◇ ◇
倒れて脱力した百合を、伊織が険しい表情で見下ろしている。
彼女の狂気は伊織たちの想像すら超えるものだった。
永き時を生きてきた伊織でさえも、近親にあれほど強い感情を抱いている人間を見たことはかつてなかった。
大した傷も無しに切り抜けられたのは幸いでしたね、彼女がついそんな控えめな感想を漏らしたのも責められることではないだろう。
「はぁー……女って怖えな」
一輝が、心底うんざりだといった表情で溜息混じりに言った。
その台詞に秘められた、彼自身の鬱憤は伊織にも十分感じ取れた。
無理もない。突然こんな場所に連れてこられて、挙げ句
土御門伊織と
青木百合の二人に散々振り回され、手傷さえ負っているのだ。
普通の青年に過ぎない一輝がストレスをため込んでしまっていたとしても、伊織はそれが普通だと素直に思う。
そうでなければ、かえって異常なくらいだ。
人間とは本来、このくらいでいいのだから。
「それでは、一輝。あなたには辛いモノを見せてしまうかもしれませんので、目を瞑ってはどうでしょうか」
「……いんや、いいわ。見るよ、俺も」
一輝は百合を恐れていた。
突然の豹変をして、徒者ならざる雰囲気を持った土御門伊織をも焦らせるほどに狂いっぷりを披露した彼女が素直に怖かった。
かなり年下の少女を恐れることへの情けなさはあるものの、それでも拭い切れないほどの恐怖を一輝は覚えていた。
だから、しっかり死ぬのを確認しておきたい。
そうでもしないと、一生この情けない感情に支配されたまま生きていかなければならないような気がするから。
「眼球を貫きます。そのまま脳髄まで届かせれば、人間である彼女に死を免れる手段などどこにもありません」
「ああ、それでいいだろ……また暴れられちゃ叶わねえよ」
投げナイフをしっかりと握って、百合の目元へ狙いをつける。
僅かな間とはいえ行動を共にしていた少女を介錯することにも、不思議と何の感慨も覚えることはなかった。
おそらく、あの豹変で何もかもが冷めたのだ。
仲間意識も保護欲も、全てが白紙に戻っていった。
「早くやれよ、土御門」
「分かっています。では――ッ」
伊織と一輝は、全くの同時に背筋を凍らせた。
これまで目を力なさげに閉じていた青木百合が、『バチンッ!』と擬音が聞こえてきそうなほどに目を勢いよく見開いたのだ。
床に転がったままの斧を掴み、百合は二人へと凪払う!
「一輝っ!?」
「が、うぅ――――」
伊織は位置的に刃の直撃を免れたが、一輝はそうはいかなかった。
一撃で致命傷とはならずに、斧の先端部の引っ掛かりがその喉笛を切り裂き、鮮血を溢れさせていたのだ。
処置をすれば命は助かるかもしれないが、あれではまともに喋ることはもう叶わないだろう。
「つ、……――――!!」
土御門、と叫ぼうとしたのだろうか。
口を大きく開いた一輝だったが言葉のようなものを絞り出すことは叶わないまま、空気の漏れる気の抜けた音だけが響いていた。
まるで酸素を求める金魚のように。
数秒前まで悪態をついていた同行者が、苦悶に満ちた表情でひゅーひゅーと声にならない音を漏らしている。
その姿に、伊織は思わず戦慄を禁じ得なかった。
「かず――――」
ぐしゃり。
伊織が彼に何かを言うより早く、
川内一輝の頭蓋は両断された。
青木百合が振り下ろした斧は、固い頭蓋骨を破って脳髄まで到達、苦痛さえ感じさせずに川内一輝の命の灯火を吹き消した。
脳漿が飛び散り、鮮血が床を汚す。
部屋を満たす血腥い臭い。
百合はゆらりと立ち上がると、口元を邪悪に歪めて伊織へと視線を向け、血塗れの顔でにこりと、ひどく可憐に笑ってのけた。
「貴様……」
伊織が憎悪に染まった双眸で百合を睨む。
