金の指輪 ◆wgC73NFT9I
あるところにひとりの男がいました。
男には女房がいて二人とも長年畑を耕し、牛を育ててまじめに暮らしてきましたが、なかなかお金も貯まらず、くらしはちっとも豊かになりませんでした。
あるとき男が夕方門のところでじっと座り込んで行く先を考えていると、一人の老人が通りかかりました。
「なにをそんなに深く考え込んでいるんだね?」
と老人がたずねてきたので、男は顔をあげ、見慣れぬ老人を眺めてさもなさけなさそうに答えました。
「おれはずいぶんとまじめに長い事働いてきたんだ。それなのに暮らしはちっとも楽にならない。
一体なにをどうすればよくなるものかと、毎日仕事が終わるとこうして考えているんだよ」
すると老人はにっこり笑っていいました。
「なんだい。そんなことならそれほど深く考え込むほどのことでもあるまい」
といい、老人はおどろいている男をみて、
「それ、この道。この道を3日の間ずっとまっすぐに歩き続けると、道の真ん中におおきな木のあるところにたどり着く。
そしたら斧でその木を切り倒すんだ。そうすればきっとお前さんの望みがかなうようになるだろう」
と言いました。
男は、いきなり立ち上がると斧をかついで、一散に道を歩き始めました。
夜も昼も歩き続けて3日目。
確かに道の真ん中に大きな木のあるところに行き着き、男は必死になって木を切り倒そうと一生懸命もってきた斧をふりました。
しばらくして木は大きな音を立てて切り倒され、その拍子に木の上から男の足元に二つの卵が落ちてきました。
卵はぱかんと割れ、その一つからは鳥が出てきました。鳥は見る見る大きな鷹となって男の頭の上を飛びながら言いました。
「おまえは俺を助けてくれた。もう一つの卵の中の金の指輪をおまえにやろう。
この指輪はおまえの『願い』をきっとかなえてくれるだろう。
――だがそれは一生に一つだけだ。
よく考えて、一番良い『願い』をするがいい」
男は指輪を持って家を目指しました。
途中宿を取って夜を過ごしましたが、そのとき宿の主人が男が身なりに似つかわしくない立派な指輪を持っているのを見て、一体それはどうしたのだと訊ねたので、男はこれまでのことを主人に話しました。
すると勿論宿屋の主人はその指輪が欲しくてたまらなくなり、男が寝入ったそのすきに男の金の指輪とそっくりの指輪を交換し、そ知らぬ顔をして男を送り出しました。
それから宿屋の主人は部屋に入ると、金の指輪に、
「金貨百万枚!」
と叫びました。
するといきなり上から金貨の雨が降り始め、主人が何かを叫んでいる声さえもかき消すほどの音と大変な重みとで、とうとう宿屋はゆかが抜け、ぺしゃんこにつぶれてしまいました。
音を聞きつけ、また突然崩れた宿屋を見にたくさんの人が集まりましたが、みな大変な数の金貨を見て我先に金貨を集め始め大変な騒ぎになりました。
そして、その騒ぎの治まった頃、抜けた床下から、宿屋の主人が死んでいるのがみつかりました。
(童話『きんのゆびわ』より)
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
――北海道地方出張の際のある顧客との応対記録(抜粋)――
Q:魔法少女となるための願いは、本当に何であってもいいのですか?
A:そうだね。魔法少女になる資質によって、叶えられる願いの大小は変わってくるけど、基本的に何でも叶えられると思ってくれて間違いない。
Q:魔法少女となった時に使える魔法は、どうやって決まるのですか?
A:それは、きみが望んだ願いに左右されるところが大きいね。
例えば、他人の癒しを望めば回復魔法が、他者を惑わすことを望めば幻覚魔法が得意になったりする、という具合だ。
Q:魔法少女になるにあたっての危険性、もとい対価は、結局のところ、何になるのですか?
A:先ほども言ったとおり、魔女を討伐しなくてはいけなくなることかな。
魔法少女の魔力は、普通にしていても精神の動揺などで徐々に低下していってしまうから、魔女からグリーフシードを入手して、魔力を回復させる必要がある。
魔女の討伐は、人を助けながら、自分にも利益のある行為なんだよ。
ちなみに魔女の魔力は、魔法少女になった際に得られる、ソウルジェムの反応で探知できるね。
Q:なるほど。わかりました。ですがその場合、こうまでしてその魔法少女を勧めてくれる、あなたの利益はどこに発生するのですか?
A:良い質問だね。
ソウルジェムの濁りを吸収しきったグリーフシードからは、再び魔女が生まれてきてしまうんだが、それを魔女の発生前に食べて、エネルギーを回収するのが僕の役目なんだ。
Q:……あなたの発言した詳細は、全て『正しいこと』として認識して構いませんね?
A:もちろんだよ。僕は、『嘘はつかない』。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
鬱蒼とした森の茂みの中で、2名の商人が、1人の立会人を置いて商談を交わしていた。
売り手は、白いウサギのような姿をした、インキュベーターと呼ばれる地球外生命体である。
買い手は、約100年前の明治時代よりやってきた、麻薬を密売する青年実業家である。
場所は、人喰いのヒグマがうろうろしている絶海の孤島である。
そして少し離れた地点で今現在も、ヒグマと人間との戦闘が勃発している危険地帯でもある。
その渦中であっても、彼らの商談は着々と進行していた。
『何か、まだ疑問が残っているのかい、カンリュウ?』
「……いえ。残っていると言えば、残っていますが……」
インキュベーターは、自分の前で目を伏せている顧客に、そう問いを投げかけていた。
――
武田観柳は、魔法少女に多大なる興味を抱いていた。
彼の鋭い質問にも、重要な点はうまく『婉曲表現にして』伝えることができたはずだ。
表層意識を読みとっても、彼からは未だに魔法少女になりたいという気持ちは薄れていないように感じられる。
一体、これ以上彼に、何の疑問があるというのか――。
しかし、宇宙から営業に来た一セールスマンに過ぎないインキュベーターは、明治の動乱期において一代で実業家として成功してきた顧客の金銭感覚を、甘く見過ぎていた。
こと金銭・売買に関しては、武田観柳の才覚はこの殺し合いの会場に招かれた参加者の内で随一だっただろう。
何もかもがヒグマな世界で、唯一信じれる、金。
いくらインキュベーターが専門用語と話術を用いてその売買の主旨をはぐらかしていても、契約、そして商談という場は、武田観柳をして、水を得た魚と化させていた。
――『魔法少女』という経済構造を回している通貨は、『願い』、もしくは『希望』と呼ばれる力のようだ。
この通貨は、『魔法・魔力』という物品と交換されるか、または所有者自身が『希望でない』精神状態に移行していくことにより消費される。
この資産を使い尽くし、破産した状態を『絶望』と呼称するのだろう。
私たち人間、特に思春期の女児が、特にその『希望』資産を多く保有している点に目を付けて、
キュゥべえさんはこの交渉を持ちかけてきているのだ。
通常の生活では『希望』により売買できる物品は存在しないため、この『魔法』という商品は至極魅力的だ。
しかし、『魔法』を提供するだけの労力に見合う利益が、本当に『魔力を与え尽くしたグリーフシードの回収』だけで稼ぎ出せるのか?
グリーフシードは、魔女から生産される。
魔女は、人々の絶望から生産される。
つまり、魔女は人々の『希望』資産を搾取し、グリーフシードという金庫に保管していることになる。
ソウルジェムの魔力がグリーフシードで回復でき、ソウルジェムで、魔女、つまりグリーフシードの存在を探知できるところからも、この二つは本質的には同等のもののはずだ。
今キュゥべえさんが耳に持つグリーフシード。
ここから操真さんに魔力が提供された。
これが濁りきった時に魔女が再び孵化するというのならば。
蓄えられた『希望』資産が減価償却され、『魔法』という媒体を通した状態で資産価値のない『絶望』へと転移してしまうことが、魔女の発生条件であると考えられる。
『魔力を与え尽くしたグリーフシード』とはその寸前。
つまり、築数十年経過したボロ小屋とか、色褪せやほつれの激しい着物とかと同じ、ほとんど無価値に等しい物品のはずだ。
そして、『魔力を使い尽くした魔法少女』も、同等の物品。
キュゥべえさんの利益は、グリーフシードの収集だけでは絶対に回収しきれるわけがない。
一般的な経営方式の企業を回していくには、売価の五割は利益率がなければならない。
操真さんが使ったような『魔法』の価値に匹敵する力の差額は、一体どこからならば発生する――?
