第四回放送



時刻は正午。
この6時間毎に行われていた定時放送が遂に四度目を迎え、参加者にこの会場で24時間を経過したことを痛感させる。
これまでも放送の度に奏でられていた荘厳な音楽が至る箇所から鳴り響き、空を数機の飛行艇が覆い尽くす。

灰色のヴェールから吐き出されたあまりにも巨大な質量の波が、下界の喧噪など一切気にすることなく空を縦断するその光景。
残された参加者からすれば最早怒りを覚えることすら忘れるほどに繰り返されたそれが、今までと同じく定位置で低空すると同時、飛行艇に備え付けられたモニターに映像が映し出される。
今までも幾度となく見た、鷲のエンブレムが部屋の中心に鎮座する赤い部屋。

キング、三島正人、神崎士郎といった数多くの幹部たちが放送の開始と共に現れていたその部屋に今度は、一人の老紳士が立ち尽くしていた。
黒を基調とした服装で全身を包み、白髪で染まった長髪と同じ色をした灰色のマフラーを巻く彼の風貌は、全体的に上品な印象を抱かせる。
故に、ふと見れば穏やかにすら思える彼の顔立ちは今まで現れた誰よりもこの凄惨な状況に不釣り合いなようにも思われたが、しかし男はそれで物怖じする様子もなかった。

「……定時となった。これより予定通り、第四回目の放送を開始する」

極めて静かに、どこか厳かな雰囲気を絶やさず男は口を開く。
後ろ手に両手を組んだ彼は、手元にある資料へ目を移すこともせず真っ直ぐカメラを見据えて続けた。

「私は今回の放送を担当する幹部、花形……とだけ名乗っておこうか。参加者の諸君、まずはこの長い24時間を生き残れたことに心から敬意を表したい。」

花形と名乗った男は、そう言って小さく頭を下げる。
その言葉は第二回放送を担当した三島という男のそれに通ずるものもあったが、しかし一切の情緒が感じられなかった彼に比べれば、幾らか人間味に溢れるものだった。
まるでこの殺し合いに関与しながらも、本心から参加者の無事を祈っているようですらあるそれは、しかしこの状況では不釣り合い過ぎて寧ろ反抗心を煽る物だったかも知れない。。

ともかく、本心は不確かながら下げていた頭を上げた彼は、今度は手元の資料へとその視線を移す。

「それでは、以前と同じように前回の放送からここまでの死者を発表しよう。今回の死者は葦原涼、村上峡児、相川始、間宮麗奈、リュウタロス、紅渡……以上の6人だ。残る参加者は9名。またこれにより、アギト、剣、電王の世界が滅びを迎えることが確定した」

そこまで資料を読み上げて、花形の言葉は一瞬詰まる。
その文面にある内容以上の事を伝えたいのか、或いはそこに嘘が混じっているのか。
ともかく幾分かの躊躇を滲ませた彼は一瞬視線を持ち上げて、それからすぐに一つ溜息をついて観念したように続けた。

「これにより残る世界は6つ。更にその殆どが残り人数一人という段階と考えれば、次の放送を迎える前に決着が付く可能性も高いだろう」

資料の文字に目を沿わせながら、花形は続ける。
それから一泊の間を置いて、彼は決心したようにその瞳を持ち上げた。

「だが、ここで一つ注意しておこう。殺し合いの勝者を判断するのはあくまでこの定時放送ごと……つまり、もし最後に生き残った二人が相打ちとなり放送を迎える前に全参加者が息絶えれば、この殺し合いは勝者なしという形に終わる」

一息に告げられた内容は、その実終盤に差し掛かったこの殺し合いにおける最悪の可能性を危惧しているようでもある。
だが花形の声音からは、明らかにそれ以外の意図が見え透いていた。

「……勿論、勝者が居なければこの殺し合いの目的である世界の選別も為されない。そんな事が起こらないことを、心から願っている

締めくくるように言葉を告げる花形の瞳には、何かを期待するような光が灯っている。
言外とはいえ誰かへ向けた何らかの意図が明確なそれに、しかし花形はそれ以上言及することはしない。
しかし今の言葉だけで伝えるべき対象には十分伝わると確信している調子で、彼はそのまま手元の資料を捲った。

「さて、それでは次に禁止エリアの発表だ。とはいえ流石に前回ほどではないが、今回もかなりのエリアが禁止エリアとなる。これから二時間後、14時にFエリア以南が禁止エリアとなる。その場にいる者は速やかに移動するように」

Fエリアより以南にいる者。
その言葉を紡ぐ時、僅かに花形の表情が歪んだ。
だがすぐさまそれを取り払うように一つ咳払って、花形は平静を装うようにまた前を向く。

「……私からは以上で終わりだ。それから最後になるが、この放送の直前、新たに我々大ショッカーの幹部となった者を諸君に紹介しておこう」

それを締めの挨拶として、花形は誰かへ場を譲るようにしてゆっくりと画面外へと消えていく。
刹那、最後の最後まで紳士のような振る舞いを崩さなかった花形と入れ替わるようにして、一人の男が画面の中心へ躍り出た。
花形と同じく黒ずくめの服に全身を包んだその男はしかし、彼とは違いどこか威圧感と不遜な雰囲気を漂わせている。

ゆっくりとその足をカメラの真ん前にまで進めて、男は鋭くレンズを睨み付け、不敵に笑う。
そのまままるで自身の存在を誇示するようにその両手を広げて、男は目深に被っていたフードをはらりと押し上げた。

「やぁ、仮面ライダーの諸君。会場内には見知った者もいるだろうが、改めて自己紹介しておこう。俺は花形の紹介にあった通り、新しく大ショッカーの幹部となった―――――







―――――乃木怜治だ。以後、お見知りおきを」

クスリ、と笑った男……乃木は、そう告げて仰々しくその頭を下げた。




時間は放送前、乃木が橋での戦いを終えG-1エリアの廃工場に再び足を踏み入れた瞬間にまで遡る。
適当な場所にブラックファングを停車した彼は、そのまま慣れた足取りで廃工場の内部へとその歩みを進めていく。
その先にある大ショッカーが秘匿したい何らかの事情と、そしてそれを守護する木偶の坊の元へ向かうために。

