現れたマヌケな外見のクマ・リラックマを前にどうすればいいのか
呉キリカは悩んでいた。
あんなぬいぐるみのような奴に負けるつもりはない。というよりも、負けてしまうわけにはいかなかった。愛する美国織莉子にまた会うまでは何としてでも勝たなければいけない。
しかしそんなキリカの懸念とは裏腹にリラックマは攻撃を仕掛けてくる様子を見せない。それどころか、のほほんとしたオーラをずっと放ち続けていた。
「どうもはじめまして。ワタシ、リラックマといいます」
あろうことか、礼儀正しくお辞儀をしながら挨拶をしてくる。
それにはキリカも面食らってしまう。人間みたいに自己紹介をするクマなんて今まで見たことがない。クマが喋ってきたのも驚いたが、しろまるみたいに人の言葉を話す生物だっている。だから、喋るクマがいても不思議ではない。
そんなリラックマから敵意は感じられないが、しろまるみたいに何を考えているのか分からなかった。
「……さむいですね」
そして、リラックマはブルリと全身を震わせた。
きぐるみのように分厚い外見でも夜の寒さは堪えるらしいが、そんなことはキリカにとって知ったことではない。
(何かと思ったら……やれやれ、こんな変なクマと出会うとは。それに、のぞみも何だか……)
不意にのぞみの方を覗いてみると、やはり瞳をキラキラと輝かせていた。
「君、かわいいね! リラックマ!」
「あ、ありがとう……ございます……」
「私、
夢原のぞみ! よろしくね!」
「そ、それよりも……ワタシに何かあたたかいものを……できれば、ふとんを……」
「うん、わかった! 私、ちょうど毛布を持っているからあなたにあげるね!」
のぞみは嬉しそうな表情でデイバッグからやけに大きな毛布を取り出して、リラックマの小さな身体に巻き付ける。すると、リラックマはほっこりとした表情を浮かべた。
「おお……あたたかい」
「よかったね、リラックマ!」
「とっても幸せ……のぞみさん、ありがとうございます」
「どういたしまして!」
「これでまたあたたかく眠れる。それじゃあ、おやすみなさい……」
「ダメダメ、こんな所で寝ていたら風をひいちゃうよ! 寝るなら家の中で寝ないと!」
「それもそうですね……でも、慌てても仕方がないからまだこのままでいいです」
「えー?」
のぞみとリラックマのやり取りはあまりにものほほんとしていて、ここが殺し合いの場であることを忘れてしまいそうだった。
しかしキリカは安堵などしていない。こうしている間にも織莉子がどんな目に遭っているのかを考えるだけでも不安になってしまう。
一刻も早く主催者を切り刻んで織莉子の元に帰らなければならないのだから、あまりのんびりしていたくなかった。
「……ねえちびクマ、ちょっといいかい?」
しかしその前に、キリカは尋ねる。
するとリラックマはキリカの方に振り向いてきた。
「ちびクマ?」
「その方がわかりやすいだろ? キミは小さいし」
「なるほど……」
「それよりも、キミは私達を襲わないのかい?」
「おそう? どうして」
「キミはこんな訳のわからない殺し合いを強制させたあの男の仲間じゃないの?」
「なかま? ワタシのなかまはキイロイトリとコリラックマとカオルさんだけですよ?」
「はあ? じゃあ、どうしてキミはここにいるのかな?」
「ワタシもよくわかりません……気がついたらここにいました。どうして、ワタシ達はこんなことをさせられなければならないのでしょうか?」
「……それは私が聞きたいよ」
リラックマの答えにキリカは溜息を吐いてしまう。
どうやらこのリラックマはヒグマの一匹であるにも関わらず何も知らないようだ。しかも普通のヒグマや魔女達のような凶暴性は一切ない、のぞみやキリカと同じ巻き込まれただけの立場なのだ。
主催者への手掛かりになるかと思ったが現実は甘くない。この分だと、仮に他の喋るヒグマを見つけたとしても情報は何一つ得られないだろう。
無駄に戦わなくて済んだのは幸いかもしれないが、それでも素直に喜べなかった。
「まあまあ、キリカちゃん! この子が敵じゃないってわかっただけでもよかったよ! 私達が喧嘩することだってなくなったし!」
「のぞみ……キミは本当に呑気だね。今、こうしている間にもあの男の思い通りになっているかもしれないのに」
「キリカちゃんの言う通りかもしれない……でも、今はこの子の力になりたいの! だって、この子もあたし達の仲間だから!」