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
「……キュゥべえさん。あなたは、『嘘をつかない』のだとしても、契約事項の一部を意図的に『隠蔽している』のではありませんか?」
『そう感じたのかい?
それはすまなかったね。何か解りづらかったのならば、説明を加えるけれど?』
はい、とも、いいえ、とも、キュゥべえは答えなかった。
そしてその返答は、武田観柳の心中に去来していた疑念を、確信に至らせた。
「次の私の質問には、是か、非かで答えて下さい……」
朝の森に、観柳は深く息を吸った。
膝の上でキュゥべえを抱える腕に力が籠もる。
操真晴人は、その様子をみじろぎもせず見つめていた。
「魔女およびグリーフシードは、魔法少女もといソウルジェムが、魔力を使い尽くし『絶望』に至ったときに、発生するのではありませんか?
そして、あなた方が魔法を売った利益として本来回収するのは、その『希望』が『絶望』に変換された際の、魔力における資産価値の差額なのではありませんか?」
先ほどまで膝の上でしっぽを振っていたキュゥべえの体が、硬直していた。
その表情は、依然として動くことはなかったが、あまりにも長いその停止は、その思考の中に明らかな狼狽があることを容易に想像させた。
そしてゆっくりと一回、彼はその白い尾を振った。
「……まさか、そこまで言い当てられるとは思っていなかった。
『是』だ。
キミの言っていることは大当たりだよ、カンリュウ」
「……やはり。そうでしょうねぇ」
観柳は腑に落ちたように笑った。
キュゥべえは、口調は変わらないながらも、取り繕うような饒舌さで次々と情報を喋っていく。
魔法少女の実物を見たことすらない、数回の質疑応答を交わしただけの人間に、営々と築いてきたエネルギー搾取システムの全貌を理解されてしまうことは、インキュベーターにとって完全に想定外の事態だった。
「だが、この利益は僕たちインキュベーターだけでなく、キミたち人間にも還元されるんだよ。
宇宙の熱的死を防ぐためには、熱量保存の法則に縛られないエネルギー、つまりキミたちの感情が必要なんだ。
僕らは、『希望』と『絶望』の相転移の際に生じる膨大なエネルギーの大半を、この熱的死の防止に充てている。
キミたちの子孫にも、豊かな宇宙を残せるんだよ。
だから魔法少女たちの魔女化は、宇宙のためなのさ!」
「なるほど。でしたら良いことづくめじゃありませんか。
それが最も効率の良い利益回収法でしょうしね」
「その通りだカンリュウ。解ってくれて嬉しいよ。
そして魔法少女の命も、別に魔女となるだけの使い捨てなわけではない。
魔女の使い魔に人間の希望を吸い取らせて、新たなグリーフシードを孕ませて魔女にさせ、エネルギーを収穫するという手もあるんだ」
「ああ、いい運用法ですねそれは。それなら魔法少女のまま長期的な利益を稼ぎ出す方針も立ってきます」
落ち着いた様子の観柳とは逆に、今まで黙って会話を聞いていた晴人が、目を丸くしてキュゥべえに迫っていた。
観柳との会話が正しいのだとすれば、キュゥべえは少女たちに『魔法』を売りつけ、一時の希望を与えた後に積極的に絶望へと突き落としていることになる。
そして、魔法少女が狩るのは、『絶望』した魔法少女自身のなれの果てなのだ。
人々が魔女に襲われるのを助ける――などと抜かしてはいるが、結局のところ、このキュゥべえが『魔法』を持ち込まなければそもそも魔女など存在しなかったはずだ。
熱的死など、この生物が勝手に宣う欺瞞かもしれない。そんな得体の知れないものに、キュゥべえは人間の少女の命を使い潰しているというのだ。
恐ろしいマッチポンプ式の経済構造であった。
「おい!? どういうことだキュゥべえさん!
あんた、さっきは『絶望』を生まない魔法のシステムなんだって言ったばかりじゃないか……!」
『そりゃあ、“絶望”を生まない魔法のシステムが本当にあったら、キミたちの体感ではすごいことだろう。
だから、そうだね。と返答したまでだよ』
「……まぁ、経済の原則として、利益だけ出て物品の授受や損失がどこにも生じないとは考えられませんから。
至極当然の理屈です」
瞑目して頷きながら、魔法少女のからくりを見抜いた当の観柳は、すんなりとその事実を受け入れたように見える。
キュゥべえは、視線を目の前の観柳に戻しながら問いかけた。
『それにしてもカンリュウ。キミはこの仕組みを知っても、魔法少女への興味は残っているようだね。
僕が今まで出会った少女たちは、なぜか皆一様に、このことを知ると怒るんだけれど』
「それはまぁ、世間を知らない青臭いおぼこたちは、なんやかんや言いがかりをつけるでしょうね。
キュゥべえさんが良かれと思っている言い回しが、要らぬ誤解を生んでいる可能性もあります。
私なんかは根が実業家ですから、こうしてしっかり裏の実状まで教えて下さった方が、却って安心できるんですよ」
――要するに、『絶望』に至ることなく、『希望』の利益を稼ぎ続ければいいんでしょう?
「私もキュゥべえさんのように『魔法』を売買できるのならば、是非商品として取り扱いたいものです。
結局、消費者や一般人には、上手いこと表面上の納得を与えて金を落としてもらわなければ、私たち商人はあがったりですから。
その点、右も左もわからぬガキどもなら言いくるめやすいですし、その上、持っている資産も多いとなればネギ背負ったカモ。
猫が小判を抱えてうろうろしているに等しいですからねぇ」
「おい……! 観柳さん、あんたも大概にしろよ!
キュゥべえさんの行いも含めて、そんなことをしたらただの悪人じゃないか!」
淡々と感慨を述べる観柳に、晴人は噛みついていた。
しかしその返事には、侮蔑のようにすらとれる怪訝な視線が返ってくる。
「あなたも魔法使いなのでしょう? 何を温いことをおっしゃっているのですか?
悪人というのもお角違いです。私たちの行為は、両者の合意に基づく売買契約なのですから、私たちはただの悪徳商人です。
あなた自身は、その魔法を得るために『絶望』という資産のない環境を乗り越え、『希望』を稼ぎだしたわらしべ長者です。
その手腕と精神力は、並々ならぬものなのでしょう。
ですが、キュゥべえさんの説明の仕方と事後管理にも少なからず穴はあったでしょうが、単に魔女化したガキは、口当たりの良い上辺の情報を鵜呑みにし、深く事実を探ろうともせず、資産を計画的に運用できなかった馬鹿なだけです」
――青臭い小僧や小娘が、何の苦労も危険も対価も無しに力を得て、英雄に変身して勧善懲悪を働く?
――打ち出の小槌じゃあるまいし、そんなご都合主義が通用するのは、おとぎ話の中だけですよ。
観柳はそう言ってばっさりと切り捨てた。
彼にとっては、少女の、そして自身の感情ですら、単なる商品に過ぎなかった。
おにぎりや、麻薬や、ガトリングガンと同じものである。
彼が忸怩たる思いを抱くのは、何故もっと早く、そんな価値ある商品の存在に気づくことができなかったのか、というただその一点だけであった。
絶句する操真晴人をよそに、キュゥべえと観柳は楽しげに商談に興じている。
ソウルジェムが、その人物の魂を抜き取って作られるのだという、一般的な魔法少女なら憤慨ものの真実も、観柳はむしろ清々しい微笑を浮かべて賞賛した。
肉体を再生・管理のしやすいものに作り替え、戦闘においても守るべき急所を一点に集約するという行為はとても合理的であり、観柳にとっては何ら非の打ち所もない。
商談の主導権は今や、泰然とした面もちを崩さない武田観柳の元に完全に移っていた。
『……それでは、キミの興味はあくまでこのシステムにあるということかな?