「……懲りずにまた来たか」

そして乃木の予想通り、先ほど自身の相方が遭遇したのと全く同じ場所、全く同じ位置に、その男は未だ真っ直ぐ立ち尽くしていた。
眼鏡をかけたスーツ姿の男の名は、三島正人。
その一張羅の汚れを払うことすらせずただ直立してこちらを睨むその姿は、恐らく放送前に自分たちと戦った時からずっとその姿勢だったのだろうと乃木に確信させる。

全く以て忠実な番犬というべきか、どこまでも飼われる犬に過ぎない哀れな傀儡と呼ぶべきか。
呆れを一つ吐き捨てて、乃木はゆっくりと三島に向けてその足を進めていく。

「フン、大ショッカーが番人を立ててまで隠そうとしているものだ、見逃す手はないだろう」

「馬鹿が……一人では俺に敵わないと知っているだろうが」

「……どうかな?」

不敵に笑った乃木に対し、三島は先ほどと同じようにかけていた眼鏡を取り外し、懐に収めて乃木に向き直る。
だが、ほんの一瞬に過ぎなかったはずのそれを終え三島が戦闘態勢を整えるその僅か数秒の間に、もう彼の視界から乃木の姿は消え失せていた。

「何……?」

まさか、あれだけ挑発しておいてもう逃げたというのか?
クロックアップを使用した様子もなかったのに、一体いつの間に。
三島の中に湧き出た疑問を氷解させたのは、背後から響く呑気な声だった。

「ネイティブになっても視力が悪いのかと思ったが、伊達眼鏡とはな。そこまで人間だったころの残滓に縋りたいか?」

振り返れば、そこには見覚えのある眼鏡をかけながら嘲笑する乃木の姿があった。
慌てて懐を探ってみるが、そこからはつい今しがたそこに収めたはずの自身の眼鏡が失せている。
つまりは今乃木が手で弄んでいるのは、まず間違いなく自身の所有物であるということだ。

「貴様……」

自身の所有物を勝手に物色されたことに憤りを抱くのと同時、三島の背筋に今まで感じたことのない寒気が走る。
今目の前に立つ乃木は、先ほどまでの比ではない強さをその身に秘めている。
ネイティブとなった自分すら知覚できない速さで懐の眼鏡をくすねられたということは、同じだけの労力で命を奪う事も容易だっただろうと言うこと。

そこまで自分が舐められているという事実と、何よりこの短時間で想像を遙かに凌駕する力を乃木が身につけたという事実が、あまりに重く彼にのしかかっていた。
先ほどまでとは文字通り桁の違う進化を果たした自身を前に三島の動きが止まったのを受け、乃木は嘲笑を一つ残してその場を後にする。
目指すは大ショッカーの秘匿している何かの情報であり、決して三島の殺害などと言う些末な事象ではない。

勿論そのリベンジ自体は後々果たすが、そんな木っ端よりも優先すべき事象があると、彼は三島が背に庇っていた一台の車へと歩を進める。
そのブツ自体ははどこにでもある自家用車に見えるが、どうやら鍵が掛かっているらしい。
とはいえわざわざ番人を立てておいて単なる移動手段と言うこともないだろうと、乃木はその力で無理矢理車の荷台をこじ開けようとする。

「……やめておけ」

だがそんな乃木の動きを止めたのは、未だ敗北感に俯く三島のそれではない。
それは、この状況には似つかわしくないほどに落ち着き払った、壮年の声。
今しがた彼らの前にその姿を現した灰色のヴェールの中から響いたそれに振り返れば、そこにあったのは黒ずくめの服に白髪を隠した男の姿だった。

男の首に、参加者の印たる銀の輪ははめられていない。
つまりはそう彼もまた、三島と同じ大ショッカーの手の者に違いなかった。

「貴様……何のつもりだ」

三島が凄みながら男の元へと駆け寄る。
このG-1エリアを任された自分を差し置いて、他の幹部がしゃしゃり出てきたことに苛立ちを隠せないのだろう。
だが、今にも噛み付きそうな勢いでにじり寄った三島には一切の動揺をくれることもなく、男はゆっくりとその顔を横に振った。

「……待て、この場で戦う必要はない。私は彼に、一つ提案をしに来ただけだ」

「提案だと……?」

肩を怒らせ詰め寄る三島を押しのけて、男は乃木へとその顔を向ける。
紳士然としたその態度は緩慢にも思えたが、しかし男の醸す雰囲気が彼が只者ではないことを知らしめていた。

「自己紹介がまだだったな、私は花形。乃木怜治くん……君を我々と同じ、大ショッカーの幹部として迎え入れたい」

「何……?」

漏れた困惑は、奇しくも乃木と三島とで全く同じものだった。
そして当然その言葉を世迷い言と断じたか、三島は今度こそ激情のまま花形の首元に掴みかかる。

「貴様、気でも狂ったか。この男は我々大ショッカーを潰そうとしていた男だぞ……?そんな男を何故幹部に加える必要がある……」

三島の口調は、静かながらその胸の中の禍々しい感情の奔流を押さえ切れていない。
対応を誤ればすぐにでも花形の首が掻き切られても可笑しくないそんな状況で、しかし彼は平静を保ち続ける。

「あの車の中身だ」

短い返答。
だがそれに釣られるようにして視線を車へと向けた三島の腕からは既に、力が失せつつある。
まさか、その一言で納得したとでも言うのか。

三島の人間性からすれば全く以て信じがたい光景に乃木ですら目を見張る一方で、花形は続ける。

「あの中身を鍵もなしに見られては、この殺し合いの進行に不具合が起きる……お前もそれは避けたいはずだ」

「それは……」

三島の顔に、初めて迷いが生まれる。
まさしくサイボーグのような鉄仮面が、任務の失敗を前に不安を覚え揺らぎつつある。
その一幕だけで大ショッカーという組織内では彼もまた末端の存在に過ぎないのだと理解して、乃木は眉を顰めた。

