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アンハッピーリフレイン(前編)

先の邂逅から数十分の時間が経過しているが――加藤清正璃神妹花、そして『ジョーカー』銀丘白影の三人の間で不和が生じるようなことは一切なかった。
和気藹々とまではいかずとも、参加者を探して移動を続けている。
幼い妹花はまず銀丘の正体を知らないし、二人の大人は明かすつもりもない。
清正と銀丘は互いに同盟関係を結ぶことで合意した。
同盟と言える程上等なものではない、ジョーカーとして銀丘が行動しないことを前提に置いた協定だ。

銀丘白影という人物が多少の胡散臭さを持っていることを、清正は僅か一目で見抜いた。
陰鬱の色を一切隠そうともせず前面に押し出していることと――首輪がないこと。
そして彼そのものの、何かを隠しているような立ち振舞いを見て、不信感を抱くなという方が無理だろう。
主催の内通者と行動するリスクは確かに高いが、上手く仲間に出来れば心強い味方になる。
ジョーカーの特典で手に入れた凶悪という他ない武器、首輪がないことで行動に際限というものが一切存在しないことも相俟って、主催者を打倒するのに相当貢献してくれる筈だ。
それを理解した上で清正は彼を信じた。
幸いにも、今のところ銀丘はジョーカーとして行動するつもりは全くない。

彼の雇い主、人無結への不信が、その原因である。
八百億円もの大金を用意させて契約しておきながらそれを反古にするあたり彼らしいといえるが、銀丘白影は元より闇の世界に生きる売人だ。
常に合理的な手段を選ぶこと、それが彼の判断基準。
第一回放送を聞き終えるまでにはスタンスを確たるものにしておきたいと彼は思っている。
逆に言えば、これから清正たちを裏切って牙を剥く可能性も十分にあるのだ。

清正は信じきっているようだが、それではまだまだ甘い、と銀丘は内心せせら笑っていた。
善人が生き残れるようなお伽噺ではない。
頭の良い奴が生き残り、馬鹿が朽ちていく。このゲームに限らず人生なんてそんなもの。
銀丘はそれを理解した上で、こんな繊細な行動をしている。


(ま、今のところは協力しておいてやるのも悪くない。
いざとなれば背中から爆撃をかけてやれば安全に殺せる。どんなに腕が立っても所詮は無能力だ)


しかも幸か不幸か、銀丘白影はサイキッカーと呼ばれる特殊な人種である。
裏切ることも容易だし、大概の敵ならごり押しでどうにかできそうなまでの強力な力だ。
この状況を支配しているのは自分だ―――慢心ではなくあくまで客観的に、彼は結論を下した。


「ねぇねぇ、清正おじちゃん、銀丘おじちゃん」


幼い声がして、各々これからどうするべきかを思案していた二人の思考が中断される。
相も変わらずうねうねと蠢いている触手――見た目だけなら綺麗なのだが。
彼女もまたサイキッカーだ、と銀丘は既に見抜いている。多少奇特なそれではあるが、それを言うなら『爆弾を空間に補充する』というのもどっこいどっこいだろう。


「何だか人の声がするよ」


言われるまで二人は気付かなかったが、耳を澄ませば確かに何人かの話し声が聞こえてくる。
特に言い争っているわけでもないようだ―――流石に会話の内容まで聞き取ることは叶わなかったが、揉めている様子でないなら接触してみるのも吝かではない。
このバトルロワイアルを勝ち抜く上で一番大切なのは、何より人員である。
殺しにかかってくる人間を制圧するに、数という一つの暴力は非常に有効だ。

――――と、いうのは銀丘白影の弁である。
加藤清正はそこまで考えはせず、ただ集団を大きくすることを狙って接触を決めた。
ここでも、銀丘が如何に理屈第一の狡猾な人間かがよく分かる。


