ヒグマよ、大死を抱け



六十を超える参加者と多数の飢えたヒグマ達が闊歩する絶海の孤島。
まさに混沌、地獄絵図の様相を見せるこの島の戦いは時と共に激しさを増していった。
だがこの島に存在するのは何も参加者達とヒグマばかりではない。
この殺し合いが始まる以前より島に現生していた生物たちも当然存在していた。


※これ以降、当SSにおける動物達の会話は全て日本語に翻訳してお送りします。


『それにしても、何やらこの島も随分と騒がしくなってきたな』
『何でもどこぞの組織が大量の人間とヒグマの大群をこの島に連れてきて殺し合いを始めたとか
 聞いておるぞ』
傍迷惑な話じゃな。そういう催しは原住民であるわしらにアポ取ってから開催してほしいわい』
『な、何だか猛烈に悪い予感がするのう』


森の木に一角に止まっていたカラスや雀の一団がそんな愚痴をこぼしながら話していた。
彼らはそうは言っているが、基本的にこういうバトルロワイアルは主催者が用意した人工の会場で
行われるのがデフォルトなのでこういう事例が出るのも珍しい。
まあ主催としてもいちいち原生動物に気を配る必要なんぞないので断りを入れる訳もないのだが。

と、そんな事を言っている間にも事態は動き出した。


ズシン、ズシン、ズシン……


『お、おい。何やら向こうからでかい足音が聞こえてくるぞ?』
『み、見ろ―っ! 木の陰から誰かが出てきおったぞ―っ!!』

二羽のカラスが驚く中、木々をかき分けながら現れた巨大な影。
爛々と光る眼、毛に覆われた肉体、鋭い爪と牙、ついでに唸り声。

どう見てもヒグマです、本当に(ry


『な、なんじゃーっ!? 随分とごっついヒグマが姿を現しおったぞ―ッ!!』
『み、見ろあの血に飢えた目を! あれは相当腹を空かしておるようだぞ!!』
『それだけじゃねえ。あの全身から迸る闘気、あれは強者を求める戦士の気配だ』
『あのヒグマ、どうやらそこらのゴロツキのヒグマより相当腕が立つようだぜ』

二羽のカラスがオーバーに驚く横で事態を見守っていた鷹と鷲が冷静にヒグマを観察する。
彼らの言う通り、この場に現れたヒグマはただの野生種ではなかった。
何故ならヒグマの身体には、明らかに普通とは違う部分がいくつか見受けられたからである。


そのヒグマの左肩には肩当。
額には何故か『熊』という文字の焼き印が記されていたのだ!


『し、しかしなんじゃあのヒグマ。まるで拳法家のように肩当なんぞしおってからに』
『おおかたブルース・リーの映画でも見て真似した物好きなヒグマなんじゃねえのか?』
『ムゥ……あの額の焼き印……も、もしやあれは噂に聞く伝説の超人拳法の伝承者の証!
 信じられん、まさかこの目で見る事になろうとは……』
『ちょ、超人拳法だとーっ!?』
『し、知っているのか雷鳥!?』

【超人拳法】
日本の空手、韓国のテコンドー、タイのキックボクシング(ムエタイ)など世界のあらゆる武術・武道の源流が
千四百年の歴史を持つ中国拳法にあると一般に言われているが、その中でももっとも人知を超えた拳法とされて
いるのが超人拳法である。
その歴史は古く、山賊や馬賊が横行していた頃の時代までさかのぼるという。
中国河南省は嵩山少林寺に総本山を構えるこの拳法の代々の伝承者は、闘龍極意書と呼ばれる巻物と心技体を
極めた証である額の焼き印を受け継ぐことを常としている。
その奥義の数々は常識を超えた物が数多く、時として物理法則すら何の苦も無く捻じ曲げる事すらあると
言われている。
ちなみに現代日本において常識を超えた不可解な現象が起こる事を『ゆでだから』と例える事があるのは、
超人拳法の創始者である湯泥多磨噛(ゆでいたまごう)の名が由来という説がある。

民明書房刊
『世界の怪拳・奇拳』より



『そ、そんな凄まじい拳法をあのヒグマが習得しておるというのか……』
『に、にわかには信じられんわい』

などと二羽が驚く中、当のヒグマは森の向こうへと目を向けておもむろに口を開いた。


「グロロロローッ、この島に連れてこられた人間よ、いるのは分かっている! 隠れていないで姿を晒したら
 どうだーっ!!」

『げぇーっ! ひ、ヒグマの野郎、人間の言葉を喋りやがったーっ!!』
『わ、わしらは夢でも見ておるのかーっ!?』
『いや、夢でも幻聴でもない。あのヒグマは明らかに人語を解している!』
『あれもおそらく超人拳法を極めた末に会得したものなのだろうな』