ただし彼女の表情を変えることはできず、伊織が放った殺気は脆くも儚く、殺気よりも歪み果てた狂気に呑み込まれて消えた。
同時に彼女は一輝への罪悪感を感じてもいた。
百合の子供じみた死に真似を見破れなかったのは、油断していた自分の責任なのだ――まさかこんなことになるなんて、想いもしなかった。
「気付かないなんて、思いませんでした。流石に死んじゃうかと思いましたよ――まぁ、『これ』は壊れちゃいましたけど」
あまりにも分かりやすすぎる、挑発だった。
一輝の亡骸を足蹴にして、狂人少女は笑う、わらう。
伊織だってそんなつまらない子供騙しに乗るような無駄なことはしない。
己の愚鈍さを厭というほど認識させられた彼女はもう、反省していた。
こんなことは、これで最後にする。
青木百合を殺す。川内一輝の仇討ちを成し遂げる。
危険な人物は殺すしかない。
そうでもしないと、人無結を打倒するなんて不可能だ。
「青木、百合――」
「どうしました? 怒ったんですか?」
「私は、決めたぞ」
「そんなこと宣言されても困るんですけど?」
「――貴様を」
「ころす、って言うんですか?」
「…………殺すッ!!」
伊織の殺意が解放される。
人ならざる彼女のそれは、百合の狂乱にも響く凄みがあった。
しかし百合は恐れに足を止めない。
そんなことをすれば、それこそこの女の思うツボだ。
頭を叩き割れば死ぬ。なんと簡単なことかと百合は思う。
人なんて簡単に死ぬのだ。
お兄ちゃんだって――そういう風に殺されたんだから。
伊織が動く。
百合が動く。
(ここで)
(殺す)
(青木百合ッ!)
(土御門伊織ッ!)
二人の想いが、歪なカタチで噛み合ったその時。
開けっ放しのドアから飛び込んできた猛獣が、二人の空気を裂いた。
「「――――――――!!??」」
獰猛に開かれた口。
美人が台無しの、品位の欠けた表情。
何より、伊織が放ったものさえ凌駕する殺意。
あまりにも莫大な殺意が、放たれる。
「楽しそうじゃねーかよォ…………丁度こっちもウズウズしてんだよなァ…………」
殺人鬼は舞い降りた。
「ジャック君もちィーッと混ぜてくれや、ヒャハハハハハッ!!!!」
耳たぶに乱暴な穴が開いていた。
手にしたナイフは真っ赤に汚れてぬらぬらと輝いていた。
そして担い手の女(おとこ)・ジャックの顔面は楽しげな笑顔だ。
ジャックにしてみれば、この状況は思ってもいない副産物だった。
佐々木竜也を追って邸の中を走り回っている内に、話し声を聞きつけてやってきてみたら絶賛殺戮パーティー中だった。
最高にツイてやがる。ジャックは呟いた。
一匹は死んでいるようだが、殺せる羊はあと二匹もいる。
どっちもなかなかに人間離れしていて、殺し甲斐がありそうだった。
伊織は舌を打つ。
百合も静かに目を細め、苛立ちを示した。
とにかく一刻も早く目の前の敵を殺したかったのだ。
それなのに、まさかもっと厄介そうな揉め事が増えるだなんて。
「なんだァ、つれないねェ? こちとら頗る上機嫌なんだけどよォ!」
ジャックは普段からテンションの高まりが激しい性格をしている。
しかしながら今は普段に輪をかけて上機嫌、絶好調もいいところだ。
当然である。鬱陶しい子供の肉体から解放されて――性別はまだ直っちゃいないが――、いつものポテンシャルを発揮できるようになったのだ。
佐々木から受けた電磁砲のダメージは零ではなかったが、『返り血』の能力によってそんなものは振り切ってやった。
「喧しい……不愉快です、あなた」
「あァー? 聞こえねェなァーッ!」
狂人を一人相手にするだけでも手一杯といった状況なのに、こんな面倒臭い来客がやってきたのは伊織にとって完全な予想外だった。
銃声がしたのは確かに感じていた。だが青木百合を排除することを先決とした、それは英断だと思っていた!
