言葉が通じないというのがこれ程までに苦痛を呼ぶ物とは、最初は思っていなかっただろう。
隔たりを埋めようとしても埋める事ができない。
誤解を解こうとしても解く事が不可能。
たった一度のミスが、たった一度の行為が、自分とデデンネとの間に壁を作ってしまうとは。
突如として襲ってきた奇妙なパッチールを、怨まずにいられなかった。
どうしてあそこでフザけた踊りをするんだ。
そのせいで自分はデデンネを殺しかけたぞ。
八つ当たりでも、せずにはいられない。

でもこうなってしまうという事は、所詮その程度の関係だったとも言える。
だってそうだろう。自分はヒグマで屠る側で、デデンネは葬られる側だ。
そんな彼が自分と仲良くなろうとする理由は一つしかない。
自分を守ってもらい、殺し合いの会場から脱出する。デデンネの狙いはこれであろう。
ヒグマという強力な後ろ盾を得ていれば、どんな相手からも身を守れるし、ヒグマが現れても対応できる。
だから仕方なく。
だから怖いけど。
生きるためには。
そうするしか、なかった。

それでも……それでもだ。
例え一方通行の信頼だろうと構わない。
自分にとっては初めてできた、仲間なのだから。
幸せをくれた、仲間なのだから。


□□□




黒い生物に襲われる前に絶影を再構成し空中にテレポート、跳躍。
体は限界を迎えようとしているが、構わず眼前に聳える崖目掛けて全速力で突撃。
崖を越えて少しの間浮遊していたその時、劉鳳に限界が訪れ絶影は消滅。
垂直に落下し、木の枝や木の葉を巻き込みながら地面に叩きつけられる。
あと少し自分の精神が持っていなければ、自分はあの黒い生物の餌食になっていただろうと劉鳳は安堵する。
それに人間死に物狂いになると限界を超えれる物なのだな、そう実感していた。

「ここが……会場、か」

しかし、それが何だというのだ。
満身創痍の体は一ミリたりとも動かす事ができず、これでは誰かを探す事ができない。
大量の黒い生物に体を食われて出血量も多く、虫の息と言っても過言ではない。
アルター能力も発現する事も出来ない。これではヒグマ達の良い餌だ。
何も、出来ないではないか。

「こんな状態で……何のために俺は来たんだ……?」

異常事態を解決して主催者を断罪する為か?
――否、満身創痍でアルターも発現できないこの状態で、どう解決して、どう断罪するというのだ。
それとも異常事態に巻き込まれた人達を救う為か?
――否、こんなボロボロの状態であるし、そもそも手段すら無いのに、どう救うというのだ。
白井黒子の友人達を見つけ保護する為か?
――否、友人達の特徴も知らぬというのに、どうやって探せというのだ。
自分を助けた誰かが言っていた"佐天涙子"を探す為にか?
――否、それは白井黒子の友人であるし、特徴も知らないのにどう探せというのだ。
では、自分の正義を探す為か?
――否、何も出来ないしてやれない。そんな自分の正義など、何処にもありはしない。

否、否、否。
どれだけ考えようと、どれだけ思考を張り巡らそうと、結論は一つしか出ない。
無理だ、出来ない、分からない、どうしようもない、自分では不可能。
否定の繰り返しは止まらない。

自分はどうすれば良い?
――もう一度海に入れば、苦痛はあるが死ねるぞ
それでは白井黒子に託された遺志は、自分を助けてくれた男の依頼はどうするというのだ?
――生き残れたらって言っていたじゃないか。無理をする必要は無いだろ?
それは男の言葉だろう。白井黒子の遺志はどうなる?
――どう頑張るんだ? 姿も特徴も知らないというのに? 例え見つけたとして、お前は彼女の死を彼女らに言えるのか?


