Tを越えろ/疾走


「さぁ、お前の罪を数えろ!」

いつもの言葉と共に走り出したジョーカーの跳び蹴りが、ベルデへ向かう。
だが怒りで見え透いたその狙いは容易に読まれ、直撃には至らず。
横に回避され難なく躱されるが、しかしそれではジョーカーの勢いは収まらない。

着地と同時に後ろ回し蹴りを放ち、ベルデの頭部をその右足が捉える。
呻きと共に後ずさった彼に、得意げな笑みで自身の優位をアピールすることも忘れない。
ダメージはともかく、ベルデにとってはその余裕ぶった態度が一番気に障ったのだろう。

苛ついたような舌打ちと共に、彼はデッキから一枚のカードを抜き取った。

――HOLD VENT

発動した電子音声を受けて、ベルデの手に彼の専用武器であるバイオワインダーが装着される。
ヨーヨーを模したそれに大した感慨を抱くこともなくベルデが腕を振るえば、バイオワインダーは一瞬にしてジョーカーの身体を切りつけた。
火花をあげ地を転がるが、すぐ立ち上がりまたベルデへ立ち向かおうとする。

得物がヨーヨーであるなら、超至近距離まで近づけば無意味になると考えたのだろう。
だが、そんな戦法が通じるほど、ベルデは甘くはない。
手元に戻ってきたバイオワインダーを、横凪に振るう。

それによって先ほどより短いリーチで放たれたその軌道は、丁度走り込んできたジョーカーの胴を一閃し、再びその身体から火花を上げさせた。
また同じように地を転がるが、それでもジョーカーは諦めない。
すぐさま立ち上がり、同じようにベルデへ一直線に向かっていく。

「いい加減諦めたら?そういうの、いい加減ウザいんだって」

正義のヒーロー気取りで立ち向かい続ける彼への嫌悪感を隠しもせず、ベルデは再びバイオワインダーを振るう。
先ほどまでと同じだ。ベルデの腕から伸びる軌道は凄まじい勢いでジョーカーへと向かい、そして瞬きの間にまた彼の身体を蹂躙するだろう。
繰り返されるその代わり映えしない光景に呆れ、欠伸さえベルデが吐き出そうとした、しかしその瞬間。

彼の目を見開かせる光景が、そこにはあった。

「――オラァ!」

雄叫びと共に、ジョーカーがその足を高く蹴り上げる。
当然ベルデに届くはずもないそれはただ空虚に宙を切るだけかと思いきや、結果は予想外のものだった。
突如としてベルデの腕に強い衝撃が走り、そしてジョーカーに迫っていたはずのバイオワインダーは、敵に届くこともなく視界から消えたのである。

「まさか……!」

思わず空を見上げたベルデの目に映るのは、見当違いの方向へ伸びゆく自身の得物だ。
つまりはジョーカーはあの数度のやり合いでヨーヨーの軌道を完全に見切り、そしてあの一瞬で正確に自身に迫りくるそれを蹴り上げたのである。
有り得ない、と言葉を失うベルデだが、同時にその隙はジョーカーにとっては最高の好機に違いなかった。

「うおおぉぉぉぉ!!!」

一瞬で駆け抜けベルデの懐へ潜り込んだジョーカーの、鋭いストレートキックがその胸に突き刺さる。
まともな防御策も取れず吹き飛んだベルデの無様な転がりようを鼻で笑いながら、ジョーカーは気障にその手首をスナップさせた。
それはまさしく勝利宣言。まだまだやれるぜ、と言葉もなく挑発するようなその動作に、ベルデは苛立ちと共に新たなカードを抜き出していた。

――CLEAR VENT

読み取られた電子音声によって、ベルデの身体は完全に景色と一体化する。
分が悪いと踏んで逃げ出したかと一瞬考えるが、しかしこの身体に突き刺さる殺意は未だ健在だ。
油断なく周囲を見渡し、その殺意を見抜こうとするが。

「ぐぁっ!」

振り向いたその背に、衝撃が走る。
そこか、と痛みを耐えて攻撃を振るうが、しかしこちらの攻撃は宙を空振るだけ。
思わず歯噛みする思いを抱いたその瞬間に、再びその背を衝撃が襲っていた。

