俺は人間じゃない
目の前には先程友人を殺した化け物がいる。
後ろにはどこか、友人を殺した化け物に似た、羽をはやした化け物がいる。
絶体絶命、今の状態を表現するならばまさにそれが相応しい。
(状況は不利……崖に落ちないように、アイツの攻撃をかわさないといけないか……)
目の前にいる化け物はヒグマという、リングマに似て非なる化け物。
しかしこのヒグマが使った技はいずれも、紛れも無く自分達の世界に存在する技だった。
目の前を横切った光線。あれは破壊光線。
友人を殺した一撃。あれはきりさく。
友人をペシャンコにした一撃。あれはアームハンマーだろう。
残りの技は一つ。今のところは分からない。
(だがリングマは遠距離系の技を自力では覚えられない……、だが)
遠距離の技を覚えるには、わざマシンもしくは教えてもらわなければ覚えることは不可能だ。
しかしこのヒグマは何故だかは知らないが、破壊光線を覚えていた。
当たれば、即死は間違いない。
ならば、こちらが取るべき行動は一つ。
遠ざかり、近づかず、素早い動きで翻弄することだ。
そうすれば、奴の破壊光線をもってしても捕らえることはできないだろう。
(そうと決まれば!)
タケシはこうそくいどうを使用し、ヒリングマから距離をとる。
彼の速力は、車に追いつける程に速い。
対するヒリングマは距離を詰めようと、こちらに向けて四つんばいになり走り出す。
その動きは素早いが、タケシを捕らえるには至らない。
徐々にヒリングマとの距離を離していく。
「さて、ここからだな……」
そう、ここまではいい。
だがじきに、自分の体力は切れてしまって、あの化け物の餌になってしまうだろう。
そのような事態を避ける為には、あの化け物を倒さなくてはいけないのだ。
加えて脱出するには、崖を監視する化け物も倒さなければいけない。
ならどうすればいいか。
「うおおおおお!!」
タケシは勢い良く飛び出し、ヒリングマ目掛けて一直線に突進していく。
ヒリングマはそれに対して、拳を振り下ろし、潰そうとする。
しかし間に合わない。
そりゃそうだよ。こうそくいどうだぜ? こうそくいどう。車に追いつくんだし、すげー、早いよ。
タケシはその勢いのまま、ヒリングマへと体当たり。
強靭な足腰を持つヒグマでも、これには耐え切れず、後ろへとバランスを崩す。
後ろは崖。そして一人と一匹は真っ逆さまに、落ちていった。
「よし!」
すぐさま、タケシは自分に支給されていたジェット装置を起動し、空を浮遊する。
このジェット装置は、ヒリングマに遭遇する以前に、デイバッグを確認し装着していたのだ。
慌てたヒリングマは必死に手を伸ばしたが、タケシには届かない。
空を飛ぶ為の羽も、技も、道具も無いヒリングマは、ただ垂直に落下するしかなかった。
実はこのジェット装置は、ロケット団が使用していたジェット装置なのだが、タケシは知る由もない。
なぜなら装置が使われたのは、最後に
サトシと別れた以降なのだから。
(油断しちゃいけない……、まだヒグマはいるんだからな)
目の前に現れたのは、崖を守る空飛ぶヒグマ。
やつをどうにかして殺しさえすれば、会場からの脱出はゆるぎないものとなる。
そしてタケシには、あのヒグマを倒せる自信があった。
(サトシ、お前の仇は取ったぞ。次はお前の分も生きる為に俺は生き残る!)
空飛ぶヒグマは迷うことなく、タケシを喰らおうと突っ込んできた。
動きは非常に単純なもので、タケシを掴もうと手を前に突き出し、一直線に進んでいく。
早い。しかしそんな動きならば、タケシでも対処できる。
グッと右拳を握り締め、そのまま正面に素早く繰り出す。
当たったのはヒグマの顔面。真正面を捉え、ヒグマの鼻が潰れる。
彼はとあるポケモン、重さは120Kgのポケモンを片手で投げ飛ばせる程、筋力がある。
そこから放たれる右ストレートは、岩をも砕き、動物を一瞬にして沈黙させるであろう!
