Tide
温泉の湯煙が朝靄となる。
その霞を透かす向こうに、対峙する二人の人物と一頭のヒグマがいた。
湯船の縁に、唸り声を上げるヒグマ――
メロン熊。
湯の中には、スーツを腰まで浸けて拳銃を取り出す男性――キョウリュウシアン。
その後方の岩場で、ヒグマに狙いをつけるもう一人――仮面ライダーゾルダ。
その二人の男は、全身をそれぞれ水色と緑のスーツに包み、異なった趣の仮面を付けている。
緑の男、
北岡秀一が持つ得物は、機召銃マグナバイザー。
機械的な面頬の隙間から、彼は正面のヒグマの様子を窺う。
――頭部に巨大なメロンのような物体を据え付けた、異様な姿のヒグマだ。
どのような行動、攻撃を行ってくるのか予測がつかない。
しかし今そのヒグマは、飛びすさった湯船の縁に立ち、同じくこちらを見定めるように睨みつけている――。
この膠着状態は、時間にすればほんの一瞬だっただろう。
それは、キョウリュウシアンのスーツに身を包んだ男、
ウィルソン・フィリップス上院議員がただちに動いていたからだった。
――このヒグマには、ガブリボルバーによる通常の銃撃、およびガブリカリバーによる斬撃はでは歯が立たなかった。
ならば最初から、最大威力の攻撃でぶちのめす――!
「獣電、ブレイブフィニィィィッシュ!!」
裂帛の叫びに、ヒグマの視線が彼の方へ動く。
――よし、やれっ!
北岡は、水色の男の行動に合わせ、拳銃の照準をきっちりと定めた。
雰囲気と気合いからして、まず水色スーツのおじさんが仕掛けるだろうことは予測通りだった。
ヒグマの防御力・瞬発力は侮れない。
自分のマグナバイザーではその身を貫けるのか、シュートベントでは命中させられるのか、微妙なところだった。
おじさんの攻撃に気を取られた瞬間に、マグナバイザーの銃弾で回避先の位置を塞ぎ、シュートベントを召還・発砲する――。
仮面ライダーゾルダの肉体は精密かつ機敏に動いていた。
視線を外しているヒグマに向け、マグナバイザーを乱射。
キョウリュウシアンの射線からも逃れられぬよう、メロン熊の動きを縫う。
同時に左手でベルトのバックルから逆手にカードを取り出し、マグナバイザー下部のカードリーダーに挿入。
――シュートベント。
瞬間、北岡秀一の肩には、二門の巨大な大砲が出現する。
彼の所持する銃火器の一つ、ギガキャノンであった。
ウィルソン・フィリップス上院議員が構えたガブリボルバーからその時、アンキロサウルスの頭部ような形状の光弾が射出される。
メロン熊は、弾丸の雨に移動を封じられ、動くことができなかった。
ヒグマはそのまま、あたかも恐竜に飲まれるようにキョウリュウシアンの砲撃を受けた。
爆発。
轟音と爆炎を上げて、その姿は湯船の縁から掻き消えていた。
「ブレイブだぜぇッ!!」
キョウリュウシアンが雄叫びを上げる。
手に持ったガブリボルバーを天高く突き上げ、ウィルソン・フィリップス上院議員はマスクの下に勝利の笑みを浮かべていた。
「……おいおい、一撃なのか。ヒグマを」
北岡秀一が援護する必要があったのかさえ疑問になってしまうほどの威力に見えた。
目の前の男が討ち漏らした時の保険として出しておいたギガキャノンは、全くの無駄になってしまったと言えよう。
浅倉と平気で打ち合っていたようなヒグマを、砲撃一発で消滅させてしまうとは、この男は相当の手練なのだろうか。
単に利用させてもらおうとしていただけの考えを、改める必要があるかもしれない。
水色のスーツの彼は、驚くばかりの北岡の方へ振り返り、握手を求めようとしてきた。
「……いやはや。キミの弾幕のお蔭できっちり仕留められたよ。ありがとう。
わしはウィルソン・フィリップス。アメリカ合衆国の上院議員をしておる」
「あ、ああ……。俺は弁護士の北岡秀一……」
湯船の中からざぶざぶと歩み寄ってくる上院議員に、北岡は手を差し伸べようとした。
右手は互いに拳銃で塞がっていたので、左手だ。
上院議員の左腕が伸び、ガブリボルバーを持つ右腕が後ろへ下がる。
何の気なしにそのを様子を、北岡秀一は見つめていた。
黄色と黒で塗装された、マグナバイザーと似た大型の拳銃だ。
そこからあれほどの高火力の弾丸が出るわけか――。
見つめるその銃の奥に、何か黒いものがあった。
何か、黒っぽくて、毛皮のようなものに、牙のようなものが見え、舌のようなものが覗いている。
つまり口のようなものが開いていた。
それが、彼の銃と右腕を、包むように閉じる。
目の前にまで差し伸べられていた、ウィルソン・フィリップス上院議員の左手が、彼ごといなくなっていた。
「おげぇぇぁぁぁ~~~っ!!」
「なぁッ!?」
メロン熊だった。
先ほど爆発によって消え去っていたはずのメロン熊が、上院議員の右手に喰らいついて、彼を振り回していた。
立ち尽くす北岡秀一の目の前で、数秒ばかりのカーニバルが開催される。
温泉の水面がウィルソン・フィリップス上院議員の肉体で弾けた音響を奏でる。
風を切るキョウリュウシアンの水色のスーツが、サンバのリズムで空中に踊る。
その右手から、血が湧き、肉が踊る。
水飛沫と血飛沫が、朝の光に煌びやかな舞台演出として降り注いでいた。
そして骨が砕ける音。
彼の体は手首からちぎれ飛び、空中をきりもみして、温泉の遥か向こうに水柱を上げていた。
閉幕後の奏者は、口の中に残った演奏道具の残骸をバリバリと噛み砕いているのみだった。
「うおぁあああああっ!!」
北岡秀一は、恐懼とともに拳銃を構えていた。
仮面ライダーゾルダの脳内で、みるみるうちに現状への認識が改訂されていく。
――こいつらが出現してきた時の状況から、推測しておくべきだったッ!
このヒグマは、『ワープ』ができるのだ。
恐らく鏡面から、ミラーワールドか何かを経由して別の場所に。
こいつはヒグマであって、ミラーモンスターな訳ではないし、ウィルソンさんだって仮面ライダーな訳ではなさそうだった。
単にミラーワールドから戻ってきたのではなく、れっきとした能力があったのだ。
こいつは決してウィルソンさんの砲撃でやられた訳ではない。
その爆発に紛れて、鏡面のような温泉水中にワープし、機を窺っていたのだ――。
マグナバイザーを連射していた。
動きを封じたところにギガキャノンを打ち込む――。
その作戦が成功してくれと、北岡は切に願った。
しかし、メロン熊の姿は、そもそもマグナバイザーの弾丸が着弾するより前にその場から消え去っていた。
どこだ――。
この場に存在する鏡面は温泉の水面のみ。
また温泉内の別の場所に消えたのか?
視線を走らせるゾルダの耳元に、風が走った。
「グォオオオオッ!!」
「だぁああっ!?」
ガードベントを取り出す暇など無かった。
咄嗟に反応して体を傾げたその時、庇うように向けていた肩のギガキャノンが片方吹っ飛ばされていた。
メロン熊の爪が振りぬかれている。
このヒグマは、一瞬にして北岡秀一の背後の空間に出現していたのだった。
――俺のギガキャノンの、金属光沢から出てきたのか!!
