強すぎる力の代償
「ぱ~……」
――己の無力さが憎いか?
「ぱ~……」
――自分を捨てた者を見返したいか?
「ぱ……」
――さぁ、これを使ってみろ。そしてその力を試して見るがいい。
◆
説明しよう!
ヒグマの科学力を用いて作られた特製ステロイド。
従来のステロイド剤とは比にならない効果を持ち、摂取して筋トレに励めば貴方も範馬勇次郎!
……ただし、それと同時に肉体に与える負担も従来のものとは比にならない。
その副作用とは……常時ばかぢからが振るわれるために、ちょっとした動作でかなり疲弊してしまうのだ。
だが、そのために採用されたのがこの
パッチール君。
彼は陸上生物において稀有な、"副作用をマイナスからプラスに変換出来る特性"を持っている!
ばかぢからが引き起こす副作用によって、逆に強化される。――なんと、最大で4倍ものパワーへと膨れ上がるぞ!
本来のパッチールの戦闘能力は、数値にしてたったの60……攻撃、防御、素早さ、体力、その全てが微妙。
だが特性ステロイドと筋トレの成果により、超えられないはずの"種族値"の壁を超えてみせたのだ!
今ではALL120――あの、神の名を持つポケモン、アルセウスに匹敵するチカラを手にしたのだ。
そうだ。ステロイダーパッチールは、神 と な っ た の だ!!
ヒグマを上回る強さを手に入れたパッチールは、このヒグマロワで、デウス・エクス・マキナっぽい役割を担うッ!!!
◆
「BAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
野獣の咆哮。
ムキムキに強化された肉体から放たれる雄叫びは、さながらハイパーボイスの如し。
デデンネとヒグマは必死に耳を塞ぐ。聴力に優れている分、ダメージは大きい。
咆哮一つでこれだけのパワーを見せるパッチールらしき生物。
二人はその、底知れぬ脅威を垣間見た。
……というかコレ本当にパッチールなのか、という疑念がヒグマの中に湧き上がる。
八頭身ボディに、ぶくぶくと異常に膨れ上がった筋肉。
いくら渦巻きの目と長い耳と、斑点模様があったとしてもアレはパッチールで合っているのか?
「パチィィィ……」
あぁ、でも鳴き声はパッチールっぽいわ。
俺の知ってるパッチールとは全く似てないが……もうパッチールでいいんじゃないか。
うん、間違いない。あの筋肉隆々の生物はパッt
「パァァァッチャラアアアァァァァッッ!!!」
とかあれこれ考えている間に、巨体が目の前まで迫ってきた。
軽々と片腕で振り回される丸太、それがデデンネを狙って思い切り叩きつけられる!
「ガアアアァァァッ!!」
デデンネと仲良くなったヒグマが打撃を庇った。
当然の事ながら、直径30㎝程度の丸太はへし折れる! 木くずが火花のように飛び散った。
そしてドサリ、と丸太の半分が地面に付き刺さる様子に、デデンネは恐れ慄いた。
デデンネの体など、掠っただけで水風船のように粉砕されるだろう。
「貴様……、まさかフェルナンデスが狙いなのか!?」
「その通りじゃあ!」
「あ、ヒグマ語通じるのか」
言うまでもなく、丸太ではヒグマを殺傷するには不足である。
パッチールが丸太を持っていた理由は、リーチを伸ばすためであり、参加者相手になら威力十分であるためだ。
「少々この孤島には無駄な人間が増えすぎたのでな……。
キングヒグマ様の命令により、ワシが間引いてやろうというのじゃあ……!」
「え、人間が増えた……? キングヒグマ……? え?」
「時に貴様、何故そのデデンネを庇う」
「……フェルナンデスは俺の仲間だ、手出しはさせんぞ!」
――戦う覚悟は出来ている。
フェルナンデスを守ろうと誓った時から、自分は他のヒグマを敵に回す事だとわかっていた。
この身を犠牲にしようとも、フェルナンデスだけは生きてもらわねば……。
……いいや、そんな弱気ではいけない。絶対に"二人で"生き延びるのだ!
両腕を広げ、目の前で放出される殺意の波動を一身に受ける。
さぁ、かかって来い!
