百合の国上埃及(エジプト)の王にして、蜂の国下埃及の王、アモン・ラーの化身、輝けるテーベの主、ウシマレス大王の一子セトナ皇子は、夙(つと)に聡慧の誉れが高い。
 八歳の時、彼は神々の系譜を論じて宮廷の博士共を驚かせた。十五歳以後は、最早あらゆる魔術と呪文とに通じた博学の大賢者として天の下に並ぶものもない。

 一日、古書を渉猟中、ふと、ある疑いにとらわれた。
 今迄、全然考えたこともなかった疑だけに、初めは、邪神セットの誘惑ではないかと思って、それを斥(しりぞ)けようとした。しかし、其の疑は執拗に彼の心から離れなかった。

 ニイルの川の源から、その水の流れ注ぐ大海に至る迄の間に、セトナ王子のしらないことは何一つ無い筈である。
 地上の事に限らず、死後の世界に就(つ)いても、彼程、通暁している者はない。
 冥府の構造から、オシリス神の審判の順序から、神々の性行から、オシリス宮の七つの広間、二十一の塔の間やその守衛者の名前迄悉(ことごと)く誦(そら)んじている。
 だから彼の疑は、そんな事に就いてではない。

 古書を拡げている中に、ひょいと或る不安が彼の心を掠めた。
 はじめは、その正体が分らなかった。
 何でも彼の今迄蓄えた全智識の根柢をゆるがせるような不安である。

 何を考えていた時に、そんな奇怪な陰が過(よ)ぎったのか?
 彼はたしか、最初の神ラーの未だ生れない以前のことを読み、且つ考えていた。


 ラーは何処から生れたか?
 ラーは太初の混沌ヌーから生れた。
 ヌーとは、光も陰もない、一面のどろどろである。

 それではヌーは何から生れたか。

 何からも生れはせぬ。

 初めから在ったのである。


 此処迄は、子供の時からよく知っている。
 しかし、今、古書をひろげている中に、妙な考えが浮かんだ。


 初めにヌーが何故あったか?


 『無くても一向差支えなかったのではないか』と。


 不安の因(もと)になったのは、これだった。
 この考えが浮んだ時、奇怪な不安の翳が、心を掠めたのである。


(中島敦『セトナ皇子(仮題)』より)


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「……ありがとう、観柳さん。俺のために、色々と考えてくれたみたいで……」


 オフィスビルの中で、数人の男たちが、一人の青年と向かい合っている。
 荒い息を無精髭に湛えて笑うその青年――宮本明は、彼の真正面に立つスコットランド風の衣装に身を包む商人、武田観柳に向けて、言葉を紡いだ。


「だがすまねぇ。さっき戦ってみてわかったが、俺にはどうも、そんなに武器を繊細に扱うのは無理みたいだ」
「……でしょうねぇ。あなたは今までに折った刀の本数を覚えてらっしゃいますか?」
「いや全然。武器の耐久力や手入れに気をかけてられるような状況じゃなかったんだ彼岸島は。
 まぁ……、確かにその所為で、変なところで武器が折れてピンチになったりしたことも多かったけども。
 丸太とか敵の刀とか船のエンジンとか……、俺は今までずっと、そこら辺のもの拾っては捨ての戦法で戦ってきたからな……」


 武田観柳がその手に持った、魔法の金でできた長いだんびらを見つめ、明はうなだれた。
 先程揮ってみた感触では、その日本刀は多少重いが、その重みを活かして高威力の切り付けを行なうことができる点では優れている。
 しかし、金であるがゆえか、すぐに切れ味が鈍ってしまうことと、大差ではないとはいえ普通の日本刀より小回りが利かない点は、今まで彼岸島産の名刀ばかりを取回してきた明には不満の残るところだった。
 それを、武田観柳は明に合わせて調整し直してくれるというが、その一点ものの名品がいつ折れたり鈍ってしまうのかを常に気にかけていなければならないという状況は、明にとってはこの上なく慣れないことである。

 折角の申し出を断ってしまい、さらには再び武器を失ってしまったことで明は意気消沈の態だった。
 だが、武田観柳は、その彼に対して、未だに深い笑みを崩してはいなかった。


「なるほどなるほど。宮本さんがそうおっしゃって下さり、安心しましたよ」
「え……?」
「先の戦いで、ご自身の品定めが出来てないようではどうしようかと思っていましたからね。
 ……勿論私は、宮本さんがそう宣言して下さる時のための『武器』も、ちゃぁんと用意しておいたんですよ」


 流れるような動きでシルクハットを手に取り、武田観柳は手に持っていた金の日本刀を手品のような所作でその中に回収する。
 そしてハットを丁寧に被りなおしながら、彼は後ろに控えた男の一人に呼びかけていた。

「操真さん。例のものたちを、宮本さんに見せてあげて下さい」
「はいはい」
『コネクト・プリーズ』

 状況の飲み込めない明の前に、彼と同い年くらいの青年が進み出て、右手に嵌めた指輪を宙にかざしていた。
 すると、その空間に浮かび上がった魔法陣から、あれよあれよという間に、何本もの太い丸太が引きずり出されてくる。

 その光景に、宮本明は我を忘れて狂喜した。


「うぉっ! うおおおおおっ!! 丸太だぁッ!! しかもこんなに大量に!!」
「宮本さん喜び過ぎじゃない……?」

 魔法使いの青年・操真晴人に、宮本明はハァハァと息を荒げてむしゃぶりつく。

「そ、操真さん、これ、いったいどうして……!?」
「この島の北には製材工場があった。津波にかなりの量の丸太が流れているならば当然あるものとは思っていたがな」

 たじろぐ晴人に代わり答えたのは、紫のスーツを着込み剣を佩いた貴族風の男性である。
 ウェカピポの妹の夫と名乗る彼は、大きな地図を広げて、その場の全員に見えるようロビーの床に置いた。


「配られたものよりも詳細な地図をこのビルの中で見つけたんでな。全員分複写しておいた。
 便利な機械もできたものだな。書物の複写がこんなに簡単にできるとは思わなかった」
「ええ、『こぴぃ機』と言いましたっけ、驚きましたねぇアレには。アレを持って帰ったら活版印刷の時代が一新されますね」
「ああ、いい土産になると思う。王宮付きの事務方が泣いて喜ぶだろう」


 ウェカピポの妹の夫は、共にコピー機を見るのが初めてであった武田観柳と興奮気味に言葉を交わす。

 広げられていた地図では、今までわかっていた大まかなエリアごとの地形のみならず、島内にあるいくつかの主要施設がわかった。
 中でも南西側にある何らかの機械工場や病院、北西側の百貨店などは重要な施設であるように思えた。何人か参加者が立てこもっていてもおかしくない。
 今回操真晴人は、そうして位置情報を得た製材工場の空間を魔法陣でこの場と繋げ、そこに手を突っ込んで丸太を引き出してきたものらしい。

 手放してからまだ数時間とはいえ、久々に感じるその手になじむ木肌の温もりに、宮本明はその丸太へ思わず頬ずりをしたくなるほどだった。


「あ、ありがとな、操真さん……! 本当でかした。ちょっと見直したよ」
「私からも快いご協力に感謝いたしますよ」
「いいっていいって。元々観柳さんのグリーフシードで回復してもらった魔力なんだし。脱出の助けになるならこのくらいのこと進んでやるさ」


 そうして宮本明が大量の丸太たちをデイパックにしまおうとしたところ、その中から、入れ違いに全裸の偉丈夫が顔を出してくる。
 その男、ジャック・ブローニンソンは、胸に真っ白な小動物を抱え、宮本明の前に這い出しながら微笑んだ。


「ヘイ、話もまとまったみたいだし、オレたちは行こうか?」
「ええ、そうですね。アタシたちはもういいでしょ。明さんのおあとはお任せしますわ」


 白濁液塗れになって動かない小動物・キュゥべえを抱いたジャックの言葉に、黒い衣装に身を包んだ男が壁際から応じた。
 観柳と同じく魔法少女であるその男・阿紫花英良は、煙草の火を携帯灰皿に落とし、武田観柳を誘って歩き出そうとする。

「あ、おい、行っちまうのか……?」
「ええ。ヒグマ戦とあなた方への処置で疲れも溜まりましたしね。ブローニンソンさんとキュゥべえさんを護衛に、散歩でもして来ますよ。
 宮本さんは、フォックスさんや李徴さん、小隻さんと武術のお話でもしててください。義弟さんのおっしゃる通り、いろいろあなたの参考にもなるでしょう」


 不安げに呟く宮本明に振り返り、武田観柳は目を細めて笑う。
 明の前に立ち戻った彼は、明が保持していたパソコンのキーボードを早くも慣れた様子でタイプし、その画面に文字列を打ち出していた。


『それでは探索組、行ってまいります』


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 袁さんの支給品であったパソコンには、以下のような作戦行動がしたためられていた。

  • 武田観柳、阿紫花英良、ジャック・ブローニンソン、キュゥべえの四名で、島の中央に存在すると思われる主催本拠地への移動手段を探索する。
  • ビルヂング内では、拠点防衛・資材確保を行ないつつ宮本明を中心とした戦闘訓練を行う。各人が忌憚なく意見を出し合い、脱出への効果的な作戦を見出すこと。

 もうすぐ正午の放送が流れる時間であり、他の参加者を本格的に探し回るのは、放送で出るであろう新たな情報を考慮すればその後の方が堅実である。
 その前後の僅かな間ではあるが、まずは隣接エリアである踏みつぶされた火山にあると推測される主催本拠地への到達手段を、彼らは精鋭メンバーで発見しようとしていたのだ。火山の探索途中で同じことを考えていた参加者に出会う可能性もある。

 魔法的な手段であれば、キュゥべえを始めとして魔法少女である観柳と阿紫花が発見できるだろうし、物理的な手段であれば、津波の被害もない山地に残った臭跡からジャックがその位置を発見できるであろうという目論見であった。
 もちろん、重要施設であろうために当然主催側も防護策を講じているとは思われる。
 その際にも、豊富な戦闘手段・移動手段・対応策を持っているこのメンバーであれば対応できるだろう。
 会話・連絡の際には、キュゥべえを中心としたテレパシー網が魔法使いである操真晴人を経由してビル待機組にも届くため、最悪不測の事態には空間転移魔法『コネクト』によって緊急離脱することもできるという万全の布陣であった。


 4名が北の火山へ向けて立ち去ったあと、オフィスビルには6名の男たちが残された。
 そのうちウェカピポの妹の夫は、ロビーから上階に昇っており、この場にはいない。
 残ったのは、待機組の主役となる宮本明と、その前に相対する操真晴人。そして、ヒグマである隻眼2と李徴と、彼の上にまたがるフォックスであった。


「……で、宮本さん、本当に丸太なんかをメインウェポンにしていいのか?」
「ん? 何か問題あるか?」

 晴人に取り寄せてもらった丸太の一本を巨大な槍のように振り回し、明はその手応えを確かめる。
 その様子を戦々恐々とした様子で見守る4名のうち、彼の呟きに応じたのはフォックスだった。
 自分の身を護るように李徴の背で身を縮める彼は、結った髷を傾げる。

「……いや、見た目強そうだし実際丸太でなぐられりゃ人は死ぬと思うぜ? だがよ、聞いた限りじゃ、今までヒグマには全然効かなかったみてぇじゃねぇか、それ」
「ああ……丸太に限らず、投げつけたり斬りつけたりした攻撃も効いてなかったが……」

 明は、風切音を立てていた丸太を考え込むように止め、顔をあげた。
 丸太がヒグマの姿となった李徴の方へ突き付けられる。

「そうだ、折角なんだし、ちょっと効くかどうか試させてくれよ」
「お、おいやめてくれ! 洒落にならんぞ!」
『そ、そうですよ堪忍して下さい!』


 つい先ほどまで宮本明から目の敵にされていたヒグマの一員である隻眼2と李徴には冗談にもならない。
 明に向けて操真晴人は、製材工場の空間に手を突っ込んで様々な道具を取り出してみせる。

「ほら、なんか色々使えそうなものあるよ? 打撃武器よりせめて刃物みたいな方がいいんじゃないのか?」
「……うーん。直接戦闘に使えるのかわかんない形の道具ばっかりじゃないか? それよりはフォックスさんの鎌みたいな方が使いよさそう……」
「なんで他人の武器ばっか欲しがるんだよてめぇは!!」