―――お前のせいで、彼女は無駄死にしたというのに―――

ネガティブな思考は加速していく。
もう一人の弱い自分が、自分を苦しめる。
どんどんと深みに嵌っていき、抜け出す事が困難になっていく。

―――お前の軽率な判断で彼女だけではなく、刑事まで殺したかもしれないんだぞ?―――
―――お前が頑張っても、何も変わりはしない。愉快で素敵なオチがつくだけだ―――
―――なら―――



―――楽になってしまえ―――



□□□


「ん……、あれは人か」

デデンネの誤解を解く方法を未だ考えつつ歩いていると、地面に倒れている人間を見つけた。
姿は誰がどう見てもボロクソになっていて、体を動かす素振りも見せない。
倒れている人間に気付かれないように近づいてみると、どうやらまだ息はまだあるようだった。

「どうしようか……喰っちゃあ駄目だし……」

デデンネと仲良くなっても、ヒグマは人間を喰らうという思考は消失してはいない。
しかしこの場で地面に倒れ付す人間を喰らえばどういう事になろうかは、簡単に想像がついてしまう。
またデデンネを恐怖させるだろう。
何かの間違いで殺されてしまう恐怖に追加されるのは、いつか喰われてしまうかもしれないという恐怖。
今度こそ、逃げ出してしまうかもしれない。
ヒグマはその可能性を危惧し、喰わない事に決めた。

しかし助けようにも自分はヒグマだ。ヒグマから施しを受けようとは誰も思わないだろう。
もし助けたとして、裏切られて殺してしまえばきっとデデンネに怖がられてしまう。
さてどうしたものか。



「そうだ……これがあったな」

最初はオボンの実を出そうとしたが、デデンネの機嫌を損ねてしまう事から断念。
何か変わりになるものはないかとデイバッグを探してみると、都合の良いことに変わりになる物があった。
その名も、回復薬グレート。
ただの回復薬ではない。グレートなのだ。ハチミツを調合したグレートな薬なのだ。
ヒグマがこの薬の効力を知っているかどうかは定かではないが、パッチールを知っていたりオボンの実の効力も知っているのできっと分かっているであろう。
取り出したビンを倒れ付す男性の前に置く。
これでデデンネに自分は怖いヒグマではないとアピールするのだ。

「これでいいか。さて、行こうフェルナンデス」

気付かれないようにその場からそそくさと離れる。
なおヒグマは隠し通せたつもりになっているが、「」の部分は鳴き声で「ぐるるるる……」とかそういう類の物だ。
小声で鳴いていたとしても結構響くのでバレバレだった。
それに回復薬グレートを置く時も、爪が見えていたのでそこでもバレていた。
加えて立ち去る姿も見られてるし。
しまらないね。

【H-4 森/午前】

【デデンネ@ポケットモンスター】
状態:健康、ヒグマに恐怖
装備:無し
道具:気合のタスキ、オボンの実
基本思考:デデンネ!!
0:デデンネェ……

【デデンネと仲良くなったヒグマ@穴持たず】
状態:顔を重症(大)、悲しみ
装備:無し
道具:無し
基本思考:デデンネを保護する
※デデンネの仲間になりました。
※デデンネと仲良くなったヒグマは人造ヒグマでした。


□□□


間違いなく爪はヒグマのものだった。
ヒグマはバレないように動いたつもりなのかもしれないが、鳴き声や立ち去る姿でバレバレだった。

「このビンは……何だ?」

立ち去ったヒグマはさておき、今はこのビンが何なのかを知りたかった。
死に掛けの自分をヒグマが見逃すという事は通常ありえない筈なのに、あのヒグマはわざわざ気付かれないようにしてこのビンを置いたのだ。
それが意味する事を、劉鳳は理解する事が出来ない。

「毒薬……いや、なら何故この場で喰わない」

自分がヒグマならば、地面に血まみれの男が倒れ付しているなら容赦無く喰らうだろう。
それをせずに毒を用いて殺すなど、回りくどいしメリットが無い。
ましてや毒で人を殺せば毒は全身に回ってしまい、捕食を行う事が困難になってしまうだろうから尚更メリットが無い。
よってこの可能性は却下。