けれど間違いだったのだ。
結果としてこの様。一輝は殺されて、自分も事実上の二対一にまで追い込まれている、体たらくを晒してしまっている。
何もかもが思い通りにいかない、一向に好転しない現状に、永きを生きてきた人外でさえも苛立ちを覚えずにはいられなかった。
冷静を損なうことが窮地を招くと分かっていても、だ。
(……良かった、とは言えない……)
一方の百合はといえば、極めて静かな心で思案に耽っていた。
やって来た女が只ならぬ――そう、言葉通り比喩抜きで住む世界の違う存在であることも殆ど本能的に悟ることができた。
狂っていても、頭が回るのは幸いといったところか。
「――……嘗めるなよ、”小娘”。生憎、場数が違うぞ?」
「…………つゥウかよォォ、何つーかなァ、オマエ」
「消えろ。さもなくば殺す」
伊織の凄みは長年に渡る人生の内で培った経験に由来する気迫だ。
彼女のような人外の存在を知らない普通極まるちっぽけな人間如きでも感じ取れるような、殺気を放つくらい造作もない。
それなりにやれる者なら、不良やヤンキーなんかでも可能な芸当。
良く言えば力を用いない暴力で、悪く言うなら所詮は子供騙し。
しかし、伊織は既に感じ取っていた。
場数が違うと語ったのは本当だ。目の前の女は自分のような妖怪とは違う存在であるようだし、そもそも並みいる人外の中でも年長組に分類される自分を上回る存在など捜すのは結構な手間である。
――それでも、コイツは人間ではない。
恐らくは幽霊や精霊といった類の、何らかの不条理に導かれた存在だ。
そしてやはり、ジャックは怯む様子を欠片すらも見せない。
黙って静観する百合にはある程度通じているらしいのだが、ジャックを怯ませるならこれの数十倍は持ってこなければならないだろう。
暫く黙っていたジャックだが、突然彼の感情は爆発した。
オイルに着火したように突然、彼の本質が解き放たれる。
「偉そうに喋り腐りやがってよォッ! ムカつくンだよなァ――ッ!?」
ジャックの怒号が試合開始――いや、”死合開始”のゴングとなった。
ジャックは一切の小細工を要さずに、伊織へとただ接近していく。
それは非常に原始的な格闘技にも等しい、しかしながら正面突破という意味では最高にシンプルで分かりやすい、突貫攻撃。
だがそんなちっぽけな攻撃とは違う。
ジャックの手には連続殺人鬼の彼すら認めたナイフが握られているのだ。
百合の振るっていた斧に破壊力では劣るかもしれないが、
ジャック・ザ・リッパーという怪物が担うことでナイフは剣にも劣らぬ逸品となる。
それも、担い手は最高に上機嫌かつド怒りモードだ。
生易しい相手では決してない。
(速い……! これは、厄介ですね)
迫る狂犬に対して伊織が執った対策は、単純かつ明快な一手だった。
彼女の武器は投げナイフ。銃弾などに比べれば確かに見劣りする武器だが、反動や音を出さない点では使い勝手で勝る。
相手は人外であるようだが、この殺し合いでは人ならざる超常の存在に何らかの『枷』が施されていることを伊織は把握していた。
普段の状態でならこんな若造を圧倒はできずとも、これほどまでのギリギリな戦況に追い込まれることはなかっただろう。
人無への怒りをいっそう高ぶらせながら、伊織はナイフを放る。
「遅ッッせェェんだよォォォォ!!」
伊織の視界で、無機質な銀の軌跡が描かれた。
パキャンと小気味のいい金属音を立てて、放ったナイフは刀身を破砕させて無惨に床へ降り注ぐ。
凄まじい怪力。返り血により強化されていることまでは伊織は知らないが、とにかく危険な相手であるのは厭と言うほど思い知った。
接近戦での勝率は限りなくゼロに等しい。
無理だ。あんな出鱈目な輩を相手にしたら、数十秒をしのぐことだって難しい。
(なら、やってみる他ない、か)