 フォックスにはにべもなく突っぱねられるも、確かに明の言う通り、製材のための刃物類は、木の皮を剥いたり整えたりするものが多く、一見して戦闘には向かなそうなものばかりだった。


「じゃあせめて、この手斧とかチェーンソーとかどう? これならリーチもそこそこあるし」
「うーん……柄の長い斧かぁ……。兄貴は確かに薙刀とか得意だったが、こういう長柄の得物は持ち運びに適さないんだよ。
 チェーンソーもかさばるし、起動に時間がかかるし、丸太の方がやはり使いやすいなぁ」
「……ん? 持ち運び……?」


 伐採用の斧や大型のチェーンソーを、宮本明は不満げに眺める。
 その場にいた4名は、丸太の方がよっぽど持ち運びづらいのではないかと思わなくもなかったが、どうやら宮本明的にはそのようであるので、黙っておいた。
 宮本明に対して、ヒグマに対抗できるアドバイスを皆でしてやろうと思ってこうして一堂に会しているわけだが、この調子ではどうにも話が進みそうにない。

 要はようするに、単純に力任せに殴りつけたり斬りつけたりする宮本明の武器がヒグマに当たらなかったり、当たっても有効打にならないのが問題なのである。
 フォックスと晴人は、そこを踏まえて、ヒグマである李徴と隻眼2に話を振った。
 特に隻眼2は、今までで恐らく最も島内の戦闘を見聞きしている者の一人である。
 李徴に唸り声を通訳されながら、彼は首を傾げた。


『……そうですね。僕が見た限り、ヒグマに攻撃できた手段は、麻酔銃、眼球への刺突、毛皮の走行に沿った斬りつけ、至近距離での砲撃・爆撃、あとは阿紫花さんの銃や、観柳さんのお金、義弟さんの左半身失調くらいですね』
「……弱点を見切って的確に突いていく技術か、毛皮を容易く貫通するほどの武器の性能、それか魔法や薬物なんかの防御力がほとんど関係ない手段に訴える必要があるわけだな。
 ……まぁ俺の流派も、隙をついて急所を一発で仕留める拳法だし……そういうことができなきゃ今後やってられないってことか」

 フォックスが隻眼2の発言の趣旨を要約すると、ロビーは総員が頭を悩ませる重苦しい空気に包まれた。

 果たして宮本明が、がむしゃらに突っ込みながらヒグマの弱いところを狙って攻撃をしかけられるのだろうか?
 そう尋ねてみるも、明は天を仰いで首を振るのみである。

「いやぁ……たぶん無理だな……。たまにある、不思議なくらい鮮明に未来予知ができてノッてる時くらいだろうな、それができるのは」
「!? 未来予知? 何その魔法!? 宮本さんそんなの使えるの!?」
「……ああ!! あの、左半身失調してるのに義弟の刀を受け止めた時のあれだな!?
 なんでてめぇそんな能力あるのに使わねぇんだよ!!」
「いや、なんかできる時とできない時があってさ……」


 操真晴人とフォックスの驚愕に、明は残念そうに呟いた。
 晴人は自分の経験を踏まえて、それが彼の魔法使いとしての能力の片鱗なのではないかと推測する。

「宮本さん、あんたも多分、観柳さんたちみたいなゲートなんだよ。自分の中の魔力源であるそのファントムを、きっちり乗り越えないと!」
「そんなこと言われてもなぁ……」
「……魔法が精神の力なら、恐らくそれも、『技術』の延長に辿り着くものだろう」

 彼らの会話に、突如男の声が割り込んでくる。
 ウェカピポの妹の夫が、皿の上に何かを積んで階段を降りてきているところだった。


「ビルに蓄えられてた食材を漁って、『マリナーラ』を焼いてきた。次にいつ喰えるかわかったもんじゃないからな。
 今のうちに喰っておけ。李徴とシャオジーには、塩味とニンニクのついてないヤツだ」

 義弟は、その場にいたメンバーたちに、皿から焼きたてのピザを配り始める。
 湯気を上げる大判のピザは、トマトソースをベースに、ニンニクとハーブをふんだんに盛り入れた、シンプルながらもスタミナ補給に向いたイタリア本場のものだった。
 まだ上階では、オーブンで弁当用に何枚か焼いているらしい。
 一同は義弟の手際の良さに舌を巻いた。

「義弟さん、料理も上手いんだなあんた……」
「義兄のウェカピポと違って妻は不器用でな……。一緒に作ってやった方が旨い料理ができる。あと、ピッツァを捏ねるのが単純にオレは好きなんだ。
 いいか……おい。ピッツァ生地ってのなあ……宮本明、殴りながらコネまくるのがいいストレス発散になるんだよ。そうすれば自然に旨くなるしな」
「その調子で奥さん殴ってんだろ……? たまったもんじゃねぇな……」
「そうするとあいつも自然にカワイくなる。夫婦間のことに余計な口出しは無用だ、フォックス」
「へいへい……」


 自身もピザを頬張りながら、義弟は半分膠着状態に入りかけていた宮本明育成計画に参戦する。

「その……未来予知と言ったか? 立ち会ったオレが思うに、お前の能力は、事前に知った相手の知識や行動から次の行動を予測するものだと思ったのだが」
「あー、まぁ、そう言われればそうなのかも知れねぇ。ただ、それがどうやればできるのか、自分でもわからな……」

 トマトを啜りながら呟きかけた宮本明の脳裏に、その瞬間、自分の脳天を真っ白いツブテが貫通する映像が走る。


「グッ!?」


 身を沈めた彼の頭頂を掠めて、義弟の腰のホルスターから、小さな『衛星』鉄球の一粒が高速で撃ち出されていた。
 天井に当たって戻ってくる『衛星』をキャッチしながら、義弟はピザを齧りつつ涼しい顔で明に話しかける。

「ああ、やはり躱したな。初見で衛星の拡散を見切ったんだ。この程度なら既に予測できるか」
「な、あ、あぶねぇことしやがるな義弟さん……」
「なに、オレの小さいときは、ワイングラスの中身を零さないように持ったまま訓練したものだ。
 場数を踏んで、より多くの場面で相手の動きを予測できるように使いこなし、慣れるのが一番だろうさ。ほら、殴ってみろ」


 『左半身失調』の効果で欠落してゆく視界の中に、半分に折ったピザからソースを口に流し込んでいる義弟の姿が消え去ってゆく。
 にわかに緊張の糸を張り詰めて戦闘態勢に入った明は、反応が遅れたものの辛うじて、欠落した視界の義弟の動きをぼんやりと予測できた。

 ピザを咥えながら、左のすねに前蹴り――!

 消滅直前の義弟の体勢、体重移動からそう判断した明は、感覚の無い左手の位置を、自分の未来予知の中に描き出すことで動かした。
 いつもの自分の腕ならば、これだけ力をこめればこの位置まで動く、このタイミングで動かせば多少ずれても対応できる――。


 そうして咄嗟に明が反応した後、予知の中の義弟は動かなかった。
 失調が戻ってくると、果たして義弟は明の予測通り、前蹴りの体勢のままでピザを頬張っていた。
 彼は感心した様子で明に語り掛ける。

「やるじゃねぇか。もう、失調中に俺の脚を掴めるようになっているとは、予想以上だ」

 足元にかざしていた明の左手は、蹴りを防御するのみならず、義弟の脚を掴み取っていた。
 褒められたことで、明はほっと気を緩める。

「あ、ああ、良かった。ありがとう義弟さ……」
「だが戦闘中にこう気を抜かないことだな」

 明が感謝を述べようと義弟の脚を放した瞬間、その腕に回転する鉄球が押し付けられていた。
 すぐさま再び、彼の左半身の感覚が薄れてゆく。


「って、義弟さん!? マジかよ!?」
「次はオレ以外のヤツだ……」
「え? 俺?」

 消えていく聴力が最後に捉えたのは、操真晴人の面食らった声だ。
 直後に義弟本人は、明の右側の見える位置に戻ってくる。
 ピザの縁からこぼれそうになるトマトソースを舐めつつ、宮本明は急いで晴人の行動を予測しようと努めた。

 未来予知に描き出されるのは魔力の奔流。
 魔法陣を描き出して空間を歪め、操真晴人はそこから遠隔的に殴りつけようというのか。


 大丈夫、躱せる――。

「思いっきりやっていいぞ」


 瞬間、明の右で義弟がそう言って首を縦に振っていた。
 予知していた未来が揺らぐのを、明は捉える。

 そこに浮かんでいたのは、彼が想定もしていなかった現実だった。
 五感で把握していた記憶から演算する、今までのような未来ではない。
 ほろほろと薄青く、意識の背中から疾り来るような深い色の予知。
 あたかも世界の全ての粒子を観測し、その遥か彼方の確率を汲み上げて来たかのような。
 宮本明がかつて初めて吸血鬼の起き上がりを予知した時のような、無意識の海から汲み出してきたかのような映像だった。


「――くおっ!!」


 悪寒を覚えたその瞬間、明は残りのピザ全てを口に放り込んで、前に転がっていた。
 頬に詰め込んだピザを咀嚼しながら立ち上がると、失調の戻る視界で腕を振り抜いていたのは、操真晴人ではなく、その隣の隻眼2であった。
 威力も通過範囲も人間とは段違いであるヒグマのパンチを、操真晴人の魔法陣を経由して遠慮なく明に叩き込むよう義弟は指示していたのだ。


『本当だ……避けちゃった』
「適度な逆境で訓練をせねば上達なんてしないもんだ。先輩は『北風がバイキングを作る』なんて例でたとえていたがな」


 呆けたような隻眼2の呟きに、義弟もピザを食べ終わりながら答えた。
 手についた粉をはたき落している義弟に向けて、宮本明は感極まったように叫ぶ。

「す、すげぇよ……! 予測出来ちまった!! ヒグマの攻撃まで……!! 義弟さん、あんたのおかげ……!!」
「オレじゃない。勘違いするなよ。これはオレたち護衛術のLESSON1だ。
 『妙な期待をオレにするな』。今のことをやったのは全部お前自身の力。お前の行く道の上に、既に答えは蒔かれてるんだ」


 ウェカピポの妹の夫がそう返した時、街の中に放送のための鉄琴の音が鳴り始めた。
 続いて、一回目の放送の時とは違い、機械的な声ではあるものの、はっきりと人間の男が喋っていると思われる声が流れてくる。


『参加者の皆様方こんにちは。定時放送の時間が参りました。只今の脱落者は……』
「あ、フォックスさん、メモしてメモして!!」
「お、お、ちょっと待てよオイ!! タイピング早い訳じゃねぇぞ俺は!!」

 操真晴人やフォックスが慌てる中、淡々と放送が告げたのは19名の死亡者だった。
 ウェカピポの妹の夫が顔を上げて、一同の反応を伺う。

「……おい、誰か知り合いはいるか?」
『えと……、確か、僕が明け方に出会った魔法少女が暁美ほむら、同行してたのが球磨、ジャン・キルシュタイン星空凛と、首輪に書いてありました。
 でもおかしいな。彼女の首輪が破壊されたのは放送直後じゃ……? で、残りの彼らも死んだ……? あの穴持たず12さんを圧倒したグループがバラバラの時刻に?』

 隻眼2は、放送終了間際に、そう訝しげに呟いた。
 鉄琴の音が鳴り、放送が終わったと思われた直後、その異変が起こる。

 放送機器から、衝撃と共に一斉に唸り声が響いてきたのだ。

 その異常な叫び声と破壊音とが、李徴と隻眼2の耳にガンガンと跳ね返る。


『な、なんだ貴様ら!? ぐわぁあああああああああああああ!!!??』
『イヤッホーーーー!!!! 穴持たず48シバさん討ち獲ったりぃぃぃぃぃ!!!!』
『ヒャハハーーーー!!!! いくら支配階級でも背後から襲えばチョロいもんだなぁ!!』
『オッシャーーーー!!!! この調子でどんどん行くぞぉっっっ!!』
『聞こえてるかぁ!? 地上に居る我が同士ヒグマ提督よぉぉぉぉぉ!!』
『この革命! 必ず成功するぞ!! ヒグマ帝国は俺達と艦むすのモノだぁぁぁぁ!!』