「なら、何だ?」

毒薬の可能性を潰した事により、劉鳳は益々ビンの中身が分からなくなっていた。
睡眠薬、麻痺薬はそんなものを用いるくらいなら捕食した方が早いということで却下。
回復薬に至ってはヒグマがそんな事をするなんてありえないので却下。
となると――ヒグマは一体何がしたいというのだ。

「まさか、この光景を見る為にか……?」

ビンの中身が分からないまま悩み続ける姿を、ヒグマは何処かから見て嘲り笑っているのだろうか。
いや、そんな素振りは見えなかったしだったら捕食するだろう。
何度も言うが、やり方が回りくどすぎる。



「……一か八か賭けてみるか」

だがこのまま悩んでいても解決はしない。絶命の瞬間は刻一刻と迫ってきている。
ならば一縷の望みであるこのビンの中身を飲むのが、今出来る事であろう。
このまま当ても無くフラフラ歩いて何になるのだ。
このまま成す術も無くのたれ死んで何になるのだ。
それでは、何も残せない。
何も無い自分が何かを残すなどおこがましいにも程があるが。

「……っ!」

痛む腕を伸ばしてビンを掴み、顔を上げて腕を口元に持っていって一気に飲み干す。
少々苦い味と全く合わない甘い味が絶妙に混ざり合わさって、口の中で微妙なマズさが広がっていく。
数分後、回復薬グレートの効力が現れてきた。

「まさか、ヒグマから施しを受けるとは……」

全快とまではいかないが、体に残っていたダメージが幾分か改善されていく。
体に蓄積されたダメージは緩和され、出血量は大幅に減少し、会陰部の痛みは無くなっていた。
熱傷は治っていないがこれは特に気にするような事ではないであろう。
しかし疲労は残っている。それは薬に頼らずに充分に休んでくださいね。

「こんな俺に、チャンスをくれたというのか……」

死ぬと思っていたというのに。
賭けだと言いながらも、実際は死ぬ事を望んでいたというのに。
正義を見失った自分に、何故。
何もしてやれない自分に、何故。

「……探せというのか」

見失った正義をもう一度探せ、と。
自分に出来る事をもう一度探せ、と。

「……俺にその資格は……あるのか」

何も知らない自分に成すべき事などあるのか。
何も知らない自分に成せる事などあるのだろうか。

「どうすればいい……」

――今更、俺に、何を……

残された命は、後僅か。

【H-4 森/午前】

【劉鳳@スクライド】
状態:疲労(極大)、ダメージ(中)、ずぶ濡れ、全身にⅠ度熱傷、出血、体内に何かを注入されている。
装備:なし
道具:なし
[思考・状況]
基本思考:この異常事態を解決し主催者を断罪しようと思っていたが……そもそも主催者はどこにいるんだ?
0:今更俺にどうしろというんだ……正義すら何も無い俺に……
1:御坂美琴初春飾利、佐天涙子たちを見つけ保護したいのだが、俺は彼女達を一人として知らない……
2:杉下さんは、無事なのだろうか……それとも……
3:この生物たちも、もしや地球温暖化に踊らされた被害者なのか?
4:一体誰が向こう側を開いたんだ?
[備考]
※空間移動を会得しました
※ヒグマロワと津波を地球温暖化によるものだと思っています
※黒い船虫のような生物群によって、体内に何かを注入されています。


No.125:おてもやん 本編SS目次・投下順 No.134:進化の果て
本編SS目次・時系列順 No.127:御嬢さん、お逃げなさい
No.110:強すぎる力の代償 デデンネ No.135:BOAT
デデンネと仲良くなったヒグマ
No.116:水嶋水獣 劉鳳 No.134:進化の果て

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2017年02月25日 15:08