地面に転がりながら、残る一門のギガキャノンをメロン熊に向ける。
搦め手も牽制も意味なし。
最早残された道は、この一撃をどうにかして命中させることのみだった。
だが北岡の眼には、再び信じられない光景が映る。
開かれたメロン熊の口に、先ほど見たばかりの、眩いエネルギーが収束していた。
――獣電ブレイブフィニッシュ。
「おあああああああっ!!」
ギガキャノンが砲火を上げたのと、メロンのような形状をした光弾が射出されたのは同時だった。
至近距離で衝突した火砲はまたもや大爆発を引き起こし、仮面ライダーゾルダの体を塵芥のように吹き飛ばしていた。
~~~~~~~~~~
「ん~♪ メロンが甘くておいしい~♪
やっぱり友達と食べるデザートは最高だわ~」
百貨店の6階。見晴らしのいい最上階のレストランに、女子の幸せそうな声が響いていた。
大胆に半分に割っただけの冷えた果肉をスプーンで掬い、口内に運んでは蕩けた笑顔を見せる。
そんな黒髪の女子を、愛おしそうに見つめる少女がもう一人。
「佐天さんの元気が戻ってきたのが何よりですよ……」
ノートパソコンの画面越しに笑顔を向けて、少女も脇においたメロンを一口頬張った。
佐天涙子と、
初春飾利である。
窓際のテーブルに座る彼女たちの間には、惣菜やご飯が盛られていたであろう皿が、綺麗に浚われて残っている。
殺し合いの場とは到底思えない、瀟洒な雰囲気の食堂に、彼女たち二人は寛いでいた。
かすかな振動と共に、窓の外から二人のもとに轟音が届いてくる。
覗いてみれば、眼下の街道がまさに今、北方から押し寄せる津波に飲まれていくところだった。
自分たちが仮に、その中に居たのだとしたら。と想像して、二人の背筋が寒くなる。
「皇さんのおっしゃるとおりでしたね……。本当に津波が来るなんて……」
「んー……。見た目怖いけど、あの人が居てくれて助かったわ……。
傷の手当も食料調達も、デパ地下とか下の階が水没する前にできたわけだし……」
彼女たち二人は、アニラの指示により、急いでB-3の森を脱出していた。
超巨大なヒグマの進行方向を避け、C-4の市街地の家屋に避難する算段であった。
しかし放送直後、件のヒグマは火山から出現した謎の巨人に捻り殺され海に投棄されてしまっていた。
巨人も巨人で、大声で一人ごちたあと島外に去ってしまう。
3人とも、この島で起きる出来事は、往々にして理解の範疇を超えるのだ、ということだけは理解した。
佐天の火傷を氷で冷やしながら、アニラが次に向かうべく指示したのは高層のビル。
彼の感覚は、遠方で発生する地震と津波を捉えていたらしい。
百貨店で手分けしつつ食料や物資を調達し、最上階で一息入れたところで、即座に階下はこの様相であった。
冷静にヒグマや環境の状態を見据え、判断できるアニラがいなければ、彼女たちはどうなっていたかわからない。
当のアニラは、精肉売り場から持ち込んできた大量の生肉を抱えて、厨房の方に引っ込んでしまっている。
自分の食事の光景は一般の方には見苦しいものですので。と、二人に配慮したものらしい。
しかし、気を抜くと壁の向こうから、肉をちぎったり汁を啜ったりする音が聞こえるような気もして、考えようによっては却って怖い。
聞こえている気がするその音を振り払うように、佐天は今一度メロンを口に運んだ。
その両腕には包帯が巻かれており、全身の細かな傷にも手当てが施されている。
初春とアニラが、調達した物品で応急処置をしていたのだ。
食事と治療のお蔭で、疲労や痛みもある程度和らいだような気がした。
「……それにしても、あの皇さんって、何なのかしら。改めて思うけど、本当に自衛隊の人だった?」
「『独覚兵』っておっしゃってましたからね。“辰”の独覚兵、コードネームは『アニラ』だって……。
インターネットに接続できれば、主催者のメインサーバにハッキングするついでに調べようと思ってましたが……」
その竜のような外見を見れば当然浮かぶ佐天の疑問に、アニラはかいつまんで説明を与えていた。
新種のウイルスが脳のグリア細胞に感染し、『アーヴァタール(変身)効果』という症状により肉体が変形してしまったのだと。
アニラを含む12人がその、人間を兵器化する実験の被検体になっていたのだと。
そして、身体能力の超人的な向上と引き換えに、食人・食脳欲求があるのだということも。
パソコンを覗き込もうとする佐天に、初春は首を横に振る。
「そもそも接続ができませんでした。
まぁ……、そんな実験をしていたら、自衛隊の名簿からは除籍、または死亡扱いにされているでしょうから、ほとんど意味はないでしょうけれど」
「ああ、そうよね……。そんな症状があっても正直に伝えて、私たちを助けてくれた、あの人を信じるしかないのかしら……?」
その回答を聞いた時、佐天の心中には大きく後悔と劣等感とが去来していた。
人を殺したことに悩み、目の前の親友までも手にかけそうになったことへ、今一度恥じ入るしかなかったのだ。
佐天は、包帯の巻かれた自分の腕を見入る。
今の私には、人を殺せるほどの能力はないし、それに安心してもいる。
でも彼は、人を殺せる能力と人を殺し・食べたい衝動を持っていながら、まるっきりそれを自分の精神の支配下に置いている。
どこまでも冷静な価値判断の延長で、その衝動を道具として使いこなしているのだ。
それに比べて、私はどうだろうか。
私は左天おじさんと同じこの能力を得て、そんなに冷静にはなれなかった。
道具として扱えない能力を、今度は手放して喜んでいるのか?
そんなことで、初春を守れるのだろうか、私は……。
「佐天さん。大丈夫ですよ。能力があってもなくても、佐天さんは佐天さんです。
無ければ助けますし、佐天さんの能力なんて、いくら強くても私はへっちゃらです」
初春が、俯く私に笑いかける。
森の中で抱き合った時の暖かな言葉を、もう一度掛けてくれる。
私の脳内にはその時、ふと思い当たることがあった。
「……そう言えば、初春の能力って、『温度を一定に保つ』能力だったっけ。
初春は能力を使う時、どういうイメージをしているの?」
「ええと……。たい焼きとかアイスクリームとかを保温するときは、『熱運動がどこにも伝わらないようにする』、って感じですね。
でも、氷枕を長持ちさせる時とかパソコンのオーバーヒートを防ぐ時は、『熱が移動しても、触れたものの熱運動は元のままにする』って感じにもできます」
初春の能力と、私の『熱を吸収し、増幅して放出する』能力は、まるで鏡映しだ。
そして、レベル1と言いながら、初春の能力の使いこなし方は相当すごそうに聞こえる。
便利さでは私の能力を遥かに上回っているんじゃないか?