「仲間、か……まあ、私はそのクマが何か変なことをしてこないなら別にいいよ。見た所、のぞみが言うように害はなさそうだし」
「ありがとう、キリカちゃん!」
「どういたしまして」
のぞみの言葉にキリカは頷く。
リラックマがどこに生きるクマで、何を目的にしているのかなんてキリカには関係ない。恩返しの邪魔をしないなら刻む気はないし、好きにさせるつもりだ。仲間になるのも別に構わない。
一時はどうなるかと不安に思ったが、どうやらそれは杞憂だったようだ。
「それと、ちびクマをきちんと休ませなくてもいいの? こんな所に放っておいたら駄目じゃないのかな?」
「そうだった! いつまでもここにいる訳にはいかないよね。リラックマ、行こう!」
「うごくのは好きじゃありませんが……わかりました」
リラックマは身体に毛布を羽織ったまま立ち上がる。
動くのも面倒くさがっているのを見る限り、とんでもない怠け者のようだった。それ自体はキリカにとってどうでもよかったが、これから邪魔をしてしまうのではないか不安だった。
(頼むから変なことをやらないでよ。私は今、恩返しをしている最中だから)
これから何事もないのをキリカは祈る。
のぞみはリラックマを守りたがっている。だから、キリカもリラックマを守るつもりだ。それも恩返しの一つなのだから。
(織莉子以外の為に戦うなんてこれが初めてかな? いや、そういえばえりかの為にも戦ったことがあったね……一度だけだけど)
不意にキリカは間宮えりかのことを思い出す。
魔法少女になってから、魔女の結界の中にいたえりかを救ったことがある。織莉子以外の為に戦ったのは、あの時だけだった。しかし今はのぞみとリラックマの為に動こうとしている。
(魔法少女をやっているとこんなこともあるのか……だけど、私の愛を守ってくれたから頑張らないとね。ちびクマはともかく、のぞみの為にも)
もしもこの先、魔女や使い魔と出会ったとしてもこれまでのように戦うつもりだ。どんな相手だろうと遅れを取ることはない。相手にもよるかもしれないが、のぞみ達を守りながら戦うことなんて朝飯前だ。
(織莉子はいないけど、今までみたいに頑張ればいいだけか……)
「助けてー!」
「ん?」
キリカがここにいない織莉子に想いを寄せていると、どこからともなく声が響く。
振り向くと、一頭のヒグマが走ってきた。
「あ、またクマさんだ!」
「のぞみは黙って! どうやら、今度こそ……!」
「ま、待って! 僕は敵じゃないよ! 何もしないから助けて!」
キリカが身構えると、ヒグマは急に立ち止まる。野生の動物であるにも拘らず、怯えたように酷く震えていた。
そんなヒグマの元にのぞみは駆け寄る。震える巨体を支えようと、のぞみは小さな両手を添えてきた。
「た、助けて……助けて……!」
「クマさん、どうしたの!?」
「向こうから……向こうから、恐ろしい奴がやってくる! 助けて!」
「恐ろしい奴!? それって誰なの!?」
「そ、それは……その……あの……えっと……!」
震えるヒグマはしどろもどろとなっていて、のぞみの問いかけに答えられていない。
見た所、喋るヒグマの震えは演技などではないようだ。もしもそれが嘘で、本当はのぞみを喰おうとしているのならこの手で刻むだけ。のぞみを失うなんてへまはしない。
ヒグマがどうして喋っているかなんて今更考えたりしない。人間みたいに話しているリラックマみたいな奴がいるのだから、似たようなクマがいてもおかしくないだろう。
「そいつはとんでもなく強くて、恐ろしくて……とにかく、やばい奴だ! このままじゃ、僕達はみんな……!」
「見つけたぜ? この熊野郎」
その時だった。怯えるヒグマの言葉を遮るように、新たな声がこの場に割り込んできたのは。
地の底から響くような低い声に、この場にいる全員が振り向く。
そこに立つのはクマを連想させるような体躯を誇る、紫色の怪物だった。二本の足で立っているがどこからどう見てもただの人間とは思えない。誰かが鎧を纏っているようだった。
その鎧には派手な飾りや磨いたような鮮やかさが微塵も存在しない。美術館や西洋の屋敷に飾られるような鎧ではなく、戦場に赴く兵士達が身に纏うような雰囲気が鎧から放たれていた。
「う、うわあああああああああああああああああ!」
その怪物を見た瞬間、喋るヒグマは凄まじい悲鳴と共に尻餅をついた。そのままヒグマが後ずさる一方、怪物・仮面ライダー王熊が歩み寄ってくる。