「それに勿論、これは私の独断ではない。この事は既に、首領代行が承諾済みだ」

「首領代行が……!?」

続いて花形から放たれた固有の誰かを指し示すのだろう単語に、乃木は目敏く気付く。
首領代行。間宮麗奈から聞いた情報が確かなら、第二回放送の内容の中で現れた大ショッカーの幹部で、名前は確かラ・バルバ・デと言ったか。
代行というのが些か気になるところではあるが、ともかく三島にとっては雲の上の存在なのだろう。

こちらを見やり苦悶する三島の表情に、しかしもう妥協の色が滲んでいるのが、何よりの証拠。
ワームへの憎しみだけは人間だった頃から変わらず持ち続けているはずの三島ですら名前を聞いただけでその感情を押し込めるだけの存在が、確かに大ショッカーには存在している。
その確信を抱くと同時、成る程これは話を聞いてやるだけの価値はあるかと、乃木は改めて花形に向き直った。

「……もし仮に大ショッカーに加わったとして、俺に何の得がある?」

「首領は、この殺し合いが終わった暁には幹部の願いを全て叶えると言っている。恐らくは君の願いも、問題なく聞き届けることはずだ」

「……ほう」

言葉を紡ぐ花形の瞳を見つめながら、乃木は彼の中に底知れない感情が渦巻いているのに気付く。
彼はその張り詰めた表情の中に、何かを隠し持っている。
それが何なのかまでは正直読み取れないが、少なくとも言葉通りの大ショッカーに仕える忠臣でないらしいことは確かだ。

だがそれがそのまま彼という人間への不信感に繋がるかと問われれば、寧ろ逆だった。
彼が腹に一物を抱いているとみれば、この幹部への勧誘にもまた字面とは違う意図が見えてくる。
花形という男は、大ショッカーを打倒する意思を持っていた自分を表向きは幹部として抱き込むことで、組織内での地位を高めつつ何らかの野望を果たしたいのかも知れない。

その仔細や狙いなど正直どうでもいいが、ともかくこれが罠である可能性が低いと考えることが出来るなら、その誘いに乗るのも決してやぶさかではなかった。
無論、願いを事前に聞きもせず一律に叶えられるなどと大言壮語を吐いていることはあまりにも怪しい。
正直胡散臭さすら感じるが、言ってしまえばそれを当てにしなければいいだけのこと。

つまるところ言ってしまえば、戦う場所が変わっただけとみればいいのだ。
この会場で遅々として進まない仮面ライダー諸君の首輪解除を待ち、彼らに仲間として認識されながら大ショッカーの裏をかくよりも寧ろ、その懐に潜ってしまえば良い。
あちらにもそれなりの自信はあるのだろうが、それで自分を押さえ込めるなどと思うこと自体が間違っているのだ。

もしもそんな思考の全てを読んだ上で花形やバルバが自分の幹部入りを歓迎しているのだとしても、敢えて敵地に飛び込むことは決して無謀とは言い切れなかった。

思考を終えた乃木は、花形へと向き直る。
その顔に花形の浮かべているのと同じ、不敵な笑みを携えて。

「……いいだろう。今この瞬間から、俺は大ショッカーの一員だ」

乃木の意味深な笑みに、花形は小さく頷いた。
その様子にわざと聞こえる大きさで舌打ちした三島に一瞥をくれながら、乃木は花形に続きヴェールの中へと歩んでいく。
その思考に、本来多くの幹部が期待しているのだろう首領がもたらす願いの成就など、一切当てにすることもなく。




時刻は再び現在へと巻き戻る。
本来予定になかった放送への乃木の登場は、花形が突然予定したものだ。
『一時とは言え、仮面ライダーの仲間だった存在が我々の側に寝返ったことはきっと残る参加者から抵抗の意思を削ぐことに繋がるはずだ』……そんな方便を用いて。

成る程それも、あながち嘘ではないかも知れない。
少なくとも病院で共に戦った門矢士やフィリップなどは、以前敵対者として戦ったことを踏まえてもなお、自分が大ショッカー幹部の座についたことに当惑するだろう。
だが花形の狙いがそんな矮小なものでないことは、乃木にとっては既に確信できる事象となっていた。

今こうしてカメラの前に立つ乃木の姿は、会場へと全てリアルタイムで放送されている。
誰しもの注目が集まったこんな格好の状況を作り出した本当の理由は一つしかないと、乃木は物陰でこちらを睨む花形を一瞥する。
今から自分が為そうとしていることまで見込んだ上で自分を幹部の座に引き上げたなら、中々の策士と言うべきか。

まぁどちらにせよ、彼の狙いがどうかなど関係ない。
自分にとっても最高の舞台が整っただけだと、乃木は勢いよくその両手を広げた。

「さて、自己紹介も終わったところで、諸君に俺から一つ朗報だ」

予定にない言葉に周囲がざわつき始める中、そんな仔細など気に留めることもなく、乃木は大きくその口角を吊り上げる。

「喜びたまえ。今回の放送を以て、この殺し合いは終わる。何故なら―――――俺が今ここで、大ショッカーを潰すからな」

その言葉に、一瞬でその場が静まりかえる。
予定になかった言葉、予定だにしなかった展開に、誰もが思わず言葉を失ったのである。
だがこの突然の裏切りは、乃木にとって最初から予定されていた事象だった。

正直、そのタイミングはまだ見計らうべきかとも思っていたが、こうまで絶好のチャンスが転がっているというのに見逃す手は無い。
つまりは自身の手で大ショッカーを潰し、その後で技術と力の全てを掌握する――それこそが、乃木の最初から何も変わらぬ一つの願いだったのだから。

本性を露わにした乃木の前に、しかしすぐさま歩み出る影が一つ。
それは、ワームの本質を誰よりも理解しているが故に、元より乃木を一切信用していなかった三島の姿だった。

「貴様、やはり裏切ったか……!」

「フン」

肩を怒らせ飛び出した三島は既に、眼鏡を外している。
恐らくワームの生態をよく知る彼にとっては、最初から乃木が裏切ることも既定路線として想定されていたに違いない。
乃木からしても、それはごく当然のことだ。