キミ自身は、魔法少女になる気はないのかい?』
「いいえ。然るべき状況になったならば、魔法少女になるのも悪くない投資だと思います。
阿紫花さん方が危機に陥った際には、教えてくださるのでしょう?
やはり、実在の貨幣では買いづらい『魔法』及び『願い』の実現、また魔法少女としての強化された肉体には、希少価値があります。
かなりお金になると思いますから、私にも垂涎モノですよ」
『へぇ、それじゃあ、キミの望む願いは、“沢山のお金を得ること”かな?』
「あんた、そうまでして――、自分や他人の人生と命を食い物にしてまで、金を手に入れたいのか……?」
武田観柳に向かって、キュゥべえと操真晴人が、揃って問いかけていた。
観柳は呆然とした様子の晴人を一瞥して、ため息をつく。
「お二方とも何をおっしゃっているのか……。
ま、わらしべ長者と小槌の化身には馬の耳に念仏か釈迦に説法か知りませんけれど……。
私は決して、好き好んで人を食い物にしているわけではありません。
それが今のところは最も効率よく、稼ぐという目的に至る手段だったからそうしているだけです。
そして、私がそんな一時金に飛びつくなんてあるわけないでしょう。
継続的に利益を生む構造を構築しなければ商売が成り立たないことくらい、お二方はご存じのはずです」
「だからと言って、それが許されると思っているのか……?
あんたが食い物にしてきた人たちの分、あんたはそこで稼いだ金じゃ支払いきれないくらいの『絶望』を買い込んじまってるかもしれないんだぞ!?」
「そうかもしれませんねぇ……」
観柳の脳裏に、緋村抜刀斎の顔が浮かんだ。
一銭の得にもならない高荷恵の護衛を買って出て、のこのこと屋敷にまで乗り込んできたあの男。
彼は私兵団200人分の給金にも靡かず、包み隠さぬ怒りを直にぶつけてきた。
雇っていた御庭番衆の四乃森蒼紫も、雇い主はこちらだというのに、侮蔑に対して遠慮ない威圧をもって反逆してきた。
彼らがなぜそのような行動に出たのか、その時はさっぱりわからなかった。
しかし、
阿紫花英良。
彼の振る舞いは、抜刀斎や蒼紫とは異なっていた。
彼は、前金も払っていない口約束の段階で、ヒグマ人形から身を挺して守ってくれた。
道中でも、ずっと私を労い、握り飯を渡すなど、契約を度外視した付き合いを見せた。
あの時の私なら、絶対にそんな真似はできなかった。
契約不履行のまま命を捨てに行くなど、何の得にもならない契約外の振る舞いなど、できるわけがない。
だが私は、その行為に突き動かされ、事実、その無謀に見える行為により、状況は大きく好転していた。
今、キュゥべえさんとの商談で、ようやくこれらの理由が分かった。
あの行為は、阿紫花さんからの投資であり、確かに通貨のやり取りと流通が、私との間に存在していたのだ。
物質経済を回す通貨は、金以外にも存在している。
もちろん、それは金で兌換できる通貨であるが、その比率は人物ごとに大きく異なり、そもそも兌換する銀行が半ば閉鎖している人物もいる。
私は今までその通貨を軽視して来たおかげで、知らず知らずのうちに不良債権を抱え込んでしまっていたのだろう。
『実業家のあんたには理解できんだろうが、維新志士というのは、我々とは立場は違えど己の理想に殉じていった。
そういう連中だった――』
四乃森蒼紫も語ったその通貨が、『希望』だ。
『人情』とも、『願い』とも、『義理』とも『理想』とも言い換えていいだろう。
私はあの時、阿紫花英良が身を挺した『希望』に買収され、彼に操り指輪を投げ渡そうと走った。
利息を付けて振り込んだ『希望』によって今度は、彼は自分たちの命を確保でき、握り飯と甲斐甲斐しい世話を、私は買い取ることができた。
キュゥべえさんの言う『希望』という通貨から見れば、私の肉体も命も魂も、ちっぽけな一商品にすぎない。
それを使って利益を生み出せるのならば、惜しみなく流通に載せて売り払ってしまって構わない物品だ。
世界を支配するには、この新たな通貨をも回していく必要がある。
今までなじみのない通貨だとしても、金と同じく通貨として通用するのならば、私は必ずや利益を稼ぎ出す。
『希望』を金で買い、抜刀斎や蒼紫のような、『希望』で動く人間どもも支配してやる――。
「……ですが私は、その存在に気付いた以上、もう負債は抱え込みませんので。
私は商人なのですから、金を稼ぐのは、あくまで私です――」
私の願いは、この社会において最も当然の因果律であり、かつ、最も私の本懐に至るもの。
この願いならば、私自身が『希望』を償却しきって『絶望』に至ることは、絶対にあり得ない――!
「『絶望』という不良債権を清算して有り余る『希望』を、私は稼ぎ出しますよ?
奇跡も魔法も、ヒグマだって買い取って見せますから――」
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
「……ジャックさん。あんた、さっき操真さんの銃が避けられることを予言してたよな。あれは、なんでだ?」
「あのクマちゃんは、ずっと、音を聞いてる……。自分の唸り声の反射をネ……」
「唸り声……? そんなもの全く聞こえないぞ?」
「スゴク高い音……。アキラたちには聞こえないかも知れないけれど……」
超音波。
恐らく、ジャックはその野生動物じみた身体機能でそれを聞いているのだ。
あのヒグマは超音波を発して、その反響を聞くことで物の動きを探知しているらしい。
明は、隣の阿紫花英良にその驚愕の真実を伝えるべく、叫んでいた。
「やっぱおかしかったんだよ、英良さん! エコー検査ってあるだろ?
あれだよ! 超音波使って心臓の動きを見るやつ!
あのヒグマは、音でこちらの行動を把握していたんだ!」
「……わかりやしたから、足止めに参加する気がないなら叫んでないで下がってくだせぇ」
「よっしゃ! これで勝てるぞ!」
阿紫花英良は片耳を塞ぎながら、大きく両腕を掲げたプルチネルラを、ゆっくりと前方に進めていた。
棍棒を構えた宮本明が、反対にじりじりと後方へ下がっていく。
前方の森に見えるは、一頭のヒグマ。
それも、操真晴人の銃撃をすべて躱し、宮本明および、彼の切り札らしい『ジャック』という人物に多大なる危機感を抱かせているヒグマだ。
このヒグマが、どんな理屈で攻撃を躱していたのか分かったのだとしても、別にそれで攻撃が当たるようになるわけではない。
宮本明の指摘があろうがなかろうが、阿紫花の行おうとしていた行動は同じだった。
ヒグマの動きを封じ、宮本明の切り札で仕留める――。
そのためには、根本的にヒグマの理解の範疇外からの攻め手が必要になる。
その作戦につけて、阿紫花英良の知識で最も参考になるのは、ダグダミィ使い・山仲の人形芸だった。
ダグダミィは、5体1組の、小さな人形である。
山仲はそれら5体に全く別の行動を同時に行わせ、操り糸で人形遣いや標的自身を縛り、その五肢を鋏で切り落とす。
1体につき操作に充てられるのは、僅かに指2本。
黒賀村の同期は舌を巻いたものだ。
山仲の人形操りは、懸糸傀儡の特性を最大限に利用している。
つまりそれは、特製の糸と、運指による操作。
一般人は勿論、ヒグマの経験には絶対に存在しない概念である――。
「……それじゃあ行きやすぜぇ、ヒグマさんよぉ!!」
阿紫花は大仰な動きで、右腕を振り抜いていた。
巨大な人形、プルチネルラが連動して動く。
ヒグマはその動きに反応する。
その右腕から放たれるであろうベアトラップの鎖を回避すべく、向かって左へと――。
しかし、ステップを踏んだその前脚を、ベアトラップの歯が確かに掠めていた。
「グォオ!?」
「ちッ……浅い!」
「思惑通りだ! あのヒグマに一撃入れたぞ!」
プルチネルラがその鎖を放ったのは、左腕からであった。
阿紫花の外見上の動きと、操られるプルチネルラの動きは、連動しているようで、していない。
ヒグマには理解不能な、運指と懸糸傀儡の間の連環機構を、フルに活用した戦術だった。
宮本明は興奮気味に叫んでいるが、今の一発で、阿紫花は確実にヒグマの脚一本を絡めとるつもりでいた。
流石にこのヒグマの反応速度は尋常ではない。
続けざまに、阿紫花は自身の左手を振り上げていた。
ヒグマは今度は、右腕からの鎖を警戒して、今一度左方向に回避する。
だが、動いていたのは、放たれ地面に落ちた左の鎖だった。
蛇のようにうねった鎖が、真上を跳ねていたヒグマの胴体に噛みつく。
脇腹の毛皮に、鎖の先端の虎ばさみが、ぞぶりと喰い込んでいた。
「よし、今ですぜ! ……って!?」
「ゴォオオオッ!!」
ヒグマは、ベアトラップの鎖を空中で手繰っていた。
彼は阿紫花のその一撃を、敢えてその身に受けていたのだ。
プルチネルラの左腕に一瞬着地しながら、軽やかな動きでヒグマの巨体が朝の森に旋回する。
阿紫花の血液は、そのヒグマの意図を察し、一瞬にして冷え切った。
――まさか、こんな一瞬で、人形使いの弱点を見抜かれるなんて。
プルチネルラの背面に落下しながら、ヒグマはその前脚を振り抜いていた。
回旋しながら絡めとっていた細い糸が、その鋭い爪にまとめて切断される。
阿紫花とプルチネルラを繋いでいた操り糸が、一本残らず分断されていた。
――猛獣使いと虎の子との符丁がわからなければ、指示を出す鞭を奪えば良い――。
力が抜けたように停止したプルチネルラから鎖を剥ぎ取り、ヒグマはゆっくりと地面から立ち上がる。
千切れた糸を手にわななく阿紫花を、ヒグマは上から静かに睥睨していた。
「そんな……! 英良さんが人形を使えなくなったら、一体どうやって俺たちはこのヒグマを止めればいいんだ!