 唖然とする一同に、暫くして我を取り戻した李徴が翻訳した内容は、上記のようなものだった。
 頭を抱えながら、操真晴人がなんとか状況を整理しようとする。

「……ええと、最初の声は放送してた男の人の唸り。で、3匹のヒグマがそんなことを叫んで、主催者の放送機器を破壊した、と」
「……研究員がヒグマと話せても、まぁいいかも知れねぇが……、穴持たず48? ヒグマが放送してたってこと、だよ、な……?」
『何人かはですね、研究所にも改造された元人間というのがいましたけど……』
「ヒグマ提督……、そして、カンムスとは何者だ? 日本のものだろう? 知っているか?」
「いや、俺も彼岸島が長くて、最近のものは知らない……。というか、こうなるとあの放送はどこまで正しかったんだ……?」

 フォックス、隻眼2、義弟、宮本明が次々に呟くも、その言葉は宙に掻き消えてしまうかのようだった。
 最後に、李徴が震えながら口を開く。


「……少なくとも確かなことは、主催がヒグマに打倒され、この島は『ヒグマ帝国』という、大量のヒグマたちがいる何かに乗っ取られたということだ……!」


 全員が李徴に視線を送り、苦々しい表情で首肯した。
 そして、李徴には彼らから激しい勢いで質問が飛んでくる。


「おい李徴さんよ!! あんた、こういうこと題材にした小説たくさん書いてるんだろ!?」
「こういう場合、一体どうすればいいんだ!? 教えてくださいよ!!」
「俺はバトルロワイアルもの書いたことないが、あんたなら知ってるんだよな!?」

 フォックス、晴人、明から口々に尋ねられる言葉に、李徴は泣きそうになりながら首を振った。


「こんなこと……、主催がヒグマに革命されるパロロワなぞ、見たことも聞いたこともない!!
 異常だ……!! この隴西の李徴の書き手歴を以てしても、わ、わかるわけあるかッ……!!」


 李徴の震えは、単なる驚きというよりも、さらに根深いところからやってきているもののようだった。
 隻眼2は、彼の様子を隣で不安げに見守っている。
 ビルの周囲を見回すウェカピポの妹の夫は、忌々しげに舌打ちして言葉を吐き捨てる。


「……敵の規模が、わからないな。備えるぞ。操真晴人、武田観柳からの連絡はしっかり受けてくれ。
 宮本明、稽古は仕舞いだ。フォックス、李徴、シャオジー、どこからヒグマが湧いてくるかわからん。きっちり捌いてくれ!!」


 腰の剣と鉄球を確かめて、彼は階段に向けて駆け出した。


「オレはピッツァの焼け具合を確かめるッ!!」
「待ってくれ義弟さん!! 俺も行く!!」


 宮本明とウェカピポの妹の夫は、瞠目する晴人たちを置いて、風のように階上のオーブンの元へと走っていた。


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「……すげぇ放送でしたね……」
「ええ……呆れてモノが言えないとはこのことですよ」
「キューベーちゃんは何かわかったかい?」
『インキュベーター使いが荒いねキミたちは』

 朝方に現れた巨人によって、単なる丘という趣にまで踏み均されてしまった火山の麓で、武田観柳たちの一行が呟いていた。
 観柳の魔法で形成された十円券の絨毯で上空に浮かびながら、彼を含む4名は表情を曇らせている。
 ジャック・ブローニンソンに抱えられたキュゥべえは、眼下の丘を見回して語った。


『でもとりあえず、地下に大きな魔力の塊があることは確かだね。しかも地下の空間は、街のある場所の地下ではほとんど至るところに広がっている。
 主催者が反乱で倒されたというなら、今すぐにでも大量のヒグマが地上に溢れ出て来てもおかしくないんじゃないかな』
『キュゥべえさんもそういう意見か。こっちじゃ義弟さんも同意見だよ。李徴さんと小隻さんがいるからある程度どうにかなる可能性はあるけど……。
 何にせよ無理のないところで観柳さんも早めに戻ってきた方が良いかもしれませんよ』
『ええ……そうさせていただきます。ではまた後で』


 キュゥべえのテレパシーに、ビルで待機している操真晴人が応じていた。
 彼から伝え聞かされた放送後の騒動の内容で、武田観柳はシルクハットごと頭を抱えてしまう。
 テレパシーを切った後、彼は辟易した様子で息をついた。


「すいません阿紫花さん……、煙草を一本頂けますかね……」
「ヒグマ革命とか、吸わなきゃやってられませんよねぇ……。笑っちまわぁ」


 阿紫花がコートから取り出した煙草をもらい、彼の咥える火口に寄り添うような形で観柳は煙草に火を受け取った。
 煙越しに阿紫花の息を肺腑に吸い込んで、観柳は虚ろな目を眼下に落とす。

「やっすい煙草吸ってんなぁ、アシハナ……。帰ったらもっと好いの吸って下さいよ……」
「そうっすね……。報酬でちょっと良い煙草買ってもバチは当たりませんね……」
「私の葉巻あげますから……」
「この世の終わりみたいな声出さねぇで下さいよ……」

 憔悴してしまったかのような武田観柳の肩に手を置き、阿紫花英良は彼を慰撫するように隣に座っていた。


 対して、その間ずっと絨毯から身を乗り出して山の臭いを嗅いでいたジャックは、2人を元気づけるように威勢よく笑いかける。

「ヘイ、エイリョウ、カンリュウ。クマちゃんがレボリューションしたのもおおごとだけど、ちゃんとオレたちは目的の場所に来ていたみたいだゼ?
 大量のクマちゃんたちの匂いは、ここに集まってる。埋まっていて見えないけど、誤差数メートルってくらいだゼ」
「あぁ、ありがとうございますジャックさん。ほら、観柳の兄さん、シャキッとしてくだせぇ」
「……ええ、はい……。ちょっと思考がおっつきませんで……失礼しました」
『ダメじゃないかカンリュウ。ボクの体でいくら遊んだって構わないけれど、キミたちに死んでもらうのだけは困るんだから。しっかりしてくれ』
「感情が無いお方は気楽でいいですねぇまったく……」


 未だに心ここにあらずという趣でふらふらと立ち上がった観柳は、阿紫花英良に支えられながら、ジャックの指し示す問題の地点を見下ろす。
 火山の西側の斜面、かなり麓に近い位置だ。
 ここから出入りするならば、島の中心部である西の一帯の街もすぐである。
 立地的にも、メイン通路を設置するにはうってつけの場所に思えた。

 阿紫花は、隣で漫然と目を下に向けている観柳へ叫びかける。


「どうしますかい、観柳の兄さん! 主催側さんの本拠地がぶっ潰されたってんならもう盗聴に気ぃ使わなくても良いんですし、堂々と掘りに降りますかい?」
「いえ……それやると、昇降機を掘り当てた途端に大量のヒグマとご対面するんじゃないかなぁと……」
『怖気づく必要はないんじゃないかな、観柳? キミの魔力をもってすれば、ヒグマや魔女の1匹2匹、ちょちょいのちょいだよ?』
「それで、キューベーちゃんはパワーを使い果たしたカンリュウが魔女になれば良いっておもってるんだろ?」
『その通りだよジャック。良くわかるね!』
「ハハハ、もうキューベーちゃんのココロは丸わかりだゼ」
「それを避けたいから躊躇してんだろうがクソ淫獣!!」


 良い意味でも悪い意味でも空気の違うジャックとキュゥべえの会話に、観柳は苛立ちを隠しもせず紙幣の絨毯を叩いた。
 絨毯の縁から身を引いて、彼は空を仰ぎながらぶつぶつと何やら呟き始める。


「あー……もう、あと何万円……いや、何億円刷れば足りますかねぇ……。
 一円作るにつきソウルジェムの透光度がどれだけ下がるか……、今操ってる分が、あーと……」

 武田観柳は、必要な計算なのか現実逃避なのかよく解らない皮算用の世界に逃げ込んでしまった。
 その様子を阿紫花が不安げに見やる中、ジャックの視線がふと山の北方に動いた。
 彼の動きに反応して、阿紫花が再び紙幣の縁に身を乗り出す。


「どうしたんですかいジャックさん……?」
「エイリョウ、気づいたかい? 何かが、クる……。ヒトじゃない。クマちゃんにしても、これは……!?」

 訝しげに眼を細めたジャックが、突如上空に顔を振り向けた。
 阿紫花の耳にも届くほどの近さで、ふと風切音が空を切る。
 同時に、ジャック・ブローニンソンは信じられない柔軟性で剣のように足先を中空に突き出し、その指先に何かを捉えていた。

 宙に放り出され落下しそうになる自分の体を、縁から懸垂の要領で引き上げて戻ってきた彼は、足先に捉えた何かを阿紫花の前に見せる。


「あぎぃぃぃぃる……」


 全長15センチほどの黒色のそれは、ジャックに掴まれてもがきながら、甲高い声で啼いた。
 異形の生物であった。
 ヒグマの毛皮に身を包みながら、それは鳥か翼竜のような長い口吻と巨大な皮膜の翼を有している。
 その翼は前脚が変形したものらしく、翼の先に残った鋭い爪でジャックを切り裂こうとしていた。

「な、んですかこりゃ……」
「見たことないね……。骨格が軽いから、空を飛ぶことが得意なクマちゃんか?
 ンー……ジェニタリア(生殖器)がナイなぁ。どうやって殖えるんだろ?」

 興味深げにその奇妙な飛行するヒグマを観察し続けていたジャックに、それは突如口を大きく開く。
 そして次の瞬間、その口腔からは爆音と共に勢いよく弾丸のようなものが射出されていた。
 首を捻って紙一重でジャックはそれを躱し、ヒュー、と口笛を吹く。

「ヤるねぇクマちゃん! エイリョウ、こいつカワイイよ!」
「バカ言ってんじゃないですよ! 絞め殺す!!」

 阿紫花はジャックの妄言に耳を貸すことなく、そのヒグマの首に糸を巻いて勢いよく締めながら首を引き、即座に頸椎を分断して殺していた。


「あー……、ザンネン……」
「こんな化体なヤツまでいるたぁ……、まったく油断も隙も……」
「でも、あっちには親みたいなのがいるゼ?」
「はぁ!?」


 北の方に向けた視界では、ちょうど街と山との境の辺りを、何かが土煙を上げて観柳たちの方へやってきている。
 ヒグマのようにも、戦車のようにも見えた。
 巨大な4本の脚を疾駆させて走り来るそれは、船首像(フィギュアヘッド)のように少女の姿をした像を正面に据えている。

 瞠目してそれを見つめる阿紫花の視線へ、ツッ、とその奇妙な女性像の眼光が動いた。


 ――捕捉されたッ!?


「機影、発見――。敵機ハ即座ニ撃墜撃墜撃墜殲滅殲滅殲滅殲滅――」
「観柳の兄さんッ!!」


 彼我の距離は、まだ優に数百メートルは離れていた。
 高所にいた阿紫花やジャックが相手を発見できたのはその位置取りのおかげであり、まだ互いの姿は、風景に紛れるケシ粒のような大きさでしか見えてはいなかった。
 しかしそれでも、直感的に阿紫花は危険を察知し、即座に絨毯中央で呆けていた武田観柳を自分の方へ引き寄せていた。


「――全主砲、薙ギ払エ」


 一瞬であった。
 白煙と橙色の閃光が、微かにその女性像の下部から放たれたか――。と、阿紫花たちにはわずかにそう見えただけであった。
 耳を劈くような爆音が十円券の絨毯の中央を貫き、刹那のうちに爆轟させていた。


「あひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ~~――!!!???」


 あらゆるものが弾け飛んだ。
 阿紫花が手を取った武田観柳の双眸が驚愕と恐怖に見開かれ、その下半身は数多の紙幣とともに粉微塵に消し飛ぶ。
 彼の口から、阿紫花の渡した煙草が零れ落ちた。
 残存した紙片も、観柳の統御下から外れ、ばらばらと重力に任せて散華し始める。

『やれやれ。人工的な魔女かい? ヒグマは勿体ない所業をするねぇ』
「観柳の兄さん!! 痛覚遮断!! 魔力を集中させて下せぇ! 堕ちちまう!!」
「あひ、あひ、あひ、あひいぃぃぃぃ……!!」
「……エイリョウ、クマちゃんがクるよ……!」
「ちっ……! 『グリモルディ』ッ!!」

 4名は上空十数メートルの高度から自由落下を始めていた。
 舞い散る十円券の中で、阿紫花英良は即座にデイパックから自身の人形を取り出し、両手で武田観柳とキュゥべえの体を確保する。
 猫か猿のような身のこなしで斜面に着地したジャック・ブローニンソンの背後で、懸糸傀儡・グリモルディのキャタピラが軋みを上げて跳ねた。