「この超人拳法伝承者『美来斗利偉・樋熊男(ビクトリー・ヒグママン)』は逃げも隠れもせん! いざ尋常に
勝負せよ―ッ!!」


そのヒグマ、もとい美来斗利偉・樋熊男(以下、樋熊男)の呼びかけから数秒後、彼が視線を向ける森の奥より
一人の人影がゆっくりと姿を現した。

『おおっ、あっちから人間が出てきおったぞ!』
『い、一体どんな奴なんじゃーっ!』

「フフフ、こうも盛大に名乗りをあげられては後ろを見せる訳にもいかなくなったわい。いいだろう、相手に
なろうではないか」

その人物の声には一切の怯えは感じられなかった。
強者や凶暴なヒグマがひしめくこの状況においてなおも平静を保っている、いやむしろ楽しんでいるかのよう
だった。
木々の合間を縫って現れた、その人物の名は――――――




「わしが男塾塾長 江田島平八である!!」




『な、なんじゃあの人間、あの樋熊男を前にしてまるでビビる様子もないぞ……』
『恐怖のあまりに気でも違えたのかのう』
『江田島平八……彼は確かにそう名乗った……その名、どこかで聞いたような……』


困惑するギャラリーをよそに、塾長と名乗る男と樋熊男の戦いの火蓋は切って落とされようとしていた。
自信満々に構えを取る樋熊男とは対照的に、塾長は腕組みをしたまま微動だにしていなかったが。

「グロローッ、俺には分かるぞ―っ、貴様かなりの強者と見える。だが神より与えられたこの獣の肉体と
 人間が生み出した拳法を会得したこの俺にただの人間ごときが叶う物か―っ!」
「さっきから聞いておればその貪欲に戦いのみを求める姿勢、お前はどうやら血に飢えた他のヒグマとは
 少々違うようだのう」
「おおよ! 俺は他の穴持たず達のように空腹を満たすためにのみ暴れるような惰弱な連中とは違う!!
 俺が求めるのは真の強者との戦いのみ! それこそが俺の飢えと渇きを満たす最高の馳走なのよーっ!!」
「存分に来るがよかろう!! この場にいるのは二人の男と男…………!! 人間でも樋熊でもない!!
 生死を賭した勝負に遠慮は無用じゃ!!」

「よく言ったーーーーーっ!!」


塾長の言葉を合図に樋熊男が口火を切る。
今ここに二人の男の戦いが始まった。


「超人102芸が一つ、命奪崩壊拳!!」

樋熊男が放つのは一撃で的確に相手の急所を突く超人拳法の奥義。
まともに当たれば人間などひとたまりもない技をヒグマが放つのである。
その威力は推して知るべきであろう。

だが、その技を受けるであろう塾長はというと―――――

『あぁーっ! じゅ、塾長とやらはまるで逃げるそぶりがないぞ―っ!?』
『馬鹿な―っ! あんな技をまともに受けたらどんな格闘家だって無傷じゃすまねぇぞーっ!?』

そう、ここにいる誰もが先の台詞のように思う事だろう。
だが彼らは―――――いやその技を仕掛けた樋熊男でさえも―――――知らなかった。
目の前にいる人間が如何なる人物なのか。
それをこれから身をもって知る事となるのであった。


ドガァッ!!

強烈な音を立てて塾長の胸板に放たれた樋熊男の拳。
その確かな手ごたえに樋熊男も自身の勝利を疑わなかった。


「んーーーっ!? なんじゃこのこそばゆい拳は!? 蚊でも刺したかーーーーっ!!」


帰ってきた返答はこれであった。


あ……ありのまま、今起こった事を話すぜ!!
『俺は人間の胸を必殺の拳で貫いたと思っていたら人間は平然としながら笑っていた』!!
な……何を言ってるのか分からねーと思うが、俺にも何を言ってるのか分からねー……
頭がどうにかなりそうだった……
幻覚だとか超耐久力だとか、そんなチャチなもんじゃ断じてねぇ……
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……


目の前の状況に思わず吸血鬼に時間停止を仕掛けられたかのような反応を見せつつ狼狽する樋熊男。
その隙を見逃す塾長ではなかった。

「ぬんっ!!」

ガキィッ!!