「銀丘殿。彼らに近付いてみたいのだが……構わんか?」
「構わない。私とお前が揃っていても三人では心もとないしな」


実際のところ、バトルロワイアルの参加者中でも有数の実力者である二人を同時に相手取れるような怪物そうはいないのだが、そんな大前提がいとも容易く覆されるのがこのゲームだ。
ゲームに乗るならば状況は悪化することになる。
しかしゲームに背くならば、人数が集まれば集まるほど有利になる。
危険な『万が一』が起きるのを防ぐことにも繋がる。

少し近付いてみれば、三人の人影が徐々に見えてきた。
今は雑談をしているらしい。
様子を見る限り、やはり危険な人物達ではないようだ。


「じゃあ、行こう。妹花殿は儂の後ろにいてくれ。念の為な」
「私がジョーカーであることも明かさねばならんか――ちっ、最初から人無の奴に首輪をつけてもらっていれば良かったな。失策だった」


この接触に唯一不和を生みかねない要素があるとすれば、それはこのジョーカー。
隠し通そうにも、彼の首に首輪がないことが動かぬ証拠だ。
今更になって自分の迂闊さを嘆く銀丘。

「うん。じゃあ行こっか」

これからの接触に――と言うよりも、ジョーカーの存在が何かしらの不和の要因になることを恐れる清正の背中に隠れるようにして、一輪花を思わせる笑顔で妹花は言う。
無邪気な少女は未だ知らない。
そして、強き男二人も知る由もない。
この接触は、彼らのバトルロワイアルを左右する大きな転機となることを――――。


◇ ◆


「―――わかりました」


そう答えたのは少年、須藤凛だった。
傍らで心配そうに事の成り行きを見守っている小柄な少女は驚いたように目を見開く。
こうも素直に了承するとは思っていなかったのだろう、何故ならこの交渉はリスクも高い。
化け物じみた狐の少女と互角に戦って見せるほどの実力者を味方につけられれば確かに頼もしいことこの上ないが、彼女が本当に信頼できるかはまだわからない。

紆余曲折という人物を探しているのなら、万が一彼が死んだなら彼女はどうなるか。
そこまで予想できるほど遥光は彼女―――、一刀両断のことを知らないが、もしかすればそれをきっかけに裏切られる可能性だって決して零ではない。
もしそうなれば、自分達の作戦を危険な人物に筒抜けにしてしまうことになる。
慎重さが要求される選択だからこそ、ひょっとすると凛は断るのではないかとも思っていた。
信じられない愚策ではないが、少しだけ驚いてしまう。


「ただし条件があります。こっちだってリスクを冒すことになるんだから、お相子でしょう?」


―――驚くとすれば、むしろこっちの方だ。
遥光は凛と付き合いが決して長いわけではないが、大方の人物像はわかってきたつもりだった。
頼りないと言うわけではない。
二度も自分を助けてくれている命の恩人に、そんなことを言えるわけがない。
しかし、こんな風に堂々と条件を持ちかけるとは予想していなかった。
言っていることは至極もっともなことだと分かっているが、この状況を握っているのは紛れもない一刀両断。
その呼び名通りにばっさりした性格の彼女と決裂する危険性だってある筈。
まるでこの交渉は成功すると既に知っているように堂々と、凛は条件を出したのだ。

動揺したのは遥光だけではなく、他ならぬ一刀両断自身もだ。
まさか押してくるとは予想外だったようで、少しだけ動揺の素振りを見せる。


「………へえ。意外だな―――まぁ、いい。あたしは紆余を捜せりゃいい」


だらだらと迷うことなく、快諾の意志を示す一刀両断。
それを確認した凛は、少しだけ緊張した様子を見せつつも、その交換条件を告げる。

「俺達を護ってください。その代わり俺達は、あなたに協力します」

シンプルな条件ではあるが、これを呑ませれば彼らが抱える一抹の不安は実質解消される。
一刀両断を事実上の仲間に引き込め、それでいて彼女の謀反の可能性をも封じる。
およそ想像できる最大のリスクを解消し、同時に大きなアドバンテージを得られるだろう。
紆余曲折がどんな人物であるかは凛たちの知るところではない。
それでも、一刀両断の様子を見るに殺し合いを嬉々として行うような人物ではない、と見える。
だとすれば、紆余曲折を仲間に引き込む一つのきっかけにもなる――まさに一石二鳥だ。