考えるんだ! 英良さん! そのままじゃあんた、死んじまうぞ!」
遠方からかかる宮本明の声に言われるまでもなく、阿紫花はただちに、この死地からの脱出法を思案していた。
そして彼は、ヒグマに向けて、走り出していた。
「うおああああぁぁぁあああ!!」
気が振れたような叫びを上げて、大きく腕を広げながら、走っていた。
ヒグマは、つまらなそうに、その爪を揮った。
空に、血飛沫が飛ぶ。
「……生身でも……ッ、曲芸が、できるもんですねぇ……!」
阿紫花の声は、ヒグマの背後から響いていた。
振り返るヒグマと、視線を移した宮本明の眼には、不敵に笑う阿紫花英良の姿が映る。
プルチネルラの背中に捉まる阿紫花のコートの右腕は、あらぬ方向に曲がり、血塗れになっていた。
右肩からずり落ちるデイパックも、半分ほど切り裂かれて、中身が覗いてしまっている。
彼は、ヒグマの爪が振り抜かれる瞬間に、体を畳みながらその脇の下をくぐるように跳び込んでいた。
その身を回転させながら、デイパックと右腕を犠牲にヒグマの攻撃をかろうじて受け流し、彼は火の輪くぐりの芸のように、その人形の元へ着地。
左手で掴むのは、プルチネルラの背に積んでいた、紀元二五四〇年式村田銃である。
熊撃ち銃として長年使われてきたその銃ならば、ヒグマにも深手を負わせられるはずだった。
「これがッ……阿紫花英良一世一代の、仕込み芸……」
「凄ェ! 英良さんが完全にヒグマの裏をかいた! いけるぞ!」
痛みを堪えながら、必死に阿紫花は、その銃を左手で掴もうとしていた。
興奮する明の表情が、すっと青ざめていく。
――まさか、利き手ではないから、撃てないのか?
なぜ、英良さんはただ銃をいじり回しているだけで、構えない?
人形から取ることもできないのか?
もう、ヒグマは腕を振りかぶっているぞ!?
危ない!!
避けてくれ――ッ!!
「ご、はあぁ……――っ」
宮本明の声にならない叫びを嘲笑うように、ヒグマの爪は阿紫花英良を右の肩口から袈裟懸けに切り裂いていた。
村田銃も阿紫花の体も別々の方向に吹き飛び、完全に切り落とされた阿紫花の右腕から、地にずるりとデイパックが零れ落ちていた。
「英良さん!?」
明が叫んだ先で、阿紫花の体は、かすかに動いていた。
ヒグマから逃げようとしているのか、左腕だけで下草の上を這いずるように、少しずつその身を動かしていた。
「……やっぱり……。ダメでしたねぇ……。勝てるわけ、無かったんですよ……」
朦朧とした口調で呟く彼は、暫く這いずった後に仰向けとなる。
切り裂かれた腹部からは、腸がはみ出していた。
肩口と腹からは、どくどくと真っ赤な血が溢れている。
宮本明は、ついに彼の元へ駆け寄っていた。
「おい! 英良さん! 死ぬな! あのヒグマは、俺じゃあ止められないんだよ!」
「……ご覧なせぇ、明さん……。のんきに、ヒグマさんはアタシの飯、喰ってやがる……」
涙を浮かべながら阿紫花の体を揺さぶっていた明は、笑みを浮かべる阿紫花の発言で、振り向いた。
その視線の先では、ヒグマが阿紫花のデイパックの中に鼻を突っ込み、今まさに、『鮭』と書かれたおにぎりを取り出したところであった。
阿紫花の左手に嵌る五つの指輪。
そのうちの一つだけ、千切れたはずの糸が、ピンと張りつめているものがある。
「……明さん。切り札、きってくだせぇよ……」
「どういうことだ……!? おい、英良さん、しっかりしてくれ!!」
「結局、どんなに強かろうと目先のことしか見えてねえから……」
――ヒグマは、人間様の芸にゃ、勝てるわけねぇんですよ……。
にやりと笑いながら阿紫花は、右肩を押さえていた左手の、中指を天へ突き立てていた。
森の中に、サーカスの開演を告げるような、軽快な炸裂音が上がっていた。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
観客も、出演者も、その芸には皆一様に息をのんだ。
「あぁ……っ!?」
宮本明も、予想だにしなかったその芸の成功に、ただ呆然としてヒグマを見やっていた。
「グルオォォォオオォオオオ!?」
『鮭』のおにぎりをくわえていたヒグマは、苦悶の叫びを上げて地をのたうち回っている。
その右脚にはいくつもの穴があき、もがくその度ごとに下草へ血を吹き出させていた。
そこから数メートル離れた地面には、先ほど吹き飛んでいた村田銃が転がっている。
銃口にくゆる硝煙。
誰も握ってはいなかったはずの引き金。
そこには、見えるか見えないかの、細い糸が結ばれている。
阿紫花英良は、あたかも手足を延長したかのごとく銃を操り、その散弾をヒグマへと叩き込んでいたのだった。
その命を賭して仕込んだ、一世一代の芸。
阿紫花の指の動きは、ヒグマには常に読みとれていた。
しかしその指使いが、ブラックボックスたる糸を通して何を引き起こすのか、ヒグマにはついに理解できなかったのだ。
「で……ッ」
宮本明は、感動に震えるその口から、息を吹いた。
片手でしっかりと棍棒を握り直し、もう片手をデイパックの口にかけていた。
「でかしたぁッ!! ブロニーさぁん!!」
「いぇあああああぁぁああああぁあん!!」
地に転がるヒグマの顎を、明は棍棒で突き飛ばす。
体勢を崩したヒグマの口から、おにぎりが零れる。
そこへ間髪入れず飛びかかった、野猿のごとき人影。
ジャック・ブローニンソンが、その下半身を剣のごとくそそり立たせて、ヒグマの上を跳んでいた。
阿紫花英良も、宮本明も、その勝利を確信した。
しかし、このヒグマ――穴持たず5もまた、己の芸を出し尽くしてはいなかった。
おにぎりを取り落とした牙の隙間を、息が吹き抜ける。
神聖なる食事の時間を邪魔された怒りが、その口腔を震わせる。
今にもその首に飛びつかんとしていたジャック・ブローニンソンへ、このヒグマの憤怒は吐き出されていた。
超音波。
あたりに居た人間の内、ジャックの内耳だけがその攻撃を聞き取ってしまっていた。
人間離れした身体機能を有していたが故に。
鼓膜をつんざき、リンパ液を撹拌し、蝸牛管を破壊するかというほどの衝撃に彼は共鳴してしまった。
至近距離からの振動に、ジャックの意識は体から弾き飛ばされていた。
そして、そのまま彼の意識は、戻る肉体を失った。
「あ……、あ……!?」
「……マジ、ですかい……」
空を裂いたヒグマの爪は、ジャック・ブローニンソンの胴体を両断していた。