「ぐはぁっ!?」

やられたらやり返す、倍返しだ。
とでも言わんばかりに繰り出された塾長の鉄拳をまともに顔面に受け、樋熊男は血反吐を吐きながら倒れこんだ。

「フフッ、これが拳だ!!」
「ぐくっ!!」

まるで戦い方を享受されているかのような物言いに、樋熊男の心は煮えくり返った。
超人拳法の伝承者たるこの俺が、こんな男に指導される謂れがあるのか?
いやない、断じて!

「百戦百勝脚!!」

すかさず起き上がり、今度は空中からの飛び蹴りを塾長めがけて繰り出す。
百度仕掛ければ百度相手に突き刺さると言われるこの蹴りであれば―――――

ガッ!

「!!」
「ケリもまるでなっておらん!!」

まるで苦も無く塾長はその蹴りを片手で掴み、完全に停止させてしまった。

「これがケリじゃーーーーーっ!!」

ドガッ!!

「グロガァーッ!?」

そして返す刀で蹴りを叩きこまれ、横っ飛びに吹っ飛ばされながら樋熊男は森を転げまわった。


『アワワ……な、なんちゅう強さじゃあの男……』
『あ、ありゃ本当に人間なのか……』
『あのヒグマ野郎ははっきり言って相当な実力者のはずだ。だがあの塾長の強さはそれを遥かに上回っていた。
 そうとしか説明しようがない……』
ギャラリーの野鳥達も、ただただ塾長の強さに圧倒されるしかなかった。
それだけ両者の間に差があったのである。


諸君はこのヒグマロワイアルにおけるルールに書かれたこの一文を覚えているだろうか。

【・ヒグマは一匹一匹が範馬勇次郎を凌ぐ力を持っています。】

そう、あの史上最強の生物と言われた男、『オーガ』範馬勇次郎の事である。
それに匹敵するほどヒグマは強いのである。
ではなぜ樋熊男は勝てないのか?

言うまでもない。
目の前にいる男が範馬勇次郎に匹敵する恐るべき実力者だからに他ならない。


男はある時は並の人間なら習得に50年はかかると言われる拳法をわずか1年で身に着けた。
男はある時は身の封じられた際、己の股間すら武器と化し勝利を収めた。
男はある時は銃弾に身を貫かれても平然としていた。
男はある時は真空の宇宙空間をフンドシ一丁で遊泳して見せた。
男はある時はその身一つで大気圏に突入し、見事に生還して見せた。

第二次大戦終結後、時のアメリカ大統領はこう語った。
『EDAJIMAがあと10人いたら我が国は日本に負けていただろう』と。

規格外。
そんな言葉では当てはめられない男がこの地上にはもう一人いた。

人呼んで『天下無双』。
男塾塾長 江田島平八その人である。

俺は目を見張った……

恐ろしいほどの技の切れ味と破壊力……!!

俺はその男に何度も何度も向かっていった……

だが、まるで敵ではなかった。

あたりを見れば地表には俺の無数の足跡だけ…………!!

なんと男は一歩もその場から動いてはいなかったのだ!!



戦いが始まってから十数分。
戦況は誰の目にも明らかだった。
かたや全身に傷を負い満身創痍のヒグマ。
かたやまったく無傷のまま息すら切れていない塾長。
このまま戦い続ければ樋熊男の死は必至と思われる状況であった。

『ひ、ヒグマの奴、まだ立ち上がる気じゃぞ』
『も、もうわしは見てられんわい』
『逃げろ樋熊男ーっ!! お前はよくやったーっ! 誰もお前を恥に思ったりはせんぞ―っ!!』

「グロラァ~ッ……み……認めん……貴様のような奴にこの俺が敗れるなど……」
「ほう、それだけの傷を受けてまだ立ち上がるとは大した奴よ。
 ――――ではわしも少しは本気になるとしよう」
「!? ほ、本気だと……!! い、今までのは遊びだったとでもいうのか…………!!」

その言葉に樋熊男は戦慄した。
自分は目の前の相手を殺すために本気でかかってきたというのに―――――
未だにこの男の底が見えない。
見えないのである。

「さあ来るがよい樋熊男!!」

上着を脱ぎ、上半身裸となった塾長は先ほどよりも険しい瞳で樋熊男を睨み返す。
そしてその瞬間。




「わ し が 男 塾 塾 長 江 田 島 平 八 で あ るーーーーーーーーっ!!!!」




周囲の森を。
いや島全体を揺さぶるかのような塾長の怒声が響き渡った。
木々が叩き折れ、大地が揺れ、ギャラリー達は揃ってひっくり返って気絶した。
かろうじて立っていられた樋熊男だが、同時に片膝を突き、その目からは生気がほぼ消え失せていた。