もっとも全ては彼女次第。
この条件を文字通り『一刀両断』するも、乗ってくるも彼女に委ねられている。
当然凛達としては彼女が用心棒になってくれた方がありがたいのだが、強いることは出来ない。
賭け、でもあった。


「………言っとくけどな。あたしが盾になるのは紆余の奴だけだ。
お前らを護ったとしても、身を挺して庇うような真似を期待されても困るぞ」
「それでもいい。俺達に協力してくれるなら、それでいいです」
「んー………」


しばし考え込む素振りを見せていた彼女だが、覚悟を決めたように口を開いた。

「了解だ。交換条件――いや、取引は成立。あたしはお前らを死なない程度に頑張って護る」
「俺達は、紆余曲折さんを捜すことに協力する」
「そっちのお嬢ちゃんもいいか?」
「あっ、はい。おにーさんが言うのなら」

突然話を振られてびくっとする遥光。
緊張の糸が切れたように安堵の息を漏らす凛。
面倒な条件を受け入れてしまったが、紆余曲折を捜す人員も確保できた。
一刀両断は美しい、と言うよりは爽やかに口元を笑みの形にした。

「うし、じゃあこれで成立な」

一人―――いや、一つの四字熟語を味方にすることに成功した。
つい先日まで普通の学生だった彼が為したにしては、上出来な結果だろう。
自分は負けない。このゲームを潰すためには他力本願ではなく、他ならぬ須藤凛自身が強さを持って行動していく必要があると、凛は確信していた。

今際の際で出会ったあいつに、胸を張れるように。
須藤凛という少年はこの極限状況を通して、もう既にある程度の成長を遂げている。
彼がこの成功を収めた数十分後―――彼らは、三人の同志と出会う。


◇ ◇


「手を挙げろ」


穏やかな合流への道を早速閉ざしてみせたのは、一刀両断だ。
模造刀を容赦なく三人に突き付け、警戒を隠そうともせずに彼らを睨み付ける。
改めて見れば、三人――加藤清正、璃神妹花、銀丘白影は相当に不審であった。

まだ小学校低学年とおぼしき少女の背中からはゲル状の触手が蠢いている。
強烈な胡散臭さをその風貌からも放つ男はそもそも首輪を装着していない。
唯一まともな男は、しかし相当な実力者であることを窺わせる気迫を放ち続けていた。
三人の内誰もが、あまりに強烈な個性を放ち過ぎている。
そしてそれが不信感に変わることもまた、無理のない話だったろう。


「む、心配は無用だ。儂は加藤清正。殺し合いなどする気は全くない」
「まいかもだよ? 悪いことはよくないもん」
「名を名乗れよ璃神……私は銀丘白影だ。人無、つまり主催者からこのゲームを盛り上げるために遣わされたジョーカー。ま、ゲームに乗るつもりはない」


各々敵対する意志がないことを示すが、一刀両断の警戒は解けない。
後ろの二人も、『ジョーカー』銀丘の存在に漠然とした不安を感じているようだった。
無理もない。そしてその不信は、的を射ていないわけでは決してない。
銀丘白影は、まだ自らの素性を全て明かしていないのだ。
騙し、利用することに長けた彼がゲームに乗るつもりがないというのは、あくまで『現状』の話。
今後どうなるかはまだ未定、と言うのが正しい。
それをわざわざ明かすことに意味があるとはとても思えないし、意味があろうと明かす気はなかった。


「ふーん。で、お前らはあたしにそれを信じろと」


溜め息を混じらせながら、彼女は挑発とも取れる口調で語る。


「はん、無茶な相談だろ、そりゃ。あたし達は嘘か本当か分からないような言葉に従うほど間抜けじゃないんだよ。言っとくがお前ら、相当怪しいぜ。
全員が殺し合いに乗っていたって、あたしは驚かないよ」