「戦艦大和。推シて参りマス――」


 獣のように走り来るその巨大な何かは、女性像の首筋から両の胸元を通って吹き流される2本の帯に、次々と黒い小さなヒグマたちを奔り出させていた。
 先程、ジャックが空中で捕獲した、あの飛行するヒグマである。


「キュゥべえさん! あんた、あいつの正体がわかるんですかい!?」
『さてね。正確なことは解らないよ。ただ、放送にあった“艦むす”というのは、旧日本海軍の軍艦のソウルジェムを少女に落とし込んだものだと聞く。
 アレは、魔力の感じからして多分それの“魔女”さ。斃せばグリーフシードでもドロップするんじゃないかな?』
「軍艦――」

 キュゥべえの言葉を受けて、阿紫花は飛来する雲霞のようなヒグマたちを前に高速で思考した。


 ――あれは、夜中に会ったヒグマ人形のような、ヒグマと戦艦が混ざった魔女と思えばいいのか?
 するとなれば、この飛行する異形のヒグマたちは、奴の偵察機兼戦闘機。
 ジャックさんが捉えた一機以外にも偵察に飛び回っており、その所為でアタシたちは遠距離で奴に捕捉されたんだ。

 十円券絨毯を吹き飛ばしたのは、奴の正面の二連装の主砲から撃ち出された砲撃。
 弾丸の質は、多少なりとも爆発を起こしたことから、単なる鋼弾ではなくどうやら一昔前の徹甲榴弾。
 見る限り、砲口径37mmの50口径近くはある。まるっきり戦車砲のスペックだ。これが実際の戦艦の大きさだったらどんなになっていたというのか。

 他の武装としては、負けず劣らず大口径の副砲が2門×4。ヒグマの口じみたその砲門下部にだいたい6mm内径と思われる機関銃の銃口。機体の横に爆雷。そしてこの大量に飛来する航空機ヒグマ。当然、軍艦となれば他にも探査用の装置なども持ってると考えるべきだろう――。


『さてカンリュウ、任せっきりにしないでキミも頑張りなよ。死んだらもったいないじゃないか』
「あひ……、あひ、あひぃ……」
「エイリョウ、どうすればイイ!?」
「大砲は再装填に時間がかかるッ!! その上旋回の角速度は大したことありやせん!!
 問題は連射性のある機関砲とッ……、この戦闘機どもですッ!!」


 半身を失った上に恐懼に苛まれて身動きもままならない武田観柳を隣にして、阿紫花英良は首筋にしっとりと冷や汗をかいた。
 夜間のオートヒグマータ。朝方の穴持たず5。
 それなりに阿紫花はヒグマに対して戦い抜いては来たが、間違いなく今回の相手はそれらを遥かに凌駕する能力を有した強敵となるだろう。


「……どうやったら撤退させていただけますかねぇ……!」


 戦艦の魔女ヒグマに先んじて目前に迫る航空機ヒグマの群れに向かい、阿紫花はジャック・ブローニンソンとともに慄然として佇むのみだった。


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「宮本明、お前はこんなオーブンを見たことあるか? 薪の窯も風味があっていいが、これは個人が使うには大層便利でいい」
「ああ……オーブンレンジな。義弟さんの国にはないのか?」
「ない。電灯や蓄音機なんかは知っているが、とてもこんなものはなかったな」

 宮本明とウェカピポの妹の夫は、ビルの上階で焼きあがったピザをクッキングシートに挟み、弁当用に包んでデイパックに仕舞っているところであった。
 義弟は明に対して、にこやかに微笑みかける。


「画期的な発明は、概して受け入れられ辛いものだ。新しい流儀を創設したりする時もな。
 だが、それが実際のところ、更に根源の流儀に則したものだと人々に理解されさえすれば、それは自ずと世に定着することができていくだろう。お前の能力とて同じだ」
「ああ……」


 明は義弟の言葉に頷きながらも、釈然としない様子で佇んでいた。
 デイパックの口を閉じた義弟に向け、明は意を決したように目を上げる。


「義弟さん……あいつらの前じゃ言えなかったが……。放送を聞いたろ? ヒグマが研究員を襲ったんだ。
 李徴さんみたいに元人間とか……、小隻さんみたいに理解のあるやつとか……、ヒグマにも色々いることはわかったよ。
 だが、現にヒグマはそんなことをしているんだ。もう話し合いとかで解決なんか不可能だと思う。脱出のためにも、やはりヒグマは殺す必要があるんじゃないか……!?」
「『迷ったら、撃つな』」


 明の発言に対し、義弟はただ一言、そう返答していた。

「……親父から心構えとして言われてきた言葉だ。王族護衛官は、あくまで対象を守り抜き、逃がすことが本分。
 決して、敵対者を殺し尽すためのものじゃない。それを戒めるための言葉だと、オレは思う」
「でも……!」
「でももクソもあるかザコめ。今までヒグマの一体もまともに相手できないで大言壮語できた義理か」
「なっ……」


 突如、義弟は明に向けてそんな暴言を吐いていた。
 見下すように彼を上からねめつけて、なおも義弟の言葉は続く。

「泣きべそかいてる暇があったらまず自分のケツくらい拭けるようになれ、バカガキが!」
「ぐぅッ!!」

 瞬間、明は怒りに任せ、その怪力を拳に乗せて義弟を殴りつけていた。
 しかしその動きは読まれていたかのように容易く躱され、カウンターのように伸びてきた腕に襟元を掴まれた明はそのまま壁際に押し付けられてしまう。
 息が顔にかかるほどの近距離で、ウェカピポの妹の夫は、静かに彼に語り掛ける。


「LESSON2は、『筋肉に悟られるな』、だ。ヒグマは、人間なんかより遥かに鋭い。
 感情に任せて筋肉や神経を乱せば、即座にそれは自他に悟られて、こんな風に不測の反応を自分に返すことになる。
 今までお前の攻撃が一切ヒグマに通用しなかったのは、恐らくそういうことだ。回転も感情も、己の皮膚で止めろ」


 宮本明は、全身の力が抜けたようにうなだれる。
 息をついて、彼は身を放した義弟に問いかけた。

「……だけどよ。それじゃあ一体どうすれば良いんだ……。俺には力任せ以外の戦い方なんて、多分できねぇよ」
「多数の武器にものを言わせて使い捨てるなら、使い捨てるなりの戦い方はあるだろう。
 手合せをした限りじゃ、お前の投擲精度は下手するとオレより高い。折角操真晴人が色々見つけてくれたんだろう?」

 義弟が取り出したのは、一本の槍鉋だった。3センチほどの紡錘形の穂先に握りがついているそれは、階下で晴人が引っ張り出してきた道具の一つである。
 義弟はそれを投げ槍のように掴んで構える。
 掌の中でドリルのように回転するそれが放たれると、勢いよく直進した槍鉋はフロアの反対側のコンクリート壁に深々と突き刺さっていた。


「こんな感じで、眼や口を狙って矢弾を投げつけるという手もある。工夫次第で、ペンや包丁、フォークにベルト……。なんでも武器になるぞ」


 ウェカピポの妹の夫は、そう言いながら槍鉋を引き抜いて戻ってくる。

 宮本明が思い返してみれば、『なんでも使う』と言って行なった先の決闘でも、多数の武器を使いこなせていたのは義弟の方だった。
 彼は鉄球と剣のみならず、ベルト、上着など、直接攻撃に用いない絡め手を上手く肉弾戦闘に組み合わせていた。一方の明はと言えば、義弟の武器を奪ったり、デイパックを防御の犠牲にしようとしていたのみである。

 義弟から槍鉋を受け取った明は、それを暫し見つめて、思いついたようにデイパックを開け始めた。


「丸太……? それをどうするつもりだ?」
「『投げ槍』だよ義弟さん! そうだよ、俺にはこれがあった……!
 丸のまんまの丸太でも、俺は邪鬼の両手を投擲でぶち抜いたことがあるんだ。こいつに槍みたいに穂先をつければ……」


 明は手斧で丸太の先端部を削り始め、瞬く間に破城槌か巨大な鉛筆のような趣の武器を完成させていた。
 尖った先端部を突き出すように明はそれを抱え、手応えを確かめる。
 ウェカピポの妹の夫は、その光景を驚愕と畏怖の入り交ざった眼差しで眺め、こめかみに一筋の汗を垂らした。

「……流石に、オレにその発想はなかった。それはお前自身の武器だよ。誇りに思っていい」
「いや、ありがとう義弟さん! これなら接近戦の威力も上がる……! 全部こうしちまおう!」

 笑みを綻ばせて、明が他の丸太も加工し始めた時、階下から慌てて操真晴人が二人のもとに駆け上がってきていた。


「おい! 観柳さんたちが襲撃されたッ!! 援護してくれっ!!」
「……なんだと? お前の魔法で離脱させるんじゃないのか?」
「かなり近場で接敵を許したらしい! 強敵らしいんだ……。こっちのビルの存在を悟られないように、今阿紫花さんが水際で喰いとめてくれてる……!」
「相手の死角から『衛星』で援護……? 100メートル内外までならギリギリできなくもないか……」


 晴人の焦った言葉を受けて、義弟は宮本明と顔を見合わせた。

 ネアポリス護衛式鉄球の『左半身失調』で相手に死角を作り、そこを狙って晴人の『コネクト』を使用するという作戦だろうか。
 明は即座に頷き、道具を引っ掴んで階段へ駆け出した。


「屋上だろ!? そっから狙撃すれば良いんだな晴人さん!!」
「ああ……って、俺と義弟さんはともかく、宮本さんはなんで……!?」
「……いや、いい。共に行くぞ操真晴人!」


 ウィザーソードガンや鉄球という飛び道具がないはずの明の行動に、晴人は面食らった。
 その言葉を義弟は制し、晴人を引いて明の後を追い始める。


「……もしかすると、あいつこそが、ヒグマに対抗するカギになるかも知れない」


 ウェカピポの妹の夫は、長い睫毛の下に、そんな呟きを微笑ませていた。


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 空を埋め尽くすような小さな航空機の群れから、一斉に爆撃が浴びせかけられる。
 鳥のような姿のヒグマの口腔から吐き出される弾丸が、地表にいる4体の生物へスコールのように降り注いでいた。


「『グリモルディ』ッ!!」


 その砲火の中心で、黒づくめの魔法少女・阿紫花英良は、自身が魔法の糸で操る傀儡を高速で反転させる。
 頭巾の中に武田観柳と自分、そして腕にジャック・ブローニンソンとキュゥべえを抱えさせて、背中の骨組みで銃弾を防御しつつ、低い体勢で彼はハゲ山の斜面を疾駆した。
 向かう先は、操真晴人たちが待機する南のオフィスビルである。


 ――だが、あのヒグマの戦艦魔女をそこに引き込む訳にはいかない。


 建物という閉鎖空間は、内部で爆発を生じさせる徹甲榴弾の格好の餌食だ。
 彼女の砲塔が射出する巨大な弾丸がそんな類の代物であり、かつ、飛行中の自分たちを過たず打ち抜くほどの精度を持っているなら、撤退は万全を期さなくてはならない。
 なおのこと、今の状況で返り討ちにしようなどという考えは愚の骨頂だろう。

 観柳の兄さんは、人生初と言っていい窮地と肉体損傷で何もできる状態じゃない。
 ジャックさんは、その身体能力を活かすには接近が不可欠。
 そしてキュゥべえさんは――。


「おいキュゥべえさん!! さっさと操真さんにテレパシーを繋げろ!! ピンチなのはわかってるでしょ!?」
『何にも言われなかったからねボクは。言われれば繋げてあげても良いんだけど』
「これはクソ淫獣ですわ。何回か死ねよあんた」


 阿紫花たちが窮地に追い込まれるのをほくそ笑んで傍観しているキュゥべえは、実にもったいぶった間を開けて、遠隔地の操真晴人を呼び出した。
 背後を飛行するヒグマたちの射線に追われながら、阿紫花は手短に状況を伝える。


『阿紫花です! 火山西部で昇降機の所在と思われる場所は見つけやしたが、同時に、ヒグマらしい敵に遭遇!
 体長4メートル大! 戦艦みたいな能力を持ってやす! 撤退したいんですが単なる逃走だと建物を狙撃される可能性が高いです!
 義弟さんの援護を下せぇ! ギリギリの所まで粘りやす!!』
『わ、わっ……!? そんな状況なのか!? わかりました、急ぎます!!』