赤黒い飛沫をその軌跡に残して、彼の下半身は、上半身と別れ、恋しいヒグマとも一つになることなく、大地に落ちていた。
そしてヒグマは、動くことのできない人間二人へ、ゆっくりと近づき始める。
得体の知れない機構で脚を打ち抜いてきた人間。
聖なる鮭おにぎりをわざわざ叩き落としてきた人間。
初めは無視して構わないと考えていた。
しかしこの二体の人間も、放っておけば、また何かしら邪魔をしてこないとも限らない。
阿紫花英良も、宮本明も、今や彼の排除の対象だった。
「やめろぉ!! くるな……来るんじゃねえよぉ!!」
瀕死の阿紫花を置き去って、穴持たず5は当座の危険性がより高い、宮本明の方へ歩み寄ってくる。
明は、差し伸べた棍棒でヒグマとの距離を稼ぎながら、必死に後ずさりを試みていた。
もし、恐怖に完全に折れてヘたり込むか、殴りかかろうとすれば、その瞬間に明の動きは聞き取られ、その命も両断されてしまうことだろう。
阿紫花は、力の入らない手で、なんとか煙草を取り出して口にくわえていた。
火をつけてふかそうと思ったが、あまりに眠くて億劫で、もう左手は動かなかった。
「……アタシの、芸じゃ、足りませんでしたか……」
腕の落ちた右肩も、モツがチラ見している腹も、痛くもなんともなかった。
ただ、寒く、眠く、そして寂しさだけが残っていた。
初めて里帰りした黒賀村で、白い眼で見られたあの若い日のような。
初めて参加した人形相撲で、何もできることなく敗退してしまったあの幼い日のような。
口惜しさと絶望に満ちた、泣きたくなるような感覚だった。
『コネクト・プリーズ』
その時、阿紫花の耳元に、そんな囁きが聞こえていた。
頭元に、誰かがやってきた気配がする。
交わした約束は、忘れられてはいなかった。
『――願いが一つだけ叶うこと、覚えててくれたかな、エイリョウ』
「……ちょっと、遅かったんじゃねぇですかい……、キュゥべえさん……」
目の前で尻尾を振る白い小動物。
阿紫花は、煙草の端を噛んで、力なく微笑んだ。
「今更、どうにもなるもんじゃ、ありませんぜ……」
『魔法少女になりたくないのであれば、キミは無理にならなくてもいいよ。
もう、あのヒグマを倒せる魔法少女は、誕生したからね』
阿紫花の霞んだ視界の上に、その姿が見えていた。
その存在を捉えた穴持たず5が、森の上空を見上げる。
キュゥべえ、宮本明と仰ぐその空に、陽光を受けて金色に輝く人物が佇んでいた。
彼は真っ白なシルクハットを取り、眼下の者たちに泰然と挨拶する。
「はろぉう。
あんまりあなた方がグダグダ戦っているものですから、待ち切れなくて出てきてしまいましたよ」
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
阿紫花英良は、吹き出すように笑った。
腹圧で、傷口から小腸と血液が、更に少し漏れる。
「……ふ、ふ、はっ……。
結構、似合ってんじゃないですか、観柳の兄さん……」
森の上に浮遊している人物は、武田観柳その人だった。
しかし、彼が着ているのは先ほどまでのぼろぼろのスーツではない。
端々が金糸で縁取られた純白のジャケットに、金のリボンが裾を止めるシルクハット。
胸元には紫のシャツが覗き、補色を締めるように金のスカーフが巻かれている。
スカーフ止めのブローチは、一枚の金貨であった。
腰から下には、上品な金色をベースにしたチェックのプリーツスカートと白いソックスに、革靴。
英国の礼装である、キルトという服装に酷似していた。
彼は、絨毯のように綴られた紙幣の上に乗っている。
その紙幣――十円券の集合体が、彼を空中に浮かべているのだった。
武田観柳は眼下の森の惨状を見やり、唇を噛む。
上下半身を両断され絶命したジャック・ブローニンソン。
右腕を失い、腹部を裂かれ、今にも失血死に至らんとしている阿紫花英良。
棍棒分の距離を離して死を目前に控えた宮本明。
「……よくもまあヒグマの分際で、高い給金を払って雇った私の私兵をズタボロにしてくれましたねぇ……」
彼は静かに声を震わせながら、左手に持つシルクハットの内側を、下へ傾けていた。
その中から、ジャラジャラと音を立てて、大量の金貨が零れ落ちてくる。
一円金貨である。
その純度の高い金は空中で溶融し、一つの巨大な銃火器を形成した。
――回転式機関砲(ガトリングガン)。
身の丈ほどもある金色に輝く6つの砲門を構えて、観柳はその照準を眼下のヒグマに合わせていた。
「100年の時と、魔法が進歩させた最新式です……。明治の時のものなどとは比べ物にならない高性能。
――なんと金貨を一分間に6000発も発射するんですよ!!」
穴持たず5の聴覚には、雨のように視界を覆う弾幕の軌跡が予測されていた。
身の毛のそそけ立つような歪んだ笑みを浮かべて、白金の魔法少女が叫ぶ。
「レェ――ェェ……ッ、プレイッ!!」
隙間なく、連打を打って落ちる金色の暴風雨が森を切り裂いていた。
もはや猛獣の雄叫びの如き連続音にしか聞こえない銃撃が、穴持たず5の聴覚を埋める。
宮本明から離れ、勢いよく跳び退っていたその体にも、容赦なく弾丸が突き刺さる。
一発一発はその毛皮を貫くに至らないが、その衝撃は確実に体内に浸透し、皮下組織を痛めていく。
森の木々を盾にするようにして、身を隠しながら逃走を試みるも、空飛ぶ紙幣の絨毯に乗る魔法少女の機動力は、その動きに上空から確実に追従して余りあるものだった。
「オラオラどうした!! ヒグマの力自慢腕自慢はどうしたァ!!」
樹幹を縫いながら、長年扱い慣れた得物であるかのように、武田観柳はその巨大な機関砲を的確にヒグマの進路上へ差し向けていく。
阿紫花が片脚を撃ち抜いていたことが、正確な弾道予測能力を持つ穴持たず5をして被弾を許させていた。
防戦一方のヒグマは、着実に明たちのいた場所から離されていく。
その隙に宮本明はまず絶命したジャックの元に駆け寄り、本当に息が無いことを確かめると、阿紫花の元に走ってきていた。
明が裂けたコートの布地で阿紫花の肩を押さえようとするも、血は止まりそうにない。
阿紫花は血の気のない真っ白な顔で、依然として笑っている。
「……あんな、強くなっちまって、観柳の兄さんは……」
「おい、英良さん、喋るな! 今、どうにか手当てしてみるから……!」
『無駄だよ。キミが願いを使って魔法少女となりでもしない限り、エイリョウは助からないだろうね』
「ふざけんじゃねェ!! 観柳さんだって、無限に弾撃てるわけじゃねぇんだろ!!