ワームは元より、侵略によって他の文明を内側から支配する事を至上とする種族。
そんな存在を不用心に懐に招き入れれば、こうして背反されることなど容易に想像出来て当然と言える。
寧ろ挙動が遅れたとすら思えるのは、所詮彼の性分が上司の指示待ち人間に過ぎないからなのだろうと、乃木は嘲笑を浮かべた。

「覚悟しろ。大ショッカーの幹部として、裏切り者は俺が粛正す――」

――三島の言葉が、それ以上紡がれることはなかった。
彼の身体がネイティブワームのそれへと変貌するまさにその寸前、一手早くフリーズを発動していた乃木の、否カッシスワームの腕から生えた剣が、彼の胸を真っ直ぐ貫いていたのである。
口から血を吐いて、苦痛に喘ぎながら三島がその場に倒れ伏す。

あまりにも呆気ない幹部の死を目の当たりにするのと同時、本部内にはびこる戦闘員たちはいよいよ以て喧噪を深めていく。
仮にも大ショッカーにおいて多くの権威を誇る幹部が瞬殺されたという状況を前にして、ようやく理解が追いついたのだ。
今ここで大ショッカーを潰す……乃木が先ほど口にした言葉が、決して冗談などではないと言うことを。

まるで最初の会場において、首輪を爆破された見せしめを目の当たりにして参加者が事態の深刻さを理解したのと同じようなその光景に、乃木は意趣返しを感じて高らかにその腕を振り上げた。

「さぁ選べ!降伏か、或いは死か!案ずるな、どちらを選ぼうとお前達の技術も野望も、全て俺が貰い受けよう!」

大きく手を広げて、高らかにその存在感を誇示するカッシスワーム。
その圧倒的な実力に誰もが立ちすくむ中、部屋の隅から彼に向かって一歩、また一歩と進んでいく男が一人。
カッシスの威圧を前に背を向けて逃げだそうとしていた者も、カッシスに降伏すべきかと悩んでいた者も、“彼”の姿を目の当たりにした瞬間にその愚考を止め思わず跪く。

今のカッシスワームを前にしてもなお、一切衰えぬ気迫を伴いゆっくりと歩む男の前に自然と道が開けるのは、至極当然のことだった。

「……ん?」

カッシスが、ようやく男の存在に気付く。
見ればそこにいたのは、黒い服に全身を包み中性的で端正な面持ちに茶髪を生やした一人の青年。
生身であるはずなのに有象無象の怪人ひしめくこの場でもなお衰えぬ彼の存在感に、カッシスは訝しげな瞳を向けた

「お前は?」

「――私は、貴方たちが大ショッカーと呼ぶこの組織の長です」

カッシスの問いに対して返ってきたのは、名ではなく男の地位。
だがそれは少なくとも他の何者よりもこの場で乃木が求めていた存在であり、故にこそこの登場は僥倖であった。

「この地での殺戮は無意味です。それでもなおこれ以上貴方が悪戯に命を奪い、我々とそして我々の管理する戦いの進行に害をもたらそうというのなら……容赦はしない」

黒い服の青年は、カッシスを真正面から見据えて宣言する。
確かな殺意を秘めた彼の瞳を前にして、思わずカッシスの身が竦む。
それは間違いなく、彼にとって生まれて初めての感覚だった。

あのライジングアルティメットや、オルフェノクの王を前にしても感じる事の無かった、心根が震えるような心地。
声を荒げることもなく穏やかに告げられているはずの言葉にどうしようもなく威圧される自分を感じて、カッシスはそんな自分を否定するように強く拳を握った。
そしてそのまま、ほぼ反射的に拳を天に向け振り上げる。

彼がどれだけの力を持っていようとも、その力を発揮するより早く、その命を絶やすために。

「フリーズ!」

胸の前にまで振り下ろされた拳が、カッシスワーム最強の能力を発現させる。
瞬間、辺りを取り囲んでいた戦闘員達の喧噪も、底知れぬ存在を放っていた首領を名乗る男も、全てが平等に制止していた。
同時その光景を目の当たりにして、カッシスはらしくない安堵を覚える。

首領がどれだけの力を持っていたのかは知らないが、時を止められてしまってはその証明など出来ようはずもない。
この空間がある限り、自分の最強はやはり揺るがないのだと、そう確信して首領の首を刈り取るため、その足を進めようとして。
――カッシスの足はしかし、一切動くことはなかった。

(なっ……!?)

驚愕に声を漏らしたつもりだったが、しかしそれすら叶わない。
そして同時、理解する。
今この瞬間、まさしくこの場の全てが平等に制止しているのだ。

喧噪に喘ぐ戦闘員達も、光も音も、そして――能力を発動したカッシスワーム自身すらも。
いや実際の所、それすら正確ではない。
フリーズを発動したはずのカッシスすら身動き一つ取れないその空間の中で、ただ一人、それまでと何ら変わらず悠然と足を進める存在が、そこにいたのだから。

コツリ、コツリと靴音を響かせて、それまでと一切変わらぬ速さでこの瞬間唯一自由にこの場を自由に出来る者……黒い服の青年が、カッシスの目前にまで歩みを進める。
労せず命を刈り取れると甘んじていた相手に、いつの間にか自分の生殺与奪の権利を握られているというのに、カッシスには抵抗は愚か身じろぎすることすら許されない。
いよいよ男が歩みを止めその鋭い眼差しをカッシスへ向けると同時、思わず彼はその身に迫る“死”を強く意識した。

「……私には、時間の流れなど意味がありません。この宇宙に“時間”をもたらしたのは、他ならぬ私なのですから」

言葉を言い終えると同時、青年は何らの思念をカッシスへと飛ばした。
特別な動作など何一つ存在しない、言ってしまえばそれはただの鋭い眼光に過ぎない。
だがしかしその一瞬だけで、カッシスは鋭い激痛と共に止まった時の中から弾き飛ばされてその身を床に横たえる。

突如として起こった急展開に、周囲で跪いていた戦闘員達も皆驚愕と歓喜の声を上げる。
この場にいる誰もが、今二人の間で何が起こったかを理解するよりも早く青年の勝利を悟ったのだ。
だがしかし、切り札たるフリーズを攻略されてもなおカッシスの戦意は尚衰えない。