「よし! これで……ッ!?」
「グオォォォォォォォッッ!!」
だが残念なことに、相手は普通の動物ではなくヒグマであった。
致命的な打撃をくらったため、少しよろけて後退するのだが、すぐに体勢を立て直してもう一度突進してくる。
先程全力で拳を突き出した為か、回避行動が遅れた。
故に、避けられない。
素早い動きでタケシに接近したヒグマは腕を大きく振りかぶり、タケシの右腕を切り落とした。
切断面から血飛沫。そのまま右腕は落ちていく。
その勢いのまま、ヒグマはタケシに喰らいつこうとする。
「ぐう……ぅ! だが!」
同じく彼も体勢をすぐに立て直す。
右腕がやられたのならば、左腕で攻撃すればいい。
力強く握り締めた左拳を、勢い良くヒグマの脳天へと振り下ろした。
振り下ろされた左拳はヒグマの脳天にめり込んでいき、バキバキ、という音を立てて骨と脳を粉砕する。
「グオ……ォォッ!!」
「お、おい……まだ生きているのか!」
脳がぶち壊されてなお、ヒグマは死なない。
今度は腕を目にも止まらぬ速さで、突きを放つ。
攻撃はタケシを殺すまでは至らなかったが、タケシの脇腹を抉り、ジェット装置の片側を破壊した。
「ぐ……あ……ッ!」
そしてヒグマの生が途絶え、空を飛んだヒグマは二度と羽ばたくことはなかった。
勿論それはタケシも例外ではない。ジェット装置を破壊された今、飛行は不可能になる。
彼もそのまま落下していった。
「くそっ……、これで脱出は不可能か……」
後は地面へと叩きつけられるのを待つのみ。
崖に挑み、死んだあの少年と同じ末路を辿るのだ。
心の中で家族への別れの言葉を言い、目を閉じ、地面へと墜落するのを静かに待つ。
しかし静寂はものの数秒で、打ち砕かれる。
「グオオオオオオオオッッ!!」
「ッ……、嘘だろ! まだ生きているのか!」
崖から落下して、地面へと吸い込まれていった筈のヒリングマが、崖にしがみつき雄たけびをあげていた。
ヒグマはまだ死んでいなかった。生き残ろうという本能からか、ヒリングマは落下中に崖に爪を引っ掛け、何とか落下を防いだのだ。
彼は静かに待つ。獲物が落ちてくる瞬間を。
今、その瞬間は訪れ、ヒリングマは勝利に雄たけびをあげたのだ。
勢い良くタケシに飛び掛り、彼にかぶりつく体勢へと変わる。
「まだ、仇は取れてなかったのか……! すまない、サトシ。俺は仇すら取れなかったみたいだ……」
タケシは懺悔し、ヒリングマはタケシの首に噛み付こうとする。
ヒリングマは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、タケシの首を食いちぎろうとした。
(いや、まだだ! せめて、コイツと道連れに!)
すんでの所で、タケシの闘思が蘇える。
ヒリングマの頭頂部を、思いっきり叩きつける。
予想以上の威力に、ヒリングマは思わず口を離してしまう。
その隙を見逃さず、すぐにもう一つのランダム
支給品を取り出した。
彼に支給された道具、運のいいことにそれは、モンスターボールであった。
しかも種類はスピードボール。すばやさが高いポケモンを捕まえやすくなるボールである。
どうやら、もう既にポケモンが入っているらしい。
中身を確認しようとしたところで、ヒリングマに見つかった為、確認する事は叶わなかったが、今はこれに賭けるしかない。
「出て来い!」
スピードボールを空中に投げると、パカリと開き、光と共にポケモンが現れる。
現れたのは、殻に覆われていて、その間から目を覗かせるポケモン。
「フォレトス……、そうか俺も運がいいな」
それは紛れも無く、自分の手持ちポケモンだったフォレトスであった。
シンオウ地方に旅立つ時にジロウに預けたのだが、どうしてここに存在しているのか。
だがそんなことはどうでもよかった。
「すまないフォレトス。お前も道連れにしてしまうけど……」
一瞬言い淀むが、決心したようにその言葉を放つ。
一方ヒリングマはもう一度、タケシに噛み付こうと迫っていた。
だが、間に合うことはなく。
「フォレトス―――だいばくはつ!」
光が、一匹と一人を包み込んだ。
【タケシ@ポケットモンスター 死亡】
【フォレトス@ポケットモンスター 死亡】
【空飛ぶヒグマ 死亡}
【ヒリングマ 死亡】
最終更新:2015年02月07日 01:10