」
「間違えるな、先んじるのだ。これからな」
クァンヴァントが口元の筋肉を緩めた
「さて、コバヤシ・リセ=エージェント。君にその混血児達の捜索を命じる」
「ちょっと待ってください! 俺がやるんですか?」
「話は聞いただろう。君への指令だ」
「ええ、聞きました。聞きましたとも。だけど無謀すぎます! どうもその混血児ってのは一人じゃありませんよね? 複数のターゲットを、俺一人でというのは合理的じゃありません」
「君でなければ誰がやるんだ? この支部には……」
「それはもう結構です! いつも通り、異種族による凶悪犯罪を阻止してこいとか、そういう仕事なら何も言わずに引き受けます。それがヘヴンズのエージェントとして適切な仕事だし。……けど、明らかに下っ端な俺に、そんな危険人物を捕獲しろって、本部の意図は何なんです? 耳寄りな箇所もありませんでしたし!」
リセは言いながら、実際に胸焼けがしていた。
本部の連中を思い出す。幹部の人間と会話をしたことは、実際数えるほどしかない。
だがあの者達の虫唾の走るような思考にはうんざりしていた。嫌われているらしいことも随分前から感じてはいた。思い出すといい気分にはなれない。
「下っ端か。まぁ、間違ってはいない」
しばらくして、クァンヴァントが静かに言った。
「だが組織とはそういうものだ」
そしてさらに付け加える。
「たとえ私がこの司令をAブロック支部から強奪してきたからといって……司令には変わりない」
一瞬、場が凍ったのを、発言した本人も感じただろう。リセが出したのは搾りつくしたような声だった。
「……司令、されたんじゃなかったんですか?」
先ほどのセリフは己が聞き間違えたのではないかと疑ったが、クァンヴァントの読み取れない表情が答えを物語っていた。
サングラスはそのブルーの瞳を隠し、黒々と光る。
「本部からの司令だと言ったはずだが」
「でも強奪したんですね? Aブロックから」
「……寒くはないか? リセ」
「はぁ?」
「エアコン、去年から壊れているな?」
「ええ。直したいって前から言ってましたね」
「金さえあればなんとかなるんだが」
「……まさか……支部経費削減されたんですか?」
「エアコンのためだリセ。いくら私と君しかいないこのFブロックとはいえ、この大役を果たした暁には本部に認められるだろう」
「いや、エアコンはどーでもいーです」
「そうか。ならば目標のないまま仕事をするのはつらいだろうが、頑張ってくれ」
リセはそうしてやっと上司の顔をまともに見た。彼は楽しそうに笑っていた。
「…………つくづくあなたには閉口します、クァンヴァント部長」