強い口調で、しかし声を荒げずに、呆れたように――静かに捲し立てる。
それを聞いて黙っていなかったのは幼い妹花でも、他の二人を纏めている清正でもない。
闇の売人にしてジョーカー、宙ぶらりんの知能犯―――銀丘白影だった。


「随分な言い様だな、女」
「あたしは一刀両断だ、ジョーカー」


失笑混じりに銀丘は一刀両断を非難したが、全く彼女に動じる様子はない。
一般人ならば恐怖してもおかしくない、清正とはまた違う気迫を、銀丘は放っている。
だが彼女は四字熟語。
一刀両断の名を冠された四字熟語には、そんなものは通じなかった。
一触即発、彼自身が危惧していた通りに不和が生まれている。

一刀両断は実際のところ、璃神妹花と加藤清正については既に警戒を解いている。
どこから見ても無垢な幼女である妹花は殺し合いに乗っている風ではなかったし、清正の物腰は根拠なくとも殺し合いに背いていることを信じさせるに足るものだった。
だが、この銀丘白影という男に限って言えば―――早い話が、怪しい。
嘘を吐いているかどうかが、全くその表情、物腰、声色から読めないのだ。
それが逆に、言い知れぬ不信感を呼ぶ。


「私は確かにジョーカーだ。だが、殺し合いなどする気はないと言っているだろう。
あいつは胡散臭い。信用するには値しないと私は考えたのさ」
「根拠はあるのか」
「ない。強いて言うならこうしてわざわざ話し合いのテーブルについてやってることかね」


もろに煽っているにも関わらず、銀丘の表情は陰鬱のそれから変わらない。
とはいえ一刀両断もまた、彼の煽り、脅しとも取れるそれに臆するような人間ではない。
早い話がこの二人、合わない。
性格上の問題でもあるし、それがこの殺し合いの場、そしてジョーカーともなれば尚更一刀両断の不安が高まっていき、銀丘はそれに冷静ながら反発するのだ。

「おいおい、まるで今すぐにでもあたし達を殺せるみたいな口振りだな」
「全く以てその通りだ。私はお前を指一本動かさずに殺せる」
「――――へえ。やってみろよ」

安い煽りには乗らない。銀丘とてそのくらいは弁えているつもりだったが、降ってかかる火の粉は払わなければならない。
模造刀を構えて臨戦態勢に入った一刀両断を見て、まずは溜め息を一つ。


「一刀両断さんっ!」
「心配すんなよ、須藤。約束は守る」

約束を守る―――その意味を理解して、凜は固く唇を結ぶ。
自らの不甲斐なさに憤慨したくなる思いで、せめて遥光に被害が及ばぬように庇うしか出来ない。
よもや自分の取り付けた条件がこの殺し合いを生むとは思わなかった。
銀丘は眉一つ動かさずに、しかし彼なりの臨戦態勢を整える。

サイキッカーなりの準備を。
四字熟語なりの準備を。
異なる常識の異能を持つ二人が今ここに、戦乱の火蓋を切らんとしている。

「何にせよ、私は身内を貶されて黙っていられる程温厚ではなくてね」
「上等だ。遺書は書かなくていいのか?」
「言ってろ、三下」

一刀両断がその言葉を皮切りに地面を蹴り、勢いよく疾駆する。
護ると約束を交わした二人を護る為に、あのジョーカーを―――殺す。

銀丘白影は微動だにせずそれを見つめ、サイキックによる爆弾の放出位置を吟味する。
降ってかかる火の粉を払う為に、この四字熟語を―――殺す。


互いに互いの能力を知らないまま、両雄激突する―――


「そこまでだ―――これ以上は認めん」


―――ことはなかった。
今までずっと事態を静観していた清正が、二人の間に割って入ったのだ。
一刀両断の腕を掴み、銀丘が何らかの行動に出ることを防ぐように右腕で制する。
その表情は険しいままで、二人に決して反論を許さない意志を明確に示している。
有無を言わさぬその気迫に、二人の異能者は全く同時に、興が削げたように戦意を無くした。