「ククク……クマが二匹にガキが二人か。面白いな」
王熊の仮面から漏れる笑い声は低くて、どこまでも不気味に聞こえてしまう。人間の男の声に聞こえるが、魔女のようにおぞましかった。
顔面は窺うことはできない。刃物のように突き刺さるような視線のせいで凶悪な笑顔を浮かべているのが推測できた。きっと、今もここにいる全員を引き裂こうと考えているかもしれない。
王熊はその手に持つ刃・ベアサーベルを構えながらじりじりと詰め寄ってくる。だが、キリカは黙ってやられるつもりはなかった。
「さっきの借りを返してやるよ。さあ、始めようぜ?」
「ひっ、ひっ、ひいいいいいいいいい!」
ヒグマは悲鳴を漏らしながらガタガタと震えている。
何があったのかは知らないが、この怯えようから考えて酷い目に遭わされたのかもしれない。命懸けで逃げ出したはずなのに、こうして見つかってしまう。考えてみると気の毒な話かもしれない。
このまま黙っている訳にもいかないだろう。
「のぞみ、キミはそのクマ達を連れてここから……」
「そこのあんた! このクマさんに何をしたの!?」
キリカが言い切る前に、のぞみは前に出た。怪物から放たれる殺意を微塵も臆さずに、射抜くような視線を王熊に向けている。その手にはピンク色の小さな携帯電話が握られていた。
「ちょっとのぞみ! キミは何をしようとしているの!?」
「キリカちゃんはリラックマ達を連れて逃げて! ここは私が何とかするから!」
「はあ?」
のぞみの口から出てきた言葉がとても信じられず、キリカは耳を疑った。
「もう一度聞くわ! あんたはクマさんに何をしたの!?」
「これは俺の邪魔をした礼だ……」
「礼って何よ! 意味がわからない! そんな訳のわからないことでクマさんを傷つけようとするなんて絶対に許さない!」
のぞみは王熊に啖呵を切っていた。
魔法少女でもなさそうな彼女がどうして王熊に強気で立ち向かえるのかが理解できない。まさか、自分なら何とかなると信じ切っているのか? もしもそんなことを考えているのなら、のぞみの正気を疑う。
何にせよ、このままでは恩人であるのぞみが殺されてしまう。あれでは自分から殺してくださいと言っているようなものだ。そうなったら恩返しは果たせないし、この愛情が中途半端な物であることを認めさせてしまう。そんなのは嫌だ。
のぞみを助ける為にも、ソウルジェムを手にとったキリカが魔法少女に変身しようとした。その時だった。
のぞみは携帯電話を持った手を真っ直ぐに突き出すと、指でボタンを叩く。ピ、ピ、ピ、と軽い音が鳴ってから、彼女は叫んだ。
「プリキュア! メタモルフォーゼ!」
その言葉と共に携帯電話から眩い輝きが発せられて、周囲の闇を太陽のように照らしていった。
キュアモから解放された蝶の形をした輝きは夢原のぞみの身体に纏われていく。光は一瞬で弾けていき、新たなるコスチュームが顕在して、桃色の髪もボリュームを増した。
先程まで纏っていた私服はどこにも存在せず、ドレスのように華麗な衣服がそこにあった。胸に付けられた蝶のブローチも煌びやかな輝きを放っている。
変身を果たした彼女は凛々しくポーズを構えながら、大声で名乗った。
「大いなる希望の力! キュアドリーム!」
今の彼女はのぞみであってのぞみではない。遥か昔より伝えられる伝説の戦士・プリキュアに変身していた。
パルミエ王国やキュアローズガーデンの為に戦ったプリキュア5の一人・キュアドリーム。それが今の夢原のぞみだった。
「のぞみ、キミは……!」
「キリカちゃん下がって! ここは私が何とかするから!」
後ろにいる呉キリカにドリームは告げる。
自分がプリキュアであることは秘密だった。本当なら彼女達の前で変身してはいけなかったけど、そんなことを言っている場合ではない。正体を秘密にする為に隠れて変身していたら、その間にキリカ達が犠牲になってしまう。
ココ達には怒られるかもしれないが、それは後で考えればいい。今は仮面ライダー王熊を倒すことが先だった。
「何だ……俺と戦う気か? クククッ、面白い……」
「みんなは絶対に傷付けさせたりしないからね!」
「面白い……やってみろよ!」
その言葉と共に突貫する王熊はベアサーベルを一閃するが、ドリームはそれを軽々と避ける。続くように王熊は突きを繰り出してくるが、ドリームは横に跳躍したことで回避に成功した。