時を司るから何だというのだ。
正直呆れるような能力ではあるが、だからといってここで退く手など残されてはいない。
最強たるは我なのだと自身を鼓舞した彼は、未だ直立不動の姿勢でこちらをじっと見つめる青年に向けてその両掌を翳した。

「――喰らえッ!!!」

そして放たれるのは、その場の全てを飲み込まんとする質量の闇。
或いはこれによってこの放送用の部屋ごと本部が打ち壊される可能性も高かったが、その程度問題ではない。
今はとにかく、この男を殺し自身こそが全てを統べるに相応しい強さを持つ存在なのだと証明する。

絶えぬ支配欲と勝利への渇望が、暗黒掌波動にこれまでにないほどの破壊力を携えさせる。
この直撃を喰らえば、恐らくはあのライジングアルティメットでさえ無傷では済むまい。
そう確信できるほどの威力とその余波が周囲の戦闘員達を飲み込んでいく圧倒的な光景を前に、カッシスは思わず腹からの哄笑を漏らした。

先ほどは些か驚きこそしたが、この威力を前にしては彼であろうとも立ってはいられまい。







――そんな風に抱いた思いが自分の願望に過ぎなかったという事が分かるのは、それからすぐの事だった。
その視線の先、立ちはだかる全てを飲み込み噛み潰すと思っていたその闇が、とある一点に吸い込まれ消えていく。
まるで元々そこが在るべき場所だったかのような、そんな予想外の光景にカッシスが笑みを絶やす一方で、闇の中から一人の青年がその姿を晒す。

黒い服を着た茶髪の青年……即ち、大ショッカーの首領が、その瞳に先ほどまでとは違う明確な断罪の意思を携えて。

「貴方は私の忠告を無視し、力を行使した……だから私は貴方に、罰を下さねばなりません」

言い終えると同時、青年の殺意がそれまでと桁違いに膨れあがる。
これは不味い、と逃走を促す生存本能が働きすらしなかったのは、青年の瞳を前に感じていたからだろうか。
――これは避けられぬ、天罰に違いないと。

青年が、その掌をカッシスに向けて翳す。
刹那放たれたのは、彼の暗黒掌波動など比べものにならないような、無限の闇だった。
一瞬能力による吸収も試みるが、しかしすぐに理解する。

これはこの身になど収まるはずもない、まさしく超常の事象なのだ、と。

「―――――ぐ……があああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

天を衝くようなカッシスの絶叫が、その場に響き渡る。
押し寄せた闇の奔流が彼の身を突き破り、彼の意識を今にも無に帰さんとその身体の全てを蹂躙する。
朽ち果てていく自身の終わりを悟りながら、しかしカッシスはその視線の端に、未だ機能を停止していなかったカメラの存在を捉えた。

中継が繋いでいる事を示す赤いランプが点灯しているということは、つまりこの状況もまた会場へ放送されていることに他ならない。
なればまだ、希望は残されている。
自分では敵わなかったこの強敵たる首領を前にしてもなお戦意を絶やさぬ者たちに、一縷の望みを託すことが出来る。

その一心だけを抱いて、カッシスワームは今にもその身を焼き付くさんとする闇の中で、死力を尽し思いきり叫んだ。

「――会場に残る……仮面ライダー共……!首輪を解除し、G-1エリアに行け……!そこには、大ショッカーが隠そうとしている……何かが、ある……!」

言葉は絶え絶えで、今にも消え入りそうな声量しか放てない。
だがそれでもその威厳だけは絶やさずに、カッシスは叫び続ける。
忌々しい仮面ライダー共に全てを託さなければならない憎しみに、心を焼かれながらも。

「鍵を開けろ……そして、大ショッカーを……倒せ…………!」

カッシスワームの喉から意味のある言葉が紡がれたのは、それが最後になった。
それから先放たれたのは、激痛と苦悶を訴える一匹の獣の咆哮のみ。
だがそれも、決して長くは続かない。

青年が一つ気合いを込めれば、その手から放たれる闇が一層の勢いを増し、一瞬のうちにカッシスワームの身体を全て喰らい尽してしまったのだから。
絶叫が消え、やがてカッシスごと全てを飲み込んだ闇自体すらも青年の手の紋様に収まるように消えた後、誰もいないその部屋の中で、ただ一人青年は立ち尽くす。
まるでどんな存在であれその手で命を奪ってしまったと言うことを、心から憂うように。

儚げな雰囲気を醸した青年は、そのまま既に息絶えた三島の亡骸へと歩みを進める。
夥しい量の血を垂れ流し青い顔を晒す三島は誰が見ても即死と断ずることの出来るものだったが、しかし青年が諦観を匂わせることは一切なかった。

「……貴方の使命はまだ、終わってはいません。蘇りなさい、私の力で」

三島を慈しむようにも嫌悪するようにも見える複雑な表情を浮かべた後、青年は手の甲を彼の身体に翳しその瞳を閉じた。
閃光が辺りを支配し、どこからともなく吹いた風が青年の身体を揺らす。
突如として持ち上がる三島の遺体、そして開く青年の眼。

ただその一瞬、閃光が全てを覆い尽くしたほんの一瞬の間に、三島は既に自力で立ち上がっていた。
荒く呼吸をし、三島は先ほどカッシスに貫かれたはずの胸の刺し傷を見やる。
だがそこにはもう、裂傷は愚か治癒を経たと思えるような傷跡も残されていない。

ただ元々彼の身体がそうであったような、傷一つない肉体がそこにあるだけだった。
首領の類い希なる力で為された奇跡を他ならぬ自身の身体で体験して、三島は思わずその膝を地に着く。
加賀美陸にやったそれとは全く異なる、心からの忠誠、死者蘇生という奇跡への感謝。

それは、特殊な技術など小細工を弄しない、文字通りの神の御業を体感したことで、生前から感情の薄かった三島の中に、初めて信仰という思いが生まれた瞬間だった。
だが自身に跪く三島には目もくれず、青年は未だ辛うじて稼働していたカメラを見つめる。
そのまま少しの間、ただそのレンズを眺めて……そこで、放送は終わった。