「……ほほう、さては貴様。そやつの可愛らしき外見に魅了されたクチじゃな?」
パッチールは察した。デデンネを守る決意をしたヒグマの姿を見て。
「な、何を言い出すんだ!?」
「ああ、ワシにはわかる。デデンネは"かわいい"からなぁ。
そんな姿で迫られれば、いくらヒグマと言えどメロメロじゃろうよ」
「違う! 俺は別に見た目だけで決意を抱いたわけでは無い!」
「のうデデンネよ。よく聞け」
「デデンネッ!?」
「"かわいい"だけで信頼を気付けるなど、思い上がりだ。
相手の心変わり一つで、貴様の幸福、安心、そして信頼はすぐに失われる」
「デデデンネッ!?」
デデンネは知能が低いので、パッチールの言ってることがわからない。
抽象的に言うな、はっきり簡単に言え。ただ、なんか自分が非難された気がする。
怒るべきか、戒めるべきか……と思ったが、話の内容が伝わってないので驚愕のリアクションでやり過ごした。
なお、ヒグマの方は察しが早い。
「俺がフェルナンデスを裏切ると言うのか?
フン、あり得るものか。仲間を見捨てる者などいるわけがないだろう」
「いるとも。仲間であろうと平気で切り捨てる者がな」
「馬鹿だなお前。それは相手が初めから"仲間だと思ってなかった"だけだ。
互いに信頼し合っている関係に、裏切りなど存在するものか」
その言葉がパッチールの頭に血を上らせた。
というより、頭の血管が一本ブチ切れた。なんかグロテスクだ。
「馬鹿は貴様じゃあああぁぁぁ!!!」
怒号と共にヒグマへと飛びかかる。
押し倒されたヒグマのマウントを取り、頭を何度も殴りつける!
顔では無く、頭だ。噛み付いてカウンターも出来ない。
ヒグマはとにかく抜けだそうと暴れ、もがく。
だが、その前にパッチールはヒグマの頭を掴んで投げた。
「グガアアァァァッ!!」
地面に叩きつけられ、ピクピクとするヒグマに対し、パッチールは言葉を続けた。
「のうヒグマ。時に貴様、もしお前の兄弟とデデンネが同時に危機に立たされたとしよう」
「俺に兄弟は居ない」
「親は?」
「居ない。天涯孤独だ」
「チッ、じゃあ子供で。……貴様に子供がいたとして、デデンネと子供が同時に危機に立たされたとしよう。
どちらも海で溺れかけていて、舟に乗っている貴様は、浮き輪をひとつだけ持っている。
片方に浮き輪を与えれば、もう片方は溺れ死んでしまう。そんな時、貴様はどうする?」
究極の選択。
それをパッチールは問いかける。
「子供に浮き輪を与えて、デデンネを泳いで助けに行く」
理想の解決策。
そう、ヒグマは泳げるじゃないか。
「……いや、そういう事では無く……。
ならば浮き輪が無かったとして、貴様はどうする!?」
「というより、俺の子供なら泳げるんじゃないのか?」
「パチイイィィィィ!! ならばもうシチュエーション無しじゃあ!
なんかあって、片方しか救えないなら、貴様はどちらを選ぶ!?」
「クッ……それは……」
ヒグマは究極の選択を問われ、言葉を詰まらせる。
「デネ~……」
「……勿論俺はデデンネを助けに行くぞ」
「ほう、ならば子供を裏切るというのか?
天涯孤独だった貴様に出来た、血の繋がった家族を捨てるというのか?」
「何が言いたい!?」
ヒグマは神経を逆撫でされた気がして、激高する。
「貴様の子供からすれば、その行動をどう思うだろうな。
信頼している親から裏切られた、と思うんじゃないか?」
「何……」
「デデンネ、ワシは貴様に言いたいのだ。"図に乗るな"と。
かわいいだけで全てが上手くいくと思い上がるな、と。
このヒグマは今、すぐそばに貴様がいるから貴様を選んだんじゃ。
だが、実際にその機会が訪れた時、貴様が捨てられない保証など無い!」
「デ、デネンネェ……!」
いきなり指さしでそう宣言され、デデンネは怯える。
何故こんなこと言われたのかよくわからないけど、どうも妬まれてる気がした。
震えるデデンネを、ヒグマは優しく撫でた。
「心配するなフェルナンデス。俺はお前の味方だ」
「デデンネ!」
◆
「安心してパッチール。私はあなたの友達だから!」
「ぱ~!」
◆
「はは、このワシを前にして随分と幸せそうじゃのう貴様ら。
だがな、そろそろワシも仕事を全うせねばならんからな……」
再度、殺意が周囲の空気を凍りつかせた。
腕にぶくぶくと付いた筋肉がぐっと引き締まり、ミミズの様な血管がいくつも浮き上がる。
ぐるぐると渦巻いた目が、隙を与えまいと獲物の動きに集中する。
「死ぬがよい」
大地を蹴りつけ、タックルを放つ。
ズン、と重い衝撃が空気を伝わる。
タックルを受け止めたヒグマは、咆哮を上げながら爪を突き刺す!