『もし佐天さんが、私を殺しに来ても、私は佐天さんなんかに、簡単に殺されてあげません!』
こう言っていたのは、初春の能力が私と正反対だったことを、あの時もう見抜いていたからだろう。
『第四波動』を使っても、初春と皇さんが焼けなかったのは、その能力のお陰なのだ。
……左天おじさんの言うとおり、皇さんにも初春にも、私が見習わなくちゃいけない点は山ほどあるわ……。
窓から見える晴れた空と津波の上に、佐天はその溜め息を深く流していた。
~~~~~~~~~~
北岡秀一は狼狽していた。
今までの人生で最大の混乱だった。
先の戦闘の後、メロン熊は吹き飛んだ北岡に止めを刺すことなく、忽然と姿を消していた。
その理由は不明であったが、とりあえず命が助かった喜びを胸に、彼は温泉に浮かぶウィルソン・フィリップス上院議員を救出する。
キョウリュウシアンに変身していたお陰か、あれだけメロン熊に振り回されていても上院議員に息はあった。
しかし既にその変身は解けており、ベルトと刀だけを残した傷だらけの中年の裸体が、右手を失った痛みに悶え呻いているだけであった。
なんとか上院議員を助け起こし、手当てのできる場所を探そうとしたが、彼の目の前には突如、数十メートルはありそうな巨大なヒグマが出現する。
慌てて進路を南方にとって逃走し始めたところで、今度は火山から大男が現れ、そのヒグマを放り投げてしまった。
幸い、その大男が踏み潰して去っていった方向とは異なった位置にいたため助かったが、彼にとっては訳の解らないことの連続でしかない。
北岡が肩を貸している上院議員に至っては、
『そうか、わしが上院議員だからだッ! 上院議員にできないことはないからだッ! ワハハハハハハハーッ』
などと叫びながら、全身の痛みと恐怖に、気が振れてしまったかのように白目を剥いていた。
二人とも、放送も碌に聞ける精神状態ではなかった。
しかし、その混迷ももうすぐ終わるはずだった。
目の前に市街地が見える。
住宅やビル群が立ち並び、商店もある。
傷口をタオルで圧迫しているだけの上院議員にも、ようやくまともな手当てと衣服を提供できるだろう。
北岡の肩に回す右腕から血を滴らせ、ウィルソン・フィリップス上院議員は先程からうわ言のように同じ言葉を繰り返していた。
「……これは夢だ……。この上院議員のわしが死ぬわけがないッ……。夢だ……夢だ……」
「ああ、ウィルソンさん。あんたは死なない。もう少しで手当てできるから……。
こんなに訳の解らん殺し合いやヒグマからは一歩引いて、休めるからな……」
仮面ライダーゾルダの変身を続けたまま、北岡秀一は周囲を見回しながら一歩一歩進んでいく。
不安から解き放たれる瞬間は、もっとも油断を生みやすい時だ。
隣の上院議員の体温は、気化熱による湯冷めだけでなく下がっていく。
本当に助けるのなら、一刻の猶予もない。
しかし、いつまたヒグマや、浅倉のような参加者に出会うとも限らない。
その時には、ウィルソン上院議員には悪いが、盾になってもらうしかあるまい。
だから何が迫ってきても対応できるように備えて――。
「……ん?」
注意深く歩んでいた北岡の耳に響いてきたのは、低い水音だった。
それは止むことなく、どんどん大きく、近くなっていく。
振り向いた彼の眼に飛び込んできたのは、後方の細い木立をなぎ倒しながら視界いっぱいに進んでくる、津波だった。
「――なぁッ!?」
狼狽。混乱。
それで済めばどれだけ良かっただろうか。
ウィルソン・フィリップス上院議員のように現実逃避できればどれだけ良かっただろうか。
自分の抱える不治の病や、自分の弁護によって買った恨みから逃れられれば、どれだけ良かっただろうか――。
流れる大量の水に飲まれ、川面に流される木の葉のようにたゆたいながら、北岡は思う。
――世界には、絶対英雄になれない条件が一つある。
「うおおおおおおおおおぉぉぉぉーーッ!!!」
仮面ライダーゾルダの機械的な仮面から、血を吐くような叫びがほとばしっていた。
津波の水面上に顔を出した彼は、すれ違っていく建物の外壁を必死で掴み取った。
小さなビルの非常階段に体を持ち上げ、片手の力だけで自分を引き起こす。
「ウィルソンさん!! あんた生きてるかッ!?」
「ごぼっ……がぼっ……!! た、助け……」
津波の冷えた水中に腰まで飲まれたまま、しかしそれでも、生を求めて喘ぐ男が、北岡には繋がっていた。
北岡秀一の左手は、しっかりとウィルソン上院議員の手を掴んでいる。
――英雄というものは、英雄になろうとした瞬間に失格なのだ。
華々しい伝説は、その華々しさを求めた行動の末にはない。
カッコよくて、金になる、そんな弁護士の生活も、地道な作業を惜しんでいたら成り立たない。
いくら泥臭くても、自分の命、一つの命を地道に救って行った末に伝説の道は開ける。
どんな手段を使おうが、一つ一つの出来事と証拠を地道に拾っていくことで、黒を白に、白を黒に変えていく華々しい力は得られる。
他の参加者の信頼を得るためには、一人の命くらい救っておかなくては格好がつかない。
ウィルソンさん、あんたをどう利用させてもらうことになろうが、まだあんたにいなくなられちゃ困るんだよ――!
中年男性からの返答に安堵しつつ、彼はウィルソン上院議員を階段の上に引き上げようとした。
仮面ライダーの筋力なら余裕であろう。
だが、北岡の腕に感じられていた重みは突然、上半身が水面に引き込まれそうになるほどに増加していた。
「うぎゃあああああっ!!」
上院議員の咽喉から苦痛の叫びが上がる。
北岡秀一は、その水中に、上院議員の脚を引く、何者かの影を見た。
赤黒い影は、津波の急流からぬっと顔を上げ、長い犬歯をむき出しにして笑っていた。
『……どうした人間。津波程度で慌てるな。お前たちが倒すべき化物は、ここにいるぞ』
その影は一頭のヒグマであった。
血液のような赤黒い毛並みをおどろおどろしく水流に揺らし、上院議員の脚をがっしりと掴んでいる。
その重量が、上院議員と北岡を再び津波の濁流に飲み込まんと彼らを引いていた。
不可思議なことに、そのヒグマの前脚からは、赤黒い血管のような毛が伸びて、上院議員の脚に融合していくかのように絡み付いてきている。
そして、そのヒグマはどうやら、そこからウィルソン上院議員の血液を吸い上げているようにすら見えた。
津波の激流にも離れそうにはない。
ウィルソン上院議員の関節が悲鳴を上げる。
「助け、助けてくれぇーッ!! いやぁだぁぁ~ッ!!」
『どうした? まだ手首がもげ、全身打撲し、服を剥かれ冷水に浸かり脚をヒグマに掴まれただけだぞ。
お前たちの力はそんなものか……?』
「ぐ、あ、ああああっ……!!」
不気味な哄笑を漏らすヒグマ――ヒグマードに向け、北岡秀一は震える手でマグナバイザーを構える。
脚だけで浸水する非常階段の上から滑り落ちぬよう体重を支えるのは困難を極めた。
左腕は津波の中のヒグマと議員の重量を支えて、今にも抜け落ちそうだ。
右手の拳銃を津波の中のヒグマに構えた時、ふと北岡秀一の頭上に影が差した。
その毛皮から滴り落ちる海水が、仮面ライダーの緑のスーツを濡らす。
顔を振り向けた北岡の視界には、もう一頭のヒグマが立ちはだかっていた。
「あ、ああ……!? うあああああぁぁぁっ!!」
彼らと同様に津波で流され、そのヒグマ――穴持たず9は階段の踊り場にまで上ってきていたのだ。
冷たい水飛沫を振り飛ばしながら、彼は手榴弾をも打ち返したその前脚の爪を、振りかぶっていた。
~~~~~~~~~~
レストランの中で、初春と佐天の二人はノートパソコンの画面を睨んでいた。
コマンドプロンプトの黒い画面に数行の文字列が表示されるが、初春の表情は芳しくなかった。
「やっぱり、何度試してもネット接続ができませんね。
……ほんの一瞬だけ電波の発信がありましたが、基本的に今は主催者側のネットはオフラインみたいです。
サーバが一度落ちてしまったのかも知れません」
「じゃあ、この殺し合いのデータとか脱出方法とか、わからないってこと?」
「残念ながら大部分は……。でも、一部ならわかりそうです」
「へぇ? そりゃまたどうして」
「このパソコン、研究所の職員のお古です」
初春に支給されたノートパソコンは、中身のデータを全て、ゴミ箱に捨てて空にしたものであった。
だが、インターネットに接続できなかったのは、決してそのパソコンの中からブラウザソフトが消去されていたからではない。
データを復旧する作業など、初春にはメロンを食べる片手間にもできてしまったし、接続さえできればウェブページもブラウザ無しに閲覧できる方法は知っている。
何か、主催者側にトラブルでもあったのだろうかと推測させる状況だった。
「……放送での死者は44名。相当な人数ですし、あと何人参加者が生存しているのか……」
「名前が『
なんか7が三つ並んでる名前の外人』とか、有冨さんが本当に参加者を把握してるのかさえ疑問になってくるわね……」
コマンドプロンプトを閉じて、まず初春が画面に開いたのは、放送された死者をメモしたテキスト。そして島の地図だった。
放送が機械音声で行なわれたことも気になる。