予測できない攻撃の嵐を前にジョーカーは呻き、地に膝を突く。
通常のダブルであれば透明化した敵の場所を暴く手もあるのだが、徒手空拳しかない今のジョーカーでは相手をするのは些か分が悪いのだ。
思わず無い物ねだりをしてしまった自分を恥じつつ痛みに耐えるジョーカーの目の前に、ベルデはいよいよその姿を露わにした。

「形成逆転、って感じだね?仮面ライダー」

「クソ……!」

仮面の下で相変わらずヘラヘラとした笑みを浮かべているのだろうベルデを前にして、ジョーカーは怒りと共に立ち上がろうとする。
例え今の一方的な蹂躙で受けたダメージが大きくても、姿さえ見えていればこちらが有利であることに変わりはないはずだ。

「おっと、待った。そこまでだよ」

自身を奮い立たせ再び悪へ立ち向かおうとしたジョーカーへ、しかしベルデは待ったを掛けていた。
命乞いをする為ではないのは、彼の崩れぬニヤついた笑みが示している。
なれば一体何のため、と思案しかけたジョーカーにベルデが指し示したのは、驚くべき光景だった。

「一条!」

そこにあったのは、生身のまま戦いを見守っていた一条薫が、ベルデの契約モンスターに足蹴にされる姿。
甘かった。キングの今までの戦法を思えば、伏兵は警戒して然るべきだったのだ。
悔しさと怒りに拳を握りしめたジョーカーの一方で、自身の勝利を確信したベルデは依然として嘲笑を上げるだけだった。

「わざわざ言わなくても分かるよね?反撃なんかしたら、アクセルがどうなっちゃうかって」

「左さん!私に構わず、キングを……!」

「――うるさいな」

ベルデの契約モンスター、バイオグリーザに足蹴にされながらも気丈にキングの打倒を望む一条の声に、ベルデは指を鳴らし自身の僕へ何らかの合図をした。
その意味を理解しているのか、或いは他と同様に操られているのか、バイオグリーザは一条を踏みつぶさんとする勢いでその足に込める力を強める。
凄まじい圧力に一条が悲痛な呻き声を上げるのを耳にして、ジョーカーは思わず怒号を上げていた。

「てめえ、汚ぇぞ!」

「汚いとかどうとか僕には関係ないし。君もそれが嫌なら、正義のヒーローなんかやめちゃえば?」

嘲るように鼻で笑ったベルデに対し、ジョーカーは再びその拳を強く握りしめ――。
――刹那、視線の先で喘ぐ一条の姿に、力なくその腕を項垂れさせた。

「ハッ、そうこなくっちゃ」

抵抗の意思を見せなくなったジョーカーの姿を受けて、ベルデはバイオグリーザに一度拷問をやめさせる。
何時でも料理出来る生身の一条は後回しにして、今はジョーカーを痛めつける方を選んだのである。
果たしてどこまで無抵抗でいられるかな、と嘲る姿勢を崩すことはせず、ベルデはジョーカーの身体を思い切り蹴りつけた。

「左、さん……」

そして、一方的に蹂躙されるジョーカーの姿を見ながら、一条は一人無力感に歯噛みしていた。
牙王やレンゲルという仮面ライダーとの戦いで、能力の一つとして怪人を使役出来る存在がいることは、把握していたはずだったのに。
ジョーカーが単純な戦闘力でベルデに勝りそうだという目先の事実に、思わず警戒が薄れていた。

それだけでなく、この絶体絶命の状況自体、自分が生んだものに違いないというそんな思いが、一条を苦しめる。

(俺は結局、何も変わらない……いつもいつも俺は、守られてばかりだ……!)

身動きすら満足に出来ず地に伏す中で、彼は強く拳を握りしめる。
元の世界に居たときも、この殺し合いに来てからも。
自分はずっと、仮面ライダーに守られてばかりではないか。

照井も、ユウスケも、翔一も、そして五代も……自分を守ってくれた仮面ライダーは、その身を犠牲にしてでも自分を守ってくれた
なのに自分は、それが出来ない。
本来ならばこの命を捧げてでも警察官として市民を守ると誓った自分が、彼らを守らなくてはならなかったのに。

中途半端極まりないそんな自分は、また再び目の前で新たな犠牲を生み出そうとしている。
自身を鍛え、信じてくれた心優しい青年が、今自分のせいで抵抗すら出来ず弄ばれているのだ。
きっとベルデは彼を殺した後自分のことも容赦なく殺すのだろう。