「パチュルゥイイィィィッ!!」
「グルル!?」
何故だ、深い損傷を与えるに至らない。
そのままパッチールの拳が、ヒグマの顎を打ちぬく。
「グガァ―――ッ!!」
数本の牙が吹き飛び、そのままヒグマはノックアウトされる。
それに伴って、パッチールに与えた傷がみるみるうちに塞がっていく。
「今のはドレインパンチ……かつてマスターがワシに習得させた技じゃあ……。
さらに常時ばかぢからがゆえに、その副作用でワシの耐久力も大きく上昇している。
もはや生半可な攻撃では、傷を負わせるのは不可能じゃろうなぁ、はははは」
愉快そうに笑う。
事実、パッチールは愉悦に浸っていた。
かつての自分では到底敵わないような巨大な相手が、今や自分より小さく、そして自分より弱いのだ。
「これが、これこそが、ワシが求めていたチカラじゃあああぁぁぁ!!!
フゥーハハハハハ!!!!」
けたたましく笑う。
隆起した上腕二頭筋を愛おしそうに撫でる。太い血管を撫でる。
下を見下ろせば、膨れ上がった胸筋によって、足元が全く見えない。
これが自分の体なのだ。夢のようだ。
なんという機動力、なんという溢れ出す活力。
もうローブシンにも負けない。ハッサムに負けない。カイリューに負けない。
そして、ゴロンダにも……。
「デデンネ!」
ふと、自分の体がゆらゆらと左右に揺れている事に気がついた。
「デデーンネ!!」
「貴様……その技は……!」
「デデンネー!!」
デデンネと共に華麗な決めポーズをするパッチール。かわいい。
「『仲間づくり』かッ!」
「デンデネデ!!」
それだけ言って、デデンネはそそくさとヒグマの後ろへと逃げ去った。
パッチールの特性が"あまのじゃく"から"ものひろい"へと変わる。
「ぬぐううぅぅ、若干だが力が入らなくなっていく……!」
特性が失われた今、ばかぢからが本来の副作用を引き起こす。
少しづつ、少しづつ、武器であり鎧である筋肉に疲労が溜まる。
まだ弱体化とは言えないものの、パワー全開で無くなったのは確かだ。
「フェルナンデス、ありがとう。これで奴を倒せる可能性が生まれた」
口から血をボタボタと零しながら、ヒグマが上体を起こす。
決して少ないダメージではない。
並みの人間の体力と換算しても、数週間の入院を要する重症に等しい。
だが、ヒグマ特有のワイルドハートと、守るべき者に対する決意が彼を立ち上がらせる。
子を守る時の動物は、とても強いのだから。
「パァァァッ、チョルォァァァアアアッ!!!」
「ガウウウウウウウゥゥゥゥゥゥ!!」
またしても組み合い。
ヒグマの蹴りが、爪が、腕力が、パッチールに突き刺さる。
パッチールのヘッドバッドが、膝蹴りが、握力が、ヒグマに叩きつけられる。
命を掛けた死闘。
自然界における戦い。
狩る者と狩る者のぶつかり合い。
彼らが暴れることで大地に亀裂が走り、木々がなぎ倒され、巻き込まれた虫が死ぬ。
大きな力の衝突を、人間は戦争と呼ぶ。
戦争は多くの命を奪う。故にこの二体の争いは、一つの戦争であると言えよう。
「(このままではワシが劣勢となる……。仕方あるまい、気が進まないがあの技を……)」
息を切らせながら、パッチールは奥の手を使う決意をする。
組み合いから唐突に腕を振り払って離れ、そしてポーズを決めて……。
「ぱっぱっぱ♪ ぱぱっちぱ♪」
「何だお前は!? 何だそれは!?」
両手を左右に揺り動かし、足を交互に上げながらリズミカルに踊る。
筋肉モリモリの男がこんな動きすると、当然非常に気持ち悪い。
唖然としていたヒグマだが、ふらりと立ちくらみの様な感覚に襲われた。
「隙あり、パーンチ!!」
拳がヒグマの腹部を捉え、その巨体を浮き上がらせた。
……視界の焦点がズレてぼやけ、くらくらと意識が混濁する。
「何をしやがった……!」
ヒグマはぼんやりと見えるパッチールめがけて、思い切り腕を振るった。
だが、その腕は届かず、代わりに自分の顔面に衝撃が走った。
ドサリ、と倒れこんだヒグマは、その姿勢のまま闇雲に蹴りを放つ。
「デデンネ――ッ!!!」
「はっ」
足に手応えを感じ、バキッ、と言う音が響き……。
そしてその悲鳴によってヒグマの混乱は解かれ、そして鮮明な視界が"正しい状況"を映しだした。
「な……」
◆
「もう少しくらい活躍出来ると思ったのに……強さは愛じゃ補えないものね」
長い髪の綺麗な女性が、眼鏡越しにボクを冷たい目で見下ろした。
「ぱ~! ぱ~!」
「すがってきても無駄。もう貴方の代わりは見つけたの。
貴方より強くて、とっても逞しい子なのよ」
足にしがみつくボクの手を振り払い、マスターはモンスターボールを取り出し、投げた。
ズシン、と地響きと共に身の丈2メートルはある大きなポケモンが姿を現した。
その名もゴロンダ。
彼もボクの小柄で貧弱な体を見て、まるで子供でも見るかのような目をした。
「うっふふふふ~♪ 強いしカッコイイしカワイイし、パンダだぁい好き~!