――正面突破で勝てないなら。
土御門伊織は湧いた苛立ちを抑えながら、考える。
土壇場で人間の思考力は普段の何倍にも膨れ上がるというが、それは人ならざる身でもある程度同じだったことが証明された。
思考が回転する。ナイフだけで迫り来る怪物を打ち倒すなんて、飛車角銀金抜きのハンデを背負った将棋のようだ。
それでも。諦めればそこで人生終了である。
それは御免被る。伊織は、一つの結論へ行き着いた。
「お終いにすっか」
(さあ、来なさい。そのまま、猪突猛進を続けなさい)
伊織の願いが天へと届いたのかは分からないが、少なくともジャックが伊織の企みを察することはとりあえず無かったようだ。
チャンスは一度きり、である。
もしもしくじるようなことがあれば、土御門伊織はこんな下らないゲームで死んだ程度の蒙昧だとの誹りを免れない。
ジャックは狂犬だ。
突進だけは上手だが、肝心の足下を見ていない。
少しでも頭を働かせたなら、伊織が何かを企むことくらい読めて当然。
気付いてなおそれを真正面から打ち砕いてやろうという腹である可能性も否定できないが、それも愚かしい話だと伊織は思う。
戦闘欲なんて野蛮な欲望は、伊織には理解できない。
だからこそだ。そんなものに従って罪を重ね続けるような救いようのないクズに滅ぼされるなど、決して認められない。
そんなくらいなら、百合のような何かのために狂った人間に殺される方がいったいどれほどマシなことか分からない。
――”その時”がやってくる。
ジャックは強大な敵だが、それでも絶対の存在ではない筈だ。
現にさっきナイフを打ち落とした時だって、怪力は目を見張るだけのそれだったことは認めるが、落とすだけなら一般人の百合だってできた。
なら、コイツにも『処理限界』はある筈だと、土御門伊織は踏んだのだ。
和の国にはとある剣豪がかつて在った。
佐々木小次郎と呼ばれたその剣士は、人間の身にありながらも人外に匹敵するような秘技をその人生で開発している。
曰く、燕返し。
一度目と二度目の太刀で燕を囲い、逃げ場を失った燕を三度目で斬る。この芸当を、ほんの一瞬でやってのけなければならない。
奇しくも、伊織の一手はそれと同じだった。
三本のナイフをもって、ジャック・ザ・リッパーの処理限界を超えさせて、刃をあの肉体へと突き入れる。
躊躇などある筈もない。
伊織はナイフを三本同時に放った。
練習も何もない、ぶっつけ本番の大業ではあったのだが、幸い三本は綺麗にバラケて、それでいてしっかりとジャックへ当たるように飛んでいく。
決まった。伊織は勝利を確信した。
それゆえに、狂犬ジャックが次に取った行動に瞠目を余儀なくされた。
ジャックは、バック転をしたのだ。
不安定な体勢からの無茶を可能にしたのは精霊のポテンシャルのおかげ。
その場で舞った彼は迫ってくるナイフの一本を、舞う際に片足で蹴り上げて弾き、次に一本を器用に二本の指で掴み取った。
彼は余裕を崩さぬまま、残った一本の刃を最初と同じように、コンバットナイフの大振りの刀身でもって力任せに砕いてのけた。
伊織の敗因はたった一つ。
彼女は知らなかったのだ。
ジャック・ザ・リッパーが本来誰を追っていたのか。
その”誰か”は、ジャックと交戦をし、伊織がやったようにジャックの単純な突貫の隙を利用した戦法に打って出たこと。
ジャックは頭のいい奴ではない。
でも、学習能力がゼロならば彼のこの強さは有り得ないものなのだ。
彼は学習していた。
佐々木竜也との戦いで、搦め手を破る術を学習していたのだ。
「おォォォッし!! 決まったぜェェ、気持ちィィイイイイ!!」
「嘘、でしょう…………!?」
伊織は驚愕に目を見開く。
彼女に打つ手はない。
仲間の青年は死んだ。
狂った少女は、黙ってこの光景を見ている。
狂った少女の瞳には、若干の恐怖が見て取れた。