やっぱり、魔法少女になったところでどっちにしろジリ貧じゃねぇか!!」
宮本明がキュゥべえに詰め寄ったまさにその時、間断なく聞こえていた銃撃音が止んでいた。
代わりに、唸り声を上げて空中に踊り上がる影が一つ。
弾切れに陥った武田観柳の元へ、穴持たず5の爪が飛び掛かっていた。
観柳は回転式機関砲を引いて、その身を翻した。
「贖いをせんか、無礼者めェッ!!」
観柳の足元に浮遊していた十円券が巻き上がる。
飛び上がっていた穴持たず5の視界を紙幣が埋め尽くし、観柳の蹴撃と共にその全身に張り付いていた。
森の中にすっくと降り立つ武田観柳とは対照的に、全身の動きを封じられたヒグマは、したたかにその身を大地に打ち付けていた。
宮本明たちが見守るその目の前で、魔法少女はそのヒグマに向けてとうとうと口上を述べる。
「……あなたは、私の私兵たちを毀損した賠償として、私の武器の実験台にならなくてはいけませんでした。
それが、よりにもよって私に歯向かってくるなど言語道断。
試用期間は直ちに終了。
投資資金は即座に回収。
あなたの全生命で、償却していただきます」
ヒグマは、その全身に絡みつく紙幣を取ることができず、苦悶に呻いていた。
回転式機関砲を形成していた地金が、一瞬のうちに一円金貨に戻る。
武田観柳は、その大量の金貨をヒグマに向けて投げつけていた。
一円金貨は、一つ残らずヒグマの全身に張り付く。
そしてそれに前後して、周囲の地面からも高速で次々と金貨がヒグマに向けて飛来してきていた。
「……お金には、力があります。そしてその力は、多ければ多いほど強くなる。
多額の資金を投資すれば、その利潤も多額でやってくるのが世の常。
資産家の下には、何をせずとも利を狙う太鼓持ちが寄ってくるのも世の常。
つまり、金の間には、引き合う『力』が存在しているのです」
武田観柳が、先ほどからガトリングガンの銃弾として撃っていたのは、やはり一円金貨であった。
弾丸としての殺傷能力はかなり低くとも、その枚数、約5000枚。
明治初期の初任給と比較して現代の貨幣価値に換算すると、その金額は優に1億円に迫る。
ヒグマの肉体を包む200枚の十円券は、総額4000万円。
回転式機関砲を形成していた大量の金貨に至っては、300億円近くに上る。
一つの都市の年間予算にも等しい貨幣が、そのヒグマの体に殺到していた。
一円金貨と十円券は、穴持たず5の中心へ向けて、その筋肉を潰し、骨を砕き、叫び声さえすり潰しながら集束していく。
そして観柳は、腰元に提げていた、金の詰まったがま口のバッグをその手に掴んでいた。
――彼の、武田観柳の最も得意な武器って、なんだと思います?
彼の得意武器として支給されていた品。
それも中には、現代で実際に流通する多額のピン札が詰まった一品だ。
「あなた方ヒグマがその超常的な強さを得るために、どれ程の実験と代償が支払われたか――。
それはそれは決して並大抵のものでは、なかったのでしょう。
ですが、それを可能にしたのは、有富とかいう研究者がつぎ込んだ資金。
金さえあれば、それ以上の力でさえ、たやすく手に入れられる!
この通り、一瞬にして!!」
金貨は穴持たず5の肉体を完全に挽き潰し、今やその肉体を金色の彫像のように固めてしまっていた。
白金の魔法少女が、そのがま口を振りかぶる。
「私の願いは、『金で全てを支配すること』!!
この確固たる因果律により手に入れた魔法が、『金の引力を操作する魔法』です!!」
詰まった札束が、巨大な撃力を生む。
金のヒグマ像を、がま口のバッグは真っ二つに一閃していた。
弾けるように朝の森に、金貨と十円券とが舞い飛んでいく。
金色の煌めきが埋める空へ、魔法少女がうやうやしくシルクハットを取り、お辞儀をする。
「……金。これこそが力の証なのです……」
減価償却されきった穴持たず5は、命なき肉骨粉と化して森の中に散った。
この後はただ窒素分に富んだ肥料となって、彼の存在は零れ落ちたおにぎりと共に、島の生命の環を流通していくことになるだろう。
降り注ぐ貨幣の雨を、シルクハットの中に全て吸い込んで、武田観柳はにっこりと微笑んでいた。
【ヒグマ5 死亡】
@@@@@@@@@
瞳にはただ、きらきらと輝く光だけが、映っていた。
どうしようもないこの眠気をも吹き飛ばしてくれるような、温もりさえ感じる輝きだった。
首もとが、誰かに掴まれた。
霞んでいた視界は、徐々に焦点が合ってくる。
頭の中に、直接響いてくるような声があった。
『キミの魔法は金に関するものだからね。
紙幣を詰めて止血し、回復魔法を行使したところで、医者を雇って治療に当たらせた程度の回復しか望めない。
延命はできるだろうけど、瀕死のエイリョウを生き返らせるのは難しいんじゃないかな』
「……私に、買い取れないものなどありません。医院全てを本腰を入れて買収すれば、腹部裂傷と四肢切断くらい治療できるはずです。
それよりもアシハナ。口ぐらい利けるでしょう。交わした契約、忘れたとは言わせませんよ!!」
朦朧とした視界に見えてきたのは、怒ったような武田観柳の顔だった。
襟元を掴み上げて、彼はいつにない真剣な表情で問いかけてきていた。
「私の持つ全ての金で、あなたはきっちり私を守るはずなのでしょう!
生き残って、契約を果たす意思を見せなさい! これ以上私に、採算を度外視した魔力の浪費をさせるつもりなのですか!!
損失が利益を上回って無駄になることが明らかになれば、その時点で私は延命を切ります!! 私は根が実業家なんですから!!」
「はは……、そんなに言えるくらい強くなっちまったんですから、もう、アタシの助けなんざ、いらないんじゃねぇですかい……?」
観柳が、唇を噛むのが見えた。
彼は乱暴に首筋を突き飛ばして、地面に落とす。
痛みは感じなかった。
そしてまた急速に、視界が霞んでくる。
ぼんやりと、遠くから観柳の声が聞こえてくる。
「……ならば、私はここに、新たな契約を提示します。乗るか乗らないかは、あなた次第です――」
決然と、その魔法少女は言い放っていた。
「――明治で成功した大商人である私を護衛できたことを、弟さんに自慢しなさい。
この時代にまで、大商人武田観柳の名を、轟かせなさい!!」
強い意志を秘めた、希望に満ちた声だった。
――難しいことを言いなさるねぇ、観柳の兄さんも。
明らかにその契約は、両者が無事に会場を脱出して帰ることを前提にしている。
それまでの過程をひっくるめて、実現させる『希望』を稼ぎ出すことを前提にした契約だ。
眠気もだるさも吹き飛びそうな、笑ってしまうような契約だった。
「……で。お代はいかほど、いただけるんで……?」
武田観柳は、その言葉を聞いて、胸の上に何かを乗せてきた。
白い小動物の姿が、眼前に霞んでいる。
「……あなたの、言い値です」
笑ってしまった。
火のない煙草が、口から落ちていた。
あまりに可笑しい。
自分の人形芸なんかより、よっぽど当意即妙で面白い返しではないか。
アタシの芸じゃ、平馬も笑わせられるか、わかんないですよねぇ……。
ヒグマさんにも、足りなかった。
人形相手になら、もっと足りないでしょう。
スカートも似合って、口も達者で、観柳の兄さんの方がよっぽど芸事向きですわ。
アタシもせめて人形使いとして、人形自身に満足してもらえるくらいの芸は、したかった。
戦いのさなかでだって。
笑う構造がなかったって。
今にも死にそうな意識の中でだって。
自分の機能も状況も忘れて、満面の笑みを浮かべてくれるように――。
「『もっと上手く、人形を操りたい』ですねぇ――」
……契約は成立だ。
そう、目の前の仲介人が、白い顔で笑っていた。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
ジャック・ブローニンソンは、轟々と流れる水の音で目を覚ました。
目の前に、煙草をくわえた目つきの鋭い男の顔がある。
その隣から、心配そうに覗き込んでくる見慣れた顔の青年。
「アキラ……」
「ブロニーさん! 本当に息を吹き返したのか!!