そんなことは彼も分かっているはずなのに、それでもジョーカーはその身に降りかかる攻撃の嵐に抵抗しようともしない。
そんな仮面ライダーとして求められる当然の正義はあまりに優しくて、そして同時に、この状況において一条にはあまりに残酷に感じられた。

「おい、そいつはもういいよ。お前もこっちに来い」

ベルデの指示を受け、一条の身体にかかっていた圧が消える。
彼の契約モンスターであるバイオグリーザが、ベルデと共にジョーカーを蹂躙しに向かったのだ。
それは即ち一条の人質としての仕事が終わったことを意味していたが、しかしそれでも、ジョーカーはもうまともに反撃することも出来なくなっていた。

単純に敵が増え二対一となった為に反撃の隙が少なくなったのもそうだが、それまでの一方的なベルデの攻撃であまりに体力を消耗しすぎたのだ。
なれば自分が向かい数の不利をなくさなければと、一条は半ば意地のようにして、痛む身体を押して二の足を地に突き立てる。
そして懐からメモリを取り出して、そのスイッチを押した。

――ACCEL

起動するガイアウィスパーによって、加速の記憶が呼び起こされる。
そしてそのまま彼は、メモリをドライバーへと差し込んだ。

「変……身!」

――ACCEL

瞬間その身に纏われた鎧は、彼が照井から受け継ぎ、幾度となく変身した仮面ライダーアクセルのもの。
そのまま駆け出しジョーカーを救わんとするアクセルだが、瞬間その脳裏に、とある絶望のビジョンが幻視される。



――自身のマークが刻まれたカードを、バイザーへと読み込ませるベルデ。
――それに伴い発動した彼の必殺技によって、脳天から地面と直撃するジョーカー。
――変身が解け息絶えた翔太郎を腕に抱き、慟哭するアクセル。



一瞬にして脳内を駆け抜けたその光景は、あまりに鮮明で、アクセルには妄想と割り切れないほどだった。
これは有り得る絶望の未来の形なのか、或いは避けられぬ運命なのか。
思わず尻込みその走力を落とした彼は刹那、視線の先の戦況が変わるのを目の当たりにしていた。

「さぁてそろそろ飽きてきたし、終わりにしてあげようかな」

自身のデッキから、一枚のカードを抜き取るベルデ。
そのカードには、先ほど幻視した彼のマークが、寸分違わず描き出されていた。

「そんな……」

驚愕に、思わずその足を止める。
このままでは、ジョーカーが死んでしまう。
理由こそ分からないが、先ほどの幻視はやはり現実となってしまうのだろうかと、そうして俯き諦めかけるが。

――『警察官として……仮面ライダーとして、このふざけた戦いにゴールを迎えさせろ! 一条薫、行けぇぇぇぇぇぇ!』

自身にアクセルを託した照井の、最期の言葉が頭を過ぎる。
そうだ、照井は言ってくれたではないか、警察官として、仮面ライダーとして戦い抜けと。
なればその思いを継いだ自分が、こんなところで有り得るかも知れない未来の可能性如きに立ち止まっていて良いはずがないではないか。

意を決したアクセルは、その手にトライアルメモリを握る。
例え万全に使いこなせないとしても、幻視した未来を打ち砕き、その絶望を振り切れるだけの力は、これしか思い浮かばなかった。

――FINAL VENT

ベルデが、必殺技を発動させる。
それを受けバイオグリーザが彼の足にその舌を絡ませる光景を見やりながら、アクセルは自身のベルトに新たな力を装着していた。

――TRIAL!

メモリに備わった挑戦の記憶を呼び覚ますために、彼はアクセルドライバーのハンドルを数度捻る。
それによって起動したメモリは、アクセルの姿を変えていく。
シグナルの点滅と共に、赤から黄へ、そして黄から青へ。

特訓の際幾度となく耳にしたそれが、スタートを呼びかけるように高らかに鳴り響くと同時、トライアルへの変身を完了したアクセルの身体は一気に加速する。
そして彼が走り出すのとほぼ同時、必殺技であるデスバニッシュを発動したベルデの魔手は、今まさしくジョーカーへと向かっていた。

(――間に合え)

超高速の世界の中、アクセルは必死に手を伸ばす。
もう、ただ目の前の犠牲を見ているだけだなんて御免だ。
今度こそ消えかけている命を、自分の力で救って見せるのだ。

父や照井がそうしたように、それこそが自分の仕事なのだから。

(――間に合え)

ベルデがジョーカーを間合いに捉え、その腕を大きく広げる。
まさしくあと一瞬で、先ほどの幻視は現実となり、翔太郎は死を迎えるだろう。
だがそれでもアクセルは諦めない。

今までのいつよりも速く、疾く、その足は一心に走り抜けていた。

(――間に合えぇぇぇぇぇ!!!)