 慌ただしく応答した晴人の声が遠ざかり、阿紫花のグリモルディはいよいよ、辺りを囲む戦闘機ヒグマに追いつかれ始めた。
 グリモルディの頭巾や彼の頬の脇にも、次々と弾丸が掠めるようになっていく。
 阿紫花の隣で、腰から下を吹き飛ばされた武田観柳がようやく止血と痛覚遮断に辿り着き、憤りと恐怖に歪んだ顔で叫びかける。


「あ、アシハナぁ……!! 粘るって、粘るって……、てめぇどうする気だよこの状況でッ!!」
「いやぁ……、もう大してできることはねぇんですけどね」
「バ、バ、バカヤロウ!! て、てめぇ私を頼りにしてんのかっ!? ああっ!? 自己修復で手一杯だぞ私はッ!!」


 焦りを隠すこともできず騒ぎ立てる観柳に向けて、阿紫花は煙草を深く吸い込み、悟ったような穏やかな笑みを振り向ける。

「……まぁ、そろそろアタシたちも腹ぁくくりやしょうや……」
「わーっ、わーっ!! 冗談じゃねぇぞてめぇふざけんなよ契約してんだろがぁーッ!!」
「大丈夫ダよカンリュウ。エイリョウは仕事してる」

 半狂乱になる武田観柳を抑えたのは、ジャック・ブローニンソンの微笑みだった。
 同時に、阿紫花は突如グリモルディを旋回させ、襲い来る大量の機影に向けて急停止した。


「あぎぃぃぃぃぃぃる!!」
「あっ、あっ……、あひひぃぃぃぃ!?」


 叫び声を上げながら、牙を顕わにして航空ヒグマが殺到する。
 恐怖に身を竦める武田観柳とは対照に、阿紫花英良は瞬間、ニヤリと笑みを深くした。


「……ま、腹ぁくくるっつっても、そいつぁヒグマさん方の腹ですがねぇえッ!!」


 グリモルディの頭巾の上で、阿紫花はその両手を大きく頭上に振りあげた。
 同時に、今までグリモルディが走行してきた轍の上から、大きく投網のように灰色の糸で編まれた巨大なネットが立ち上る。
 阿紫花たちを追って一直線に進んでいたその航空ヒグマたちは、一機残らずその網の中に絡め獲られていた。


「おらァッ!! 大漁旗掲げて地引網ですぜぇッ!!」


 両手を捌いてその網の筒を絡め落とした阿紫花は、そのままグリモルディのキャタピラに捕獲したヒグマたちの塊を巻き込んで、一息のもとに轢殺する。
 逃走の始めから地面に魔力の糸を張ることで作り上げた、阿紫花英良の魔法による巨大な罠であった。
 おののくばかりだった武田観柳に向け、阿紫花は強く微笑みかける。


「どうです? 大してできること、残ってなかったでしょう?」
「バッ、バカッ……! いつもいつも心臓に悪いんだよアシハナぁ……ッ!!」
「あとは、あのクマちゃん本体だネ……」

 ジャックが呟く視線の先で、戦艦のヒグマが虚ろな瞳の女性像を正面にして突き進んでくる。
 阿紫花が眼だけを後方のオフィスビルへ振り向けるが、その屋上の様子はこちらからはよく窺えない。
 それは同時に、敵である当の戦艦にも、上手く逃げられさえすれば追われる心配がなくなるということである。
 艦載機に該当するであろうヒグマの群れは当座のところ全てを墜としており、仮に敵がレーダーのようなものを備えていても、金を用いる観柳の魔術などを展開でもしていない限り、有機物である人間の体は周囲のノイズに紛れて捕捉され得ない。


 ――しかし、それが上手くいくのか……!?


 自分たちは、ウェカピポの妹の夫の援護で、相手の認識能力を欠落させてからでないと安全に逃走できない。
 展開した魔法陣に、自分たちごと敵が突っ込んでくる可能性が高いからだ。
 しかし、その援護が来るまでグリモルディで相手の砲撃を回避し続けられるのか、そもそも義弟の攻撃がここまで届くのか、それがわからなかった。

 ビルの屋上からここまでは直線距離で200メートルないくらいだろう。


 ――無理でしたら、それこそ万事窮す。ですねぇ……。


 阿紫花英良を含め、恐らく武田観柳も他の者も、あの戦艦ヒグマに有効打を与えられる攻撃手段は持っていないだろう。
 侵入される危険を顧みず操真晴人に転移させてもらい、それでも追撃を振り切れないようなら、今度こそ手詰まりだ。

 ひっそりと唇を噛んだ阿紫花に対し、ジャック・ブローニンソンがその時ふと、微笑みながら声をかけていた。


「エイリョウ……。オレがデコイ(囮)になるヨ。そうすれば、もしもの時も逃げられるダロ?」
「は……はぁッ!? 何言ってんですかい、死にますよ!?」
「主砲の角速度がトロいって言ったのはエイリョウだゼ? ミリタリーは守備範囲外だケド、それならイけるって」

 ジャックは、グリモルディの腕から地面に降り立ち、引き締まった全身の筋肉を震わせて視界の先の戦艦を見やる。
 彼はいたずらっぽくエイリョウに振り向いて、彼にウィンクをしてみせた。

「……それに、オレは一度死んだトコロをエイリョウに助けられてルんだ。もっかい死んだトコで何も問題ないダロ?」
「いや、それでもあんた……!」
「なにより、ケモナーとしちゃアあんな可愛そうな子、放っておけるわけないんだよナッ!!」

 それだけを言い残し、彼は怪鳥のような雄叫びをあげて、迫り来る戦艦の女性像に向けて、猛スピードで走り寄って行った。


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「あれ……か? コメ粒より小さいんじゃないか……!?」
「義弟さん、こんな距離で鉄球、届くのか……!?」
「ビルの高さと俯角を見るに……。概算で200メートルないくらいか。高低差があるとはいえ遠いな……」

 腕を伸ばして距離を測っていたウェカピポの妹の夫は、北の斜面を睨みながら首を横に振った。

 オフィスビルの屋上に出てきた3人の遥か彼方に、阿紫花英良の懸糸傀儡・グリモルディのカラフルな頭巾が見える。
 200メートル離れているその更に100メートルあまり先から、巨大な四肢を躍動させて走り来る灰色の体躯をしたヒグマ。
 一見少女のような外観をしていたが、その頭部以外はトルソーのように四肢を断ち落され、かわりに下半身にヒグマ、両腕にも2ツずつのヒグマの頭部を接着されたような、異様な形態をしている。

 目視で、スコープもなく、ましてや一般人の膂力では、いくら回転の力があるとはいえその距離の相手に鉄球を届かせることは義弟にはできなかった。
 そして疾駆するそのヒグマが阿紫花たちに接近するのはもはやあと数秒。その上肉眼で目視される範囲にいるため、いつ砲撃を浴びせかけられてもおかしくない。

 その時だった。
 芥子粒のようなグリモルディの陰から、クモのような素早さで躍り出た一人の男がいた。
 一糸纏わぬ、その筋肉に満ち溢れた肉体で、彼は戦艦のようなそのヒグマに自ら向かっていく。
 宮本明が屋上のフェンスから身を乗り出した。


「ブロニーさん!!」
「いぇああああああああああぁん!!」


 ジャック・ブローニンソンが走り出したのは、斜め前方だった。
 なだらかな斜面の上方から楕円軌道を描いて襲い掛かろうとすると同時に、阿紫花及びオフィスビルから射線をずらそうとしている走り方だった。


「第一、第二主砲――。斉射、始メ!」
「いゃっはああああああぁぁぁん!!」

 瞬間的に発射される大口径の砲撃に対し、ジャックはその脚力を以て上空に飛び上がっていた。
 直射狙いの砲撃の寸前に仰角をつけられ、超音速の弾丸はジャックの脚の下を通過して斜面に爆轟を起こしていた。

 続けざまに狙いが定められるのは合計8門の副砲と4つの機関銃である。
 しかし、切断された腕に無理矢理嵌めこまれたかのようなそのヒグマ型艤装の形状上、同一対象を一度に照準できるのは多くて副砲4門+機銃2。角度によっては副砲2門機銃1だけであった。
 ジャックを追うように機銃の掃射が開始されるが、彼はその弾幕が希薄になる方向を見切って、迂回軌道の角速度を増すように走りながらその火線を振り切っていく。


「ヤらせ、まセン――」
「にぃっ――!?」


 しかし、ジャックの狙いが、射撃攻撃の死角となる懐へ飛び込むことだと察知し、その戦艦少女のヒグマはフットワークを踏んだ。
 跳び退りながら砲門を最大限に向けられる正面方向でジャックに対峙し、彼を過たず撃ち殺そうとしている。
 グリモルディに抱えられていた武田観柳が、その時叫んでいた。


「あ、あ、アシハナッ!! 村田銃を出せぇッ!! 今すぐにだぁッ!!」
「か、観柳の兄さん!?」
「この観柳様のおみ足をふっ飛ばした上、投資先を不渡りにするなんざ認めんぞぉ、クソアマがぁっ!!」

 武田観柳の中で膨れ上がった怒りと投資への執着が、ついに彼の恐怖を押し潰していた。
 阿紫花の取り出した村田銃を奪い取るようにして掴み、彼は下半身のない身ながら堂に入った構えでそこに魔力を込め始める。


「魔力を貸せ、アシハナ! そしてヤれ!! 照準は私が定める!!」
「……! へい、わかりやしたぜぇ!!」

 銃把から輝くばかりの金に覆われてゆく村田銃の銃身に、武田観柳は阿紫花英良の手も取って乗せていた。


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「本当に始まったみてぇだな……。マジなのかよ、ヒグマの革命……」


 オフィスビル一階ロビーの窓から山の方を覗くのは、ヒグマになった李徴に背負われるフォックスである。
 彼の目には、斜面に着弾して大量の土石を吹き飛ばす2つの砲撃の爆発が映っていた。
 恐らくそこで、ジャック、阿紫花、観柳、そしてキュゥべえが、そんな大口径の砲塔を有したヒグマと戦っている。
 フォックスは、自分が跨っている李徴の背中を叩いた。


「おい、ボサッとしてるがよぉ、大丈夫なんだろうな。ヒグマがこっちにきたら交渉はお前頼みなんだぞ!?」
「い……いや……。まぁそれはわかっているが……」
「ったく、とんだ大口叩きだよなぁ……この殺し合いについての知識があるかと思ったら肝心のところでこれだしよ」
「め、面目ない……」


 李徴は、自分の想定や知識を遥かに逸脱してしまった『ヒグマ・ロワイアル』という環境の異様さに、今になって初めて怖気を覚えていた。
 今まで培ってきたロワ書き手としての知識や誇り――いわば、常識やお約束といったものが、一切通用しなくなっていた。
 そのことに気付いた時、彼の心には、ただ広漠と蒼黒い、悲しみの水が広がっていた。


『李徴さん……、大丈夫ですよ……。いざとなったら僕もいますので……』
「……」

 隣から穏やかな唸り声を掛けてくるのは、李徴自身が小隻と愛称をつけたヒグマ、隻眼2だ。
 だが今の李徴には、彼の励ましすら重圧になった。

 純然たるヒグマで有りながら、隻眼2は人間にも勝るような思慮深い考えと行動を採っている。その観察眼は、作家としての才能を自負していた李徴をも上回るものかも知れない。
 人語とヒグマ語の双方がわかるという、李徴のアドバンテージすら隻眼2が習得してしまったならば、自分は一体、どこに価値が残っているというのだろうか。

 蒼黒い水底で、心臓の鼓動が骨を噛む。
 背骨の奥底から、眼を光らせて爪の音が李徴の喉元に走り寄ってくるかのようだった。


 彼の上では、李徴の心を気にも止めず、フォックスが彼方の様子へ眼をこらしている。

「……この様子じゃあ、いつここにも新手のヒグマが襲ってくるかわからねぇな……。
 むしろ、もう既に建物の中に侵入されてても不思議じゃねぇし……」
『いや、それは流石にありませんよ。僕と李徴さん以外の獣臭はどこにもありません』

 フォックスの不安げな言葉に、隻眼2が唸る。
 しかしちょうどその瞬間、フォックスは突如背後に殺気を感じて、李徴の背中から跳び退っていた。


「――くおっ!?」
「あ~らら、絶好のチャンスだと思ったのに。流石に拳法家の端くれといったところかな?」

 李徴の背中を掠めて地面に降り立った、場違いに明るいその声に、ロビーにいた3名は一斉に振り向く。
 そこに立っていたのは、体の半分が白く、体の半分が黒く塗り分けられたかのような、奇妙な様相をした小さなクマであった。
 フォックスは着地しながら即座に両腕の鎌を構えて、突然の侵入者の力量を図ろうと睨みつける。