やっぱりあんた凄ェよ、英良さん!!」
「はぁ。ですが残念ながら、別に生き返った訳でもねぇんでさ。
アタシの魔力で、操り人形――木偶(デク)にしたって言った方が正しいでしょうねぇ」
ジャックが自分の腹部を見やると、そこには一度切断されてつなぎ合わされたかのように、皮膚に灰色の縫い跡が残っている。
臍の周囲には、その透き通るような灰色の糸で、歯車の形が刺繍されていた。
よく辺りを見てみれば、自分たちが乗っているのは、紙幣で編まれた巨大な絨毯の上である。
その平面が、海水に飲み込まれた森の上に浮遊しているのだ。
先ほどまでヒグマと戦っていたはずなのに、自分が意識を失っている間に何があったのだろうか。
「ブロニーさん、実はな……」
宮本明が話してくれたところによれば、先のヒグマに、自分は殺害されていたらしい。
魔法少女となった武田観柳がヒグマを討ち倒したものの、重傷を負った阿紫花英良も魔法少女にならざるを得なかった。
魔法少女と言うものの実体とそのリスクは、想像していたよりも遙かにブラックなものだったが、背に腹は代えられなかったのだろう。
阿紫花英良の魔法は、武器である糸を物体に繋げて操作するものらしい。
また、その延長として、物体を糸で接合・修復することにも長けているようだ。
破損していたグリモルディと言う人形や自分自身の肉体も、その魔法で復元することができたらしい。
「そうなんですが、ジャックさん。
アタシの魔法は厳密には回復魔法なわけじゃないですし、あんたの場合は、死んじまってる体を繋げて、アタシ自身の肉体と同じく、ソウルジェムから魔力を入れて動かしてるだけなんでさ。
アタシの魔力に余裕がなくなったらまた死体に逆もどりですし、アタシから100メートル以上離れても駄目ですからね」
「オールライト、エイリョウ。それでも十分だよ、サンキューね」
中腰になって顔色を伺ってくる阿紫花は、森の中で見た衣服とは違う衣装を着ていた。
コートは裾の短い真っ黒なトレンチコートになっており、ウエストがきっちりと絞られている。
そのボタンは血のように赤く、首もとの赤いネクタイと共に、コートの黒さとコントラストを作っていた。
両手にも黒い革手袋がはまっており、そこから透き通る灰色の糸がデイパックの中に続いている。人形に魔法の糸を掛けているのだろう。
特に左の手袋の甲には、歯車の形をした灰色の宝石がついている。魔法少女の証したるソウルジェムというものが、それなのだ。
腰から下を見やれば、コートの裾から、だぼだぼのワイシャツがフレアのように溢れている。
阿紫花の下半身は、黒いタイツを履いている以外は、そのワイシャツの丈で隠れているのみのようだった。
靴はそのタイツと一体になっており、先端が尖って反り返り、赤いアンクレットのついた、道化のもののようである。
上下半身のアンバランスさ・シュールさも相まって、より一層その道化感は強いだろう。
まじまじとその様相を見つめていた視線に、宮本明も反応する。
「……確かに、英良さんのこういう姿は、相当ニッチな人々にしか求められてなさそうだな」
「そういう言い方は止めてもらえませんかねぇ……。
アタシだって、ヤクザもんだか兄貴のお下がりだかピエロだかわからない衣装なんざわざわざ着たくありやせん」
振り返れば、絨毯の端で座っている武田観柳というのだろう人物は、キルト風の至極まともそうな衣装を着ている。
しかしそれを言うなら、自分の裸体と獣との絡みだって、重度のケモナーにしか求められてはいないだろう。
「ノープロブレムよ。オレもエイリョウと一緒だから」
「あんたと同レベルにされるとなおのこと辛いんですが……」
とにかく、そうしてヒグマとの戦いが終わり、阿紫花英良がジャックの肉体の修復を試みようとしたとき、火山から巨大な老人が出現してきたらしい。
第一回放送を考察するのもそこそこに、その威容に戦々恐々となっていたところ、さらに津波が島を襲っていた。
「ああ、別に私のお金で津波を堰き止めてもよかったんですが、そこまで大量の十円券を刷っても後々無駄になりそうだったので。
ブローニンソンさんは驚かれたでしょうが、天の鳥船だと思ってご勘弁くださいね」
武田観柳が、微笑みながらそう付け加える。
彼の魔法によって生産された紙幣の絨毯が飛び立ったところで、ちょうど修復されたジャック自身も
目覚めたものであったらしい。
二人を魔法少女にした当のキュゥべえは、武田観柳の隣で操真晴人に吊し上げられている。
ジャックにとっては、そのテレパシーは聞いていても、姿を見るのは初めてのことである。
頬を両手で摘まれている、無表情なウサギのような姿は、蘇り立てのジャックをして、生き別れていた下半身の元気を取り戻させるには十分な愛くるしさだった。
「……それにしてもあんたにとっては万々歳なんだろうなキュゥべえさん。
二人も魔法少女にして、早速魔力を使わせて、思惑通りってところか?」
『人聞きが悪いねハルト。そのお陰で君たちは全員助かったんじゃないか。
契約としても、対等な関係で結んだものだし、非難される謂われはないよ』
「こいつっ……!」
「まぁまぁ操真さん。キュゥべえさんは私と同じ単なる商人ですから。
何度も言うように、後は私たちの魔法の使いようです」
武田観柳が、操真晴人の手からキュゥべえを取って立ち上がる。
シルクハットの隙間から、なぜか数枚の金貨を周囲に浮遊させて、彼はジャックの元に歩み寄っていく。
その時、キュゥべえの脳内にだけ、観柳からのテレパシーが響いていた。
『……キュゥべえさん。あなたは、アシハナたちの窮地を、わざと遅く伝えてきましたね?』
血の凍るような、冷えきった声だった。
キュゥべえは驚愕に振り返るも、自分を抱えている観柳はとても朗らかな笑みを湛えている。
『な、何のことかな、カンリュウ……?』
『魔法少女になるのは私だけで済んだところを、あんな惨事になるまで情報を隠蔽して、自然に契約をもう一つ掠めるとは。考えましたねキュゥべえさん。
なかなかどうして私好みのやりかたですよ』
深い微笑みのまま、観柳はジャックの方に近づいてゆく。
キュゥべえの胴体に、観柳の指が食い込んだ。
インキュベーターの体構造は、その程度の損傷では問題にならなかったものの、彼はそのまま誰にも見えないように、キュゥべえの体内を指でかき回してゆく。
呻くようなテレパシーを押しつぶすように、観柳の口調が変化していた。
『だがなぁ……!! 昔から私は、見下されるのが大大大嫌いなのだよ!!
下手に出ているように見せかけてその実、えばりくさりのふんぞりまくり。
利益を稼ぐ手段は、こすっからく他人を出し抜こうとする詐欺師まがいの話術ばかり。
対等な駆け引きなど欠片もありはしない!
愚昧なガキどもを操って悦に入っているだけならまだしも、この武田観柳様までも手玉に取ったように振る舞っていることが、気に食わないんだよ貴様は!!』
『た、助けて!! エイリョウ! アキラ!』
キュゥべえは必死で、脳波の隙間からテレパシーを発しようと試みるも、周囲に漂う金貨にジャミングされているのか、その声は誰にも届かなかった。
観柳は清々しいほどの微笑みを浮かべたまま、キュゥべえの体を、ジャック・ブローニンソンに手渡していた。
「はい、ブローニンソンさん、どうぞ受け取ってください。
どうやらキュゥべえさんも、あなたを求めていたようです。
聞きましたよ。ヒグマ相手に欲求を発散できず、さぞや溜まっているのでしょう?」
「本当かい!? はぁああぁ……。
キューベーちゃんカワイイよぉお……」
とろけたような表情のジャックから、キュゥべえは逃れようともがく。
しかし、その体内には、先ほど観柳が撹拌していた指により、一枚の金貨が突き込まれていた。
体の空間座標を魔法で固定され、ジャックのヒグマじみた怪力に押さえ込まれた彼は、手足一本すら自由にはならなかった。
『こ、こんなことをして何の得になるんだカンリュウ!!
