その男、逸脱者につき


『High Intelligence Genetic Uncategorized Mutant Animal(高知能遺伝子非分類突然変異種) 通称【HIGUMA(ヒグマ)】
遺伝子に人工的に細工を施された上で、到底ありえない進化をした生物兵器の総称。
総称であるが故、それぞれの個体には共通点は少なく、ただ大枠として動物の「熊」に近い進化を遂げるものが多い。
そのため「熊こそが進化の終着点である可能性」が検討されている。』
ヒグマのうち、一定の成果を記録した固体には『穴持たず』のコードネームが与えられる。
これは『遺伝子レベルでの欠陥(あな)がない』という、パーフェクトソルジャーの称号であり、同時に『これより実地訓練へ移行する』という新兵の呼び名である。

男が手にした紙束にはそれ以降も難解な研究データの羅列が続く。
そちらには興味を見せず、紙束をデイバッグへ押し込んだ男は、自分を覆い尽くすほどのその影を見てぽつりとこぼす。
「つまり、お前もその『ヒグマ』というわけか」
「その名で……呼ぶなァァァァァァァッッ!!」
当然のように人語を発するその巨体は、一瞥して羆であると判断できる。しかしそれにしては巨大すぎる。
そこにいたのは穴持たず0よりも先に『開発』された個体。
原初にして終着。
最強にして最悪。
単純明快にして難攻不落。
ただ大きく、ただ強く、ただ賢く、ただ速く、ただ凶暴。
量子コンピュータレベルの演算が出来ることを除けば、唯只管に破壊力を追い求めた「ビフォア・ゼロ」
それが男の前に聳える『穴持たず00』の正体だ。

しかし穴持たず00はいつしか、高い知能を持て余し、己の存在価値を兵器以外に求めるようになっていた。
それなのに、大きすぎる腕は誰も抱けず、鋭すぎる爪は何も掴めず、硬すぎる皮膚は自傷を認めず、大きすぎる体は逃亡を許さなかった。
だから、穴持たず00の葛藤は、結局破壊という形でしか発現し得なかった。
そしてそれは己に与えられた「ヒグマ」という呼称が用いられた時、もっとも強く破壊を撒き散らすのだった。
穴持たず00は掻き消えそうな理性の隅で、またやってしまったのだと後悔していた。
眼前の、自分に許せない呼称を使った男は間もなく千切れ飛ぶだろう。
紙のように、ゴミのように。
それがまた自分の心を砕くハンマーになるのだと自覚して、それでもなお己の爪を止められないことに酷く悲しんだ。

「何を泣いている」
穴持たず00の耳に飛び込んできたのは男の声だった。
手ごたえもなく消し飛んだのかと思えば、まだ生きているらしい。
仕留めそこなったとは考えづらかった。
しかし事実として、男は其処にいた。
穴持たず00の足元、懐に入っていた。
「バカな、人間にそんな動きが可能だというのか……」
「己を死地に置くことで、相対的に世界を止める。その時間の中で動けるのは俺だけだ……」
穴持たず00にも、死の間際に人間が発揮する超常的な感覚の知識はある。
それでも、眼下の男がそれを意図的にやってのけたと言う言葉はにわかには信じがたかった。
「そんなことより、何を泣いているのかと、聞いたんだ」
男はじっと穴持たず00の目を見つめる。
穴持たずは返す爪を振るうことなく、その瞳を見つめ返した。
涙は出ていないはずだった。
ならば男は何を言っているのだろう。
「お前は、生物の枠から逸脱した者、社会の枠組みで生きられぬ者。俺と同じだ。それが、悲しいのか?」
「わ、私は……」
穴持たず00は己の葛藤を見透かされて言葉に詰まる。
「ならば、俺が解き放ってやろう。俺と共に、高みへ……さあ来い、『ヒグマ』」
「う、ウワァァァァァァ!!!」
穴持たず00への最大の侮蔑を「わざと」行った男の意図はわからない。
それでも、半ば反射的に、しかし、確実に何かを求めて、穴持たず00の爪は振るわれてしまった。
今度こそ、男のミンチが地面にばら撒かれるかと思われた刹那、男が笑った。

「デッドマンズビジョン」
穴持たず00にはもう男は見えない。
走馬灯を見るが如き、瞬間の引き伸ばし。ある境地に達した者にしか使うことのできない超感覚。
男はそれを使って、悠々と穴持たず00の背後を取る。
此処こそが、彼のホームポジション。
鷹取迅、その男が絶対に負けない場所だ。
「ほら、どうした?」
言葉と共に繰り出されたのは指。
タッチは柔らかく、それでいてヒグマの剛毛を貫いてなお皮膚へと到達する基本にして至極の指使い。
「ふわぁっ!?」
穴持たず00の牙の間から思わず甘い声が漏れる。
当然だ。
自分が二度も殺したと思った男は、最強のヒグマの目には捉えられず、その上己の背後から、突然の『快感』を与えてきたのだから。