互いに互いを認めることは出来そうにないが、これ以上争えば面倒なことになる。
一対一で敵を相手取りながらも、この武人とも戦わねばならない。
そうまでして目の前の人間を殺すことは、不利益だ。
人間としてどうしても相容れることは出来そうにないが、我慢する方がここは利口だろう。
加藤清正の行動は、二人に一瞬にしてそう思わせるに足るものだった。


「………はぁ。じゃあこっちもちょっと折れてやる。
お前らを仲間に加えることはいい。ただ銀丘――お前はまだ信用しない」
「………どういうことかね、一刀両断殿」


清正が訝しげに聞くが、当の本人である銀丘は表情を一切変えることなく静観している。
しかし、内心では当然の選択だ、と一刀両断を珍しく評価していた。


「お前が不審な素振りを見せたらあたしは容赦なくお前を殺す。異存ないな?」
「無論だ。それ以上を望むのは流石に図々しいだろうしな……代わりに、だ。
禁止エリアへの侵入を始めとしたジョーカーに出来ることはお前らに提供してやる。
―――私達だけで話を進めるのはよくないな。後ろのお二人さん、どうだ」

当然話を振られた凜と遥光は少し驚いて身をすくませたが、すぐに言葉の意味を理解する。

「俺はいい。仲間が多くて悪いことはないしな……首輪がないってのは、結構心強い」
「私もいいと思います……その、ちょっとお顔が怖いけど」

指をもじもじと一人絡ませて言う遥光の言葉に突き刺されたように銀丘は胸を押さえる。
どうもやりたくて陰鬱顔をしているわけではないようだ。
そして闇の売人であっても、ショックは受けるようだった。


◇ ◆


「うむむ……やっぱりこれ凄いなぁ。冷たくて気持ちいいよぉ」
「う、うぇ……」


好奇心を包み隠すことなくゲル状触手に頬ずりする遥光を呆れたように凜は見ていた。
当の妹花は嫌がっている素振りを見せているが、案外満更でもないのか、止めるようには言わない。
こんな目立つモノを持っていれば、周囲からの扱いも相当冷たいものだったろう。
迫害されていても、何もおかしくはない。


「へぇ、じゃあお前は八百億も用意させておいて寝返ったのか。何つーか、ひどい奴だな」
「個人的感情混じりで私を「一刀両断」しようとしたのはどこの誰だ」
「ん、須藤の奴だったかな」
「この笑顔、殴りたい」


つい先刻まで一触即発ムードを漂わせていた二人も、今のところは矛を収めている。
清正がもし居なかったら、今頃一刀両断と銀丘白影のどちらかが屍となっていたことだろう。
その手腕には脱帽と言う他ない、と凜は心から彼に感銘を受けていた。
しかも自らの手柄を傲ることなく、静かに面々を眺めて薄く微笑んでいる。

「清正さんは凄いですね。あの二人をたった一言で止めるなんて」
「儂は凄くなどない。須藤殿でも、経験さえ積めば容易く習得できるだろう」
「やっぱ凄いじゃないですか」

本当に文字通り『変哲のない一般人』の凜からすれば、何かしらの経験を積んだ達人は十分に尊敬に値するものだった。清正も例に漏れず、そうなる。
あの二人が争うことを即座に中止するだけの強さを、この男は持っているのだ。
羨ましい、と凜は思う。

目の前で殺し合わんとする二人を止めることさえ出来ず、指をくわえて見ているだけ。
一刀両断を仲間入りさせたぐらいで愉悦に浸っていた自分を恥じる。
この集団を纏め上げられる役割は清正がまさに適役だ。
しかし、彼一人に全ての采配を任せてしまうのはあまりに無責任すぎる。
自分にも何か出来ることはないか―――自分にも、絶望の未来に一石を投じることは出来ないのか。
鬱屈と自己嫌悪に陥りかけるも押し寄せる負の感情をどうにか振り払う。