「て、てめぇもヒグマか!? いつの間に入りやがったッ!!」
「うぷぷぷぷ……。ボクは義弟くん一人だった時からずーっとここにいたのさ。キミたちの行動は全部見させてもらっていたよ」
『なっ……そんな……、なんで僕や李徴さんが気付かなかったんだ……!?』
「ロボットに臭跡なんて、あるわけないじゃないの。隠れてた女子トイレに入ってくるようなヤツも、幸い一人もいなかったしねぇ!!」


 フォックスは滔々と語るその白黒の小熊を眺め、『単体なら自分でも勝てる』と踏んだ。
 『ロボット』と名乗った通り、そのクマは見た目の小ささに反して重量があるようで、爪による攻撃は李徴の毛を先程の一撃で斬り飛ばしているほどだ。
 しかし、同時にその動きは勢いはあれど固く、自分程度の力量でも見切ることは可能だった。
 関節部分の継ぎ目に鎌を差し入れてこじり壊すなどの手を使えば、どうにか破壊することはできそうである。
 他の人間がいなくなった隙を見て襲い掛かってきたということは、明らかにこのクマは自分の殺害を始めとした参加者の各個撃破を目的にしているのだろう。
 フォックスはそこまで考えて、戦闘に慣れていないだろう2頭から注目を外し、カウンターを突けるように身構えながらそのクマを煽った。


「おいスケベ熊!! 喋くってねぇで、俺を殺すつもりならかかってこいよ!! てめぇの好きな女子便器の中に切り刻んで流してやるからよぉ!!」
「うぷぷ、残念だけど、キミがメインじゃないんだな~」

 しかしそのクマはフォックスの罵倒に乗ることなく、その正面で瞠目する李徴に向けて語り掛けていた。


「……ねぇ李徴クン。自分が無智で愚昧な鈍物に成り下がった気持ちはどうだい?」


 そのクマは、いやに白々とした牙を覗かせて、その相好を歪ませた。


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「阿紫花英良も動いたか」
「おい操真さん! 早くあいつらを呼び寄せてくれよ!!」
「無理だよ!! あいつごとここに呼び寄せることになるぞ!? 阿紫花さんはそれを防ごうとしてくれてるんだ……」
「つったってこれじゃジリ貧じゃあ……!?」


 宮本明たち3人が見下ろす彼方で、阿紫花英良の駆るグリモルディが、ジャック・ブローニンソンとちょうど反対方向から戦艦ヒグマに攻め込むように、斜面を回り込んでいた。
 その頭部で金色の銃を構える酷薄な笑みは、恐怖を一巡して押し込めた武田観柳の構えである。


「――次は直撃サせマす」


 ジャックから後退して距離を保ちつつ、その戦艦の少女は副砲を斉射しようとしていた。
 その瞬間、黄金の閃光が幾条も砲塔の側面から吹き上がり、ジャック・ブローニンソンを狙っていた4門の発射口が、ことごとくその砲門を逸らされる。
 同時に煽りを喰らった機銃の火線も乱れ、ジャックは辛くもそれを転げて回避した。

「ナッ――」
「ほーっ、ほっ、はっはァ!! たまんねぇなぁ!!
 村田銃が単発の散弾ばっかだと思ったら大間違いなんだよぉ!!」

 武田観柳が、その手に構えた村田銃を、恐ろしく精確な弾道で乱射しているのだ。
 彼の手により鍍金された村田銃の形式は、元々からして砲口径14mmという大型小銃である。
 そこに込められるのは、魔力で生成された黄金の28ゲージスラグ弾。
 近接戦闘では大口径ライフル並の威力を発揮するその砲火が、即座に銃身内部に再生成される魔力の弾丸により、通常の村田銃ではあり得ない速射性を獲得していた。

 グリモルディの高速機動で翻弄しながら隙間ない銃撃を繰り出してくるもう一体の敵を否応なく認識させられ、ヒグマの少女は狼狽した。
 操舵手である阿紫花英良、そして砲手である武田観柳の能力は、どちらもその道において達人の域に至っている。
 彼らが息を合わせて行なう高精度の攻撃は、彼女にとってかつて沈没直前に受けた魚雷の雨を想起させるほどのものだった。


「悪いんですがヤらせて頂きますぜぇ――!!」
「そ、ソレデ直撃のつもりナのッ!?」
「いよぉああああああああぁん!!」

 阿紫花と観柳の両名に応戦しようと構えを取り直す彼女の背後に、怪鳥のような声が響く。
 ぞくりと身の毛をよだたせて彼女は振り返る――、ことは、できなかった。


「――不肖阿紫花と観柳の兄さんの送る、ヒグマ獲りの舞ってトコですかねぇ」
「ふぃっ、ふぃひっ……、クソアマは籠絡されるのがお似合いなんだよ……!」


 その少女――戦艦ヒ級の体には、数十本もの灰色の糸が全身に絡みついていた。
 艤装や周辺の地面に着弾した金の弾丸から伸びるその糸は、彼女自身の動きやグリモルディで移動した阿紫花の糸捌きにより、彼女の肉体を複雑に締め付けている。
 そしてついに、彼女の肌に、その男の指先が触れていた。


「戦艦クマちゃんカワイイよぉおおおおおおおおおっ!!」
「キャァアアアアアアアアッ!?」

 ジャック・ブローニンソンの玉ほとばしる裸体が、その少女の背後に駆け上がる。
 生理的な恐怖を感じて彼女はもがくも、阿紫花が渾身の魔力を込めて維持するその糸は、一度に全てを引き千切れるほど軟弱ではなかった。

 その異形のヒグマの会陰部をまさぐるジャックの動きに、阿紫花と観柳は勝利を確信する。
 それは、遠く離れたオフィスビルでその様子を見守っていた宮本明たちも同様だった。


「やった!! ブロニーさんがマウントを取ったんだ!! 流石ブロニーさんだッ!!」
「すごいな……! 援護なんていらなかったんじゃないか……?」
「……いや、ちょっと待て。様子がおかしい」

 感嘆に飲まれる明と操真晴人を制したのは、ウェカピポの妹の夫だった。
 彼らの視線の先で、ジャック・ブローニンソンが動きを止めて震えている。
 ジャックの眼差しは、驚愕に見開かれ、そしてその次に、深い憐憫の色を湛えて瞑られた。
 亡き者のように目を閉じて、彼は声を震わせて少女へと呼びかける。


「……ヴルヴァも、ラビアも、ユテルスもない……。
 キミは、どうしてこんな愛を受けられない体に、されてしまったんだッ……!!」


 ただ悲哀と慈しみの涙を零しながら、彼はその生まれたての幼子の毛皮を愛撫した。


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「……あの軍艦のようなナリをしたヒグマには、交接器官がないようだな……」

 ウェカピポの妹の夫が、ビルの屋上で苦々しく呟く。
 それはジャック・ブローニンソンの、最大にして唯一究極の武器であるその逸物を、行使することができないということを意味していた。
 なおかつ、彼の狼狽ぶりからすると、そのヒグマには肛門すらないのかも知れなかった。
 ヒドラのように盲端になった消化管が、彼女の全ての口から同一の胃腸に繋がっており、余計な機構を排して、食事も排泄も全て彼女のどこかの口に担わせているのだろう。
 生物的機能を押し潰して、ただ軍事と戦闘を目的にして作られた、人造物であるが故のおぞましい構造であった。


「なぁ……、友情とか、愛情って、なんだろうな、クマちゃん……」
「ナにヲ……、言ッてイル……!」

 ジャック・ブローニンソンは、その女性像を備えたヒグマ――戦艦ヒ級の背中に取りついて、涙を零していた。
 彼女の艤装に備わる4頭の牙が彼に向かうことを、ジャックは自らの怪力を以て差し止めている。
 そして彼は、その双眸を見開いて叫んだ。


「愛は、友情は、魔法なんだッ!!」


 そして彼は、彼女の左肩に回り込み、その副砲の口元を押し開いて、自らの下半身をその機銃の根元に突き立てていた。
 たちまち、戦艦ヒ級の副砲、主砲、そして少女の口元の全てから、勢いよく白濁液が溢れ出す。


「あぎいィィイいいイィィぃぃッ――!?」
「――I used to wonder what friendship could be(友情ってなんだろうって思ってた)。
 Until you all shared its magic with me(キミたちと魔法を分かち合うまでは)!!」


 ジャックは力強く歌いながら、一塊の炎のような勢いでその腰を振り続ける。
 彼の取りつく副砲以外の口が、悶えながらも彼に向けて身をよじり、その脚や肩に食らいついて彼を振りほどこうとしていた。
 阿紫花英良が、武田観柳が、ジャックの無謀な行為に向けて叫びかける。

「ジャックさん!! 何やってんですかッ!! ダメです!!」
「バ、バカっ!! 私の弾丸はその艤装を徹せるほど貫通力ないんだぞ!!」
「When I was young I was too busy to make any friends(昔、俺は友達を作るには忙しすぎて)。
 Such silliness did not seem worth the effort it expends(そんなことはバカバカしいと思ってた)」

 ジャックの攻撃は、閉鎖空間に高圧をかけて破壊することによって初めてその威力を発揮する。
 管腔の反対側からその高圧の体液を受け流されては、精神的にはともあれ肉体的な殺傷力を持つことができないのだ。
 糸に絡められ、高圧の液体を流し込まれてもがきながらも、戦艦ヒ級は、ジャック・ブローニンソンの筋肉に満ちた体躯を食いちぎっていく。


「うおおッ!! ブロニーさぁん!!」

 ビルの屋上で、宮本明が突如叫びと共に丸太を抱え上げていた。
 操真晴人がその様子に驚いて声を上げる。

「み、宮本さん!? あんたどうするつもりだよそれ!?」
「このままじゃブロニーさんが死んじまう!! 義弟さんがやれねぇなら、俺がやってやるッ!!」
「失敗してここがばれたら、阿紫花さんたちを避難させることもできなくなるんだぞ!?」
「……いや、やってみろ、宮本明」

 口論になりかける晴人と明を抑えて、ウェカピポの妹の夫が屋上の端に進み出た。
 腕と指を伸ばして、交戦する戦艦ヒ級への正確な距離を測りながら、槍のように尖らせた丸太を構える明の姿勢を修正していく。

「未来予知のできるお前が、自分で『できる』と思ったんだろう? ならばそれをより確実にするために『回転』を使え。
 俺の鉄球の回転は何度も喰らっただろう。お前の皮膚は覚えているはずだ。
 ライフルの弾丸のように、空気を切り裂いて飛ぶような回転を作れ。自分の足元から、全身の骨肉で回転を生み出して投げるんだ」

 義弟は、宮本明の両腕に手を添えてそう語り掛けた。
 頷く明の視界には、白い螺旋でできた弾道が、過たず彼方の山へ向けて描き出されている。
 その曲射の軌跡に丸太を乗せて飛ばすことが果たしてできるか――。
 明の意識は、その問いに対して、『できる』と答えていた。


「ああ――、やれる。やれるよ義弟さん。俺は、自分たちの未来を、この力で招いてみせる!!」
「LESSON3だッ!! 『回転を信じろ』!! お前が今まで積み重ねてきた力を、信じ抜け!!」


 固唾を飲む操真晴人の前で、達人たちがその奥儀を解き放とうとしている。


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「But my little ponies, you opened up my eyes(でもあのポニーたちや、みんなのおかげで気付いたんだ)!!
 And now the truth is crystal clear, as splendid summer skies――(その透き通った真実は夏の空のように輝かしいんだと)!!」
「あ、ガ、ひィイイいいいいぃっ――!!」
「ジャックさんッ!!」

 総身を血に濡らしながらも、ジャック・ブローニンソンの眼光は衰えなかった。
 悶える戦艦ヒ級が、ぶちぶちと阿紫花英良の糸を引き千切ってゆく。
 阿紫花と観柳は舌打ちした。

 ジャックは完全に特攻して討ち死にするつもりでいる。
 しかし、未だ阿紫花たちは戦艦ヒ級の注意から完全に外れているわけではない。加えて、ジャックに追随して決定的なダメージを戦艦ヒ級に与える術もまた、彼らは持ち合わせてはいなかった。