心中で高く、強く叫ぶ。
例え役者不足でも、今の自分は仮面ライダーなのだから、人を守れないなどあっていいはずがないと。
照井やユウスケによって正しく仮面ライダーを理解しその名を受け入れた一条にはもう、一切の迷いは存在しなかった。

そして遂に、その足はジョーカーに後一歩で及ぶというところまで至る。
あと一歩、あと一歩だ。限界をも超えた彼は、ただ無心でその足を動かして――。










(――行け、一条薫)

背を押してくれたそんな声と共に、彼は全てを振り切った。




「……なに?」

自身の切り札であるデスバニッシュを終了しながら、ベルデは苛立ちにぼやく。
理由は単純だ、その手で命を刈り取るはずだった仮面ライダージョーカー、左翔太郎が、この手からすり抜けたのだから。
対象が居ないために不発に終わったデスバニッシュに名残惜しさを抱きながら振り返ったベルデは、その目に信じがたい光景を映した。

何故ならそこにあったのは、自身の知らぬ青い姿になったアクセルが、ジョーカーを抱きかかえ立つその姿だったのだから。

「間に合った……」

「……ったく、信じてたぜ、一条」

状況を飲み込みきれないベルデを置いて、ジョーカーはアクセルの胸を叩く。
ようやくこの手で誰かを救えたという達成感に思わず上の空になっていたアクセルは、それを受けてようやくジョーカーを下ろし、二人でベルデへ向き直った。
ジョーカーと並ぶアクセルの姿は、既に常の赤いそれではない。

トライアルメモリによって進化を遂げた彼の新しい姿。
その名は、仮面ライダーアクセルトライアル。
重く分厚い鎧を脱ぎ去り、果てしなく軽量化して手に入れた超高速能力によって、ジョーカーの危機を救ったのである。

この土壇場での逆転に苛立ちバイオグリーザを従えるベルデを前に、アクセルはメモリをトライアルから戻そうとする。
特訓を終えていない今、戦うのだとしても通常のアクセルである方が効果的だとそう考えたのだろう。
だがそうしてベルトへ向きかけた彼の腕を止めたのは、他ならぬジョーカーだった。

思わず困惑と共に自身を見やったアクセルに対し、しかしジョーカーはただその首を横に振る。

「やれるさ、一条。今のお前なら」

「左さん……」

黙って頷いたジョーカーに、アクセルも同じように頷き返す。
アクセルメモリを仕舞い、ベルデとバイオグリーザへ向き直った両雄は、そのままそれぞれの敵へ向け一目散に駆け抜けた。

「――ハァッ!」

その超高速のスピードで誰より速く自身の標的であるバイオグリーザへ到達したアクセルは、その拳で敵を弾き飛ばす。
それを追いかけ、まさしく風のように消え去ったアクセル達の行く末をしかしもう目で追うこともせず、ジョーカーは残るベルデと対峙する。

「さぁて……始めようか?」

気合いを入れるように手首をスナップしたジョーカーの仕草を合図として、彼らは同時に駆け出していた。




「タァッ!」

バイオグリーザへ幾度となく拳を放ちながら、アクセルは自身のパワーダウンを如実に感じていた。
いや、それは決して正確な評価ではあるまい。
青の姿に変わったクウガが赤に比べ力を犠牲に俊敏性を得たのと、このアクセルに起きた変化はまるきり同じなのだ。

なれば青のクウガが棍棒でその非力を補ったのと同じように、このアクセルにもこの姿に適した戦い方があるはず。
それこそこれまでと違い、この速度を活かして一秒の内に数回、いや数百回数千回の攻撃を当てなければ、このトライアルを使いこなすことは出来ないのだ。
だが、その思いを抱き、決意と共に駆け出したアクセルに身の危険を覚えたか、バイオグリーザは先ほどのベルデと同じように景色にその姿を溶かす。

空振りに終わった拳と、未だ自身を狙うその気配を受けて、アクセルは油断なく構え直す。
完全に透明な敵とまともに戦う事の愚かさは、かつてクウガが苦戦した未確認生命体第31号との戦いで一条もよく知るところである。
とはいえアクセルには緑のクウガのように気配で敵を知覚するような能力はない。