その勢いのまま回り込んだドリームは蹴りを叩き込もうとするが、王熊の持つベアサーベルによって受け止められてしまい、ブーツと刃の衝突する音が響くだけになる。反対側の足で蹴りを放つが、結果は同じだった。
「フンッ!」
王熊は持つベアサーベルの刃が暴風雨のような勢いでドリームに迫るが、その一つ一つを正確に回避する。プリキュアの驚異的な身体能力があるからこそ成せる技だったが、それでもコスチュームが掠れていく。
それでもドリームは焦ることなどせずに、隙が生じるのを期待しながら避け続けていた。
「まだまだ!」
やがてドリームは迫り来るベアサーベルの刃を空高く跳躍することで回避して、王熊の後ろ側に着地する。王熊が振り向く前に、勢いよく拳を叩き付けた。
凄まじい轟音が鳴り響くも、肝心の王熊はほんの少しだけよろめいただけで大したダメージにはなっていない。ならば、倒れるまで拳を振るえばいいだけ。ドリームはもう一度だけ攻撃しようと、前に踏み出す。
しかしそれと同時に振り向いてきた王熊が鋭い前蹴りを放ち、ドリームの鳩尾に叩き込んだ。悲鳴と共にドリームは吹き飛ばされ、アスファルトの地面に叩きつけられていく。
王熊の蹴りは凄まじい重さで、ドリームはすぐに立ち上がれなかった。
「いたた……」
「ガキの癖に面白い奴だな……ゾクゾクするぜ。もっと俺を楽しませろよ?」
「楽しませろですって……!?」
王熊の言葉によって、ドリームは眉を顰める。身体の痛みなどではなく、王熊に感じた憤りによって。
「あなた、もしかして戦いを楽しんでいるの!?」
「当たり前だろ? 俺達はその為にここにいるからな」
「何ですって!? まさか、あなたは自分が楽しむ為だけにクマさんを襲ったの!?」
「それの何が悪い?」
「ふざけないで!」
ドリームの中で怒りが燃え上がるのに時間は必要なかった。
王熊はあろうことか、自分が楽しむ為だけに誰かを傷付けていた。ナイトメアやエターナルの連中と同じように。
そう考えた瞬間、ドリームの中で燃え上がる感情が更に熱を増す。身体の痛みなどなかったかのように立ち上がった。
「そうだ。それでいい……あの熊野郎の前に、まずはお前からだ!」
「のぞみもまさか魔法少女だったなんてね……これは驚いたよ」
王熊がまさに迫ろうとした瞬間、キリカの声が割り込んでくる。
思わずドリームが振り向くと、目を見開いた。そこにいるキリカの服装が先程までとは全く違ったからだ。
「やれやれ、それならそうと最初から言ってよ……どうなることかとヒヤヒヤしたじゃないか」
ぼやきながら歩いてくるキリカは、まるでアニメに出てくる魔法少女が来ているような服を纏っていて、右目が黒い眼帯で覆われている。そのコスチュームはどのプリキュアとも特徴が合わなかった。
しかしのぞみには一つの確信があった。
「き、キリカちゃん……あなたもプリキュアだったの!?」
「プリ……プリキュア? 何それ? それよりもキミこそ魔法少女だったのかい?」
「えー? 私はそんなのじゃない、プリキュアだよー!」
「……どうやら何が何だかわからないけど、ゆっくり話している場合じゃなさそうだね」
頭をポリポリとかきながら、キリカはリラックマと喋るクマの方に振り向く。
「キミ達、ここから離れた方がいいみたいだよ? こいつはキミ達も狙っているみたいだからね」
「は、はいいいぃぃぃぃぃぃぃ! さあ、小さいクマ君も行こう!」
「わかりました~」
喋るヒグマ・ぺらぺーらはリラックマを抱えながらこの場から去っていった。
もしもぺらぺーらが王熊と出会っていなければのぞみ達を襲っていたかもしれない。だが王熊から植え付けられた恐怖が、その本能を阻害していた。他者に食われるかもしれないという恐怖……それによって、他者を喰らうと言うクマの凶暴性が踏み躙られていた。
その事実を誰も知ることのないまま、キリカはドリームの隣に立つ。
「さて、これであの二人が巻き込まれる事はなくなったね。でも、あまりのんびりとしていられなくなったよ」
「うん! 早くあいつを倒して、リラックマ達を迎えに行かないとね!」
桃色と黒色。プリキュアと魔法少女という戦士に姿を変えた少女達は仮面ライダーに立ち向かおうと構えを取る。
キュアドリームと呉キリカの二人が勝つか。仮面ライダー王熊が勝つか。それとも全く違う結末を迎えるのか。
誰も知ることがないまま、戦いのゴングが鳴った。