「首領!」

放送の終了と同時、異常事態に遅れて駆けつけた死神博士が、首領の元へと駆け寄ろうとする。
だがその手が、彼の元へ届くことはない。
死神が彼の元へその足を届かせるより早く、首領はその瞳をゆっくりと閉じ、その身を倒しながら一瞬で虚空へと溶けてしまったのだから。

「なっ……!?」

今この瞬間まで目の前にいたはずの首領が消え失せたことに、三島と死神が目を見開く。
まさか今の戦いと三島の蘇生で、全ての力を使い果たしてしまったというのか。
そんな驚愕に染まりわなわなと震える彼らの動揺を止めたのは、その場に響いた一人の女の声だった。

「案ずるな、首領は未だ完全に復活してはいない。そんな状況で力を行使したツケが来ただけだ」

「首領代行……!」

見れば、そこにあったのは首領代行として最も首領の事情に精通するバルバの姿。
慌ててそちらに跪き直す死神には一瞥をもくれることなく、彼女はその足を崩壊した室内へと進めていく。

「最も、不完全な状態でも常軌を逸した力を行使することは出来る。今貴様の命を、冥府から呼び戻したように」

「……この身に余る幸福です。この期待には、必ず」

三島の目の前で立ち止まったバルバに対し、三島は一層深くその頭を垂れる。
まさしくそれは、本心からの言葉と信仰。
もう彼の中にZECTへのそれのような離反への野心が残されていないだろうと確信して、バルバは再びその足を進めた。

「首領の完全なる復活の時も近い。このゲゲルも……もうじき終わる」

誰にともなくそう告げて、彼女は緩く振り返る。
彼女が向けた視線の先、確かに今この瞬間まであったはずの人影は、まるで逃げるようにその場を後にする。
その存在の正体など、詮索するつもりもない。

例え内部で誰か幹部が首領の目的とは異なる意思や野望を抱いているのだとしても、そんなことは些末なことだ。
あの予想を覆すような進化を遂げたカッシスワームですら、首領には遠く及ばない。
であれば今は内部反乱の恐れを抱くよりまず世界をかけた殺し合いの行く末を見届けるべき。

仮面ライダーとグロンギの王。
そのどちらが最後に立つに相応しい者となるのか。
彼らは果たして、あの首領にすら届きうるのか。

観測者たるバルバの瞳は、揺らぐことなくその結末を見定めようとしていた。



――そして同時、バルバの視線から逃れるようにしてその部屋を後にした白服を纏う女……ネオンウルスランドも、迷い無くその足を進める。
彼女は手元のストップウォッチを一瞥し、それからすぐにまた歩き始める。
財団Xの命により派遣され、大ショッカーへの協力という形で幹部となった彼女にとって、この殺し合いでの重要事項は結末よりもその課程だ。

財団が行おうとしている計画のためにも、出来るだけ多くの実地データを得ることが彼女の使命であり、義務なのである。
ゲゲル……つまりは殺し合いの終わりも近い。
もう悠長にしていられる時間も無いと、ウルスランドはどこかへ向けて歩き始めた。





カツリ、カツリと足音を立てて、花形は薄暗い廊下を歩いて行く。
その足取りは、先ほど放送を担当するという大義を成し遂げたとは思えないほど重く、そして苦悩に満ちていた。
しかしそれも当然か。彼の目的は決して、この殺し合いの成就ではない。

故にその思考を満たすのは、先ほどその目に焼き付けた信じがたい超常へのただ一つの懸念だけだったのだから。

(あれが、首領の力……か)

それは、あのカッシスワームディアボリウスすら打倒した首領の圧倒的な力について。
予てよりとある世界を創造したとは聞いていたが、まさかあれほどまでとは。
オルフェノクの王と互角に戦ったあの怪人をまるで手玉に取るようなあの力の強大さに、花形は戦慄を禁じ得ない。

だがここで、一つの疑問が浮かぶ。
何故自身の組織の長が背反者を容易く打ち破ったという事象に、幹部たる花形がこうまで苦悩しているのか。
だがその実、理由は単純明快だ。花形もまた、首領の為そうとしている世界の選定を是とはしない存在である……ただそれだけのこと。

元々花形は、この殺し合いの行き先など左右出来るような立場にはない。
ただ全ての世界から幹部を見繕うという大ショッカーの方針によって無理矢理蘇生させられ、協力させられているだけだ。
断るという手も考えなくはなかったが、代わりに村上などの残忍な存在が幹部に加わる可能性を考えれば、幹部の立場を退くという道は花形には残されていなかったのである。

最もただ蘇っただけで殺し合いに消極的な姿勢を続けていられたかと言われれば、その答えは否だ。
先の放送の後に会場に送り込まれたオルフェノクの王の存在が、まさしくその証拠。
花形は自身が幹部であり続ける為に戦力として王の存在を大ショッカーに伝え、そして財団Xにその蘇生を依頼した。

最も花形からすれば王もまた滅びるべき種の頂点に座するだけの無意味な存在でしかなく、特別な思い入れもない空っぽの器に過ぎない。
そんな存在を前にこの過酷な戦場を生き抜いてきた仮面ライダーが負けるはずなどないと、花形は半ば確信していたのである。
事実、花形の考え通り、王はスコアを上げることもないまま呆気なく仮面ライダーらに敗れた。

つまりは皮肉にも会場で村上峡児がその死を前に絶望したのと真逆に、花形はその死を当然のものとして享受し歓喜したのである。
過度な進化に絶えられぬオルフェノクは、人間を前に滅びる運命にある。
かつて、力に呑まれ心を失う多くの同胞らの姿を見て絶望した花形が行き着いたその結論は、最早揺るがぬものとなった。

いや、というより正しくはオルフェノクに限らず、人間に害する数多の世界に存在する敵は、余すところなく滅びるべきなのだ。
その力に呑まれ悪戯に誰かを傷つける事しか出来ない種族など、到底生きている価値はない。
故にこそそんな有象無象を集めた大ショッカーもまた滅びるべきだと、花形はそう考えていた。