誰も、助けてはくれない。
土御門伊織は、一人だった。
「が、は」
「いっちょあがりっとなァ」
伊織の肉体は為す術なく、ジャックの凶刃に哀しいほどあっさり貫かれた。
刃は肉体を貫通し、背中から刃の先端を覗かせてすらいる。
ああ。これはどう考えても、助かりそうにない。
伊織は死に逝くことを察してもなお、どこか冷静なままだった。
永く生きすぎたせいだろうか、死へと恐怖する感情は湧かず、こんなところで終わってしまう情けなさだけがどうしようもなくくすぶっていた。
「はァーん、ツマンねェのなオマエ。みっともなく喚き散らしでもすりゃあちったぁ俺様も喜んだのによォー……」
「生憎、だったな……貴様のようなゲスに屈するほど、土御門伊織は安くは、無いんだ……かふっ」
ふーんとジャックは興ざめしたように気のない呟きを発する。
黙っていればあと数分はこの現世で走馬燈を見ることくらい出来そうなものだが、それは恐らく叶わないだろう。
彼女はつまらなさげに溜息をつく。
そして思うのだ。一足先に黄泉の国へ旅立った、青年のことを。
(樹月――御免なさいね、私ももうそっちへ行きます。そっちへ行ったら、愚痴ぐらい聞いて、下さいよ?)
最期にそれだけ思って。
土御門伊織は首を切断され、強制的に生命を終了させられた。
「ヒャハハハ……いいねェ、ノってきた」
更なる返り血が上機嫌に拍車をかける。
今なら何だって出来そうだ。誰だって殺せそうだ。
二人目の殺人を遂げたジャックはその余韻に浸っていると、とある変化に気付くこととなる。
「あぁん?」
さっきまで、ずっとそこにいた少女がいないのだ。
戦いのドサクサ紛れに逃げられてしまったのだろう。
どう見ても普通のガキにしか見えなかったが、あれが殺しただろう死体を見るに”素質”はかなりのものだと推測できる。
追う価値ありだ。ジャックはニヤリと三日月を描き、そしてーー
パンッ――――キィィィィィィィィンンンンンッッッ!!!!
「う、るせェェェェえええええええッッ!!??」
青木百合が投げ込んだそれは、彼女が隠していた切り札だ。
閃光弾のような視覚妨害でもなく、手榴弾のような物理攻撃でもない。
それは”音響爆弾”である。
邸一帯に響くほどの轟音に、流石のジャックも悶絶を禁じ得なかった。
◆ ◆
佐々木竜也は休憩をしていた。
ジャックとの戦いで負った傷のせいもあるが、邸の中なら間違いなく聞こえただろう轟音から悟ったのだ。
――ああ、あの単細胞女がやらかしたのか……。
佐々木は犯罪者であるがあそこまでの戦闘狂ではない。
どちらかといえば確実に生き延びながら楽しんでいく、決して命を奪い合う限界の一瞬を求める性は有しちゃいないのである。
誰かが死んだかどうかは分からない。
ただし、ほんの憶測ではあるが、きっと誰かが死んだのだろう。
一流の犯罪者である自分がこの様なのだ、自分をこんなに追い詰めた奴からそう易々と逃げきれるとは思えない。
先程の轟音は音響爆弾だろうとすぐに察しが付いたが、まさかあんなぽっちで完封できる雑魚であるーーというのは、ちと信じ難い話だ。
どちらにしろ、集団戦に巻き込まれなかったのはとりあえず幸いだった。
負傷は大したことないが、それでも傷は傷。
処置をして少しばかり身体を癒すまで、祭りは先回しにするのが吉な筈。
「……にしても、
青木林ねぇ。相川は俺がぶっ壊したけど、まさかあいつまでいきなり死ぬとはな。驚きだったぜ」
彼が以前開いたバトルロワイアルで、参加していた駒の一つだ。
その時も即座に退場してしまったことを覚えているが、今度もこれほど速く落ちてしまうとは予想外だった。
そこに感慨はない。
ただ、ちょっと驚きがあっただけ。
一人の少年が死んだくらい、彼にしてみれば道端に貼ってある胡散臭い選挙ポスターと同じくらいにどうでもいいことである。