ぼくを殺したところで、代わりはいくらでも……!』
『役に立つうちは殺すわけないでしょう。
しかぁし、私たちや人間を見下してきた分、あなたは一回、その片鱗だけでも恥辱を味わってみれば良いのです。
貴様のような奴がいつまでも旨い汁を吸えると思うなよ。利益を取り立てるのは、貴様ではなく私だということを解らせてやる。
おぼこばかりを食い物にしてきたクソ淫獣が』
「うはぁああぁぁああああああん!!
キューベーちゃんの中、気持ちいぃよぉおおおお!!」
『わけがわからなアッー!?』
尻尾の付け根からジャックに深々と掘り抜かれたキュゥべえは、次の瞬間、口から大量の白濁液を噴出していた。
ジャックの股間の脈動に合わせて、赤べこのように首を振る彼のうめき声は、もう誰にも聞こえない。
観柳は浮遊する金貨をそっとキュゥべえの周りに寄せて、そのテレパシーを完全に遮断させていた。
「良かったですねブローニンソンさん。キュゥべえさんも、暖かくて気持ちいいそうですよ」
「おうおう……、これはまたアタシ以上に需要の無さそうな絵面だことで……」
「まぁ、ブロニーさんの武器がまだ健在だったことは、喜ばしい限りだな」
「それはそうと、下に向けて抜こうなジャックさん。折角の魔法のお札にかかるから」
「ああ、血も体液も、回収時に浄化しますから、気の済むまでやっちゃって構いませんよ」
「あぁぁあああはああああぁああああん!!」
その体内を汚辱に塗れさせながら、インキュベーターは、魔力係数が高いと見れば後先顧みずに飛びついてしまう自身の悪癖を、激しく後悔していただろう。
しかし、強欲に溺れた挙句、金に圧し殺された愚者の叫びなど、周囲の人間には誰一人として届きはしないのだった。
【G-8 森(観柳の十円券絨毯の上)/朝】
【宮本明@彼岸島】
状態:ハァハァ
装備:プルチネルラの棍棒@からくりサーカス
道具:基本
支給品、ランダム支給品×0~1
基本思考:脱出する
0:お金の力って凄ェ!!
1:英良さんの人形芸も凄ェ!!
2:ブロニーさんの精力も凄ェ!!
3:やっぱり魔法とキュゥべえさんはクソ野郎じゃねえかよちくしょう!!
4:兄貴の面目にかけて、全力で生き残る!!
5:あ、操真さん、いたのか?
【ジャック・ブローニンソン@妄想オリロワ2(支給品)】
状態:木偶(デク)化、キュゥべえを掘っている。
装備:なし
道具:なし
基本思考:獣姦
0:キューベーちゃんの中気持ちいいよぉおおお!!
1:動物たちと愛し合いながら逝けるならもういつ死んでもいいよぉ!!
[備考]
※
フランドルの支給品です。
※一度死んで、阿紫花英良の魔力で動いています。魔力の供給が途絶えた時点で死体に戻ります。
【阿紫花英良@からくりサーカス】
状態:魔法少女、ジャック・ブローニンソンに魔力供給中
装備:ソウルジェム(濁り小)、魔法少女衣装
道具:基本支給品、煙草およびライター(支給品ではない)、プルチネルラ@からくりサーカス、グリモルディ@からくりサーカス、余剰の食料(1人分程)
紀元二五四〇年式村田銃・散弾銃加工済み払い下げ品(0/1)、鎖付きベアトラップ×2
基本思考:お代を頂戴したので仕事をする
0:腰から下がスースーするんですがこの格好……。
1:手に入るもの全てをどうにか利用して生き残る
2:何が起きても驚かない心構えでいるのはかなり厳しそうだけど契約した手前がんばってみる
3:他の参加者を探して協力を取り付ける
4:人形自身をも満足させられるような芸を、してみたいですねぇ……。
5:魔法少女ってつまり、ピンチになった時には切り札っぽく魔女に変身しちまえば良いんですかね?
[備考]
※魔法少女になりました。
※固有魔法は『糸による物体の修復・操作』です。
※武器である操り糸を生成して、人形や無生物を操作したり、物品・人体などを縫い合わせて修復したりすることができます。
※死体に魔力を注入して木偶化し、魔法少女の肉体と同様に動かすこともできますが、その分の維持魔力は増えます。
※ソウルジェムは灰色の歯車型。左手の手袋の甲にあります。
【武田観柳@るろうに剣心】
状態:魔法少女、一円金貨約150万枚・十円券約1500枚を操作中
装備:ソウルジェム(濁り極小)、魔法少女衣装、金の詰まったバッグ@るろうに剣心特筆版
道具:基本支給品、防災救急セットバケツタイプ、鮭のおにぎり、キュゥべえから奪い返したグリーフシード@魔法少女まどか☆マギカ
基本思考:『希望』すら稼ぎ出して、必ずや生きて帰る
0:つけあがりやがってクソ淫獣が。搾取するのは貴様ではなくこの私だ。
1:他の参加者をどうにか利用して生き残る
2:元の時代に生きて帰る方法を見つける
3:取り敢えず津波の収まるまでは様子見でしょうか。
4:おにぎりパックや魔法のように、まだまだ持ち帰って売れるものがあるかも……?
[備考]
※観柳の参戦時期は言うこと聞いてくれない蒼紫にキレてる辺りです。
※観柳は、原作漫画、アニメ、特筆版、映画と、金のことばかり考えて世界線を4つ経験しているため、因果・魔力が比較的高いようです。
※魔法少女になりました。
※固有魔法は『金の引力の操作』です。
※武器である貨幣を生成して、それらに物理的な引力を働かせたり、溶融して回転式機関砲を形成したりすることができます。
※貨幣の価値が大きいほどその力は強まりますが、『金を稼ぐのは商人である自身の手腕』であると自負しているため、今いる時間軸で一般的に流通している貨幣は生成できません(明治に帰ると一円金貨などは作れなくなる)。
※観柳は生成した貨幣を使用後に全て回収・再利用するため、魔力効率はかなり良いようです。
※ソウルジェムは金色のコイン型。スカーフ止めのブローチとなっていますが、表面に一円金貨を重ねて、破壊されないよう防護しています。
※グリーフシードが何の魔女のものなのかは、後続の方にお任せします。
【操真晴人@仮面ライダーウィザード(支給品)】
状態:健康
装備:普段着、コネクトウィザードリング、ウィザードライバー
道具:ウィザーソードガン、マシンウィンガー
基本思考:サバトのような悲劇を起こしたくはない
0:巨人に津波に魔法少女に……先行きはどうなるんだこれは。
1:今できることで、とりあえず身の回りの人の希望と……なれるのかこれは?
2:キュゥべえちゃんは、とりあえず軽蔑。
3:観柳さんは、希望を稼ぐというけれど、それに助力できるのなら、してみよう。
4:宮本さんの態度は、もうちょっとどうにかならないのか?
[備考]
※宮本明の支給品です。
【キュウべぇ@全開ロワ】
状態:ジャック・ブローニンソンに掘削されている。
装備:観柳に埋め込まれた一円金貨
道具:なし
基本思考:会場の魔法少女には生き残るか魔女になってもらう。
0:アッー!!!!!!!???????
1:ひどいよ……こんなのってないよ……こんなの絶対おかしいよ……。
2:人間はヒグマの餌になってくれてもいいけど、魔法少女に死んでもらうと困るな。もったいないじゃないか。
3:とりあえず分体の連絡が取れなくなった
巴マミに、グリーフシードを届けたいんだけど、カンリュウ、頼むから話を聞いてくれ!!
4:道すがらで、魔法少女を増やしていこう。
[備考]
※
範馬勇次郎に勝利したハンターの支給品でした。
※テレパシーで、周辺の者の表層思考を読んでいます。そのため、オープニング時からかなりの参加者の名前や情報を収集し、今現在もそれは続いています。
最終更新:2015年12月13日 16:59