なればどうするべきか。導き出された答えは、極単純なものだった。

「はあああぁぁぁぁ―――――!」

アクセルは周囲に円を描くようにして、超高速で走り出す。
透明なバイオグリーザを探し当てるため、当てずっぽうにタックルを仕掛けようとしているのか?
答えは否だ。そんな回りくどいことをしていれば、敵を見つけるより早く自分の体力が尽きてしまう。

なれば彼の狙いとは何か。それは、こうして走り抜けることで周囲に舞い散るこの砂埃にこそあった。
モトクロスのコースから弾き飛ばされたのだろう細かな土は、今アクセルの足に踏み荒らされ否応なしに宙に舞っている。
普通であれば少し埃っぽいと感じる程度で無視することも容易だろうそれは、実際当のアクセル本人には大した意味を成さない。

だが、視界を僅かに土色に染めるその小さな砂煙は、やがて一つの影を浮かび上がらせる。

「――そこだッ!」

突如として、アクセルが虚空の一点を見つめ、そこに向け正確無比な拳を叩きこんだ。
確かな確信と共に放たれたそれは、世界から消えていたはずのモンスターを正確に捉えた。
呻き弾き飛ばされたバイオグリーザは、高度な思考力こそないながらに困惑を示す。

何故透明だったはずの彼を、アクセルが捉えられたのか。
その答えは、バイオグリーザの身体に降り積もる無数の小さな塵にあった。
アクセルが巻き起こした土埃は、景色に溶け込んだバイオグリーザの輪郭を浮かび上がらせるのには十分な役割を果たしたのである。

されど、そんな事情など一モンスター風情が知るよしもない。
ただひたすら困惑したバイオグリーザを前にして、アクセルは躊躇なくそのベルトからトライアルメモリを抜き出していた。

(五代、津上君、そして照井警視正……俺に、力を……!)

今から自分がしようとしていることが、成功するかは分からない。
どころか、普通に考えれば分が悪い賭けも良いところだ。
だけれども、アクセルにはこの挑戦が失敗するビジョンが、どうしても描けなかった。

メモリをマキシマムモードへと変形させ、宙へメモリを放り投げる。
始まるカウントは、先ほどまでの特訓と同じものだ。
凄まじい負荷がこの身体にのしかかり、限界まで加速したこの身を今にも押し潰そうとする。

だが、それでもアクセルは足を止めない。
度重なる特訓が、彼に間違いなくこのマキシマムへの耐性を与えていた。
バイオグリーザが、抵抗のつもりでその長い舌を伸ばす。

だがそれを躱すのは、今のアクセルにとってはあまりにも容易い。
右へ左へと縦横無尽に駆け回り、バイオグリーザの攻撃を的確にいなした。
そしてそのまま、バイオグリーザが都合三度目の攻撃を放とうとしたしかしその瞬間に、アクセルは彼の懐へと一瞬で忍び込む。

突如目の前に現れたアクセルへ驚愕するバイオグリーザ。
されど彼が反撃を放つより早く、アクセルは息もつかせぬ勢いで怒濤の連撃を開始していた。
まるでアルファベットのTを描くように幾度となく放たれたコンビネーションキックは、何時しか肉眼では捉えられないスピードへと到達する。

その一撃一撃は、きっとバイオグリーザにとっては大したダメージにもなり得ない矮小なものだ。
だがそんな矮小な一撃も、こうも重なればそれはまさしく無視出来ないほどに凄まじい圧力を伴って、彼の身体を焼き付くさんとする威力を持つ。
反撃は愚か、身動きも出来ぬままキックの雨に晒されたバイオグリーザの身体が解放されたのは、それから大凡10秒足らずの後だった。

――TRIAL MAXIMUM DRIVE!