「――観柳の兄さん!! 大砲とか出せねぇんですかいっ!? こんなチャンス逃したら、皆さんに申し訳もたたねぇっ!!」
「無茶言うなアシハナぁ!! 肉体再生中の私が、そんなことしたらッ……!!」
『魔女化一直線だねぇ。良い結末じゃないか!』
「「死ね、クソ淫獣!!」」

 阿紫花に蹴飛ばされ、観柳に村田銃で殴りつけられ、それでもキュゥべえは平然と笑っていた。


『――ま、その心配はないみたいだよ、カンリュウ』
「――And it's such a wonderful surprise……(こんな素敵な贈り物はないゼ)」
「……あァ――ッ」


 その時、達人の山で、全ての者が空を仰いでいた。
 紺碧の透き通った空から、一本の矢のように、ライフル弾のように、勢い良く回転しながら落ちてくる一本の槍。
 直径150mm長さ4000mmのその長大な砲弾は、実際の艦船の主砲にも、爆雷にも匹敵していたかもしれない。


「――これが、彼岸島の戦い方だ。ヒグマども!!」


 宮本明の投擲した槍のような丸太は、打ち震える戦艦ヒ級の右の肩口から艤装の副砲を貫き、腹部の機関を貫通して、大きな杭としてその体を地面に縫い留めていた。


「ひぃぃぃイイギャあアアアアアアアあああァァぁぁぁあああぁっ!!!???」
「義弟さん――いや、明さんかッ!! やってくれやした!!」
「オラッ、クソ淫獣!! さっさと操真晴人を呼べぇぇぇッ!! 離脱じゃぁあ!!」
『だってさハルト。左半身失調も活きてるんだろう、これ。いい仕事をするじゃないか』


 阿紫花英良は、ただちにグリモルディで戦艦ヒ級の左側に回り込んだ。
 魔法の糸、ジャック・ブローニンソン、そしてたった今巨大な丸太に貫かれたそのヒグマは、いよいよ口から吹く体液に朱を混じらせて、狂乱に身をよじっている。
 阿紫花たちの動きを、そしてジャックの動きを、彼女は認識できていなかった。

『了解した! コネクトウィザードリングを使うぞッ!!』

 操真晴人が応じて、グリモルディの横に赤い魔法陣が展開される。


 ――よし、戦場から離脱しますぜ……!


 阿紫花英良は、そう考えて、未だ戦艦ヒ級に取りついているジャック・ブローニンソンを見やる。
 全身をヒグマの牙に食いちぎられ、至る所に骨さえ見え始めている彼はしかし、手を伸ばす阿紫花に、にっこりと微笑みかけるだけだった。
 そしてジャックは、左半身を失調している戦艦ヒ級の背中をよじ登り、ずるずると彼女の右半身に向けて這いずって行く。

「な――、にを――」
「サンキューね、エイリョウ。アキラたちにヨロシク。この島でみんなと会えてサイコーだったゼ。
 やっぱりオレは、こんな子、放っておけないのさ、ケモナーとして、ブロニー(ポニー好きのブラザー)としてな」
「晴人の兄さん! ダメです!! アタシたちからじゃなくて、ジャックさんを――ッ!!」


 阿紫花の叫びを掻き消すように、彼と武田観柳、そしてキュゥべえは、操真晴人の魔法陣に吸い込まれていった。


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『なおけものあり
 しみじみと蒼黒く
 ぎちぎちと骨軋ませて
 わが心に疾り来るけものあり』

 彼が思い返す微かな記憶の中では、昔読んだある詩の一篇が思い起こされていた。

 李徴がどこまで逃げても、背中から『獣』がぴったりと追いかけてくる。
 李徴がどこまで逃げても、闇の中からしきりに自分の声が呼びかけてくる。


 意味がない。
 意義がない。
 存在の確証も目的もない。
 身を取り巻くその虚無に抗おうとして、自分の背中から疾り来る獣がいる。

 るういい。
 いいるう。
 そんな声で李徴の獣が哭く。


「キミには何の価値もないのさ。ボクの侵入にも気づけなくて参加者の役には立たないし、ヒグマになり切れないキミをヒグマ帝国が認知してくれるわけもない。
 書き手としても参加者としてもジョーカーとしても役立たず。さっさと死ねば良いのに、自分で華々しく散れる機会も逃す。見苦しすぎて笑えてくるよ」


 認めて欲しいよう。
 見止めて欲しいよう。
 そんな声で李徴の人間が哭く。

 自分などいなくても一向差支えなかったのではないか。

 そんな疑念に食らいつくように、李徴の心臓が足掻く。


「……てめぇッ!! 李徴を狂わせるのが目的かッ!?」
『李徴さん!! お願いします、しっかりして下さい!!』


 李徴の心に、あの断念の日が燃える。
 脳の中で焼け落ちて、喰い散らかされてゆく自分の文字を追って、李徴は疾っていた。

 走って。
 奔って。
 疾って。

 李徴が追いかけて喰らいついたのは、自分の姿だった。


「ああぁあああ……るううううぅぅぅぅぅううう!!!!」


 李徴の慟哭は、そのビルのフロア一帯を劈いていた。
 その叫び声で、一階のロビーに嵌っていた窓ガラスが悉く砕け散っていた。

 李徴の前脚が何かを潰していた。
 打ち砕いた手ごたえは、自分の書いた作品の頁に似ていた。

 李徴はなおも叫んだ。
 自分の背骨の奥に巣食う蒼黒い色をしたなにかを、咽喉から搾り出すように音声へと変換した。


「あひいぃぃぃいいぃいいいぃぃいぃるぅう――!!!!」


 李徴の爪の音を(その爪の音こそ李徴の本体なのだ)、李徴は、李徴の真下の大地の中に聞く。
 そしてその時には既に李徴は失われているのだ。
 李徴の心にいるからとて安心している訳に行かない。
 むしろ、李徴は李徴の棲家にいるようなものだ。


 李徴は李徴の掌の中から逃れようとして、その場から疾った。
 李徴の爪の音は、李徴が走るとその後ろからぴったりとついてくる。
 李徴は耐えきれなくなって、疾りながらまた哭いた。


【E-6・街/日中】


ヒグマになった李徴子山月記?】
状態:狂乱
装備:なし
道具:なし
基本思考:羆羆羆羆羆羆羆羆羆羆
0:羆羆羆羆羆羆羆羆羆羆
1:羆羆羆羆羆羆羆羆羆羆
2:羆羆羆羆羆羆羆羆羆羆
3:人間でありたい。
4:自分の流儀とは一体、何なのだ?
[備考]
※かつては人間で、今でも僅かな時間だけ人間の心が戻ります
※人間だった頃はロワ書き手で社畜でした


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「……ッくそっ! 遠慮もクソもあったもんじゃねぇぜ、あの気狂いはっ……!」


 竜巻に飲まれたかのように荒れ果てたロビーの端の壁で、荒い息と共に男が呟いた。
 跳刀地背拳の伝承者フォックスは、灼熱感を帯びた自分の腹部に、ゆっくりと目を落とす。
 内臓が抉り出され、彼がもたれる壁面には真っ赤な液体が飛び散っている。
 肝臓の切断面からどろどろと流れる血液を見て、彼はぼんやりと思考した。


「……っはあ……なかなか簡単に死なねぇもんだな、人間は……。痛すぎて困るぜ……」
『フォ、フォックスさん……』

 フォックスとは反対の端で、一頭のヒグマが唸る。
 そのヒグマ隻眼2は、左肩口の肉が鋭い爪でぞっくりと抉られていたが、その毛皮のせいか、命に別状があるほどの損傷は受けていなかった。
 フォックスは彼の唸り声を聞いて舌打ちする。


「ったく、唸られただけじゃわっかんねぇよ……。李徴は間違いなく、俺たちに必要な野郎だってのに、こんな機械の口車に乗せられやがって」


 フォックスが見やったフロアの床には、一面、滅茶苦茶にひしゃげた電子部品が散乱していた。
 ヒグマとしての心に再び『酔って』しまった李徴は、目の前で彼を煽ったロボットを打ち壊し、同時にフォックスと隻眼2を含めて無差別に暴れ、オフィスビルの正面ドアを打ち破って走り去ってしまっていた。

「このロボット野郎……、自分が壊されることは折りこみ済みだったのかよ……。
 自爆特攻とか、クソ迷惑にも程があるぜ……!!」
『……目的が、他に、ある……、のか……?』

 隻眼2は、どんどん息が細くなっていくフォックスの元へふらふらと近づいてゆく。
 フォックスはそんな彼の様子を見ながら、自嘲気味に笑った。


『フォックスさん……! フォックスさん……!!』
「は、はは……シャオジー。お前もヒグマらしくなるのかよ……。
 やっぱ俺は、地面を背負わなきゃ、駄目だったな……。クソ、ヒグマ、帝国め……」


 その呟きを聞いて、隻眼2はハッとして、ガラスの割れた窓から北の山地を見やった。
 ヒグマの近眼には、とてもではないがその方角で起こっている事態の詳細は伺えない。


『こ、これだ……。魔法を使える3人が全員いなくなった隙をついて、確実にフォックスさんを殺す……。
 その上、阿紫花さんたちを襲撃したヒグマから、屋上の義弟さんたちの気を逸らさせようとした……。追撃する余裕を無くさせ、判断を混乱させるためだ……!
 そして、李徴さんを狂わせることで言葉を奪い、死肉をちらつかせて僕の気持ちまで、揺らがせようって……。そういうつもりですかッ!!』


 隻眼2は、窺い知れぬ悪寒に震え、自分の頭から血の気が引いていくことを静かに感じていた。
 彼の獰猛な唸り声を頭上に聞きながら、フォックスはその言葉の意味するところを知ることなく、その息を引き取った。


【フォックス@北斗の拳 死亡】


【E-6・街(あるオフィスビルのロビー)/日中】


【隻眼2】
状態:左肩に裂創、左前脚に内出血、隻眼
装備:無し
道具:フォックスの持っていたデイパック×2(基本支給品×2、袁さんのノートパソコン、ランダム支給品×0~2(@しんのゆうしゃ) 、ランダム支給品×0~2(@陳郡の袁さん)、ローストビーフのサンドイッチ(残り僅か)、マリナーラピッツァ(Sサイズ))
基本思考:観察に徹し、生き残る
0:李徴さんとフォックスさんを助けなきゃ……。
1:阿紫花さんたちは!? 屋上の人たちは!?
2:ヒグマ帝国……、一体何を考えているんだ?
3:とりあえず生き残りのための仲間は確保したい。
4:李徴さんたちとの仲間関係の維持のため、文字を学んでみたい。
5:凄い方とアブナイ方が多すぎる。用心しないと。
[備考]
※キュゥべえ、白金の魔法少女(武田観柳)、黒髪の魔法少女(暁美ほむら)、爆弾を投下する女の子(球磨)、李徴、ウェカピポの妹の夫、白黒のロボット(モノクマ)が、用心相手に入っています。
※袁さんのノートパソコンには、ロワのプロットが30ほど、『地上最強の生物対ハンター』、『手品師の心臓』、『金の指輪』、『Timelineの東』、『鮭狩り』、『クマカン!』、『手品師の心臓』、『Round ZERO』の内容と、
 布束砥信の手紙の情報、盗聴の危険性を配慮した文章がテキストファイルで保存されています。


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「た、助かりましたぁ――! 宮本さん、義弟さん、操真さん、ありがとうございます!」
「いや、観柳さんたちこそ無事でよかっ――」
「お、おい英良さん!! ブロニーさんはッ!? ブロニーさんはどうした!?」

 魔法陣でビルの屋上に転移してきた武田観柳を助け起こそうとする操真晴人の声を喰って、宮本明が叫んでいた。
 阿紫花英良は、歯を噛んで彼に言葉を絞る。

「ジャックさんは、あのヒグマを慰めて、死ぬつもりらしいです――」
「なっ――! 今からでも、もう一本! あのヒグマに止めを刺してやる!!」
「阿紫花さん、まだ魔法陣作れますから! 転移させますよ!!」
「ダメなんですよッ!! あの人――アタシの魔力で動いてたんですから!! もう、あのヒグマの背中に大の字で死んでんですよ!!」
「あっ――」

 操真晴人は、阿紫花の叫びに絶句した。
 同時に、山を見やっていた宮本明もギリギリと歯噛みする。

 ジャック・ブローニンソンの体は、戦艦ヒ級の背中の真ん中にうつ伏せとなっていた。
 この距離から丸太で貫けるほどの明確なねらい目が存在しない。
 同時に、失調している左半身からもはみ出ているため、操真晴人が転移させればそれを戦艦ヒ級に気づかれて、一緒に呼び寄せてしまうことになる。
 宮本明は、それならばとただちに階段を降りようとした。