動けなかった。
目の前にいる男がとてつもなく巨大に見えたのだ。
超人拳法を伝承してから今日まで無敗を誇った自分が、片膝をついたまま微動だに出来なかった。

そして悟った。

これが生まれて初めて感じる『人間への恐怖』なのだと。

俺は今までとてつもない相手と戦っていたのだと、初めて実感したのだ。


「さあどうしたーーーっ!! 来ぬならこっちから行くぞーーーーーっ!!」


その時。
俺は死を覚悟した。


「わしが男塾塾長 江田島平八である!!」


振り下ろされる塾長の剛拳。
哀れ、美来斗利偉・樋熊男の生涯はここで空しく途絶えるのか―――――



ピタッ


否。
その拳は樋熊男の脳天を粉々に砕く事無く。
寸前で止められたのだった。


「な……何故止める!? さあ殺さば殺せ! もはやお前の勝利は揺るがん!!」
「もはや勝負は決した。わざわざお前の命を奪う事もあるまい」

そう言って塾長は足元に置いていたディパックの中から小さな革袋を取り出し、その中から一粒の豆を手に取り
樋熊男の口へと運んだ。

条件反射で豆を飲み込んでしまった樋熊男だが、次の瞬間驚愕した。
何と今まで塾長から受けた傷がみるみるうちに癒えていき、さらには空腹だった腹まで猛烈な満腹感に
見舞われたのである。
塾長に支給されたこのアイテムの名は『仙豆』。
一粒食べれば病気以外のすべての傷を癒し、10日間は何も食べなくても良くなるという強力な回復用アイテム
だった。
この殺し合いにおいて塾長に支給された仙豆は合計3粒。
そのうちに一つを樋熊男へと分け与えたのである。
その効果を理解した樋熊男はすぐに塾長へと食って掛かった。

「ば……馬鹿かてめぇはーっ!? こんな貴重な物を敵であるヒグマの俺に分けるとは、貴様本当に気でも
 違えたかーっ!?」
「いたって正気である!!」
「な、ならば何故……」

あまりにも自信満々な塾長に気圧されつつ、樋熊男は疑問をぶつける。
その答えはすぐ帰ってきた。

「無論ただの畜生が相手であれば話は別! だがお前は無差別に弱者を襲ったり奇襲を仕掛けたりといった行為を
 せず、わしに正面から挑み、卑怯な策を弄する事も無かった! 人間ですら平然とやらかす行為をお前はよしと
 しなかった―――――それゆえにわしはお前の心に『男』を見た! ヒグマといえどお前ほどの男の命を
 奪うのは正直言って惜しい! それが理由である!!」
「お、男……」


何故だろうか。
この男との戦いは完敗だった。
だが不思議と怒りや憎しみは湧かなかった。
むしろすがすがしささえ感じるほどだ。

動物的直感で思った。
―――――この男に着いていけば、俺は真の意味で強くなれるのではないか?
そして、この男と再び戦い、今度こそ―――――


無意識のうちに樋熊男の目からは涙が流れていた。
生涯初めて流した涙である。


森を歩く二つの影があった。
一つは人間、一つはヒグマ。
だが両者の間に隔たりはもうなかった。
あるのは一つ。
拳と拳を交わして初めて手に入れた見えない『男の絆』だった。
一人と一匹の歩く先には今後何があるのか。
それは神のみぞ知る、である。


「わしが男塾塾長 江田島平八である!!」

「押忍! ごっつぁんです塾長!!」



【G-8/森/深夜】
【江田島平八@魁!!男塾】
状態: 絶好調である!!
装備:なし
道具:基本支給品、仙豆×2@ドラゴンボール、ランダム支給品0~1
基本思考:殺し合いを止め、脱出である!!
1:仲間を集めるのである!!
2:襲いかかる者は迎撃である!!

【美来斗利偉・樋熊男@穴持たず】
状態: 健康、満腹
装備:肩当て
道具:闘龍極意書
基本思考:真の強さを求めたい
1:塾長に同行し『男』を磨く
2:弱者は襲わないが、攻撃されたら戦うつもり
【備考】
※超人拳法102芸の伝承者です。
※仙豆を食したので10日間は満腹のままです。


※G-8の周辺に塾長の名乗りが響き渡りました。風向き次第ではさらに遠くに聞こえるかもしれません。


No.057:捨身飼虎 投下順 No.059:最強との遭遇
No.056:パラ・ユニフス 時系列順 No.061:呉キリカの大切なもの!
江田島平八 No.068:EDAJIMAとHIGUMA
美来斗利偉・樋熊男

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最終更新:2015年01月18日 01:27