その手に落ちてきたトライアルメモリを握りしめ、アクセルはマキシマムカウンターをストップする。
電子音声と共にカウンターが指し示す9.8の数字は、それによってトライアルのマキシマムが正常に発動及び終了したことを示すものだ。
だが一条は、決して照井竜と同じように敵へその絶望までのタイムを告げたりはしない。

ただ立ち尽くし、マシンガンスパイクの名を持つ必殺技を成功させたことへの喜びを、噛みしめるだけだ。
だが決め台詞がなかったとしても、マキシマムドライブの効果は何も変わることはない。
照井竜のそれと全く変わらぬ威力を伴って、バイオグリーザの身体を凄まじいエネルギーの奔流が駆け巡る。

「G……GYAAAAA!」

断末魔を上げ、その身に蓄積されたエネルギーに耐えきれず爆発するバイオグリーザ。
その爆炎を背に受けながら、アクセルは心中でこの力を託してくれた命の恩人へ、何度目かの感謝を述べた。




アクセルとバイオグリーザの戦いから少し離れた場所で、未だジョーカーとベルデの戦いは続いていた。
戦況は、意外にも互角。先ほどまでのダメージを隠しきれないジョーカーが、しかしそれでもなお倒れる気配を見せないのである。
意地だけで戦っていると断言出来るようなその風体に苛立ちつつ、ベルデは今度こそ敵の息の根を止めようと、バイオワインダーを振るおうとする。

「グ……う……!?」

だが瞬間、その手元からバイオワインダーが突如として消滅する。
それだけではない。鮮やかな緑に染まっていたその鎧から、突如として色が褪せ消え失せたのである。
残されたセピア色の鎧と、急激に減退した力に呻くベルデに対し、しかしジョーカーはこの展開を読んでいたとばかりに得意げに笑った。

「どうやら……一条がやってくれたらしいな。じゃあそろそろ、俺らも終わりにしようか?キング」

「舐め……んな……!」

挑発に耐えきれず立ち上がったベルデの突進を前に、しかしジョーカーは焦ることなく自身のベルトからメモリをマキシマムスロットへ移し替えていた。

――JOKER MAXIMUM DRIVE!

響くガイアウィスパーが、この身体にエネルギーを漲らせる。
右腕へと集中したそれを力強く握りしめて、ジョーカーは腰を低く屈めた。

「ライダーパンチ……!」

呟いた必殺技の名前と共に、ジョーカーの拳がベルデへ伸びる。
半ばカウンターパンチのように炸裂したそれは、拮抗すら許さずベルデの身体を打ち破り、その身体を大きく弾き飛ばした。

「があぁっ!」

耐えきれず生身を晒したキングの目の前に、割れたブランクデッキが砕け散る。
これで恐らく、キングは詰みだ。
少なくとももう、先ほどのようなヘラヘラとした軽薄な笑みは、浮かべていなかった。
勝利を確信し変身を解いた翔太郎は、ブレイドのデッキから一枚のブランクカードを抜き取り、倒れ伏すキングへ近づいていく。

これでもう、こいつとの忌々しい因縁も終わりだ。
じゃあなと一言だけ告げて、彼はそのカードをキングへ投げようとする。

「――いいの?僕を封印したら、残るアンデッドはジョーカーただ一人だけだよ?」

だがそれを阻んだのは、未だ倒れ伏すキングの言葉だった。
いつも通りの口八丁だろうと無視しても良かったのだが、しかしその口から放たれた単語に、思わず翔太郎は動きを止めてしまう。

「……残るアンデッドがジョーカーだけ?それがどうした」

「あー、そっか君は知らないんだ。バトルファイトの勝者がジョーカーになったら、世界がどうなるかって」

「世界が?」

思わず聞き返した翔太郎に、キングは地に這いずったままニヤリと口角を吊り上げる。
まるで自分の切り札はまだなくなった訳ではないとでも言いたげなその表情に、しかし翔太郎は飲み込まれつつあった。

「教えてあげるよ、ジョーカーがバトルファイトの勝者になったら、世界は滅びるんだ。ここでそれが起こったら……そうだな、ここだけじゃなく十個の世界も、全部滅びるんじゃない?」

「なんだと……!?」

告げられた衝撃の真実に、翔太郎は思わず言葉を呑む。
相川始がカリスとしてアンデッドを封印しているという話は聞いていたが、まさか彼が最後の一体になったとき、そんな事が起きるとは、思ってもみなかったのだ。
そしてキングからもたらされた情報は、それだけではない。

ここでジョーカーアンデッドが勝者になれば、この世界だけでなく、全ての世界が滅びる。
初耳もいいところの新事実に驚きを露わにしつつも、しかし翔太郎も一人の探偵だ。
敵の真意も定かでない言葉を鵜呑みにするような、愚行は犯さない。