佐天や初春がかつてSTUDYと対峙した時には、有冨春樹は必ず放送で呼びかける時は肉声で、しかもご丁寧に顔までスクリーンに映し出したりしていた。
基本的に、彼は自分の研究を認めてもらうがために事件を起こしていたきらいがあるので、当然、今回も目立ちたがろうとするのではないだろうか。
機械音声で放送をするとしても、有冨なら、ヒグマの能力の自慢だの嫌味だのの一つでも入れ込んでくるのではないだろうかと二人には思えた。
違和感は拭えない。
復旧したデータと照らし合わせながら、初春が佐天に説明する。
「あと、この島は元々、学園都市肝煎りの保養地だったみたいですね」
「ああ、温泉が一杯あるものね」
「隔絶された生態系と温泉のお蔭で、研究者が好んで利用してたみたいで、地下には研究所、地上には商業施設・住居・事務所など、小さい島にしては大分完備してるみたいです」
四方が崖に囲まれ、周囲と隔絶されたこの火山島に、百貨店やビル群など、こんなにも沢山の施設が並んでいたのには、そういう理由があったらしい。
野生のヒグマを初め、特異な環境に興味を示す研究者は多く、地上に事務所を構え、年中温泉と職場を行き来する贅沢な生活設計をしていた者も多いようだ。
しかし、どうやら人口の配分が研究者に偏りすぎたようで、最終的に、肝心の温泉の数が多すぎて管理運営が行き届かず、次第に廃れてきてしまっていたらしい。
島外への移動手段は、島の西にある海食洞からのフェリー。
または、直接ビルの上にヘリで来る者も多かったようだ。
この海食洞は地下研究所に繋がっており、エリアで言えばE-5の火山の麓にある大エレベーターから地上に出れるようになっている。
「火山か……。さっきの巨人に踏み潰されて、このエレベーターっていうのは無くなってそうよね」
「この地下研究所が主催者の本拠地だとすれば、多分サブの連絡通路がどこかに用意されているはずです。
問題は、地下もエリア外でしょうから、潜入するにはまずこの首輪をどうにかしなきゃいけないってとこですね……」
初春は島の来歴をさらに手繰る。
「そして、最終的にこの島は、STUDYが堂々と学園都市から研究用に買い取ってたみたいですね」
「島一個って、いくら地価が下落していて、学園都市内部のやりとりでも相当な金額よね……。
御坂さんに潰された後で、よくまあ有冨さんそんなお金あったわね」
「たぶん、スポンサーがいます。それも、相当な大企業かなにかがついてないと、こんなに大規模な実験はできませんよ」
そこで二人の脳裏には、アニラの語っていた『実験』に関しての情報がよぎった。
アニラは、『独覚兵』と『ヒグマ』は似ている、という旨の発言をしていた。
彼の場合は、独覚ウイルスの実験に、日本を代表する大企業『土方グループ』が出資していた。
また、『ケルビム』という、アメリカの四大財閥協定機関もそこに参入してきていたらしい。
兵器産業の一環としては、恐らくこのヒグマを用いた実験も垂涎の的なのだろう。
初春の操るカーソルは続いて、復旧したファイルから「
HIGUMA計画ファイル一般職員用抄本」というものを引き出してくる。
『Highly Intelligent and Genetically Uncategorized Mutant Animal(高知能遺伝子非分類突然変異種)』 通称【HIGUMA(ヒグマ)】
遺伝子に人工的に細工を施された上で、到底ありえない進化をした生物兵器の総称。
総称であるが故、それぞれの個体には共通点は少なく、ただ大枠として動物の「熊」に近い進化を遂げるものが多い。
そのため「熊こそが進化の終着点である可能性」が検討されている。
ヒグマのうち、一定の成果を記録した固体には『穴持たず』のコードネームが与えられる。
これは『遺伝子レベルでの欠陥(あな)がない』という、パーフェクトソルジャーの称号であり、同時に『これより実地訓練へ移行する』という新兵の呼び名である――。
「……これを読む限り、有冨さんたちが用意したヒグマは優に50体は下らないみたいですね。
原本があれば、もっと詳しく解るんでしょうけれど……」
「ご、50!?」
「参加者がそれより少ないということはないと思いたいので、多分私たち以外にも生き残っている参加者はいると思いますが、多いですよね……」
『穴持たず』というナンバーは、一応製作されたヒグマたちの通し番号の役割も果たしていたようだ。
しかし、STUDYの管理が杜撰だったのか、既に10番台から重複や欠番が発生しており、通し番号としては大分形骸化している。
簡単に記された初期のヒグマたちの情報を流し見るに、佐天の目に留まるものがあった。
穴持たず2、工藤健介である。
「……この人、本当にヒグマだったんだ……」
ヒグマの皮を被り、『ヒグマになる』ことで羆に勝とうとした空手家。
つい数時間前に佐天が争い、殺してしまった男だった。
自衛官だった皇魁も、今や、『アニラ』というコードネームを与えられ、獣のような姿と化している。
――『独覚兵』と『ヒグマ』は似ている。
元々人間だったと思われるヒグマは、工藤健介、
樋熊貴人、烈海王と、少なくとも3人の名前が記載されていた。
樋熊貴人という名を見た時、初春が珍しく醒めた表情をしていたが、その理由はわからない。
彼らは、自分の意志で『ヒグマ』になることを望んだのだろうか?
力を求め、人を殺し、人を食すことを望んだのだろうか?
そして、私も。
私は一体、この能力に、何を望んでしまったのだろうか――?
顔を伏せてしまう佐天の腕を初春が掴む。
「仕方ないですよ佐天さん……。佐天さんが助かるためには、この人を倒さなきゃならなかったんですから。
この津波でも――」
窓に振り向ける初春の視線は、暗い。
眼下に渦巻く津波の濁流を見て、噛み殺すように語った。
「『津波てんでんこ』っていう言葉があります。
津波が来た時は、親子でも、友人でも、各自がそれぞれ自分の身だけ守って逃げなさいと――。
他人のことを助けようとしたら、津波やヒグマに飲まれて皆が死んでしまうんです。
だから、佐天さんや私たちが自分の身だけを守っても、誰も、責めませんから――」
そう言いながら、初春は固く目を瞑っていた。
~~~~~~~~~~
佐天と初春の会話が、厨房の外から聞こえていた。
あそこまで、深い調査と考察が彼女たちにできるのだとは、思っていなかった。
佐天は体調の回復も良好なようだ。
脱出のための部隊の編成には、着実に近づいてきている。
しかし問題は、初春の言及にもあったように、残っている参加者の人数と存在しているヒグマの頭数である。
6時間で死者44名。
最低でも50頭以上。
どちらも、かなりの多さだと言えよう。
そして、火山の噴火と、そこから現れた巨人としか言いようのない生物。加えて、目下起こっている津波。
立て続けに大規模な災害が起こっている。
それら災害によっても何人が死亡するかわからない。
早急に救助に向かわねば、部隊を作るための参加者がどれだけ残るかも怪しい。
だから、この光景を彼女たちに見せるわけには行かない。
今の自分は、鉤爪が使えない。
十分な食肉により養分は摂取したものの、現在脱皮中にある身は、鱗による防護能力、爪による攻撃能力のいずれも大幅に低下している。
ヒグマであれ何であれ、戦闘においては、一撃の致命傷を与えられるか否かで勝敗は決する。
如何にすれば、現在の自分の状態で、対象に先んじて致命傷を与えることができるだろうか?
救助に向かっても、助けられない公算が高い。
佐天の能力と体力が万全ならば、助力を仰げただろう。
初春に直接的戦闘能力があれば、助力を仰げただろう。
しかし、彼女たちには休息していてもらわねばならない。
だから、この光景を彼女たちに見せるわけには行かない。
厨房裏の窓から眼下に望む津波には、2名の参加者がいた。
水没しかけた小ビルの非常階段に上がり、津波の中に懸命に手を差し伸べている男。
また、その津波に飲まれかけ、伸ばされた腕へ必死にしがみつくもう一人の男。
そして、彼らを狙うヒグマが、2体。
今にも、彼らを食さんと、急速に接近している。
『他人のことを助けようとしたら、津波やヒグマに飲まれて皆が死んでしまうんです――』
2体のヒグマを倒し、彼らを救助できる能力が、自分たちにあるだろうか。
『だから、佐天さんや私たちが自分の身だけを守っても、誰も、責めませんから――』
上官のいない今の自分に、描ける作戦行動は――。
~~~~~~~~~~
佐天は、テーブルを叩いていた。
初春がその音にびくりと身をすくませて振り向く。
きれいにくりぬかれたメロンの皮が床に落ちた。
「……初春。それ、本気で言ってる……?」
佐天は、俯いた顔の下で唇を噛んでいる。
「初春だって皇さんだって、私を助けてくれたんじゃない……」
「……本気ではあります。逃げたって、誰も責めません」
顔を上げた佐天を、同じく唇を噛んだまま、初春がまっすぐ見つめてくる。
その眼には、涙がたまっていた。
初春はポケットから腕章を取り出し、自分の肩口にしっかりと取り付けた。
「でもやっぱり、そう簡単に諦められません!!