さぁ、さっさと帰りましょ! 乗せてね」
「んだ!」
マスターはゴロンダの肩に乗り、そのままボクに背を向けて歩き出す。
「ぱ~っ! ぱ~っ!!」
「あ、ついて来ないでね。野生に帰るの、いいね?」
すぐにその姿も見えなくなった。
森の中、一人置き去りにされたボクはただ、うずくまって泣いていた。
こんな小さな体では力が出せないし、早く走ることも出来ない。
進化したくても、いくら望んでもそう簡単に叶うものじゃない。
「ぱ~……」
凄く悔しかった。
どれだけ鍛えても、ゴロンダのような巨体には敵わない。
仕方がない、それが超えられない壁、種族の差なのだから。
◆
パッチールは撤退を選んだ。
あのまま戦い続けている限り、特性は元に戻らない。
だから得意技であるフラフラダンスを使用し、混乱している隙に去った。
「これだけの力を得て、どうして上手く行かない……?」
先ほどの戦いを思い返し、イライラする。
考えれば考えるほど、苛立つ。
パッチールは堪らず奇声を発しながら、近くの木を思い切り殴りつけた。
轟音と共に幹の根元から折れ曲がった。
特性は戻ったようだ。力が徐々に沸き上がってくる。
「BAAAAAAAAAAAA!!! 次じゃあ! 次こそ、参加者を確実に減らすッ!!」
不安と焦燥に駆られ、他の獲物を探しに向かう。
なお、この精神が不安定な状態はステロイドの副作用だ。
躁病や鬱病の両方の症状が出るらしいので、こればかりはあまのじゃくでも防げない。
◆
「フェルナンデス……違うんだ、今のは……」
砕かれた木の根本で、ガタガタと震えるデデンネの姿があった。
わけもわからず放った蹴りが、デデンネの真上を掠った。
もし、わずかにずれていたら血の塊に変貌しているところだった。
その余りにも圧倒的な破壊力の存在が、今目の前に居ることが怖い。
「デ、デデェ……」
怖い。
目の前にいる存在が怖い。
この強力な力に守られているのが心強い?
いいや、今のような何かの間違いが起きる事を想像すると、不安で仕方がない。
『なかよくなる』だけで保証された身の安全に、果たしてどれほどの信頼がおけるというのか。
自分の命を他人に委ねている限り、決して安息など訪れたりしない。
それが臆病者である場合は……。
「おいでフェルナンデス」
ヒグマは優しい声で呼びかける。
デデンネは明らかにビビりながら、恐る恐るヒグマの頭の上にのぼった。
生き残るために仕方なく、だ。
生きるためにデデンネはヒグマに頼らねばならない。
もしもヒグマが下手に撫でたりしようものなら、デデンネは悲鳴をあげるかもしれない。
この会場から抜けだした後は、デデンネはヒグマを捨てて逃げるかもしれない。
「俺は本当に、心から、お前を家族のように愛しているのに……」
フェルナンデスとの間に出来た壁を崩すために、俺はどうすれば良いのだろう。
【H-3 森の中の高台になっている丘/朝】
【デデンネ@ポケットモンスター】
状態:健康、ヒグマに恐怖
装備:無し
道具:気合のタスキ、オボンの実、ランダム
支給品0~1
基本思考:デデンネ!!
0:デデンネェ……
【デデンネと仲良くなったヒグマ@穴持たず】
状態:顔を重症(大)、悲しみ
装備:無し
道具:無し
基本思考:デデンネを保護する
※デデンネの仲間になりました。
※デデンネと仲良くなったヒグマは人造ヒグマでした。
【G-4 廃墟街/朝】
【パッチール@ポケットモンスター】
状態:健康、ステロイドによる筋肉増強
装備:なし
道具:なし
基本思考:キングヒグマの命令により増えすぎた参加者や乱入者を始末する
0:参加者を手当たり次第殺す
[備考]
※投薬によって種族値合計が670を越えています
※ばかぢから、ドレインパンチ、フラフラダンスを覚えています
最終更新:2015年12月09日 21:57