「ふざけんな、何を根拠にそんなこと……!」

「ふざけてないって。この殺し合いを開いた神様は、この世界を作るのに苦労したらしくてさ。色んな世界の要素を継ぎ接ぎにして、無理矢理一つに纏めたんだって」

キングの言葉に、ほぼ反射的に翔太郎は思い出す。
SMART BRAINのロゴが書かれたマンション、風都タワーがあるべき場所に建つ東京タワー、そしてサーキット場の横に移されたモトクロスのレーシングコース。
そのどれもがあまりに不自然で、他にもそういった継ぎ接ぎが至る箇所にあるのが、キングの言う首領の手腕によるものだと仮定すれば。

彼の言うことにも、少なからず信憑性が生まれてしまう。

「で、そんな風に纏められた世界の断片が集まったここは、やっぱり少しずつ元の世界にも繋がってるんだって。だからここが滅びたら、元の世界もやばいんじゃない?ってこと」

いつの間にかニヤついた笑みを取り戻したキングは、翔太郎を見上げる。
まるで翔太郎の選択を既に知っているかのようなその顔を前に、彼は想わずブランクカードを握る手を下ろしてしまう。
危機一髪の状況を打破するためのブラフ。勿論、その可能性も捨てきれない。

だがもし仮にこいつの言っていることが正しくて、ここでキングを封印したばかりに全ての世界が滅んでしまったとしたら。
自分は死んでいった仲間達に、顔向けなど出来なくなってしまう。
許されざる邪悪を打倒したというのに、何故か追い詰められた心地を抱いた翔太郎が、果たして何が正解なのかと迷い俯いたその瞬間。

この時を待っていたとばかりに、十分に回復したキングが、勢いよく立ち上がり懐から小さな箱を取り出していた。

――ZONE

不味い、と翔太郎が咄嗟に理解するのと同時、キングは自分の身体にメモリを突き刺す。
それによって一瞬で人型を失ったキングの身体は、三角錐のような不気味な形状をした怪人へと変貌していた。

「しまっ――」

「じゃあね、ダブルの左側!」

捨台詞と共に、ゾーンドーパントとなったキングはその目玉より光弾を発射する。
それは真っ直ぐに翔太郎へ向かっていき――しかし、刹那駆けつけた青い疾風に、難なく打ち落とされた。
翔太郎の盾として立ちはだかったのは、他ならぬアクセルのもの。

翔太郎を殺せなかったことに舌打ちを漏らしたゾーンを、しかしアクセルは見逃すつもりもない。
瞬きの間に彼を捉えようと駆け出したアクセルを尻目に、ゾーンは迷わず逃走を選択する。
その類い希なるメモリの能力で以て、どこかここではない別のエリアに、自分の身体を移動させたのである。

逃げられた。アクセルの拳が虚空を切るのと、その事実を彼らが察するのは、ほぼ同時だった。

「ご無事ですか、左さん」

「あぁ、何度もすまねぇ……」

アクセルの変身を解除した一条が、心配の声を掛けてくる。
本来ならば、トライアルを使いこなした彼に、労いの一言でもかけてやるべきなのだろう。
だがどうしても自分の口をつく声は、感情の伴わないどこか空虚なものにしかならない。

不安そうな声を掛けてくる一条の声が耳を抜けていくのを申し訳なく思いながら、しかし翔太郎は先ほどキングに述べられた衝撃の言葉に、未だ心を捕らわれていた。

(ジョーカーが最後の一体になったとき、全ての世界が滅びる……それなら相川さん、アンタは……)