故に言ってしまえば、花形が乃木を勧誘したのもまた、彼と共に共謀して大ショッカーを内側から滅ぼす為に過ぎなかったのである。
とはいえあの状況で花形が加勢したとしてそのまま大ショッカーが瓦解すると考えていたかと問われれば、それは否。
実際には、大ショッカーの真の実力を見定めるために乃木を捨て石にするつもりで使ったというのが、正直なところだった。

だがその甲斐あって、彼の犠牲は決して無駄ではなかったと花形は思う。
首領は神にも等しい力を持つとは言われていたが、まさかあそこまでとは。
圧倒的なまでの首領の力を目の当たりにした彼の思考がその打倒へ向かうのは、半ば当然だった。

(オルフェノクの王は、王を守る為のベルトによって討ち取られた。それなら首領は……)

首領を討ち取れるだけの存在に、思いを馳せる。
話に聞く限り、彼が元々居たのは『アギトの世界』と呼ばれる世界だ。
恐らくはアギト、というのがその世界の異能の代表であり、首領の対となる存在だったのだろう。

だがその力を宿す者は一人残らず死してしまった。
それにその力を内包しうる世界の破壊者もまた、アギトの力の継承には至っていない。
言ってしまえばライダーズギアと違ってその個人個人に由来するのだろうアギトの力は、既に失われてしまったと言うことだ。

少なくとも、この会場の中においては。

(アギトは、人間の進化の可能性……と言ったか。それが首領に対する切り札になり得る上、もう滅びてしまったとは……皮肉なものだ)

思わず悲観に暮れて、彼方を見上げ溜息をつく。
ともかく、アギトに関しては考えるだけ無駄だ。
今は無い物ねだりではなく、それに代替しうるような首領への対抗手段を講じなければ。

そんな風に思考を切り替えつつ、また歩みを進めようとした花形の足を止めたのは、闇の中から降りかかった一つの声だった。

「待ちな、そこのアンタ」

背後からの声に、花形はゆっくりと振り返る。
いつでも反撃できるようオルフェノクへの変身体勢は整えながら振り返ったその瞳が映したのは、毛皮で出来た上着を羽織る時代錯誤な格好の男の姿。
何故か自身を前に口角を上げる彼の姿に、しかし敵意は見受けられない。

どうやら言葉もなしに襲うという訳ではないらしいと、花形もまた歩き始める対話の意思を見せるために彼の呼びかけに応えた。

「……君は?」

「俺はカブキ。アンタと同じ、大ショッカーの幹部だ」

時代錯誤な風体の男は、カブキと名乗った。
言われてみればその口調もどこか時代劇風というか、どことなく歌舞伎者のように気取っているように聞こえる。
だが大真面目なその様子を見ると、或いは彼はそっくりそのまま遙か昔から呼び出されてきた存在なのかも知れない。

まぁ彼の素性がどうであれそれを突き詰める暇もないと、花形は様々な疑問を飲み込んでカブキに向き直る。

「それで、私に何の用だ」

「いや、そんな大した用じゃねぇさ。さっきの放送の労いついでに、ちょっとアンタと話そうと思ってよ」

「……私と?」

大ショッカー内部において、幹部の中でもあまり存在感を放っていないはずの自分と、わざわざ話したいとは。
様々な可能性に思考を巡らせ怪訝な表情を浮かべた花形に、カブキはしかしハンと笑って見せた。

「アンタ、何でも聞くところによれば、孤児院って奴をやってるらしいじゃねぇか。身寄りのないガキ共を集めて、保護してるって」

「……それがどうした」

思いがけぬ角度から始まった会話に、花形は警戒を緩めることはしない。
かつて花形がオルフェノクの王の依り代を探すために開いた孤児院、流星塾。
懐かしくもあり、花形自身の逃れ得ぬ罪を自覚させる存在でもあるそれを想起させるカブキの語り口に、花形はあまりいい顔はしなかった。

だがまともに取り合おうとしない花形を前にしてもなお、カブキの調子が崩れることはない。
再び調子良く鼻で笑って、花形に背を向けるようにくるりと翻った。

「……俺は、人間が嫌いだ」

拳を握りしめたカブキの声は、それまでの気風からは幾らか違っていた。
どこか心中に後ろ暗いものを匂わせる、底知れぬ声音。
花形からはカブキの表情を見ることは出来なかったが、それでも彼の顔が明るくないことは背中越しでも見て取れた。

「奴らは俺が鬼ってだけでどれだけ人を助けようと、この身を犠牲に人に尽そうと、容赦なく差別して見下しやがる。薄汚ぇバケモノはどっちだってんだ」

カブキが、拳を握る。
絶えぬ怒りと憎しみを秘めたその様相に思わず彼の境遇を思う花形に対して、カブキはふと先ほどまでのような笑みを携えて振り返った。

「……けど、ガキ共は違ぇ。あいつらは差別なんて知らねぇ真っ白なキャンバスだ。大人共とは丸っきり違ぇ、純粋な目をしてやがる」

先ほどまでの憎悪を滲ませる声音から一転して、子供について語るカブキの瞳はキラキラと輝いていた。
恐らくは彼の中で、それは一つの真理なのだろう。
子供がいずれ彼の言う差別に塗れた大人になるとしても、そうなるまでの子供達への愛は両立するものなのだ。

「アンタも、その口だろ?差別に塗れた人間共に呆れて、ガキ共だけを集めて育ててた……違うか?」

続いたカブキの言葉と彼の様子を前に、花形は彼が自分に話しかけてきた理由を察する。
確かにカブキの言う通り、かつて自分もただ利用するための道具として集めたはずの流星塾の子供達の純粋な心に胸打たれ、オルフェノクの永劫を諦めた。
成る程つまり彼は、子供達の素晴らしさを知る自分とその尊さを共有したいという一心で、こうして声をかけたに違いない。

だが、彼の言葉を聞いた花形の心は、酷く凍えきっていた。
少なくともカブキと子供に関する価値観を共有する気は彼の中から毛頭消え失せていたといっても過言ではない。
花形にとっての流星塾の子供達は、一人一人が掛け替えのない息子であり娘であり、決して自分の異形を認めてくれる都合の良い存在などではないのだから。