「だったら、杭で動けない今のうちに、一気に全員であのヒグマを殺しに行くぞ!!
 一階には李徴さんも小隻さんも待ってる!! それで、ブロニーさんの体を確保するんだ!!」
「ああぁあああ……るううううぅぅぅぅぅううう!!!!」


 宮本明がそう叫んで階段に脚を掛けた瞬間、階下からビル全体を震わせるような叫び声が上がっていた。
 ビリビリと耳に響くその声に続いて、何かが暴れ回る騒音が一階から続けざまに届く。


「あひいぃぃぃいいぃいいいぃぃいぃるぅう――!!!!」


 ウェカピポの妹の夫が即座に反応して屋上を反対側の端まで駆け抜けた。
 その眼下で、ビル正面のドアを突き壊して、ヒグマとなった李徴の体が南の街へ躍り出ていく。

「くっ――、『ネアポリス護衛式鉄球』!!」

 義弟は即座に李徴に向けて鉄球を投擲した。
 精度に乏しい投球を補うように、地面に着弾して散乱した衛星は李徴の背中を追う。
 しかしその衛星群は建物に阻まれ、街の路地を滅茶苦茶に走り抜けていく彼に届くことはなかった。
 義弟は直ちに屋上に振り向いて、一帯の全員に叫びかける。


「一階でなにか異変があったんだ!! 背にフォックスがいない!! 襲撃を受けたのかも知れんぞ!!」


 ざわ、と屋上の空気が緊張に詰まる。
 突如突き付けられた予想外の事態に、全員が一瞬硬直したのだった。


『……ヒグマの中にも、なかなか絶望的な状況を作るのが上手い者がいるみたいだね。
 でも、その道じゃ紀元前からやってきているボクたちインキュベーターに、ポッと出のヒグマが敵うと思っているのかい?』


 そんな中で、キュゥべえだけはいつもと変わらぬ無表情で、朗らかに小首を傾げていた。


【E-6・街(あるオフィスビルの屋上)/日中】


【宮本明@彼岸島】
状態:ハァハァ
装備:なし
道具:基本支給品、ランダム支給品×0~1、先端を尖らせた丸太×1、丸太×8、手斧、チェーンソー、槍鉋
基本思考:西山の仇を取り、主催者を滅ぼして脱出する。ヒグマ全滅は……?
0:ブロニーさんは!? ブロニーさんは!?
1:一階で何が起こったんだ!?
2:西山……
3:兄貴達の面目にかけて絶対に生き残る
※未来予知の能力が強化されたようです。
※ネアポリス護衛式鉄球の回転を少しは身に着けたようです。


【阿紫花英良@からくりサーカス】
状態:魔法少女
装備:ソウルジェム(濁り:中濃)、魔法少女衣装
道具:基本支給品、煙草およびライター(支給品ではない)、プルチネルラ@からくりサーカス、グリモルディ@からくりサーカス、余剰の食料(1人分程)、鎖付きベアトラップ×2
基本思考:お代を頂戴したので仕事をする
0:この状況じゃ、ジャックさんは捨てるしかないですね……。
1:なんで李徴さんが狂った!? フォックスさんは!?
2:手に入るもの全てをどうにか利用して生き残る
3:何が起きても驚かない心構えでいるのはかなり厳しそうだけど契約した手前がんばってみる
4:他の参加者を探して協力を取り付ける
5:人形自身をも満足させられるような芸を、してみたいですねぇ……。
6:魔法少女ってつまり、ピンチになった時には切り札っぽく魔女に変身しちまえば良いんですかね?
[備考]
※魔法少女になりました。
※固有魔法は『糸による物体の修復・操作』です。
※武器である操り糸を生成して、人形や無生物を操作したり、物品・人体などを縫い合わせて修復したりすることができます。
※死体に魔力を注入して木偶化し、魔法少女の肉体と同様に動かすこともできますが、その分の維持魔力は増えます。
※ソウルジェムは灰色の歯車型。左手の手袋の甲にあります。


【武田観柳@るろうに剣心】
状態:魔法少女、下半身消失
装備:ソウルジェム(濁り:中)、魔法少女衣装、金の詰まったバッグ@るろうに剣心特筆版
道具:基本支給品、防災救急セットバケツタイプ、鮭のおにぎり、キュゥべえから奪い返したグリーフシード@魔法少女まどか☆マギカ、紀元二五四〇年式村田銃・散弾銃加工済み払い下げ品(0/1)
基本思考:『希望』すら稼ぎ出して、必ずや生きて帰る
0:……この観柳様を嵌めたのか!? ふざけるなよ下手人!!
1:昇降機の場所は解ったんだ……。どうにか体勢を立て直す……!
2:他の参加者をどうにか利用して生き残る
3:元の時代に生きて帰る方法を見つける
4:取り敢えず津波の収まるまでは様子見でしょうか。
5:おにぎりパックや魔法のように、まだまだ持ち帰って売れるものがあるかも……?
[備考]
※観柳の参戦時期は言うこと聞いてくれない蒼紫にキレてる辺りです。
※観柳は、原作漫画、アニメ、特筆版、映画と、金のことばかり考えて世界線を4つ経験しているため、因果・魔力が比較的高いようです。
※魔法少女になりました。
※固有魔法は『金の引力の操作』です。
※武器である貨幣を生成して、それらに物理的な引力を働かせたり、溶融して回転式機関砲を形成したりすることができます。
※貨幣の価値が大きいほどその力は強まりますが、『金を稼ぐのは商人である自身の手腕』であると自負しているため、今いる時間軸で一般的に流通している貨幣は生成できません(明治に帰ると一円金貨などは作れなくなる)。
※観柳は生成した貨幣を使用後に全て回収・再利用するため、魔力効率はかなり良いようです。
※ソウルジェムは金色のコイン型。スカーフ止めのブローチとなっていますが、表面に一円金貨を重ねて、破壊されないよう防護しています。
※グリーフシードが何の魔女のものなのかは、後続の方にお任せします。


【操真晴人@仮面ライダーウィザード(支給品)】
状態:健康
装備:普段着、コネクトウィザードリング、ウィザードライバー
道具:ウィザーソードガン、マシンウィンガー
基本思考:サバトのような悲劇を起こしたくはない
0:しまった……! 一体何が起きてるんだ……!?
1:今できることで、とりあえず身の回りの人の希望と……なれるのかこれは?
2:キュゥべえちゃんは、とりあえず目障り。
3:観柳さんは、希望を稼ぐというけれど、それに助力できるのなら、してみよう。
4:宮本さんの態度は、もうちょっとどうにかならないのか?
[備考]
※宮本明の支給品です。


【キュウべぇ@全開ロワ】
状態:尻が熱的死(行動に支障は無い)、ボロ雑巾(行動に支障は無い)
装備:観柳に埋め込まれた一円金貨
道具:なし
基本思考:会場の魔法少女には生き残るか魔女になってもらう。
0:面白いヒグマがいるみたいだね。だけど、魔法少女を増やす前に絶望を振りまかせる訳にはいかないよ? もったいないじゃないか。
1:人間はヒグマの餌になってくれてもいいけど、魔法少女に死んでもらうと困るな。もったいないじゃないか。
2:道すがらで、魔法少女を増やしていこう。
[備考]
範馬勇次郎に勝利したハンターの支給品でした。
※テレパシーで、周辺の者の表層思考を読んでいます。そのため、オープニング時からかなりの参加者の名前や情報を収集し、今現在もそれは続いています。


【ウェカピポの妹の夫@スティール・ボール・ラン(ジョジョの奇妙な冒険)】
状態:疲労(中)
装備:『壊れゆく鉄球』×2@SBR、王族護衛官の剣@SBR
道具:基本支給品、食うに堪えなかった血と臓物味のクッキー、研究所への経路を記載した便箋、HIGUMA特異的吸収性麻酔針×3本、マリナーラピッツァ(Sサイズ)×8枚
基本思考:流儀に則って主催者を殴りながら殺りまくって帰る
0:敵は誰だ……!?
1:ジャック・ブローニンソンは、死なせてやるしかあるまい……。あの戦艦ヒグマに真っ向から挑むのは危険すぎる。
2:フォックスはどうした……!?。
3:李徴はヒグマなのか人間なのか小説家なのか、どうケジメをつけるつもりだ……!
4:シャオジーは無理して人間の流儀を学ぶ必要はないし、ヒグマでいてくれた方が有り難いんだが……。どうなっている!?
5:『脳を操作する能力』のヒグマは、当座のところ最大の障害になりそうだな……。
6:『自然』の流儀を学ぶように心がけていこう。


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「――キミを、こんな体にしてしまったヤツは、キミを孤独にさせてしまった、悪いヤツだ……」


 私の耳元で、男のヒトがそう囁いていた。
 私のお腹に温かな飲み物を注いでくれたヒトは、そう言って笑っていた。


「でも、キミを好きになってくれる友達は、絶対にいる……」


 私の体を抱きしめて、そのヒトはゆっくりと動かなくなっていった。


「オレがまずキミの、大きいお友達に、なってあげるから、さ……」


 白い飲み物のおかげでお腹はいっぱいだったけれど、私の体についた沢山の口が、動かなくなったその男の人の体を、また少しずつ食べ始めた。
 そう言われれば、私の体には、前はこんなに沢山の口はついていなかった気がする。

 突き刺さった長い徹甲弾から私の体をゆっくり引き千切ると、その男のヒトの肉のおかげで、私の体はまたもとに戻り始めた。
 始めはよくわからない敵かと思ったけれど、私に沢山糧食をくれたので、本当はとても良いヒトだったのだろう。


「……敵影消失。艦載機ノ再生産ヲしなくテハ……」


 私を襲っていた奇妙な格好の敵艦は、いつの間にかいなくなっていた。
 転進したのだろう。
 それでは彼らが提督を襲いに行く前に、先に提督を見つけて守らなくては。


「……提督。アナタハ、悪いヤツなんカジャ、ありマセんよネ……?」


 一緒に居た僚艦も、提督も、私の大切な仲間だったはずだ。
 でも、それならなんで、提督も彼女たちも、私が生まれた時に居なかったのだろう?
 なんで提督は、私を今までとは違う姿に作ってしまったのだろう?
 私は、孤独なんかジャ……、ナイはズでスよね?


 私は、提督ノ傍に、居るベキ秘書艦ナンでスよね?


 もシカシたラ、この良いヒトの言ったコトが正しケレバ、悪いヤツが提督ヲ操っテいるのかもシレナい。
 ミンナも、悪いヤツに操られテイルのかも知れナイ。

 るういい。
 いいるう。
 そンナ声で私ノ艤装が哭ク。

 提督が愛しいよう。
 提督が欲しいよう。
 ソんな声デ私はひしりあげる。


「……ダッタら、大和ガその乗っ取ラレた艦橋を直シテあげなけレバいけまセンね!
 壊シテ、新しイノヲくっつけテアゲましょう……! 待ってテクダさイネ!!」


 だって、ミンナ、大和トは友達デショう?


 ――愛のような日が、怪力で来る。


【ジャック・ブローニンソン@妄想オリロワ2 死亡】


【E-5 山の斜面の西部/日中】


【戦艦ヒ級flagship@深海棲艦】
状態:精神錯乱、中破(修復中)、副砲修復中、丸太と糸から離脱中、体液塗れ
装備:主砲ヒグマ(24inch連装砲、波動砲)×1
副砲ヒグマ(16inch連装砲、3/4inch機関砲、22inch魚雷後期型)×4
偵察機、観測機、艦戦、艦爆、艦攻、爆雷投射機、水中探信儀、培養試験管
道具:ジャック・ブローニンソンの食いかけの死体
[思考・状況]
基本思考:ヒグマ提督を捜し出し、安全を確保する
0:偵察機を放って島内を観測する
1:ヒグマ提督の敵を殲滅する
2:ヒグマ提督が悪いヤツに頭を乗っ取られているなら、それを奪還してみせる。
3:この男のヒトは、イイヒトだった。大和の友達です。
[備考]
※資材不足で造りかけのまま放置されていた大和の肉体をベースに造られました
※ヒグマ提督の味方をするつもりですが他の艦むすとコミュニケーションを取れるかどうかは不明です
※地上へ進出しました


※阿紫花英良と武田観柳、キュゥべえは、地下への昇降機の存在位置を確認しています。

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最終更新:2014年09月09日 21:35