私は風紀委員(ジャッジメント)です! みんなを守るんです!
自衛隊の人とか、警備員の人とか、弁護士、議員さん、そして他のどんな人も……。
みんな絶対、人を助けたい、諦めたくないって気持ちは、持っているはずなんです!!」
テーブルの上のパソコンが揺れるくらいの勢いで、初春は立ち上がっていた。
荒い息をつきながらも、左袖の腕章を、しっかりと佐天に向けて見せる。
佐天は、その初春の体を抱きしめていた。
「……そうだよね。私も、諦めたくない。
助けを求めている人がいたら、今度は私だって、全力で助けるよ――」
体の奥底に、白い炎が燃える。
三日月のような歪んだ炎が、くるくると回りながら脊柱を駆け上る。
殺してしまった工藤さんのためにも。
親友の初春のためにも。
助けてくれた皇さんのためにも。
助けを待っている左天おじさんのためにも。
帰りを待っているはずの学園都市のみんなのためにも――。
私がこの能力に望むことは、決まった。
もう、見誤らない。
私は、この歪んだ能力を支配下において、人を助けるために、使いこなしてやる。
~~~~~~~~~~
万事休す――。
確かにそう思った。
マグナバイザーを振り向ける前に、俺を襲うヒグマの爪は振り下ろされる。
爪から滴ってくる海水が、朝日に照ってはっきりと目に映る。
晴れた空に、ひと塊の白い雲。
そしてその空に一点、夜のような黒があった。
流れ星のように動くその夜が、爪を振り下ろそうとしていたヒグマの肩に降り立っていた。
「グァァアアアァ!?」
血がほとばしっている。
しかしその血は、俺のでもなければウィルソンさんのものでもなかった。
ヒグマの血だ。
そのヒグマは、両の眼球を潰され、目と耳から血を噴き出していた。
悶絶するヒグマの肩に乗っている何かが、白い牙を剥いた。
竜だ。
真っ黒な、夜のような色をしたドラゴン。
それが、足の爪でしっかりとヒグマの肩口を抑え、両手の爪を眼球と耳の中に突き入れて、その頭蓋を抱えるように持っている。
脱皮をしているかのようなふわふわした鱗のカスが、風に舞い飛んで行った。
澄んだ剣の刃金の振動するような音が、その竜の咽喉から漏れる。
「アギイィィィィィィィィィィィィ――」
ぶきぶきと、ヒグマの首が音を立てて伸びていく。
苦悶するヒグマの顎から、血が溢れていく。
首筋の毛皮が、筋肉が、血管がちぎれ、そのヒグマの頭が頸椎から折り取られる。
撓めた全身の筋肉を背筋から引き延ばし、その竜は、弾けるように引き抜いたヒグマの頭部を頭上に掲げていた。
竜はそのまま、跳んだ。
撓めていた背筋が、今度は弓のように反り返る。
逆Cの字を描く竜人のシルエットが、ヒグマの体から溢れる真っ赤な血に映えた。
右手で掲げるヒグマの頭部が、あたかもボールのように肩の後ろに構えられる。
空中を跳ぶその姿が、一瞬本当に静止するかのように宙に瞬く。
ハンドボールのシュートとか、バレーボールのスパイクとかの、一流選手が繰り出すような美しい動作だった。
「――ィィィィィィィィィィィィィル!!」
竜は、ヒグマの頭を津波の中に投げつけていた。
先ほどまで哄笑していた赤黒いヒグマの顔が弾け飛び、大きな水柱が上がる。
その竜人が狙っていたのは、ウィルソンさんの脚を掴んでいた、あのヒグマだった。
階段の手すりに降り立った竜人は、素早くウィルソンさんの右腕を掴み、俺のマグナバイザーと津波の中を指さしてくる。
『ククククク……、人の姿を捨ててもなお心根を持ち動くか人間よ……。
だが、私を倒すにはまだ足りんぞ……』
「ひぃいやぁぁ!?」
津波の水柱が収まると、ウィルソンさんの脚に未だ掴まっているヒグマの胴体が見えた。
そして、獣のような人間のような、得体の知れないざらついた哄笑。
ウィルソンさんの脚に絡みついた血管のような毛が、その絡み方を一段と強めている。
それどころかむしろ、その毛はウィルソンさんの体を更に這い登ってきているようにすら見えた。
隣の竜が首を引きちぎったヒグマの死体から、ぼたぼたと水中に血が流れ出している。
赤黒いヒグマは、あたかもその血液を吸い取って、ダメージを回復させているかのように見えた。
頭が吹き飛んだはずの赤黒いヒグマの胴体から、ぶくぶくと血が噴出すように、再び頭部が生えてきていた。
~~~~~~~~~~
月に昇っていく透き通った剣のような声が、私の耳に届いていた。
昔、確かに聞いたような、狩りの心を呼び起こすような歌。
「皇さんの声!?」
「え、何か聞こえましたか、佐天さん!?」
隣の厨房からではない。
外だ。
窓を開けて、ごうごうと流れる津波の上に身を乗り出して見やる。
視界の右の遥か端。
――いた。
あの真っ黒なドラゴンのような姿、見間違うはずはない。
はす向かいの、水没しかけた小さなビルの非常階段から水中へ、誰か緑のスーツに仮面をつけた人と共に、手を差し出している。
階段の踊り場には、血を噴き出しているヒグマの死体。
水面には、怪我をしているみたいなおじさん。
そして、そのおじさんの脚に、禍々しい赤色をしたヒグマが、津波の中から掴まって来ているのが見えた。
「え……!? まさか、津波からヒグマに襲われている人が!?」
遅れて、初春がその光景を目の当たりにして叫ぶ。
振り向いた私と、初春の目が合った。
皇さんは、きっと、私たちより遥か先にこの状況に気づいて、あのおじさんたちをこっそりと助けに行ったんだ。
私たちを巻き込むまいと、一人で。
私が、怪我と疲労ばかりの、碌な戦闘能力もない小娘だったから――。
「佐天さん……。どうするんですか……?」
見開いた初春の瞳孔の奥。
その黒い瞳には、白い炎が映って見えた。
その袖には、緑色の腕章が留まっている。
「決まってるでしょう……!?」
助けに行く。
どんなに『津波てんでんこ』でも、諦められない。
現に、あの自衛官は、先陣を切って津波の被害者を助けに行っているんだ。
そのために、私はまた、この能力と衝動を、自分の奥底から呼び起こす――!
ほほが吊り上がる。
獲物を狙う獣のような酷薄な笑みが、私の貌に浮かぶ。
全身の細胞から白い炎が巻き起こり、三日月の軌道のような歪んだ円周をなぞって回転する。
その炎が、『自分だけの現実』に最適解を出力する。
目の前にいる、私の鏡映しの瞳。
私の掛け替えのない親友。
『彼女だけの現実』が、私に重なれば。
今の私でも、この歪んだ炎をきっと支配できる――!