どころか言ってしまえば、寧ろその逆。
オルフェノクであるという事をひた隠しにしてきた自分など、彼ら彼女らの親たり得るはずがない。
ただ私欲の為だけに子供達を利用した自分の存在が、彼らに父として敬われて良いはずがないのだから。

「……答える気はない」

少ない交流の中で、しかし間違いなくカブキとは相容れないと確信した花形は、それだけ言い残してその場を後にしようとする。
無論それでカブキが満足しないのも、当然のことではあるのだが。

「待てよ、そうつれねぇこと言うなって。ここの幹部連中は皆変わった奴ばっかだろ?だから――」

「――お前に言われたくはないと思うがな」

カブキの言葉を遮るようにして、その場に新たな声が降る。
低く感情を伴わない無機質なその声の主は、僅かな嘲笑を携えながらやがて闇の中から姿を現す。
生気を感じさせない青白い顔に、頭蓋骨を鏤めた異様な服装を纏った男は、手の中に独楽を遊ばせながら花形らの前でゆっくりと立ち止まった。

「アンタ、確か死郎っつったか。幽霊列車とか言う大層な代物を操れるって聞いたが……」

「ほう……貴様、随分他の幹部の事情に詳しいらしいな。何が目的だ?」

死郎と呼ばれた男は、手で回り続ける独楽越しにカブキを見やる。
だがあくまでその視線が捉えているのは独楽の動きで、カブキの事はまさしく片手間というところか。
だがそんな挑発にも動じず、カブキは平素の調子で鼻頭を擦った。

「ヘッ、別に目的なんざ何もねぇよ。他の連中に比べりゃ話が合いそうな奴らの事は少し知っておこうかってだけだ。アンタと俺は、生まれた年も近ぇだろ?」

「俺とお前を一緒にするな……俺には果たさねばならん目的がある。生まれた年など、もう何の意味もない」

呆れたような口調で吐き捨てた死郎は、それきり興味を失ったように背を翻す。
実際のカブキの心がどうであれ、それすらもどうでもいいと言うことなのだろう。
だがそんな調子にムッとして、カブキは意地悪っぽく笑って口を開いた。

「――目的ってのはソラって女の事か?」

その名前を耳にして、死郎の足がピタリと止まる。
狙い通りだと言うようにカブキは一つ鼻で笑ってそのまま続けた。

「正直一人の女にゾッコンってのがどんな気持ちだか俺には分かんねぇけどよ。云百年もかけるぐれぇだから相当の上玉なんだろ?」

カブキの言葉を聞き終えるより早く、死郎は翻りその襟に掴みかかる。
余裕綽々で死郎を見上げるカブキに比べて、彼の表情はまさしく怒り心頭。
それまでの生気の欠片も見られない幽鬼のような彼からは想像も出来ない烈火の如く怒りが、その全身に満ちあふれていた。

「……それ以上俺とソラについて無駄口を叩けば殺す。お前も、ソラを泣かせたくはないだろう」

鬼気迫る表情でそれだけ言い残して、死郎はそのまま闇の中に消えていく。
その背中を見届けながら、カブキは乱れた襟を正して振り返る。

「へっ、たくここの幹部連中はコミュニケーション能力がねぇ奴ばっかだ――」

軽口を叩きつつ翻ったカブキだが、つい先ほどまで背後にいたはずの花形の姿は、既にそこにはない。
どうやら自分が死郎と話している間に、どこかへと消えたらしい。
いつの間にか自分が一人で取り残されていた事に気付いた彼は、大きな溜息を一つ吐いてから自身もまたその場を後にした。





カブキや死郎らから離れ、ようやく一人になれた花形はふとその懐から一枚の写真を取り出す。
在りし日の過去、流星塾生の子供達と撮った一枚の写真。
何度も肺に塗れた手で握りしめた為に色褪せてしまった、しかし花形にとっては命にも代えがたい宝物。

いつものように自身の身体から漏れ出した灰の汚れを払い、彼はそこに写る子供達の笑顔一つ一つに目を移していく。
穏やかな笑みを浮かべていたその表情は、しかし並んで座る二人の少年少女の顔を目にして歪む。
真理と雅人。この殺し合いに巻き込まれ、死んでしまった愛しき我が子たち。

出来ればその死を妨げてやりたかったのに、それは叶わなかった。
特に、真理の誰よりも美しいあの笑顔がもう二度と誰にも向けられないと思うと、未だに胸から込み上げてくる感情を我慢出来なくなってしまう。
震える手と込み上げる衝動を抑えつつ、花形の瞳は写真の隅で無垢な笑みを浮かべる一人の少年の顔を、優しく撫でた。

「修二……」

漏れた声は、いよいよ世界の命運を担う最後の一人となってしまった息子へ。
様々な奇跡が重なったとは言えオルフェノクの王さえ打倒して見せた彼は果たして、先の放送での自分を見て何を思うのか。
このまま彼が生き残り、そして自身の前に立った時、自分は彼に何から伝えればいいのか。

写真を握る手をゆっくりと垂らした花形の袖からは、残り少ない彼の命を示すように灰がこぼれ落ちていた。

【乃木怜治(角なし) GAME OVER】

※主催陣営に花形@仮面ライダー555、カブキ@仮面ライダー響鬼、死郎@仮面ライダー電王、ネオンウルスランド@仮面ライダーWが存在しています。
※オーヴァーロード・テオスが復活しつつあります。完全復活までどれくらいかかるのかは不明です。


151:Chain of Destiny♮スーパーノヴァ 投下順 153:Rider's Assemble(前編)
時系列順
134:第三回放送 死神博士
オーヴァーロード・テオス 153:Rider's Assemble(前編)
132:Diabolus 三島正人
148:シ ゲゲル グダダド ラ・バルバ・デ 153:Rider's Assemble(前編)
149:覚醒(4) 乃木怜治(角なし) GAME OVER
GAME START 花形
カブキ
死郎
ネオンウルスランド


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最終更新:2020年07月30日 23:16