「あ、そういえば」
彼は思い出す。
青木林の妹は、結構やる奴だった。
「ありゃあ怖ぇ女だったよな、かっはっは」
青木百合、だった筈だ。
極度のブラザー・コンプレックスを抱えている彼女は、あの時一般人の少女としては想定以上のキルスコアを挙げていた。
自分をマグレとはいえ射殺した眼鏡の少年のように。
いつ花開くか分からない可能性、といったところだろうか。
「なぁ――百合ちゃんよぉ。お前は怖えよなぁ」
佐々木は、下品に笑いながら姿を現したその少女へ笑いかける。
斧を手にして全身を返り血で汚し、瞳は殺意に濁ってドロドロだ。
ホラー映画さながらの狂気を纏って彼女はそこにいる。
「誰ですか、あなた」
彼女はあの殺し合いと同じ、年不相応の殺意を容赦なく向ける。
佐々木はその反応にちょっとした違和感を覚えたが、すぐに納得した。
自分がバトルロワイアルをやった時にも、参加者を時系列を変えて呼び出したりとかしたもんだ、恐らくそれが起きてるんだろう。
だから佐々木竜也は笑う。
養生すると決めたばかりなのに、面白いと笑う。
『正しくはないけれど間違ってはいない』ことを謳う。
「佐々木竜也。お前の兄貴をブッ殺した男さ」
――刹那。
青木百合は、なんの迷いもなく佐々木へと斧を振りかざした。
◆ ◆
百合は組み伏せられていた。
理屈にするまでもなく、単純な話だ。
狂気に囚われているとはいえ、佐々木とは身体のスペックに差がある。
天下の大犯罪者と、兄へ異様な愛情を燃やす少女。
どちらが力比べで勝るかなど、考えるまでもなく明らかだ。
なおも暴れる百合に、佐々木は躊躇なく電磁砲を撃った。
それで終わり。
青木百合の命運はたったの数秒で消え果てる。
「は、なせ…………ッ!」
息が苦しい。
恐らくこの男は、自分を生かす気がないのだ。
その事実が許せない。兄を殺した唾棄すべきクズ野郎に殺されるなんて、まさしくこれ以上の屈辱があるだろうかという話。
「厭なこった。だって離したらお前、俺を殺すだろ?」
百合の手にあった、先程殺した青年の血と脳漿に汚れた斧は佐々木に奪われ、手の届かない場所へと遠ざけられた。
抵抗を試みるも、まるで堪えてはいないようだ。
これほどまでに大人と子供の差を思い知らされたのは、初めてだった。
「よくも、よくもお兄ちゃんを……!」
「あー、悪かった悪かった。だって殺したくて仕方なかったんだもん、仕方ねえだろ? 許してちょんまげ、ってか? かはっ!」
殺してやりたい。
頭を叩き割るなんてあっさりしたやり方じゃ気が済まない。
まずは両手足を寸刻みにして、四肢を全部切断してやる。
それから全身各所を死なない程度に潰す。
歯を生きたまま全て砕いて舌を切除する。
鼻を削いで片目を潰して、耳も切り落とそう。
そして命乞いをさせた上で、なおもゆっくりと頭を砕く。
そうでもして、まだ飽き足りない。
これほどに人を憎いと思えることを、青木百合は知らなかった。
「お前の兄貴はクソみてェな野郎だったぜ? 助けて下さいなんて命乞いしてよ、みっともねえったらありゃしねえ」
佐々木は徹底的に百合の心を砕く。
憎悪に歪んだ彼女には、見過ごせぬ挑発である筈だ。
何てったって、最愛の兄を殺した挙げ句侮辱しているのだから。
殺したいだろう。さぞや憎たらしいだろう。
それでも届かない。その苦痛に絶望しながら死んでいくがいい。
嗜虐的に微笑む佐々木だったが、彼の高まりにはすぐにケチが付く。
「……ふ」
百合は怒鳴るでもなければ喚くでもなく、ただ笑ってみせた。
狂気的でありながら、同時に優しささえ含んだ笑顔だった。
予想外の展開に、佐々木も思わず怪訝な表情になる。
そんな犯罪者を見て憐れむように、百合はなおも笑って言った。