私は、初春の手を掴んでいた。
「皇さんたちを助けるわ初春。一緒に、来てちょうだい。
『私の体温が、どれだけ熱を吸収しても一定になる』ように、協力して。
きっと初春が一緒なら、私はこの能力を、もっと使いこなせる!」
「……はいッ!!」
初春は、間髪入れずに頷いていた。
私の言っている意味も、どれだけそれが不確かで危険な賭けなのか承知していながらも、初春は強く私を見つめていた。
彼女の信頼をしっかりと背中におんぶして、私は窓枠を蹴る。
地上6階の高みから、眼下に広がる津波の上へと、私たちは勢い良くジャンプしていた。
私の手の周りから、空気が渦を巻く。
私たちの服をはためかせ、助けを求める人々の元へ、一陣の風が吹いた。
「『下着御手(スカートアッパー)』ーッッ!!」
「その名前どうにかならないんですかぁーっ!?」
~~~~~~~~~~
高校・大学と、成績は一番で卒業した。
大学ではレスリング部のキャプテンを務め……。
社会に出てからも、みんなから慕われ、尊敬されたからこそ政治家になれた……。
ハワイに1000坪の別荘を持っている。
25歳年下の美人モデルを妻にした。
税金だって他人の50倍は払っている。
どんな敵だろうとわしはぶちのめしてきた。
いずれ大統領にだってなってみせる。
見よ。
そのわしは今や、ヒグマに腕を食われ、脚を掴まれ、ツナミの中で臆面もなく泣き叫んでいる。
しかし、そのわしにも、未だに手を差し伸べてくれる市民が、人々がいる。
二人の男が、勇敢にもヒグマに立ち向かい、わしを助けようとしているではないか。
彼らの行いに応えずして、何の上院議員か。
何のブレイブか。
ああ、わしの背後にいるヒグマも、真理を語っている。
変身が解けた程度で、武器を食われた程度で、全身に怪我を負った程度で、上院議員ブレイブが折れてなるものか。
仮に例えば、本来ならば明日から行く予定だったエジプト視察の車中で、暴漢が運転手を殴りとばして乗り込んできたとしよう。
その時、暴行を振るわれ、人々を轢き殺すことを強要されたからとて、その男に従うべきだろうか。
言いなりにならなければ死ぬかもしれない。
しかし、言いなりになったところで、その暴漢がわしを殺さないとは誰が言える。
みんなに慕われてきたわしが、意味不明な殺し合いや、ヒグマや、暴行ごときでその想いを反故にしてしまえるか?
――いや、できない。
自分の命かわいさに、そんなもので矜持を失ってしまう上院議員など死んでしまえ。
今のわしは、同じく死ぬなら、少しでも皆の想いに応えて死ぬ!!
きみたちや他の参加者を危険に晒すくらいなら、ここで、このヒグマを道連れにして死んでくれる!!
身を捨ててこそ、浮かぶ瀬も、ある!!
わしは。
わしは。
ウィルソン・フィリップス上院議員だぞーッ!!
「北岡くん! 撃てぇッ! わしの脚ごと、このヒグマを撃ってくれぇッ!!」
~~~~~~~~~~
裸体の中年男性が、覚悟を決めた表情でそう叫んでいた。
先ほどまで自己の命だけを求めていた低体温症の眼差しに、今は確かに熱い意志が伺える。
他者の安全を守るために、その命を殉じると言うのか。
そして、視界の端に見える、百貨店から跳び降りてくる佐天と初春の姿。
気づいてしまったのか。
この状況を見ても、自分たちの状況を鑑みても、それでもその安全地帯から、前線の部隊を助けに降りてくるというのか。
無謀だ。
あまりにも無謀だ。
目前の標的たるヒグマは、想定以上の異常な回復能力を有していた。
自分の立案した作戦では、確実に2体のヒグマを、一撃で無力化できるはずであったのに。
だからこそ、自分は単身でこの場に乗り込んだのだ。
意気だけでは、人命救助などできない。
もはや、この場にいる人間全員は、自分も含めて、無謀で非合理的な雑兵の集団に過ぎない。
これだけの。
これだけの人員の意気を昇華させられる作戦を、この場で立案し、実行しなければ。
ここに集った兵卒の意気は、全て灰燼に帰してしまう。
――応えなければならない。その無謀さに。
自分の行動がそのまま、この男たちや女史たちへの嚆矢となるように。
人々がその命を賭す、この作戦行動の成功率が、僅かでも上昇するように。
自分も、かつて自衛官だった時分の過去を、培ってきた戦闘の経験を、次なる一撃に込める――。
アニラは北岡の左腕から、ウィルソン上院議員の左手を掴み取っていた。
津波の中に投げ出されそうになる体を、非常階段の手すりを片脚の爪で掴むことによって支える。
その状態で、伸びきった体が独楽のように捻られる。
その長い尾が、鱗の屑を振り払いながら、津波の海水面を深々と抉っていた。
流体中を高速で移動する物体の表面上には、ベルヌーイの定理により圧力の低下が起こる。
水中でその圧力が飽和水蒸気圧を下回ったとき、そこには沸騰した水からの微細な気泡が発生する。
キャビテーションと呼ばれるその多数の気泡は、収縮と膨張を繰り返しながら中心に収束し、強い圧力波と共に消滅する。
その爆縮の際、優に1万気圧ほどにもなる高圧のジェット流が、1ミクロンほどの細密な空間に連続的に殺到するのだ。
船のスクリューを壊食させ、テッポウエビが獲物を捕獲する際に利用するこの衝撃力。
名を、『気泡圧壊』。または『空洞現象』という。
その一撃が着弾したのは、ヒグマードの胴体の直近の水面であった。
アニラが水面下に切り込んだ尾の周囲に、まさしくそのキャビテーションが発生していた。
破裂音と共に、津波に水柱が上がる。
至近距離で爆撃を受けたに等しいその振動が、水中に漬かるヒグマの肉体を激しく震盪させていた。
ヒグマードの意識が刈り取られたのは、ほんの数秒の間だけだっただろう。
しかしアニラには、その数秒で十分であった。
「ラヒィィィィィィィィィィィィィィル!!」
~~~~~~~~~~
雄叫びを上げる竜が、水中から勢いよくウィルソンさんを引き上げてくる。
その竜人はウィルソンさんの腕を両方とも引き取って、俺の体を完全にフリーにしていた。
アクロバティックな動きで非常階段の手すりに脚で掴まり、彼は身を乗り出しながらその尾を海面に叩きつけた。
ヒグマは、その衝撃に気絶したように見えた。
竜はヒグマが脱力した瞬間にウィルソンさんを、その腹筋の力だけで非常階段の上に抱え上げてきて、空中にその脚を露出させる。
赤黒い毛と前足は、ウィルソンさんの膝元まで侵食していた。
――撃て。
と、爬虫類のような竜人の赤い瞳が、ウィルソンさんの力強い瞳が、俺に語っている。
生き残るか、死ぬか。
そんな極限の状況下で、この2人は、俺にその全ての決断を託そうとしている。
自分が生き残るという欲を、結局は誰もが果たそうとするこの殺し合いの中で、よくもまあ、そんな簡単に人を信じられるものだ。
そもそも、ウィルソンさんだって、赤の他人。
この竜人に至っては、お前むしろヒグマの仲間なんじゃないのかとツッコミたくなる姿だ。
それなのにこいつらは、無条件に俺を助けようとし、自分たちの生死を俺に放り投げてきている。
白か黒か、全てを俺の弁護に投げた。
北岡秀一は、仮面の下で笑う。
――でも結局、どう考えても俺の行動は1パターンしか、無いんだよね!!
「うらぁッ!!」
両腕で精確に照準を定めたマグナバイザーを、ウィルソンさんの膝下に向けて掃射していた。
声にならない呻き声を上げながらも、ウィルソンさんの体は黒い竜に確保され、階段の踊り場の上に共々転がり落ちる。
続け様に、マグナバイザーのスロットに、片手でカードを挿入した。
――シュートベント。
津波の上に響く音声と共に、俺の腕には巨大なランチャーが出現する。
『ぬ……うっ……!?』
赤黒いヒグマが、銃弾の衝撃に意識を取り戻す。
津波の激流に流されていくその肉体に、俺はしっかりとギガランチャーの狙いを定めていた。
「悪いけど、あんたみたいな凶悪そうなヒグマは、確実に殺させてもらうッ!!」
この状況は、恐らく相当なチャンスだった。
ウィルソンさんの肉体を取り込もうとし、竜人に頭部を潰されても再生する、妖怪じみたバケモノ。
こんなヒグマを生かしておいたら、後々どうあっても、今より悪い状況で命の危険に晒される。
仮にウィルソンさんや黒い竜を排除するとしても、真っ先にこいつだけは潰す!!
ギガランチャーの砲弾が水面に着弾した。
爆炎と共に、赤黒いヒグマの肉体も四散する。
勝利を確信した。
その俺の頭上から、哄笑が聞こえていた。
『いいぞ人間!! 楽しい!! こんなに楽しいのは久しぶりだ!!