遥光は相変わらず妹花を愛でているし、銀丘と一刀両断はぎすぎすしつつも何とか落ち着いてきている。
一時ほどの不信はなく、ジョーカーの権利をこの際最大限に利用する話し合いをしているようだ。
平和だなぁ、と思わずにはいられない。
思えばバトルロワイアルが幕を開けて以降、まともに休憩をとることさえなかった。
今この時間さえ嵐の前の静けさなのかもしれないが、心を安らがせることくらいはいいだろう。


しかし、須藤凜のささやかな願いは届かず、波乱は繰り返される。


「………あんたら、殺し合いには乗ってないよな?」


突然、平和を切り裂いて聞こえた声に、思わず背筋が凍る。
声の主は、水色のパーカーと灰色のカーゴパンツを着用した少年だ。
しかし童顔だから少年に見えているだけで、実際の年齢は外見よりも上かもしれない。
事実、彼は童顔に悩む青年なのだが。


「俺は丹羽雄二だ……悪いが、助けてほしい。殺されかけたんだ」


丹羽と名乗った青年は、息を切らしていた。
衣服には血痕がついていて、様子を見るにすぐ近くで人が殺される場面に遭遇したようだ。
命からがら逃げおおせたのだろうか、その表情はまさに悲痛そのものだった。

「丹波殿、だったか……落ち着いて何があったか話せるか?」

遥光は血痕だらけの衣服を幼い妹花に見せまいと自分の腹に彼女の顔を押し付けさせている。
清正が険しい声色で丹波に問うと、彼はしばらく乱れた息を整えてから話始めた。


「紅い狐の女の子だ……そいつに、仲間を殺された。早野正昭を、殺された」
「紅い――――狐」

凜の記憶にも新しい。
クロスボウを携えて、濁りきった瞳で自分達を殺害しようとした狐の少女。
須藤凜を一度は死の淵にまで追いやった、強力な殺人者だ。
見れば、実際に件の狐と戦った一刀両断も眉間に皺を寄せて唸りつつ、

「あいつか……強かったな、ありゃ化け物だった」

思い出すように言った。
何とか生き延びこそしたが、『ルール能力』を保持する一刀両断も舌を巻くレベル。
それが、丹羽を襲撃して彼の同行者――『早野正昭』を殺害した狐の少女だ。
既に実害も出ているとは。

凜達は知る由もないことだが、彼女、小神さくらは厳密に言えば『生きていない』。
死体から生体兵器を作り出す技術により産み出された生体兵器、それが彼女である。
胴体に散弾を撃ち込まれても問題なく行動する、まさしく脅威の殺人者であった。
悪意なき悪意―――邪気なき邪。


「おいおい何だ、そこの四字熟語が恐れるレベルの奴がいるのか?」
「狐の女だよ。手傷は負わせられたけど、殺せなかった」


物騒極まりない会話だったが、一刀両断という四字熟語をも手こずらせた相手。
自分が何かしらの力を持っていると知りながらも殺しにかかってこようとした彼女が、こんな曖昧な語り口で語るとは。銀丘もまた、ある種の危機感を懐いていた。
やはりこの殺し合い、強力な武装さえあれば勝ち抜けると考えるのは早計。
――――ん?
僅かな『突っかかり』を発見したジョーカーは、眉間に皺を寄せて丹羽を睨み付ける。


「……待て。丹羽、お前はいつ、紅狐とやらに襲われたんだ?」


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029:二者択一のジョーカー 加藤清正 054:アンハッピーリフレイン(後編)
029:二者択一のジョーカー 璃神妹花 054:アンハッピーリフレイン(後編)
029:二者択一のジョーカー 銀丘白影 054:アンハッピーリフレイン(後編)
036:DEAD OR ALIVE 須藤凛 054:アンハッピーリフレイン(後編)
036:DEAD OR ALIVE 飯島遥光 054:アンハッピーリフレイン(後編)
036:DEAD OR ALIVE 一刀両断 054:アンハッピーリフレイン(後編)
006:打ち疲れたこの鼓動は、無力で儚いもの 早野正昭 054:アンハッピーリフレイン(後編)

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最終更新:2012年05月16日 19:29