「お兄ちゃんはそんな情けない人じゃ、ない。見え見えの嘘は、やめた方がいいよ――見苦しいから、ね」
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ、佐々木は手を緩めてしまった。
その隙を見逃さなかった百合は彼の手へと思い切り噛みつく。
痛み。またもやの想定外に苛立った佐々木は彼女の腹へ一切の加減無しで蹴りを打ち込み、華奢な身体を転がらせた。
「…………チッ」
「げ、ほっ……」
佐々木は殺意を露わにする。
百合の位置から斧まではまだ少し遠い。
手を伸ばす彼女だが、その手は犯罪者の足で踏みつけられた。
思い切り踏みつけられた指が、厭な音を鳴らす。
「う、ぐっ」
決めた。
元から決めていたが、もう興が乗る乗らないの次元ではない。
この女を殺して、人格を変える。
殺戮嗜好のもう一つの人格こそ、バトルロワイアルへ参加者として紛れ込む上ではうってつけだと言えるだろう。
”あっち”で暫くは遊ぶとしよう。
ストレス発散も兼ねて、ひとつ盛大にだ。
「さて、そろそろブッ殺すぜ、百合ちゃん」
「っ……――」
佐々木の腕が首にかけられ、力がこもり始める。
百合は仇討ちの為にも必死に手を伸ばすが、届きそうにもなかった。
息が苦しくなっていく。あと少しで、自分は死ぬだろう。
こんなゲスに殺されると考えるだけで悔しくて涙が出そうだが、死ぬことも不思議と悪くないと、そう思えるようになりつつあった。
だって、そうすれば兄に会える。
もう一度彼に会える。
「なんだよ、その顔は」
佐々木は不機嫌を募らせる。
百合の表情は苦悶を示しながらも、どこか穏やかなものだった。
少なくとも佐々木の望んでいた絶望とは縁の遠そうなそれ。
じきに死ぬのに、こんな顔をするとはとことんつまらない。
しかし殺す。手に籠める力を更に強める。
百合は力が抜けていくのを感じつつあった。
死が迫っている。死ぬのは、どうも思ったより苦しくない。
息が出来ない苦しさは、いつの間にか感じなくなっていた。
(おにい――ちゃん)
走馬燈なんて上等なものはどうやら見られないようだ。
少しだけそれが残念だったが、それも当然のことなのだろうか。
川内一輝を惨殺し、土御門伊織を見殺しにした自分には、当然の報い。
むしろ軽すぎるくらいの罰だとさえいえる。
百合は、すこしだけ救われていた。
皮肉にも佐々木が言った兄を侮蔑する言葉のおかげで、兄を思いだしたからだろうか。
あの楽しかった日々を思い出した時、途方もなくむなしくなった。
(わたしは――いったい)
なにをしていたんだろう――。
声は漏れず、真実は見つからない。
狂気に身を沈めた少女の死はあまりにも穏やかで。
彼女の行いを省みればあまりに幸福すぎる終わりだった。
(ごめん、なさい)
それが最期だった。
ぱきり、と頸椎の砕ける音がして。
それで青木百合は、永遠に動かなくなった。
◆ ◆
「……ったく、つまらねえ」
事切れた少女を見下ろして、佐々木竜也は不機嫌そうに吐き捨てる。
どうせなら無様に泣きわめいてくれればいいものを、こうも穏やかな死に顔をされてはストレス発散にもなりはしない。
少女の持ち物で武器として使えそうなのは斧。
電磁砲の充電時間を潰すにもお誂え向きの武器を手に入れることが出来たし、まあ結果オーライとしよう。
どうせ、じきに来る。
「チェンジ……か」
佐々木竜也が人間を殺すことで発生する現象・人格変化。
人格Aからより凶暴性に勝る人格Bへと、じきに変化する筈だ。
そうなればこれまでのようにひっかき回す役回りよりも、苛烈なる殺し合いがメインの行動となっていくだろう。
胴に負った傷が少し重枷になるかもしれないが、致命傷になってはいないし余程変な真似をしない限りは大丈夫な筈である。