さあ、お楽しみはこれからだな!!』
「なっ……!?」
空の高みに、爆炎で吹き飛んだ、ヒグマの首があった。
赤黒いヒグマの胴体が、その笑う首から、勢い良く再生していた。
血の雨を降らせながら、津波の圧力から開放された肉体で、そいつは俺に向かって、落ちてきていた。
夜が来る。
とてつもない迅さで、夜は俺の体を掠め取っていた。
その夜は、上空からは来なかった。
その夜は階段の踊り場から、ウィルソンさんを抱えたまま、降り注ぐ血の雨が津波に落ちるより速く、俺の体を隣のビルの屋上まで避難させていた。
あの、黒い竜人が、俺とウィルソンさんを、両脇に抱えていた。
「――ご心配なく。我々が撤退しても、今の両女史ならば、かの対象を処理し得ます」
笛のような声を紡ぐ、その竜人の視線の先。
津波の水面を氷結させながら走る、二人の少女の姿があった。
~~~~~~~~~~
「おおおおりゃあぁぁぁぁぁっ!!」
「頼みますよ佐天さぁぁぁぁん!!」
6階から津波へ。
風を纏いながら、私は『自分だけの現実』に三日月を回す。
白い炎で出来たその三日月に、周囲の熱をことごとく巻き込んでいく。
腕に。
肩に。
胸に。
腰に。
脚に。
首に。
瞳に。
全身が焼け落ちるほどの高熱を、世界から奪い取っていく。
着地する津波の海水面が、一瞬で氷結した。
覆い被さってくる後方の波も、押し寄せる瞬間に凍り付いていく。
おんぶした初春の手が、しっかりと私の肩に繋がっている。
その掌から『彼女だけの現実』が、私にも流れ込んでくる。
歪んだ三日月の炎が、その温もりに埋まる。
回転する月の内側から、初春の思いが充填されていく。
真球の月が回転する。
脊柱を伝って、全身を真っ白な炎の輪が回っていく。
会陰。
脾臓。
臍。
心臓。
咽喉。
眉間。
頭頂。
炎が上がり、そして下がる。
流れる炎が風を巻き起こし、体内の月の回転をどんどん早めていく。
駆け出す一歩ごとに、水面は凍っていく。
無量の炎が私の体内を駆け抜けて、『私達だけの現実』に燃え盛る。
大砲の爆発と共に水上に吹っ飛んだ、赤黒いヒグマが見えた。
遠くの皇さんが、一瞬だけ私と視線を交わして、その場にいた二人を連れて走り去る。
上空から落下するヒグマは、そこで初めて私たちの存在に気づく。
あたり一面にブリザードを吹きたてて、私は急停止しながら両腕を構えた。
その背中を、しっかりと初春が支えてくれる。
「佐天さん、お願いしまぁす!!」
「オッケェェイ!! これが、私と初春のツープラトンッ……!!」
皇さんたち三人が作ってくれたこのチャンス、逃すわけには行かない。
左天おじさんが導き、初春が保ってくれた、この私の熱い思い。
人を襲うあの赤黒い化物に、叩き込んでやるッ!!
『素晴らしい……。素晴らしい力だぞ人間ッ!!』
「『W(ダブル)第四波動』ーッッ!!!」
両腕から迸る二本の火柱が、笑い声を上げる赤黒いヒグマを飲み込んでいた。
斜めに上空へ向けて放たれた『第四波動』は、あたかも天を焦がす龍の咆哮のように燃えた。
南の空を、白熱した満月の渦が焼く。
跡形も無く、その赤黒いヒグマの体は燃え尽きていた。
波動を放ち終えた私たちのいる氷上に、皇さんたちが降りて来る。
皇さんは、その真っ黒な体に脱皮のカスをところどころ貼り付けたまま、私たちに向かって敬礼していた。
「――佐天女史と初春女史のご尽力に感謝いたします」
「……なに言ってんだか。私たちを見くびって、置いていったくせに」
「申し訳ありませんでした。次なる機会があれば、両女史にもご助力を仰ぐ所存であります」
皇さんのすべすべした腹筋に、軽くパンチをお見舞いしてやる。
脱皮していた途中なのか、皮はふにゃふにゃだった。
一発でもヒグマの攻撃を受けていたら、危ないところだったのではないか?
自分だって相当無理して救助に向かっていたのだろうに。
私たちに、そんなに配慮はしてくれなくてもいいのに。
自分にすら聞こえないくらいの小声で、私たちは呟いていた。
「――もう仲間なんだから、もっと信頼してよ」
「――委細、承知いたしました」
そこに遅れて、緑色のスーツに全身を包んだ男の人が、あの裸のおじさんを抱えてやってくる。
初春がその二人へ、慌てて駆け寄っている。
「お二人とも、大丈夫でしたか!? ひどいケガじゃないですか!?」
「……フフ……。最近の若い者は、本当にブレイブなことだ……」
「ひとまず助かった。お礼やなんやかや言いたいが、話は後だ。
俺は弁護士をしている北岡秀一という。とりあえず、手当てのできるところはないか!?」
「わかりました北岡さん。
佐天さん! 急いで百貨店に戻りましょう!」
意識の朦朧とした小太りのおじさんは、右手と左脚の下がちぎり落とされていて、全身が冷えと貧血で真っ白だった。
一刻も早くどうにかしなければ、このおじさんは死んでしまうだろう。
皇さんと目を見合わせて、私は北岡さんたちを案内しながら走った。
私と初春が凍りつかせた津波は、朝日を受けてきらきらと輝いていた。
もう、その氷河は、街のビル群に固定されて動かない。
これ以上、この近くで津波に襲われる人はいなくなるだろう。
満月を回すような、体がどこまでも広がっていくような感覚。
どこまでも白い流れが、私の体を運んでくれるようだった。
――ねえ、左天のおじさん。
私は、あなたを助けに行く道に、また一歩、近づけたかしら?
【C-4 街/朝】
【佐天涙子@とある科学の超電磁砲】
状態:疲労(小)、ダメージ(中)、両下腕に浅達性2度熱傷
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:対ヒグマ、会場から脱出する
0:とりあえず、北岡さんと、おじさんの手当てかな!
1:人を殺してしまった罪、自分の歪みを償うためにも、生きて初春を守り、人々を助ける。
2:もらい物の能力じゃなくて、きちんと自分自身の能力として『第四波動』を身に着ける。
3:その一環として自分の能力の名前を考える。
4:『スカートアッパー』って名前、ダメかしら……?
[備考]
※第四波動とかアルターとか取得しました。
※左天のガントレットをアルターとして再々構成する技術が掴めていないため、自分に吸収できる熱量上限が低下しています。
※異空間にエカテリーナ2世号改の上半身と左天@NEEDLESSが放置されています。
※初春と協力することで、本家・左天なみの第四波動を撃つことができるようになりました。
【初春飾利@とある科学の超電磁砲】
状態:健康
装備:サバイバルナイフ(鞘付き)
道具:基本
支給品、研究所職員のノートパソコン、ランダム支給品×0~1
[思考・状況]
基本思考:できる限り参加者を助けて、一緒に会場から脱出する
0:このおじさんを助けるには、どうすれば……?
1:佐天さん、元気になって良かった……。
2:佐天さんの辛さは、全部受け止めますから、一緒にいてください。
3:皇さんについていき、その姿勢を見習いたい。
4:一段落したら、あらためて有冨さんたちに対抗する算段を練ろう。
[備考]
※佐天に『定温保存(サーマルハンド)』を用いることで、佐天の熱量吸収上限を引き上げることができます。
【
アニラ(皇魁)@荒野に獣慟哭す】
状態:健康、脱皮中
装備:MG34機関銃(ドラムマガジンに50/50発)
道具:基本支給品、予備弾薬の箱(50発×5)
[思考・状況]
基本思考:会場を最も合理的な手段で脱出し、死者部隊と合流する
0:中年男性の体温の低下と出血が深刻である。早急な止血・補水・復温が必要であろう。
1:北岡という人物は、二心のある体臭をしている。利害の一致でこのまま協力できれば良いのだが。
2:残りの参加者とヒグマは、一体どういった状況下にあるのだ……?
3:参加者同士の協力を取り付ける。
4:脱出の『指揮官』たりえる人物を見つける。
5:会場内のヒグマを倒す。
6:自分も人間を食べたい欲求はあるが、目的の遂行の方が優先。
[備考]
※脱皮の途中のため、鱗と爪の強度が低下しています。
【北岡秀一@仮面ライダー龍騎】
状態:仮面ライダーゾルダ、全身打撲、変身解除するとスーツ腹部に血糊が染み付いている
装備:カードデッキ@仮面ライダー龍騎
道具:血糊(残り二袋)、ランダム支給品0~1、基本支給品
[思考・状況]
基本思考:殺し合いから脱出する
0:ウィルソンさん助かるのかなこれ……?