ヒグマはそれぞれ、あの最強生物と称される範馬勇次郎を凌ぐ力を持っているという。
当然、鷹取迅にはそれほどの戦闘力はない。
だが、ヒグマには鷹取迅と戦うための力はない。
鷹取迅が操るものは「快感」だ。
撃たれても、斬られても、突かれても焼かれても抉られても潰されても死なない相手を無力化する。
どうすればいい?
気持ちよくしちゃえばいいのだ。
猿に自慰を教えたら止まらない、の例えのように、快感を知らぬ者に快感に抗う術は無い。
「あっ、ぁん……お前……何……あっ、者……ッ…!」
紡がれる迅の指によるソナタは、確実に穴持たず00の理性を侵食していた。
迅はあえてその指を一度止める。
「俺か……俺は」
指先に意識を集中する。
必蕩の一撃を紡ぐべく神経を研ぎ澄まし、吐き出す息と共に己の正体を穴持たず00に告げる。
「ただの痴漢さ」

『マインドバースト』による精神集中、そしてそれを最大限に発揮するための瞬撃
「感じろ、稲妻の一撃を」
触れる指が稲妻を描き、駆け抜ける雷光が神経を走る、鷹取迅の必殺技『ライトニングチャージ』。
「ふわぁぁぁぁぁーーーーーーッッ!!!」
注がれた蜜が全身を駆け巡り、脳へと達して理性を溶かす。
口から溢れるのは食欲によるものではない涎と、獲物を見つけたわけではない興奮の吐息。
ぶるぶると身体を震わせ、膝を追ってその場に四つんばいになってしまう穴持たず00。
その格好は獣に相応しく、最早『HIGUMA』ではない、頭の解放された雌がそこにはいた。
「上ったか、高みに」
「ち、痴漢……お前ッ…ンッ…の、お前の名……アッ…を……ハァンッ……」
終わりの見えない夢心地の中で、穴持たず00に最後に残った理性は自分を解放してくれた男の名を望んだ。
鷹取迅は仕留めた雌に背を向けて歩き出す。
「言った筈だ」
すたすたと歩くその背中にすがるように手を伸ばす穴持たず00。
しかしその手はまたも訪れた快楽の波に揺られてそのまま地に堕ちる。

男の姿が見えなくなった頃、一際大きなその雌熊は男が最後に残した言葉をただ反芻し
己の中に宿った女としての喜びを何度も何度も噛み締め続けるのだった。

「ただの、痴漢さ」

【G-5 市街地】

【穴持たず00だった今は一匹の雌熊 路上でぼんやり】
状態:快感の余韻
基本思考:「私はヒグマでも穴持たずでもない。ただの一匹の女……」

【鷹取迅@最終痴漢電車3】
状態:健康
装備:デモンズハンド(痴漢を極めた男の手の通称)
道具:基本支給品、ランダム支給品×0~1、「HIGUMA計画ファイル」
基本思考:己と共に高みへと上ることの出来る、社会、生物などの枠組みから外れた「逸脱者」を見つけ、そのものに痴漢を働く。
備考:必殺技一覧
「ライトニングチャージ」素早く的確な快感を与える技
「マインドバースト」集中し、次の攻撃(ちかん)の効果を上げる技
「ギルティプリズン」相手の意識に同調し、(痴漢できる)時間を稼ぐ技
「ラビリンス」指技により、相手の時間間隔を狂わせる技
「デモンズハンド」通り名の通りに相手に最大級の快楽を与える「悪魔の手」
「デッドマンズビジョン」己を(痴漢をする時の覚悟により)死地に置くことで世界が止まって見えるまでに集中する技
「ヘヴンズドア」全てを極めた痴漢のみが扱える、異次元の彼方より痴漢するためのパワーを得る技
その他基本的に腕力は一般人程度ですが、女性相手であれば圧倒的な強さを誇るでしょう
リレーする方はR-18的な描写はとりあえず避けながら、ToLoveるダークネスくらいのラインを狙って書くのがいいかと思われます。


No.066:むなしいさけび 本編SS目次・投下順 No.068:EDAJIMAとHIGUMA
No.065:ヒグマメタファー 本編SS目次・時系列順
鷹取迅 No.073:スーパーヒーロー大戦H
穴持たず00 No.080:The World is Yours!

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最終更新:2015年01月24日 23:57