果たして次に自分、人格Aへとチェンジする時は来るのだろうか、そんな縁起の悪いことを考えながら、彼は指で銃のジェスチャーを作る。
「それじゃあな」
ぱん、と音が聞こえそうなくらいリアルなジェスチャーがあって。
瞬間、佐々木竜也は変貌した。
「…………――」
それは危険なる、肉体を抉る別人格。
精神を抉る邪悪から肉体を抉る害悪へ。
静かに人格Bは笑顔を象る。
そして静かに彼は歩き出す。
一人でも多くを殺すために。
【Eー7/洋館/一日目/昼】
【佐々木竜也@DOLバトルロワイアル】
[状態]:人格B、身体的疲労(大)、頬に切り傷、胴体に袈裟斬りの傷(浅い)
[服装]:特筆事項無し
[装備]:Cz75@俺オリロワ2nd(14/15)、斧
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0~1、Cz75予備マガジン×2
[思考]
基本:殺し合いに乗る。場合によっては拷問する
1:人を殺す。殺し尽くす。
2:また人格が変わったら――そのときはそのとき。
[備考]
※DOLバトルロワイアル死亡後からの参加です
※
死神舞凪の『サイキック』について知りました
◆ ◆
煩わしい耳鳴りが止まない。
精霊であるからだろうか、鼓膜の破壊などは避けることができたが、それでも聴覚へ若干のダメージをもらってしまった。
逃がしてしまうとは、随分鈍ったものだ。
生前の自分ならば、あんな小細工をもろともせずに仕留められていた。
ひょっとすると、どこか自分は気を抜いていたのかもしれない。
でも今は違う。
今のジャック・ザ・リッパーは、”全力全開”だ。
「イイねェ」
口から自然とそんな台詞が漏れ出ていた。
やはりそれは、バトルロワイアルを讃える台詞。
切り裂きジャックを最大まで引き立てる宴を評価する台詞。
未だ殺せた人数はたったの二人だが、これからはもっともっとやれる。
大人の肉体に戻って身体能力は段違いと呼べるまでに向上した。
邪魔臭い胸が玉に瑕だったが、このくらいは目を瞑ろう。
誰かを殺すならば支障はない。
この身体でなら存分に楽しめる。
このゲームを、余すところなく楽しんで終えられる。
窓を開くと、ジャックは縁に立つ。
すると彼は晴れやかな表情で、空中へ身を踊らせた。
そのまま地面へ着地。むろん、傷など欠片も負いはしない。
「行くかね」
返り血を拭うと、美味そうに顔に付いた血液を舌で舐め取る。
そろそろ、強者の肉も喰らいたいところだ。
今さっき殺した女は弱くはなかったが強いかと言われると否、足りない。
喰うなら最初に戦ったあの警察官のごとく苛烈なる存在を。
「パーティーはこっからだぜェ」
【ジャック・ザ・リッパー@夢オチだったオリロワのキャラでロワ】
[状態]:疲労(中)、性別変化(残り一週間)、左肩と腹部に銃創、聴力低下(回復中)
[服装]:Tシャツのみ
[装備]:コンバットナイフ
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1
[思考]
基本:強い人間を殺し、その肉を喰らう。
1:絶好調。誰でもイイからブチ殺したい。
[備考]
※ロワ参加前からの参加です。
※固有能力《無限の刃》は封印されています
※薬品により性別変化しています。
※
佐原裕二、神谷茜の容姿を記憶しました。また
真田麻緒の名前を交戦中に確認しています
※幼児化は解けました
◆
【川内一輝@需要なし、むしろ-の自己満足ロワ3rd 死亡】
【土御門伊織@オリキャラで俺得バトルロワイアル 死亡】
【青木百合@DOLバトルロワイアル2nd 死亡】
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最終更新:2013年02月04日 00:58