1:人徳に篤い好人物は演出できただろうから、まあウィルソンさんは死んでくれてもいいんだけど……。
2:それにしても、この黒い竜人は本当に人間なんだろうか。
3:なんだか大層な能力を持つこのお嬢さんたちに協力するのは良いけど、どう振舞うのが生き残りに効率がいいかによるな。
[備考]
※参戦時期は浅倉が
ライダーになるより以前。
※鏡及び姿を写せるものがないと変身できない制限あり。
※C-4エリアの津波は凍結し、D-4・D-5などの一部のエリアは津波の被害が減免されました。
~~~~~~~~~~
そのオフィスビルの屋上には、一匹のメスが倒れていた。
艶やかな金属光沢を見せる給水タンクの脇で、彼女は恍惚の表情を浮かべている。
纏わりついてきた邪魔者どもは蹴散らしたし、遠くまでワープもしてきた。
ようやっと落ち着いて、その身に刻まれた悦びに身を任せられるというものだ。
火山から巨人が出てこようが、下が津波に飲まれようが、別にどうでもいい。
たった今、上空を巨大な火柱が横切っていったが、自分には全く関係が無い。
下の窓ガラスを割って、中に入り込んできた人間がいるようだが、このオタノシミの方が優先だ。
メロン熊は、
鷹取迅に開発されたその感覚に酔いしれて、独り艶かしい吐息を吹き出していた。
【D-6:街(とある一棟のオフィスビルの屋上)/朝】
【メロン熊】
状態:喜悦
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:ただ獣性に従って生きる
1:悦びに身を任せる
[備考]
※鷹取迅に開発されたので、冷静になると牝としての悦びを思い出して無力化します。
※「メロン」「鎧」「ワープ」「獣電池」「ガブリボルバー」の性質を吸収している。
※何かを食べたり融合すると、その性質を吸収する。
※メロン熊がいるのは、
御坂美琴が侵入したビルの屋上です。
~~~~~~~~~~
佐天たち5人が去った後、小さなビルの非常階段の踊り場に、首のないヒグマの死体が放置されていた。
一帯の街道とその階段には、赤黒い雨の跡が点々と残っている。
氷河と化してしまった津波の表面が、太陽熱で徐々に溶けてゆく。
ヒグマの死体は、ひとりでにその濡れた階段の表面を滑り落ちてゆき、僅かに溶けた氷河の上をそのまま滑っていった。
ぶくぶくと、その首の断面が泡立つ。
赤黒い血の染みが、その肉体全体を覆い、静脈血のような色合いの毛並みとして広がってゆく。
ヒグマの肉体は、路地の裏にひっそりと滑り込みながら、泡立ち続けた。
『――素敵だ、やはり人間は素晴らしい……』
そして、その首から、新しい頭が生え出てくる。
ヒグマ6と、そして今、穴持たず9の肉体と融合した
アーカード――ヒグマードであった。
『こんなに殺されたのは久しぶりだぞ。記念日にしておこうかな……?』
彼の肉体は、一度は佐天と初春の放った『W第四波動』によって消失していた。
しかし、その直前の再生時に振り撒いた血の雨が、穴持たず9の死体に一滴だけ降りかかっていたのだ。
『そぉうか。お前も、人間に対峙していたのか……。氷を操る青年と、弾を投げる少年……。
期待できそうな人間は山のようにいるなぁ……』
穴持たず9の記憶をも吸収しながら、ヒグマードは思い返す。
最期の最後に、自分の命をも顧みず、残る者どもに発破をかけた裸体の男。
異形に身をやつしても人間の心を失わず、那由他の彼方の勝機に一撃を賭した竜の男。
狼狽と打算と人情の狭間にあっても、その天秤を適切な判断で傾けた緑の男。
その身に転輪する巨大すぎる力を、友との協力で利用してのけた黒髪の少女。
裏方に徹し、ぬかりなく他者の漏失を補っていただろう怜悧な花飾りの少女。
なんという者たちだ。
まるで“あの男達”の様だった。
100年前のあの日、私は全身全霊を以って闘い、そして完全に敗れた。
惜しい。
“あの男達”とのような闘いを、またやりたい。
今回の私は再生途中で、なおかつ津波の中で身動きがほとんど取れなかった。
また、再戦したい。
夢の様だ、本当に人間とは夢の様だ!
特に、あの裸体の男。
彼がもし、肉体的にも精神的にも万全の状態だったら、どうだった?
あの5人の中では、最も伸びしろがあったように思えるだろう?
あの男が後生大事にベルトに佩いていた刀。
私が彼の脚を離してしまう前に。
そこに、私の血でメッセージを刻み付けておいた。
『rave<レイブ>(狂喜を)』
私との再戦時に、もっと私を楽しませてほしい。
その願いを、あの男に捧げた。
そして、そこに更に一文字。
私に出会うまでの道中に、これを持って行け――。
『Brave<ブレイブ>(勇気をッ!)』
前へ、前へ、前へ、前へ、前へ、前へ、前へ、前へ!!
敵が幾千ありとても突き破れ!!
突き崩せ!!
戦列を散らせて、命を散らせて、その後方へその後方へ、私の眼前に立ってみせろ!!
“あの男の様に”!
あの年老いた、ただの人間の“あの男の様に”!
“あの男の様に”見事私の心の臓腑に、その刀を突き立ててみせろ――!!
あの程度の身体欠損で死ぬな。
必ずや、生きて帰って来い。
あの叫びを、人間の意気が詰まったあの叫びを、もう一度私に聞かせてくれ――!!
ヒグマードが心中で叫ぶその先。
ウィルソン・フィリップス上院議員の腰に、メロン熊に喰い残された、ガブリカリバーが下がっている。
その刀身には、どこか気高く、禍々しく、そして聖なる雰囲気さえ漂う、赤い5文字の英字が記されていた。
拘束制御術式の開放により、刀身とその血液は完全に同化している。
しかし、死と再生の間際に刻んだその僅かな血文字は、恐らく既に、ヒグマードの統御下を離れているだろう。
ただそこには恋文にも似た、化物から人間への羨望が綴られているだけであった。
【C-4 街/朝】
【ヒグマード(ヒグマ6・穴持たず9)】
状態:化け物(吸血熊)、瀕死(再生中)
装備:跡部様の抱擁の名残
道具:手榴弾を打ち返したという手応え
0:また私を殺しに来てくれ! 人間たちよ!
1:求めているのは、保護などではない。
2:沢山殺されて、素晴らしい日だな今日は。
3:天龍たち、
クリストファー・ロビン、ウィルソン上院議員たちを追う。
4:満たされん。
[備考]
※アーカードに融合されました。
アーカードは基本ヒグマに主導権を譲っていますが、アーカードの意思が加わっている以上、本能を超えて人を殺すためだけに殺せる化け物です。
他、どの程度までアーカードの特性が加わったのか、武器を扱えるかはお任せします。
※アーカードの支給品は津波で流されたか、ギガランチャーで爆発四散しました。
【ウィルソン・フィリップス上院議員@ジョジョの奇妙な冒険】
状態:大学時代の身体能力、全身打撲、右手首欠損(タオルで止血中)、左下腿切断、裸ベルト、低体温、大量出血
装備:raveとBraveのガブリカリバー
道具:アンキドンの獣電池(2本)
[思考・状況]
基本思考:生き延びて市民を導く、ブレイブに!
0:見所のある若者たちが多いな……。この島は。
1:折れかけた勇気を振り絞り、人々を助けていこう。
2:救ってもらったこの命、今度は生き残ることで、人々の思いに応えよう。
[備考]
※獣電池は使いすぎるとチャージに時間を要します。エンプティの際は変身不可です。チャージ時間は後続の方にお任せします。
※ガブリボルバーは他の獣電池が会場にあれば装填可能です。
※ヒグマードの血文字の刻まれたガブリカリバーに、なにかアーカードの特性が加わったのかは、後続の方にお任せします。
最終更新:2015年12月31日 08:26