信じたいと願った男の、予想だにしない凄まじい境遇を、思わず案じながら。
帽子を押さえ空を見上げた翔太郎の顔は、どこまでも険しいものだった。



【二日目 午前】
【B-1 サーキット場】

【左翔太郎@仮面ライダーW】
【時間軸】本編終了後
【状態】ダメージ(大)、疲労(大)、精神疲労(大)、仮面ライダージョーカーに2時間変身不能
【装備】ロストドライバー&ジョーカーメモリ@仮面ライダーW、ブレイバックル+ラウズカード(スペードA~Q、ダイヤ7,8,10,Q、ハート7~K、クラブA~10)+ラウズアブゾーバー@仮面ライダー剣
【道具】支給品一式×2(翔太郎、木場)、首輪(木場)、ガイアメモリ(メタル)@仮面ライダーW、『長いお別れ』ほかフィリップ・マーロウの小説@仮面ライダーW、カブトエクステンダー@仮面ライダーカブト
【思考・状況】
基本行動方針:仮面ライダーとして、世界の破壊を止める。
0:少し休んだ後、一条と共に病院に戻る。
1:名護や一条、仲間たちと共に戦う。 今度こそこの仲間達を護り抜く……はずだったのにな。
2:相川始が生き残れば、世界が全て滅びる……?
3:フィリップ達と合流し、木場のような仲間を集める。
4:村上峡児を警戒する。
5:もしも始が殺し合いに乗っているのなら、全力で止める。
6:ジョーカーアンデッド、か……。
7:総司……。
8:相川始にハートを始めとするラウズカードを渡すかどうかは会ってから決める。
【備考】
※大ショッカーと財団Xに何らかの繋がりがあると考えています。
※仮面ライダーブレイドキングフォームに変身しました。剣崎と同等の融合係数を誇りますが、今はまだジョーカー化はさほど進行していません。
※キング@仮面ライダー剣から、『この場でジョーカーアンデッドが最後のアンデッドになったときには、全ての世界が滅びる』という情報を得ました。



【一条薫@仮面ライダークウガ】
【時間軸】第46話 未確認生命体第46号(ゴ・ガドル・バ)撃破後
【状態】疲労(大)、ダメージ(大)、五代たち犠牲者やユウスケへの罪悪感、仮面ライダーアクセルに2時間変身不能
【装備】アクセルドライバー+アクセルメモリ+トライアルメモリ@仮面ライダーW
【道具】食糧以外の基本支給品×1、名護のボタンコレクション@仮面ライダーキバ、車の鍵@???、おやっさんの4号スクラップ@仮面ライダークウガ
【思考・状況】
基本行動方針:照井の出来なかった事をやり遂げるため『仮面ライダー』として戦う。
0:少しこの近くで休んだ後、病院に戻る。
1:俺にも、トライアルが使えた……。
2:小野寺君……無事でいてくれ……。
3:第零号は、本当に死んだのだろうか……。
4:五代……津上君……。
5:鍵に合う車を探す。
6:一般人は他世界の人間であっても危害は加えない。
7:小沢や照井、ユウスケの知り合いと合流したい。
8:未確認への対抗が世界を破壊に導き、五代の死を招いてしまった……?
9:遊び心とは……なんなんだ……。
【備考】
※現在体調は快調に向かいつつあります。少なくともある程度の走行程度なら補助なしで可能です。



【二日目 午前】
【?-? ???】

【キング@仮面ライダー剣】
【時間軸】本編34話終了より後
【状態】疲労(大)、ダメージ(大)、苛立ち、ドラスへの期待
【装備】破壊剣オールオーバー@仮面ライダー剣、T2ゾーンメモリ@仮面ライダーW、グレイブバックル@仮面ライダー剣、
【道具】デンオウベルト&ライダーパス@仮面ライダー電王、首輪(五代、海東)
【思考・状況】
基本行動方針:面白おかしくバトルロワイアルを楽しみ、世界を壊す。
0:???
1:このデスゲームを楽しんだ末、全ての世界をメチャクチャにする。
2:カッシスワームの復活を警戒。
3:ディケイドとダークカブトは次あったら絶対に殺す。
4:ドラスの引き起こす惨状に期待。
【備考】
※参加者ではないため、首輪はしていません。そのため制限が架されておらず、基本的には封印されない限り活動可能です。
※カッシスワームが復活した場合に備え持ってきた物は『ネオ生命体@仮面ライダーディケイド完結編』でした。
※ソリッドシールドは再度破壊されました。
※T2ゾーンメモリは会場内どこでも飛べますが、マキシマムドライブでの使用などの場合も含め2時間に一度しか能力を使用できません。
※この会場内の情報は第二回放送とその直後までのものしか知りません。彼の性格上面白くなりそうなこと優先で細かいことを覚えていない可能性もあります。
※彼の言う『この場でジョーカーアンデッドが最後のアンデッドになったときには、全ての世界が滅びる』は真実なのか、或いは嘘なのかは後続の書き手さんにお任せします。
※どこにワープしたのか、何をしようとしているのかは後続の書き手さんにお任せします。


147:Tを越えろ/苦悩 投下順 148:シ ゲゲル グダダド
時系列順
一条薫 153:Rider's Assemble(前編)
左翔太郎
キング 150:Round Zero~Fallen King


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最終更新:2020年07月30日 23:04